説明

エラスターゼ阻害タンパク質およびその遺伝子

【課題】アコヤ貝真珠層のエラスターゼ阻害タンパク質及びそのタンパク質をコードする遺伝子を提供する。
【解決手段】アコヤ貝貝殻真珠層から酸可溶性粗タンパク質を抽出し精製することにより、分子量16kDaのエラスターゼ阻害タンパク質が得られる。そのタンパク質のN末端付近のアミノ配列に対応するオリゴヌクレオチドをプローブとして用いて、アコヤ貝の外套膜組織から調製されるcDNAライブラリーより、エラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アコヤ貝(Pinctada fucata)の貝殻真珠層を構成しエラスターゼ阻害作用を有するタンパク質およびそれをコードする遺伝子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
長崎県の真珠生産量は全国でもトップレベルである。真珠養殖は母貝であるアコヤ貝が用いられており、その数は2,000万貝を超える。しかしながら、結果として養殖後に排出されるアコヤ貝貝殻は500トン以上となるが、ほとんど未利用資源として廃棄されており、有効活用が望まれている。
【0003】
貝殻真珠層の主成分は炭酸カルシウムが90%以上を占め、タンパク質が約2%含まれている。貝殻外側の稜柱層は方解石(カルサイト)、一方、内面の真珠層はアラレ石(アラゴナイト)という結晶構造をなしており後者は真珠と同様であるため真珠層を用いた研究が主に行われている。このアラゴナイト結晶構造の形成はタンパク質に影響されると考えられている。そのため貝殻真珠層からタンパク質を得る試みが行われており、方法としては粉砕した真珠層をEDTAあるいは酸による脱灰後、水に対する透析が報告されている(特開昭62−298507号公報、特開平5−43444号公報)。この時、タンパク質の大部分は不溶性として、一方、可溶性タンパク質は僅かに回収される。これまで真珠や貝殻真珠層のアラゴナイト結晶を作るために不溶性タンパク質が重要な役割を果たすと考えられてきた。そのため、真珠および真珠層の形成機構を解明するための研究がこの不溶性タンパク質で行われ、タンパク質の単離、遺伝子のクローニングが行われているが(特開2000−125879、特開2003−12696)、まだ遺伝情報が少ないなどの課題が残されている。
【0004】
一方、真珠および真珠層は古くから漢方薬や化粧品の原料として利用されてきたが、その生理作用について科学的には知られていない。当然のことながら、不溶性タンパク質についてもその報告はないが、可溶性タンパク質の中から唯一炭酸カルシウムの生成に働くナクレインと呼ばれる酵素が見出された(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 93, pp.9657-9660, 1996)。この酵素をはじめ生理機能を示すものは、他にも可溶性タンパク質に存在する可能性が考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭62−298507号公報
【特許文献2】特開平5−43444号公報
【特許文献3】特開2000−125879
【特許文献4】特開2003−12696
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 93, pp.9657 -9660, 1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
未利用資源であるアコヤ貝貝殻の真珠層タンパク質の機能と役割を明らかにするため、本発明者は、その前段階として真珠層から酸可溶性粗タンパク質を調製しその活性をスクリーニングすることにより、初めてエラスターゼ阻害活性が存在することを見出した。
【0008】
ところで、本発明者がアコヤ貝貝殻から初めて見出したエラスターゼ阻害剤はエラスチンの分解を抑制する作用を有し、炎症性疾患の治療薬として使用されている。このような特性を有するエラスターゼ阻害剤は一般的に合成されており、合成品ではなく天然由来で入手しやすく安全性の高いものが望まれていた。
【0009】
さらに、本発明で初めて見出したエラスターゼ阻害タンパク質が真珠層に含有されていることから、それをコードする遺伝子は真珠層形成の解明に必要と考えられる。
【0010】
そこで本発明は、アコヤ貝真珠層に存在するエラスターゼ阻害タンパク質及びそのタンパク質をコードする遺伝子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1の発明は、配列表の配列番号1〜4の何れかに示すアミノ酸配列を有するアコヤ貝貝殻由来のエラスターゼ阻害タンパク質に関する。
