説明

エラスチン分解物の測定方法及び測定キットならびに大動脈解離症の検出方法及び検出キット

【課題】大動脈解離症の検出に有用な、簡便で精度良く被験者の循環液中のエラスチン分解物量の測定を行うための免疫学的測定方法を提供する。
【解決手段】ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とをエラスチン分解物に免疫学的に結合させることを含む、エラスチン分解物の免疫学的測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラスチン分解物の測定方法及び測定キットならびに大動脈解離症の検出方法及び検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
大動脈解離症(大動脈瘤とも呼称される)は、急激な胸痛・腹痛を伴う疾患であって、大動脈血管の内膜の一部が裂けて、その内膜裂孔から内膜内に血液が流入して血管壁の解離を生じることにより発症する。発症部位の大部分は大動脈であるが、脈管の分枝におよぶこともある。発症要因としては、遺伝的な要因や、大動脈内膜の変成および脆弱化に加え、大動脈の拡張や高血圧も指摘されている[非特許文献1]。この疾患は、患者側には事前の自覚的な症状もなく突然発症する急性期疾患であり、血管の破裂に至った場合は患者の致死率も大変高い。発症した場合は、迅速に病巣の解離部位を人工血管に置換する外科的処置をとるのが一般的である。また、胸部の大動脈解離症の場合は、解離発生時には激しい胸痛を伴うことがある。これは急性心筋梗塞症の初期症状と極めて類似している。急性心筋梗塞症は、例えば心電図検査や血液生化学検査等により診断することは比較的容易である。大動脈解離症は、これらの心電図検査や血液生化学検査等では病態を把握することができないとともに、発症した場合の致死率も非常に高いことから、治療法の選択の為にその鑑別診断が極めて重要となる[非特許文献2]。
【0003】
大動脈解離症の診断には、X線撮影検査、血管造影CT/MRI検査、経食道エコー検査などの既に確立された専用機器を用いる画像検査法により、患者の病巣部を直接目視するのが一般的である。それらの画像から、血管の解離部位の直径を読み取り数値化して診断する方法も行われている。また、上記の様な画像診断を定期的に複数回にわたって実施し、その解離部位の初診時からの年単位の拡大速度を計算し、数値化して統計データと比較して診断する方法も試みられている。
【0004】
しかし、これらの画像診断はいずれも特殊な装置とともに高度な医療技術を要するものであり、患者はその診断の際にも循環器専門医療機関にて受診する必要性にせまられることが多い。また、造影剤の投与等の患者への一定の身体的負担があるとともに、一人の患者の検査にもかなりの時間と費用を要するものである。さらに、これらの画像検査法は、検査自体が大がかりなものであることから、高血圧や動脈硬化症等の既往症がある患者や、既に大動脈解離を一度以上発症した患者の経過観察に使用されることが多く、既往症や自覚症状のない患者に実施される機会は少ない。また、突然の解離症発症患者のための緊急検査へも十分に備えることができない。そのため、緊急検査にも対応できるような簡便で短時間に正確に診断できる技術の確立が望まれている。
【0005】
最近、腹部大動脈解離症の患者において血中エラスチン分解物濃度と腹部大動脈解離症の進行との関連が報告されている[非特許文献3]。この報告においては、画像検査から算出した患者の大動脈瘤病巣部の年単位拡大速度(Annal expansion)や初診時の腹部大動脈瘤病巣部直径(Initial abdominal aortic aneurysms size)の数値と、血中エラスチン分解物濃度とがわずかな正の相関性を示したことが記載されている。さらに最近になって、尿中エラスチン分解物濃度と大動脈瘤診断との関連が報告されている[非特許文献4]。この報告には、尿中エラスチン分解物濃度が、正常人群と大動脈瘤患者群との間で統計的に相違することが記載されている。しかし、血液などの循環液中のエラスチン分解物と大動脈解離症の有無との関連を検討した報告はない。
【0006】
免疫学的測定方法によりヒト血中を循環しているエラスチン分解物量の測定が可能であることは示されている[非特許文献5; 非特許文献6; 非特許文献7; 非特許文献8]。しかし、これらのエラスチン分解物の免疫学的測定方法は、エラスチン分解物をウサギ等の動物へ免疫することによって得られる抗血清由来のポリクローナル抗体を使用したものや、モノクローナル抗体を用いても競合法によるものであり、その測定の特異性や再現性などの性能面で改善の余地がある。
【非特許文献1】日本外科学会誌 97, 873-878 (1996)
【非特許文献2】総合臨床 48, 2151-2155 (1999)
【非特許文献3】Eur. J. Vasc. Endovasc. Surg., 14, 12-16 (1997)
【非特許文献4】Biol. Pharm. Bull., 22, 854-857(1999)
【非特許文献5】Meth. Enzymol., 163, 656-673 (1988)
【非特許文献6】Clin. Physiol. Biochem., 8, 273-282 (1990)
【非特許文献7】J. Immunol. Methods, 164, 175-187 (1993)
