説明

ウナギ仔魚飼料

【課題】サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができるウナギ仔魚を提供すること。
【解決手段】アカマンボウ類の魚卵内容物をウナギ仔魚飼料に用いること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウナギ仔魚飼料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウナギは生産量が多い重要な養殖魚種であるが、種苗は全て天然のシラスウナギに依存している。このため、シラスウナギの漁獲量により養殖コストの変動が激しいだけでなく、近年では天然資源の枯渇の恐れが生じていた。これを解消すべく、採卵、孵化、育成を全て人工飼育下で行う、ウナギの完全養殖についての試みが進められている。これまで、天然で採取したシラスウナギからウナギ親魚の育成、人工産卵、人工孵化までは成功したものの、人工孵化後の仔魚が稚魚期になるまでの間に相当数が死滅してしまうため、事業化の大きな妨げとなっていた。
【0003】
ウナギは、卵から孵化した後、卵黄を吸収しつくすまでのプレレプトケファルスの時期を経て、平板で透明なゼラチン質のレプトケファルスとなる。その後、柳の葉型まで成長したレプトケファルスは変態を起こしてゼラチン質から硬質のシラスウナギへと大きく形態を変化させる。通常、孵化から変態を起こすまでのレプトケファルス期を仔魚期といい、変態後のシラスウナギの時期を稚魚期という。また、特に孵化からプレレプトケファルスの時期まで間を孵化仔魚期という。
【0004】
プレレプトケファルスはまだ眼も黒化しておらず、このため恐らく視力はほとんど無いものと考えられており、針歯状の歯も未発達であるため、活発に餌を捕食できない。一方、レプトケファルス期では眼が黒化して、遊泳を開始し、活発に餌の捕食が観察される。レプトケファルスとプレレプトケファルスは通常、肛門の位置及び頭部から肛門までの筋節数を一つの指標として区別され、レプトケファルス期はプレレプトケファルス期と比較して肛門が相対的に後方に位置している。人工飼育下では、プレレプトケファルスは通常 3 〜 10mm 程度の大きさであり、孵化から14日目ぐらいまでの時期に相当する。またレプトケファルスは 10 〜 60mm 程度の大きさであり、プレレプトケファルス期以後から孵化後7 〜 9 ヶ月目ぐらいまでの時期に相当する。また60mm 程度の大きさに成長したレプトケファルスは 20日程度の時間をかけてゆっくりとシラスウナギへと変態する。
【0005】
これまで天然のウナギ仔魚の生態の多くは謎に包まれており、人工孵化させてから与える餌もなかなか良いものが見つからなかった。まず初めに、サメ卵の冷凍乾燥粉末を主体とした飼料が開発され、これにより30日程度の生育が確認された(特許文献1)。さらにその後、魚卵又は鶏卵にフィチン酸を除去した大豆とオキアミの酵素分解物を含んだ飼料を与えることにより、30日以上生育するレプトケファルスが現れ、特にサメ卵の冷凍乾燥粉末とフィチン酸を除去した大豆とオキアミの酵素分解物を含んだ飼料を与えることにより 250日以上生育するレプトケファルスが現れ、シラスウナギへと変態するものが現れた(特許文献2)。しかしその頻度は非常に低く、とても実用化には至らなかった(非特許文献1)。
【0006】
また、サメの個体数はとても少なく、近年ではワシントン条約においてサメの漁獲量規制の発動も提案されており、サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができる飼料の開発が必要となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−253111号公報
【特許文献2】特開2005−013116号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Tanaka H, Aquaculture 201 p51-60 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができるウナギ仔魚用飼料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、アカマンボウ類の魚卵内容物をウナギ仔魚飼料に用いることにより、サメ卵の冷凍乾燥粉末を用いなくても、ウナギ仔魚の成長と高い生残率がみられることを見いだし、本研究を完成するに至った。
本発明は、以下の(1)ないし(3)のウナギ仔魚飼料及びこれらを用いたウナギ仔魚の飼育方法を要旨とする。
(1)アカマンボウ類の魚卵内容物を含むウナギ仔魚飼料。
(2)アカマンボウ類の魚卵が卵黄形成期から排卵期のものである(1)のウナギ仔魚飼料。
(3)上記(1)又は(2)のウナギ仔魚飼料を用いたウナギ仔魚の飼育方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、サメ卵の冷凍乾燥粉末を用いたウナギ仔魚飼料と同等の成長及び生残率がみられる飼料及びこれを用いた飼育方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は実施例2に記載のアカマンボウ飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の体長である。
【図2】図2は実施例2に記載のアカマンボウ飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の体高である。
