説明

オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の製造方法

【課題】 グラム陽性細菌を用いた発酵生産により、酢酸などの副生物を減少させて、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく製造する。
【解決手段】 オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有し、かつ、アセテートキナーゼ及びホスフォトランスアセチラーゼのいずれか一方又は両方の活性が非改変株に比べて低減化するように改変されたグラム陽性細菌あるいはその処理物を用いてオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コリネ型細菌などのグラム陽性細菌を利用した発酵法によりオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コハク酸などのオキザロ酢酸誘導体を発酵により生産する場合、通常、Anaerobiospirillum(アナエロビオスピリラム)属、Actinobacillus(アクチノバチルス)属等の嫌気性細菌が用いられている(特許文献1、又は非特許文献1参照)。嫌気性細菌を用いる場合は、生産物の収率が高いが、その一方では、増殖するために多くの栄養素を要求するために、培地中に多量のCSL(コーンスティープリカー)などの有機窒素源を添加する必要がある。これらの有機窒素源を多量に添加することは培地コストの上昇をもたらすだけでなく、生産物を取り出す際の精製コストの上昇にもつながり経済的でない。
【0003】
コリネ型細菌のような好気性細菌を好気性条件下で一度培養し、菌体を増殖させた後、集菌、洗浄し、静止菌体として酸素を通気せずにコハク酸を生産する方法も知られている(特許文献2又は3参照)。この場合、菌体を増殖させるに当たっては、有機窒素の添加量が少なくてよく、簡単な培地で十分増殖できるため経済的ではあるが、目的とするコハク酸の生成量、生成濃度、及び菌体当たりの生産速度の向上、製造プロセスの簡略化等改善の余地があった。
【0004】
また、コリネ型細菌を代表とする好気性細菌を酸素制限条件で培養を行うと乳酸、酢酸等の目的物質以外の有機酸が副生物として過剰に蓄積し、菌体生育が抑制され、発酵生産性が大幅に低下する。また、副生物の有機酸を中和するためのカウンターイオンも過剰に必要となり、経済的でない。このような課題を解決するために、副生乳酸に関してはラクテートデヒドロゲナーゼ活性が低減したコリネ型細菌を用いることにより、その低減化が行われている(特許文献4参照)。
【0005】
しかし、上記ラクテートデヒドロゲナーゼ活性の低減したコリネ型細菌でも酢酸が著量副生する。エシェリヒア属細菌では酢酸の生合成及び代謝の経路がよく知られていることから(非特許文献2)、これまでに培養液中の酢酸低減の解決手段として、酢酸資化遺伝子(aceP)の発現を強化する方法(特許文献5参照)やACEタンパク質をコードする遺伝子の発現を強化する方法(特許文献6参照)等が知られている。これらは培養液中に放出された酢酸を積極的に資化させることにより酢酸の副生減を図るものである。また、エシェリヒア属細菌では、酢酸の生合成を弱化することにより副生酢酸を抑制する方法として、フォスフォアセチルトランスフェラーゼ(PTA)とラクテートデヒドロゲナーゼ(LDH)を欠損させる方法(特許文献7参照)も知られている。
【0006】
一方、コリネ型細菌においてもPTAの存在が知られており、pta遺伝子はアセテートキナーゼ(ack)遺伝子とオペロンを形成している(非特許文献3)。この文献の表2によると、コリネ型細菌ではpta遺伝子の破壊によりPTA活性だけでなくACK活性も低下することがわかる。しかしながら、この文献にはpta遺伝子やack遺伝子を破壊することによる細菌の酢酸生産能やオキザロ酢酸誘導体生産能に対する影響は記載されておらず、また、コリネ型細菌などのグラム陽性細菌の代謝経路はエシェリヒア属細菌よりも複雑であるため、PTAの活性を低減させることによって酢酸生産能が低下するかどうかは不明であった。
【特許文献1】米国特許第5,504,004号明細書
【特許文献2】特開平11−113588号公報
【特許文献3】特開平11−196888号公報
【特許文献4】特開平11−206385号公報
【特許文献5】特開平6−14781号公報
【特許文献6】特開平7−67683号公報
【特許文献7】国際公開第99/06532号パンフレット
【非特許文献1】International Journal of Systematic Bacteriology, vol. 49, p207-216、 1999年
【非特許文献2】Cellular and Molecular Biology, (1996), 1, p1672-1682
【非特許文献3】Microbiology. 1999 Feb;145 (Pt 2):503-13
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、グラム陽性細菌を用いた発酵生産により、酢酸などの副生物を減少させて、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本研究者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、コリネ型細菌などのグラム陽性細菌において、アセテートキナーゼ及びホスフォトランスアセチラーゼの活性を低下させることにより、酢酸の副生が低下し、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく生産できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち本発明は、以下のとおりである。
(1)オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有し、かつ、アセテートキナーゼ及びホスフォトランスアセチラーゼのいずれか一方又は両方の活性が非改変株に比べて低減化するように改変されたグラム陽性細菌またはその処理物を、有機原料を含有する反応液中で該有機原料に作用させて該反応液中または菌体内にオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を生成蓄積させ、該反応液または菌体内からオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を採取することを特徴とする、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の製造方法。
(2) 前記反応液が、さらに、炭酸イオン、重炭酸イオン及び二酸化炭素からなる群より選ばれる1種または2種以上を含有する反応液である、(1)の製造方法。
(3) 前記グラム陽性細菌またはその処理物を嫌気的条件下で有機原料に作用させることを特徴する、(1)又は(2)の製造方法。
(4) 前記グラム陽性細菌が、コリネ型細菌、バチルス属細菌、リゾビウム属細菌、ラクトバチルス属細菌、およびサクシノバチルス属細菌よりなる群から選ばれるいずれかの細菌である(1)〜(3)のいずれかの製造方法。
(5) 前記細菌が、さらに、ラクテートデヒドロゲナーゼ活性が、該酵素の非改変株に比べて低減化するように改変された細菌である、(1)〜(4)のいずれかの製造方法。
(6) 前記細菌が、さらに、ピルビン酸カルボキシラーゼ活性が該酵素の非改変株に比べて増強するように改変された細菌である、(1)〜(5)のいずれかの製造方法。
(7) 前記有機原料が、グルコース、フルクトース及びシュークロースからなる群より選ばれる1又は2以上の有機原料である、(1)〜(6)のいずれかの製造方法。
(8) オキザロ酢酸誘導体が、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、クエン酸、イソクエン酸、アスパラギン酸及びリジンからなる群より選ばれる1又は2以上のオキザロ酢酸誘導体である、(1)〜(7)のいずれかの製造方法。
(9) (1)〜(8)のいずれかの方法によりオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を製造する工程、及び前記工程で得られたオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を原料として重合反応を行う工程を含む、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を含有するポリマーの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の発酵生産において、酢酸などの有機酸の副生を低減してオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく製造することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する
【0012】
本発明に使用する細菌は、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有し、かつ、アセテートキナーゼ及びホスフォトランスアセチラーゼのいずれか一方又は両方の活性が非改変株に比べて低減化するように改変されたグラム陽性細菌である。
【0013】
本発明において、「オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能」とは、本発明の細菌を培養したときに、培地中にオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を蓄積する能力をいう。また、「オキザロ酢酸誘導体」とは、TCA回路の代謝中間体の有機酸、及びそれらから合成されるL−アミノ酸(L−グルタミン酸は除く)をいい、例えば、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、クエン酸、イソクエン酸、2−オキソグルタル酸、シス−アコニット酸、L−アスパラギン酸、L−リジンなどが挙げられるが、この中でもコハク酸がより好ましい。本発明に用いる細菌はオキザロ酢酸、オキザロ酢酸誘導体のうちの2種類以上を生産する能力を有するものであってもよい。オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能は、細菌が本来的に有する性質であってもよいが、変異処理や遺伝子組換えなどによる育種によって付与される性質であってもよい。