【0012】
更に請求項2の発明は、配列表の配列番号1〜3の何れかに示すアミノ酸配列において、1若しくは4個以下のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有するアコヤ貝貝殻由来のエラスターゼ阻害タンパク質に関する。
【0013】
更に請求項3の発明は、請求項1又は請求項2において、アコヤ貝の貝殻真珠層から得ることができ、SDS-PAGEで測定したときの分子量が16kDaであるエラスターゼ阻害タンパク質に関する。
【0014】
更に請求項4の発明は、請求項1に記載のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子に関する。
【0015】
更に請求項5の発明は、請求項2に記載のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子に関する。
【0016】
更に請求項6の発明は、請求項5の発明において、配列表の配列番号1〜3の何れかに示すCDSにおいて1若しくは12個以下の塩基が置換された塩基配列を有する遺伝子に関する。
【0017】
更に請求項7の発明は、請求項4又は請求項5に記載の発明において、アコヤ貝外套膜組織で発現する遺伝子に関する。
【発明の効果】
【0018】
エラスターゼに対する阻害作用を示すことで種々の疾患に対する予防剤、治療剤、抗皮膚老化剤としても有望であることは知られているが、このように効能のある天然タンパク質を未利用資源であるアコヤ貝貝殻真珠層から初めて、且つ、容易に精製することを可能にした。
【0019】
さらに、真珠層を構成するタンパク質をコードする遺伝子の単離は、その遺伝子の発現を調べることにより真珠層形成機構の解明に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明で得られるエラスターゼ阻害タンパク質(Elastase inhibitory protein)Eip-1及びEip-2のSDS-PAGEの写真である。
【図2】図2は、精製したEip-1及びEip-2のエラスターゼ阻害活性を示す図である。黒丸がEip-1、黒四角がEip-2を指す。
【図3】図3は、真珠層微粉末のエラスターゼ阻害活性を示す図である。
【図4】図4は、本発明で得られる4種類のタンパク質(Eip-1、 Eip-1A、Eip-1BおよびEip-2)のアミノ酸配列のアライメントを示す図である。それぞれ配列表の配列番号1〜4のアミノ酸配列を指す。
【図5】図5は、Eip-1遺伝子の RT-PCR産物をアガロースゲル電気泳動した写真である。
【図6】図6は、Eip-1A遺伝子の RT-PCR産物をアガロースゲル電気泳動した写真である。
【図7】図7は、Eip-2遺伝子のRT-PCR産物をアガロースゲル電気泳動した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.本発明のエラスターゼ阻害タンパク質の抽出及び精製
本発明のエラスターゼ阻害タンパク質は、以下に示すような方法により貝殻真珠層から抽出及び精製できる。アコヤ貝貝殻から真珠層のみを分離し、粉砕する。その粉末からタンパク質を酸で抽出するが、脱灰に用いる酸は特に限定されるものではない。また、EDTAなどのキレート剤を用いても良いが、後に酵素反応などを行う場合には該試薬は除去するほうが好ましい。この操作は、タンパク質の安定性を考え、低温で短時間に行うことが望ましい。脱塩のための透析は希酸に対し4℃で行うが、これは酸によるタンパク質の分解、また、温度によるタンパク質の変性を抑えるためである。外液は酸以外に水でも可能であるが可溶性タンパク質の収量を増やすには希酸で行う方が良い。さらに、酵素反応などを行う場合には、pHに影響を与えない程度の希酸が望ましい。透析中に酸可溶性及び酸不溶性粗タンパク質に分かれるので遠心操作で酸可溶性粗タンパク質を得ることができる。
【0022】
酸可溶性粗タンパク質画分は希釈されているので、限外ろ過で濃縮して精製を行う。サンプルが酸性溶液に溶けていることから逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が好ましいが、使用するカラムの選択はこれに限定しているものではない。また、使用する溶媒は、水系あるいは有機溶媒系などあるが、凍結乾燥が可能で、酵素反応に支障なないものが望ましい。溶出液を分画しながら、そのエラスターゼ阻害活性を測定して精製することができる。なお、精製過程のタンパク質は、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で調べることによりバンドとして確認することができる。