【図3】図3は実施例2に記載のアカマンボウ飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の生残率である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ウナギの仔魚の成長に関する。本発明の対象となるウナギの仔魚は、例えばニホンウナギ(Anguilla japonica)、ヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)等、養殖対象となるウナギの仔魚が挙げられる。なお、本発明で言うウナギ仔魚とは、プレレプトケファルス、レプトケファルス等、シラスウナギに変態する前の段階にあるウナギ仔魚を指す。
【0014】
本発明のアカマンボウ類とは、脊椎動物門条鰭綱の魚のうちアカマンボウ目の魚のことをいう。アカマンボウ目にはクサアジ科、アカマンボウ科、ステューレポルス科、アカナマダ科、ラディイケパルス科、フリソデウオ科、リュウグウノツカイ科が含まれる。これらはいずれも天然のウナギ仔魚が生息する地域の中層から深海に生息し、多産の浮遊卵を産卵するため、ウナギ仔魚の初期飼料になりやすい性質を持っているものと考えられる。
このうちアカマンボウ科にはマンダイ又はヒャクマンダイとも呼ばれるアカマンボウ(Lampris guttatus)と、主に南半球に生息するとされるムーンフィッシュとも呼ばれるサザンオーパ(Lampris immaculatus)が含まれ、これらの魚はマグロ延縄などで生きたまま漁獲され、食用として流通しやすいため、卵も入手しやすく、特に好ましい。
魚卵は、卵膜と卵膜に包まれた内容物とからなる。魚卵は、卵原細胞の増殖期を終えると卵母細胞となり、卵膜形成及び油球や卵黄の蓄積が開始される成長期を経てから成熟期へと入る。その後排卵されることで体外に放出されるが、それまでは魚の卵巣内に蓄積される。このうち飼料に用いるためには栄養成分が豊富な、卵成熟期から産卵前の段階にある魚卵内容物を用いることが好ましい。特に、タンパク質などの栄養成分である卵黄が蓄積しているという点で、成長期のうちでも少なくとも卵黄形成を既に開始した卵黄形成期以降にあたるものが好ましい。
【0015】
本発明で用いるアカマンボウ類の魚卵は、天然又は養殖のアカマンボウ類を漁獲して卵巣を取り出すことによって得ることができる。アカマンボウ類の魚卵は、生のもの、塩蔵したもの、冷凍したもの、液状のもの、粉末のもののいずれでもよい。飼料を作製する際には、アカマンボウ類の魚卵をそのまま他の飼料成分と混合してもよいが、成分の均一性と保持して常に同じ性質の飼料を作製するためには、飼料作製前に魚卵を破砕してアカマンボウ類の魚卵内容物を取り出し、これを他の飼料成分と混合して飼料を作製することが好ましい。
本発明で用いるアカマンボウ類の魚卵内容物は、飼料成分として十分な成長性を与えるためには、アカマンボウ類の魚卵の栄養成分が劣化せずに飼料に混合されることが望ましい。アカマンボウ卵の栄養成分が劣化せずに飼料に混合されるためには、用いるアカマンボウ類の魚卵は生のもの又は塩蔵若しくは冷凍して1年以内に用いることが好ましい。
【0016】
本発明の飼料は、上記アカマンボウ類の魚卵内容物又はこれに適宜水を加えることにより作製することができる。また、本発明の飼料は、ウナギ仔魚用飼料として用いるものを添加するものであればどのようなものを添加して作製してもよいが、ウナギ仔魚の成長を阻害する成分を添加するのは好ましくない。ウナギ仔魚の成長を阻害する成分としては、フィチン酸、レクチン、ジノグネリンのような魚卵毒、などが知られている。
【0017】
本発明の飼料は、上記魚卵内容物を単独で用いても構わないし、ビタミン混合物、アスコルビン酸、オキアミ分解物などの既知の他の成分を混ぜて用いてもよい。
本発明の飼料は、飼育水槽中でウナギ仔魚が接餌しやすい形状にするためには、上記魚卵内容物及び既知の他の成分を、飼料重量の3〜50重量%、より好ましくは10〜40重量%、さらに好ましくは20〜30重量%の範囲になるように水と混ぜて使用することが好ましい。
【0018】
本発明の飼料を用いてウナギ仔魚を飼育する場合は、上記飼料を、ウナギ仔魚を飼育する水槽に直接入れ、沈降又は塗布した状態で食べさせるとよい。飼育水槽の水を循環させている場合には、餌を効率的に沈降及び塗布させるため、給餌を行う間は止水することが好ましい。飼料は不足しないよう、沈降した状態で常に残るように与え、一日一回から五回に分けて給餌することが好ましい。残餌による水質悪化を防ぐため、残餌は給餌後10分から60分の間で注水して洗浄することが好ましい。
【0019】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
<各魚種の卵巣卵を飼料源とした場合における、生残率と成長の比較>
各魚種の卵巣卵を飼料原料とし、各飼料によるウナギ仔魚の成長と生残の比較を行なった。非特許文献1に記載の方法により得られた7日齢の仔魚約300尾を10L容丸底水槽に収容し、試験魚とした。仔魚の飼育方法は非特許文献1に従い行った。水槽は5基設置し、8日齢より各水槽にそれぞれ該当する飼料を給餌した。給餌回数は1日3回、飼育水温は24℃とした。20日齢及び30日齢まで飼育した時点で生残数と、体長及び体高を計測し、成長と生残の評価を行った。本実施例においては、ウナギはニホンウナギ(Anguilla japonica)を、マグロはクロマグロ(Thunnus orientalis)を、シイラはシイラ(Coryphaena hippurus)を、アカマンボウはアカマンボウ(Lampris guttatus)を、マダラはマダラ(Gadus macrocephalus)を示す。
【0021】
各魚種の卵巣卵に等量程度の蒸留水を加水し、破砕後、目合400μmのメッシュで濾過し、さらに100μmのメッシュで濾過して卵膜等を除去した内容物を回収した。一連の作業は氷冷下で実施した。更にこの成分を冷凍後、凍結乾燥によって粉末化させて、飼料原料である各魚種の卵巣卵粉末とした。
【0022】
前記各魚種の卵巣卵粉末に表1に示す量の蒸留水を添加し、撹拌して得られた液状成分を飼料1〜5とした。表中の数値は g を示す。この飼料1〜5を与えて飼育した仔魚群をそれぞれ「飼料1区」〜「飼料5区」とした。
【0023】
【表1】