【0014】
本発明に使用するグラム陽性細菌としては、例えば、コリネ型細菌、バチルス属細菌、リゾビウム属細菌、ラクトバチルス属細菌、アクチノバチルス属細菌およびサクシノバチルス属細菌などが挙げられる。より具体的には、アクチノバチルス属細菌としてはアクチノバチルス・サクシノゲネスが挙げられ(International Journal of Systematic Bacteriology, 1999, 49, 0207-216)、ラクトバチルス属細菌としてはラクトバチルス・ヘルヴェチカスが挙げられる(J Appl Microbiol, 2001, 91, p846-852)。また、コリネ型細菌としては以下に示すような細菌を挙げることができる。
【0015】
本発明において、「コリネ型細菌」とは、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に分類されている細菌も含み(Int. J. Syst. Bacteriol., 41, 255(1981))、またコリネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌を含む。このようなコリネ型細菌の例として以下のものが挙げられる。
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム
コリネバクテリウム・アルカノリティカム
コリネバクテリウム・カルナエ
コリネバクテリウム・グルタミカム
コリネバクテリウム・リリウム
コリネバクテリウム・メラセコーラ
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス
コリネバクテリウム・ハーキュリス
ブレビバクテリウム・ディバリカタム
ブレビバクテリウム・フラバム
ブレビバクテリウム・インマリオフィラム
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム
ブレビバクテリウム・ロゼウム
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス
ブレビバクテリウム・アルバム
ブレビバクテリウム・セリヌム
ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム
【0016】
育種によって上記のような細菌にオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を付与するには、代謝制御変異株の取得、目的とするオキザロ酢酸誘導体の生合成系酵素が増強された組換え株の創製等、従来、コリネ型細菌の育種に採用されてきた方法を適用することが出来る(アミノ酸発酵、(株)学会出版センター、1986年5月30日初版発行、第77〜100頁参照)。オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体生産菌の育種において、付与される代謝制御変異や増強される目的物質生合成系酵素の増強等の性質は、単独でもよく、2種又は3種以上であってもよい。代謝制御変異等の性質の付与と、生合成系酵素の増強が組み合わされてもよい。オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生合成系酵素としては、例えば、後述するようなピルビン酸カルボキシラーゼなどが挙げられる。
【0017】
オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有するグラム陽性細菌のうち、コハク酸生産能を有するコリネ型細菌の例として、具体的には、以下のようなものが挙げられる。ラクテートデヒドロゲナーゼ活性が低下したブレビバクテリウム・フラバムMJ233Δldh株(特開平11−206385号公報)や、ピルビン酸カルボキシラーゼ又はホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性が強化されたブレビバクテリウム・フラバムMJ233/pPCPYC株(国際公開第01/27258号パンフレット、特開平11−196887号公報)、またブレビバクテリウム・フラバムMJ−233(FERM BP−1497)、同MJ−233 AB−41(FERM BP−1498)、ブレビバクテリウム・アンモニアゲネス ATCC6872、コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC31831、及びブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムATCC13869等が挙げられる。なお、ブレビバクテリウム・フラバムは、現在、コリネバクテリウム・グルタミカムに分類される場合もあり(Lielbl, W., Ehrmann, M., Ludwig, W. and Schleifer, K. H., International Journal of Systematic Bacteriology, 1991, vol. 41, p255-260)、本発明においては、上記ブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株、及びその変異株MJ−233 AB−41株は、それぞれ、コリネバクテリウム・グルタミカムMJ−233株及びMJ−233 AB−41株と同一の株であるものとする。なお、本発明において、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有するグラム陽性細菌は上記のものには限定されず、公知の方法によって得られるコハク酸生産菌、リンゴ酸生産菌、フマル酸生産菌、クエン酸生産菌、イソクエン酸生産菌、リジン生産菌、アスパラギン酸生産菌などを使用することができる。例えば、リジン生産菌として、コリネバクテリウム・グルタミカムB−6株やAHD−2株が挙げられる(App Microbiol Biotechnol, 2002, 58, p217-223)。
【0018】
本発明の製造方法に用いる細菌は、上記のようなオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有するグラム陽性細菌において、アセテートキナーゼ(ACK)及びホスフォトランスアセチラーゼ(PTA)のいずれか一方又は両方の活性が非改変株に比べて低減化するように改変することによって取得することができる。ただし、本発明のコリネ型細菌の育種において、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能の付与とPTA及び/又はACK活性を低下させる改変は、どちらを先に行ってもよい。
酢酸は、オキザロ酢酸及びオキザロ酢酸誘導体生合成経路の中間体であるアセチル-CoAからPTA及びACKを経て生成されるため、酢酸合成経路をブロックして酢酸の副生を低減させるためには、PTA又はACKのいずれか一方の活性を低下させればよいが、両方の活性を低下させることがより好ましい。
【0019】
「ホスホトランスアセチラーゼ(PTA)活性」は、アセチルCoAにリン酸を転移してアセチルリン酸を生成する反応を触媒する活性をいう。「PTA活性が低下するように改変された」とは、PTA活性が、非改変株、例えば野生株のグラム陽性細菌の比活性よりも低くなったことをいう。PTA活性は非改変株と比較して、菌体当たり30%以下に低下していることが好ましく、菌体当たり10%以下に低下していることがより好ましい。また、PTA活性は完全に消失していてもよい。PTA活性が低下したことは、Klotzschらの方法(Klotzsch,
H. R., Meth Enzymol. 12, 381-386(1969))により、PTA活性を測定することによって確認することができる。
【0020】
上記活性を有するPTAとしては、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカムのPTAを挙げることができ、好ましくは、配列番号14に示すアミノ酸配列を有するタンパク質を挙げることができる。なお、コリネバクテリウム・グルタミカムのPTAは、PTA活性を有する限りにおいて、配列番号14に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで、数個とは、例えば、2〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個を意味する。
【0021】
「アセテートキナーゼ(ACK)活性」は、アセチルリン酸とADPから酢酸を生成する反応を触媒する活性をいう。「ACK活性が低下するように改変された」とは、ACK活性が、非改変株、例えば野生株のグラム陽性細菌の比活性よりも低くなったことをいう。ACK活性は非改変株と比較して、菌体当たり30%以下に低下していることが好ましく、菌体当たり10%以下に低下していることがより好ましい。また、ACK活性は完全に消失していてもよい。ACK活性が低下したことは、Ramponiらの方法(Ramponi G., Meth. Enzymol. 42,409-426(1975))により、ACK活性を測定することによって確認することができる。
【0022】
上記活性を有するACKとしては、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカムのACKを挙げることができ、好ましくは、配列番号15に示すアミノ酸配列を有するタンパク質を挙げることができる。なお、コリネバクテリウム・グルタミカムのACKは、ACK活性を有する限りにおいて、配列番号15に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで、数個とは、例えば、2〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個を意味する。
【0023】
ACKまたはPTAの活性が低下した株は、親株をN−メチルーN’−ニトローN−ニトロソグアニジン(NTG)や亜硝酸等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理し、上記酵素の活性が低下した株を選択することによって得ることができる。また、PTA又はACKをコードする遺伝子を用いて改変することによって、酵素活性を低下させてもよい。具体的には、染色体上のPTAまたはACKをコードする遺伝子を破壊したり、プロモーターやシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変したりすることなどによって達成される。遺伝子破壊を行う場合、pta遺伝子及びack遺伝子の一方を破壊してもよいし、両方を破壊してもよい。なお、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・フラバムに分類されるものも含む)においては、Microbiology. 1999 Feb;145 (Pt 2):503-13に記載されているように、pta遺伝子を破壊した場合は、PTA及びACKの両酵素の活性を低下させることができる。
