説明

イオントラップ構造、イオントラップ型周波数標準器及び出力周波数安定化方法

【課題】構造がシンプルであり、且つトラップホールの影響を排除できるイオントラップ構造、イオントラップ型周波数標準器及び出力周波数安定化方法を提供することを目的とする。
【解決手段】イオントラップ型周波数標準器301は、所定の領域を取り囲むように平行且つ対称に配置される4以上の偶数の第1直線状電極36と、領域内に生ずるポテンシャルの領域の中心軸方向のポテンシャルを制御する調整電極(31〜34、37)と、を備えるイオントラップ構造を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンを閉じこめたイオントラップ、これを備えるイオントラップ型周波数標準器及びその出力周波数の安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水銀イオンを使用したイオントラップ型周波数標準器について説明された文献がある(例えば、非特許文献1を参照。)。また、2つのイオントラップを備えたイオン原子時計においてイオンを輸送する方法が開示されている(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】US公開公報 2009/0058545
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】John D. Prestage,Gregory L. Weaver,“Atomic Clocks and Oscillators for Deep−Space Navigation and Radio Science”,Proc. of IEEE,Vol.95,No.11,November 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されるイオン原子時計のイオントラップは二つのイオントラップを、絶縁体で電気的に分離しながら、直列に接続した構造である。このため、この絶縁体の近傍では二つのイオントラップ電極が作る電界が干渉してイオンを閉じ込める力が弱くなり、この部分をイオンが通過するときにここからイオンがイオントラップ外に漏れ出すトラップホールが課題となっている。特許文献1では同一直線上にある電極の電圧を逆位相で駆動したり、異なる周波数の電圧で駆動することでトラップホールの影響を低減している。
【0006】
しかし、2つのイオントラップ電極を直列に接続したイオントラップ構造では、完全にトラップホールを解消することは困難である。また、2つのイオントラップ電極を絶縁体を用いて接続するため構造が複雑になるという課題もある。
【0007】
そこで、上記課題を解決するために、本発明は、構造がシンプルであり、且つトラップホールの影響を排除できるイオントラップ構造、イオントラップ型周波数標準器及び出力周波数安定化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るイオントラップ構造は、1つのイオントラップで構成することとした。本明細書では、イオンを閉じ込めるイオントラップの領域を、単に「領域」と記載することがある。
【0009】
具体的には、本発明に係るイオントラップ構造は、所定の領域を取り囲むように平行且つ対称に配置される4以上の偶数の第1直線状電極(36)と、イオンを前記領域内の特定ゾーンに留めたり、あるゾーンから隣のゾーンへ移動させたりするために、前記領域の中心軸方向のポテンシャルを制御する調整電極(31〜34、37)と、を備える。
【0010】
本イオントラップ構造は、第1直線状電極36と調整電極(31〜34、37)とで形成されるイオントラップを1つだけ備える。本イオントラップ構造は、絶縁体で2つのイオントラップ電極を接続しないため構造がシンプルであり、複数の電極の電界が干渉することもないため、後述するイオンシャトリング時にトラップホールも発生しない。従って、本発明は、構造がシンプルであり、且つトラップホールの影響を排除できるイオントラップ構造を提供することができる。
【0011】
本発明に係るイオントラップ構造の前記調整電極は、前記領域の中心軸の両端位置に配置されるエンドピン電極(31、32)と、前記領域の中心軸の所定位置において前記領域を囲むように配置される第1リング電極(33)と、前記領域の一端に配置される第2リング電極(34)と、前記第1直線状電極36に平行且つ前記第1直線状電極間に配置され、前記第1直線状電極36とともに前記領域のうち前記第1リング電極33近傍から前記領域の他端までを取り囲む第2直線状電極(37)と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明に係るイオントラップ構造の前記第1直線状電極36は、径方向に拡がろうとするイオンを閉じこめる擬似ポテンシャルを発生するために、隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加されており、前記エンドピン電極(31、32)は、それぞれ所定の直流電圧が印加されており、前記第1リング電極33、前記第2リング電極34及び前記第2直線状電極37は、所望の中心軸方向のポテンシャルに応じた直流電圧が印加されることを特徴とする。
