説明

イオンビーム加工装置の試料冷却装置

【課題】試料冷却温度とステージ停止位置精度を保ったまま、ステージ移動可能な範囲を広げることができる試料冷却装置を提供する。
【解決手段】真空に維持される試料室と、試料室内に配置される移動ステージと、移動ステージ上に熱的に遮断された状態で取り付けられた試料ホルダ固定台と、前記試料ホルダ固定台上に脱着可能に装着され、試料を保持するための試料ホルダと、移動ステージと周囲の試料室の側壁の間に設けられ、試料を冷却するための冷媒を収容する冷却槽と、前記冷却槽に収容された冷媒と前記試料ホルダ固定台との間で熱交換するための冷熱伝導体と、冷却槽に収容された冷媒を冷却する冷却装置とを備え、前記冷熱伝導体は、試料ホルダ固定台に固定された一端と、自由端である他端を有し、その自由端が冷却槽の開口部を介して冷媒内に浸漬され、前記移動ステージの移動と共に、自由端が冷媒に浸漬されつつ前記開口部内で移動されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームや走査電子顕微鏡などの荷電粒子線を用いた加工装置や観察装置のための試料冷却装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンビーム加工装置をはじめとする荷電粒子線を用いる加工、観察では、熱に弱い試料に荷電粒子線を照射すると、荷電粒子線に照射された部分が局所的に加熱され、それによる温度上昇により試料の構造に変化が生じることがある。
【0003】
また、熱伝導の悪い試料に荷電粒子線を長時間照射し続けると、試料の温度上昇に伴う試料及び試料保持機構の膨張により試料位置がドリフトし、荷電粒子の照射位置がずれてしまうことがある。
【0004】
このような試料では、試料を冷却する装置を設けることにより、荷電粒子線の照射エネルギーによる試料への温度上昇を抑え、試料構造の変化をなくし、また、試料位置のドリフトを防ぐことができる。
【0005】
図1に、イオンビーム加工装置に試料冷却装置を組み込んだ従来例の断面図を示す。図1において、1はイオンビーム加工装置の試料室であり、その内部は図示しない真空排気系により排気される。
試料室1の上壁の開口部3aには、イオン銃IGを組み込んだイオンビーム鏡筒部2が取り付けられ、イオンビーム鏡筒部2は、イオン銃IGからイオンビームIBを放出して試料S上に照射させる。
【0006】
試料室1内には、ステージ4が設けられ、このステージ4は、図示していないが、水平移動、回転及び傾斜ができるように構成されている。ステージ4上には、熱絶縁のための熱絶縁体5を挟み、冷却用の試料ホルダ固定台6が取り付けられている。試料ホルダ固定台6には、試料Sを密着して取り付けた試料ホルダ7が固定される。この試料ホルダ7は、試料ホルダ固定台6から脱着可能であり、オペレータは、図示しない試料交換室に取り付けられた試料交換棒を使い試料ホルダ7を脱着交換することが可能である。
【0007】
試料室1の側壁には、連通口3bを介して冷媒収容室8が接続されている。冷媒収容室8の内部には、その底面外周部が露出するように液体窒素タンク9が設置されている。
液体窒素タンク9が設置された冷媒収容室8の空間12は、試料室1の開口部3bを介して、試料室1と同等の圧力に排気されている。
そして、液体窒素タンク9の底面と試料ホルダ固定台6との間は、前記連通口3bを介して、柔軟性のある冷熱伝導体10で接続されており、液体窒素タンク9に液体窒素11を満たすことにより、試料ホルダ固定台6は液体窒素タンク9より冷熱伝導体10を介して冷却される。
このような構造を持つイオンビーム加工装置の動作を次に説明する。
オペレータは、大気中で試料ホルダ7に試料Sを取り付けた後、試料ホルダ7を、図示しない試料交換室の試料交換棒を使い試料室1内に導入して試料ホルダ固定台6に取り付ける。
試料ホルダ固定台6は、液体窒素タンク9に満たされた液体窒素により冷熱伝導体10を介して冷却され、低温に保持されている。そして、試料Sも、試料ホルダ7と密着している試料ホルダ固定台6と冷熱伝導より、低温に冷やされる。
