説明

β−ケトエステルの製法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、医薬,農薬の中間原料であるピリジン,ピラゾール,イソオキサゾールなどのヘテロ環を合成するときの原料として重要なβ−ケトエステルの工業的に有用な製法に関するものである。
【0002】
【従来技術の説明】従来、β−ケトエステルの製法としては、「J.Org.Chem.,54巻,3258〜3260頁,1989年」に記載されているEric J.Roskampらの方法が知られている。この方法は、触媒量のルイス酸存在下で、ジアゾ酢酸エステル(市販の精製品)とアルキルアルデヒドとを反応させて、β−ケトエステルを製造する方法である。
【0003】β−ケトエステルを工業的に製造するためには、■ジアゾ酢酸エステルを合成する過程(第一工程),■ジアゾ酢酸エステルとアルキルアルデヒドとからβ−ケトエステルを製造する過程(第二工程)を効率的に行う必要がある。Eric J.Roskampらのように精製品を用いるためには、第一工程終了後にジアゾ酢酸エステルを単離,精製しなければならない。ジアゾ酢酸エステルは、ジアゾ化合物の中では安定であるので蒸留などが可能であるといわれているが、それでも危険性が高いということは周知の事実であるので、第二工程に入る前にジアゾ酢酸エステルを単離,精製しなければならないことは、β−ケトエステルを工業的に製造する方法としては問題を有する。
【0004】
【発明が解決すべき課題】本発明の目的は、医薬,農薬の中間原料であるヘテロ環を合成するときの原料として重要なβ−ケトエステルの工業的に有用で新規な製法を提供することである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記の課題を解決するために鋭意研究した結果、ジアゾ酢酸エステルを合成した後、これを単離,精製することなく、高価な触媒である無水塩化第一スズの使用量を低減させ、脱水処理することによって、これとアルキルアルデヒドとから高収率でより安価にβ−ケトエステルを製造できる新規な方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】即ち、本発明は、次式(I):

(式中、R1はアルキル基を表す。)で示されるグリシンエステルの鉱酸塩を、ニトロシル化合物存在下の有機溶媒と水溶液からなる酸性条件下の二層系で反応させ、分離した有機溶媒層を水分量がカールフィッシャー法で1,000ppm以下になるように脱水処理し、この有機溶媒層中の生成物である次式(II):
【0007】
【化2】


【0008】(式中、R1は前記と同義である。)で示されるジアゾ酢酸エステル〔化合物(II)〕と次式(III):

(式中、R2はアルキル基を表す。)で示されるアルキルアルデヒド〔化合物(III)〕とを、触媒量の無水塩化第一スズを用いて反応させることを特徴とする次式(IV):

