説明

インヂゴの染色増強剤および増強方法

【課題】 合成インヂゴ染色において、天然藍染め染色布の深みのある色合いと同程度の色合いで染色する。
【解決手段】 合成インヂゴをアルカリおよび還元剤の存在下ロイコインヂゴに還元し、その水溶液に繊維を浸漬して繊維にロイコインヂゴを含浸させた後、繊維に含浸させたロイコインヂゴを酸化して繊維を染色する合成インヂゴ染色方法において、メラノイジンの存在下に染色することを特徴とするインヂゴの染色増強剤および増強方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然藍染め染色布の深みのある色合いと同程度の色合いで染色することができるインヂゴの染色増強剤および増強方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
藍は天然染料の中でも歴史が古く、天然藍は麻や木綿などの植物性の繊維にもよく染まり、色が堅牢で退色が少ないという優れた性質を持っている。
【0003】
天然藍染めは、一般的に藍の葉を発酵させて繊維を染色する方法であるが、藍の葉を発酵させるには手間と時間がかかる上、発酵物中のインヂゴの濃度が低いため、濃色を得るためには十数度も重ね染めすることが必要である。そのため、天然藍染めには非常に多くの手間と時間がかかり、コストがかさむ。
【0004】
19世紀後半に、インヂゴの化学構造が特定され、その合成法が確立された。緑バンや、亜鉛粉末による還元も行われ、後年開発された還元剤のハイドロサルファイトナトリウムの工業的生産による安定販売ともあいまって、合成インヂゴによる染色方法が確立された(非特許文献1)。合成インヂゴ染色は低コストで手間がかからないことから、天然藍染めは急激に衰退してしまった。現在のジーンズなどは工業的な合成インヂゴ染色が盛んに行なわれている。
【0005】
化学式(1)
【0006】
【化1】

【0007】
で示されるインヂゴに不溶であり、そのままでは繊維を染色することができない。そこで、まずインヂゴを分散させた水溶液にハイドロサルファイトナトリウムなどの還元剤とアルカリを加えて、インヂゴを化学式(2)
【0008】
【化2】

【0009】
で示される水溶性のロイコインヂゴに還元する。ロイコインヂゴの水溶液に繊維を浸漬して、ロイコインヂゴを繊維に含浸させ、繊維に含浸されたロイコインヂゴを空気で酸化してインヂゴとすることにより繊維を染色する。
【非特許文献1】染色ニュースNo.184、「特別寄稿 藍・インヂゴの現在の先端技術」、中山隆幸、2004年、日本染色協会
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
亜鉛粉末による還元による合成インヂゴ染色布は天然藍染めと同じくらいの色彩になるが、一般的に染色時の制御が困難である。また還元剤のハイドロサルファイトナトリウムを用いた合成インヂゴ染色布は天然藍染めの染色布に比べ、色合いに深みがなく、天然藍染めのような色彩にはならない。ハイドロサルファイトナトリウムを用いた合成インヂゴ染色と天然藍染め染色の色合いの違いがどこから生じているのかということに関してはまだ不明な点が多い。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、天然藍染め染色布の深みのある色合いと同程度の色合いで染色することができるハイドロサルファイトナトリウムを用いた合成インヂゴ染色方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
天然藍染めとハイドロサルファイトナトリウムを用いた合成インヂゴ染色における染色物の色合いの違いが、天然藍染めの発酵建ての浴中に含まれる様々な物質の影響であると考え、ハイドロサルファイトナトリウムを用いた合成インヂゴ染色浴にさまざまな物質を添加して染色を行った。その結果ある特定の天然由来化合物を合成インヂゴ染色浴中に共存させて染色することにより、上記課題が解決されることを見出し本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は下記を要旨とするものである。
(1) 合成インヂゴをアルカリおよび還元剤の存在下ロイコインヂゴに還元し、その水溶液に繊維を浸漬して繊維にロイコインヂゴを含浸させた後、繊維に含浸させたロイコインヂゴを酸化して繊維を染色する合成インヂゴ染色方法において、メラノイジンの存在下に染色することを特徴とするインヂゴの染色増強方法。
