アリールアルキルアミン−N−アセチルトランスフェラーゼ遺伝子とその利用
【課題】 昆虫の様々な発生段階において肉眼で識別可能であり、野生型個体にも適用可能であり、かつ、母性遺伝しない、遺伝子組換えマーカーを提供すること
【解決手段】 昆虫の例としてカイコを選択し、カイコにおいて、アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を全身で過剰発現する遺伝子組換え体を作出した結果、その卵および体が薄色化することを見出した。アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、昆虫における優れた遺伝子組換えマーカーとなる。
【解決手段】 昆虫の例としてカイコを選択し、カイコにおいて、アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を全身で過剰発現する遺伝子組換え体を作出した結果、その卵および体が薄色化することを見出した。アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、昆虫における優れた遺伝子組換えマーカーとなる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫の卵および体を薄色化させるための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関する。また、本発明は、この薄色化を指標とした遺伝子組換え体の選抜などのための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコは、昆虫の発生学、生理学、遺伝学を研究する上で重要なモデル昆虫である。最近では、カイコは、学術研究のみならず、遺伝子組換え技術(非特許文献1)を利用した有用物質生産(非特許文献2〜4)にも利用されている。さらに、カイコを用いた薬剤スクリーニングも試みられており(非特許文献5)、遺伝子組換えカイコを用いて、薬剤スクリーニングのシステムをさらに発展させる試みも行われている。
【0003】
現在、マーカーを用いたカイコの遺伝子組換え個体の判別法は、3xP3プロモーターを用いて眼においてGFPなどの蛍光タンパク質を発現させ、蛍光により判別する方法(非特許文献6、7)か、w-1遺伝子(キヌレニン酸化酵素遺伝子)を導入して1齢幼虫の着色の変化で判別する方法(非特許文献8)が利用されている。
【0004】
しかしながら、3xP3プロモーターとGFPマーカーを利用する方法は、GFPマーカーの検出に蛍光顕微鏡を必要とする点や、眼や卵に着色のないw-1遺伝子に変異が入った系統(w-1変異系統) (非特許文献9)を用いる必要がある点に問題がある。さらに、w-1変異系統を用いた場合でも、通常、産卵後7日目にならないと組換え体の判別ができないが、産卵後9日目以降になると頭部が黒く着色されるため、組換え体の判別が困難となる。すなわち、組換え体を判別しやすい時期が数日間に限定されてしまう。
【0005】
w-1遺伝子を導入して判別する方法においても、w-1変異系統を用いる必要があるが、導入したw-1遺伝子の効果は母性遺伝するため、母親の遺伝型に影響をうけるという問題点がある。
【0006】
このように、遺伝子組換えカイコを作製するための従来のシステムでは、w-1の劣性変異体を用いる必要があるが、現在、絹糸生産に使用されている実用系統はすべてw-1遺伝子が野生型となっている。このため、w-1遺伝子に変異を持つ実用系統を作出するためには、実用系統をw-1変異系統と何世代も交配してw-1遺伝子以外は実用系統と同じ個体を選抜する必要がある。絹糸生産に用いられるカイコの多くは交雑種のため、それぞれの原種に対し上記の交配と選抜を行う必要があるが、このような交配と選抜の作業には、多大な労力と時間を要する。
【0007】
これらのことから、カイコの遺伝子組換え技術をより汎用的にするためには、肉眼で容易に識別可能で、w-1遺伝子に変異が入っていない系統でも利用可能な優性の遺伝子組換えマーカーを利用する必要がある。
【0008】
また、コオロギ(非特許文献10)、ネッタイシマカ(非特許文献11〜13)、ハマダラカ(非特許文献14)、コクヌストモドキ(非特許文献15)、テントウムシ(非特許文献16)、ジャノメチョウ(非特許文献17)など、カイコやショウジョウバエ以外の疫学及び基礎生物学に重要な昆虫においても遺伝子組換え技術が構築されている。しかし、ショウジョウバエに比べると組換え個体を得られる効率が低いため、組換え個体の大規模スクリーニングの際に判別しやすいマーカーの作出が重要である。肉眼で容易に識別可能で優性の遺伝子組換えマーカーは、系統を選ばないため、様々な昆虫種における遺伝子組み換え技術の確立と普及を促進するものと予想される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Tamura, T. et al., 2000. Nat Biotechnol 18:81-84
【非特許文献2】Tomita, M. et al., 2003. Nat Biotechnol 21:52-56
【非特許文献3】Kurihara, H. et al., 2007. Biochem Biophys Res Commun 355:976-980
【非特許文献4】Iizuka, M. et al., 2009. FEBS J 276:5806-5820
【非特許文献5】Kaito, C. et al., 2005. Mol Microbiol 56:934-944
【非特許文献6】Horn, C. et al., 2000. Dev Genes Evol 210:623-629
【非特許文献7】Thomas, JL. et al., 2002. Insect Biochem Mol Biol 32:247-253
【非特許文献8】Kobayashi, I. et al., 2007. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 76:145-148
【非特許文献9】Quan, GX. et al., 2002. Molecular Genetics and Genomics 267:1-9
【非特許文献10】Nakamura, T. et al., 2010. Curr Biol 20: 1641-1647.
【非特許文献11】Coates, C. J. et al., 1998. Proc Natl Acad Sci U S A 95:3748-3751.
【非特許文献12】Jasinskiene, N. et al., 1998. Proc Natl Acad Sci U S A 95:3743-3747.
【非特許文献13】Kokoza, V. et al., 2001. Insect Biochem Mol Biol 31:1137-1143.
【非特許文献14】Catteruccia, F. et al., 2000. Nature 405:959-962.
【非特許文献15】Lorenzen, M. D. et al., 2003. Insect Mol Biol 12:433-440.
【非特許文献16】Kuwayama, H. et al., 2006. Insect Mol Biol 15:507-512.
【非特許文献17】Marcus, J. M. et al., 2004. Proc Biol Sci 271 Suppl 5:S263-265.
【非特許文献18】Wittkopp, PJ. et al., 2003. Trends Genet 19:495-504
【非特許文献19】Arakane, Y. et al., 2005. Proc Natl Acad Sci U S A 102:11337-11342
【非特許文献20】Arakane, Y. et al., 2009. J Biol Chem 284:16584-16594
【非特許文献21】Futahashi, R, H Fujiwara., 2005. Dev Genes Evol 215:519-529
【非特許文献22】Shirataki, H. et al., 2010. Evol Dev 12:305-314
【非特許文献23】Futahashi, R. et al., 2008. Genetics 180:1995-2005
【非特許文献24】Liu, C. et al., 2010. Proc Natl Acad Sci U S A 107:12980-12985
【非特許文献25】Wittkopp. et al., 2002. Development 129:1849-1858
【非特許文献26】Futahashi, R. et al., 2010. Evol Dev 12:157-167
【非特許文献27】Futahashi, R. et al., 2011. Insect Biochem Mol Biol 41:191-196
【非特許文献28】Karlson, P, CE Sekeris. 1962. Nature 195:183-184
【非特許文献29】Hintermann, E. et al., 1996. Proc Natl Acad Sci U S A 93:12315-12320
【非特許文献30】Amherd, R. et al., 2000. DNA Cell Biol 19:697-705
【非特許文献31】Bembenek, J. et al., 2005. Arch Insect Biochem Physiol 59:219-229
【非特許文献32】Tsugehara, T. et al., 2007. Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol 147:358-366
【非特許文献33】Dai, FY. et al., 2010. J Biol Chem 285:19553-19560
【非特許文献34】Brodbeck, D. et al., 1998. DNA Cell Biol 17:621-633
【非特許文献35】Zhan, S. et al., 2010. Development 137:4083-4090
【非特許文献36】Mehere, P. et al., 2011. Identification and characterization of two arylalkylamine N-acetyltransferases in the yellow fever mosquito, Aedes aegypti. Insect Biochem Mol Biol.
