説明

イネ用土壌病害防除剤

【課題】防除困難であるイネの土壌病害に対して高い防除効果を発揮し、環境汚染を引き起こすことなく、またイネに薬害を生じさせることもない、人畜に安全で確実なイネ用の土壌病害防除剤を提供する。
【解決手段】酢酸を主成分として含むイネ土壌病害防除剤。従来、植物に薬害を生じるため低濃度で用いられてきた酢酸をさらに高濃度で土壌に灌注処理することにより、イネに薬害を生じることなく、従来防除が困難であった土壌病害を効率的に防除できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有効成分として酢酸を含む農園芸用殺菌剤であり、植物防除システムに関するものである。本システムは効果が高いだけでなく、植物に薬害を生じない、安全性にもすぐれているという特徴も有するものである。
【背景技術】
【0002】
イネの育苗は、高温多湿で種子の発芽を促進するため、ピシウム、フザリウム、トリコデルマ及びリゾープスに代表される土壌中の植物病原菌が増殖し易い。さらに、育苗期間中にイネ植物体が低温にさらされた場合には、イネ植物体の抵抗力が低下し、増殖した植物病原菌によりイネ植物体が侵され被害が多発する。このような土壌伝染性病害に対する防除技術は、現場の要望にもかかわらず有効な手段を欠く現状にある。
【0003】
土壌伝染性病害に対する防除手段としては、従来から、くん蒸剤や蒸気あるいは太陽熱による土壌消毒が行われてきた。しかし、毒性の高いくん蒸剤を使用すると環境汚染を引き起こしたり、あるいは土壌中の微生物を非選択的に殺菌してしまうため、土壌の微生物相が大きく変化し、かえって病害を助長してしまうという問題も起きていた。蒸気あるいは太陽熱による土壌消毒は、大規模な設備を必要とし、経済性と労力の面で負担が大きい。一方、他の防除手段として、土壌病害に対して有効な化学合成農薬を土壌に処理することも行われてきた。しかし、その効果は必ずしも満足できるものではなく、更には、最近の安全性志向により、化学合成農薬の使用をなるべく減らすことが強く求められるようになった。
【0004】
化学合成農薬に代わる、より安全性の高い病害防除資材として、近年では、炭酸水素ナトリウムや酢酸などの天然化合物や、植物には病原性を持たない微生物を用いる生物的防除方法が行われるようになってきている。
【0005】
炭酸水素ナトリウムを使用した製品としては「商品名:ハーモメイト」があるが、これは茎葉に散布して病害防除効果を得るものであり、土壌病害に対しては効果が低いか全く効果がない。
【0006】
特許文献1には、酢酸水溶液を有効成分とする植物のうどんこ病及びべと病の防除剤の発明が記載されているが、これも茎葉に散布する防除技術にすぎない。特許文献1の発明は、イネを対象とするものではなく、育苗培体に有効成分を適用するものでもなく、しかも土壌伝染性病害に対する効果については何も記載がない。
【0007】
また、特許文献2には、酢酸を含有しpHが3.1以上である種もみの消毒剤に関する発明が開示されているが、これは直接種子に処理することによる種子伝染性病害の防除技術であり、やはり土壌伝染性病害に対する効果は記載されていない。このように、酢酸の持つ抗菌作用は従来から知られているが、種子消毒あるいは茎葉部の病害に利用されたのみであり、土壌病害への利用例は知られていない。また酢酸を用いて高い防除効果を得るためには、濃度を高める必要があるが、同時に植物に薬害を生じる可能性が高い。
【0008】
以上述べたように、イネの育苗土壌等の育苗培体に酢酸を灌注するといった直接(土壌)処理については、従来全く記載がなく新規である。ましてや、酢酸のイネ育苗培体への処理によるイネの苗立枯病といった土壌伝染性病害の防除については、従来未知であって、新規である。したがって、酢酸による種もみ自体の消毒ではなく、イネの育苗土壌といったイネ育苗培体への処理による土壌伝染性病害防除に関する本願請求項に記載の発明は、新規であるし、進歩性も有するものであって、充分に特許要件を具備するものである。
【特許文献1】特開昭55−55102号公報
【特許文献2】特開2005−350408号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記観点からなされたものであり、化学合成農薬による防除方法に代わり得る、より安全性の高いイネ用の土壌病害防除剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、従来、植物に薬害を生じるため低濃度で用いられてきた酢酸を、さらに高濃度で土壌に灌注処理することにより、従来防除が困難であった土壌病害を効率的に防除できると共に、イネに薬害を生じないことを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち本発明は、酢酸を土壌などの育苗培体に灌注処理するにことよって、イネに薬害を生じさせること無く、効率的に土壌病害を防除することを特徴とする、以下の通りの要旨で示されるイネの土壌病害防除方法である。
