説明

アルミニウム合金の防食層形成方法

【課題】硫酸に対するアルミニウム合金の耐食性を従来より向上する。
【解決手段】珪素:4〜24重量%、銅:5重量%以下、マグネシウム:1.5重量%以下、鉄:1.3重量%以下を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金3を対象とし、このアルミニウム合金3を表面の酸化膜及び油分を除去した上で濃度60重量%を超える高濃度硫酸水溶液2に浸漬し、前記アルミニウム合金3の表面に腐食生成物による防食層4が形成されてから前記アルミニウム合金3を高濃度硫酸水溶液2から引き上げ、前記防食層4を除去しないように前記アルミニウム合金3を水洗した後に乾燥させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金の防食層形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車等に用いられているディーゼルエンジンでは、排気側から排気ガスの一部を抜き出して吸気側へと戻し、その吸気側に戻された排気ガスでエンジン内での燃料の燃焼を抑制させて燃焼温度を下げることによりNOxの発生を低減するようにした、いわゆる排気ガス再循環(EGR:Exhaust Gas Recirculation)が行われているが、近年における排気ガス規制の強化に伴いEGR率の増加が図られており、吸気系に再循環される排気ガスの流量が増えることで吸気系内における腐食環境が悪化してきている。
【0003】
即ち、ディーゼルエンジンの排気ガス中には、燃料(軽油)中の硫黄分に起因するSO2が存在するため、このSO2が水と反応して硫酸成分を含む凝縮液を生じ易く、その凝縮液が濃縮されながら溜まり続けることで硫酸成分の濃度が増して腐食を招く虞れがある。
【0004】
一方、自動車のディーゼルエンジンにおける吸気系の部品には、一般的にアルミ材が使用されているが、アルミニウム合金の耐食性は、アルミニウムより標準電極電位の高い銅や鉄等の添加元素により悪化するため、添加元素が入っていない純アルミニウムや、アルミニウムより標準電極電位の低いマグネシウムを添加したアルミニウム合金が耐食アルミニウムとして用いられている。
【0005】
尚、この種の耐食性を有するアルミニウム合金に関連する先行技術文献情報としては下記の特許文献1等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−165639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、アルミ材で最も耐食性が高いとされている純アルミニウムであっても、将来的な腐食環境の更なる悪化に対し実用上の耐食性が不足していると考えられており、これまで以上に硫酸に対する耐食性を向上させたアルミニウム合金の提供が望まれている。
【0008】
本発明は上述の実情に鑑みてなしたもので、硫酸に対するアルミニウム合金の耐食性を従来より向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、
珪素:4〜24重量%
銅:5重量%以下
マグネシウム:1.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金を対象とし、
このアルミニウム合金を表面の酸化膜及び油分を除去した上で濃度60重量%を超える高濃度硫酸水溶液に浸漬し、前記アルミニウム合金の表面に腐食生成物による防食層が形成されてから前記アルミニウム合金を高濃度硫酸水溶液から引き上げ、前記防食層を除去しないように前記アルミニウム合金を水洗した後に乾燥させることを特徴とするアルミニウム合金の防食層形成方法、に係るものである。
【0010】
このようにして得られたアルミニウム合金は、濃度60重量%の高濃度硫酸水溶液に浸漬することで表面に腐食生成物による防食層が形成され、この防食層によりアルミニウム合金の硫酸に対する耐食性が大幅に向上される結果、アルミニウム合金を浸漬させた高濃度硫酸水溶液の濃度より低い硫酸に対し高い耐食性を有するものとなる。
【0011】
また、本発明においては、
珪素:7〜13重量%
銅:4重量%以下
マグネシウム:0.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金を対象とすることが好ましく、このようなアルミニウム合金を対象とすれば、生産性及び強度の面から自動車用部品に用いるのに適したアルミニウム合金が得られる。
【0012】
更に、本発明においては、
亜鉛:3重量%以下
マンガン:0.65重量%以下
ニッケル:1.5重量%以下
チタン:0.3重量%以下
のうち1種以上を更に含有したアルミニウム合金を対象としても良い。
【発明の効果】
【0013】