【非特許文献37】Ichihara, N. et al., 1997. Insect Biochem Mol Biol 27:241-246.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、昆虫の様々な発生段階において肉眼で識別可能であり、野生型個体にも適用可能であり、かつ、母性遺伝しない、遺伝子組換えマーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
カイコの幼虫のヒフには、w-1遺伝子が関わるオモクローム系色素の他に、メラニン色素が存在する。メラニンは昆虫の体表の主要な色素のグループの1つである。メラニンは昆虫のクチクラに存在し、黒や茶などの色を呈する。例えば、キイロショウジョウバエの腹部の着色(非特許文献18)や、コクヌストモドキの鞘翅の茶色(非特許文献19、20)、ナミアゲハやキアゲハの幼虫の模様の黒色(非特許文献21、22)、カイコの幼虫の黒色の模様(非特許文献23、24)はメラニンであることが報告されている。メラニンはチロシンを前駆体として合成される。まず、チロシンが、チロシン水酸化酵素(Tyrosine Hydroxylase, TH)によりドーパ(Dopa)に変換され、Dopaはドーパ脱炭酸酵素(Dopa decarboxylase, DDC)によりドーパミンに変換される(図1)。ドーパミンが昆虫のメラニン合成の主要な基質であることが、多くの昆虫で報告されており、ドーパミンからドーパミンメラニンが合成される過程でyellow遺伝子やlaccase2遺伝子が関与することが示されている(非特許文献19、23、25から27)(図1)。
【0012】
また、ebonyの作用により、ドーパミンがβ-アラニンと反応して合成されるN-β-alanyldopamine (NBAD)は、ショウジョウバエにおける黄色いメラニン(非特許文献25)やナミアゲハの終齢幼虫の眼状紋における赤い色素の前駆体であることが報告されている(非特許文献21)(図1)。この他、ドーパミンは、N-アセチル化されると、脱皮直後のヒフでクチクラたんぱく質を架橋してクチクラの形成に働くN-アセチルドーパミン(NADA)となることが報告されている(非特許文献28)(図1)。ドーパミンなどをN-アセチル化する活性を持つ酵素はアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)と呼ばれ、ショウジョウバエでは神経等での機能が解析されているものの、皮膚の着色に関与するかどうかは現時点でも不明である(非特許文献29〜32)。
【0013】
最近、カイコのNAT遺伝子に変異がある系統melanism(mln)で、終齢幼虫の頭や尾部、成虫の翅の着色に異常が見られることが報告された(非特許文献33、35)。
【0014】
しかしながら、他の部位やステージではmlnと野生型で表現型が異なるという報告はない。また、カイコのNAT遺伝子については、遺伝子組換えを利用した遺伝子機能の証明や、組換えマーカーとしての開発は行われていない。この遺伝子がコードする酵素を野生型個体において過剰発現させた場合に、この酵素がドーパミンメラニンの合成反応と競合してNADAを合成できるのか否か、そして、いかなる表現型を野生型個体にもたらすのかについては報告されておらず、予測することはできない。ショウジョウバエのNAT1遺伝子欠損ホモ個体は胚性致死であり(非特許文献34)、NATは神経系においても機能すると考えられているため、強制発現により致死的影響を受けることも考えられる。
【0015】
そこで、本発明者らは、昆虫の例としてカイコを選択し、カイコにおいて、NAT1遺伝子を全身で過剰発現する遺伝子組換え体を作出して、この遺伝子の機能を検証した。まず、GAL4/UAS系を利用してこの遺伝子を全身発現させるために、酵母の転写因子GAL4によって活性化されるUAS配列にNAT1遺伝子をつないだpiggyBacトランスポゾンベクターを持つ遺伝子組換えカイコを作出し、全身でGAL4を発現する遺伝子組換えカイコ(カイコの細胞質アクチンプロモーター領域に、酵母の転写因子であるGAL4を結合したpiggyBacトランスポゾンベクターを持つトランスジェニックカイコ)との交配を行った。その結果、孵化直後の一齢幼虫の体色が著しく薄くなることが判明した。一齢幼虫の体色が著しく薄いことは、孵化前の卵の段階でも判別できた。また、その他の齢の幼虫においても、ほとんどの系統は斑紋があるが、その斑紋等の色が薄くなることが判明した。さらに、成虫の触角においても色が薄くなることが判明した。これらの結果は、昆虫において、アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を過剰発現させた場合、その卵および体が薄色化することを初めて証明するものである。アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を持つ遺伝子は、様々な昆虫において知られているため(図14〜16、非特許文献29〜32、36、37)、本発明は広く昆虫に適用可能である。
【0016】
すなわち、本発明は、昆虫の卵および体を薄色化させるための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用、並びに、この薄色化を指標とした遺伝子組換え体の選抜などのための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関し、より詳しくは以下の発明を提供するものである。
【0017】
(1)昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含む、昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤。
【0018】
(2)昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫。
【0019】
(3)(2)に記載の昆虫の卵、子孫またはクローン。
【0020】
(4)卵および体が薄色化された昆虫の生産方法であって、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする方法。
【0021】
(5)昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法。
【0022】
(6)遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、昆虫の卵および体の薄色化を誘導する活性を持つ遺伝子としてアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子が同定された。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を用いれば、昆虫の卵や眼の色を薄色化させることが可能であり、当該遺伝子は、遺伝子組換え体の選抜のためのマーカーとして好適に利用することができる。
【0024】
チョウ目昆虫であるカイコにおける組換え個体の識別においては、従来EGFP等が主に利用されてきたが、蛍光を検出するために、眼や卵に着色のないw-1遺伝子に変異が入った系統(w-1変異系統)(非特許文献9)を用いる必要があった。また、識別に蛍光顕微鏡を必要とするため、蛍光顕微鏡を持たない施設での組換え個体の識別は行えず、分子生物学の専門教育を受けていない者が識別作業を行うことは問題であった。さらに、w-1変異系統を用いた場合でも、産卵後7日目にならないと組換え体の判別ができないが、産卵後9日目以降になると頭部が黒く着色されるため、組換え体の判別が困難であった。
【0025】
本発明によれば、眼や卵に着色のない変異系統を用いることなく、卵、幼虫、成虫などの様々な発生段階で、かつ、蛍光顕微鏡を持たない施設において肉眼で、組換え個体の判別が可能になる。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、優性マーカーとして機能するため、養蚕農家で飼育されているような実用品種などの野生型系統に適用することが可能となる。
【0026】
アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、蛍光マーカーとの併用が可能であり、さらに蛍光マーカーの判別も容易になる。これは、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子をw-1変異系統に適用した場合には、産卵後約9日目以降や孵化後の幼虫でも頭部着色が薄くなるためである。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を野生型系統に適用した場合であっても、幼虫の段階においては、蛍光マーカーを判別することが可能である。従って、この組み合わせは、多重遺伝子組換えのマーカーとして優れている。
【0027】
カイコの様々な突然変異体を用いた基礎研究において、遺伝子組換えにより原因遺伝子の機能証明する際には、従来は、数世代の交配によって個々の突然変異系統の個体にw-1変異を導入してから遺伝子組換え個体を作出する必要があったが、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を用いれば、このような変異導入は不要で、個々の突然変異系統に対して直接遺伝子組換えを行うことが可能になる。このため、解析に要する期間を大幅に短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】昆虫におけるメラニン合成及び皮膚の硬化のカスケードを示す図である。図中、「TH」はチロシン水酸化酵素を、「DDC」はドーパ脱炭酸酵素を、「DOPA」は3,4-dihydroxyphenylalanineを、「Dopamine」は3,4-dyhydroxyphenethylamineを、「NBAD」はN-b-alanyldopamineを、「NADA」はN-acetyldopamineをそれぞれ示す。なお、昆虫のクチクラ硬化の際にアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)活性が必要と考えられてきたが、昆虫でこれまで調べられているNAT遺伝子がヒフの硬化に働いている点は証明されていない。
【図2】カイコに導入された外来配列の概要を示す図である。Aは、本実施例に用いたUAS-NAT1/3xP3-EGFPコンストラクトを示し、Bは、本実施例に用いたActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2コンストラクトを示す。
【図3】NAT1を強制発現させた1齢幼虫(遺伝的背景は、w-1遺伝子欠損系統)を示す写真である。写真(上)は、明視野における写真である。写真(中央)は、UAS-NAT1遺伝子の有無をGFPの蛍光で検出した写真である。写真(下)は、Actin A3-Gal4遺伝子の有無をDsRed2の蛍光で検出した写真である。各写真の上の個体は、NAT1遺伝子を強制発現させた個体であり、下の個体は、NAT1遺伝子が強制発現されていない個体である。
【図4】NAT1を強制発現させた1齢幼虫(遺伝的背景は、w-1遺伝子正常系統)を示す写真である。
【図5】Actin A3-Gal4xUAS-NAT1系統と黒縞系統(pS/pS)の交配様式とスクリーニング様式を示す図である。図中、pSは黒縞遺伝子を、+pSは黒縞遺伝子なし、を示す。
【図6】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(飼育箱中の写真)である。写真の個体は、3齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図7】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(横と上から撮影した写真)である。写真の個体は、3齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図8】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(横と上から撮影した写真)である。写真の個体は、4齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図9】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は、5齢幼虫である。写真における上の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、中央の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、下の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図10】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真は、5齢幼虫の紋様を示す。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図11】気管におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は、5齢幼虫である。左図では気管を点線で囲った。右図では気管を矢頭で示した。写真における上の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体、下の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体である。