【0024】
以下に、コリネ型細菌においてpta遺伝子を破壊する方法について説明する。染色体上のpta遺伝子としては、例えば、配列番号13の塩基番号1〜1383からなる塩基配列を含むDNAを挙げることができる。pta遺伝子の取得は、上記配列に基づき、合成オリゴヌクレオチドを合成し、コリネバクテリウム・グルタミカムの染色体を鋳型としてPC
R反応を行うことによってクローニングできる。また、近年ゲノムプロジェクトにより、塩基配列が決定されているブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム等のコリネ型細菌の配列も利用できる。染色体DNAは、DNA供与体である細菌から、例えば、斎藤、三浦の方法(H. Saito and K.Miura, Biochem.B iophys. Acta, 72, 619 (1963)、生物工学実験書、日本生物工学会編、97〜98頁、培風館、1992年参照)等により調製することができる。
【0025】
上記のようにして調製したpta遺伝子又はその一部を遺伝子破壊に使用することができる。ただし、遺伝子破壊に用いる遺伝子は破壊対象のコリネ型細菌の染色体DNA上のpta遺伝子と相同組換えを起こす程度の相同性を有していればよいため、このような相同遺伝子も使用することができる。ここで、相同組換えを起こす程度の相同性とは、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。また、上記遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得るDNA同士であれば、相同組換えは起こり得る。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
【0026】
上記のような遺伝子を使用し、例えば、pta遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能するPTAを産生しないように改変した欠失型pta遺伝子を作製し、該遺伝子を含むDNAでコリネ型細菌を形質転換し、欠失型遺伝子と染色体上の遺伝子で組換えを起こさせることにより、染色体上のpta遺伝子を破壊することが出来る。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、直鎖状DNAを用いる方法や温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法などがある(米国特許第6303383号明細書、又は特開平05-007491号公報)。また、上述のような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は、宿主上で複製能力を持たないプラスミドを用いても行うことが出来る。
【0027】
欠失型のpta遺伝子を宿主染色体上のpta遺伝子と置換するには、例えば以下のようにすればよい。まず、温度感受性複製起点、欠失型pta遺伝子、レバンシュークラーゼをコードするsacB遺伝子及びクロラムフェニコール等の薬剤耐性を示すマーカー遺伝子を挿入して組換え用プラスミドを調製する。
【0028】
ここで、レバンシュークラーゼをコードするsacB遺伝子は、染色体上からベクター部分が脱落した菌株を効率よく選択する為に使用される遺伝子である(Schafer,A.et al.Gene
145 (1994)69-73)。すなわち、コリネ型細菌では、レバンシュークラーゼを発現させると、シュークロースを資化することによって生成したレバンが致死的に働き、生育することが出来ない。従って、レバンシュークラーゼを搭載したベクターが染色体上に残ったままの菌株をシュークロース含有プレートで培養すると生育できず、ベクターが脱落した菌株のみシュークロース含有プレートで選択することが出来る。
【0029】
sacB遺伝子又はその相同遺伝子は、以下のような配列の遺伝子を用いることが出来る。バチルス・ズブチルス:sacB GenBank Accession Number X02730(配列番号18)
バチルス・アミロリキュファシエンス:sacB GenBank Accession Number X52988
ザイモモナス・モビリス:sacB GenBank Accession Number L33402
バチルス・ステアロサーモフィラス:surB GenBank Accession Number U34874
ラクトバチルス・サンフランシセンシス:frfA GenBank Accession Number AJ508391
アセトバクター・キシリナス:lsxA GenBank Accession Number AB034152
グルコンアセトバクター・ジアゾトロフィカス:lsdA GenBank Accession Number L41732
【0030】
次に、上記組換えプラスミドでコリネ型細菌を形質転換する。形質転換は、これまでに報告されている形質転換法に従って行えばよい。例えば、エシェリヒア・コリK−12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増加させる方法(Mandel,M.and Higa,A., J.Mol.Biol.,53 ,159 (1970) )があり、バチルス・ズブチルスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製しDNAを導入する方法(Dancan,C.H., Wilson,G.A and Young,F.E , Gene ,1,153(1977))がある。あるいは、バチルス・ズブチルス、放線菌類及び酵母について知られているようなDNA受容菌の細胞を組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang.S. and Choen,S.N., Molec. Gen. Genet., 168, 111 (1979); Bibb,M.J., Ward,J.M. and Hopwood,O.A., Nature, 274, 398 (1978); Hinnen,A., Hicks,J.B. and Fink,G.R., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75 1929 (1978))も応用できる。また、コリネ型細菌の形質転換は、電気パルス法(杉本ら、特開平2-207791号公報)によっても行うことができる。
【0031】
コリネ型細菌の温度感受性プラスミドとしては、p48K及びpSFKT2(以上、特開2000-262288号公報参照)、pHSC4(フランス特許公開1992年2667875号公報、特開平5-7491号公報参照)等が挙げられる。これらのプラスミドは、コリネ型細菌中で少なくとも25℃では自律複製することができるが、37℃では自律複製できない。pHSC4を保持するエシェリヒア・コリAJ12571は、1990年10月11日に通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現独立行政法人 産業技術総合研究所 特許微生物寄託センター)(〒305-5466 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM P-11763として寄託され、1991年8月26日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP-3524の受託番号で寄託されている。
【0032】
上記のようにして得られる形質転換体を温度感受性複製起点が機能しない温度(25℃)で培養し、プラスミドを導入した株を取得する。プラスミド導入株を高温で培養し、温度感受性プラスミドを脱落させ、抗生物質を含有するプレートに本菌株を塗布する。温度感受性プラスミドは高温で複製できないので、プラスミドが脱落した菌株は、抗生物質を含有したプレートでは生育出来ないが、ごくわずかの頻度であるが、プラスミド上の遺伝子と染色体上のpta遺伝子と組換えを起こした菌株が出現する。
【0033】
こうして染色体に組換えDNAが組み込まれた株は、染色体上にもともと存在するpta遺伝子配列との組換えを起こし、染色体のpta遺伝子と欠失型のpta遺伝子との融合遺伝子2個が組換えDNAの他の部分(ベクター部分、温度感受性複製起点及び薬剤耐性マーカー)を挟んだ状態で染色体に挿入されている。
【0034】
次に、染色体DNA上に欠失型のpta遺伝子のみを残すために、ベクター部分(温度感受性複製起点及び薬剤耐性マーカーを含む)とともに染色体DNAから脱落させる。その際、正常なpta遺伝子が染色体DNA上に残され、欠失型pta遺伝子が切り出される場合と、反対に欠失型pta遺伝子が染色体DNA上に残され、正常なpta遺伝子が切り出される場合がある。いずれの場合も、温度感受性複製起点が機能する温度で培養すれば、切り出されたDNAはプラスミド状で細胞内に保持される。次に、温度感受性複製起点が機能しない温度で培養すると、プラスミド上のpta遺伝子は、プラスミドとともに細胞から脱落する。そして、PCRまたはサザンハイブリダイゼーション等により、染色体上に欠失型pta遺伝子が残った株を選択することによって、pta遺伝子が破壊された株を取得することができる。
【0035】
なお、上記温度感受性プラスミドに換えて、コリネ型細菌内で複製能を持たないプラスミドを用いても、同様の遺伝子破壊を行うことが出来る。コリネ型細菌内で複製能を持たないプラスミドは、エシェリヒア・コリで複製能力を持つプラスミドが好ましく、例えば
、pHSG299(宝バイオ社製)pHSG399(宝バイオ社製)等が挙げられる。
【0036】