(式中、R1及びR2は前記と同義である。)で示されるβ−ケトエステル〔化合物(IV)〕の製法に関するものである。
【0009】以下、本発明について詳細に説明する。前記の目的化合物であるβ−ケトエステル〔化合物(IV)〕、その製造原料であるアルキルアルデヒド〔化合物(III)〕、ジアゾ酢酸エステル〔化合物(II)〕、及びジアゾ酢酸エステルの製造原料であるグリシンエステル又はその鉱酸塩〔化合物(I)〕は、次に示す通りである。
【0010】Rとしては、直鎖状又は分岐状のアルキル基を挙げることができるが;好ましくは直鎖状又は分岐状の炭素原子数1〜10個のアルキル基がよく;さらに好ましくは直鎖状の炭素原子数1〜6個のアルキル基がよく;さらに好ましくはメチル基,エチル基がよい。Rとしては、直鎖状又は分岐状で分子内にアルケン,アルキン,芳香族基を有していてもよいアルキル基を挙げることができるが;好ましくは直鎖状又は分岐状の炭素原子数1〜10個のアルキル基がよく;さらに好ましくは直鎖状の炭素原子数1〜6個のアルキル基がよく;さらに好ましくはメチル基,エチル基がよい。
【0011】(第一行程について)
ジアゾ酢酸エステル〔化合物(II)〕は、グリシンエステルの鉱酸塩を、ニトロシル化合物存在下の有機溶媒と水溶液からなる酸性条件下の二層系で反応させることによって合成することができる。鉱酸塩としては、塩酸,フッカ水素酸,シュウ化水素酸,硫酸,リン酸などの塩を挙げることができるが;好ましくは、塩酸塩,硫酸塩である。ニトロシル化合物は、亜硝酸ナトリウム,亜硝酸カリウムなどの亜硝酸塩と前記に記載の鉱酸が反応することによって生じる。亜硝酸塩の使用量は、グリシンエステルに対して1.0〜2.0倍モルであるが;好ましくは、1.1〜1.4倍モルである。
【0012】有機溶媒としては、本反応に直接関与しないものであれば特に限定されないが、好ましくは、水との分離がよいものがよい。そして、そのような溶媒としては、例えば、塩素化された又はされていない芳香族,脂肪族,脂環式の炭化水素類(ベンゼン,トルエン,キシレン,シクロヘキサン,塩化メチレン,クロロホルム,ジクロルエタン,トリクロルエチレンなど),エーテル類(ジエチルエーテル,ジイソプロピルエーテルなど),前記溶媒の混合物などを挙げることができるが、反応速度を速めることができて経済的に有利である塩化メチレンを用いるのが好ましい。
【0013】溶液のpHは、0.5〜7であるが;好ましくは、2〜6である。pHを調整するためには、前記に記載した鉱酸を使用することができるが;好ましい鉱酸は、塩酸,硫酸,リン酸である。反応温度は、−50〜10℃であるが;好ましくは、−20〜5℃であり;さらに好ましくは、−10〜0℃である。
【0014】反応時間は、原料化合物の滴下速度、反応温度などによって変化するが、原料の滴下終了後、さらに10〜30分間攪拌することによって反応を終了させることができ、通常、0.5〜2時間である。
【0015】(第二行程について)
目的化合物であるβ−ケトエステルは、第一行程で生成したジアゾ酢酸エステル〔化合物(II)〕を含有する有機溶媒層を分画し、その画分を脱水処理し、この有機溶媒中にアルキルアルデヒド〔化合物(III)〕と後述の触媒量の無水塩化第一スズとを添加して反応させることによって合成することができる。脱水処理方法としては、脱水剤(例えば、硫酸ナトリウム,硫酸ナトリウム,塩化カルシウムなど),モレキュラーシーブス(例えば、3A,4Aなど)などを用いて、脱水処理後の水分量がカールフィッシャー法で1,000ppm以下になるようにするが;好ましくは、500ppm以下である。
【0016】アルキルアルデヒド〔化合物(III)〕の使用量は、ジアゾ酢酸エステル〔化合物(II)〕に対して、通常、過剰量で使用することができるが;好ましくは、1.0〜5.0倍モル量であり;さらに好ましくは、1.1〜1.8倍モル量である。触媒の無水塩化第一スズの使用量は、化合物(I)に対して0.1〜30重量%であるが;好ましくは、0.5〜10重量%であり;さらに好ましくは、1〜7重量%である。反応温度は、−50〜100℃であるが;好ましくは、−20〜80℃であり;さらに好ましくは、−10〜40℃である。反応時間は、前記の濃度,温度によって変化するが、窒素が発生しなくなった後に、さらに20分間撹拌することによって反応を終了することができ、通常、0.5〜4時間である。
【0017】原料及び触媒の混合方法は、化合物(III),触媒量の無水塩化第一スズからなる溶液に化合物(II)を滴下するか、或いは化合物(II)及び化合物(III)からなる溶液に触媒量の無水塩化第一スズを添加するか、或いは化合物(II)及び触媒量の無水塩化第一スズからなる溶液に化合物(III)を添加することによって行うことができる。