【非特許文献8】Eur. J. Vasc. Endovasc. Surg., 14, 12-16 (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の第1の課題は、大動脈解離症の検出に有用な、簡便で精度良く被験者の循環液中のエラスチン分解物量の測定を行うための免疫学的測定方法及びそのためのキットを提供することである。
【0008】
本発明の第2の課題は、簡便で短時間に正確に検出できる大動脈解離症の検出方法及びそのための検出キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の問題点を解決するために、ヒト大動脈由来のエラスチン分解物に対して特異的に反応するモノクローナル抗体を複数種類作製した。そして、それらのうちの特定の2種を用いてヒト循環液中のエラスチン分解物を測定した場合に大動脈解離症の検出に有用な結果が得られることを見い出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とをエラスチン分解物に免疫学的に結合させることを含む、エラスチン分解物の免疫学的測定方法(以下、「本発明測定法」ともいう)を提供する。
【0011】
本発明測定法は、好ましくは、第1抗体及び第2抗体を用いる酵素免疫測定法である。
【0012】
本発明測定法においては、第1抗体がハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体であり、第2抗体がハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体であることが好ましい。
【0013】
本発明は、また、本発明測定法により、循環液中のエラスチン分解物の量を測定し、その測定値に基づいて大動脈解離症を検出することを含む、大動脈解離症の検出方法を提供する。
【0014】
さらに、本発明は、ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に
対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とを含む、エラスチン分解物の免疫学的測定キット(以下、「本発明測定キット」ともいう)を提供する。
【0015】
本発明測定キットにおいては、第1抗体及び第2抗体の一方が固相に固定され、及び、もう一方が酵素により標識されていることが好ましい。
【0016】
本発明測定キットにおいては、また、第1抗体がハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体であり、第2抗体がハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体であることが好ましい。
【0017】
本発明測定キットは、好ましくは、大動脈解離症の検出用である。
【0018】
さらに、また、本発明は、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、及び、ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、血清などの循環液中のエラスチン分解物量を測定することにより、特別な装置を用いることなく、迅速で簡便に、高い陽性率で大動脈解離症を検出することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
<1>本発明測定法
本発明測定法は、エラスチン分解物の免疫学的測定方法であり、ハイブリドーマHASG-30により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とをエラスチン分解物に免疫学的に結合させることを含むことを特徴とする。
【0021】
HASG-2及びHASG-30は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに2001年5月18日に寄託され、受託番号FERM P-18335及びFERM P-18336(国際寄託移管後の受託番号FERM BP-08488及びFERM BP-08489)が付与されている。HASG-2により産生されるモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体、及び、HASG-30により産生されるモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体は、以下に挙げるような方法により選択することができる。
【0022】
同等の特異性及び親和性を持つ抗体は、例えば競合試験により選択することができる(Antibodies A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory (1988) p.567)。具体的には、抗原物質であるヒト大動脈エラスチン分解物を適当な濃度で生理緩衝液に溶解し、マイクロプレート固相部に吸着させる。ブロッキング処理を行った後に、酵素標識したHASG-2またはHASG-30モノクローナル抗体とともに評価すべき抗体を同量で添加する。同様な特異性及び親和性を有する抗体は、酵素標識したHASG-2またはHASG-30モノクローナル抗体の反応を阻害する性能を確認することにより選択することができる。