【0023】
2.本発明のタンパク質のエラスターゼ阻害活性の測定
本発明のタンパク質のエラスターゼ阻害活性の測定は、以下のようにして行うことができる。エラスターゼ酵素と、蛍光又は発色基質を含む反応液に、コントロール又はテスト検体を添加して反応させ、反応後に遊離する蛍光又は発色物を定量することによりエラスターゼ阻害活性を調べることができる。詳しくは実施例2に記載しているが、この方法で真珠層酸可溶性粗タンパク質を調べたところ、エラスターゼ阻害活性を見出した。
【0024】
3.本発明のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子のクローニングは以下に述べる方法によって行うことができる。
(1)DNAプローブの合成
以下に記載するcDNAライブラリーから、本発明のタンパク質をコードする遺伝子をスクリーニングするためのDNAプローブを作製する。本発明のタンパク質のN末端付近のアミノ酸配列に基づいてプローブは作製することができる。すなわち、アミノ酸のコドンに対応したDNA配列を用いる。例えば、Met(ATG)やTrp (TGG)のようにコドンの数が少ないものが望ましいが、混合塩基やイノシンを含むプローブでも可能である。プローブは、ジゴキシゲニン(DIG)、32P-ATPなど、酵素を用いてラベルし検出が出来るようにする。
(2)cDNAライブラリーの作製
アコヤ貝外套膜から、真珠層を作るピース部組織(Mantle piece)を採取する。チオシアン酸グアニジン液存在下でホモジナイズし全RNAを単離し、オリゴdTセルロースカラムを通しポリ(A) mRNAを調製する。これを用いて2本鎖のcDNAを合成し、その両末端に制限酵素認識部位を有するアダプターを付与する。そのcDNAをファージベクターに連結し、in vitro でパッケージングしてcDNAライブラリーを作製する。
(3)プラークハイブリダイゼーション
cDNAを持つファージを大腸菌に感染させ、プレートに播きプラークを形成させる。ナイロン膜にプラークを移し、ファージDNAを1本鎖に変性させて膜に固定する。これに、ラベルしたプローブを加えハイブリダイゼーションを行い陽性プラークの検出を行う。さらに、プラークを希釈してハイブリダイゼーションを繰り返し行い、単一の陽性プラークを得る。
(4)シーケンシング
ファージから直接シークエンシングすることは難しいため、得られた陽性プラークからファージDNAを調製し、制限酵素によりcDNAを切り出し、プラスミドベクター(例えばpUC19 等)にサブクローンする。大腸菌からプラスミドを調製し、ダイデオキシターミネーター法などで反応を行い、DNAシーケンサーで解析する。
【0025】
4.本発明のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子のアコヤ貝組織での発現
本発明のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子の発現は以下のRT-PCR(Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction)法で調べることができる。アコヤ貝の組織を採取し、変成剤の存在下でホモジナイズして全 RNA を調製する。そのRNAにForward及びReverse プライマー、逆転写酵素、Taq DNA ポリメラーゼ及びdNTP等を加えた反応液をサーマルサイクラーにセットする。まず、逆転写酵素によりmRNAから一本鎖DNAを合成させ、次にTaq DNA ポリメラーゼによるDNA増幅(PCR)を行い、反応物をアガロースゲル電気泳動に供する。増幅されたDNAはmRNAの量に比例するため、DNAのバンドの濃淡で遺伝子発現のレベルを調べることができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
実施例1
1.本発明のエラスターゼ阻害タンパク質の抽出及び精製
(1)真珠層から酸可溶性粗タンパク質の抽出