【0013】
本発明に係るイオントラップ構造の前記第2直線状電極37は、高周波電圧が印加されるとき、前記第1直線状電極36を含めた隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加され、径方向の擬似ポテンシャルを発生し、径方向に拡がろうとするイオンを閉じこめることを特徴とする。
【0014】
本イオントラップ構造は、調整電極(31〜34、37)に印加する電圧を調整して中心軸方向のポテンシャルを制御して領域内のイオンの往来を制御できる。また、本イオントラップ構造は、エンドピン電極31及び第2リング電極34と第1リング電極33の間の部位である第1ゾーン(18)を第1直線状電極36のみで囲み、エンドピン電極32と第1リング電極33の間の部位である第2ゾーン(19)を第1直線状電極36と第2直線状電極37で囲むことで、第1ゾーン18のイオン存在範囲(中心軸からの半径)を第2ゾーン19のイオン存在範囲(中心軸からの半径)より小さくすることができる。
【0015】
具体的には、本発明に係るイオントラップ型周波数標準器は、第1ゾーン18に配置され、イオントラップ電極内の水銀イオン(102)を光ポンピングして前記水銀イオンを基底状態(1/2)の下準位(F=0)へ集める光ポンピング手段(15)と、
前記第2ゾーン19に配置され、上準位(F=1)と下準位の間のエネルギー差に相当する周波数fにほぼ等しい周波数fの電磁波を照射して、前記光ポンピング手段で基底状態の下準位に集まった前記水銀イオンを基底状態の上準位に遷移させる電磁波照射手段(13)と、
前記電磁波照射手段で上準位に遷移した前記水銀イオンが前記光ポンピング手段により再び励起状態を経由して基底状態に戻る際に放射される蛍光の光強度を測定する受光手段(14)と、
前記第1直線状電極36及び前記調整電極(31〜34、37)へ印加する電圧を制御して前記第1ゾーン18と第2ゾーン19との間での前記水銀イオンの往来を調整し、前記受光手段で測定した前記蛍光の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する制御手段(45)と、
fを出力周波数として出力する出力手段と、を備える。
【0016】
本発明に係る出力周波数安定化方法は、前記イオントラップ構造内の水銀イオンを、前記第1ゾーン18で光ポンピングして前記水銀イオンを基底状態の下準位へ集める光ポンピング手順と、
前記領域内の前記ポテンシャルを制御して前記水銀イオンを前記第1ゾーン18から第2ゾーン19へ移動させる第1シャトリング手順と、
前記第2ゾーン19で周波数fの電磁波を照射して前記水銀イオンを基底状態の上準位に遷移させる相互作用手順と、
前記領域内の前記ポテンシャルを制御して前記水銀イオンを前記第2ゾーン19から第1ゾーン18へ移動させる第2シャトリング手順と、
前記領域の第1ゾーン18で前記水銀イオンが上準位から前記光ポンピング手段により再び励起状態を経由して基底状態に戻る際に放射される蛍光の強度を測定する蛍光測定手順と、
前記蛍光の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する周波数調整手順と、を繰返し行う。
【0017】
本イオントラップ型周波数標準器及びその出力周波数安定化方法は、イオントラップが1つであるイオントラップ構造を備えるため、構造がシンプルであり、且つトラップホールの影響を排除できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、構造がシンプルであり、且つトラップホールの影響を排除できるイオントラップ構造、イオントラップ型周波数標準器及び出力周波数安定化方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るイオントラップ型周波数標準器を説明する図である。
【図2】本発明に係るイオントラップ構造を説明する図である。
【図3】本発明に係るイオントラップ構造を説明する図である。
【図4】本発明に係るイオントラップ構造の各電極に印加する電圧をモード毎にまとめた表である。
【図5】本発明に係るイオントラップ構造の光ポンピングモード又は相互作用モードにおけるポテンシャルを説明する図である。