【0012】
(1)酢酸を主成分(有効成分)として含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を、播種前、覆土前、育苗期間中の少なくともひとつの時期において、イネの育苗培体に灌注処理(又はイネの育苗培体と混和処理)すること、を特徴とするイネの土壌病害防除方法。
【0013】
(2)イネの土壌病害が、ピシウム(Pythium)、フザリウム(Fusarium)、トリコデルマ(Trichoderma)、リゾープス(Rhizopus)の少なくともひとつに属する微生物によって引き起こされるイネ苗立枯病であること、を特徴とする(1)に記載のイネの土壌病害防除方法。
【0014】
(3)酢酸を主成分(有効成分)として含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を水溶液の形態にして灌注処理(又は育苗培体と混和処理、例えば全量混和、覆土混和、床土混和の少なくともひとつ)すること、を特徴とする(1)又は(2)に記載のイネの土壌病害防除方法。
【0015】
(4)イネの育苗培体が育苗培土、ロックウール及び水田土から選ばれる少なくともひとつであることを特徴とする(1)〜(3)の何れか1項に記載のイネの土壌病害防除方法。
【0016】
(5)酢酸を主成分(有効成分)として含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を、土壌、育苗培土、ロックウールの少なくともひとつに処理後、土壌、育苗培土、ロックウールの少なくともひとつのpHが4.0〜7.0であることを特徴とする(1)〜(4)の何れか1項に記載のイネの土壌病害防除方法。
【0017】
(6)有効成分として酢酸を含有するが、ナトリウムは含有しないかあるいは酢酸:ナトリウムのモル比が10:4以下の量しか含有しない水溶液を、播種前、覆土前、育苗期間中の少なくともひとつの時期において、イネの育苗培体に灌注処理(又は、育苗培体と混和処理)すること、を特徴とするイネの土壌病害(例えば、イネ苗立枯病)防除方法。
【0018】
(7)有効成分(主成分)として酢酸を含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲であるイネ用の土壌病害防除剤に必要あれば化学農薬(ベノミル等)及び/又は天然殺菌・殺虫成分(カスガマイシン等)を含有せしめてなるイネ用の土壌病害防除剤であって、イネの育苗培体に処理(例えば、灌注処理又は育苗培体との混和処理)することにより土壌伝染性病害(例えば、イネ苗立枯病)を防除できること、を特徴とするあるいは当該病害防除用であること、を特徴とするイネの育苗培体処理用土壌病害防除剤。
【0019】
(8)有効成分として酢酸を含有するが、ナトリウムは含有しないかあるいは酢酸:ナトリウムのモル比が10:4以下の量しか含有しないイネ用の土壌病害防除剤であって、イネの育苗培体に処理することにより土壌伝染性のイネ苗立枯病を防除できる、イネ用の土壌病害防除剤。
(9)イネ苗立枯病がピシウム、フザリウム、トリコデルマ又はリゾープスによって引き起こされることを特徴とする(7)又は(8)に記載のイネ用の土壌病害防除剤。
(10)酢酸の濃度が0.02%(w/v)〜1.4%(w/v)、好ましくは0.04%(w/v)〜0.70%(w/v)になるように水で希釈された(7)〜(9)の何れか1項に記載のイネ用の土壌病害防除剤。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、酢酸という食品に利用されている天然物を使用しているため、安全性の面での心配は全く無い。しかも、本発明は、従来のように酢酸で種もみを直接処理するのとは異なり、イネの育苗培体(土壌)に灌注することをはじめて開発するのに成功したものであって、従来、植物に薬害を生じるため低濃度で用いられてきた酢酸を更に高濃度で土壌に灌注処理することが可能となり、その結果、イネに薬害を生じることなく、従来防除が困難であったイネ苗立枯病といった土壌病害を効率的に防除することにはじめて成功したものである。
【0021】
このように本発明は、施用方法、使用方法ないし適用方法にひとつの大きな特徴を有するものである。したがって、本発明の使用方法によれば、イネに薬害を引き起こすことも無く、従来の化学合成農薬による防除に匹敵する高い防除効果を得ることができる。よって、化学合成農薬に代えて本発明の防除剤を使用することができ、化学合成農薬の使用を減らそうとする社会ニーズにも適合できる卓越した発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明に係る防除剤の有効成分として用いる酢酸は、食品あるいは食品添加物としても使用することができ、毒性がなく、安全性にすぐれている。