上記した本発明のアルミニウム合金の防食層形成方法によれば、濃度60重量%を超える高濃度硫酸水溶液に浸漬することにより、アルミニウム合金の表面に腐食生成物による防食層を形成し、この防食層によりアルミニウム合金の硫酸に対する耐食性を大幅に向上することができるので、将来的な腐食環境の更なる悪化が見込まれる自動車の吸気系等への適用を実現することができるという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】高濃度硫酸水溶液にアルミニウム合金を浸漬した状態を示す概略図である。
【図2】図1のアルミニウム合金を水洗している状態を示す概略図である。
【図3】図1のアルミニウム合金を乾燥している状態を示す概略図である。
【図4】高濃度硫酸水溶液への浸漬処理の効果を示すグラフである。
【図5】アルミニウム合金の腐食速度と硫酸濃度との関係を示すグラフである。
【図6】腐食速度と硫酸濃度との関係につきアルミニウム合金と純アルミニウムとを比較したグラフである。
【図7】アルミニウム合金の腐食速度と試験温度との関係を示すグラフである。
【図8】腐食による重量減と浸漬時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下本発明の実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
【0016】
図1〜図8は本発明を実施する形態の一例を示すもので、本発明においては、
珪素:4〜24重量%
銅:5重量%以下
マグネシウム:1.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金を対象とするが、自動車用部品、特に吸気系の吸気マニホールドや吸気管といった部品に用いるアルミニウム合金とする場合には、
珪素:7〜13重量%
銅:4重量%以下
マグネシウム:0.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
とすることが生産性及び強度の面からして好ましい。
【0017】
また、このアルミニウム合金には、
亜鉛:3重量%以下
マンガン:0.65重量%以下
ニッケル:1.5重量%以下
チタン:0.3重量%以下
のうち1種以上が更に含有されていても良い。
【0018】
以下に説明する実施例では、JIS規格のADC12材をアルミニウム合金として使用しており、このアルミニウム合金の組成は、
珪素:9.6〜12.0重量%
銅:1.5〜3.5重量%
マグネシウム:0.3重量%以下
鉄:1.3重量%以下
亜鉛:1.0重量%以下
マンガン:0.5重量%以下
ニッケル:0.5重量%以下
チタン:0.3重量%以下
を含有し、残部をアルミニウム及び不可避的不純物としたものとなっており、前述の本発明で対象とするアルミニウム合金の組成に符合したものとなっている。
【0019】
そして、このアルミニウム合金の表面の酸化膜を除去し且つアルコール洗浄による脱脂処理で表面の油分を除去した後、図1に示す如く、耐酸容器1に貯留された濃度80重量%で約140℃に加熱された高濃度硫酸水溶液2にアルミニウム合金3を約1時間ほど浸漬し、前記アルミニウム合金3の表面に腐食生成物による防食層4が形成されてから前記アルミニウム合金3を高濃度硫酸水溶液2から引き上げ、次いで、図2に示す如く、前記防食層4を除去しないように前記アルミニウム合金3を洗浄設備5により水洗した後、図3に示す如く、前記アルミニウム合金3を乾燥室6等に入れて乾燥させる。
【0020】
このようにして得られたアルミニウム合金3は、濃度80重量%の高濃度硫酸水溶液2に浸漬することで表面に腐食生成物による防食層4が形成され、この防食層4によりアルミニウム合金3の硫酸に対する耐食性が大幅に向上される結果、アルミニウム合金3を浸漬させた高濃度硫酸水溶液2の濃度より低い硫酸に対し高い耐食性を有するものとなり、図4に示す如く、高濃度硫酸水溶液への浸漬処理を施していない同じ組成のアルミニウム合金3と比較して、硫酸濃度80重量%近辺で約34%程度の腐食速度の低減効果が得られ、硫酸濃度60重量%近辺で約19%程度の腐食速度の低減効果が得られ、硫酸濃度40重量%近辺で約11%程度の腐食速度の低減効果が得られることが確認された(この試験例では試験温度60℃)。
【0021】
即ち、本発明者がアルミニウム合金3の腐食速度と硫酸濃度との関係につき鋭意研究を重ねたところ、図5にグラフで示す如く、温度一定(この試験例では試験温度60℃)で硫酸濃度を高くしていくと、濃度上昇に伴い腐食速度も上昇する傾向となるが、濃度60重量%を超えると腐食速度が低下する傾向に転じ、濃度60重量%以上では濃度が高くなるほど腐食速度が遅くなるという知見が得られ、この腐食速度の低下が、添加元素から生じた腐食生成物が防食層4としての役割を果たしているからであることが判った。
【0022】
事実、図6にグラフで示す如く、温度一定(この試験例では試験温度60℃)での腐食速度と硫酸濃度との関係について、JIS規格のADC12材のアルミニウム合金3と工業用の純アルミニウム(純度99.7%)とを比較してみると、前述した通り、ADC12材のアルミニウム合金3は、濃度60重量%を超えたところで腐食速度が低下する傾向に転じるのに対し、純アルミニウムは硫酸濃度の上昇に伴い濃度60重量%を超えても腐食速度が上昇し続け、特に濃度80重量%を超えてからは急激に腐食速度が上昇する傾向が確認された。