【図12】成虫触角におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は成虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図13】成虫触角におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真は、成虫の触角のみを示す。写真における上の触角は、外来遺伝子を導入していない個体の触角、中央の個体の触角はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体の触角、下の個体の触角はUAS-NAT1のみを持つ個体の触角である。
【図14】Neighbor joining法による解析に基づいて作製したNAT1関連遺伝子の系統樹の図である。図中、白四角は、非特許文献30において機能解析され、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性が証明されている遺伝子である。
【図15】図14の続きの図である。
【図16】図15の続きの図である。図中、白三角、黒星、黒丸、黒三角、黒四角は、それぞれ非特許文献36、32、37、36、29において機能解析され、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性が証明されている遺伝子である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤、並びに、卵および体が薄色化された昆虫、およびその生産方法>
本発明における昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤は、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含むことを特徴とする。
【0030】
本発明において「昆虫の卵および体を薄色化させる活性」とは、典型的には、昆虫の卵の色、幼虫における体の全体、斑紋(例えば、半月紋や星状紋)若しくは気管の色、または成虫の触角の色を薄色化させる活性を意味する。薄色化される部位は、ドーパメラニンが蓄積する部位であれば、特に制限はない。「昆虫」としては、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAの導入により、その卵および体を薄色化させることができるものであれば特に制限はない。メラニン色素は幅広い昆虫に存在している。また、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAの存在は、広く昆虫において知られている(図14〜16)。従って、本発明が適用される昆虫としては、例えば、カイコなどのチョウ目昆虫、キイロショウジョウバエやネッタイシマカなどのハエ目昆虫、ワモンゴキブリなどのゴキブリ目昆虫が挙げられるが、これらに制限されない。
【0031】
昆虫は、野生型系統であっても、変異系統(例えば、カイコにおけるw-1変異系統)であってもよい。このため、本発明は、実用品種を含む幅広い系統に適用できる点で有利である。
【0032】
本発明において用いられる、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAとしては、特に制限はないが、例えば、カイコのアクセション番号NM_001079654.1で特定されるDNA(NAT1タンパク質をコードするDNA;非特許文献32)やアクセション番号NM_001190842.1で特定されるDNA(NAT2タンパク質をコードするDNA)、キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_206212.1で特定されるDNAやアクセション番号NM_135161.3で特定されるDNA(非特許文献29、30)、ネッタイシマカのアクセション番号XM_001661350.1で特定されるDNAやアクセション番号XM_001663072.1で特定されるDNA(非特許文献36)、ワモンゴキブリのアクセション番号AB106562.1で特定されるDNA(非特許文献31、37)が挙げられる。
【0033】
本発明においては、昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性の発現と昆虫の卵および体の薄色化との相関関係が見出されたため、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を持つタンパク質(すなわち、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ)をコードするDNAである限り、広く本発明に適用可能である。
【0034】
なお、カイコにおけるアクセション番号NM_001079654.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:1に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。カイコのアクセション番号NM_001190842.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:3に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:4に示す。キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_206212.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:5に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に示す。キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_135161.3で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:7に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:8に示す。ネッタイシマカのアクセション番号XM_001661350.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:9に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:10に示す。ネッタイシマカのアクセション番号XM_001663072.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:11に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:12に示す。ワモンゴキブリのアクセション番号AB106562.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:13に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:14に示す。
【0035】
現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の塩基配列情報が得られた場合、その塩基配列を改変し、そのコードするアミノ酸配列は異なるが、同様の活性を有するタンパク質をコードするDNAを取得することが可能である。また、自然界においても、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは起こり得ることである。従って、本発明において用いるDNAは、これら特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列(例えば、配列番号:2、4、6、8、10、12、14)において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなり、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。ここで「複数」とは、改変後のタンパク質がアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を維持する範囲における、アミノ酸の改変数であり、通常、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、さらに好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸)である。
【0036】
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の昆虫からアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子が得られた場合、そのDNAの塩基配列情報を利用して、同一または他の昆虫から、同様の活性を有するタンパク質をコードするDNAを取得することが可能である。従って、本発明において用いるDNAは、特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13)とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAであって、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。
【0037】
こうして得られた変異遺伝子や相同遺伝子をコードするDNAが、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするか否かは、例えば、文献(非特許文献29〜32、36、37)に記載の方法によって判定することができる。
【0038】
なお、上記した変異遺伝子をコードするDNAを作製するための、DNAへの人為的な変異の導入は、例えば、部位特異的変異誘発(site-directed mutagenesis)法(Kramer, W. & Fritz, HJ., Methods Enzymol, 154:350-367, 1987)により行うことができる。
【0039】
また、上記した相同遺伝子をコードするDNAを単離するための方法としては、例えば、ハイブリダイゼーション技術(Southern, E. M., Journal of Molecular Biology, 98:503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki, R. K., et al. Science, 230:1350-1354, 1985、Saiki, R. K. et al. Science, 239:487-491, 1988)が挙げられる。相同遺伝子をコードするDNAを単離するためには、通常ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件としては、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSCの条件またはこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を例示できる。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M尿素、0.4%SDS、0.1xSSCの条件を用いれば、より相同性の高いDNAの単離を期待することができる。単離されたDNAは、核酸レベルあるいはアミノ酸配列レベルにおいて、少なくとも50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215:403-410, 1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90:5873-5877, 1993)に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25:3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0040】
本発明において用いられるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAとしては、その形態に特に制限はなく、cDNAの他、ゲノムDNA、および化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、カイコからゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、フォスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作成し、これを展開して、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13に記載のDNA)の塩基配列を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより調製することが可能である。また、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子に特異的なプライマーを作成し、これを利用したPCRを行うことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、鱗翅目昆虫から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作成し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、また、PCRを行うことにより調製することが可能である。