【0018】化合物(II)としては、例えば、ジアゾ酢酸メチル,ジアゾ酢酸エチル,ジアゾ酢酸プロピル,ジアゾ酢酸イソプロピル,ジアゾ酢酸ブチル,ジアゾ酢酸イソブチル,ジアゾ酢酸アミル,ジアゾ酢酸イソアミルなどを挙げることができる。
【0019】化合物(III)としては、例えば、プロピオンアルデヒド,n−ブチルアルデヒド,イソブチルアルデヒド,n−バレルアルデヒド,イソバレルアルデヒド,ピバルアルデヒド,n−カプロンアルデヒド,イソカプロンアルデヒド,n−ヘプチルアルデヒドなどを挙げることができる。
【0020】以上のように、ジアゾ酢酸エステルを合成した後、これを単離,精製することなく、高価な触媒である無水塩化第一スズの使用量を低減させ、脱水処理することによって、これとアルキルアルデヒドとから高収率でより安価にβ−ケトエステルを製造できる。このようにして製造された目的のβ−ケトエステルは、反応終了後、そのまま触媒を濾過して除去し、濃縮することによって得ることができる。そして、さらに、必要に応じて蒸留精製,各種クロマトグラフィーなどの公知の手段で高純度のものにすることができる。
【0021】目的化合物(IV)としては、例えば、前記の化合物(II)及び化合物(III)に対応して、例えば、プロピオニル酢酸メチル,プロピオニル酢酸エチル,プロピオニル酢酸プロピル,プロピオニル酢酸イソプロピル,プロピオニル酢酸ブチル,プロピオニル酢酸イソブチル,プロピオニル酢酸アミル,プロピオニル酢酸イソアミル,ブチリル酢酸エチル,イソブチリル酢酸エチル,バレリル酢酸エチル,イソバレリル酢酸エチル,ピバロイル酢酸エチル,カプロイル酢酸エチル,イソカプロイル酢酸エチル,ヘプタノイル酢酸エチルなどを挙げることができる。
【0022】
【実施例】以下、本発明を実施例及び比較例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
実施例1グリシンエチルエステル塩酸塩(4.19g、30mmol)を水に溶かし、これに塩化メチレン(18ml)を加え、−5°Cに冷却した後に、亜硝酸ナトリウム(2.5g、36.6mmol)を水(6ml)に溶かした溶液を滴下し、さらに5重量%のリン酸水溶液(3g)を1°Cを越えないようにゆっくりと滴下した。滴下終了後、さらに15分間攪拌して有機溶媒層を分離し、さらに水層を塩化メチレン(12ml)で抽出した。
【0023】得られた有機溶媒層を水(10ml)で洗浄した後、硫酸マグネシウム(1g)を加えて脱水した(水分量は、カールフィッシャー法で470ppmであった。)。硫酸マグネシウムを濾別後、無水塩化第一スズ(50mg、0.26mmol)を加え、撹拌下でプロピオンアルデヒド(2.4g、41.7mmol)を滴下し、室温で2時間撹拌した。ガスクロマトグラフィーによって、得られたプロピオニル酢酸エチルは、3.5g(収率は82%)であった。
【0024】実施例1で脱水処理しなかった以外は、前記の実施例1と同様にして行い(水分量は、カールフィッシャー法で2,400ppmであった。)、プロピオニル酢酸エチルを3.11g(収率は72%)得た。
【0025】
【発明の効果】本発明の新規な製法によれば、高収率でより安価に医薬,農薬の製造原料として有用なβ−ケトエステルを製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】次式(I):

(式中、R1はアルキル基を表す。)で示されるグリシンエステルの鉱酸塩を、ニトロシル化合物存在下の有機溶媒と水溶液からなる酸性条件下の二層系で反応させ、分離した有機溶媒層を水分量がカールフィッシャー法で1,000ppm以下になるように脱水処理し、この有機溶媒層中の生成物である次式(II):
【化1】


(式中、R1は前記と同義である。)で示されるジアゾ酢酸エステルと次式(III):

(式中、R2はアルキル基を表す。)で示されるアルキルアルデヒドとを、触媒量の無水塩化第一スズを用いて反応させることを特徴とする次式(IV):

(式中、R1及びR2は前記と同義である。)で示されるβ−ケトエステルの製法。

【特許番号】第2965182号
【登録日】平成11年(1999)8月13日
【発行日】平成11年(1999)10月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−214448
【出願日】平成4年(1992)7月3日
【公開番号】特開平6−25091
【公開日】平成6年(1994)2月1日
【審査請求日】平成9年(1997)9月10日
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【参考文献】
【文献】特開 昭53−59652(JP,A)
【文献】J.Org.Chem.,Vol.54,No.14,1989,p.3258−3260