説明

アルツハイマー病治療に向けたヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞

【課題】間葉系幹細胞の無血清培養方法ならびにこれに用いる無血清培地を提供する。
【解決手段】間葉系幹細胞の初代培養方法であって、ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞を、血清を含まない培地を用いて培養することを特徴とする方法。好ましくは、培地には、還元型グルタチオンおよびフィブロネクチンを加える。さらに、培地にエコチンおよび超低分子ヒアルロン酸を加えてもよい。さらに、該方法を用いて培養することにより得られる間葉系幹細胞集団、ならびにこのようにして得られる間葉系幹細胞集団を有効成分として含むアルツハイマー病治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養方法、およびこの方法に用いるためのヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞培養用無血清培地、ならびにかかる方法により得られたヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いる、アルツハイマー病の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
MSCと治療対象の疾患
間葉系幹細胞は、脂肪、臍帯、骨髄中、滑膜などに存在する、多分化能を有する体性幹細胞である。間葉系幹細胞は種々の中胚葉細胞,例えば,骨芽細胞,軟骨細胞,骨格筋細胞,心筋細胞,および血管内皮細胞に分化することができる。間葉系幹細胞はその多分化能から、骨、関節、筋肉、肝臓、腎臓、心臓、中枢神経系および膵臓等の臓器再生医療への応用が期待されており、例えば、間葉系幹細胞の移植による心筋梗塞、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、自己免疫疾患、慢性腎不全、変形性関節症、脳梗塞、ならびに脳神経系疾患(例えば、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病)等の治療に関する研究が進められている。
【0003】
従来のMSCの採取法、培養法について
間葉系幹細胞は、骨髄、臍帯血、脂肪および滑膜に存在するが、生体組織から採取できる細胞の数は少ないため、細胞治療に用いるためには、これらの細胞を生体外で培養して増殖させることが必要である。間葉系幹細胞は通常、ウシ胎児血清や患者の自己血清を添加した血清含有培地を用いて培養される。血清には、細胞の増殖や培養皿への接着を促進するための成長因子等の生理活性物質や細胞外基質タンパク質が含まれている。しかし、血清を用いて培養した細胞を患者に臨床応用する際には、外来ウイルスによる汚染、異種タンパク質の混入による投与時のアレルギー反応、培地成分のロット間の性能変動と、それに伴う細胞の不均一性などが問題となる。また、一般的な無血清培地においては、その細胞増殖速度が血清添加培地と比較すると減少するが、それはすなわち、治療までに時間を要することとなる。十分な増殖速度を達成することも治療の機を逃さないためにも重要である。
【0004】
このため、血清を全く含まない無血清培地の開発が進められており、細胞培養用基礎培地にFGF、PDGF、TGF−β等の各種の増殖因子や、インスリン、トランスフェリン、デキサメタゾンなどのホルモン類、リン脂質、脂肪酸等を添加した各種の無血清培地が開示されている(例えば、WO2007/080919、特開平8−308561、特表2002−529071等を参照)。なお、間葉系幹細胞の培養および/または分化用の培地として数種類の無血清培地が市販されているが、いずれもその詳細な成分は明らかにされていない。
【0005】
このような背景において、その組成が明らかである無血清培地により、十分な増殖速度をもって、未分化性を維持した細胞数を達成することは、間葉系幹細胞による再生医療の実現のためには避けられない命題となる。また、その細胞が造腫瘍性、染色体異常を伴わない安全なものであること、また、対象疾患の治療機序において、その治療に特化したプロファイルをその細胞が有する必要がある。
【0006】
従来のアルツハイマー病治療について
