説明

エッジ部を有するワークの浸炭方法

【課題】エッジ部を有する各種ワークをプラズマ浸炭方法で浸炭を行う際、エッジ部と平坦部との炭素濃度の差が小さく、冷却時にエッジ部に生じる網状の炭化物の生成を抑制し、さらに特許文献1に記載の方法における課題も同時に解決すること。
【解決手段】真空炉内に、エッジ部を有するワークを収容し、該真空炉内に浸炭性ガスを供給してグロー放電するプラズマ浸炭処理(浸炭処理工程)を施した後、引き続きアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理によりワーク表面層の炭素をワーク内部に拡散させる工程(拡散工程)を有することを特徴とする、エッジ部を有するワークの浸炭方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エッジ部を有するワーク(例えば、歯車など)の表面部に浸炭層を形成する浸炭方法、特に改良されたプラズマ浸炭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種鋼材(ワーク)のプラズマ浸炭は、真空炉内にワークを収容して850℃〜1100℃に加熱し、炉内に反応ガスとしてメタンなどの炭化水素ガスを導入し、グロー放電を生起させて陰極としたワークの表面を浸炭する方法であって、ガス浸炭による場合に比べて高い浸炭能率を得ることができ、一般的に高い炭素濃度でもワーク表面全域に均一な濃度分布を得ることができるという利点がある。プラズマ浸炭後は、取り込まれた炭素をワーク内部に拡散させ、所定厚の浸炭層を形成するため、必要に応じて引き続き拡散処理が施される。
【0003】
プラズマ浸炭によりワーク表面に取り込まれた炭素は、浸炭処理中および続く拡散処理中にワーク内部に次第に拡散し、所定厚の浸炭層を形成する。しかしながら、このようなプラズマ浸炭を歯車のようにエッジを有するワークに適用した場合、該ワークのエッジ部の浸炭層は、ワークの平坦部に比べて相対的に炭素濃度が高くなっている。これは、エッジ部と平坦部の形状の相違に基づくもので、エッジ部は平坦部に比べて表面積が大きい割りに内部の拡散可能な領域が少なく、取り込まれた炭素が内部に拡散しにくく、表面炭素濃度が下がりにくいためである。
【0004】
エッジ部と平坦部の表面炭素濃度の不均一は、プラズマ浸炭において顕著であり、ガス浸炭であまり問題にはならない。つまり、ガス浸炭であれば平衡状態下の浸炭であるため、ワーク表面の炭素濃度は雰囲気のカーボンポテンシャルに平衡する濃度以上には上昇せず、また、ワーク表面の炭素濃度が上昇すると浸炭速度が落ちるので、浸炭処理中にエッジ部と平坦部の表面炭素濃度は大きく違わないで推移する。しかし、プラズマ浸炭は、元々非平衡状態下の浸炭であり、浸炭処理中にエッジ部の表面炭素濃度が上昇しても炭素が取りこまれる速度は、平坦部と変わらないため、浸炭処理後の表面炭素濃度の相違は大きくなり易い。そして炭素濃度の不均一は、通常の拡散処理を施しても解消しない。
【0005】
従って拡散処理を終えた段階で、平坦部の浸炭層において共析点を越える炭素濃度の個所がなくなった場合でも、エッジ部の浸炭層においては炭素濃度が下がりにくいため、共析点を超える炭素濃度の部分が残る場合があり、その場合には冷却後のワークのエッジ部に粒界に沿って網状の炭化物が生成する。粒界に沿って生成した網状の炭化物は脆く割れの起点となり、一旦生成したものはその後の熱処理によっても容易には消滅しない。このような炭素濃度の不均一性を是正する方法としてプラズマ浸炭処理後、引き続き脱炭処理する方法が提案されている(特許文献1)。
【0006】
上記特許文献1に記載の方法による浸炭処理後の拡散処理(特許文献1では脱炭処理と記載されている)では、浸炭処理によって供給された炭素が試料内部に熱拡散すると同時に、その一部が炉雰囲気に放出される。これは、平坦部についても生じる現象であり、効率的に炭素供給を行えるプラズマ浸炭の特長を阻害している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平07−268601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って本発明の目的は、エッジ部を有する各種ワークをプラズマ浸炭方法で浸炭を行う際、エッジ部と平坦部との炭素濃度の差が小さく、冷却時にエッジ部に生じる網状の炭化物の生成を抑制し、さらに特許文献1に記載の方法における課題も同時に解決することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、真空炉内に、エッジ部を有するワークを収容し、該真空炉内に浸炭性ガスを供給してグロー放電するプラズマ浸炭処理(浸炭処理工程)を施した後、引き続きアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理によりワーク表面層の炭素をワーク内部に拡散させる工程(拡散工程)を有することを特徴とする、エッジ部を有するワークの浸炭方法を提供する。