【0041】
本発明における昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤において、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、ベクターに挿入されている形態であってもよい。ベクターとしては、例えば、染色体中に遺伝子導入可能なベクターまたは自律複製可能なベクターを使用することができる。
【0042】
カイコ卵に対してDNAの導入を行う場合、例えば、トランスポゾンベクターを利用してカイコの発生初期卵へ注射する方法(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)を利用することができる。例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al.,(1998) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95(13):7520-5)の間に上記DNAを挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクター(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する。ヘルパーベクターとしては、pHA3PIG(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18, 81-84)が挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明に用いるトランスポゾンとしては、piggyBacが好ましいが、これに限定されるものではなく、マリーナ(mariner)、ミノス(Minos)等を用いることもできる(Shimizu,K. et al., (2000) Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,(2000) Insect Mol Biol 9(2):145-55)。また、本発明では、バキュロウイルスベクターを使用することも可能である(Yamao, M. et al., (1999) Genes Dev 13:511-516)。昆虫の細胞にベクターを導入する場合、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクタミン法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの公知の方法で行うことが可能である。
【0043】
ベクターに用いるプロモーターとしては、例えば、昆虫の全身での発現を誘導するアクチンプロモーター、AcNPVのhr5-IE1プロモーターなどが挙げられる。
【0044】
一旦、染色体内に上記DNAが導入された昆虫が得られれば、該昆虫から、卵、子孫、あるいはクローンを得て、それらを基に昆虫を繁殖させることも可能である。
【0045】
従って、本発明は、上記昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫、並びに、その卵、子孫およびクローンをも提供するものである。また、本発明は、上記昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする、卵および体が薄色化された昆虫の生産方法をも提供するものである。
【0046】
昆虫に、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAに加えて、遺伝子組換えを行いたい任意のDNAを導入する場合、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、任意のDNAによる遺伝子組換え体を選抜するためのマーカーとして利用することができる。
<昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法、遺伝子組換え昆虫の生産方法>
従って、本発明は、昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法を提供するものである。また、本発明は、遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法をも提供するものである。
【0047】
昆虫に導入する「任意のDNA」としては、特に制限はない。例えば、医薬品や検査薬の原料となる有用タンパク質をコードするDNA、高機能シルクの生産に有用な蛋白質をコードするDNA、ヒトの病態のモデルを作製するために有用なDNAが挙げられる。任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、一つのベクターに配置して昆虫に導入することが好ましいが、それぞれを異なるベクターに配置して導入することも可能である。任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、ベクター上では、昆虫において発現を保証するプロモーター(例えば、アクチンプロモーター)に発現可能に連結されている。
【0048】
任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、該DNAが発現している昆虫は、その卵および体が薄色化する。従って、昆虫の卵および体の薄色化を指標に、遺伝子組換え昆虫を評価し、選抜することが可能である。
【実施例】
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、本実施例における実験材料と方法は、下記の通りである。
【0050】
(1)カイコの飼育
カイコは人工飼料(日本農産工業)で25〜27度で飼育した。トランスジェニックカイコの作成に用いたw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)は農業生物資源研究所で累代飼育されたものである。トランスジェニックカイコの交配相手であるActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2(Imamura, M. et al., 2003. Genetics 165:1329-1340、Uchino, K. et al., 2006. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 75:89-97)を保持する系統と、黒縞系統は農業生物資源研究所で累代飼育されたものである。
【0051】
(2)pBacUAS-NAT1/3xP3-EGFPベクターの作成
NAT遺伝子はカイコ蛹期翅から作成したESTライブラリーよりpBacMCS-UAS-BlnI-Kozak-BmNAT1-ORF-sプライマー(5’-GCCTAGTAGACCTAGAAAAATCAAAATGGCTGTTACAAGTACAAGAGGC-3’/配列番号:15)とpBacMCS-UAS-BlnI-BmNAT1-ORF-aプライマー(5’-GTATGGCTGACCTAGTTACAGCTCCTTAATGTAGACCCTG-3’/配列番号:16)とPhusion Hot Start II High-Fidelity DNA polymerase(New England Biolabs)を用いて増幅した。増幅産物についてアガロースゲル電気泳動を行い、0.9kbの断片をQiaquick gel extraction kit(Qiagen)を用いて、切り出し、精製を行った。NAT1のORFの配列は、GenBank accession no. DQ256382と同一である。この断片を、In-fusion HD cloning kit(Clontech)を用いて、pBacUASMCS-3xP3-EGFPベクターのBlnIサイトにサブクローニングした。完成したプラスミドの配列はABI3130xl(Applied Biosystems)を用いたシークエンシングにより確認した。
【0052】
(3)トランスジェニックカイコの作成
トランスジェニックカイコの作成は、Tamuraらの方法(非特許文献1)と同様の方法で行った。pBacUAS-NAT1/3xP3-EGFPと、ヘルパープラスミドpHA3PIGを5mM KCl 0.5mM リン酸バッファー(pH7.0)にそれぞれ400ng/μl、200ng/μlになるように調整した。この混合溶液を、産下後3.5〜8時間のw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)の卵に注入した。遺伝子組換え体の選抜はG1世代の卵でEGFPの蛍光を用いて蛍光顕微鏡(オリンパス)を用いて行った。樹立したUAS-NAT1/3xP3-EGFP系統の雄蛾とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2系統の雌蛾を交配し、生まれた卵をEGFPとDsRed2の蛍光を用いてスクリーニングを行った。
【0053】
(4)カイコの観察
蛍光顕微鏡(ライカ)を用いて観察した。
【0054】
(5)解剖
1xPTU(フェニルチオ尿素)/PBS中で解剖した。
【0055】
[実施例1] NAT1遺伝子を強制発現させたカイコの1齢幼虫の表現型の解析
NAT1遺伝子をカイコ1齢幼虫のヒフで強制発現させるために、Gal4/UASシステム(Fischer, JA. et al., 1988. Nature 332:853-856)を用いた。UASの下流にカイコのNAT1遺伝子のORFの全長をつないだものと、眼での遺伝子発現を誘導する3xP3プロモーターにEGFPをつないだもの2種類をpiggyBac転移因子の認識配列(ITR)の間に組み込んだプラスミドを作成し(図2)、これをw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)の卵に微小注射することで、UAS-NAT1/3xP3-EGFPを持つカイコの系統を作成した。UAS-NAT1の有無は、眼のEGFPの蛍光で識別した。次に、全身でGal4の発現が観察されるActin A3プロモーター-Gal4/3xP3-DsRed2(以下、「Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2」と称する)トランスジェニック系統(Imamura, M. et al., 2003. Genetics 165:1329-1340、Uchino, K. et al., 2006. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 75:89-97)(図2)の蛾をUAS-NAT1/3xP3-EGFPの蛾と交配した。産下後7日目の時期に、UAS-NAT1とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2の有無を、眼のEGFPとDsRed2の蛍光でスクリーニングし、EGFPのみ、DsRed2のみ、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められるものをそれぞれ選抜した。EGFPのみや、DsRed2のみの個体では、NAT1は強制発現されないが、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる個体では、NAT1が全身で強制発現されていると考えられる。
【0056】
対照区では産下後9〜10日目では、幼虫の体も着色し、卵全体が灰色にみえるが、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる区でのみ、その着色が薄い茶色であった。孵化した幼虫を観察すると、対照区のw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)は頭及び体の着色が黒であるのに対し、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる区では、明るい茶色であった(図3)。すなわち、NAT1の強制発現によりカイコの1齢幼虫の体色が薄くなることが明らかとなった。このことは、カイコの1齢幼虫の体表のクチクラおよび頭にはドーパミンメラニンが含有されていることを示唆している。興味深いことに、頭の色が薄くなったためか、幼虫の眼の蛍光が見やすくなった(図3、DsRed2の写真)。また、孵化までの時点で、EGFPのみ、DsRed2のみの個体と比べても、死亡率の高さは特に認められなかった。さらに、w-1遺伝子が正常に働いており、オモクローム系の色素が正常に合成される系統(1齢幼虫の頭が黒で体色が濃い茶色の系統)においても、NAT1を強制発現させると、1齢幼虫の頭が薄い茶色に、体色が赤褐色になったことから(図4)、実用系統など、他の様々な系統でNAT1の強制発現が1齢幼虫の体色を変化させることが可能であると考えられる。NAT1はActin A3プロモーターの機能により発現が制御されているため、Actin A3プロモーターとNAT1を繋げれば、肉眼で遺伝子組換え個体を判別するためのマーカーとして非常に有用であると考えられる。
