説明

サッカロマイセス・セレビシエ変異株、及び該変異株を用いた含硫化合物高含有酵母の製造方法。

【課題】グルタチオン等の含硫化合物の含有量が高いサッカロマイセス・セレビシエ変異株、該変異株を用いた含硫化合物高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物、酵母エキス、及び含硫化合物含有飲食品の提供。
【解決手段】(a)サッカロマイセス・セレビシエYNN27に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得る工程と、(b)工程(a)により得られた酵母変異株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を2以上得る工程と、(c)工程(b)により得られた酵母変異株のうちの2株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得る工程により得られる、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルタチオン等の含硫化合物が高いサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株、該変異株を用いた含硫化合物高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物及び酵母エキスに関する。
【背景技術】
【0002】
酵母菌体内の代表的な含硫化合物として、グルタチオンとS−アデノシルメチオニンがあげられる。グルタチオンは肝機能回復、抗酸化活性等を有するきわめて有用な物質であり、近年、調味料や健康食品等の飲食品の添加剤や、化粧品の基材等、幅広い用途が期待されている。一方、S−アデノシルメチオニンは、様々な生体反応においてメチル基の供与体として作用することが知られている。その他、抗うつ作用、関節症の緩和、肝機能回復等の効果が報告されており、これら含硫化合物が生体に対して重要な役割を果たしていることが知られている。
【0003】
含硫化合物は、通常、メチオニンやシステイン等の含硫アミノ酸を用いて、MET遺伝子(メチオニン合成遺伝子)群をはじめとする多くの遺伝子の転写・翻訳産物により合成される。そこで、より含硫化合物を高生産する酵母を得るために、酵母が有しているこれらの含硫化合物の合成に係る遺伝子に変異を生じさせ、含硫化合物高含有酵母変異株を製造することが広く行われている。このような、含硫化合物高含有酵母変異株を得る方法として、例えば、(1)酵母内のS−アデノシルメチオニン含量が増大すると、MET遺伝子群の転写が抑制される結果、含硫化合物の生産量が低下するが、このMET遺伝子群の転写抑制に、MET30遺伝子が、おそらくは他のMET遺伝子群の転写調節を司る遺伝子であるMET4遺伝子との相互作用を介して、関与していることが開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0004】
また、(2)転写活性を強化するように変異させたMET4遺伝子を利用して、含硫化合物を高濃度に蓄積させるように酵母を変異させる方法、及び、変異型MET4遺伝子を保持し、グルタチオン生産性を高めた酵母が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。その他、(3)グルタチオンの前駆体であるγ−グルタミルシステイン生産能を有し、かつ特定のアミノ酸を変異させたMET30遺伝子を保持する酵母が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。MET30遺伝子はMET4のユビキチン化に関与している遺伝子であるが、該方法では、特定の変異型MET30遺伝子を保持することにより、酵母の生育能を悪化させることなく、γ−グルタミルシステイン生産能を向上させ得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−33161号公報
【特許文献2】特開2004−113155号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】トーマス、他5名、モレキュラー・アンド・セルラー・バイオロジー(Molecular and Cellular Biology)、1995年、第15巻第12号、第6526〜6534ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、工業的に安価で効率的にグルタチオン等の含硫化合物を取得するためには、更なる含硫化合物高含有酵母が望まれる。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、菌体中にグルタチオン等の含硫化合物を多量に保持しうるサッカロマイセス・セレビシエ変異株、該変異株を用いた含硫化合物高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物、酵母エキス、及び含硫化合物含有飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、一般的な野生株であるサッカロマイセス・セレビシエYNN27株に突然変異処理することにより得られた変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株に、再度突然変異処理することにより、突然変異処理前の株よりも含硫化合物含量が多い2種類の酵母変異株を得、これらの酵母変異株同士を交配させることにより、親株よりも含硫化合物含量が多い酵母変異株サッカロマイセス・セレビシエABYC1579を見出し、本発明を完成させた。
【0010】