【0010】
また、上記浸炭処理工程または拡散工程の後で、不活性ガス雰囲気中での拡散工程を施すことを付加することができる。
また、上記浸炭処理工程または拡散工程の後で、窒化性ガス雰囲気中での窒化工程を施すことを付加することができる。
【0011】
上記本発明の方法においては、前記浸炭処理工程と前記拡散工程とを2回または3回繰り返すことが好ましく、また、最後の拡散工程の後に、ワーク表面の炭化物を酸化除去する工程を付加することもできる。
【0012】
上記本発明の方法においては、前記浸炭方法の後に、成膜温度100〜300℃である硬質皮膜を被覆する工程を付加することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、エッジ部を有する各種ワークをプラズマ浸炭方法で浸炭を行う際、エッジ部と平坦部との炭素濃度の差が小さく、冷却時にエッジ部に生じる網状の炭化物の生成を抑制し、さらに特許文献1に記載の方法における課題も同時に解決することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例を説明する図
【図2】本発明の実施例を説明する図
【図3】実施例3の試験片の表面の電子顕微鏡写真(倍率2000倍)
【図4】本発明の実施例を説明する図
【図5】本発明の実施例を説明する図
【図6】本発明の実施例を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に発明を実施するための形態を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。
本発明の方法で、浸炭処理されるワークは、主に機械構造用鋼材である肌焼鋼であり、エッジ部を有するものである。エッジ部を有するワークとしては、例えば、パワートレイン部品のディファレンシャルギア、プラネタリーギア、ファイナルドライブ装置などが挙げられる。このようなワークは、従来のプラズマ浸炭処理において、そのエッジ部(コーナー部)の炭素濃度が他の部分(平坦部)よりも高濃度になり易い。
【0016】
本発明で使用するプラズマ浸炭装置は、従来公知であり、例えば、減圧下で加熱、プラズマ印加および浸炭ができ、かつ加圧ガス冷却が可能な設備であり、該設備は、真空チャンバーと冷却室を有している。真空チャンバーには、外周壁に加熱ヒーターが設置され、内部にはプラズマ電源に接続された電極がワーク(被浸炭処理物)のトレーを兼用して設置されている。装置下部は、排気管を経由して真空ポンプに接続され、減圧雰囲気を可能とする。そしてアルゴン、窒素、酸素、水素、炭化水素系ガスが上部のガス導入ノズルを介して真空チャンバーに供給できる装置となっている。冷却室には、最大1MPaのヘリウムガスを供給でき、冷却ファンと配管によってヘリウムガスが循環できる装置となっている。
【0017】
本発明の方法におけるプラズマ浸炭処理自体は、従来公知の方法でよく、前記ワークを上記装置の真空炉内に収容し、該真空炉内に浸炭性ガスを供給してグロー放電するプラズマ浸炭処理する。本発明の特徴は、上記プラズマ浸炭に引き続きアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理することが特徴である。さらに、浸炭処理後に窒化性ガスを供給してプラズマ浸炭窒化処理することもできる。
【0018】
図1に示す実施形態を参照して本発明の方法を説明する。前記ワークを上記装置の真空炉内に収容し、炉内を10-3〜103Pa程度の減圧にしつつ、約1〜2時間で850〜1030℃に昇温する。まず、最初にワークの表面をクリーニングするために、炉内に水素を0〜80容量%含むアルゴンガスを供給し、上記の温度で圧力50〜200Paで、電圧500〜700Vで、電流密度0.3〜1.2mA/cm2の条件で15〜60分間プラズマ処理を行う。
【0019】
上記クリーニング処理後にプラズマ浸炭を行う。浸炭条件は従来公知の条件でよく、例えば、炉内温度850〜1030℃でメタンガスなどの炭化水素系ガスを炉内に導入し、炭化水素系ガス分圧を150〜900Paとし、電圧280〜350Vで、電流密度0.1〜0.4mA/cm2の条件で5〜60分間プラズマ浸炭処理を行う。この浸炭処理においては、ワークのエッジ部の炭素濃度は、平坦部の炭素濃度よりも絶対値で0.1〜0.8%程度高濃度となる。
【0020】