アルツハイマー病(Alzheimer's Disease:AD)は、世界で約1800万人が罹患する最も一般的な認知症の1つである。その最大の危険因子は加齢であるが、若年層で発症が認められる家族性アルツハイマー病におけるアミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積は、遺伝的要因によるAβの産生の増進が原因と考えられる。一方で、孤発性アルツハイマー病においては、Aβの分解系の異常に起因するAβの異常蓄積にあるとされる。全アルツハイマー病の9割以上は“孤発性アルツハイマー病”が占めており、最も治療で重要な点は、Aβの分解促進に寄与する治療法の開発である。
【0007】
現在、神経細胞の変性・脱落に直接起因するアルツハイマー病の中核症状の治療においては、コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)、およびN-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDA受容体)拮抗薬があるが、進行の抑制ないしは症状の軽減を目的として使用されており、アルツハイマー病は不可逆的な症候である。このうち、日本において認可されているのはChEI(ドネペジル)である。アルツハイマー病脳では様々な神経伝達物質の低下が認められるが、ドネペジルは皮質や海馬のコリン作動性ニューロンでアセチルコリンを補うことによりアルツハイマー病症状の改善効果をもたらすとされる。しかし、ドネペジルによる治療効果は永続的ではないとともに、この薬剤は軽症および中等症のアルツハイマー病型認知症を適応としており、重症のアルツハイマー病は適応に含まれていない。
【0008】
ネプリライシン(Neprilysin)とアルツハイマー病について
アルツハイマー病の病理所見においては、大脳皮質・辺縁系におけるシナプスの崩壊や神経細胞の脱落に伴う能の委縮、および老人班などの異常が認められる。老人班はAβが細胞外で凝集魂を形成したものである。Aβの蓄積はアルツハイマー病発症初期に起こる疾患特異性の高い病理造として知られ、孤発性アルツハイマー病では、Aβ分解系の機能低下によりAβが蓄積するものと考えられている。その分解に関わる主要な酵素は、II型膜貫通型のメタロプロテアーゼであるネプリライシンであると知られている。ネプリライシンは神経細胞のプレシナプスに存在し、シナプス間隙のAβ濃度の調節に寄与する。ネプリライシンのノックアウトマウスの脳では、著しいAβ分解活性の低下と内在性Aβ量の上昇が認められ(Iwata N, Tsubuki S, Takaki Y, et al. Metabolic regulation of brain Aβ by neprilysin. Science.2001;292:1550-1552.)、逆に神経細胞で過剰発現すると、Aβの細胞内外での蓄積が減少する(Hama E, Shirotani K, Masumoto H, Sekine-Aizawa Y, Aizawa H, Saido TC. Clearance of extracellular and cell-associated amyloid β peptide through viral expression of neprilysin in primary neurons. J Biochem.2001;130:721-726.)。アルツハイマー病の発症前予防と発症後の治療のためには、脳内Aβ量を低下させることが必要であり、そのためにネプリライシン活性に着目したアルツハイマー病治療戦略が取られている。
【0009】
ネプリライシンとMSCについて
近年、間葉系幹細胞が中枢神経系の治療に利用されつつあるが、アルツハイマー病の治療においても同細胞が効果的であることが、下記の通り報告されている(図1を参照)。
1. 2009年にJongらは、Aβ1-42をC57BL/6マウスの海馬歯状回に注入して作製した急性アルツハイマー病モデルマウスモデルにおいて、骨髄由来間葉系幹細胞の脳内直接投与により脳内Aβ量が減少することを明らかにし、これはミクログリアの活性化によるものであるとしている(Neurosci Lett. 2009 Jan 30;450(2):136-41. Epub 2008 Dec 6.)。Jongらが唱える機序としては、間葉系幹細胞が病態環境によるミクログリアのファゴサイトーシスなどの機能を活性化し、ミクログリアによるAβのクリアランス効率を上昇させることで、Aβ沈着に伴うプラーク形成を抑制するというものである。一方で本論文においてJongらは、慢性化アルツハイマー病などの治療においても間葉系幹細胞の投与が効果的であるかについては、さらなる検証が必要としている。