(1) 本発明は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であり、下記工程(a)〜(c)より得ることができることを特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株を提供するものである;(a)サッカロマイセス・セレビシエYNN27株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得る工程と、(b)工程(a)により得られた酵母変異株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を2以上得る工程と、(c)工程(b)により得られた酵母変異株のうちの2株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得る工程。
(2) また、本発明は、サッカロマイセス・セレビシエABYC1579株(FERM BP−10923)であることを特徴とする前記(1)に記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(3) また、本発明は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であり、前記(1)又は(2)記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を、サッカロマイセス・セレビシエYNN27と交配させることにより得られることを特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(4) また、本発明は、サッカロマイセス・セレビシエABYC1588株(FERM BP−10924)であることを特徴とする前記(3)に記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(5) また、本発明は、前記(1)〜(4)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり14重量%以上の含硫化合物を含有させることを特徴とする、含硫化合物高含有酵母の製造方法を提供するものである。
(6) また、本発明は、前記(1)〜(4)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を提供するものである。
(7) また、本発明は、前記(1)〜(4)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物から調製した酵母エキスを提供するものである。
(8) また、本発明は、前記(1)〜(4)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を分画して得られる含硫化合物を含む分画物を提供するものである。
(9) また、本発明は、酸化型グルタチオン及び還元型グルタチオンの合計含量が8重量%以上であることを特徴とする、は前記(7)記載の酵母エキスを提供するものである。
(10) また、本発明は、前記(6)記載の培養物又は前記(8)記載の分画物を含有することを特徴とする含硫化合物含有飲食品を提供するものである。
(11) また、本発明は、前記含硫化合物がグルタチオンであることを特徴とする前記(10)記載の含硫化合物含有飲食品を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、グルタチオン等の含硫化合物含有量が高い良好な酵母である。このため、該サッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養することにより、簡便に含硫化合物高含有酵母を製造することができる。また、該サッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物は、含硫化合物含有量が十分に高いため、該培養物を用いることにより、含硫化合物含有量が高い酵母エキス及び分画物、ならびにこれらを含有する含硫化合物含有飲食品を、簡便に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、サッカロマイセス・セレビシエにおけるS代謝マップを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明においては、乾燥菌体重量とは、菌体を乾燥させた後の重量を意味する。乾燥後の菌体重量は、例えば、まず、酵母の培養物を遠心分離処理することにより、菌体を沈殿として回収する。回収した菌体を遠心分離操作により2回水洗した後、105℃で5時間乾燥させた後の重量を測定することにより、求めることができる。
【0014】
本発明においては、含硫有機化合物とは、S(硫黄)含有アミノ酸を有する化合物を意味する。具体的には、図1に示すサッカロマイセス・セレビシエのS代謝マップ中に記載されている、グルタチオン、システイン、ホモシステイン、メチオニン、アデノシルメチオニン、アデノシルホモシステイン、シスタチオニン、γグルタミルシステイン等が挙げられる。本発明においては、有用な生理活性が高い点から、グルタチオンであることが好ましい。
【0015】
本発明及び本願明細書においては、特に記載がない限り、グルタチオンとは、酸化型グルタチオンと還元型グルタチオンの双方を意味し、総グルタチオン含量とは、酸化型グルタチオン及び還元型グルタチオンの合計含量を意味する。
【0016】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の乾燥菌体重量当たりの含硫化合物含量は、微生物中の含硫化合物含量を定量する場合に通常行われる方法により求めることができる。例えば、酵母の乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量は、Titzeらの方法(Analytical Biochemistry, Vol.27、p502、1969)に従い、測定することができる。
【0017】