【0023】
本発明に使用できる酢酸は、純粋な酢酸の水による希釈物の他、醸造酢である食酢、通常の食酢より酢酸濃度の高い高濃度醸造酢、さらに粉末醸造酢の水による希釈物などがある。これらは市販されており、例えば穀物酢や特濃酢、高濃度醸造酢、粉末食酢(酢酸とデキストリン等の混合物)などを利用することができる。また、ワインビネガーやアップルビネガーといった果実酢も利用可能である。なお、酢酸としては、水溶液にしたときに酢酸を生成する物質も使用可能であり、例えば、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩等の酢酸塩が使用可能である。
【0024】
したがって、本発明に係るイネの土壌病害防除剤の有効成分ないし主成分は、酢酸自体のほか、ナトリウム塩を形成していない酢酸、あるいは、酢酸は含有するがナトリウムは含有しないかあるいは酢酸:ナトリウムのモル比が10:4以下(例えば、10:3は含む)の量しか含有しない成分、の少なくともひとつということができる。したがって、酢酸:ナトリウムのモル比が上記範囲内であれば、製剤後において製剤中に含まれている酢酸とナトリウムが結合して酢酸ナトリウムを形成する場合は、本発明に包含される。また、同じく上記モル比の範囲内であれば、例えば食酢を有効成分とする場合であっても、その中にたまたま少量含まれる食塩ないしは少量添加した食塩が製剤後に酢酸と反応して酢酸ナトリウムを形成する場合も、本発明に包含されるし、酢酸ナトリウムを含有する農薬あるいはナトリウムを含有する農薬を混合して製剤化した場合であっても、上記モル比の範囲内であれば、本発明に包含される。なお、本願において、酢酸とは酢酸イオンも含む。同様に、本願におけるナトリウムとは、ナトリウムイオンも含む。
【0025】
次に、本発明の防除剤の使用方法を述べる。通常、イネは育苗土壌を充填した育苗箱に播種したり、苗床に直接播種したり、土壌以外のほかの各種育苗培体(ロックウール等)に播種した後、育苗する。本発明の防除剤は、この作業の内の播種前、覆土前、又は育苗期間中の少なくともひとつの時期に育苗培体に灌注処理することにより発病苗が著しく減少し、優れた防除効果を示す。処理する時期は、播種時の覆土前が最も好適である。
【0026】
本発明の防除剤の使用量は、育苗培体の種類、育苗環境、適用すべき病害の種類、所望の防除効果などに応じて適宜選定されるが、通常、播種時灌注処埋の場合は酢酸濃度0.02〜1.4%、好ましくは0.04〜0.70%、さらに好ましくは0.08〜0.35%の濃度で、内寸が、縦58cm×横28cm、深さ3cmの育苗箱に充填する量の育苗媒体に0.1〜1.0L、好ましくは0.25〜1.0L、さらに好ましくは0.5〜1.0Lの液量で、播種時に灌注処理することにより十分な防除効果を示す。通常、本発明の防除剤処理後の育苗培体のpHは4.0〜7.0となる。なお、本発明においては、防除剤が育苗培体中に存在しておればよいので、灌注処理のほか、育苗培体と防除剤とを混和する混和処理も可能である。混和処理としては、例えば、全量混和、覆土混和、床土混和等が挙げられる。
【0027】
また、本発明の防除剤は、他の病害防除剤及び/又は虫害防除剤、肥料との混用又は混合製剤として使用することもできる。混用又は混合製剤の相手剤としては、例えば、ベノミル、チオファネートメチル、TMTD、プロクロラズ、ペフラゾエート、トリフルミゾール、TPN、ヒドロキシイソキサゾール、メタラキシル、メプロニル、トルクロホスメチル、フィプロニル、イミダクロプリド、ジノテフラン及び各種生物農薬(例えば、エコホープやエコショット(トリコデルマ・アトロビリデ製剤、バチルス・ズブチリス製剤の商標;いずれも、クミアイ化学工業株式会社製)などや天然物由来物質(カスガマイシン、スピノサド、ヒノキチオール、アリルイソチオシアネート、メントール、BT剤、ホウ酸など)が挙げられる。更に、本発明の防除剤は、必要に応じて界面活性剤、分散剤、担体、その他の補助剤を加えた製剤として用いてもよい。
【0028】
本発明に係る防除剤は、上記したように病原菌に汚染された恐れがある育苗培体に適用することはもちろんのこと、病原菌に感染するおそれがある場合や、それを予防するためにも適用することができる。その際、本発明の防除剤はイネに対して薬害を生じないので、予防的に使用しても何ら問題は無い。すなわち、本発明に係る防除剤は、イネ苗立枯病等の土壌病害を予防及び/又は治療できるという著効を奏するものである。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)高濃度醸造酢の播種時灌注処理によるイネ苗立枯病防除