(2) 還元剤がハイドロサルファイトナトリウムである(1)に記載のインヂゴの染色増強方法。
(3) アルカリが水酸化ナトリウム、水酸化カリウムまたは炭酸ナトリウムである(1)に記載のインヂゴの染色増強方法。
(4) 繊維が麻または綿である請求項1記載のインヂゴの染色増強方法。
(5) メラノイジンを活性成分とするインヂゴの染色増強剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明方法により、合成インヂゴ染色において、天然藍染め染色布の深みのある色合いと同程度の色合いで染色することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明において、合成インヂゴ染色浴中に共存させるメラノイジンとは、還元糖類とアミノ酸類を加熱し、メイラード反応が起こることによって生じる褐色色素成分を示す。なお、メラノイジンを合成的に得るため、還元糖とアミノ酸をメイラード反応させて得たものを以下「メラノイジン類似物質」と称する。
【0016】
メラノイジン類似物質の原料となる還元糖としては、例えばキシロース、アラビノース、グルコースなど
を挙げることができる。
【0017】
また、メラノイジン類似物質の他の原料となるアミノ酸としては、
グリシン、アラニン、セリン、ロイシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、ヒスチジン、リジンなどを挙げることができる。
【0018】
メラノイジン類似物質を合成するには、例えばキシロース(0.1M)とリジン(0.1M)をpH10で100〜120℃で40〜180分加熱すればよい(農化、46巻、2号、89〜93 (1972))。
【0019】
メラノイジン類似物質は、例えばリシン5.47g、キシロース2.25g、イオン交換水50mlで水酸化ナトリウム1mol溶液を用いて、pH10にした溶液を100℃で3時間加熱することにより調製することができる。合成インヂゴ染色浴中にメラノイジン類似物質を共存させるには、調整したメラノイジン類似物質を1リットルあたり1mL〜10mL添加すればよい。
【0020】
本発明において、染料として用いる合成インヂゴは、前記化合物(1)で示される化合物であり、公知の方法により合成することができる。
【0021】
本発明において、合成インヂゴをロイコインヂゴに還元する還元剤としては、ハイドロサルファイトナトリウムを挙げることができるが、ハイドロサルファイトナトリウムは水溶性で還元力が強く、安価である上に、インヂゴを簡単に還元できる。
【0022】
ハイドロサルファイトナトリウムの濃度は、公知の合成インヂゴ染色方法に従えばよく、その量はインヂゴの量に比例して必要となるが、例えばインヂゴの重量の10倍〜100倍量の範囲で適宜選択すればよい。
【0023】
このとき、インヂゴの還元を助けるために、アルカリ性にする必要があり、特に限定はないが水酸化ナトリウム、水酸化カリウムや炭酸ナトリウムなどが挙げられる。一般には取り扱いの便利な水酸化ナトリウムが好ましい。
【0024】
合成インヂゴ染色浴のpHは、インヂゴの安定な還元状態を維持するために、pH9〜11の範囲で適宜選択すればよい。
【0025】
被染色物としての繊維には、麻、綿、絹、羊毛、レーヨンなど天然高分子を起源とする繊維はもちろんのこと、アセテートやナイロン、アクリル、ポリエステルなどの合成繊維も適用可能である。還元状態のインヂゴ水溶液から染色する関係上、好ましくは天然高分子由来の繊維であり、特に好ましくは麻または綿である。
【0026】
繊維に含浸したロイコインヂゴは、空気により酸化されてインヂゴとなり、繊維が染色される。すなわち、還元状態のインヂゴが、繊維に吸着し、内部に拡散して染着が完成する。しかし、その時は、まだ還元状態が維持されているが、被染物が染色溶液から取り出されて、空気にさらされると、空気中の酸素によって自動的に酸化され、元のインヂゴに戻り、藍色が発現する。
【0027】
空気酸化は被染物を空気中に放置することで自然酸化を待てばよいが、より能率的に酸化するためには、過酸化水素などの酸化剤の溶液に浸漬することによって達成することも可能である。