一方、ACK単独で活性低下させる場合、ack遺伝子を用いて改変してもよい。ack遺伝子としては、例えば、配列番号13の塩基番号1386−2579番目の塩基配列を有する遺伝子を挙げることができる。また、染色体上のack遺伝子と相同組換えを起こす程度に、配列番号の配列に対して相同性を有する遺伝子も使用することができる。ここで、相同組換えを起こす程度の相同性とは、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。また、上記遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得るDNA同士であれば、相同組換えは起こり得る。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。このようなack遺伝子を用いて上記pta遺伝子と同様の方法により遺伝子破壊等を行うことができる。
【0037】
本反応においては、上記PTA及び/又はACK活性の低下に加えて、ラクテートデヒドロゲナーゼ(以下LDHと呼ぶことがある)活性が低下するように改変された細菌株を用いるとより有効である。ラクテートデヒドロゲナーゼ活性とは、NADHを補酵素として、ピルビン酸を還元して乳酸を生成する反応を触媒する活性を意味する。「ラクテートデヒドロゲナーゼ活性が低下された」とは、LDH非改変株と比較してLDH活性が低下していることをいう。LDH活性は、LDH非改変株や野生株と比較して低下していればよいが、菌体当たり30%低下していることが好ましく、菌体当たり10%以下に低下していることがより好ましい。また、LDH活性は完全に消失していてもよい。LDH活性が低下したことはL.Kanarekらの方法(L.Kanarek and R.L.Hill, J. Biol. Chem.239, 4202 (1964))によりLDH活性を測定することによって確認することができる。本発明のコリネ型細菌は、LDH活性が低下したコリネ型細菌を作製し、さらにPTA及び/又はACKの活性が低下するように改変することにより得ることができる。ただし、LDH活性を低下させるための改変と、PTA及び/又はACKの活性を低下させるための改変はいずれを先に行ってもよい。ldh遺伝子としては、例えば配列番号16に示す配列を有する遺伝子を使用することができ、上記pta遺伝子と同様の方法により遺伝子破壊等を行うことができる。
【0038】
また、本反応においては、PTA及び/又はACKの活性の低下に加えて、ピルベートカルボキシラーゼ(以下PCと呼ぶ)の活性が上昇するように改変された細菌を用いてもよい。「ピルベートカルボキシラーゼの活性が増強される」とは、PCの活性が野生株又は親株等の非改変株に対して上昇していることをいう。PCの活性はPeters-Wendisch P.Gらの方法方法(Peters-Wendisch P.G. et al. Microbiology 143, 1095-1103(1997))により測定することができる。
【0039】
本発明の方法に使用されるPCタンパク質をコードするpc遺伝子は、既にその塩基配列が決定されている遺伝子、もしくは、下記に示すような方法によりPC活性を有するタンパク質をコードするDNA断片を微生物、動植物等の染色体より単離し、塩基配列を決定したものを使用することができる。また、塩基配列が決定された後には、その配列にしたがって合成した遺伝子を使用することもできる。例えばコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032のピルベートカルボキシラーゼ遺伝子(GenBank Accession No. NCgl0659)を使用することが出来る。その他にも以下の生物由来のPC遺伝子を使用することもできる。
ヒト [Biochem.Biophys.Res.Comm., 202, 1009-1014, (1994)]
マウス[Proc.Natl.Acad.Sci.USA., 90, 1766-1779, (1993)]
ラット[GENE, 165, 331-332, (1995)]
酵母;サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)
[Mol.Gen.Genet., 229, 307-315, (1991)]
シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)
[DDBJ Accession No.; D78170]
バチルス・ステアロサーモフィルス(Bacillus stearothermophilus)
[GENE, 191, 47-50, (1997)]
リゾビウム・エトリ(Rhizobium etli)
[J.Bacteriol., 178, 5960-5970, (1996)]
【0040】
pc遺伝子を含むDNA断片は、適当な発現プラスミド、例えばpUC118(宝バイオ社製)へ挿入し、適当な宿主微生物、例えばエシェリヒア・コリJM109(宝バイオ社製)へ導入することにより発現させることができる。発現したpc遺伝子産物であるピルビン酸カルボキシラーゼの確認は、該形質転換体から上記の公知の方法によりPC活性を測定し、非形質転換株から抽出した粗酵素液のPC活性と比較することにより、確認することができる。pc遺伝子を含むDNA断片を、適当なプラスミド、例えばコリネ型細菌内でプラスミドの複製増殖機能を司る遺伝子を少なくとも含むプラスミドベクターに導入することにより、コリネ型細菌内でpcの高発現可能な組換えプラスミドを得ることができる。ここで、上記組み換えプラスミドにおいて、pc遺伝子を発現させるためのプロモーターはコリネ型細菌が保有するプロモーターであることができるが、それに限られるものではなく、pc遺伝子の転写を開始させるための塩基配列であればいかなるプロモーターであっても良い。
【0041】
pc遺伝子を導入することができるプラスミドベクターとしては、コリネ型細菌内での複製増殖機能を司る遺伝子を少なくとも含むものであれば特に制限されない。その具体例としては、例えば、特開平3−210184号公報に記載のプラスミドpCRY30;特開平2−72876号公報及び米国特許5,185,262号明細書公報に記載のプラスミドpCRY21、pCRY2KE、pCRY2KX、pCRY31、pCRY3KE及びpCRY3KX;特開平1−191686号公報に記載のプラスミドpCRY2およびpCRY3;特開昭58−67679号公報に記載のpAM330;特開昭58−77895号公報に記載のpHM1519;特開昭58−192900号公報に記載のpAJ655、pAJ611及びpAJ1844;特開昭57−134500号公報に記載のpCG1;特開昭58−35197号公報に記載のpCG2;特開昭57−183799号公報に記載のpCG4およびpCG11等を挙げることができる。
【0042】
それらの中でもコリネ型細菌の宿主−ベクター系で用いられるプラスミドベクターとしては、コリネ型細菌内でプラスミドの複製増殖機能を司る遺伝子とコリネ型細菌内でプラスミドの安定化機能を司る遺伝子とを有するものが好ましく、例えば、プラスミドpCRY30、pCRY21、pCRY2KE、pCRY2KX、pCRY31、pCRY3KEおよびpCRY3KX等が好適に使用される。
【0043】
pc遺伝子を、上記したような好気性コリネ型細菌内で複製可能なプラスミドベクターの適当な部位に挿入して得られる組み換えベクターで、コリネ型細菌、例えばブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)2256株(ATCC13869)を形質転換することにより、pc遺伝子の発現が増強されたコリネ型細菌が得られる。形質転換は、例えば、電気パルス法(Res. Microbiol., Vol.144, p.181-185, 1993)等によって行うことができる。なお、PC活性の増強は、公知の相同組換え法によって染色体上でpc遺伝子を導入、置換、増幅等によって高発現化させることによっても行うことができる。このようにして得られるPC遺伝子高発現株においてPTA及び/又はACKの遺伝子を破壊することにより、PC活性が増強され、且つPTA及び/又はACKの活性が低減化された細菌株を得ることが出来る。なお、PTA及び/又はACKの活性の低減化とPC活性の増強はどちらを先に行っても良い。
【0044】
上記のようにして得られるグラム陽性細菌を、有機原料を含む培地などの反応液中で有機原料と反応させ、該反応液中又は菌体内にコハク酸などのオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を生成蓄積させ、該培地からオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を採取することにより、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を効率よく製造することができる。
【0045】
オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の製造反応に上記細菌を用いるに当たっては、寒天培地等の固体培地で斜面培養したものを直接反応に用いても良いが、上記細菌を予め液体培地で培養(種培養)したものを用いるのが好ましい。このように種培養した細菌を、有機原料を含む培地で増殖させながら、有機原料と反応させることによって製造することができる。また、増殖させて得られた菌体を回収し、該菌体を、有機原料を含む反応液中で有機原料と反応させることによっても製造することができる。なお、好気性コリネ型細菌を本発明の方法に用いるためには、細菌を通常の好気的な条件で培養した後、反応に用いることが好ましい。培養に用いる培地は、通常微生物の培養に用いられる培地を用いることができる。例えば、硫酸アンモニウム、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム等の無機塩からなる組成物に、肉エキス、酵母エキス、ペプトン等の天然栄養源を添加した一般的な培地を用いることができる。培養後の菌体を回収して用いる場合、菌体は遠心分離、膜分離等によって回収され、反応に用いられる。
【0046】
本発明では細菌の菌体の処理物を使用することもできる。菌体の処理物としては、例えば、菌体をアクリルアミド、カラギーナン等で固定化した固定化菌体、菌体を破砕した破砕物、その遠心分離上清、又はその上清を硫安処理等で部分精製した画分等が挙げられる。
【0047】
本発明の製造方法に用いる有機原料としては、本微生物が資化してオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を生成させうる炭素源であれば特に限定されないが、通常、ガラクトース、ラクトース、グルコース、フルクトース、グリセロール、シュークロース、サッカロース、デンプン、セルロース等の炭水化物;グリセリン、マンニトール、キシリトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、このうちグルコース、フルクトース、シュークロースが好ましく、特にグルコースが好ましい。