上記浸炭処理完了後、炭化水素系ガスの供給を中断し、アルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスを炉内に供給し、前記クリーニング工程と同様な条件でワークの表面層の炭素をワーク内部に拡散させる。この拡散工程によって浸炭層の表面の炭素はワークの内部方向に拡散する。このとき、浸炭処理または拡散工程の後に、真空雰囲気またはアルゴンなどの不活性ガス雰囲気で表面の炭素をワーク内部に拡散させる工程を適宜施すこともできる。また、これらの拡散処理によってワークの表面へのさらなる浸炭(2次、3次浸炭)が可能になる。拡散処理が終了した後、冷却室内で装置の上部から冷却用のヘリウムガスを供給し、試料表面温度をA1変態点以下である700℃〜室温とする。以上の浸炭処理および拡散処理を1次工程とする(クリーニング工程を含まない)(図1参照)。
【0021】
本発明の特徴は、上記1次工程の拡散処理にあるが、本発明では、球状炭化物を析出させる高濃度浸炭を達成するために、図1に示すように1次工程に引き続き2次工程および3次工程を行うことが好ましい。2次工程は、浸炭および拡散の温度が1次工程に比べて約0〜100℃低い以外は1次工程と同じである。3次工程は最後に行う保持工程を除き2次工程と同様である。保持工程は、炉内へのアルゴンガスの供給を中止し、炉内を10-3〜103Pa程度に維持しつつ、約15〜30分で試料の適正な焼入れ温度である750〜930℃に維持し、その後に2次工程と同様に冷却してワークを取り出す。この保持工程によって焼入れが行われる。
【0022】
本発明の特徴は、上記1次工程の拡散処理にあるが、本発明では、図5に示すように浸炭の焼入れ性改善並びに焼戻し軟化抵抗の改善を達成するための工程を行うことができる。上記処理は、拡散処理におけるアルゴンなどに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスの供給を停止し、750〜930℃の温度で窒素などの窒化性ガスを供給し、上記の温度で圧力100〜400Paで、電圧250〜550Vで、電流密度0.2〜0.4mA/cm2の条件で10〜30分間プラズマ窒化処理を行うことで実施される(実施例6参照)。
なお、図1では、1次工程〜3次工程の全ての拡散工程においてアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理を行っているが、1次工程と2次工程の拡散工程をアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理で行い、3次工程の拡散処理は真空拡散処理としても本発明の効果が得られる(実施例2参照)。
【0023】
図2には、本発明の他の実施形態を示す。この実施形態は、図1に示す実施形態の3次工程における拡散処理工程と保持工程との間に酸化工程を設けた以外は図1の実施形態と同じである。図1に示す実施形態において得られた浸炭処理されたワークの表面には微細な炭化物の微粒子が無数に残っており、上記微粒子を除去することが要求される場合(慴動性など)がある。上記の酸化工程は、拡散処理におけるアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスの供給を停止し、750〜930℃の温度で、酸素、二酸化炭素などの酸化性ガスを供給し、上記の温度で圧力100〜400Paで、電圧250〜350Vで、電流密度0.2〜0.4mA/cm2の条件で10〜30分間プラズマ酸化処理を行うことで実施される。
【0024】
図6には、本発明の他の実施形態を示す。この実施形態は、図1に示す実施形態の3次工程における拡散処理工程と保持工程との間に窒化工程を設けた以外は図1の実施形態と同じである。図1に示す実施形態において得られた浸炭処理されたワークの焼入れ性改善並びに焼戻し軟化抵抗の改善を要求される場合がある。上記の窒化工程は、拡散処理におけるアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスの供給を停止し、750〜930℃の温度で窒素などの窒化性ガスを供給し、上記の温度で圧力100〜400Paで、電圧250〜550Vで、電流密度0.2〜0.4mA/cm2の条件で10〜30分間プラズマ窒化処理を行うことで実施される。
【0025】
上記した実施形態の焼入れ処理を施した後に、前記ワークを上記装置の真空炉内に収容し、炉内を10-3〜103Pa程度の減圧にしつつ、約1〜2時間で100〜300℃に昇温する。まず、最初にワークの表面をクリーニングするために、炉内に水素を0〜80容量%含むアルゴンガスを供給し、上記の温度で、圧力5〜50Paで、電圧400〜700Vの条件で15〜60分間プラズマ処理を行う。
上記クリーニング処理後にコーティングを行う。浸炭条件は従来公知の条件でよく、例えば、炉内温度100〜300℃でメタンガスなどの炭化水素系ガスを炉内に導入し、炭化水素系ガス分圧を5〜50Paとし、電圧400〜700Vの条件60〜240分間プラズマ浸炭処理を行う。
【実施例】
【0026】
次に実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