【図6】本発明に係るイオントラップ構造の第1シャトリングモードにおけるポテンシャルを説明する図である。
【図7】本発明に係るイオントラップ構造の第2シャトリングモードにおけるポテンシャルを説明する図である。
【図8】水銀イオンエネルギー準位を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、具体的に実施形態を示して本発明を詳細に説明するが、本願の発明は以下の記載に限定して解釈されない。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。
【0021】
図1は、本実施形態のイオントラップ型周波数標準器301を説明する図である。イオントラップ型周波数標準器301は、第1ゾーン18側に配置され、第1ゾーン18内の水銀イオン102を光ポンピングして水銀イオン102を基底状態の下準位へ集める光ポンピング手段15と、第2ゾーン19側に配置され、上準位と下準位の間のエネルギー差に相当する周波数fにほぼ等しい周波数fの電磁波を照射して、光ポンピング手段15で基底状態の下準位に集まった水銀イオン103を上準位へ遷移させる電磁波照射手段13と、電磁波照射手段13で上準位へ遷移した水銀イオン103が光ポンピング手段15により再び基底状態へ戻る際に放射される蛍光23の光強度を測定する受光手段14と、第1直線状電極36及び調整電極(31〜34、37)へ印加する電圧を制御して第1ゾーン18と第2ゾーン19との間での水銀イオン(102、103)の往来を調整し、受光手段14で測定した蛍光23の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する制御手段45と、電磁波照射手段13が照射する電磁波の周波数を出力周波数として出力する出力手段(不図示)と、を備える。
【0022】
図2及び図3は、イオントラップの電極構造を説明する図である。図2は図1と同じ方向から見た図である。図3は、エンドピン電極32側から見た図である。イオントラップの電極構造は、イオントラップ領域を取り囲むように平行且つ対称に配置される4以上の偶数の第1直線状電極36と、前記領域内に生ずる中心軸方向のポテンシャルを制御する調整電極(31〜34、37)と、を備える。
【0023】
調整電極は、領域の中心軸の両端位置に配置されるエンドピン電極(31、32)と、第1ゾーン18と第2ゾーン19の間で領域を囲むように配置される第1リング電極33と、第1ゾーン18の一端に配置される第2リング電極34と、第1直線状電極36に平行且つ第1直線状電極36間に配置され、第2ゾーン19を取り囲む第2直線状電極37と、を含む。
【0024】
本実施形態において、第1直線状電極36と第2直線状電極37に電極番号を付している。第1直線状電極36は電極番号#0、#3、#6、#9、第2直線状電極37は電極番号#1、#2、#4、#5、#7、#8、#10、#11である。また、本実施形態では、第1直線状電極36が4本、第2直線状電極37が8本であるが、この本数に限定されるものではない。
【0025】
第1直線状電極36は、隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加される。エンドピン電極(31、32)は、それぞれ所定の直流電圧が印加される。第1リング電極33、第2リング電極34及び第2直線状電極37は、所望の中心軸方向のポテンシャルに応じた直流電圧が印加される。
【0026】
第2直線状電極37は、高周波電圧が印加されるとき、第1直線状電極36を含めた隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加される。
【0027】
図4は、中心軸方向のポテンシャルと径方向の擬似ポテンシャルを制御するために各電極に印加する直流電圧と高周波電圧をモード毎にまとめた表である。図5〜図7は、それぞれ光ポンピングモード又は相互作用モード、第1シャトリングモード、第2シャトリングモードにおける領域内の中心軸方向のポテンシャルを説明する図である。
【0028】
光ポンピングモードは、水銀イオンを第1ゾーン18に保つモード、すなわち図1の水銀イオン102の状態に保つモードである。相互作用モードは、水銀イオンを第2ゾーン19に保つモード、すなわち図1の水銀イオン103の状態に保つモードである。
【0029】