2. 続いて2010年にJongらは、骨髄由来間葉系幹細胞が免疫系を調節することでAβ沈着を抑制すると報告している。彼らはアルツハイマー病モデルマウスであるアミロイド前駆体蛋白質(amyloid precursor protein ; APP) と プレセニリン・ワン(presenilin one; PS1)のダブルトランスジェニックマウス(APP/PS1)の脳内に骨髄由来間葉系幹細胞を注入することで、Aβ40とAβ42の両ペプチドの集積が海馬と皮質の両方で顕著に減少することを確認した(Stem Cells. 2010 Feb;28(2):329-43.)。著者らは、Aβの分解に関与するインスリン分解酵素(insulin degrading enzyme; IDE)、ネプリライシン(NEP)、マトリクスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinase)9(MMP-9)などの酵素のミクログリアからの分泌が、骨髄由来間葉系幹細胞の投与により増加することを示し、同時にTNF-αやIL-1βなどの炎症性サイトカインンの発現の減少を確認している。また、アルツハイマー病の発症にはAβの沈着と同時にtauのリン酸化が必要とされているが、APP/PS1マウスへの骨髄由来間葉系幹細胞の投与により、tauのリン酸化がコントロールのPBS投与群と比較して約40%抑制される。さらに行動学的にも、モリス水迷路試験で成績の改善を認めており、分子レベルの機序から治療効果まで検証されている。
3. 2010年のHabischらの報告により、間葉系幹細胞を神経外胚葉に分化させた際、F-sapondinとCD10(ネプリライシン)が顕著な発現誘導を受けることが示された(それぞれ4,992±697倍と692±226倍)。両タンパク質は、Aβペプチドの形成と分解に関与する。間葉系幹細胞それ自体の神経系への分化が、アルツハイマー病の治療に効果的であることを示した(Stem Cells Dev. 2010 May;19(5):629-33.)。
【0010】
アルツハイマー病の臨床的治療に向けたMSC培養法の必要性について
間葉系幹細胞によるアルツハイマー病治療の有効性は十分に推察されるが、解決すべき課題が存在する。第1の課題としては、細胞治療剤の安全性の担保が上げられる。ヒトに投与する際には動物血清を使用しないことが望ましく、また、ヒト自己血清を使用する場合においても、その患者が何らかのウイルス感染症に罹患する場合においては、免疫系から隔離されたin vitroにおける培養系で爆発的にそのウイルスが増殖する危険性がある。また、培養効率の上昇の効果に血清には個人差があることから、各患者に安定的に細胞を供給するためには、血清から離脱した完全無血清培養が必要とされる。また、治療のために細胞数を達成する必要から、PD8程度まで継代培養を繰り返すことも想定されるが、培養過程で細胞が何らかの形質転換を生じないことも極めて重要である。第2の課題としては、アルツハイマー病治療に適した間葉系幹細胞を調製することである。スタートの組織、培地組成、培養器材、培養方法などにより、間葉系幹細胞のプロファイルは劇的に変化する。アルツハイマー病の治療機序が分子レベルで解明されつつある今、間葉系幹細胞の培養系をそれに適したものにコントロールすることにより、疾患特異的細胞治療剤として用意することが重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】WO2007/080919
【特許文献2】特開平8−308561
【特許文献3】特表2002−529071
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Science. 2001; 292: 1550-1552.
【非特許文献2】J Biochem. 2001; 130: 721-726.
【非特許文献3】Neurosci. Lett. 2009 Jan 30;450(2):136-41.
【非特許文献4】Stem Cells. 2010 Feb;28(2):329-43.
【非特許文献5】Stem Cells Dev. 2010 May;19(5):629-33.