【0023】
別法としては、例えばペプチドマッピング法により選択することができる。具体的には
、抗原物質であるヒト大動脈エラスチン分解物を高速液体クロマトグラフィー装置等により、分子量や疎水性等の違いにより分離し、分離された様々なエラスチン抗原断片に対する結合をHASG-2及びHASG-30モノクローナル抗体と比較することにより、特異性及び親和性を評価するものである。HASG-2またはHASG-30モノクローナル抗体が反応する抗原断片に同等に反応する抗体はそれぞれ同等の特異性を有すると判断される。
【0024】
ヒト大動脈エラスチン分解物は、Biochem. J., 61, 11-21(1955)に記載の方法によって得られ得るものであり、市販品として入手することができる。
【0025】
使用される抗体としては、ヒト大動脈エラスチン分解物をマウスやラット、ハムスター等の齧歯類動物に免疫して作製されるモノクローナル抗体が好ましい。動物種は特に限定されるものではないが、一般的にBalb/Cマウスが最もよく用いられる。
【0026】
本発明測定法においては、第1抗体がハイブリドーマHASG-30により産生されるモノクローナル抗体であり、第2抗体がハイブリドーマHASG-2により産生されるモノクローナル抗体であることが好ましい。
【0027】
抗体は、所定の特性及び親和性を有する限り、Fab、Fab'、F(ab')2などのフラグメントであってもよいし、また、標識化や固相化などにより修飾されていてもよい。
【0028】
本発明測定法は、特定の第1抗体及び第2抗体を用いることの他は、二つの抗体を抗原に免疫学的に結合させる通常のサンドイッチ法と同様でよい。
【0029】
免疫学的測定方法には、その検出方法によって、放射性物質標識物を用いる方法、ラテックス凝集方法、蛍光標識物を用いる方法、電気化学発光を用いる方法、酵素を用いる方法などがあり、特に限定されるものではないが、本発明測定法は、安全で簡便なことから酵素免疫測定方法(ELISA)であることが好ましい。
【0030】
ELISAにおいては、その測定方式としても様々な方法が知られているが、特に簡便で定量性が高い方法としてペルオキシダーゼを標識酵素として用いたサンドイッチ方式を用いることが好ましい。具体的には、第1抗体と第2抗体の一方を市販96ウエルマイクロプレートの底面などの固相に吸着させる。次に、固相への自然吸着を低減するためにミルクカゼインなどのブロッキングタンパク質を吸着させる。そこへあらかじめ濃度の明らかな標準ヒト大動脈エラスチン分解物溶液と被験生体試料を加えて一定時間静置する。試料中のエラスチン分解物抗原を固相上の抗体に免疫学的に結合させた後にプレートを洗浄し、今度はペルオキシダーゼなどの酵素標識した他方の抗体を適当な濃度で加える。一定時間まで静置して固相上の抗体とエラスチン分解物抗原と標識抗体の3者の複合体を固相上に形成させる。その後に固相を洗浄して、過酸化水素とABTS等の発色基質の混合溶液を添加し標識酵素による発色を得る。酵素反応を阻害剤を添加して停止させた後に、その発色の吸光度をプレートリーダー等の機器により測定する。被験液の吸光度と標準品の吸光度を検量線等を用いて比較することにより精度良く被験液中のエラスチン分解物量を知ることができる。
【0031】
本発明者らは、本発明測定法により、大動脈解離症の患者が、極めて高い陽性率で高い血中エラスチン分解物濃度を示すことを初めて発見した。また、健常人ではほとんど陽性となるケースはなく、急性心筋梗塞患者においても陽性となった症例はわずかであり、急性心筋梗塞患者との鑑別診断においても本測定方法が有効であることが示された。
【0032】
従って、本発明は、本発明測定法により、循環液中のエラスチン分解物の量を測定し、その測定値に基づいて大動脈解離症を検出することを含む、大動脈解離症の検出方法も提
供する。
【0033】
循環液とは、血清、血漿、髄液、腹水といった生体内を循環する体液又はその画分であり、医療機関等において通常採取されるものであれば特に限定されるものではないが、被験者からの血清などの血液に由来するものが特に好適である。
【0034】
循環液中のエラスチン分解物の測定値に基づいて大動脈解離症を検出する方法としては、健常人の平均値を有意に超える測定値が得られた場合に、大動脈解離症である(又は大動脈解離症である可能性が高い)と判定する方法が挙げられる。
【0035】
<2>本発明測定キット
本発明測定キットは、エラスチン分解物の免疫学的測定キットであり、ハイブリドーマHASG-30により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とを含むことを特徴とする。
【0036】
第1抗体及び第2抗体は、本発明測定方法に関して記載した通りである。
【0037】
本発明測定キットにおいては、第1抗体及び第2抗体の一方が固相に固定され、及び、もう一方が酵素により標識されていることが好ましい。
【0038】
固相としては、二つの抗体を抗原に免疫学的に結合させる通常のサンドイッチ法に使用されるものが挙げられ、形状や材質は特に限定されない。具体的には、マイクロタイタープレート、ビーズなどが挙げられる。抗体の固相への固定は、通常の方法に従って行うことができる。
【0039】