[供試材料]
下記表1に示す機械構造用鋼材である肌焼鋼を用い、機械加工にてφ25×10mmのコイン型試験片を作成した。

【0027】
[プラズマ浸炭装置]
上記試験片の浸炭拡散は、減圧下で加熱、プラズマ印加および浸炭ができ、かつ加圧ガス冷却が可能な設備を用い、本発明の浸炭処理を行った。
設備は、真空チャンバーと冷却室を有している。真空チャンバーには、外周壁に加熱ヒーターが設置され、内部にはプラズマ電源に接続された電極が試験片トレーを兼用して設置されている。下部は排気管を経由して真空ポンプに接続され減圧雰囲気を可能とする。アルゴン、窒素、酸素、水素、炭化水素系ガスが上部のガス導入ノズルを介して真空チャンバーに供給できる装置となっている。冷却室は、最大1MPaのヘリウムガスを供給でき、冷却ファンと配管とによってヘリウムガスが循環できる装置となっている。
【0028】
[評価方法]
実施例および比較例で得られた浸炭試験片につき、表面炭素濃度、組織観察、断面硬度および摩擦摩耗特性を調べて評価した。評価方法は以下の通りである。
[表面炭素濃度]
浸炭処理後に、表面から5μm位置をグロー放電発光分光分析にて測定した。
【0029】
[組織観察]
浸炭・拡散・焼入れ・焼戻しを行ったコイン型試験片を切断・研磨後、3%ナイタールで腐食後、最表面から50μmまでを光学顕微鏡写真撮影(観察倍率1,000倍)を行い、画像解析して面積率および粒径の測定を行った。
網目状炭化物は、上記と同様の条件で網目状炭化物の有無を観察した。ここで網目状炭化物は粗大な炭化物が結晶粒界に沿って網目状をなすように析出したものである。
【0030】
[断面硬度]
JIS Z 2244に準拠し、表面から内部に向かって測定を行った。
[摩擦摩耗特性]
ボールオンディスク摩擦摩耗試験機を用いて、摺動相手材はφ6mmのSUJ2であり、無潤滑条件下、負荷荷重2N、周速300rpm、摺動半径10mmの条件で試験した。
【0031】
[実施例1]
治具に試験片を平置きし、前記装置の処理室に搬入した。加熱パターンを図1に示す。1次工程として、1×10-3Paの減圧雰囲気で処理室内雰囲気温度を980℃まで90分かけて加熱した。20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによるクリーニング処理を30分行った。
【0032】
クリーニング処理終了後、続いて100%CH4ガス10L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.4mA/cm2・330Vのグロー放電プラズマによる浸炭処理を20分行った。続いて、真空排気を行い、真空雰囲気にて5分保持し、続いて、20%Ar/80%H2の混合ガス計1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによる拡散処理を40分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。
【0033】
続いて2次工程として、1×10-3Paの減圧雰囲気で処理室内雰囲気温度を900℃まで90分かけて再加熱を行い、100%CH4ガス10L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.4mA/cm2・330Vのグロー放電プラズマによる浸炭処理を20分行った。続いて、真空排気を行い、真空雰囲気にて5分保持し、続いて、20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによる拡散処理を40分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。
【0034】
さらに3次工程として、1×10-3Paの減圧雰囲気で処理室内雰囲気温度を900℃まで90分かけて再加熱を行い、100%CH4ガス10L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.4mA/cm2・330Vのグロー放電プラズマによる浸炭処理を20分行った。続いて、真空排気を行い、真空雰囲気にて5分保持し、続いて、20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによる拡散処理を40分行った。真空排気をして、焼入れ温度870℃まで降温して30分保持した後、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。
【0035】
この試験片の組織観察を行った結果、試験片端部(エッジ部)に析出する炭化物の形状は球状となり、浸炭の懸案課題であった試験片端部の析出炭化物形状が改善された。すなわち、イオン化したアルゴンがスパッタリングを行い、試験片端部を中心に加熱されて炭素の拡散が促進された。さらに、加熱によって炭素の固溶限界が高まることで、網目状炭化物の析出を抑制していた。