【0057】
[実施例2] NAT1遺伝子を強制発現させた黒縞系統の幼虫の表現型の解析
カイコの2齢幼虫以降の体色の大部分は尿酸からなる白であり、部分的にメラニン色素やオモクローム系色素からなる着色が見られる。この着色は系統により異なるが、NAT1の強制発現に用いた系統は、元々紋様が薄い系統であった。そこで、NAT1強制発現により幼虫のメラニン色素の色が変化するかを明確に調べるために、Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2とUAS-NAT1/3xP3-EGFPの両方を持つ個体と、黒縞遺伝子をホモで持つ個体(pS/pS)を交配し(図5)、産まれた卵をUAS-NAT1とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2の有無を、眼のEGFPとDsRed2の蛍光でスクリーニングし、EGFPのみ、DsRed2のみ、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められるものをそれぞれ選抜した。オス親は、pS(黒縞)遺伝子をホモで持っており、メス親は持っていないため、F1はすべてpS(黒縞)遺伝子座をヘテロで保持し(pS/+pS)、体表に太い黒の縞模様が現れる。この黒の縞模様にNAT1の強制発現が与える影響を観察したところ、3〜4齢幼虫では、黒の縞模様が茶褐色〜黄褐色を呈していた(図6〜8)。縞の体の側面の部分の色の体色が顕著に薄くなっており、半月紋や星状紋がオレンジ色になっていた。特に、体の側面や半月紋、星状紋の体色が顕著に変化していた。5齢幼虫も、全体的に色が薄くなっており、さらに、眼状紋の着色部位が狭くなっていた(図9〜10)。半月紋と星状紋で顕著に着色部位が減少しており、紋様自体の変化を引き起こした(図10)。以上より、pS(黒縞)遺伝子座を持つ個体の幼虫では、NAT1の影響がより顕著にみられ、遺伝子組換え体を容易に判別可能であることが判明した。
【0058】
[実施例3] NAT1を強制発現させた幼虫の気管の表現型の解析
カイコの幼虫の気管は通常黒っぽい色をしている。NAT1を強制発現させたカイコの5齢3日目の幼虫を解剖し、気管を観察した。その結果、NAT1強制発現カイコは気管が薄い金色であった(図11)。
【0059】
[実施例4] NAT1を強制発現させたカイコの成虫の触角の表現型の解析
NAT1を強制発現させたカイコを飼育し、その成虫を観察したところ、鱗粉や体毛の色には変化は認められなかったが、触角の色が対照区では通常濃い茶色であるのに対し、NAT1を強制発現させたカイコの触角は黄色に近い茶色になることが判明した(図12、13)。この形質は、UAS-NAT1/3xP3-EGFPのみ持つ個体や、Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2のみの個体では認められなかった。このことから、カイコの成虫の触角にも、ドーパミンメラニンが含有されていることが示唆される。また、成虫まで飼育する間、EGFPのみ、DsRed2のみの個体と比べても、死亡率の高さは特に認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によって見出されたアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、昆虫の卵および体の薄色化させる活性を有するため、遺伝子組換え体の選抜のためのマーカーとして好適に利用することができる。本発明によれば、実用系統も含めた幅広い系統において、効率的に遺伝子組換え体を生産することができる。従って、本発明は、昆虫における有用タンパク質生産やカイコにおける高機能シルク生産、昆虫におけるヒト病態モデルの作製などの幅広い実用化に大きく貢献しうるものである。
【配列表フリーテキスト】
【0061】
配列番号15〜16<223> 人工的に合成されたプライマーの配列
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫の卵および体を薄色化させるための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関する。また、本発明は、この薄色化を指標とした遺伝子組換え体の選抜などのための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコは、昆虫の発生学、生理学、遺伝学を研究する上で重要なモデル昆虫である。最近では、カイコは、学術研究のみならず、遺伝子組換え技術(非特許文献1)を利用した有用物質生産(非特許文献2〜4)にも利用されている。さらに、カイコを用いた薬剤スクリーニングも試みられており(非特許文献5)、遺伝子組換えカイコを用いて、薬剤スクリーニングのシステムをさらに発展させる試みも行われている。
【0003】
現在、マーカーを用いたカイコの遺伝子組換え個体の判別法は、3xP3プロモーターを用いて眼においてGFPなどの蛍光タンパク質を発現させ、蛍光により判別する方法(非特許文献6、7)か、w-1遺伝子(キヌレニン酸化酵素遺伝子)を導入して1齢幼虫の着色の変化で判別する方法(非特許文献8)が利用されている。
【0004】
しかしながら、3xP3プロモーターとGFPマーカーを利用する方法は、GFPマーカーの検出に蛍光顕微鏡を必要とする点や、眼や卵に着色のないw-1遺伝子に変異が入った系統(w-1変異系統) (非特許文献9)を用いる必要がある点に問題がある。さらに、w-1変異系統を用いた場合でも、通常、産卵後7日目にならないと組換え体の判別ができないが、産卵後9日目以降になると頭部が黒く着色されるため、組換え体の判別が困難となる。すなわち、組換え体を判別しやすい時期が数日間に限定されてしまう。
【0005】
w-1遺伝子を導入して判別する方法においても、w-1変異系統を用いる必要があるが、導入したw-1遺伝子の効果は母性遺伝するため、母親の遺伝型に影響をうけるという問題点がある。
【0006】
このように、遺伝子組換えカイコを作製するための従来のシステムでは、w-1の劣性変異体を用いる必要があるが、現在、絹糸生産に使用されている実用系統はすべてw-1遺伝子が野生型となっている。このため、w-1遺伝子に変異を持つ実用系統を作出するためには、実用系統をw-1変異系統と何世代も交配してw-1遺伝子以外は実用系統と同じ個体を選抜する必要がある。絹糸生産に用いられるカイコの多くは交雑種のため、それぞれの原種に対し上記の交配と選抜を行う必要があるが、このような交配と選抜の作業には、多大な労力と時間を要する。
【0007】
これらのことから、カイコの遺伝子組換え技術をより汎用的にするためには、肉眼で容易に識別可能で、w-1遺伝子に変異が入っていない系統でも利用可能な優性の遺伝子組換えマーカーを利用する必要がある。
【0008】
また、コオロギ(非特許文献10)、ネッタイシマカ(非特許文献11〜13)、ハマダラカ(非特許文献14)、コクヌストモドキ(非特許文献15)、テントウムシ(非特許文献16)、ジャノメチョウ(非特許文献17)など、カイコやショウジョウバエ以外の疫学及び基礎生物学に重要な昆虫においても遺伝子組換え技術が構築されている。しかし、ショウジョウバエに比べると組換え個体を得られる効率が低いため、組換え個体の大規模スクリーニングの際に判別しやすいマーカーの作出が重要である。肉眼で容易に識別可能で優性の遺伝子組換えマーカーは、系統を選ばないため、様々な昆虫種における遺伝子組み換え技術の確立と普及を促進するものと予想される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Tamura, T. et al., 2000. Nat Biotechnol 18:81-84
【非特許文献2】Tomita, M. et al., 2003. Nat Biotechnol 21:52-56
【非特許文献3】Kurihara, H. et al., 2007. Biochem Biophys Res Commun 355:976-980
【非特許文献4】Iizuka, M. et al., 2009. FEBS J 276:5806-5820
【非特許文献5】Kaito, C. et al., 2005. Mol Microbiol 56:934-944
【非特許文献6】Horn, C. et al., 2000. Dev Genes Evol 210:623-629
【非特許文献7】Thomas, JL. et al., 2002. Insect Biochem Mol Biol 32:247-253
【非特許文献8】Kobayashi, I. et al., 2007. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 76:145-148
【非特許文献9】Quan, GX. et al., 2002. Molecular Genetics and Genomics 267:1-9
【非特許文献10】Nakamura, T. et al., 2010. Curr Biol 20: 1641-1647.
【非特許文献11】Coates, C. J. et al., 1998. Proc Natl Acad Sci U S A 95:3748-3751.
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【非特許文献13】Kokoza, V. et al., 2001. Insect Biochem Mol Biol 31:1137-1143.
【非特許文献14】Catteruccia, F. et al., 2000. Nature 405:959-962.
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【非特許文献18】Wittkopp, PJ. et al., 2003. Trends Genet 19:495-504
【非特許文献19】Arakane, Y. et al., 2005. Proc Natl Acad Sci U S A 102:11337-11342
【非特許文献20】Arakane, Y. et al., 2009. J Biol Chem 284:16584-16594
【非特許文献21】Futahashi, R, H Fujiwara., 2005. Dev Genes Evol 215:519-529
【非特許文献22】Shirataki, H. et al., 2010. Evol Dev 12:305-314
【非特許文献23】Futahashi, R. et al., 2008. Genetics 180:1995-2005
【非特許文献24】Liu, C. et al., 2010. Proc Natl Acad Sci U S A 107:12980-12985
【非特許文献25】Wittkopp. et al., 2002. Development 129:1849-1858
【非特許文献26】Futahashi, R. et al., 2010. Evol Dev 12:157-167
【非特許文献27】Futahashi, R. et al., 2011. Insect Biochem Mol Biol 41:191-196
【非特許文献28】Karlson, P, CE Sekeris. 1962. Nature 195:183-184
【非特許文献29】Hintermann, E. et al., 1996. Proc Natl Acad Sci U S A 93:12315-12320
【非特許文献30】Amherd, R. et al., 2000. DNA Cell Biol 19:697-705
【非特許文献31】Bembenek, J. et al., 2005. Arch Insect Biochem Physiol 59:219-229
【非特許文献32】Tsugehara, T. et al., 2007. Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol 147:358-366
【非特許文献33】Dai, FY. et al., 2010. J Biol Chem 285:19553-19560
【非特許文献34】Brodbeck, D. et al., 1998. DNA Cell Biol 17:621-633
【非特許文献35】Zhan, S. et al., 2010. Development 137:4083-4090
【非特許文献36】Mehere, P. et al., 2011. Identification and characterization of two arylalkylamine N-acetyltransferases in the yellow fever mosquito, Aedes aegypti. Insect Biochem Mol Biol.