【0048】
また、上記発酵性糖質を含有する澱粉糖化液、糖蜜なども使用される。これらの発酵性糖質は、単独でも組み合わせても使用できる。上記有機原料の使用濃度は特に限定されないが、コハク酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高くするのが有利であり、通常、5〜30%(W/V)、好ましくは10〜20%(W/V)の範囲内で反応が行われる。また、反応の進行に伴う上記有機原料の減少にあわせ、有機原料の追加添加を行っても良い。
【0049】
上記有機原料を含む反応液としては特に限定されず、水、緩衝液、培地等が用いられるが、培地が最も好ましい。反応液は、窒素源や無機塩などを含む反応液であることが好ましい。ここで、窒素源としては、本微生物が資化してコハク酸を生成させうる窒素源であれば特に限定されないが、具体的には、アンモニウム塩、硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、カゼイン分解物、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの各種の有機、無機の窒素化合物が挙げられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛等の金属塩が用いられる。また、ビオチン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育を促進する因子を必要に応じて添加する。また、反応時の発泡を抑えるために、反応液には市販の消泡剤を適量添加しておくことが望ましい。
【0050】
反応液のpHは、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム
、炭酸マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等を添加することによって調整することができる。本反応におけるpHは、通常、pH5〜10、好ましくはpH6〜9.5であることが好ましいので、反応中も必要に応じて反応液のpHはアルカリ性物質、炭酸塩、尿素などによって上記範囲内に調節する。
【0051】
培地には、炭酸イオン、重炭酸イオン又は炭酸ガス(二酸化炭素)を含有させることが好ましい。炭酸イオン又は重炭酸イオンは、中和剤としても用いることのできる炭酸マグネシウム、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウムから供給されるが、必要に応じて、炭酸若しくは重炭酸又はこれらの塩或いは炭酸ガスから供給することもできる。炭酸又は重炭酸の塩の具体例としては、例えば炭酸マグネシウム、炭酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸アンモニウム、重炭酸ナトリウム、重炭酸カリウム等が挙げられる。そして、炭酸イオン、重炭酸イオンは、0.001〜5M、好ましくは0.1〜3M、さらに好ましくは1〜2Mの濃度で添加する。炭酸ガスを含有させる場合は、溶液1L当たり50mg〜25g、好ましくは100mg〜15g、さらに好ましくは150mg〜10gの炭酸ガスを含有させる。
【0052】
本反応に用いる細菌の生育至適温度は、通常、25℃〜35℃である。反応時の温度は、通常、25℃〜40℃、好ましくは30℃〜37℃である。反応に用いる菌体の量は、特に規定されないが、1〜700g/L、好ましくは10〜500g/L、さらに好ましくは20〜400g/Lが用いられる。反応時間は1時間〜168時間が好ましく、3時間〜72時間がより好ましい。
【0053】
細菌の培養時は、通気、攪拌し酸素を供給することが必要である。一方、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生成反応は、通気、攪拌して行ってもよいが、通気せず、酸素を供給しない嫌気的条件下で行ってもよい。ここで言う嫌気的条件とは、溶液中の溶存酸素濃度を低く抑えて反応することを意味する。この場合、溶存酸素濃度として0〜2ppm、好ましくは0〜1ppm、さらに好ましくは0〜0.5ppmで反応させることが望ましい。そのための方法としては、例えば容器を密閉して無通気で反応させる、窒素ガス等の不活性ガスを供給して反応させる、炭酸ガス含有の不活性ガスを通気する等の方法を用いることができる。
【0054】
反応液(培養液)中に蓄積したオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体は、常法に従って、反応液より分離・精製することができる。具体的には、遠心分離、ろ過等により菌体等の固形物を除去した後、イオン交換樹脂等で脱塩し、その溶液から結晶化あるいはカラムクロマトグラフィーによりコハク酸を分離・精製することができる。
【0055】
さらに本発明においては、上記した本発明の方法によりオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を製造した後に、得られたオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を原料として重合反応を行うことによりオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を含有するポリマーを製造することができる。オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を含有するポリマーはホモポリマーであってもよいし、他のポリマー原料との共重合ポリマーであってもよい。近年、環境に配慮した工業製品が数を増す中、植物由来の原料を用いたポリマーに注目が集まってきており、特に、本発明において製造されるコハク酸は、ポリエステルやポリアミドといったポリマーに加工されて用いる事が出来る。また、本発明の製造法により得られるコハク酸または該コハク酸を含有する組成物は食品添加物や医薬品、化粧品などに用いることができる。
【0056】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下のものには限定されない。
【実施例1】
【0057】
<遺伝子破壊用ベクターの構築>
(A)枯草菌(バチルス・ズブチリス)ゲノムDNAの抽出
LB培地[組成:トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5gを蒸留水1Lに溶解]10mLに、枯草菌(Bacillus subtilis ISW1214)を対数増殖期後期まで培養し、菌体を集めた。得られた菌体を10mg/mLの濃度にリゾチームを含む10mM NaCl/20mMトリス緩衝液(pH8.0)/1mM EDTA・2Na溶液0.15mLに懸濁した。
次に、上記懸濁液にプロテナーゼKを、最終濃度が100μg/mLになるように添加し、37℃で1時間保温した。さらにドデシル硫酸ナトリウムを最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロフォルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5,000×g、20分間、10〜12℃)し、上清画分を分取し、酢酸ナトリウムを0.3Mとなるように添加した後、2倍量のエタノールを加え混合した。遠心分離(15,000×g、2分)により回収した沈殿物を70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに10mMトリス緩衝液(pH7.5)−1mM EDTA・2Na溶液5mLを加え、4℃で一晩静置し、以後のPCRの鋳型DNAに使用した。
【0058】
(B)PCRによるSacB遺伝子の増幅およびクローニング
枯草菌SacB遺伝子の取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、既に報告されている該遺伝子の塩基配列(GenBank Database Accession
No.X02730)を基に設計した合成DNA(配列番号1および配列番号2)を用いたPCRによって行った。
反応液組成:鋳型DNA1μL、PfxDNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製) 0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.3μM各々プライマー、1mM MgSO4、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、68℃で2分からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの68℃での保温は5分とした。
増幅産物の確認は、0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約2kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行った。
回収したDNA断片は、T4 ポリヌクレオチドキナーゼ(T4 Polynucleotide Kinase:宝酒造製)により5'末端をリン酸化した後、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて大腸菌ベクター(pBluescriptII:STRATEGENE製)のEcoRV部位に結合し、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリンおよび50μg/mLX-Galを含むLB寒天培地[トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天15gを蒸留水1Lに溶解]に塗抹した

この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、次に50μg/mLアンピシリンおよび10%ショ糖を含むLB寒天培地に移し37℃24時間培養した。これらのクローンのうち、ショ糖を含む培地で生育できなかったものについて、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。SacB遺伝子が大腸菌内で機能的に発現する株は、ショ糖含有培地にて生育不能となるはずである。得られたプラスミドDNAを制限酵素SalIおよびPstIで切断することにより、約2kbの挿入断片が認められ、該プラスミ