アコヤ貝貝殻の外側の稜柱層部分を研磨することにより除去し、光沢のある真珠層を分離した。この真珠層を平均10μm程度まで粉砕し、その粉末からタンパク質の抽出を透析膜中で行った。使用した膜はスペクトラムラボラトリー製、Cut off 3,500で、真珠層粉末約12.5gずつを4つ(合計50g)透析膜に入れ、3N塩酸5mlを少しずつ加えた。この際、炭酸ガスが出てくるので間をとりながら、氷の中で冷やして粉末が溶解するまで手早く続けた。次に、0.01N塩酸に対し4℃で透析を行った。透析外液は真珠層粉末50gに対し、10リッターの0.01N塩酸を1日当たり2回交換した。4℃で4日間透析を行うと、大部分が沈殿となり透析膜の下に生じてくるので、8,000rpm、4℃、20分遠心し上清を得た。これを酸可溶性粗タンパク質と呼ぶが、複数のタンパク質の混合物である。なお、水に対して透析した場合と比較して回収量が4倍多いことがわかった。また透析中、この酸可溶性粗タンパク質液は貝殻粉末50g当たり600ml以上と容量が増えるため、限外ろ過(アミコン社製)で10mg/ml程度に濃縮した。この時、低分子タンパク質をロスしないように膜はミリポア社のCut off 3,500を使用した。得られた濃縮タンパク質のエラスターゼ阻害活性を調べた結果、その阻害活性があることが判明した。
【0027】
(2)真珠層のエラスターゼ阻害タンパク質の精製
そこで、濃縮したタンパク質混合物から精製を行った。その酸可溶性粗タンパク質液を試料として逆相C18カラム(X Bridge, Waters製)を用いたHPLCに供し、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)を含むアセトニトリルのリニアーグラジエントで11フラクションに溶出した。それらを凍結乾燥し、1mg/ml濃度になるよう0.025%TFAを含む10%アセトニトリルに再溶解して各フラクションのエラスターゼ阻害活性を反応液当たり5μgで調べた。高いエラスターゼ阻害活性を示すタンパク質の精製を試みた結果、最終的に2種類のタンパク質(以下、エラスターゼ阻害タンパク質Elastase inhibitory protein を Eipと略し、各々のタンパク質をEip-1及びEip-2と呼ぶ)のピークが隣り合って得られ、これらのピークを再度HPLCに供し単一ピークに分離した。この精製した2つのタンパク質(Eip-1及びEip-2)は水に可溶であり、さらにSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で調べた結果を図1のレーン2及び3に示すが、各々分子量16kDaの位置に単一バンドとして検出できた(レーン1と4はサイズマーカーを示す)。
【0028】
実施例2
2.エラスターゼ阻害活性の測定
(1)本発明のタンパク質のエラスターゼ阻害活性の測定
ナカライテスク社のブタ膵臓由来エラスターゼを50mM HEPES-buffer、 pH7.5 で19units/mlに溶解して用いた。反応は、コントロール(Cと略す)又はテスト検体(Tと略す)を含む200μlスケールで以下のように行った。80μlの50mM HEPES-buffer、 pH7.5と酵素液20μlを混合し、Cに80μlの超純水、Tに80μlの超純水に溶解したEip-1又はEip-2を加え37℃で5分間プレインキュベートした。その後、50μMのSuc-Ala-Ala-Ala-MCA基質溶液20μlを加え37℃で10分間反応した。これにメタノール:ブタノール:超純水=7:6:7混合液を300μl加え、反応を停止した。また、ブランク(B)は80μlのHEPES-buffer、酵素液20μl、80μlの超純水を混合し37℃で10分間インキュベートし、反応停止液を300μl加え、反応を停止した後、基質溶液20μlを加えた。その後、反応液を全て14,000rpm、2分間遠心して上清を回収し遊離した蛍光物質アミノメチルクマリン(AMC)をマイクロプレートリーダー(励起波長380nm、蛍光波長470nm)で測定した。エラスターゼ阻害活性は以下のように相対活性として算出した。コントロール(C)とテスト(T)の値からブランク(B)値を差し引いたコントロール(C1)とテスト(T1)値を得る。
エラスターゼ阻害活性(%)={(C1−T1) / C1}× 100となる。
【0029】
その結果を図2に示しているが、Eip-1及びEip-2は共に濃度依存的にエラスターゼ阻害作用を有し、50%阻害率がEip-1では1.6μg、一方のEip-2では2μgであり僅かにEip-1の活性が高いことが分かった。
【0030】
(2)本発明のタンパク質の真珠層での役割
真珠層でのエラスターゼ阻害タンパク質の役割及び存在意義は不明である。そのため、そのタンパク質を含有する真珠層自身にエラスターゼ阻害活性があるかを調べた。粉末の表面積を増やすために真珠層をナノジェットマイザー(アイシンナノテクノロジーズ社、NJ50)により平均1μmの微粉末とし、超純水で20%に懸濁したものをテスト検体としてエラスターゼ阻害活性を調べた。その検体の分注はボルテックスしながら必要量をピペットマンで吸引して反応液に移して行い、それ以外の方法は前述の実施例2の(1)の要領で行った。