本発明において、変異型MET30遺伝子とは、MET30遺伝子の一部が変異した遺伝子、すなわち、MET30遺伝子の塩基配列中の一部の塩基が置換、欠損、挿入された遺伝子を意味する。これらの変異は、一塩基変異であってもよく、染色体の転座、逆位、重複等による変異のように、複数の塩基が連続した領域の変異であってもよい。
【0018】
本発明において、突然変異処理とは、酵母等の生物が有する遺伝子の一部を変異させ得る処理であれば、特に限定されるものではなく、酵母等の微生物の変異株を作製する場合に通常用いられるいずれの手法を用いて行ってもよい。例えば、変異原として、紫外線、電離放射線、亜硝酸、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホネート(Ethylmethane sulufonate、以下EMSと略記する)等を用いて酵母を処理することにより、酵母に突然変異処理を行うことができる。
【0019】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であり、下記工程(a)〜(c)より得ることができることを特徴とする;(a)サッカロマイセス・セレビシエYNN27株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得る工程と、(b)工程(a)により得られた酵母変異株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を2以上得る工程と、(c)工程(b)により得られた酵母変異株のうちの2株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得る工程。
このように、突然変異を繰り返し、工程ごとに含硫化合物含量の多い変異株を選択した後、選択された株同士を掛け合わせることにより、より含硫化合物含量が高い変異株を得ることができる。
【0020】
以下、工程ごとに説明する。
まず、工程(a)として、サッカロマイセス・セレビシエYNN27株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得る。具体的には、野生株であるサッカロマイセス・セレビシエYNN27株に、突然変異処理を行い、処理後の酵母のMET30遺伝子の塩基配列を解析し、MET30遺伝子が変異している酵母変異株、すなわち、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を選別する。
【0021】
なお、サッカロマイセス・セレビシエYNN27株は、常法により培養したものを用いることができる。
また、MET30遺伝子の塩基配列は、遺伝子解析分野において通常用いられているシークエンス法等により解析することができる。
【0022】
工程(a)において選別される酵母変異株は、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株であれば特に限定されるものではないが、特に、MET30遺伝子の、他のMET遺伝子群の転写抑制機能が損なわれた、又は弱められた変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株であることが好ましい。このような変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株であれば、グルタチオン等の含硫化合物含量の多い酵母変異株を作製するための原材料として好適であるためである。
【0023】
また、工程(a)における変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株の選別は、突然変異処理を施した全ての酵母のMET遺伝子を解析し、選別してもよく、突然変異処理を施した酵母から、含硫化合物含量、特に総グルタチオン含量が比較的多い酵母を選択し、これらのMET遺伝子を解析して、変異型MET30遺伝子を有する株を選別してもよい。遺伝子変異等により、MET30遺伝子が有する他のMET遺伝子群の転写抑制機能が阻害されると、他のMET遺伝子等のS代謝遺伝子群が活性化され、酵母中の含硫化合物含量、特に総グルタチオン含量が高くなると考えられているためである。例えば、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量は、サッカロマイセス・セレビシエYNN27株では約0.3重量%であるが、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株では約1重量%以上となる場合がある。
【0024】
次に、工程(b)として、工程(a)により得られた酵母変異株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を2以上得る。このように、工程(a)により得られた酵母変異株に、繰り返し突然変異処理を施すことにより、突然変異処理前の酵母変異株よりも含硫化合物含量が高い酵母変異株を得ることができる。
【0025】
工程(b)において得られた酵母変異株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上であり、工程(a)で得られた酵母変異株よりも含硫化合物含量が高い酵母変異株である。これは、突然変異処理により、MET30遺伝子に加えて、さらに他のS代謝遺伝子が変異されたことにより、S代謝が促進された可能性がある。
【0026】
さらに工程(c)として、工程(b)により得られた酵母変異株のうちの2株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得る。なお、酵母の掛け合わせは、常法により行うことができる。特に、各親株に対して四分子解析(Tetrad Analysis)を行い、各胞子の含硫化合物含量を測定し、それぞれの親株から選択された最も含硫化合物含量が高い胞子同士を掛け合わせることにより、乾燥菌体重量当たり2重量%以上という高い含硫化合物含量を有する酵母変異株を簡便に得ることができる。
