説明

みりん類

【課題】食品の調理に用いた場合に、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る、具体的には、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する作用を有するみりん類およびその製造方法を提供する。
【解決手段】フェルラ酸を20ppm以上およびパラ−クマル酸を1ppm以上含有し、食品の調理に用いた場合に、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制するみりん類。従来のみりん類や、その製造工程中でフェルラ酸およびパラ−クマル酸を添加するか、または、玄米、糠、赤糠から選択される一種以上を原料に使用し、クロロゲン酸エステラーゼ等の酵素を使用することによって、得られるみりん類中のフェルラ酸およびパラ−クマル酸の濃度を高めることにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェルラ酸およびパラ−クマル酸を高濃度で含有し、食品の調理に用いた場合に、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る、具体的には、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する作用を有するみりん類およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の調理に広く用いられる調味料の1種であるみりんは、従来、蒸きょうした精白度の高いモチ米、例えば、精白度80〜90%の蒸しモチ米を米麹とともにアルコール水とともに仕込み、適当期間糖化熟成させることによって製造される。食品の調理にみりんを用いる利点としては、例えば、上品な甘みの付与、てり・つやの向上、煮くずれ防止、消臭効果、味のしみこみ促進等が挙げられ、それらの優れた調理特性を十分に発揮することを目的として、みりん類の組成や製造法に関して各種の検討が行われている。また、みりん類自体に関する、増色抑制や保存安定性に関する多様な検討も行われている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0003】
一方で、調理済み食品中の保存安定性を向上させることに関して、みりん類の作用を積極的に強化する試みはほとんどなされていない。調味料としてのみりん類自体は、そのアルコール濃度に由来する高い静菌効果を有すると同時に、食品が有する臭いをマスキングする効果にも優れている。しかし、みりん類を調理に用いた時には、食品や水分と混合されてみりんの成分が希釈され、また、加熱調理によりアルコール分が飛ばされることにより、みりん類自体が有する上記の作用特性は必然的にその効果を失い、その結果、調理後の食品にまで静菌効果が十分に及ぶとはいいがたく、調理後に後発的に生じる、例えば、腐敗臭などのマスキング効果についても期待できない。すなわち、従来のみりん類を用いることによっては、調理後の食品における生菌数増加の抑制、および/または腐敗臭や酸臭発生の抑制等の、保存安定性に関する向上効果は期待できなかった。
【0004】
【特許文献1】特公昭52−4638号公報
【特許文献2】特開平11−113555号公報
【特許文献3】特開2002−345449号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、食品の調理に用いた場合に、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る、具体的には、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する作用を有するみりん類を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、特定濃度以上のフェルラ酸およびパラ−クマル酸を含有するみりん類が、食品の調理に用いた場合に、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る、具体的には、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する作用を有することを見出し、本発明を完成した。すなわち本発明は、以下に関する。
(1)フェルラ酸を20ppm以上およびパラ−クマル酸を1ppm以上含有するみりん類。
(2)食品の調理に用いた場合に、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制することを特徴とする上記(1)記載のみりん類。
(3)玄米、糠、赤糠から選択される一種以上を原料に使用することを特徴とする、上記(1)〜(2)記載のみりん類の製造方法。