【0023】
本発明者が得た知見によれば、腐食速度の低下への寄与度が最も高い添加元素は珪素であると考えられているが、この珪素を4〜24重量%含有させて良好に防食層4を形成させるにあたっては、前述した如き組成のアルミニウム合金3を対象とすれば良いことが確認されている。尚、亜鉛,マンガン,ニッケル,チタンについては、防食層4の形成への寄与度が低いことが判明しているが、これらのうち1種以上が前述の組成比で更に含有されていても防食層4の形成に支障をきたさないことが確認されている。
【0024】
また、図7にグラフで示す通り、硫酸濃度一定で温度を高くすると、温度上昇に伴い腐食速度も上昇する傾向となるが、アルミニウム合金3を浸漬させる高濃度硫酸水溶液2の温度は、防食層4の形成速度を早めるための加速要因に過ぎず、重要なことは、濃度60重量%を超えるより高い濃度で効果的な防食層4を形成することにある。
【0025】
例えば、図8にグラフで示すように、濃度80重量%で140℃の高濃度硫酸水溶液2に浸漬させた場合には、その浸漬から直ぐに表面に防食層4が形成されて、腐食による重量減が比較的少ない段階において、腐食が極めて緩慢にしか進まないサチュレーションの状態となるのに対し、濃度70重量%で100℃の高濃度硫酸水溶液2に浸漬させた場合には、浸漬時間の経過と共に腐食の進行が徐々に緩慢化していくものの、表面に防食層4が形成されるのに時間がかかり、腐食が極めて緩慢にしか進まないサチュレーションの状態になるのが遅くなる。
【0026】
ここで、濃度70重量%で100℃の高濃度硫酸水溶液2に浸漬させた場合においても、いずれは図8のグラフに示されていない浸漬時間が60分以上経過した領域で防食層4が形成されてサチュレーションの状態となるわけであるが、温度を高めてもサチュレーションの状態になるのが早くなるだけで、サチュレーションの状態になった時の重量減が少なくなるわけではない。
【0027】
この図8のグラフからも判る通り、濃度が相対的に高い方がサチュレーションの状態になった時の重量減が少なくて済む、つまり、防食層4の形成時における腐食の進行度が少なくて済むという傾向があるので、より高い濃度の硫酸水溶液に浸漬させるほど効率の良い防食層4を形成することが可能である。
【0028】
以上に述べたように、上記実施例によれば、濃度80重量%の高濃度硫酸水溶液2に浸漬することにより、アルミニウム合金3の表面に腐食生成物による防食層4を形成し、この防食層4によりアルミニウム合金3の硫酸に対する耐食性を大幅に向上することができるので、将来的な腐食環境の更なる悪化が見込まれる自動車の吸気系等への適用を実現することができる。
【0029】
尚、本発明のアルミニウム合金の防食層形成方法は、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0030】
2 高濃度硫酸水溶液
3 アルミニウム合金
4 防食層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪素:4〜24重量%
銅:5重量%以下
マグネシウム:1.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金を対象とし、
このアルミニウム合金を表面の酸化膜及び油分を除去した上で濃度60重量%を超える高濃度硫酸水溶液に浸漬し、前記アルミニウム合金の表面に腐食生成物による防食層が形成されてから前記アルミニウム合金を高濃度硫酸水溶液から引き上げ、前記防食層を除去しないように前記アルミニウム合金を水洗した後に乾燥させることを特徴とするアルミニウム合金の防食層形成方法。
【請求項2】
珪素:7〜13重量%
銅:4重量%以下
マグネシウム:0.5重量%以下
鉄:1.3重量%以下
を含有し、残部はアルミニウム及び不可避的不純物より成るアルミニウム合金を対象とすることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金の防食層形成方法。
【請求項3】
亜鉛:3重量%以下
マンガン:0.65重量%以下
ニッケル:1.5重量%以下
チタン:0.3重量%以下
のうち1種以上を更に含有したアルミニウム合金を対象とすることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金の防食層形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−108147(P2013−108147A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−255715(P2011−255715)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(000005463)日野自動車株式会社 (1,484)
【Fターム(参考)】