光ポンピングモード及び相互作用モードでは、エンドピン電極31に+VE1の直流電圧、エンドピン電極32に+VE2の直流電圧、第1リング電極33に+VRCの直流電圧を印加する。図5は、具体的な電圧及び電極の位置を与えてポテンシャルをシミュレーションした結果である。横軸は中心軸を表す。−119mmの位置にエンドピン電極31、+60mmの位置にエンドピン電極32、−65mmの位置に第1リング電極33が配置されている。第1ゾーン18、第2ゾーン19ともに両端部分にポテンシャルの山が発生し、中央部分が対照的にポテンシャルが低くなっている。水銀イオンは陽イオンであるため、このポテンシャルが低くなっている中央部分に集まることになる。エネルギー保存則から全エネルギー(=運動エネルギー+ポテンシャルエネルギー)は一定である。図中の横線は全エネルギーが0.22eVの場合を示している。運動エネルギー≧0であるので、全エネルギー≧ポテンシャルエネルギーとなる。すなわち、イオンはポテンシャルエネルギーがこの横線より下の範囲内にとどまる。後述するシャトリングモードで水銀イオンを第1ゾーン18又は第2ゾーン19に集め、上述のように各電極に直流電圧を印加することで水銀イオンを安定してそれぞれの位置に維持することができる。
【0030】
なお、光ポンピングモードでは第1直線状電極36のみに高周波電圧VRF1、例えば1〜2MHzの高周波電圧が印加されるが、相互作用モードでは第1直線状電極36に高周波電圧VRF2が印加され、第2直線状電極37にも高周波電圧VRF2が印加される。ここで、+と−は位相が逆であることを意味する。この高周波電圧は水銀イオンを領域の径方向に閉じ込めるために印加される。そして、電極数が多いほど閉じ込められた水銀イオンが存在する範囲の大きさが大きくなる。本実施形態では第1直線状電極36が4本であり、第2直線状電極37が8本であるので、水銀イオンが存在する範囲は図1に概略的に示した大きさとなる(符号102、103)。
【0031】
第1シャトリングモードは、水銀イオンを第1ゾーン18から第2ゾーン19へ移動させるモードである。第1シャトリングモードでは、エンドピン電極31に+VE1の直流電圧、エンドピン電極32に+VE2の直流電圧、第2リング電極34に+VREの直流電圧、第1直線状電極36にVRF1の高周波電圧を印加し、第2直線状電極37には高周波電圧を印加しない。図6は、具体的な電圧及び電極の位置を与えてポテンシャルをシミュレーションした結果である。それぞれの電極の位置は図5での説明と同じである。
【0032】
第1リング電極33の直流電圧は0であるので、図5で説明したポテンシャルの山は消滅する。一方、第2リング電極34に直流電圧VREが印加されるため、第1ゾーン18のポテンシャルが第2ゾーン19のポテンシャルより高くなる。このため、水銀イオンはポテンシャルの低い部分、すなわち第2ゾーン19へ移動する。このとき、第1直線状電極36だけが径方向に拡がろうとする水銀イオンを閉じこめる擬似ポテンシャルを発生するため、トラップホールは発生しない。水銀イオンが第2ゾーン19へ移動した後に図5のポテンシャルを形成すれば水銀イオンは安定して図1の符号103の位置に留まる。
【0033】
第2シャトリングモードは、水銀イオンを第2ゾーン19から第1ゾーン18へ移動させるモードである。第2シャトリングモードでは、エンドピン電極31に+VE1の直流電圧、エンドピン電極32に+VE2の直流電圧、第2直線状電極37に+Vの直流電圧、第1直線状電極36にVRF1の高周波電圧を印加し、第2直線状電極37には高周波電圧を印加しない。図7は、具体的な電圧及び電極の位置を与えてポテンシャルをシミュレーションした結果である。それぞれの電極の位置は図5での説明と同じである。
【0034】
第1リング電極33の直流電圧は0であるので、図5で説明したポテンシャルの山は消滅する。また、第2直線状電極37に直流電圧Vが印加される一方、第2リング電極34の直流電圧も0であるため、第2ゾーン19のポテンシャルが第1ゾーン18のポテンシャルより高くなる。このため、水銀イオンはポテンシャルの低い部分、すなわち第1ゾーン18へ移動する。このとき、第1シャトリングモードと同様にトラップホールは発生しない。水銀イオンが第1ゾーン18へ移動した後に図5のポテンシャルを形成すれば水銀イオンは安定して図1の符号102の位置に留まる。
【0035】
このように、本イオントラップ構造は、各電極の電圧をアナログ的に制御可能であり、領域の中心軸方向のポテンシャルを自在に制御して、イオンの往来を制御することができる。電圧を調整することで、水銀イオンに限らず他のイオンでも同様に往来させることができる。
【0036】
続いて、イオントラップ型周波数標準器301の各部と出力周波数制御方法について説明する。イオントラップ型周波数標準器301は、イオントラップ内の水銀イオンを、第1ゾーン18で光ポンピングして水銀イオンを基底状態の下準位へ集める光ポンピング手順と、領域内のポテンシャルを制御して水銀イオンを第1ゾーン18から第2ゾーン19へ移動させる第1シャトリング手順と、第2ゾーン19で上準位と下準位の間のエネルギー差に相当する周波数fにほぼ等しい周波数fの電磁波を照射して水銀イオンを基底状態の上準位へ遷移させる相互作用手順と、領域内のポテンシャルを制御して水銀イオンを第2ゾーン19から第1ゾーン18へ移動させる第2シャトリング手順と、第1ゾーン18で水銀イオンが上準位から光ポンピングにより再び励起状態を経由して基底状態に戻る際に放射される蛍光の強度を測定する蛍光測定手順と、蛍光の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する周波数調整手順と、を繰返し行う出力周波数安定化方法を実行する