標識としては、二つの抗体を抗原に免疫学的に結合させる通常のサンドイッチ法に使用されるものが挙げられ、例えば、放射性物質、ラテックス、蛍光物質、化学発光物質、金属コロイド粒子、酵素などが挙げられる。本発明測定キットにおいては、標識は酵素であることが好ましい。標識と抗体との結合は、通常の方法に従って行うことができる。
【0040】
本発明測定キットにおける抗体は溶液とされたものでも、凍結乾燥されたものであってもよい。
【0041】
本発明測定キットは、第1抗体及び第2抗体の他に、免疫学的測定法で通常に使用される試薬を含んでいてもよい。この様な試薬としては、標準抗原(ヒト大動脈エラスチン分解物)液、基質溶液、検体希釈液、洗浄液などが挙げられる。
【0042】
本発明測定キットは、本発明測定法に従って使用することができる。本発明測定キットは、好ましくは、大動脈解離症の検出用である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明がこれに限定されるものではない。
【0044】
[実施例1]
1)ヒト大動脈エラスチン分解物に対するモノクローナル抗体の作製
ヒト大動脈エラスチン分解物(エラスチン・プロダクツ社製)を、Balb/C雌マウス(6
週齢)の腹腔内へ、一匹当たり0.1 mgの量でコンプリート・フロイント・アジュバント(ディフコ社製)とともに投与した。3週間後にで同量のヒト大動脈エラスチン分解物をインコンプリート・フロイント・アジュバント(ディフコ社製)とともに腹腔内へ投与した。さらに3週間後に同マウスへヒト大動脈エラスチン分解物のみを一匹当たり0.1 mg投与した。最終の免疫感作が終了した3日後にマウスから脾臓を摘出した。以降の作業は無菌クリーンベンチ内で実施した。摘出した脾臓をメッシュで分散させ、あらかじめ培養しておいたSp2/0-Ag14マウスミエローマ細胞と混合し、50%ポリエチレングリコール1500(ベーリンガーマンハイム社製)存在下で細胞融合した。融合したハイブリドーマ細胞は、96ウエルマイクロカルチャープレート数枚に分散させ、10%牛胎児血清とHAT試薬(シグマ・アルドリッチ社製)を含むRPMI1640液体培地(シグマ・アルドリッチ社製)中で1〜2週間培養した。この間にモノクローナル抗体を安定的に産生するハイブリドーマ細胞のみが生存し、融合しなかったミエローマ細胞やマウス脾臓細胞は死滅した。ヒト大動脈エラスチン分解物に対するモノクローナル抗体を産生する細胞の選択は抗原固相プレートによるELISAにより実施した。すなわち、ハイブリドーマ細胞のコロニーが十分に育った時点でその培養上清を採取し、免疫抗原を固相吸着した96ウエルマイクロプレート(ナルジェ・ヌンク社製)へ添加して、その上清中のモノクローナル抗体を免疫抗原と反応させた。その後に、マウスIgGへ反応する2次抗体のペルオキシダーゼ標識物(ダコ・ジャパン社製)を適当な濃度で添加した。一定時間後にプレートを洗浄し、ABTS基質溶液(ロシュ・ダイアグノスティック社製)を加えた。その発色の有無により目的のモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを複数株選択した。選択された株は、それぞれ数回のクローニングを施した。それぞれのモノクローナル抗体の大量製造は、常法に従いマウス腹水からプロテインA固定化セファロースゲル(ファルマシア社製)を用いたアフィニィティークロマトグラフィーにより行った。
【0045】
2)血清中大動脈エラスチン分解物の測定
(1)項で作製されたモノクローナル抗体を精製IgGとして用意した。これらの内の2種の種々の組合せ(競合試験によりモノクローナル抗体が互いに競合しないことを確認した組合せ)について以下の測定を行った。第1のモノクローナル抗体を最終濃度0.01mg/mLとしてPBSに溶解して96ウエルマイクロプレート(ナルジェ・ヌンク社製)の各ウエルに0.1mLずつ添加した。含有されるモノクローナル抗体を吸着させた後に溶液を捨てて、ブロッキングを目的として1%スキムミルクを含有するPBS溶液を各ウエルに0.2mLずつ添加した。1時間後にスキムミルク溶液を廃棄し、PBSにて洗浄した。洗浄したウエルに、あらかじめ濃度を設定した標準大動脈エラスチン分解物、または被験血清を添加した。そのプレートをフィルムでカバーして1時間室温にて静置した後に溶液をすべて廃棄して、0.05%Tween-20(シグマ・アルドリッチ社製)を含むPBSにて3回洗浄した。その後に、過ヨウ素酸法 [Antibodies: a Laboratory Manual, by Ed. Harlow & D. Lane, Cold Spring Harbor Laboratory Press p.348 (1988)]によりペルオキシダーゼ(ロシュ・ダイアグノスティックス社)にて標識された第2のモノクローナル抗体を含む1%スキムミルク含有PBS溶液を各ウエルに0.1mLずつ添加した。その後、フィルムでカバーして室温にて1時間静置した。反応が終了した後に、プレート中の溶液をすべて廃棄し、0.05%Tween-20を含むPBSにて3回洗浄した。洗浄が終了した後に、過酸化水素含有ABTS基質溶液(ロシュ・ダイアグノスティク社製)を各ウエルに0.1mLずつ添加した。そのままプレートを静置して10分間発色させた。その後にプレートの各ウエルへ2mMアジ化ナトリウム水溶液を0.1mLずつ添加し、よく混和して反応を停止させた。反応停止後にマイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)にてプレート各ウエルの490nm波長における吸光度を測定し、発色の強さを数値化した。