(4)原料処理、仕込、糖化熟成工程中のいずれかにおいて、クロロゲン酸エステラーゼ、グルカナーゼ、フェルラ酸エステラーゼから選択される一種以上を用いることを特徴とする、上記(3)記載のみりん類の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、食品の調理に用いた場合に、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る、具体的には、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する作用を有するみりん類を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を具体的に説明する。
(みりん類)
本発明のみりん類には、例えば、みりん、みりん風調味料、発酵調味料、アルコール含有発酵調味料または本直しを含む。
【0009】
(フェルラ酸およびパラ−クマル酸の含有濃度)
本発明のみりん類は、そのみりん類を食品の調理に用いた場合に、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制するという効果を発揮するために、一定濃度以上のフェルラ酸およびパラ−クマル酸を含有することを特徴とする。実際には、調理に使用される食材や、その他の調味料の使用量、調理に用いるみりん類の量や調理方法、加熱条件等によって、各種調理済み食品の保存安定性は多様であることが予測されるが、従来のみりん類を使用した場合よりも、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制できるという効果を発揮できる濃度組成であればよい。具体的には、フェルラ酸を20ppm以上およびパラ−クマル酸を1ppm以上含有するみりん類が好ましく、より好ましくは、フェルラ酸を20ppm以上およびパラ−クマル酸を2ppm以上含有するみりん類、さらに好ましくは、フェルラ酸を25ppm以上およびパラ−クマル酸を2ppm以上含有するみりん類であれば、従来のみりんと同様に使用した場合、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を効果的に抑制することができる。
【0010】
フェルラ酸およびパラ−クマル酸は、従来のみりん類中にも、ある程度の濃度で存在している。しかし、その濃度が一定以下である場合には、従来のみりん類と同様に使用することによっては、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を効果的に抑制することはできない。
また、本発明のみりん類においては、フェルラ酸およびパラ−クマル酸の濃度が、ともにそれぞれ一定濃度以上であることが重要である。すなわち、例えば、フェルラ酸濃度が20ppm以上であってもパラ−クマル酸濃度が1ppm未満であるみりん類では、本発明のみりん類における、調理済み食品における生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制する効果を十分に発揮することができない。
【0011】
(本発明のみりん類の製造法)
本発明のみりん類を製造するためのひとつの方法としては、従来の方法で製造されたみりん類に対して、あるいは、従来の方法におけるみりん類を製造するための任意の工程において、フェルラ酸およびパラ−クマル酸を人為的に添加し、得られるみりん類中に一定濃度以上のフェルラ酸およびパラ−クマル酸を含有させる方法が挙げられる。添加するためのフェルラ酸およびパラ−クマル酸の形態に制限はないが、例えば、化学的に合成されたり、植物中から抽出・単離・精製された食品添加物が挙げられる。フェルラ酸およびパラ−クマル酸は、同時に添加してもよく、順次添加してもよい。
【0012】
本発明のみりん類を製造するための別の方法としては、フェルラ酸およびパラ−クマル酸を人為的に添加することなく、原料および/または製造工程の一部を変更することにより、醸造の結果として得られるみりん類中のフェルラ酸およびパラ−クマル酸濃度を高める方法が挙げられる。
上記2つの方法は、適宜組み合わせて用いることもできる。
【0013】
みりん類中のフェルラ酸およびパラ−クマル酸濃度を高めるための具体的な手段の例として、例えば、従来使用される精白度80〜90%の蒸しモチ米に代えて、玄米、モチ玄米を用いることができる。あるいは、従来使用される蒸しモチ米に一定量の糠(モチ米糠、ウルチ米糠等、各種の糠)、赤糠等を配合することができる。このように原料を変更することにより、糠部分に含有されているフェルラ酸およびパラ−クマル酸が、みりん類中に持ち込まれやすくなり、含有濃度を高めることができるようになる。
【0014】