【非特許文献6】J. Neurochem. 2009 (108), 1072-1082.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、アルツハイマー病の治療に有効な安全性の高い脂肪組織由来間葉系幹細胞を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、特定の成分を添加した無血清培地を用いることにより、脂肪組織由来の間葉系幹細胞を大量に安定的に培養しうることを見いだした。すなわち、本発明は
[1] 間葉系幹細胞の初代培養方法であって、ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞を、血清を含まない培地を用いて培養することを特徴とする方法;
[2] 培地が還元型グルタチオンおよびフィブロネクチンを含む、上記[1]に記載の方法;
[3] 培地中の還元型グルタチオンの濃度が20μg/ml〜200μg/mlである、上記[2]に記載の方法;
[4] 培地中のフィブロネクチンがカイコ発現リコンビナントタンパク質である、上記[2]または[3]に記載の方法;
[5] 培地がエコチンをさらに含む、上記[1]−[4]のいずれかに記載の方法;
[6] 培地が分子量4,000以下から成る超低分子ヒアルロン酸をさらに含む、上記[1]−[5]のいずれかに記載の方法;
[7] 上記[1]〜[6]のいずれかに記載の方法により得られるヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団;
[8] FCSを用いた培養法で得られた細胞集団と比較して、ネプリライシンの発現および活性が高い、上記[7]に記載のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団;
[9] アルツハイマー病治療に対して効果を有する、上記[7]または[8]に記載のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団;
[10] 超低免疫性NOGマウス造腫瘍性試験、染色体異常試験、軟寒天コロニー試験において、造腫瘍性または染色体異常が否定される、上記[7]〜[9]のいずれかに記載の細胞集団;
[11] 細胞が、Nanog、Oct3/4、ネスチン、CD105、CD271、CMAHからなる群より選択される1またはそれ以上の幹細胞マーカーを発現する、上記[7]〜[10]のいずれかに記載の細胞集団;
[12] 細胞がTSG-6、VEGF、HGF、STC-1、TGF-βおよびb-FGFを発現する、上記[7]〜[11]のいずれかに記載の細胞集団;
[13] 上記[9]〜[12]のいすれかに記載のヒト脂肪組織間葉系幹細胞集団を主要有効成分として含む、アルツハイマー病治療剤;
[14] 上記[13]に記載の治療剤をアルツハイマー病患者に投与することを含む、アルツハイマー病治療方法;
[15] 上記[13]に記載の治療剤を被験者に投与することを含む、アルツハイマー病の再発予防方法、
を提供する。
【0015】
本発明の特に好ましい態様においては、エコチン、還元型グルタチオン、フィブロネクチン、β2-ミクログロブリン、超低分子ヒアルロン酸を添加した無血清培地により、脂肪組織から約3週間以内に、1x108個オーダーの脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む細胞集団を、血清に全く依存することなく、培養することが可能である。さらにその細胞集団は血清培地中で培養された骨髄由来間葉系幹細胞よりも顕著に高いネプリライシンをタンパク質レベルで発現し、その細胞を重症例のアルツハイマー病患者に静脈注射により投与することで、その症状の顕著な回復をもたらすことをが見出された。
【0016】
本発明はまた、臨床的利用を前提とした、アルツハイマー病治療を対象とした安全で有効性の高い脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養法と、それにより得られる細胞集団に関する。
【0017】
本発明はまた、脂肪組織由来間葉系幹細胞が、ネプリライシン(CD10)強陽性である細胞集団から成る治療薬にも関する。
【0018】
本発明はまた、脂肪組織由来間葉系幹細胞が、TNF-αに応答してTSG-6やSTC-1などの強力な抗炎症性タンパク質を、通常の血清培地における培養系と比較して高度に分泌する細胞集団であり、神経変性部位の抗炎症効果も有する治療薬にも関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明による培養系で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞は、アルツハイマー病の治療に極めて有効である。従来の薬剤投与による治療法ではアルツハイマー病の進行を遅らすことはできても改善することは難しいが、本発明による治療法においては、症状を改善することができる。また、本治療に用いる細胞は脂肪組織に由来するため、適切な培養工程の管理を条件に、iPS細胞やES細胞のように倫理面・安全面での問題が生じにくいことがある。
【0020】