ドをpBS/SacBと命名した。
【0059】
(C)クロラムフェニコール耐性SacBベクターの構築
大腸菌プラスミドベクターpHSG396(宝酒造:クロラムフェニコール耐性マーカー)500ngに制限酵素PshBI10unitsを37℃で一時間反応させた後、フェノール/クロロフォルム抽出およびエタノール沈殿により回収した。これを、クレノウフラグメント(Klenow Fragment:宝酒造製)により両末端を平滑化した後、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いてMluIリンカー(宝酒造)を連結、環状化させ、大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を34μg/mLクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に塗抹した。得られたクローンから常法によりプラスミドDNAを調製し、制限酵素MluIの切断部位を有するクローンを選抜し、pHSG396Mluと命名した。
一方、上記(B)にて構築したpBS/SacBを制限酵素SalIおよびPstIで切断した後、クレノウフラグメントにて末端を平滑化した。これにライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いてMluIリンカーを連結したのち、0.75%アガロースゲル電気泳動によりSacB遺伝子を含む約2.0kbのDNA断片を分離、回収した。このSacB遺伝子断片を、制限酵素MluI切断後、アルカリフォスファターゼ(Alkaline Phosphatase Calf intestine:宝酒造)にて末端を脱リン酸化したpHSG396Mlu断片とライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結させ、大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を34μg/mLクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に塗抹した。
こうして得られたコロニーを、次に34μg/mLクロラムフェニコールおよび10%ショ糖を含むLB寒天培地に移し37℃24時間培養した。これらのクローンのうち、ショ糖を含む培地で生育できなかったものについて、常法によりプラスミドDNAを精製した。こうして得られたプラスミドDNAをMluI切断により解析した結果、約2.0kbの挿入断片を持つことが確認され、これをpCMB1と命名した。
【0060】
(D)カナマイシン耐性遺伝子の取得
カナマイシン耐性遺伝子の取得は、大腸菌プラスミドベクターpHSG299(宝酒造:カナマイシン耐性マーカー)のDNAを鋳型とし、配列番号3および配列番号4で示した合成DNAをプライマーとしたPCR法によって行った。反応液組成:鋳型DNA1ng、PyrobestDNAポリメラーゼ(宝酒造) 0.1μL、1倍濃度添付バッファー、0.5μM各々プライマー、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、62℃で15秒、72℃で1分20秒からなるサイクルを20回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。
増幅産物の確認は、0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約1.1kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行った。回収したDNA断片は、T4 ポリヌクレオチドキナーゼ(T4 Polynucleotide Kinase:宝酒造製)により5'末端をリン酸化した。
【0061】
(E)カナマイシン耐性SacBベクターの構築
上記(C)で構築したpCMB1を制限酵素Van91IおよびScaIで切断して得られた約3.5kbのDNA断片を0.75%アガロースゲル電気泳動により分離、回収した。これを上記(D)で調製したカナマイシン耐性遺伝子と混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結し、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH
5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLカナマイシンを含むLB寒天培地に塗抹した。
このカナマイシン含有培地上で生育した株は、ショ糖含有培地にて生育不能であることが確認された。また、同株から調製したプラスミドDNAは、制限酵素HindIII消化により354、473、1807、1997bpの断片を生じたことから、図1に示した構造に間違いがないと判断し、該プラスミドをpKMB1と命名した。
【実施例2】
【0062】
<LDH遺伝子破壊株の作製>
(A)ブレビバクテリウム・フラバムMJ233−ES株ゲノムDNAの抽出
A培地[尿素 2g、(NH42SO4 7g、KH2PO40.5g、K2HPO4 0.5g、MgSO4・7H2O 0.5g、FeSO4・7H2O 6mg、MnSO4・4−5H2O6mg、ビオチン 200μg、チアミン 100μg、イーストエキストラクト 1g、カザミノ酸 1g、グルコース 20g、蒸留水1Lに溶解]10mLに、ブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株を対数増殖期後期まで培養し、得られた菌体を上記実施例1の(A)に示す方法にてゲノムDNAを調製した。
【0063】
(B)ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子のクローニング
MJ233株ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子の取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、特開平11−206385に記載の該遺伝子の塩基配列を基に設計した合成DNA(配列番号5および配列番号6)を用いたPCRによって行った。反応液組成:鋳型DNA1μL、TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造) 0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.2μM各々プライマー、0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、55℃で20秒、72℃で1分からなるサイクルを30回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。
増幅産物の確認は、0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約0.95kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製
)を用いて行った。
回収したDNA断片を、PCR産物クローニングベクターpGEM−TEasy(Promega製)と混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結後、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリンおよび50μg/mLX-Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素SacIおよびSphIで切断することにより、約1.0kbの挿入断片が認められ、これをpGEMT/CgLDHと命名した。
【0064】
(C)ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子破壊用プラスミドの構築
上記(B)で作製したpGEMT/CgLDHを制限酵素EcoRVおよびXbaIで切断することにより約0.25kbからなるラクテートデヒドロゲナーゼのコーディング領域を切り出した。残った約3.7kbのDNA断片の末端をクレノウフラグメントにて平滑化し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて環状化させ、大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリンを含むLB寒天培地に塗抹した。
この培地上で生育した株を、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素SacIおよびSphIで切断することにより、約0.75kbの挿入断片が認められたクローンを選抜し、これをpGEMT/ΔLDHと命名した。
次に、上記pGEMT/ΔLDHを制限酵素SacIおよびSphIにて切断して生じる約0.75kbのDNA断片を、0.75%アガロースゲル電気泳動により分離、回収し、欠損領域を含むラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子断片を調製した。このDNA断片を、制限酵素SacIおよびSphIにて切断した実施例1にて構築したpKMB1と混合し、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて連結後、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLカナマイシンおよび50μg/mLX-Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素SacIおよびSphIで切断することにより、約0.75kbの挿入断片が認められたものを選抜し、これをpKMB1/ΔLDHと命名した(図2)。
【0065】
(D)ブレビバクテリウム・フラバムMJ233−ES株由来ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子破壊株の作製
ブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株の形質転換に用いるプラスミドDNAは、pKMB1/ΔLDHを用いて塩化カルシウム法(Journal of Molecular Biology,53,159,1970)により形質転換した大腸菌JM110株から調製した。
ブレビバクテリウム・フラバムMJ233−ES株の形質転換は、電気パルス法(Res.