試料Sが十分な温度に冷却された時点で、オペレータは、イオンビーム鏡筒部2のイオン銃IGからイオンビームIBを放出し、イオンビームIBを試料S上に照射して試料を加工する。試料Sは、十分に冷却されているため、イオンビームを照射しても、温度上昇が抑えられ、その結果構造変化が生じず、また、試料位置の熱ドリフトによる移動も抑えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】実開昭61−000751号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記に述べたように、試料ホルダ固定台6及び試料Sを冷却した状態でイオンビームIBを照射して、試料Sを加工することができるが、試料S上の加工位置を調整するためのステージ4の移動範囲は、液体窒素タンク9と固定台6を接続する冷熱伝導体10の長さと柔軟性に大きく依存する。
冷熱伝導体10は、熱伝導性が高く、かつ、柔軟性のある材質が使用される。一般的には、熱伝導の良い銅の線材を網状に編み上げた編線が使われる。
限られた設置空間で移動範囲を大きくするためには、柔軟性の良好な編線を用いれば良いが、長くなると熱伝導効率が低下してしまう。それを補うには、編線の断面積を大きくする必要があるが、断面積を大きくすると、曲げや伸縮に制限が加わり柔軟性が損なわれる。このため、ステージの停止位置精度が悪くなってしまう。
実際には、このような制限の折り合いをとって、編線の長さと断面積を決めているが、現状で実現できるステージ移動範囲は、例えばX10mm,Y10mm程度になり、これ以上移動範囲を広げるのは困難であった。
本発明は、このような従来の移動範囲の欠点を解決し、より広い範囲を移動でき、且つ、ステージ停止位置精度も低下させることのない試料冷却装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、真空に維持される試料室と、試料室内に配置される移動ステージと、移動ステージ上に熱的に遮断された状態で取り付けられた試料ホルダ固定台と、前記試料ホルダ固定台上に脱着可能に装着され、試料を保持するための試料ホルダと、移動ステージと周囲の試料室の側壁の間に設けられ、試料を冷却するための冷媒を収容する冷却槽と、前記冷却槽に収容された冷媒と前記試料ホルダ固定台との間で熱交換するための冷熱伝導体と、冷却槽に収容された冷媒を冷却する冷却装置とを備え、前記冷却槽は内部に収容した冷媒の液面を上方に露出させる開口部を有すると共に、前記冷熱伝導体は、試料ホルダ固定台に固定された一端と、自由端である他端を有し、その自由端が冷却槽の開口部を介して冷媒内に浸漬され、前記移動ステージの移動と共に、自由端が冷媒に浸漬されつつ前記開口部内で移動されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ステージ移動可能な範囲を広げることができるとともに、ステージ停止位置精度を低下させることのない試料冷却装置が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】従来例を示す断面図である。
【図2】本発明の本発明の一実施例を示す断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を使用して本発明の実施の形態を詳細に説明する。図2は、本発明の一実施例を示す断面図である。なお、図2において図1と同一の構成要素には同一番号が付されている。
【0014】
図2において、1はイオンビーム加工装置の試料室であり、その内部は図示しない真空排気系により排気される。
試料室1の上壁の開口部3aには、イオンビーム鏡筒部2が取り付けられ、イオンビーム鏡筒部2は、イオン銃IGからイオンビームIBを放出して試料S上に照射させる機能を有している。
【0015】
試料室1内には、ステージ4が設けられ、このステージ4は、図示していないが、水平移動、回転及び傾斜ができるように構成されている。ステージ4上には、熱絶縁のための熱絶縁体5を挟み、冷却用の試料ホルダ固定台6が取り付けられている。
【0016】
オペレータは、試料Sを試料ホルダ7に固定し、さらに試料ホルダ7を固定台6に密着固定した状態で、ステージ4を水平移動して試料Sの加工位置を調整する。
【0017】
試料ホルダ固定台6には、冷熱伝導体であるヒートパイプ13の入熱(蒸発)側の高温端13aが固定されている。
【0018】
そして冷却槽14が、ステージ4と試料室1側壁との間に配置される。冷却槽14は、熱伝導性の良い材質が使用され、上面が開放されたカップ形状の直方体あるいは、円柱である。そして、冷却槽14の底面の大きさは、ステージ4が移動可能な範囲と同じ広さを持っている。