健全なイネ種籾(コシヒカリ)を15℃にて5日間、浸種処理を行い、その後、30℃にて催芽処理を行った。あらかじめフスマ培地にて培養を行ったイネ苗立枯病菌(ピシウム・グラミニコーラ Pythium graminicola)と培土(宇部培土)=1:300に混合し、汚染培土を作製した。内寸が縦58cm×横28cm、深さ3cmの育苗箱に汚染培土を2cmの厚さに充填し、その上に催芽処理を行った種籾を播種した。その後、高濃度醸造酢(酢酸度16.3%)の100倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。汚染培土で覆土した後、30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に全苗について発病程度別に調査し、下記の式で発病度及び防除価を算出した。結果を表1に示した。
【0031】
なお、高濃度醸造酢としては、株式会社ミツカンナカノス製の高濃度醸造酢(MHV−S:酢酸度16.3%)を使用した。
【0032】
〈発病指数〉
発病度=Σ(指数×程度別発病苗数)/(3×調査苗数)×100
〈指数〉
0:健全苗 1:根の生育が不揃 2:根の生育が全体的に抑制
3:著しい根部異常
〈防除価〉
防除価=(無処理区の発病度−処理区の発病度)/無処理区の発病度×100
【0033】
(実施例2)粉末食酢製剤の播種時灌注処理によるイネ苗立枯病防除
実施例1と同様に種籾を播種し、その後、粉末食酢(酢酸度14.6%)の100倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。汚染培土で覆土した後、30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に全苗について発病程度別に調査し、発病度及び防除価を算出した。結果を表1に示した。
【0034】
なお、粉末食酢としては、株式会社ミツカンナカノス製の粉末食酢(FPV:酢酸度14.6%)を使用した。
【0035】
(実施例3)穀物酢の播種時灌注処理によるイネ苗立枯病防除
実施例1と同様に種籾を播種し、その後、穀物酢(酢酸度4.4%)の25倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に全苗について発病程度別に調査し、発病度及び防除価を算出した。結果を表1に示した。
【0036】
なお、穀物酢としては、株式会社ミツカンナカノス製の穀物酢(酢酸度4.4%)を使用した。
【0037】
(比較例1)タチガレエース液剤の播種時灌注処理によるイネ苗立枯病防除
実施例1と同様に種籾を播種し、その後、比較薬剤として市販のタチガレエース液剤500倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に全苗について発病程度別に調査し、発病度及び防除価を算出した。結果を表1に示した。タチガレエース液剤としては、三共アグロ株式会社製のヒドロキシイソキサゾール30%とメタラキシル4%の混合液(淡褐色澄明水溶性液体)を使用した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示したように、粉末食酢、高濃度醸造酢、穀物酢はそれぞれピシウム属菌によるイネ苗立枯病に対してタチガレエース液剤と同程度の高い防除効果を示した。
【0040】
(実施例4)各種の酢酸濃度におけるイネ苗立枯病防除
実施例1と同様に種籾を播種し、その後、高濃度醸造酢(酢酸度16.3%)の20倍希釈液、50倍希釈液、100倍希釈液、200倍希釈液、及び500倍希釈液を各々500ml/箱になるように灌注処理した。30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に、各区の全苗について発病程度別に調査し、発病度及び防除価を算出した。結果を表2に示した。
【0041】
(比較例2)タチガレエース液剤の播種時灌注処理によるイネ苗立枯病防除
実施例1と同様に種籾を播種し、その後、比較薬剤としてタチガレエース液剤500倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。30℃、暗黒下で出芽処理し、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して3週間後に全苗について発病程度別に調査し、発病度及び防除価を算出した。結果を表2に示した。
【0042】
【表2】

【0043】