【0036】
[比較例1]
1次工程から3次工程において、拡散処理を全て真空雰囲気で行い、それ以外は実施例1と同様の処理を行った。この試験片の組織観察を行った結果、平坦部においては球状炭化物の析出が全体を占めていたが、試験片端部においては炭素成分が固溶し切れず、粒界に沿って網目状炭化物が析出した。
【0037】
[実施例2]
3次工程のみにおいて、拡散処理を全て真空雰囲気で行い、それ以外は実施例1と同様の処理を行った。この試験片の組織観察を行った結果、試験片端部に析出する炭化物の形状は球状となり、さらに平面部においては球状炭化物が微細かつ多量に析出する組織が得られた。すなわち、1次工程と2次工程で炭素の拡散促進と炭素固溶限界の向上により、網目状炭化物の析出を抑制した。続いて、3次工程において真空雰囲気中で拡散させることによって、2次工程まで固溶していた炭素を粒内に炭化物として析出させたことで、試験片端部は球状炭化物が析出し、平面部は炭化物の核が多量にできた組織が得られた。
【0038】
[比較例2]
3次工程のみにおいて、拡散処理は20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマ雰囲気で行い、それ以外は比較例1と同様の処理を行った。
【0039】
この試験片の組織観察を行った結果、平坦部においては球状炭化物の析出が全体を占めていたが、試験片端部においては炭素成分が固溶し切れず、粒界に沿って網目状炭化物が析出した。1次工程または2次工程ですでに網目状炭化物が析出しており、3次工程のプラズマ雰囲気で網目状炭化物は再固溶しなかった。
【0040】
上記したこれら試験結果の、表面炭素濃度、端部の炭化物面積率、端部の炭化物平均粒径、端部の網目状炭化物の有無、表面から50μm位置の断面硬度をまとめたものを表2に示す。
【0041】

【0042】
[実施例3]
3次工程において、真空排気をして焼入れ温度870℃まで降温し、80%O2/20%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力100Paで導入し、0.3mA/cm2・260Vのグロー放電プラズマ雰囲気で10分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。それ以外は実施例1と同様の処理を行った。ヒートパターンを図2に示す。この試験片の表面を電子顕微鏡で観察した結果、浸炭によって析出する球状炭化物は消失していた。図3に倍率2000倍の電子顕微鏡観察写真を示す。
【0043】
[実施例4]
3次工程において、真空排気をして焼入れ温度870℃まで降温し、80%O2/20%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力100Paで導入し、0.3mA/cm2・260Vのグロー放電プラズマ雰囲気で30分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。それ以外は実施例1と同様の処理を行った。上記処理の後、プラズマCVD法によって硬質皮膜(DLC)を表面に形成した。成膜開始時の雰囲気温度は200℃であった。この試験片の摩擦摩耗特性をボールオンディスク摩擦摩耗試験機で評価したところ、摺動距離は300mであった。
【0044】
[実施例5]
治具に試験片を平置きし、処理室に搬入した。ヒートパターンを図4に示す。処理工程として、1×10-3Paの減圧雰囲気で処理室内雰囲気温度を980℃まで90分かけて加熱した。20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによるクリーニング処理を30分行った。クリーニング処理終了後、続いて100%CH4ガス10L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.4mA/cm2・330Vのグロー放電プラズマによる浸炭処理を20分行った。続いて、真空排気を行い、真空雰囲気にて5分保持し、続いて、20%Ar/80%H2の混合ガス計1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによる拡散処理を40分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。
【0045】
この試験片の組織観察を行った結果、試験片端部には網状の炭化物が析出せず、プラズマ浸炭の懸案課題であった試験片端部の炭化物析出が改善された。すなわち、イオン化したアルゴンがスパッタリングを行い、試験片端部を中心に加熱されて炭素の拡散が促進された。さらに、加熱によって炭素の固溶限界が高まることで、網目状炭化物の析出を抑制していた。
【0046】
[比較例3]