【非特許文献37】Ichihara, N. et al., 1997. Insect Biochem Mol Biol 27:241-246.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、昆虫の様々な発生段階において肉眼で識別可能であり、野生型個体にも適用可能であり、かつ、母性遺伝しない、遺伝子組換えマーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
カイコの幼虫のヒフには、w-1遺伝子が関わるオモクローム系色素の他に、メラニン色素が存在する。メラニンは昆虫の体表の主要な色素のグループの1つである。メラニンは昆虫のクチクラに存在し、黒や茶などの色を呈する。例えば、キイロショウジョウバエの腹部の着色(非特許文献18)や、コクヌストモドキの鞘翅の茶色(非特許文献19、20)、ナミアゲハやキアゲハの幼虫の模様の黒色(非特許文献21、22)、カイコの幼虫の黒色の模様(非特許文献23、24)はメラニンであることが報告されている。メラニンはチロシンを前駆体として合成される。まず、チロシンが、チロシン水酸化酵素(Tyrosine Hydroxylase, TH)によりドーパ(Dopa)に変換され、Dopaはドーパ脱炭酸酵素(Dopa decarboxylase, DDC)によりドーパミンに変換される(図1)。ドーパミンが昆虫のメラニン合成の主要な基質であることが、多くの昆虫で報告されており、ドーパミンからドーパミンメラニンが合成される過程でyellow遺伝子やlaccase2遺伝子が関与することが示されている(非特許文献19、23、25から27)(図1)。
【0012】
また、ebonyの作用により、ドーパミンがβ-アラニンと反応して合成されるN-β-alanyldopamine (NBAD)は、ショウジョウバエにおける黄色いメラニン(非特許文献25)やナミアゲハの終齢幼虫の眼状紋における赤い色素の前駆体であることが報告されている(非特許文献21)(図1)。この他、ドーパミンは、N-アセチル化されると、脱皮直後のヒフでクチクラたんぱく質を架橋してクチクラの形成に働くN-アセチルドーパミン(NADA)となることが報告されている(非特許文献28)(図1)。ドーパミンなどをN-アセチル化する活性を持つ酵素はアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)と呼ばれ、ショウジョウバエでは神経等での機能が解析されているものの、皮膚の着色に関与するかどうかは現時点でも不明である(非特許文献29〜32)。
【0013】
最近、カイコのNAT遺伝子に変異がある系統melanism(mln)で、終齢幼虫の頭や尾部、成虫の翅の着色に異常が見られることが報告された(非特許文献33、35)。
【0014】
しかしながら、他の部位やステージではmlnと野生型で表現型が異なるという報告はない。また、カイコのNAT遺伝子については、遺伝子組換えを利用した遺伝子機能の証明や、組換えマーカーとしての開発は行われていない。この遺伝子がコードする酵素を野生型個体において過剰発現させた場合に、この酵素がドーパミンメラニンの合成反応と競合してNADAを合成できるのか否か、そして、いかなる表現型を野生型個体にもたらすのかについては報告されておらず、予測することはできない。ショウジョウバエのNAT1遺伝子欠損ホモ個体は胚性致死であり(非特許文献34)、NATは神経系においても機能すると考えられているため、強制発現により致死的影響を受けることも考えられる。
【0015】
そこで、本発明者らは、昆虫の例としてカイコを選択し、カイコにおいて、NAT1遺伝子を全身で過剰発現する遺伝子組換え体を作出して、この遺伝子の機能を検証した。まず、GAL4/UAS系を利用してこの遺伝子を全身発現させるために、酵母の転写因子GAL4によって活性化されるUAS配列にNAT1遺伝子をつないだpiggyBacトランスポゾンベクターを持つ遺伝子組換えカイコを作出し、全身でGAL4を発現する遺伝子組換えカイコ(カイコの細胞質アクチンプロモーター領域に、酵母の転写因子であるGAL4を結合したpiggyBacトランスポゾンベクターを持つトランスジェニックカイコ)との交配を行った。その結果、孵化直後の一齢幼虫の体色が著しく薄くなることが判明した。一齢幼虫の体色が著しく薄いことは、孵化前の卵の段階でも判別できた。また、その他の齢の幼虫においても、ほとんどの系統は斑紋があるが、その斑紋等の色が薄くなることが判明した。さらに、成虫の触角においても色が薄くなることが判明した。これらの結果は、昆虫において、アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を過剰発現させた場合、その卵および体が薄色化することを初めて証明するものである。アルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を持つ遺伝子は、様々な昆虫において知られているため(図14〜16、非特許文献29〜32、36、37)、本発明は広く昆虫に適用可能である。
【0016】
すなわち、本発明は、昆虫の卵および体を薄色化させるための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用、並びに、この薄色化を指標とした遺伝子組換え体の選抜などのための、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の利用に関し、より詳しくは以下の発明を提供するものである。
【0017】
(1)昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含む、昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤。
【0018】
(2)昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫。
【0019】
(3)(2)に記載の昆虫の卵、子孫またはクローン。
【0020】
(4)卵および体が薄色化された昆虫の生産方法であって、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする方法。
【0021】
(5)昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法。
【0022】
(6)遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、昆虫の卵および体の薄色化を誘導する活性を持つ遺伝子としてアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子が同定された。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を用いれば、昆虫の卵や眼の色を薄色化させることが可能であり、当該遺伝子は、遺伝子組換え体の選抜のためのマーカーとして好適に利用することができる。
【0024】
チョウ目昆虫であるカイコにおける組換え個体の識別においては、従来EGFP等が主に利用されてきたが、蛍光を検出するために、眼や卵に着色のないw-1遺伝子に変異が入った系統(w-1変異系統)(非特許文献9)を用いる必要があった。また、識別に蛍光顕微鏡を必要とするため、蛍光顕微鏡を持たない施設での組換え個体の識別は行えず、分子生物学の専門教育を受けていない者が識別作業を行うことは問題であった。さらに、w-1変異系統を用いた場合でも、産卵後7日目にならないと組換え体の判別ができないが、産卵後9日目以降になると頭部が黒く着色されるため、組換え体の判別が困難であった。
【0025】
本発明によれば、眼や卵に着色のない変異系統を用いることなく、卵、幼虫、成虫などの様々な発生段階で、かつ、蛍光顕微鏡を持たない施設において肉眼で、組換え個体の判別が可能になる。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、優性マーカーとして機能するため、養蚕農家で飼育されているような実用品種などの野生型系統に適用することが可能となる。
【0026】
アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、蛍光マーカーとの併用が可能であり、さらに蛍光マーカーの判別も容易になる。これは、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子をw-1変異系統に適用した場合には、産卵後約9日目以降や孵化後の幼虫でも頭部着色が薄くなるためである。アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を野生型系統に適用した場合であっても、幼虫の段階においては、蛍光マーカーを判別することが可能である。従って、この組み合わせは、多重遺伝子組換えのマーカーとして優れている。
【0027】
カイコの様々な突然変異体を用いた基礎研究において、遺伝子組換えにより原因遺伝子の機能証明する際には、従来は、数世代の交配によって個々の突然変異系統の個体にw-1変異を導入してから遺伝子組換え個体を作出する必要があったが、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を用いれば、このような変異導入は不要で、個々の突然変異系統に対して直接遺伝子組換えを行うことが可能になる。このため、解析に要する期間を大幅に短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】昆虫におけるメラニン合成及び皮膚の硬化のカスケードを示す図である。図中、「TH」はチロシン水酸化酵素を、「DDC」はドーパ脱炭酸酵素を、「DOPA」は3,4-dihydroxyphenylalanineを、「Dopamine」は3,4-dyhydroxyphenethylamineを、「NBAD」はN-b-alanyldopamineを、「NADA」はN-acetyldopamineをそれぞれ示す。なお、昆虫のクチクラ硬化の際にアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)活性が必要と考えられてきたが、昆虫でこれまで調べられているNAT遺伝子がヒフの硬化に働いている点は証明されていない。
【図2】カイコに導入された外来配列の概要を示す図である。Aは、本実施例に用いたUAS-NAT1/3xP3-EGFPコンストラクトを示し、Bは、本実施例に用いたActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2コンストラクトを示す。
【図3】NAT1を強制発現させた1齢幼虫(遺伝的背景は、w-1遺伝子欠損系統)を示す写真である。写真(上)は、明視野における写真である。写真(中央)は、UAS-NAT1遺伝子の有無をGFPの蛍光で検出した写真である。写真(下)は、Actin A3-Gal4遺伝子の有無をDsRed2の蛍光で検出した写真である。各写真の上の個体は、NAT1遺伝子を強制発現させた個体であり、下の個体は、NAT1遺伝子が強制発現されていない個体である。
【図4】NAT1を強制発現させた1齢幼虫(遺伝的背景は、w-1遺伝子正常系統)を示す写真である。
【図5】Actin A3-Gal4xUAS-NAT1系統と黒縞系統(pS/pS)の交配様式とスクリーニング様式を示す図である。図中、pSは黒縞遺伝子を、+pSは黒縞遺伝子なし、を示す。
【図6】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(飼育箱中の写真)である。写真の個体は、3齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図7】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(横と上から撮影した写真)である。写真の個体は、3齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図8】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真(横と上から撮影した写真)である。写真の個体は、4齢幼虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図9】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は、5齢幼虫である。写真における上の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、中央の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、下の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図10】黒縞遺伝子存在下におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真は、5齢幼虫の紋様を示す。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図11】気管におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は、5齢幼虫である。左図では気管を点線で囲った。右図では気管を矢頭で示した。写真における上の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体、下の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体である。
【図12】成虫触角におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真の個体は成虫である。写真(上)の個体はActin A3-Gal4のみを持つ個体、写真(中央)の個体はUAS-NAT1のみを持つ個体、写真(下)の個体はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体である。
【図13】成虫触角におけるNAT1強制発現の影響を解析した結果を示す写真である。写真は、成虫の触角のみを示す。写真における上の触角は、外来遺伝子を導入していない個体の触角、中央の個体の触角はActin A3-Gal4とUAS-NAT1を両方とも持つ個体の触角、下の個体の触角はUAS-NAT1のみを持つ個体の触角である。
【図14】Neighbor joining法による解析に基づいて作製したNAT1関連遺伝子の系統樹の図である。図中、白四角は、非特許文献30において機能解析され、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性が証明されている遺伝子である。
【図15】図14の続きの図である。
【図16】図15の続きの図である。図中、白三角、黒星、黒丸、黒三角、黒四角は、それぞれ非特許文献36、32、37、36、29において機能解析され、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性が証明されている遺伝子である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤、並びに、卵および体が薄色化された昆虫、およびその生産方法>
本発明における昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤は、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含むことを特徴とする。