本発明によれば、脂肪組織由来間葉系幹細胞集団をアルツハイマー病患者に投与した際、アルツハイマー病診断マーカーとして知られる、脳脊髄液中のリン酸化tauタンパク質が減少する。
【0021】
本発明の治療法によれば、アルツハイマー病患者に脂肪組織由来間葉系幹細胞集団を投与した際、STECTにより脳内血流量の改善が、CTによる組織形態的異常の改善が確認される。
【0022】
上記のような治療効果を得るに当たり、本発明の治療方法は、間葉系幹細胞を静脈内投与することによっても達成可能である。
【0023】
本発明からなる脂肪組織由来間葉系幹細胞の静脈内投与により、アルツハイマー病患者の脳内のβアミロイドを分解して老人斑の沈着を減少させるとともに、TSG-6などの因子を介した抗炎症作用により、アルツハイマー病発症の原因の1つと考えられる炎症を改善し、病態の再燃を抑制する予防効果を発揮する。
【0024】
本発明の無血清培地によれば、治療に必要な1x107〜1x108までの脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む細胞集団を、血清培地と同等かそれ以下の期間内において、培養達成が可能である。
【0025】
本発明によれば、継代数P7(≒PD20)まで、アルツハイマー病治療に関する分子マーカーの発現を維持した状態で、腫瘍化や染色体異常における臨床上の安全性が確認されうる脂肪組織由来間葉系幹細胞の大量培養が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、アルツハイマー病の原因とその関連因子の説明を示す。
【図2】図2は、本発明の脂肪組織由来間葉系幹細胞のネプリライシン発現を示す。
【図3】図3は、本発明の脂肪組織由来間葉系幹細胞のネプリライシン活性を示す。
【図4】図4は、本発明の脂肪組織由来間葉系幹細胞の形態を示す。
【図5】図5は、本発明の脂肪組織由来間葉系幹細胞の分化能を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、血清を含まない培地を用いてヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養する方法を特徴とする。培地としては、DMEM、MCDB201、α-MEMのいずれか、またはそれらを混合して基本培地とした無血清培地を用いることができる。
【0028】
本発明の好ましい態様においては、培地には還元型グルタチオンおよびフィブロネクチンが含まれる。好ましくは、培地中の還元型グルタチオンの濃度は1μg/ml〜200μg/mlであり、好ましくは2μg/ml以上、より好ましくは20μg/ml以上である。培地中のフィブロネクチンの濃度は、1μg/ml〜10μg/mlであり、好ましくは2〜5μg/mlである。
【0029】
本発明の1つの好ましい態様においては、10nM〜1μM(好ましくは100nM)エコチン、1μg/ml〜100μg/ml(好ましくは20μg/ml)還元型グルタチオン、1μg/ml〜10μg/ml(好ましくは5μg/ml)フィブロネクチン、100ng/ml〜10μg/ml(好ましくは1μg/ml)β2-ミクログロブリン、100ng/ml〜10μg/ml(好ましくは1μg/ml)超低分子ヒアルロン酸を添加した、DMEM、MCDB201、α-MEMのいずれか、またはそれらを混合して基本培地とした無血清培地を用いて、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養する。これらの中でタンパク性の成分は、大腸菌発現リコンビナントタンパク質、もしくはカイコ発現リコンビナントタンパク質として提供され、バキュロウイルスを用いた昆虫細胞発現系由来、もしくは動物由来成分は含有しない。
【0030】
エコチンとは、大腸菌に由来するペプチドであって、セリンプロテアーゼ阻害活性をもつことが知られている。プロテアーゼ阻害剤を培地に加えることにより、タンパク質分解酵素の残存活性を効率的に阻害し、間葉系幹細胞の初期接着効率を高めることができる。
【0031】
超低分子ヒアルロン酸とは、分子量約4,000以下のヒアルロン酸を意味する。ヒアルロン酸の構成単位である二糖の分子量は約400であるので、分子量約4,000以下のヒアルロン酸は、約10個以下の二糖単位により構成される。本発明において無血清培地に添加されるヒアルロン酸は、好ましくは平均分子量約2,000以下であり、より好ましくは、平均分子量約1,200以下であり、特に好ましくは、分子量約800の4糖ヒアルロン酸(HA4)である。
【0032】
本発明の方法においては、初代培養用培地とその後の継代用培地でその培地組成が異なってもよく、特に初代培養においては、エコチンと還元型グルタチオン、フィブロネクチンの濃度を上記至適濃度かそれ以上で添加することが望ましい。初代培養、継代培養用培地にはこれらの成分のいずれか、または複合的に含まれており、その他にも、間葉系幹細胞の性能と安全性、治療効果を高めるためのいかなるタンパク性因子、脂質、糖質、無機塩類、低分子無機化合物、低分子有機化合物が含まれていてもよい。例えば、間葉系幹細胞の増殖および分化を促進するために、TGF−βおよびPDGF−BBを加えてもよい。さらに、他の増殖因子(FGF、HGF、EGF、CTGF、VEGF等)、リン脂質(フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリンなど)、脂肪酸(リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、及びステアリン酸)、コレステロール、インスリン、デキサメタゾン、トランスフェリン、セレン酸塩などを加えることができる。