【0037】
水銀源101は、真空容器17内に水銀蒸気を供給する。電子銃16は電子線22で水銀蒸気を水銀イオンにイオン化する。イオン化された水銀イオンを図2で説明したように領域に閉じ込める。
【0038】
ここで、制御手段45は、図7で説明したように領域のポテンシャルを制御して、イオンを第1ゾーン18へ移動させ、その後、図5で説明した領域のポテンシャルとする。図1では、この様子を水銀イオン102として示している。光ポンピング手段15は、波長194.2nmの励起光21を出力する水銀ランプである。
【0039】
光ポンピングについて、図8の水銀イオンのエネルギー準位の図で説明する。水銀イオンは2つのエネルギー状態、つまり基底状態1/2と励起状態1/2を持ち、基底状態は二つのエネルギー準位(F=0、1)から構成される。ここで、光ポンピング手段15から励起光21を照射すると、基底状態の準位F=1にあるイオンのみが励起状態へ遷移する。しかし、励起状態に遷移したイオンは、すぐに基底状態へ戻る。このとき、イオンはそれぞれの準位(F=0、1)に均等に遷移する。そして、基底状態の準位F=1に戻ったイオンは、励起光21を吸収して再び励起状態へ上がる。一方、基底状態の準位F=0にあるイオンは、そのまま残る。これを繰り返すことで、全てのイオンは基底状態の準位F=0に集まる。
【0040】
ここで、制御手段45は、図6で説明したように領域のポテンシャルを制御し、イオンを第2ゾーン19へ移動させ、その後、図5で説明した領域のポテンシャルとする。図1では、この様子を水銀イオン103として示している。
【0041】
電磁波照射手段13は、例えば、導波管あるいは電磁ホーンである。電磁波照射手段13は、制御手段で周波数が設定された電磁波を水銀イオン103に照射する。このときの水銀イオン103の様子を図8の水銀イオンのエネルギー準位の図で説明する。光ポンピング直後の水銀イオン103は基底状態の準位F=0にある。周波数fの電磁波が照射されると、基底状態の準位F=0にあるイオンは同じ基底状態の準位F=1に遷移する。このとき、電磁波の周波数fがfからずれると基底状態の準位F=0から準位F=1へ遷移するイオンの量が少なくなる。
【0042】
続いて、制御手段45は、図7で説明したように領域のポテンシャルを制御して、イオンを第1ゾーン18へ移動させ、その後、図5で説明した領域のポテンシャルとする。図1では、この様子を水銀イオン102として示している。第1ゾーン18では光ポンピング手段15から励起光21が照射されているので、水銀イオン102の基底状態の準位F=1にあるイオンは励起状態へ遷移することになる。そして、励起状態へ遷移したイオンは、すぐに蛍光23を出して基底状態へ戻る。
【0043】
受光手段14は、蛍光23の光強度を測定する。ここで、前述のように電磁波照射手段13が照射した電磁波の周波数fがfからずれていると基底状態の準位F=1にあるイオンが少ないので、蛍光23の光強度が弱くなる。そこで、制御手段45は、蛍光23の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fとなるようにfを調整する。出力手段は、制御手段45が調整した電磁波の周波数を出力周波数として出力する。イオントラップ型周波数標準器301は、このようにして、正確なfに一致した周波数fを出力することができる。なお、イオントラップ型周波数標準器301は、磁場の影響を低減するための磁場シールド11及びエネルギー状態の縮退を解くCコイル12も備えている。
【0044】
なお、本発明の実施例は水銀イオンを用いているが、本発明はこれに限定されず、他のイオンについても適用可能である。
【符号の説明】
【0045】
11:磁場シールド
12:Cコイル
13:電磁波照射手段
14:受光手段
15:光ポンピング手段
16:電子銃
17:真空容器
18:第1ゾーン
19:第2ゾーン
21:励起光
22:電子線
23:蛍光
31:エンドピン電極
32:エンドピン電極
33:第1リング電極
34:第2リング電極
36:第1直線状電極
37:第2直線状電極
45:制御手段
101:水銀源
102、103:水銀イオン
301:イオントラップ型周波数標準器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の領域を取り囲むように平行且つ対称に配置される4以上の偶数の第1直線状電極(36)と、