【0031】
その結果を図3に示すが、真珠層微粉末だけでも濃度依存的にエラスターゼ阻害活性があることが分かった。一方、貝殻の主成分である炭酸カルシウム単独の懸濁液で調べた場合には、阻害活性は認められなかった。さらに、粒子サイズが平均10μmと大きめの真珠層粉末を用いた場合でもエラスターゼ阻害活性が認められることから、真珠層自身にも活性が存在すると推定された。これらの結果から、貝殻真珠層に含まれるNei-1及びNei-2は、例えば外敵となる生物等の分泌するエラスターゼに対して、その活性を阻害し真珠層タンパク質を保護することで貝殻ならびに個体自身を守るという役割を担っている可能性が考えられる。
【0032】
実施例3
3.本発明のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子のクローニング
(1)精製タンパク質のN末端アミノ酸配列の解析
真珠層酸可溶性粗タンパク質から精製したEip-1及びEip-2中のアミノ酸配列を調べた。なお、システインは通常検出できないため、各タンパク質をピリジルエチル化した。方法は、各々300pmolを100μlの6M塩酸グアニジン、4mM EDTA、500mM Tris塩酸緩衝液(pH8.5)に溶解し、10%メルカプトエタノールを2.5μl加え窒素ガス置換を行い室温で2時間反応した。その後、4−ビニルピリジンを2μl加え、再び窒素ガス置換を行い室温で2時間反応させピリジルエチル化を行った。脱塩と試薬の除去は脱塩カラム(HiTrap Desalting、ファルマシア社)を用いて、溶離液として0.2Mアンモニア水を用いて脱塩し、凍結乾燥した。20%アセトニトリル、0.05%TFA溶液に再溶解し、各々のタンパク質についてN末端からのアミノ酸配列をアプライドバイオシステムズ社のプロテインシケンサーで調べた。その結果、Eip-1はN末端より29残基(配列表の配列番号9)、一方のEip-2はN末端より30残基(配列表の配列番号10)まで決定した。なお、配列番号9のEip-1のアミノ酸配列番号14のメインはValであるがIleも僅かに検出された。
Eip-1のN末端アミノ酸(配列番号9); IKHYDCSKPYCPAVYAPVCGLDGKTYGND
Eip-2のN末端アミノ酸(配列番号10); SNPHGCV---CPAIYDPVCGLDGKTYPNKCVLD
【0033】
配列番号9のEip-1のアミノ酸配列番号11〜26と配列番号10のEip-2のアミノ酸配列番号8〜23(途中Eip-2の7番目の後に3アミノ酸のギャップを入れる)の配列は2残基を除いて(Eip-1の14及び16番目)同一配列であることが判明した。
【0034】
(2)DNAプローブの合成及びラベル化
この配列(Eip-1のアミノ酸配列番号15〜26)を基に両方のプローブとして利用できる配列表の配列番号11のDNA(35mer)を合成した。その際、コドンの揺らぎを考慮して反応性を高めるために混合塩基あるいはイノシンを使用した。
プローブ(配列番号11); 5’-TAIGTYTTICCRTCIARICCRCAIACIGGIKCRTA-3’
【0035】
配列番号11のプローブのラベルは、ベーリンガー・マンハイム社のジゴキシゲニン(DIG)オリゴヌクレオチド3’末端標識キットを用いた。200pmolのプローブと1mMのDIG標識ダイデオキシウリジン三リン酸をターミナルトランスフェラーゼで37℃、20分間反応した。反応停止後、エタノール沈殿を行い0.1倍TE(10mMトリス塩酸塩、1mM EDTA、pH8.0)に溶解した。
【0036】
(3)cDNAライブラリーの作製
20個体のアコヤ貝外套膜のピース組織(Mantle piece)を採取後、ファルマシア社のRNA Extraction kitのチオシアン酸グアニジン液でホモジナイズし、サンプルをセシウムトリフロロアセテート溶液に重層してスイング型ローターを用いた超遠心分離機で27,000rpm、15℃、16時間遠心した。遠心チューブの底に付着した全RNA750μgを回収し、プロメガ社のPolyATract mRNA isolation systemを用いてpoly (A) mRNAを10μg調製した。2μgのmRNAを用いて以下の方法でcDNAを合成した(Universal Riboclone cDNAsynthesis system、プロメガ社)。