【0028】
空気酸化後の被染物には、その表面に余分の酸化状態のインヂゴが吸着しているので、余分の染料を除去する意味で一般的にせっけん洗浄が行われる。その工程によって、より堅ろう度(摩擦堅ろう度)の高い被染物が得られる。
【0029】
(製造例1)
イオン交換水50mlにリジン5.47g、キシロース2.25gを溶解し、水酸化ナトリウム1mol溶液を用いてpH10にした。空気冷却管を付した三角フラスコ中で、100℃で180分間加熱しメラノイジン類似物質を調製した。
【0030】
(実施例1)
合成インヂゴ粉末(東京化成工業株式会社製)0.05gをエタノール2mlで粘土状にし、200mlの三角フラスコを用いて、イオン交換水50ml、水酸化ナトリウム溶液(水酸化ナトリウム1gをイオン交換水100mlで溶解した溶液)を加え、メラノイジン類似物質無添加のもの、製造例1で調製したメラノイジン類似物質を、0.05ml、0.1ml、0.2ml、0.5ml添加したもの、それぞれにシリコンゴム栓をした。60℃の振盪恒温水槽で10分間加温し、ハイドロサルファイトナトリウム2.5g加え、染浴とした。
【0031】
染浴に、木綿ブロード(シルケット未加工)1gを60℃で130min−1、60分間染色した。染色後、染浴から木綿ブロードを取り出し、60分間、空気酸化し、乾燥した。
【0032】
乾燥させた染色布を90℃の0.5%マルセル石鹸液100ml中で、10分間ガラス棒で攪拌処理した後、水洗いし、60分間、自然乾燥させた。
【0033】
染色布の分光反射率を分光光度計(ミノルタ社製、CM-3600d)を用いて、d/8(拡散照明8度受光)、SCI(正反射光込み)の条件で測定した。染色布1枚につき、4点の分光反射率を測定し、合成インヂゴの最大波長である、660nmの平均値を測定値とした。また、この染色布の分光反射率R%から、Kubelka‐Munk式を用いて、表面反射濃度K/S値を算出した。下記にKubelka‐Munk式を示す。
【0034】
K/S=(1-R)2/2R
【0035】
(ただし、式中記号は下記を表す。
K:吸光係数 S:散乱係数 R:反射率R(%)/100)
【0036】
各染色布の表面反射濃度K/S値を図1に示す。図1から明らかなように、メラノイジン類似物質の添加で染色布のK/S値が急激に増加し、合成インヂゴの染色濃度が顕著に増加することが分かる。
【0037】
(実施例2)
亜鉛建て染色液、ハイドロサルファイトナトリウム建て染色液およびハイドロサルファイトナトリウム建てのメラノイジン添加の染色液を以下のように調製した。
・亜鉛建て染色液
染浴は、合成インヂゴ3g、亜鉛5g、酸化カルシウム3g、イオン交換水2リットルを加え、恒温槽(ヤマト科学株式会社)で、60℃になるまで温め、その後、60℃の恒温槽で、60分間保温し染浴とした。
・ハイドロサルファイトナトリウム建て染色液
合成インヂゴ3g、水酸化ナトリウム3g、炭酸ナトリウム3g、イオン交換水2リットルを加え、振盪恒温水槽で60℃になるまで、加温し、攪拌した。還元剤である、ハイドロサルファイトナトリウム10g加え、攪拌した。その後、60℃の振盪恒温水槽で、60分間放置し染浴とした。
・ハイドロサルファイトナトリウム建てのメラノイジン類似物質添加の染色液
合成インヂゴ3g、水酸化ナトリウム3g、炭酸ナトリウム3g、イオン交換水2リットルを加え、振盪恒温水槽で、60℃になるまで、加温し、製造例1で調製したメラノイジン類似物質を20ml添加し、攪拌した。還元剤である、ハイドロサルファイトナトリウム10gを加え、攪拌した。その後、60℃の振盪恒温水槽で、60分間放置し染浴とした。
【0038】
亜鉛建て染色液、ハイドロサルファイトナトリウム建て染色液及びハイドロサルファイトナトリウム建てのメラノイジン類似物質添加の染色液に木綿ブロード1gを3分間染色し、酸化時間は1分として染色した。この作業を10回繰り返し、1回ごとに染色布を取り出した。
【0039】
乾燥させた染色布を90℃の0.5%マルセル石鹸液100ml中で、10分間ガラス棒で攪拌処理した後、水洗いし、60分間、自然乾燥させた。
【0040】
染色布の分光反射率を分光光度計(ミノルタ社製、CM-3600d)を用いて、d/8(拡散照明8度受光)、SCI(正反射光込み)の条件で測定した。
【0041】