【0024】
これらの飼料性能を評価するにあたり、供試魚の成長・生残の指標としてサメ卵を主原料とする飼料を作製し、本飼料による飼育を比較対照とした。添加物として特許文献2に記載されているオキアミ分解物を使用した。本飼料を用いた場合にはシラスウナギまでの飼育が可能である。本飼料の組成を表2に示した。表中の数値は g を示す。この飼料を飼料6とした。飼料6で飼育した仔魚群を「飼料6区」とした。本実施例においては、サメはアブラツノザメ(Squalus acanthias)を示す。
【0025】
【表2】

【0026】
それぞれの飼料を孵化直後から与え、孵化から20日齢と30日齢での生残率と、生残した個体の全長及び体高の平均値と標準偏差(SD)を測定した。結果を表3及び表4に示す。飼料4では公知の飼料6に比べて生残率が高く、また飼料6とほぼ同等の成長が見られた(dunn、0.05<P)。
【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

【実施例2】
【0029】
<長期飼育時におけるアカマンボウ卵での成長と生育>
実施例1で用いた飼料4及び飼料6を用いて、孵化後51日齢までの成長と生残を比較した。体長、体高、生残率の計測は、孵化後、飼料を与え始める日を開始時とし、以後20日目、30日目、40日目、51日目に行った。体長を比較したグラフを図1に、体高を比較したグラフは図2に、生残率を比較したグラフを図3にしめす。
【0030】
図1及び図2に示す通り、飼育期間を通じて体長と体高はほぼ従来のサメ卵を含む飼料を与えたときとほぼ同じ成長を示した。
【0031】
図3に示す通り、飼育期間を通じて生残率は従来のサメ卵を含む飼料を与えたときよりも高い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、効率のよいウナギの養殖が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アカマンボウ類の魚卵内容物を含むウナギ仔魚飼料。
【請求項2】
アカマンボウ類の魚卵が卵黄形成期から排卵期のものであるである請求項1のウナギ仔魚飼料。
【請求項3】
請求項1又は2のウナギ仔魚飼料を用いたウナギ仔魚の飼育方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−239695(P2011−239695A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112489(P2010−112489)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】