イオンを前記領域内の特定ゾーンに留めたり、一のゾーンから他のゾーンへ移動させたりするために、前記領域の中心軸方向のポテンシャルを制御する調整電極(31〜34、37)と、
を備えるイオントラップ構造。
【請求項2】
前記調整電極は、
前記領域の中心軸の両端位置に配置されるエンドピン電極(31、32)と、
前記領域の中心軸の所定位置において前記領域を囲むように配置される第1リング電極(33)と、
前記領域の一端に配置される第2リング電極(34)と、
前記第1直線状電極(36)に平行且つ前記第1直線状電極間に配置され、前記第1直線状電極(36)とともに前記領域のうち前記第1リング電極(33)近傍から前記領域の他端までを取り囲む第2直線状電極(37)と、
を含むことを特徴とする請求項1に記載のイオントラップ構造。
【請求項3】
前記第1直線状電極(36)は、径方向に拡がろうとするイオンを閉じこめる擬似ポテンシャルを発生するために、隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加されており、
前記エンドピン電極(31、32)は、それぞれ所定の直流電圧が印加されており、
前記第1リング電極(33)、前記第2リング電極(34)及び前記第2直線状電極(37)は、所望の中心軸方向のポテンシャルに応じた直流電圧が印加されることを特徴とする請求項2に記載のイオントラップ構造。
【請求項4】
前記第2直線状電極(37)は、高周波電圧が印加されるとき、前記第1直線状電極(36)を含めた隣接電極間で位相が反転した高周波電圧が印加され、径方向の擬似ポテンシャルを発生し、径方向に拡がろうとするイオンを閉じこめることを特徴とする請求項2又は3に記載のイオントラップ構造。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載のイオントラップ構造のエンドピン電極(31)及び第2リング電極(34)と第1リング電極(33)の間の部位である第1ゾーン(18)に配置され、前記イオントラップ電極内のイオンを光ポンピングして前記イオンを基底状態の下準位へ集める光ポンピング手段(15)と、
前記イオントラップ構造のエンドピン電極(32)と第1リング電極(33)の間の部位である第2ゾーン(19)に配置され、上準位と下準位の間のエネルギー差に相当する周波数fにほぼ等しい周波数fの電磁波を照射して、前記光ポンピング手段で基底状態の下準位に集まった前記イオンを基底状態の上準位へ遷移させる電磁波照射手段(13)と、
前記電磁波照射手段で上準位へ遷移した前記イオンが前記光ポンピング手段により再び励起状態を経由して基底状態に戻る際に放射される蛍光の光強度を測定する受光手段(14)と、
前記第1直線状電極(36)及び前記調整電極(31〜34、37)へ印加する電圧を制御して前記第1ゾーン(18)と第2ゾーン(19)との間での前記イオンの往来を調整し、前記受光手段で測定した前記蛍光の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する制御手段(45)と、
fを出力周波数として出力する出力手段と、
を備えるイオントラップ型周波数標準器。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載のイオントラップ構造内のイオンを、前記第1ゾーン(18)で光ポンピングして前記イオンを基底状態の下準位へ集める光ポンピング手順と、
前記領域内の前記ポテンシャルを制御して前記イオンを前記第1ゾーン(18)から第2ゾーン(19)へ移動させる第1シャトリング手順と、
前記第2ゾーン(19)で周波数fの電磁波を照射して前記イオンを基底状態の上準位へ遷移させる相互作用手順と、
前記領域内の前記ポテンシャルを制御して前記イオンを前記第2ゾーン(19)から第1ゾーン(18)へ移動させる第2シャトリング手順と、
前記第1ゾーン(18)で前記イオンが上準位から光ポンピングにより再び励起状態を経由して基底状態に戻る際に放射される蛍光の強度を測定する蛍光測定手順と、
前記蛍光の光強度に含まれるf−fの情報を利用してf=fになるようにfを調整する周波数調整手順と、
を繰返し行う出力周波数安定化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−195391(P2012−195391A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57362(P2011−57362)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)
【Fターム(参考)】