染色布の分光反射率を1枚につき4点測定し、平均を測定値とした。測定した反射率からXYZ表色値を求め、さらにL*C*h表色値へと数学的変換をした。L*C*h表色系では、L*値は明度、C*値は彩度、hは色相角度を表している。C*値が大きいと、鮮やかさが増し、C*値が小さいと、くすんだ色を表す。各染色布のL*値-C*値をプロットしたグラフを図2に示す。
【0042】
図2に示した結果から明らかなように、メラノイジン類似物質溶液を添加していないハイドロサルファイトナトリウム建ての染浴で、綿布を重ね染めした染色布のL*値とC*値のプロットと、メラノイジン類似物質溶液が共存する染浴で、同じく重ね染めをした場合の染色布のL*値とC*値のプロットの色彩について比較したものである。
【0043】
図からわかるように、メラノイジン類似物質溶液をハイドロサルファイトナトリウム建てのインヂゴ染浴に添加した場合の方が何も添加していない場合よりも顕著に染色布のC*値が増加し、色彩が鮮明になっていることがわかる。
【0044】
メラノイジン類似物質溶液をハイドロサルファイトナトリウム建てのインヂゴ染浴に共存させることで、染色濃度の効果だけではなく、色相の鮮やかさにも顕著な効果を示すことが認められる。
【0045】
(比較例1)
亜鉛建て染色液、ハイドロサルファイトナトリウム建て染色液および天然発酵建て染色液を用いて、染色試験を行った。
【0046】
亜鉛建て染色液とハイドロサルファイトナトリウム建て染色液は実施例2に準じて調製した。天然発酵建て染色液は以下のように調製した。
・天然発酵建て染色液
1日目にすくも6.72Kg、水酸化ナトリウム72g、水酸化カルシウム120g、熱湯28.8リットルを入れ攪拌した(仕込み)。2日目にブドウ糖72gと湯を5リットル加え、攪拌した。3日目に水酸化ナトリウム24g、水酸化カルシウム72g、湯を10リットル加え攪拌した(中石)。4日目に水酸化カルシウム48g、湯10リットルを入れ攪拌した(止石)。約40日後に染色した。
【0047】
染色方法および染色布の分光反射率の測定は実施例2に準じて行った。測定結果を図3に示した。
【0048】
図3の結果に示したように、天然醗酵建て染色液と亜鉛建て染色液は、ほぼ同じような軌跡をたどり、色彩の鮮明性については同程度であり、ハイドロサルファイトナトリウム建て染色液の色彩の鮮明性が低い。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明方法により、合成インヂゴ染色において、天然藍染め染色布の深みのある色合いと同程度の色合いで染色することが可能となり、本発明は合成インヂゴ染色において極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】メラノイジン類似物質の添加量とK/S値の関係を示すグラフ。
【図2】各染色液で重ね染めした染色布のL*値とC*値の関係を示すグラフ。
【図3】各染色液で重ね染めした染色布のL*値とC*値の関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成インヂゴをアルカリおよび還元剤の存在下ロイコインヂゴ元し、その水溶液に繊維を浸漬して繊維にロイコインヂゴを含浸させた後、繊維に含浸させたロイコインヂゴを酸化して繊維を染色する合成インヂゴ染色方法において、メラノイジンの存在下に染色することを特徴とするインヂゴの染色増強方法。
【請求項2】
還元剤がハイドロサルファイトナトリウムである請求項1に記載のインヂゴの染色増強方法。
【請求項3】
アルカリが水酸化ナトリウム、水酸化カリウムまたは炭酸ナトリウムである請求項1に記載のインヂゴの染色増強方法。
【請求項4】
繊維が麻または綿である請求項1記載のインヂゴの染色増強方法。
【請求項5】
メラノイジンを活性成分とするインヂゴの染色増強剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−197353(P2009−197353A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38405(P2008−38405)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【出願人】(509098319)学校法人行吉学園 (1)
【Fターム(参考)】