Microbiol., Vol.144, p.181-185, 1993)によって行い、得られた形質転換体をカナマイシン 50μg/mLを含むLBG寒天培地[トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g、グルコース 20g、及び寒天15gを蒸留水1Lに溶解]に塗抹した。
この培地上に生育した株は、pKMB1/ΔLDHがブレビバクテリウム・フラバムMJ233−ES株菌体内で複製不可能なプラスミドであるため、該プラスミドのラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子とブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株ゲノム上の同遺伝子との間で相同組み換えを起こした結果、同ゲノム上に該プラスミドに由来するカナマイシン耐性遺伝子およびSacB遺伝子が挿入されているはずである。
次に、上記相同組み換え株をカナマイシン50μg/mLを含むLBG培地にて液体培養した。この培養液の菌体数約100万相当分を10%ショ糖含有LBG培地に塗抹にした。結果、2回目の相同組み換えによりSacB遺伝子が脱落しショ糖非感受性となったと考えられる株約10個得た。
この様にして得られた株の中には、そのラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子がpKMB1/ΔLDHに由来する変異型に置き換わったものと野生型に戻ったものが含まれる。ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子が変異型であるか野生型であるかの確認は、LBG培地にて液体培養して得られた菌体を直接PCR反応に供し、ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子の検出を行うことによって容易に確認できる。ラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子をPCR増幅するためのプライマー(配列番号7および配列番号8)を用いて分析すると、野生型では720bp、欠失領域を持つ変異型では471bpのDNA断片を認めるはずである。
上記方法にてショ糖非感受性となった菌株を分析した結果、変異型遺伝子のみを有する株を選抜し、該株をブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDHと命名した。
【0066】
(E)ラクテートデヒドロゲナーゼ活性の確認
上記(D)で作製したブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株をA培地に植菌し、30℃で15時間好気的に振とう培養した。得られた培養物を遠心分離(3,
000×g、4℃、20分間)して菌体を回収後、ナトリウム−リン酸緩衝液[組成:50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.3)]で洗浄した。
次いで、洗浄菌体0.5g(湿重量)を上記ナトリウム−リン酸緩衝液2mLに懸濁し、氷冷下で超音波破砕器(ブランソン社製)にかけ菌体破砕物を得た。該破砕物を遠心分離(10,000×g,4℃,30分間)し、上清を粗酵素液として得た。対照として、ブレビバクテリウム・フラバム MJ233−ES株の粗酵素液を同様に調製し、以下の活性測定に供した。
ラクテートデヒドロゲナーゼ酵素活性の確認は、両粗酵素液について、ピルビン酸を基質とした乳酸の生成に伴い、補酵素NADHがNAD+に酸化されるのを、340nmの吸光度変化として測定した[L.Kanarek and R.L.Hill, J. Biol. Chem.239, 4202 (1964)]。反応は、50mM カリウム−リン酸緩衝液(pH7.2)、10mM ピルビン酸、0.4mMNADH存在下、37℃にて行った。その結果、ブレビバクテリウム・フラバム MJ233−ES株から調製された粗酵素液におけるラクテートデヒドロゲナーゼ活性に対し、ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株から調製された粗酵素液におけるラクテートデヒドロゲナーゼ活性は、10分の1以下であった。
【実施例3】
【0067】
<pta−ack遺伝子オペロン破壊株作製>
(A)pta−ack遺伝子オペロン破壊用プラスミドの構築
MJ233株pta遺伝子の取得は、実施例2(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されているコリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No. NC_003450 のNCgl2657)を基に設計した合成DNA(配列番号9および配列番号10)を用いたPCRによって行った。
反応液組成:鋳型DNA1μL、PfxDNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製) 0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.3μM各々プライマー、1mM MgSO
0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で50秒からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。
増幅産物の確認は、0.75%アガロース(SeaKem GTG agarose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約1.7kbの断片を検出した。ゲルからの目的DNA断片の回収は、QIAQuick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて行った。
回収したDNA断片は、T4 ポリヌクレオチドキナーゼ(T4 Polynucleotide Kinase:宝酒造製)により5’末端をリン酸化した後、ライゲーションキットver.2(宝酒造製)を用いて大腸菌ベクターpHSG299(宝酒造製)のHincII部位に結合し、得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mL カナマイシンおよび50μg/mL X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを、配列番号9および配列番号11で示した合成DNAをプライマーとしたPCR反応に供した。
反応液組成:上記プラスミド1ng、Ex−TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製) 0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.2μM各々プライマー、 0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で50秒からなるサイクルを20回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72
℃での保温は5分とした。
このようにして挿入DNA断片の有無および方向を確認した結果、約0.64kbの増幅産物を認めるプラスミドを選抜し、これをpTA/299と命名した(図3)。
【0068】
(B)ブレビバクテリウム・フラバムMJ233−ES株由来pta−ack遺伝子オペロン破壊株の作製
ブレビバクテリウム・フラバムMJ−233株の形質転換に用いるプラスミドDNAは、pTA/299を用いて塩化カルシウム法(Journal of Molecular Biology,53,159,1970)により形質転換した大腸菌JM110株から調製した。
pta−ack遺伝子オペロン破壊の供試菌株は、実施例2で作製したブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株とし、実施例2に記載の方法に従って形質転換することによりカナマイシン耐性株を得た。
この様にして得られたカナマイシン耐性株そのゲノム上に存在するpta遺伝子とプラスミドpTA/299に存在する該遺伝子との間で相同組み換えを起こしたものであるか否かの確認は、配列番号11および配列番号12を用いたコロニーPCRにより行った(図4)。鋳型DNAは、コロニーを50μLの滅菌水に研濁した後、5分間煮沸処理した上清とした。
反応液組成:鋳型DNA1μL、Ex−TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製) 0.2μL、1倍濃度添付バッファー、0.2μM各々プライマー、 0.25μMdNTPsを混合し、全量を20μLとした。
反応温度条件:DNAサーマルサイクラー PTC−200(MJResearch社製)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で50秒からなるサイクルを20回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は5分とした。
上記方法にてカナマイシン耐性菌株を分析した結果、約0.77kbのPCR増幅産物を得る株、即ちpta遺伝子と相同組換えを起こした株を選抜し、これをブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔptaΔLDHと命名した。この株をpta−ack遺伝子オペロン破壊株とも呼ぶ。
【0069】
(C)酢酸資化性の評価