オリゴ(dT)プライマーと逆転写酵素を用いて1本鎖DNA合成を行い、RNaseHによるRNA鎖の消化とDNAポリメラーゼによる2本鎖DNAの合成を行った。次に、T4DNAポリメラーゼを用いて平滑末端とし、Sephacryl S-400を用いたスピンカラムでcDNAを溶出した。T4DNAライゲースによりEcoRI- NotIアダプター(ファルマシア社)を両末端に付与した後、T4キナーゼでアダプターをリン酸化して再度Sephacryl S-400を用いたスピンカラムでcDNAを溶出した。このcDNAに1μgのλgt10ファージDNAのEcoRI部位に連結してcDNAライブラリーを作製し、in vitro のパーケージング(Packagene Lamda DNA Packaging System、プロメガ社)を行った。パーケージング液の一部を希釈して、その30μlを大腸菌C600hflと混合して、37℃で30分感染させた。3mlのソフトアガロース(あらかじめ50℃に温めておいた0.7%アガロース)を加えLBプレート上に播き、37℃で8時間培養して直径1mm程度のプラークをカウントした結果、2.1X10のライブラリーが作製できた。
【0037】
(4)遺伝子のクローニング
大腸菌C600hflにパーケージングしたファージを感染させた後、シャーレに播いてプラーク(120,000プラーク/16枚シャーレ)を形成させた。プラークにアマシャム社のHybond N+ ナイロン膜を置くことによりファージを付着させ、ろ紙に湿らしたアルカリ溶液(0.5M NaOH/1.5M NaCl)上で1分、中和液(0.5M Tris-HCl/1.5M NaCl)上で5分、次に2X SSCで2分間膜を洗浄した後、80℃、2時間ベーキングしDNAをナイロン膜へ固定した。プレハイブリダイゼーションは、5X SSC、1%ブロッキング溶液、0.1% SLS、0.02% SDS、100μg/ml変性サケDNA溶液中で48℃、2時間行った。ハイブリダイゼーションは配列番号11のDIGラベルのプローブ15pmol/ml、48℃、14時間行い、同社のDIG標識核酸キットを用いてPositive plaqueの検出を行った。方法は、ナイロン膜を2X SSC、0.1% SDS溶液で3回洗浄し、次に0.1X SSC、0.1% SDS溶液で3回洗浄した。膜をマレイン酸緩衝液−0.3% Tween20に2分浸けて、マレイン酸緩衝液−1%ブロッキング液中で28℃、2時間処理した。次に抗体による検出を行うため、ナイロン膜と5,000倍に希釈した抗DIG抗体−アルカリ性ホスファターゼ(ALP)複合体を28℃、30分反応させ、マレイン酸緩衝液で2回洗浄、さらに発色液で1回洗浄した。ALPの発色基質NBT/BCIPを加え、室温で1時間発色させた。純水、EDTAを加え反応を止め発色プラークを調べた結果、8個発色していることが判った。ナイロン膜をサランラップで覆い、それをOHPでコピーし8個の陽性プラークと合わせ、各々パスツールピペットの大きい穴で突き刺して500μlのSM溶液に懸濁し一次スクリーニングの保存液とした。二次スクリーニングは、この8個の保存液をプレート当たり100程度のプラークを形成するよう希釈して一次スクリーニングで行った要領で行った。二次スクリーニングで6個のシングルプラークを分離した。λgt10から挿入DNAを制限酵素EcoRI切り出しpUC19のEcoRIサイトへ挿入し大腸菌JM109を形質転換した。その大腸菌よりプラスミドDNAを調製し、BigDye Terminator Cycleシーケンスキットを用いて反応を行い、cDNAをシーケンスした(アプライドバイオシステムズ社、Genetic analyzer310)。その結果、Eip-1及びEip-2の部分配列をコードするクローンが各々1つ得られたが完全長のものはなかった。
【0038】
そこで、今回判明した部分配列を基にEip-1をコードするAプローブの35mer(配列表の配列番号12)とEip-2をコードするBプローブの41mer(配列表の配列番号13)を合成し、DIGでラベルした。再度64,000プラークを播き2枚ずつナイロン膜にファージを付着させた後DNAを固定し、AおよびBプローブを用いて濃度10pmol/ml、45℃で別々にハイブリダイゼーションを行った。以降の操作は前述の要領で行った。
Aプローブ(配列番号12);5’-GGAATATCGTCTTTTAGTTATCATTGCTGCCTCTG-3’
Bプローブ(配列番号13);5’-GGATATGTCGAAGCAAGCAATCCTCACGGCTGCGTTTGCCC-3’
【0039】