処理工程において、拡散処理を全て真空雰囲気で行い、それ以外は実施例5と同様の処理を行った。この試験片の組織観察を行った結果、平坦部においてはマルテンサイト組織と残留オーステナイト組織が全体を占めていたが、試験片端部においては炭素成分が固溶し切れず、粒界に沿って網目状炭化物が析出した。
【0047】
[実施例6]
治具に試験片を平置きし、処理室に搬入した。ヒートパターンを図5に示す。処理工程として、1×10-3Paの減圧雰囲気で処理室内雰囲気温度を980℃まで90分かけて加熱した。20%Ar/80%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによるクリーニング処理を30分行った。クリーニング処理終了後、続いて100%CH4ガス10L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.4mA/cm2・330Vのグロー放電プラズマによる浸炭処理を20分行った。
【0048】
続いて、真空排気を行い、真空雰囲気にて5分保持し、続いて、20%Ar/80%H2の混合ガス計1L/minを炉内圧力50Paで導入し、0.6mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマによる拡散処理を40分行った。続いて、焼入れ温度870℃まで降温し、33%N2/67%H2の混合ガス1L/minを炉内圧力300Paで導入し、0.3mA/cm2・500Vのグロー放電プラズマ雰囲気で30分行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。
この試験片の組織観察を行った結果、試験片端部には網状の炭化物が析出せず、プラズマ浸炭の懸案課題であった試験片端部の炭化物析出が改善された。すなわち、イオン化したアルゴンがスパッタリングを行い、試験片端部を中心に加熱されて炭素の拡散が促進された。
【0049】
[比較例4]
処理工程において、拡散処理を真空雰囲気で行い、それ以外は実施例6と同様の処理を行った。この試験片の組織観察を行った結果、平坦部においてはマルテンサイト組織と残留オーステナイト組織が全体を占めていたが、試験片端部においては炭素成分が固溶し切れず、粒界に沿って網目状炭化物が析出した。
【0050】
[参考例]
3次工程において、真空排気をして焼入れ温度870℃まで降温し、真空雰囲気で、30分保持を行い、冷却室に搬送して加圧Heガスによる冷却を行った。それ以外は実施例1と同様の処理を行った。上記処理の後、プラズマCVD法によって硬質皮膜(DLC)を表面に形成した。成膜開始時の雰囲気温度は200℃であった。この試験片の摩擦摩耗特性をボールオンディスク試験機で測定したところ、摺動距離は100mであった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、エッジ部を有する各種ワークをプラズマ浸炭方法で浸炭を行う際、エッジ部と平坦部との炭素濃度の差が小さく、冷却時にエッジ部に生じる網状の炭化物の生成を抑制し、さらに特許文献1に記載の方法における課題も同時に解決することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空炉内に、エッジ部を有するワークを収容し、該真空炉内に浸炭性ガスを供給してグロー放電するプラズマ浸炭処理(浸炭処理工程)を施した後、引き続きアルゴンに代表される不活性ガスを含む中性あるいは還元性のガスプラズマ処理によりワーク表面層の炭素をワーク内部に拡散させる工程(拡散工程)を有することを特徴とする、エッジ部を有するワークの浸炭方法。
【請求項2】
前記浸炭処理工程または拡散工程の後で、不活性ガス雰囲気中での拡散工程を施す請求項1に記載のワークの浸炭方法。
【請求項3】
前記浸炭処理工程または拡散工程の後で、窒化性ガス雰囲気中での窒化工程を施す請求項1に記載のワークの浸炭方法。
【請求項4】
前記浸炭処理工程と前記拡散工程とを2回または3回繰り返す請求項1に記載のワークの浸炭方法。
【請求項5】
最後の拡散工程の後に、ワーク表面の炭化物を酸化除去する工程を有する請求項4に記載のワークの浸炭方法。
【請求項6】
前記浸炭方法の後に、成膜温度100〜300℃である硬質皮膜を被覆する工程を有する請求項1〜5のいずれか1項に記載のワークの浸炭方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−117027(P2011−117027A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274213(P2009−274213)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(000111845)パーカー熱処理工業株式会社 (8)
【出願人】(591282205)島根県 (122)
【Fターム(参考)】