上記原料の配合割合は、得られるみりん類中のフェルラ酸濃度およびパラ−クマル酸濃度が一定以上となるように調整することが好ましい。具体的には、例えば、使用する糠の成分、味や香り等の風味とのバランスを考慮しながら、配合比を決定することが可能である。例えば、糠由来の成分には、フェルラ酸およびパラ−クマル酸以外にも抗酸化成分等の機能性成分、ミネラル、重厚な香味成分などを各種含有することから、糠等の原料を使用することによって、抗酸化機能成分濃度が高い、コクがある等の付加的効果を有するみりん類を得ることもできる。一方で、糠の配合量が多すぎれば、糠特有の臭いが強く感じられる傾向もあり、これらのバランスを考慮して製造を行うことが好ましい。
【0015】
原料の水浸漬、蒸きょう等の工程は特に限定されず、従来のみりん類の製造法に準じて行えばよい。単に原料を置き換えたのみでは、得られるみりん類中のフェルラ酸およびパラ−クマル酸の含有量を十分に高めることは困難である場合、得られるみりん類におけるフェルラ酸およびパラ−クマル酸濃度を高めるために好適な条件を任意に設定することが好ましい。仕込みに使用する麹や、糖化熟成条件等も特に限定されず、従来のみりん類の製造に用いられているものを任意に用いることができ、あるいは、得られるみりん類におけるフェルラ酸およびパラ−クマル酸の濃度を一層高めることができるように、適宜選択することができる。
【0016】
従来のみりん類製造に使用される、例えば、αアミラーゼ等の酵素類は、本発明のみりん類の製造においても任意に使用することができる。さらに、本発明のみりん類の製造においては、原料からフェルラ酸およびパラ−クマル酸を効率よく分解・抽出することを目的とする酵素を使用することが好ましい。具体的には、本発明のみりん類の製造においては、クロロゲン酸エステラーゼ、フェルラ酸エステラーゼ、グルカナーゼ等を使用することが好ましい。この酵素は、みりん類製造中の任意の工程で添加することができるが、例えば、好ましくは、仕込時に他の原料と同時に添加するか、原料処理工程中に添加することもできる。あるいは、糖化熟成工程中で、任意の時期に添加することもできる。酵素は単一のものをしてもよく、複数の酵素を併用してもよい。複数の酵素を併用する場合には、その添加順序や添加量には特に制限がなく、適宜選択することができる。
【0017】
上記のような方法の組み合わせを利用して得られたみりん類は、フェルラ酸およびパラ−クマル酸を多く含み、そのことにより、調理済み食品の保存安定性を向上させ得る。フェルラ酸およびパラ−クマル酸濃度が十分でないみりん類に、フェルラ酸およびパラ−クマル酸を十分に多く含むみりん類を混合することによって、成分を強化することもできる。なお、フェルラ酸およびパラ−クマル酸は抗酸化成分でもあるため、このようなみりん類は、抗酸化機能成分を濃厚に含有するみりん類としても、高い付加価値を有し得る。
【0018】
(本発明のみりん類を用いた食品の調理)
上述の方法により製造した本発明のみりん類は、従来のみりん類同様、任意の方法で各種食品の調理に使用することができる。本発明のみりん類は、フェルラ酸およびパラ−クマル酸の含有濃度を除いては従来のみりん類と同様に甘味や調理特性を設計することが可能であり、使用者は、従来のみりん類と全く同様に使用するだけで、調理済み食品の保存安定性を極めて容易に向上させることができる。
【0019】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
(パラ−クマル酸およびフェルラ酸含有量と調理済み食品の保存安定性試験)
市販みりん類(パラ−クマル酸0.2ppm、フェルラ酸1.3ppm)に、パラ−クマル酸やフェルラ酸を表1に示す種々の濃度になるように添加して、本発明および比較例のみりん類を調製し、調理後の食品の保存安定性を比較した。
なお、表1記載のパラ−クマル酸やフェルラ酸を添加したみりん類(比較例2、3、本発明1〜3)はいずれも、市販みりん類(比較例1)のものと比較して、香りや味の違いは確認されなかった。
【0021】
調理は、以下のような手順で、魚料理への効果を試験した。鰯80gをぶつ切りしたものを、水400gと、表1に示す本発明および比較例のみりん類100gにそれぞれ5分間浸し、加熱し、沸騰後さらに、弱火で10分間加熱し、パラークマル酸やフェルラ酸が入ったみりん類が魚の煮物に与える影響をモデル的に試験した。試験時に、みりん類以外の味付け用調味料は添加しなかった。これを皿に載せ、ポリエチレンフィルムをかけた状態で、4日間、室温に放置した後、香りについての官能評価および寒天プレート法による一般生菌数測定を確認した。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1の通り、パラ−クマル酸やフェルラ酸を添加しないもの(比較例1)、パラ−クマル酸のみを添加したもの(比較例2)では、腐敗臭および酸臭が感じられ、また、一般生菌数が多かった。フェルラ酸のみを添加したもの(比較例3)では、酸臭までは感じられなかったが、やはり腐敗臭が感じられ、一般生菌数も多かった。これに対し、パラ−クマル酸が1ppm、フェルラ酸が20ppmのもの(本発明1)では、調理後の煮魚の香りが良好に維持されており、腐敗臭や酸臭は感じられず、同時に一般生菌数も少ない傾向を示した。さらに、パラ−クマル酸を2ppmに増やしたもの(本発明2)、およびフェルラ酸を25ppmに増やしたもの(本発明3)では、腐敗臭や酸臭は全く感じられず、同時に一般生菌数も、より少ない傾向を示した。