一次及び二次スクリーニング後、最終的には、Aプローブから3クローン、一方のBプローブから2クローンが得られた。それらをpUC19にサブクローニングしシーケンスを全て調べ、その塩基配列を基に遺伝情報処理ソフトウェア(GENETYX)によって解析した。その結果、Aプローブからの3クローンは、各々167アミノ酸から成る3種のタンパク質(Eip-1、 Eip-1A、及びEip-1Bと呼ぶ)をコードする遺伝子が存在することが明らかとなった(以下、各々Eip-1遺伝子、Eip-1A遺伝子、及びEip-1B遺伝子と呼ぶ)。それぞれの遺伝子は各々配列表の配列番号1〜3に、またタンパク質のアミノ酸配列は、各々配列表の配列番号5〜7に示す。
【0040】
一方、Bプローブから得られた2クローンはどちらも同一で、164アミノ酸から成るEip-2(配列表の配列番号8)をコードする配列表の配列番号4のEip-2遺伝子であることが判明した。
【0041】
配列表の配列番号1のEip-1のCDS(Coding Sequence)を基に他の2種類(配列表の配列番号2、3のEip-1A及びEip-1B)のCDS配列と比較した。まず、Eip-1A遺伝子では、配列番号1のEip-1遺伝子の塩基配列番号74番のgがt、88番のgがc、104番のcがt、119番のcがt、129番のgがa、164番のtがa、224番のcがt、232番のgがa、281番のtがc、461番のtがc、488番のgがaと11塩基異なっていた。これらの塩基の置換によりアミノ酸レベルでは3残基(配列番号1のアミノ酸配列番号21のGlyがAla、35番のValがIle、69番のSerがAsn)異なっていた。次に、Eip-1B遺伝子との比較では、配列番号1のEip-1遺伝子の塩基配列番号264番のcがtに1塩基だけ異なっていた。その塩基の置換によりアミノ酸レベルでは1残基(配列番号1のアミノ酸配列番号80番のProがSer)異なった。また、Eip-1AとEip-1Bの比較では、前述のものを合計した12塩基の置換に伴い4アミノ酸異なることが明らかとなった。
【0042】
(5)本発明の遺伝子から予想されるタンパク質の性質
Eip-1、 Eip-1AおよびEip-1Bの3つのタンパク質のホモロジーを比較したところ98%以上と非常に高いことがわかった。同様に、Eip-1およびEip-2の比較では、Eip-2の配列番号4のアミノ酸番号29〜31に3つのギャップを入れた場合、77%のホモロジーがあることが判明した。これら4つのタンパク質のアミノ酸配列のアライメントは図4に示す。
【0043】
さらに、表1のように4つのタンパク質の物理化学的性質も明らかになった。これらのタンパク質は21アミノ酸のシグナルペプチドを有する分泌性のタンパク質であり、成熟タンパク質の等電点はEip-1、 Eip-1AおよびEip-1Bの3つが共に7.70、一方のEip-2は7.82と少し異なることがわかった。また成熟タンパク質の分子量はいずれも約16kDaで、実験例1のSDS-PAGEで調べた結果と一致することも判明した。
【表1】

【0044】
実施例4
本発明のEip-1遺伝子、Eip-1A遺伝子及びEip-2遺伝子のアコヤ貝組織での発現
(1)アコヤ貝組織から全RNA の調製
同一個体のアコヤ貝を用いて、外套膜は真珠層を作るピース部組織(Mantle piece)と稜柱層を作る膜縁部組織(Mantle edge)に分けて、それ以外の組織としてエラ、心臓および肝臓組織を採取しプロメガ社のSV Total RNA Isolation System を用いて全RNAを調製した。方法は、各組織約60mgに対し350μlのLysis Buffer を加えホモジナイズし、その175μlを別のチューブに移した後、350μlのLysis Buffer を加えて混ぜた。70℃で3分間加熱し、14,000rpmで10分遠心した上清を回収した。遠心は3回行いその上清に200μlの95%エタノールを加えピペッテングしてよく混ぜた。それをキットのスピンバスケット−アッセンブリに入れ14,000rpmで1分遠心し、さらに600μlの洗浄液を加え遠心した。スピンバスケットの膜上で、DNAse 処理を室温で15分行い、200μlの反応停止液を加え遠心後、洗浄操作を2回行い、最終的に100μlのキット中の純水でRNAを溶出した。
【0045】
(2)RT-PCRによる遺伝子発現の確認
キアゲン社のOne Step RT-PCR キットを用いて、各プライマー濃度0.3μM(配列表の配列番号14〜18)、50ng RNA濃度で25μlの反応液とした。サーマルサイクラー(アプライドバイオシステムズ社、モデル9700)の条件は、逆転写酵素反応50℃、30分、PCR activation スッテプ95℃、15分反応し、次に、変性(94℃、30秒)、アニーリング(58℃、45秒)、伸長(72℃、1分)の3反応を35サイクル行い、最後に72℃、10分の伸長反応後、4℃で保存するプログラムで行った。