【0046】
上記の測定系により、ヒト大動脈エラスチン分解物をゲル濾過クロマトグラフィーにより分画した得た各画分について測定を行ったところ、特定の2種のモノクローナル抗体を用いた場合に、分子量の低い分解物も検出できることが判明した。
【0047】
この2種のモノクローナル抗体を産生する2株は、それぞれHASG-2とHASG-30と命名された。HASG-2及びHASG-30は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに2001年5月18日に寄託され、受託番号FERM P-18335及びFERM P-18336(国際寄託移管後の受託番号FERM BP-08488及びFERM BP-08489)が付与されている。
【0048】
上記の測定系において、第1のモノクローナル抗体としてHASG-2が産生するモノクローナル抗体を、第2のモノクローナル抗体としてHASG-30が産生するモノクローナル抗体を用いて、以下の実験を行った
【0049】
上記測定方法によって、100例の健常成人(男性70例、女性30例)、26例の急性心筋梗塞症患者、および11例の大動脈解離症患者の血清中の抗原量を測定した。市販解析プログラムソフト(SOFTmax-J Ver.2.1 和光純薬工業社製)を用いて、標準ヒト大動脈エラスチン分解物溶液の抗原濃度と吸光度値から標準曲線を作製し(図1)、被験血清中の抗原濃度を算定した。結果を図2に示す。
【0050】
健常人100例の平均値は、44.44 ng/mLであった。また、標準偏差は10.8 ng/mLとなり、平均値+標準偏差の2倍を目安として、66.0 ng/mLを正常値上限とすると、11例の大動脈解離症患者(平均値と標準偏差は、111.65 + 66.04 ng/mL)では、11例中で8例が陽性(72.7%)となったが、26例の急性心筋梗塞症患者(平均値と標準偏差は、55.42 + 38.66 ng/mL)では、26例においてはわずかに3例のみが陽性(11.5%)となった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】ヒト大動脈エラスチン分解物濃度と吸光度との関係を示す標準曲線である。
【図2】大動脈解離11例、心筋梗塞(急性期)26例、及び健常人100例の血清中エラスチン分解物濃度の分布を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とをエラスチン分解物に免疫学的に結合させることを含む、エラスチン分解物の免疫学的測定方法。
【請求項2】
第1抗体及び第2抗体を用いる酵素免疫測定法である請求項1記載の方法。
【請求項3】
第1抗体がハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体であり、第2抗体がハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体である請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により、循環液中のエラスチン分解物の量を測定し、その測定値に基づいて大動脈解離症を検出することを含む、大動脈解離症の検出方法。
【請求項5】
ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第1抗体と、ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体、又は、そのモノクローナル抗体と同等の、ヒト大動脈エラスチン分解物に対する特異性及び親和性を持つ抗体である第2抗体とを含む、エラスチン分解物の免疫学的測定キット。
【請求項6】
第1抗体及び第2抗体の一方が固相に固定され、及び、もう一方が酵素により標識されている請求項5記載のキット。
【請求項7】
第1抗体がハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体であり、第2抗体がハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体である請求項5または6記載のキット。
【請求項8】
大動脈解離症の検出用である請求項5〜7のいずれか1項に記載のキット。
【請求項9】
ハイブリドーマHASG-2(FERM BP-08488)により産生されるモノクローナル抗体。
【請求項10】
ハイブリドーマHASG-30(FERM BP-08489)により産生されるモノクローナル抗体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−98414(P2006−98414A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362904(P2005−362904)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【分割の表示】特願2001−162792(P2001−162792)の分割
【原出願日】平成13年5月30日(2001.5.30)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【Fターム(参考)】