【0033】
本発明による間葉系幹細胞を得るためには、被験者から外科的に切除ないし吸引することにより採取された皮下脂肪組織から、間質細胞画分(Stromal Vascular fraction: SVF)を抽出し、本発明による無血清培地を用いてフラスコまたはシャーレを用いて接着培養を行う。90〜95%コンフルエントになった時点で継代を繰り返し、必要に応じて継代の途中でもNanog、Oct3/4、ネスチン、CD105、CD271、CMAHなどの幹細胞マーカーとCD10の発現を、フローサイトメーターや細胞の免疫染色法で確認し、少なくとも最終継代ではそれらを確認する。初代培養開始から約3週間以内に、1x108個オーダーの脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む細胞集団を得たのち、細胞製剤のエンドトキシン濃度、無菌性試験、特定ウイルス感染否定試験、マイコプラズマ否定試験、生存率などの必要な品質管理基準項目について試験を行う。それらをクリアした細胞について、重症例のアルツハイマー病患者に静脈注射により投与することで、その症状の治療に使用することができる。本発明のアルツハイマー病治療剤には、さらに薬学的に許容しうる担体や賦形剤を加えてもよい。
【実施例】
【0034】
下記に本発明を具体的に実施するに当たり説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
脂肪組織由来間葉系幹細胞の無血清培養
最初に、被験者から皮下脂肪組織を無菌的に採取する。採取部位の選択肢としては、腹部または臀部が望ましいが、その他の部位でもよい。脂肪組織をコラゲナーゼで処理することで細胞を分散し、遠心に供してSVFを回収する。PBS(-)などでSVFを洗浄した後、DMEM/F12に20μg/mlの還元型グルタチオン、5μg/mlのフィブロネクチンおよび100nMのエコチンを加えた初代培養用無血清培地に懸濁し、適切なサイズのTフラスコに播種したうえで、37℃/5%CO2条件下で約95%コンフルエントに達するまで培養する。その間、必要に応じて、培地交換を初代培養用無血清培地で行う。初代培養用無血清培地はその他に、リコンビナントタンパク質として供給される0.15%(w/v)ヒト型血清アルブミン、500μM LiCl、100μg/ml Ascorbic Acid、10μg/mlGentasinを等を含有する。
【0036】
その後、細胞へのダメージの少ない適切な剥離剤を用いて細胞をはく離回収し、PBS(-)などによる洗浄ののち、DMEM/F12に20μg/mlの還元型グルタチオンを加えた継代培養用無血清培地に懸濁してTフラスコに播種して、37℃/5%CO2条件下で培養する。この継代作業を繰り返し、本発明によるアルツハイマー病の治療に必要な1x107〜1x108個の目的の細胞数を得て、投与用の乳酸リンゲル液に懸濁して4℃で使用時まで保管する。継代培養用無血清培地はその他に、リコンビナントタンパク質として供給される0.15%(w/v)ヒト型血清アルブミン、500μM LiCl、100μg/ml Ascorbic Acid、10μg/ml Gentasin等を含有する。
【0037】
脂肪組織由来間葉系幹細胞の品質試験
回収した脂肪組織由来間葉系幹細胞を高度に含む細胞集団について、フローサイトメーター法や細胞免疫染色法により、その特性解析と品質確認を行う。陽性マーカーとしては、Nanog、Oct3/4、ネスチン、CD105、CD271、CMAH、CD10などを用い、陰性マーカーとしては、CD34、CD45などを用いる。陽性マーカーは90%以上の細胞における発現を基準値とし、陰性は10%以下の細胞での発現を基準とする。その他、安全性試験としてエンドトキシン試験や無菌性試験、ウイルス否定試験とマイコプラズマ否定試験を行った後、最後に投与1時間以内に投与細胞の生存率試験を行い、70%以上の細胞生存率が確認された場合において投与に用いる。
【0038】
脂肪組織由来間葉系幹細胞の投与
品質試験をクリアした細胞について、静脈注射により投与する。本発明よる間葉系幹細胞は、脳関門を突破して患部にホーミングし、直接患部でβアミロイドを分解する活性を有する。従来の血清培地で培養された細胞は、投与された後に患部の栄養源の枯渇、炎症、虚血環境などにより、投与後著しい生存率の低下を伴い、それが要因で期待される治療効果に結び付かないことがある一方、本発明による無血清培地で培養された間葉系幹細胞は、それから大量に分泌されるTSG-6などの強力な抗炎症性因子による炎症環境の改善の作用もあり、投与細胞の生存率が従来法と比較して高く保たれ、結果的に高い治療効果をもたらすことになる。
【0039】
脂肪組織由来間葉系幹細胞投与によるアルツハイマー病の治療効果