【0046】
使用したプライマーは以下の通りで、配列表の配列番号1のEip-1遺伝子の発現は配列番号14と15プライマーを用いると、502bpの増幅DNAが期待できる。
Eip-1 Forward Primer(配列番号14);5’-TATAGAGGGAATCAAACATTACGAC-3’
Eip-1 Reverse Primer(配列番号15);5’-AGCATTCTACTTTGATGCCGAGAAG-3’
【0047】
配列表の配列番号2のEip-1A遺伝子の発現は配列番号15と16プライマーを用いると、478bpの増幅DNAが期待できる。なお、Eip-1とEip-1AのReverse Primer は同じ配列であり、Eip-1A遺伝子では配列番号2の塩基配列番号の546〜570のAntisenseに相当する。
Eip-1A Forward Primer(配列番号16);5’-TTGTAGTAAACCATATTGTCCTGCTA-3’
Eip-1 Reverse Primer(配列番号15);5’-AGCATTCTACTTTGATGCCGAGAAG-3’
【0048】
配列表の配列番号4のEip-2遺伝子の発現は配列番号17と18プライマーを用いると、475bpの増幅DNAのが期待できる。
Eip-2 Forward Primer(配列番号17); 5’-GTCGAAGCAAGCAATCCTCACGGCT-3’
Eip-2 Reverse Primer(配列番号18);5’-CTGAGAAGCACATATTCTGATAGTC-3’
【0049】
反応終了後、左レーン(M)に574bpと241bpのサイズマーカー、レーン1にピース組織、レーン2に膜縁部組織、レーン3にエラ、レーン4に心臓、レーン5に肝臓由来の反応物8μlを2%アガロースに供し電気泳動を行った。
【0050】
図5にEip-1遺伝子、図6にEip-1A遺伝子、及び図7にEip-2遺伝子のRT-PCRの結果を示すが、いずれも真珠層を作る外套膜のピース組織では濃いバンドとして、稜柱層を作る外套膜の膜縁部組織では薄いバンドとして確認できた。一方、エラ、心臓、肝臓においてバンドは見られなかった。以上のことから、エラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子はエラ、心臓、肝臓では発現されず、貝殻を作る外套膜組織で発現することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号1〜4の何れかに示すアミノ酸配列を有するアコヤ貝貝殻由来のエラスターゼ阻害タンパク質。
【請求項2】
配列表の配列番号1〜3の何れかに示すアミノ酸配列において、1若しくは4個以下のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有するアコヤ貝貝殻由来のエラスターゼ阻害タンパク質。
【請求項3】
アコヤ貝の貝殻真珠層から得ることができ、SDS-PAGEで測定したときの分子量が16kDaである請求項1又は請求項2のエラスターゼ阻害タンパク質。
【請求項4】
請求項1に記載のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子。
【請求項5】
請求項2に記載のエラスターゼ阻害タンパク質をコードする遺伝子。
【請求項6】
配列表の配列番号1〜3の何れかに示すCDSにおいて、1若しくは12個以下の塩基が置換された塩基配列を有する請求項5の遺伝子
【請求項7】
アコヤ貝外套膜組織で発現する請求項4又は請求項5に記載の遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−187057(P2012−187057A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−53830(P2011−53830)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【特許番号】特許第4953487号(P4953487)
【特許公報発行日】平成24年6月13日(2012.6.13)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.サランラップ
【出願人】(000214191)長崎県 (106)
【Fターム(参考)】