【0019】
また、冷却槽14は、試料室1の側面に空いた開口部19を通る固定の冷熱伝導体17を介して冷却装置16に接続されると共に、試料室1の床面から浮いた状態で保持される。冷却装置16は、冷却装置のコントロールユニット18に接続される。なお、試料室1の床面に熱絶縁体を敷き、その上に冷却槽14を載置するようにしても良い。
冷却槽14内には、冷媒が満たされる。ここで使用する冷媒は、一例として真空中でも全く揮発しないかもしくは殆ど揮発しないイオン液体15が使用されている。
ヒートパイプ13は、冷却槽14の上面より垂直方向に曲げられて、放熱側の低温端13bが冷却槽14の側面に平行な状態で、イオン液体15に浸けられる。
ここで、本試料冷却装置で使用する冷熱伝導体であるヒートパイプ13とイオン液体15について説明する。
【0020】
ヒートパイプ13は、熱交換機能を持つパイプで、熱伝導性が高い材質からなるパイプ中に揮発性の液体(作動液)を真空封入し、内壁に毛細管構造を備えている。そしてヒートパイプ13は、パイプの一方の端部(高温端)を加熱して内部の揮発性の液体を蒸発させると、もう一方の端部(低温端)に蒸気が移動し、冷熱により凝縮した液が毛細管現象で高温端に環流冷却することで、熱交換のサイクルが発生し熱を高温端から低温端へ移動させるものである。
【0021】
イオン液体15としては、例えば、イミダゾリウムイオン,ピリジニウムイオンなどの陽イオンと,BF4−,PF6−などの陰イオンから成る塩を挙げることができる。
一般的にイオン液体は、摂氏−30度から300度の範囲で液相を維持し、真空中で全く揮発しないか、もしくは殆ど揮発しない特性を持つものである。
【0022】
以下に、試料冷却に関する動作を説明する。
オペレータは、試料ホルダ7に固定した試料Sを試料ホルダ固定台6に、図示しない試料交換室に取り付けた試料交換棒を使い取り付けるか、あるいは、試料ホルダ固定台6が常温であれば、試料室1をリークして取り付ける。
冷却槽14には、予めイオン液体15が満たされているものとする。この状態で、試料室1内は図示しない排気系により真空排気される。試料室1内の圧力が、イオンビーム照射可能な圧力に到達したら、オペレータが冷却装置16を制御するコントロールユニット18を操作し、冷却装置16による冷却を開始させる。
冷却装置16による冷却温度は、イオン液体の液相を保てる最低温度、たとえば摂氏−30度程度に設定されており、発生した冷熱は、冷却装置の冷凍側と冷却槽14間に接続された冷熱伝導体17を介して冷却槽14に伝達され、冷却槽14は、内部に収容したイオン液体15と共に冷却される。
そして、時間の経過と共に冷却が進むと、冷却槽14が摂氏−30度に達し、冷却槽14に満たされたイオン液体15も冷却槽とほぼ同じ温度となり、その後は、その温度に維持される。
このように、イオン液体15が常温から徐々に冷却されて行くと、常温の試料ホルダ固定台6とイオン液体15の間に設置したヒートパイプ13の両端には、温度差が生じる。この温度差により、ヒートパイプの高温端13a、すなわち試料ホルダ固定台6側の端部の内部で作動液が蒸発し(蒸発潜熱の吸収)、蒸発した作動液は、ヒートパイプ13内を通り、イオン液体に浸されたもう一方の冷温端13bに移動する。イオン液体15に浸けられた端面13bでは、蒸気が冷熱されて凝縮(蒸発潜熱の放出)し、凝縮した液が再び高温端13aに移動する。この作動液の移動循環サイクルにより、試料ホルダ固定台6がイオン液体15の温度に近づく。
このヒートパイプ13の冷熱交換により試料ホルダ固定台6の温度は、イオン液体の温度低下と共に低下し、イオン液体温度が摂氏−30度付近で安定する。試料ホルダ固定台6に固定した試料ホルダ7及び試料ホルダに密着した試料Sも、熱伝導により摂氏−30度よりも若干高い温度に安定的に維持されることになる。
このようにして、試料温度が摂氏−30度付近に安定的に維持されるようになったら、オペレータは、試料の加工位置がイオンビームの照射位置に来るように、ステージ4を移動させる。この時、ステージ4の移動と共に、ステージ4上の試料ホルダ固定台6に固定されているヒートパイプ13の冷温端13bが、冷却槽14内をステージの移動と共に移動する。ヒートパイプ13の冷温端13bは、冷却槽14内のイオン液体中に浸された状態にあるため、ステージ移動と共にヒートパイプがイオン液体中を移動しても、ヒートパイプが受ける抵抗は極めて小さく、ステージ移動に与える影響は極めて小さい。