上記ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔptaΔLDHのpta−ack遺伝子オペロンが破壊されたか否かの確認は、ホスホアセチルトランスフェラーゼ活性やアセテートキナーゼの酵素活性を測定することにより行うことができる他、酢酸を唯一炭素源とした最少培地を用いた生育試験においても行うことができる(Microbiology (1999),145,503-513、参照)。
A最少培培地[尿素 2g、(NH42SO4 7g、KH2PO4 0.5g、K2HPO40.5g、MgSO4・7H2O 0.5g、FeSO4・7H2O 6mg、MnSO4・4−5H2O6mg、ビオチン 200μg、チアミン 100μg、寒天15g、蒸留水1Lに溶解]に2%グルコースまたは2%酢酸カリウムを加えた培地を用いた生育試験を行った結果、ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔptaΔLDH株は、グルコース培地では親株であるブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDHと同等の生育を示したのに対して、酢酸培地では全く生育しなかった。
従って、ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔptaΔLDH株ではpta遺伝子が破壊されたことにより酢酸資化能力が喪失されたと考えられ、同酵素反応の逆反応である酢酸生成能も減少することが期待された。
【実施例4】
【0070】
<pta−ack遺伝子オペロン破壊株を用いたコハク酸の発酵生産>
100mLの種培養培地(尿素:4g、硫酸アンモニウム:14g、リン酸1カリウム
:0.5g、リン酸2カリウム0.5g、硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:200μg、塩酸チアミン:200μg、酵母エキス:1g、カザミノ酸:1g、及び蒸留水:1000ml)を500mLの三角フラスコにいれ、120℃、20分加熱滅菌した。これを室温まで冷却し、あらかじめ滅菌した50%グルコース水溶液を4ml、無菌濾過した0.1%クロラムフェニコール水溶液を5ml添加し、前述のブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔptaΔLDH株を接種して24時間30℃にて種培養した。得られた全培養液を10000g,5分の遠心分離により集菌し、菌体懸濁培地(硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:200μg、塩酸チアミン:200μg、及び蒸留水:1000ml)にOD660の吸光度が80になるように懸濁液した。2ml反応器に前記の懸濁液を1ml、基質溶液(グルコース:100g、炭酸マグネシウム:97g、炭酸アンモニウム:9.4g及び蒸留水を加えて1000ml)を1mlを加えて、20%炭酸ガス、80%窒素の雰囲気下、30℃で4時間反応させた。反応結果を表1に示す。
【実施例5】
【0071】
炭酸水素ナトリウムを含む培地中でpta−ack遺伝子オペロン破壊株を培養することによりコハク酸の発酵生産を行った。反応時の基質溶液の組成(グルコース:100g、炭酸水素ナトリウム:86g及び蒸留水を加えて1000ml)を変えた以外は実施例4と同様に行った。反応結果を表1に示す。
【実施例6】
【0072】
炭酸水素アンモニウムを含む培地中でpta−ack遺伝子オペロン破壊株を培養することによりコハク酸の発酵生産を行った。反応時の基質溶液の組成(グルコース:100g、炭酸水素アンモニウム:78g及び蒸留水を加えて1000ml)を変えた以外は実施例4と同様に行った。反応結果を表1に示す。
【0073】
[比較例1]
炭酸マグネシウムを含む培地中で対照株ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株を培養することによりコハク酸の発酵生産を行った。菌株をブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDHに変えた以外は実施例4と同様に行った。反応結果を表1に示す。
【0074】
[比較例2]
炭酸水素ナトリウムを含む培地中で対照株ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株を培養することによりコハク酸の発酵生産を行った。菌株をブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDHに変えた以外は実施例5と同様に行った。反応結果を表1に示す。
【0075】
[比較例3]
炭酸水素アンモニウムを含む培地中で対照株ブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDH株を培養することによりコハク酸の発酵生産を行った。菌株をブレビバクテリウム・フラバムMJ233/ΔLDHに変えた以外は実施例6と同様に行った。反応結果を表1に示す。
【0076】
【表1】

【0077】
pta−ack遺伝子オペロン破壊株(MJ233/ΔptaΔLDH)の生成コハク酸に対する酢酸副生比は、炭酸マグネシウムを含む培地における培養(実施例4、比較例1)で15%、炭酸水素ナトリウムを含む培地における培養(実施例5、比較例2)及び炭酸水素アンモニウムを含む培地における培養(実施例6、比較例3)で約30%、それぞれ親株(MJ233/ΔLDH)に対して減少していることが明らかになった。以上のことから、PTAおよびACKは、酢酸の資化性のみならず酢酸の生成にも関与することが示され、該遺伝子の破壊はコハク酸などのオキザロ酢酸誘導体の発酵生産において酢酸副生を低下させる上で有効であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】プラスミドpKMB1の構築手順と制限酵素地図を示す図。
【図2】プラスミドpKMB1/ΔLDHの構築手順を示す図。
【図3】プラスミドpTA/299の構築手順を示す図。円で囲んだ数字は各配列番号のプライマーを示す。
【図4】pta遺伝子相同組み換え株のゲノム構造を示す図。円で囲んだ数字は各配列番号のプライマーを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の生産能を有し、かつ、アセテートキナーゼ及びホスフォトランスアセチラーゼのいずれか一方又は両方の活性が非改変株に比べて低減化するように改変されたグラム陽性細菌またはその処理物を、有機原料を含有する反応液中で該有機原料に作用させて、該反応液中または菌体内にオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を生成蓄積させ、該反応液または菌体内からオキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体を採取することを特徴とする、オキザロ酢酸またはオキザロ酢酸誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記反応液が、さらに、炭酸イオン、重炭酸イオン及び二酸化炭素からなる群より選ばれる1種または2種以上を含有する反応液である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記グラム陽性細菌またはその処理物を嫌気的条件下で有機原料に作用させることを特徴する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記グラム陽性細菌が、コリネ型細菌、バチルス属細菌、リゾビウム属細菌、ラクトバチルス属細菌、およびサクシノバチルス属細菌よりなる群から選ばれるいずれかの細菌である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記細菌が、さらに、ラクテートデヒドロゲナーゼ活性が、該酵素の非改変株に比べて低減化するように改変された細菌である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記細菌が、さらに、ピルビン酸カルボキシラーゼ活性が該酵素の非改変株に比べて増強するように改変された細菌である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記有機原料が、グルコース、フルクトース及びシュークロースからなる群より選ばれる1又は2以上の有機原料である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
オキザロ酢酸誘導体が、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、クエン酸、イソクエン酸、シス−アコニット酸、L−アスパラギン酸及びL−リジンからなる群より選ばれる1又は2以上のオキザロ酢酸誘導体である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法によりオキザロ酢酸又はオキザロ酢酸誘導体を製造する工程、及び前記工程で得られたオキザロ酢酸又はオキザロ酢酸誘導体を原料として重合反応を行う工程を含む、オキザロ酢酸又はオキザロ酢酸誘導体を含有するポリマーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−91(P2006−91A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−191695(P2004−191695)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】