表2に示したように、高濃度醸造酢の20倍希釈液、50倍希釈液、及び100倍希釈液は、ピシウム属菌によるイネ苗立枯病菌に対してタチガレエース液剤と同程度の高い防除効果を示した。
【0044】
(実施例5)各種の酢酸濃度におけるイネの発芽への影響
イネ苗立枯病菌を混合していない培土(宇部培土)を使用したこと以外は実施例1と同様に種籾を播種し、その後、粉末食酢(酢酸度14.6%)の33倍希釈液、50倍希釈液、及び100倍希釈液を500ml/箱になるように灌注処理した。30℃、暗黒下で出芽処理後、ガラス温室にて緑化育苗を行った。播種して7日後に、各区の全苗について出芽苗数を調査し、下記の式で出芽苗率を算出した。結果を表3に示した。
【0045】
〈出芽苗率〉
出芽苗率(%)=粉末食酢処理区の出芽苗数/無処理区の出芽苗数×100(%)
【0046】
【表3】

【0047】
本発明は、防除困難であるイネの土壌病害に対して高い防除効果を発揮し、環境汚染を引き起こすことなく、またイネに薬害を生じさせることもない、人畜に安全で確実なイネ用の土壌病害防除剤を提供する目的でなされたものである。そして鋭意研究の結果、酢酸を主成分として含むイネ土壌病害防除剤を完成するに至ったものである。本発明によれば、上記したように、従来、植物に薬害を生じるため低濃度で用いられてきた酢酸をさらに高濃度で土壌に灌注処理することにより、イネに薬害を生じることなく、従来防除が困難であった土壌病害(例えば、イネの苗立枯病等)を効率的に防除できるという著効が奏される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として酢酸を含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を、播種前、覆土前、育苗期間中の少なくともひとつの時期において、イネの育苗培体に灌注処理すること、を特徴とするイネの土壌病害防除方法。
【請求項2】
イネの土壌病害が、ピシウム、フザリウム、トリコデルマ、リゾープスの少なくともひとつに属する微生物によって引き起こされるイネ苗立枯病であること、を特徴とする請求項1に記載のイネの土壌病害防除方法。
【請求項3】
有効成分として酢酸を含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を、水溶液の形態にして灌注処理すること、を特徴とする請求項1又は2に記載のイネの土壌病害防除方法。
【請求項4】
イネの育苗培体が育苗培土、ロックウール及び水田土から選ばれる少なくともひとつであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のイネの土壌病害防除方法。
【請求項5】
有効成分として酢酸を含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤を、土壌や育苗培土、ロックウールに処理後、土壌や育苗培土、ロックウールのpHが4.0〜7.0であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載のイネの土壌病害防除方法。
【請求項6】
有効成分として酢酸を含有するが、ナトリウムは含有しないかあるいは酢酸:ナトリウムのモル比が10:4以下の量しか含有しない水溶液を、播種前、覆土前、育苗期間中の少なくともひとつの時期において、イネの育苗培体に灌注処理すること、を特徴とするイネの土壌病害防除方法。
【請求項7】
有効成分として酢酸を含有するが、酢酸:ナトリウムのモル比が10:0〜10:4の範囲内であるイネ用の土壌病害防除剤であって、イネの育苗培体に処理することにより土壌伝染性のイネ苗立枯病を防除できること、を特徴とするイネの育苗培体処理用土壌病害防除剤。
【請求項8】
有効成分として酢酸を含有するが、ナトリウムは含有しないかあるいは酢酸:ナトリウムのモル比が10:4以下の量しか含有しないイネ用の土壌病害防除剤であって、イネの育苗培体に処理することにより土壌伝染性のイネ苗立枯病を防除できる、イネ用の土壌病害防除剤。
【請求項9】
イネ苗立枯病がピシウム、フザリウム、トリコデルマ又はリゾープスによって引き起こされることを特徴とする請求項7又は8に記載のイネ用の土壌病害防除剤。
【請求項10】
酢酸の濃度が0.02%(w/v)〜1.4%(w/v)になるように水で希釈された請求項7〜9の何れか1項に記載のイネ用の土壌病害防除剤。

【公開番号】特開2009−249364(P2009−249364A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102124(P2008−102124)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(000000169)クミアイ化学工業株式会社 (86)
【Fターム(参考)】