ヒートパイプが冷却槽14に接触すると、双方の破損の恐れがあるのに加え、振動の問題も発生するので、ステージ4の移動範囲は、ヒートパイプ13が冷却槽と接触しない範囲に制限されることが望ましい。図2の冷却槽14のように、平坦な床面から側壁が垂直に立ちあがっており、底面部と側壁部(開口部)の面積が同一で、そこにまっすぐなヒートパイプ13の先端が鉛直方向から挿入される。
このような場合、ヒートパイプ13の移動範囲は、冷却槽14の底面のサイズにより決まる。このため、冷却槽14の底面のサイズを、ステージ移動可能な範囲(X,Y)と同じ移動範囲以上の大きさにすることが望ましい。
例えば冷却槽14の底面サイズをX30mm+ヒートパイプの直径×2以上、Y30mm+ヒートパイプの直径×2以上のサイズにすると、ステージは、試料ホルダを冷却したままX30mm,Y30mmの範囲を移動することができる。ただし、ステージ移動可能範囲がX50mm,Y50mmの場合に、冷却槽の底面サイズがX30mm、Y30mmであるようにステージ移動可能範囲よりも冷却槽14の底面にサイズが小さい場合、ステージの移動範囲は、冷却槽の底面サイズで決まるため、最終的なステージ移動可能な範囲は、X30mm,Y30mmに制限される。
また、ヒートパイプ13の低温端13bは、イオン液体と接触しているだけで、冷却槽などの外部の固定物と非接触であるため、外部の振動が冷却ユニットを通して試料に伝わることがない。
オペレータは、ステージ4で試料加工位置とイオンビーム照射位置を調整した後、イオン銃IGからイオンビームIBを放出し、試料S上にイオンビームIBを照射して、試料加工を行う。
このとき、試料Sは冷却されているので、イオンビームIB照射による試料の温度上昇が抑えられ、熱に弱い試料でも加工することがきる。
ここでは、試料ホルダ固定台6とイオン液体間の熱伝導にヒートパイプを使った一例を示したが、イオン液体温度を試料ホルダ固定台6に熱伝導できる冷熱伝導体であれば種類は問わない。
【符号の説明】
【0023】
1:試料室, 2:イオンビーム鏡筒部, 4:ステージ,
5:熱絶縁体, 6:試料ホルダ固定台, 7:試料ホルダ
8:冷媒収容室, 9:液体窒素タンク
10:冷熱伝導体, 11:液体窒素, 13:ヒートパイプ
14:冷却槽, 15:イオン液体, 16:冷却装置
17:冷熱伝導体, 18:コントロールユニット,

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空に維持される試料室と、試料室内に配置される移動ステージと、移動ステージ上に熱的に遮断された状態で取り付けられた試料ホルダ固定台と、前記試料ホルダ固定台上に脱着可能に装着され、試料を保持するための試料ホルダと、移動ステージと周囲の試料室の側壁の間に設けられ、試料を冷却するための冷媒を収容する冷却槽と、前記冷却槽に収容された冷媒と前記試料ホルダ固定台との間で熱交換するための冷熱伝導体と、冷却槽に収容された冷媒を冷却する冷却装置とを備え、前記冷却槽は内部に収容した冷媒の液面を上方に露出させる開口部を有すると共に、前記冷熱伝導体は、試料ホルダ固定台に固定された一端と、自由端である他端を有し、その自由端が冷却槽の開口部を介して冷媒内に浸漬され、前記移動ステージの移動と共に、自由端が冷媒に浸漬されつつ前記開口部内で移動されることを特徴とする荷電粒子を用いた加工及び観察装置における試料冷却装置。
【請求項2】
前記冷却槽を満たす冷媒は、低温でも液相を維持し、蒸気圧が極めて低く真空中でも蒸発しない特性を持つことを特徴とする荷電粒子を用いた加工及び観察装置における試料冷却装置。
【請求項3】
前記冷媒と試料ホルダ固定台との間で熱交換するための熱電導体は、熱伝導性が高い材質からなり、パイプ中に揮発性の液体を真空封入し、内壁に毛細管構造を備えたことを特徴とする荷電粒子を用いた加工及び観察装置における試料冷却装置。

【図1】
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【図2】
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