【0030】
本発明において「昆虫の卵および体を薄色化させる活性」とは、典型的には、昆虫の卵の色、幼虫における体の全体、斑紋(例えば、半月紋や星状紋)若しくは気管の色、または成虫の触角の色を薄色化させる活性を意味する。薄色化される部位は、ドーパメラニンが蓄積する部位であれば、特に制限はない。「昆虫」としては、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAの導入により、その卵および体を薄色化させることができるものであれば特に制限はない。メラニン色素は幅広い昆虫に存在している。また、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAの存在は、広く昆虫において知られている(図14〜16)。従って、本発明が適用される昆虫としては、例えば、カイコなどのチョウ目昆虫、キイロショウジョウバエやネッタイシマカなどのハエ目昆虫、ワモンゴキブリなどのゴキブリ目昆虫が挙げられるが、これらに制限されない。
【0031】
昆虫は、野生型系統であっても、変異系統(例えば、カイコにおけるw-1変異系統)であってもよい。このため、本発明は、実用品種を含む幅広い系統に適用できる点で有利である。
【0032】
本発明において用いられる、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAとしては、特に制限はないが、例えば、カイコのアクセション番号NM_001079654.1で特定されるDNA(NAT1タンパク質をコードするDNA;非特許文献32)やアクセション番号NM_001190842.1で特定されるDNA(NAT2タンパク質をコードするDNA)、キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_206212.1で特定されるDNAやアクセション番号NM_135161.3で特定されるDNA(非特許文献29、30)、ネッタイシマカのアクセション番号XM_001661350.1で特定されるDNAやアクセション番号XM_001663072.1で特定されるDNA(非特許文献36)、ワモンゴキブリのアクセション番号AB106562.1で特定されるDNA(非特許文献31、37)が挙げられる。
【0033】
本発明においては、昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性の発現と昆虫の卵および体の薄色化との相関関係が見出されたため、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を持つタンパク質(すなわち、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ)をコードするDNAである限り、広く本発明に適用可能である。
【0034】
なお、カイコにおけるアクセション番号NM_001079654.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:1に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。カイコのアクセション番号NM_001190842.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:3に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:4に示す。キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_206212.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:5に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に示す。キイロショウジョウバエのアクセション番号NM_135161.3で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:7に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:8に示す。ネッタイシマカのアクセション番号XM_001661350.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:9に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:10に示す。ネッタイシマカのアクセション番号XM_001663072.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:11に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:12に示す。ワモンゴキブリのアクセション番号AB106562.1で特定されるDNAの塩基配列を配列番号:13に、このDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:14に示す。
【0035】
現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の塩基配列情報が得られた場合、その塩基配列を改変し、そのコードするアミノ酸配列は異なるが、同様の活性を有するタンパク質をコードするDNAを取得することが可能である。また、自然界においても、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは起こり得ることである。従って、本発明において用いるDNAは、これら特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列(例えば、配列番号:2、4、6、8、10、12、14)において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなり、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。ここで「複数」とは、改変後のタンパク質がアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を維持する範囲における、アミノ酸の改変数であり、通常、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、さらに好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸)である。
【0036】
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の昆虫からアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子が得られた場合、そのDNAの塩基配列情報を利用して、同一または他の昆虫から、同様の活性を有するタンパク質をコードするDNAを取得することが可能である。従って、本発明において用いるDNAは、特定の昆虫におけるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13)とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAであって、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。
【0037】
こうして得られた変異遺伝子や相同遺伝子をコードするDNAが、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードするか否かは、例えば、文献(非特許文献29〜32、36、37)に記載の方法によって判定することができる。
【0038】
なお、上記した変異遺伝子をコードするDNAを作製するための、DNAへの人為的な変異の導入は、例えば、部位特異的変異誘発(site-directed mutagenesis)法(Kramer, W. & Fritz, HJ., Methods Enzymol, 154:350-367, 1987)により行うことができる。
【0039】
また、上記した相同遺伝子をコードするDNAを単離するための方法としては、例えば、ハイブリダイゼーション技術(Southern, E. M., Journal of Molecular Biology, 98:503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki, R. K., et al. Science, 230:1350-1354, 1985、Saiki, R. K. et al. Science, 239:487-491, 1988)が挙げられる。相同遺伝子をコードするDNAを単離するためには、通常ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件としては、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSCの条件またはこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を例示できる。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M尿素、0.4%SDS、0.1xSSCの条件を用いれば、より相同性の高いDNAの単離を期待することができる。単離されたDNAは、核酸レベルあるいはアミノ酸配列レベルにおいて、少なくとも50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215:403-410, 1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90:5873-5877, 1993)に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25:3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0040】
本発明において用いられるアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAとしては、その形態に特に制限はなく、cDNAの他、ゲノムDNA、および化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、カイコからゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、フォスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作成し、これを展開して、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13に記載のDNA)の塩基配列を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより調製することが可能である。また、アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子に特異的なプライマーを作成し、これを利用したPCRを行うことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、鱗翅目昆虫から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作成し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、また、PCRを行うことにより調製することが可能である。
【0041】
本発明における昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤において、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、ベクターに挿入されている形態であってもよい。ベクターとしては、例えば、染色体中に遺伝子導入可能なベクターまたは自律複製可能なベクターを使用することができる。
【0042】
カイコ卵に対してDNAの導入を行う場合、例えば、トランスポゾンベクターを利用してカイコの発生初期卵へ注射する方法(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)を利用することができる。例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al.,(1998) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95(13):7520-5)の間に上記DNAを挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクター(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する。ヘルパーベクターとしては、pHA3PIG(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18, 81-84)が挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明に用いるトランスポゾンとしては、piggyBacが好ましいが、これに限定されるものではなく、マリーナ(mariner)、ミノス(Minos)等を用いることもできる(Shimizu,K. et al., (2000) Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,(2000) Insect Mol Biol 9(2):145-55)。また、本発明では、バキュロウイルスベクターを使用することも可能である(Yamao, M. et al., (1999) Genes Dev 13:511-516)。昆虫の細胞にベクターを導入する場合、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクタミン法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの公知の方法で行うことが可能である。
【0043】
ベクターに用いるプロモーターとしては、例えば、昆虫の全身での発現を誘導するアクチンプロモーター、AcNPVのhr5-IE1プロモーターなどが挙げられる。
【0044】
一旦、染色体内に上記DNAが導入された昆虫が得られれば、該昆虫から、卵、子孫、あるいはクローンを得て、それらを基に昆虫を繁殖させることも可能である。
【0045】
従って、本発明は、上記昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫、並びに、その卵、子孫およびクローンをも提供するものである。また、本発明は、上記昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする、卵および体が薄色化された昆虫の生産方法をも提供するものである。
【0046】
昆虫に、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAに加えて、遺伝子組換えを行いたい任意のDNAを導入する場合、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、任意のDNAによる遺伝子組換え体を選抜するためのマーカーとして利用することができる。
<昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法、遺伝子組換え昆虫の生産方法>
従って、本発明は、昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法を提供するものである。また、本発明は、遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法をも提供するものである。
【0047】
昆虫に導入する「任意のDNA」としては、特に制限はない。例えば、医薬品や検査薬の原料となる有用タンパク質をコードするDNA、高機能シルクの生産に有用な蛋白質をコードするDNA、ヒトの病態のモデルを作製するために有用なDNAが挙げられる。任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、一つのベクターに配置して昆虫に導入することが好ましいが、それぞれを異なるベクターに配置して導入することも可能である。任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAは、ベクター上では、昆虫において発現を保証するプロモーター(例えば、アクチンプロモーター)に発現可能に連結されている。
【0048】
任意のDNAと上記の昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、該DNAが発現している昆虫は、その卵および体が薄色化する。従って、昆虫の卵および体の薄色化を指標に、遺伝子組換え昆虫を評価し、選抜することが可能である。
【実施例】
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、本実施例における実験材料と方法は、下記の通りである。
【0050】
(1)カイコの飼育
カイコは人工飼料(日本農産工業)で25〜27度で飼育した。トランスジェニックカイコの作成に用いたw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)は農業生物資源研究所で累代飼育されたものである。トランスジェニックカイコの交配相手であるActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2(Imamura, M. et al., 2003. Genetics 165:1329-1340、Uchino, K. et al., 2006. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 75:89-97)を保持する系統と、黒縞系統は農業生物資源研究所で累代飼育されたものである。
【0051】
(2)pBacUAS-NAT1/3xP3-EGFPベクターの作成
NAT遺伝子はカイコ蛹期翅から作成したESTライブラリーよりpBacMCS-UAS-BlnI-Kozak-BmNAT1-ORF-sプライマー(5’-GCCTAGTAGACCTAGAAAAATCAAAATGGCTGTTACAAGTACAAGAGGC-3’/配列番号:15)とpBacMCS-UAS-BlnI-BmNAT1-ORF-aプライマー(5’-GTATGGCTGACCTAGTTACAGCTCCTTAATGTAGACCCTG-3’/配列番号:16)とPhusion Hot Start II High-Fidelity DNA polymerase(New England Biolabs)を用いて増幅した。増幅産物についてアガロースゲル電気泳動を行い、0.9kbの断片をQiaquick gel extraction kit(Qiagen)を用いて、切り出し、精製を行った。NAT1のORFの配列は、GenBank accession no. DQ256382と同一である。この断片を、In-fusion HD cloning kit(Clontech)を用いて、pBacUASMCS-3xP3-EGFPベクターのBlnIサイトにサブクローニングした。完成したプラスミドの配列はABI3130xl(Applied Biosystems)を用いたシークエンシングにより確認した。
【0052】
(3)トランスジェニックカイコの作成
トランスジェニックカイコの作成は、Tamuraらの方法(非特許文献1)と同様の方法で行った。pBacUAS-NAT1/3xP3-EGFPと、ヘルパープラスミドpHA3PIGを5mM KCl 0.5mM リン酸バッファー(pH7.0)にそれぞれ400ng/μl、200ng/μlになるように調整した。この混合溶液を、産下後3.5〜8時間のw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)の卵に注入した。遺伝子組換え体の選抜はG1世代の卵でEGFPの蛍光を用いて蛍光顕微鏡(オリンパス)を用いて行った。樹立したUAS-NAT1/3xP3-EGFP系統の雄蛾とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2系統の雌蛾を交配し、生まれた卵をEGFPとDsRed2の蛍光を用いてスクリーニングを行った。
【0053】
(4)カイコの観察
蛍光顕微鏡(ライカ)を用いて観察した。
【0054】
(5)解剖
1xPTU(フェニルチオ尿素)/PBS中で解剖した。
【0055】
[実施例1] NAT1遺伝子を強制発現させたカイコの1齢幼虫の表現型の解析
NAT1遺伝子をカイコ1齢幼虫のヒフで強制発現させるために、Gal4/UASシステム(Fischer, JA. et al., 1988. Nature 332:853-856)を用いた。UASの下流にカイコのNAT1遺伝子のORFの全長をつないだものと、眼での遺伝子発現を誘導する3xP3プロモーターにEGFPをつないだもの2種類をpiggyBac転移因子の認識配列(ITR)の間に組み込んだプラスミドを作成し(図2)、これをw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)の卵に微小注射することで、UAS-NAT1/3xP3-EGFPを持つカイコの系統を作成した。UAS-NAT1の有無は、眼のEGFPの蛍光で識別した。次に、全身でGal4の発現が観察されるActin A3プロモーター-Gal4/3xP3-DsRed2(以下、「Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2」と称する)トランスジェニック系統(Imamura, M. et al., 2003. Genetics 165:1329-1340、Uchino, K. et al., 2006. Journal of Insect Biotechnology and Sericology 75:89-97)(図2)の蛾をUAS-NAT1/3xP3-EGFPの蛾と交配した。産下後7日目の時期に、UAS-NAT1とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2の有無を、眼のEGFPとDsRed2の蛍光でスクリーニングし、EGFPのみ、DsRed2のみ、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められるものをそれぞれ選抜した。EGFPのみや、DsRed2のみの個体では、NAT1は強制発現されないが、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる個体では、NAT1が全身で強制発現されていると考えられる。
【0056】
対照区では産下後9〜10日目では、幼虫の体も着色し、卵全体が灰色にみえるが、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる区でのみ、その着色が薄い茶色であった。孵化した幼虫を観察すると、対照区のw-1;pnd系統(w-1遺伝子と休眠遺伝子に変異が入った系統)は頭及び体の着色が黒であるのに対し、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められる区では、明るい茶色であった(図3)。すなわち、NAT1の強制発現によりカイコの1齢幼虫の体色が薄くなることが明らかとなった。このことは、カイコの1齢幼虫の体表のクチクラおよび頭にはドーパミンメラニンが含有されていることを示唆している。興味深いことに、頭の色が薄くなったためか、幼虫の眼の蛍光が見やすくなった(図3、DsRed2の写真)。また、孵化までの時点で、EGFPのみ、DsRed2のみの個体と比べても、死亡率の高さは特に認められなかった。さらに、w-1遺伝子が正常に働いており、オモクローム系の色素が正常に合成される系統(1齢幼虫の頭が黒で体色が濃い茶色の系統)においても、NAT1を強制発現させると、1齢幼虫の頭が薄い茶色に、体色が赤褐色になったことから(図4)、実用系統など、他の様々な系統でNAT1の強制発現が1齢幼虫の体色を変化させることが可能であると考えられる。NAT1はActin A3プロモーターの機能により発現が制御されているため、Actin A3プロモーターとNAT1を繋げれば、肉眼で遺伝子組換え個体を判別するためのマーカーとして非常に有用であると考えられる。
【0057】
[実施例2] NAT1遺伝子を強制発現させた黒縞系統の幼虫の表現型の解析
カイコの2齢幼虫以降の体色の大部分は尿酸からなる白であり、部分的にメラニン色素やオモクローム系色素からなる着色が見られる。この着色は系統により異なるが、NAT1の強制発現に用いた系統は、元々紋様が薄い系統であった。そこで、NAT1強制発現により幼虫のメラニン色素の色が変化するかを明確に調べるために、Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2とUAS-NAT1/3xP3-EGFPの両方を持つ個体と、黒縞遺伝子をホモで持つ個体(pS/pS)を交配し(図5)、産まれた卵をUAS-NAT1とActin A3-Gal4/3xP3-DsRed2の有無を、眼のEGFPとDsRed2の蛍光でスクリーニングし、EGFPのみ、DsRed2のみ、EGFPとDsRed2両方の蛍光が認められるものをそれぞれ選抜した。オス親は、pS(黒縞)遺伝子をホモで持っており、メス親は持っていないため、F1はすべてpS(黒縞)遺伝子座をヘテロで保持し(pS/+pS)、体表に太い黒の縞模様が現れる。この黒の縞模様にNAT1の強制発現が与える影響を観察したところ、3〜4齢幼虫では、黒の縞模様が茶褐色〜黄褐色を呈していた(図6〜8)。縞の体の側面の部分の色の体色が顕著に薄くなっており、半月紋や星状紋がオレンジ色になっていた。特に、体の側面や半月紋、星状紋の体色が顕著に変化していた。5齢幼虫も、全体的に色が薄くなっており、さらに、眼状紋の着色部位が狭くなっていた(図9〜10)。半月紋と星状紋で顕著に着色部位が減少しており、紋様自体の変化を引き起こした(図10)。以上より、pS(黒縞)遺伝子座を持つ個体の幼虫では、NAT1の影響がより顕著にみられ、遺伝子組換え体を容易に判別可能であることが判明した。
【0058】
[実施例3] NAT1を強制発現させた幼虫の気管の表現型の解析
カイコの幼虫の気管は通常黒っぽい色をしている。NAT1を強制発現させたカイコの5齢3日目の幼虫を解剖し、気管を観察した。その結果、NAT1強制発現カイコは気管が薄い金色であった(図11)。
【0059】
[実施例4] NAT1を強制発現させたカイコの成虫の触角の表現型の解析
NAT1を強制発現させたカイコを飼育し、その成虫を観察したところ、鱗粉や体毛の色には変化は認められなかったが、触角の色が対照区では通常濃い茶色であるのに対し、NAT1を強制発現させたカイコの触角は黄色に近い茶色になることが判明した(図12、13)。この形質は、UAS-NAT1/3xP3-EGFPのみ持つ個体や、Actin A3-Gal4/3xP3-DsRed2のみの個体では認められなかった。このことから、カイコの成虫の触角にも、ドーパミンメラニンが含有されていることが示唆される。また、成虫まで飼育する間、EGFPのみ、DsRed2のみの個体と比べても、死亡率の高さは特に認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によって見出されたアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子は、昆虫の卵および体の薄色化させる活性を有するため、遺伝子組換え体の選抜のためのマーカーとして好適に利用することができる。本発明によれば、実用系統も含めた幅広い系統において、効率的に遺伝子組換え体を生産することができる。従って、本発明は、昆虫における有用タンパク質生産やカイコにおける高機能シルク生産、昆虫におけるヒト病態モデルの作製などの幅広い実用化に大きく貢献しうるものである。
【配列表フリーテキスト】
【0061】
配列番号15〜16<223> 人工的に合成されたプライマーの配列
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含む、昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤。
【請求項2】
昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫。
【請求項3】
請求項2に記載の昆虫の卵、子孫またはクローン。
【請求項4】
卵および体が薄色化された昆虫の生産方法であって、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする方法。
【請求項5】
昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法。
【請求項6】
遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法。
【請求項1】
昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを含む、昆虫の卵および体を薄色化させるための薬剤。
【請求項2】
昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAが導入され、薄色化された昆虫。
【請求項3】
請求項2に記載の昆虫の卵、子孫またはクローン。
【請求項4】
卵および体が薄色化された昆虫の生産方法であって、昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入することを特徴とする方法。
【請求項5】
昆虫が遺伝子組換えされているか否かを判定する方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価することを含む方法。
【請求項6】
遺伝子組換え昆虫の生産方法であって、任意のDNAと昆虫のアリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼをコードするDNAを昆虫に導入し、当該昆虫の卵および/または体の薄色化を評価し、卵および/または体が薄色化した個体を選抜することを含む方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2013−5740(P2013−5740A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139217(P2011−139217)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
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