本発明よる脂肪組織由来間葉系幹細胞を重症例のアルツハイマー病患者に投与した場合、投与約2週間目から徐々に、時間の認識、自己の認識、好きな食べ物や家族の認知など、これまで不可能であったこれらの事象についての認識を回復し始め、投与3ヶ月後には息子の名前を答えるようになり、治療のために病院に行った際も、「あなたはなぜここにきているのですか?」とのいつもの医師からの問いに対して、「認知症の治療のためです」と問答が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
現在、アルツハイマー病の中核症状の治療においては、本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)が認可されている。本薬は病態進行の抑制ないしは症状の軽減を目的として使用されており、従来の治療法の範疇においてアルツハイマー病は不可逆的な症候である。ドネペジルによる治療効果は永続的ではないとともに、この薬剤は軽症および中等症のアルツハイマー病型認知症を適応としており、重症のアルツハイマー病は適応に含まれていない。なお、アルツハイマー病の介護は介護者にも長期にわたり経済的、精神的、体力的に大きな負担を伴うため、本発明を適用することで、本発明を利用することにより、そのような負担を軽減することが可能となる。
【0041】
本発明によると、脂肪組織由来幹細胞を含む細胞集団の無血清培養が安定的に可能となる。従来は動物血清や自己血清を用いた培養が主であり、間葉系幹細胞の臨床治験においても動物血清が使用されているが、安全性やロット間にわたる一定の培養性能と成果物の性状の担保という意味で、細胞製剤の製造工程バリデーションを困難にすることが本質的に予想される。本発明は、脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む細胞集団の培養の産業化を本質的に達成することを前提としている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
間葉系幹細胞の初代培養方法であって、ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞を、血清を含まない培地を用いて培養することを特徴とする方法。
【請求項2】
培地が還元型グルタチオンおよびフィブロネクチンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
培地中の還元型グルタチオンの濃度が20μg/ml〜200μg/mlである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
培地中のフィブロネクチンがカイコ発現リコンビナントタンパク質である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
培地がエコチンをさらに含む、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
培地が分子量4,000以下から成る超低分子ヒアルロン酸をさらに含む、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法により得られるヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団。
【請求項8】
FCSを用いた培養法で得られた細胞集団と比較して、ネプリライシンの発現および活性が高い、請求項7に記載のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団。
【請求項9】
アルツハイマー病治療に対して効果を有する、請求項7または8に記載のヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞集団。
【請求項10】
超低免疫性NOGマウス造腫瘍性試験、染色体異常試験、軟寒天コロニー試験において、造腫瘍性または染色体異常が否定される、請求項7〜9のいずれかに記載の細胞集団。
【請求項11】
細胞が、Nanog、Oct3/4、ネスチン、CD105、CD271、CMAHからなる群より選択される1またはそれ以上の幹細胞マーカーを発現する、請求項7〜10のいずれかに記載の細胞集団。
【請求項12】
細胞がTSG-6、VEGF、HGF、STC-1、TGF-βおよびb-FGFを発現する、請求項7〜11のいずれかに記載の細胞集団。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれかに記載のヒト脂肪組織間葉系幹細胞集団を主要有効成分として含む、アルツハイマー病治療剤。
【請求項14】
請求項13に記載の治療剤をアルツハイマー病患者に投与することを含む、アルツハイマー病治療方法。
【請求項15】
請求項13に記載の治療剤を被験者に投与することを含む、アルツハイマー病の再発予防方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−157263(P2012−157263A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18147(P2011−18147)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(501048930)株式会社シームス (34)
【Fターム(参考)】