以上より、本発明のみりん類を用いることにより、調理済み食品の保存性が向上されたことが示された。
【実施例2】
【0024】
(本発明のみりん類の製造)
以下の方法により、本発明のみりん類を製造し、得られたみりん中のパラ−クマル酸 およびフェルラ酸濃度を、市販のみりん類および従来の方法で製造したみりん類と比較した。
1)市販のみりん(比較例4)
市販の純米タイプのみりんを購入した。
2)従来の方法により製造されたみりん類(比較例5)
精白もち米1,000gを常法により洗浄、浸漬、水切りした後、常圧で40分間蒸煮した。放冷後、市販の米麹100gと40%(v/v)アルコール740mlを加え、30日間、糖化熟成後、圧搾、精製してみりん類を得た。
3)本発明のみりん類(本発明4)
玄米1,000gを常法により洗浄、浸漬、水切りした後、常圧で40分間蒸煮した。常法により製麹した米麹100gと40%(v/v)アルコール740mlを加え、30日間、糖化熟成後、圧搾、精製し、みりん類を得た。
4)本発明のみりん類(本発明5)
玄米1,000gを常法により洗浄、浸漬、水切りした後、常圧で40分間蒸煮した。常法により製麹した米麹100gと40%(v/v)アルコール740mlを加え、さらに、クロロゲン酸エステラーゼ(キッコーマン社製)を1kg玄米あたり100Uとなる量を添加し、30日間、糖化熟成後、圧搾、精製し、みりん類を得た。
5)本発明のみりん類(本発明6)
玄米1,000gを常法により洗浄、浸漬、水切りした後、常圧で40分間蒸煮した。常法により製麹した米麹100gと40%(v/v)アルコール740mlを加え、さらに、グルカナーゼ(「スミチームGLUCAN」新日本化学工業社製)を1kg玄米あたり500Uとなる量を添加し、30日間、糖化熟成後、圧搾、精製し、みりんを得た。
6)本発明のみりん類(本発明7)
玄米1,000gを常法により洗浄、浸漬、水切りした後、常圧で40分間蒸煮した。常法により製麹した米麹100gと40%(v/v)アルコール740mlを加え、さらに、フェルラ酸エステラーゼ(「スミチームFE」新日本化学工業社製)を1kg玄米あたり800Uとなる量を添加し、30日間、糖化熟成後、圧搾、精製し、みりんを得た。 得られたみりんの分析値を表2に示す。

得られた4種類のみりんの分析値を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
以上より、市販のみりん類および従来の方法により製造されたみりん類では、パラ−クマル酸やフェルラ酸の濃度は、本発明の効果を発揮できるほどには十分に高くないことがわかった。一方、本発明の方法を用いて得られたみりん類では、人為的にパラ−クマル酸やフェルラ酸を添加することなく、醸造によって、それらの濃度を十分に高めることができた。特に、クロロゲンエステラーゼ等の酵素を用いた場合には、パラ−クマル酸 およびフェルラ酸の濃度を一層高めることができることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェルラ酸を20ppm以上およびパラ−クマル酸を1ppm以上含有するみりん類。
【請求項2】
食品の調理に用いた場合に、調理済み食品中の生菌数増加および/または腐敗臭や酸臭の発生を抑制することを特徴とする請求項1記載のみりん類。
【請求項3】
玄米、糠、赤糠から選択される一種以上を原料に使用することを特徴とする、請求項1〜2記載のみりん類の製造方法。
【請求項4】
原料処理、仕込、糖化熟成工程中のいずれかにおいて、クロロゲン酸エステラーゼ、グルカナーゼ、フェルラ酸エステラーゼから選択される一種以上を用いることを特徴とする、請求項3記載のみりん類の製造方法。

【公開番号】特開2010−11795(P2010−11795A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−175207(P2008−175207)
【出願日】平成20年7月4日(2008.7.4)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)