【0027】
このように、工程(b)により得られた酵母変異株同士を掛け合わせることにより、親株である酵母変異株よりも含硫化合物含量が高い酵母変異株を得ることができる理由は明らかではないが、親株とする工程(b)により得られた2株は、MET30遺伝子以外に互いに異なる変異型遺伝子を有しており、これらの親株を掛け合わせることにより、各親株が有する変異型遺伝子を併せ持つ含硫化合物高含量酵母変異株を得ることができると推察される。
【0028】
また、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を、親株であるサッカロマイセス・セレビシエYNN27株と戻し交配させることによっても、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得ることができる。
【0029】
このように、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、変異型MET30遺伝子を有し、かつ、少なくとも1以上のMET30遺伝子以外の変異型遺伝子を有する、含硫化合物含量が高い酵母である。このようなサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、例えば、以下のようにして取得することができる。
【0030】
1.工程(a):変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株の作製
まず、野生株であるサッカロマイセス・セレビシエYNN27株に、突然変異処理をすることにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得た。
サッカロマイセス・セレビジエYNN27株をYPD培地(グルコース2%、ポリペプトン2%、イーストエキス1%)を含む試験管で対数増殖期まで培養した。この菌体を回収し、常法に従いEMSを用いて変異処理を行った。変異処理は死滅率約70%になるような条件で行った。
上記のようにして変異処理を施した菌株を2%寒天含有YPD平板培地に塗布し、30℃で48時間静置培養した。形成したコロニーに対して、ニトロプルシド法により総グルタチオン高含量酵母変異株のスクリーニングを実施した。具体的には、YPD寒天平板培地上でコロニー形成を行い、マスタープレートとし、該マスタープレートよりレプリカ布を用いて新規2%寒天含有YPD平板培地に菌を複写し、30℃で1晩培養し、コロニーを形成させ、レプリカプレートを作製した。該レプリカプレート上に2%ニトロプルシッド(Sodium Nitoroprusside Dihydrate)含有5%トリクロロ酢酸溶液を添加し、5分間放置後、ニトロプルシッド含有トリクロロ酢酸溶液を廃棄し、28%アンモニア水を添加した。これにより、赤く染色したコロニーをマーキングし、対応する菌株をマスタープレートよりピックアップした。
ピックアップした菌株のMET30遺伝子の塩基配列を、シークエンス法により解析し、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を1株得、No.1株と名付けた。
【0031】
2.工程(b):変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株の作製
No.1株を、YPD培地を含む試験管で対数増殖期まで培養し、工程(a)と同様にEMSを用いて変異処理を行った後、2%寒天含有YPD平板培地に塗布し、30℃で48時間静置培養した。形成したコロニーに対して、工程(a)と同様にして、ニトロプルシド法により総グルタチオン高含量酵母変異株のスクリーニングを実施した。
スクリーニングにより得られた菌株から、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を選別した。具体的には、マスタープレートよりピックアップしたそれぞれの菌株の総グルタチオン量を、Titzeらの方法(Analytical Biochemistry, Vol.27、p502、1969)に従って測定し、各菌株の乾燥菌体重量で除することにより、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量を算出し、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量が2重量%である酵母変異株(No.2株)と、2重量%である酵母変異株(No.3株)との2株を得た。
No.2株とNo.3株のMET30遺伝子の塩基配列を、シークエンス法により解析したところ、No.1株と同じ変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株であった。
【0032】
3.工程(c):含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株の作製。
No.2株とNo.3株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を作製した。具体的には、まず、No.2株とNo.3株のそれぞれに対して、四分子解析を行い、最も含硫化合物含量の高い胞子を選別し、これらの胞子を掛け合わせることにより、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量が3重量%である酵母変異株を1株得た。該1株は、ABYC1579株と名付けた。
【0033】
4.ABYC1579株の菌学的性質
ABYC1579株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であること以外は、サッカロマイセス・セレビシエの一般的な菌学的性質と同一である。
ABYC1579株を2%寒天含有YPD平板培地にて、30℃で2日間培養して得られたコロニーは、下記の形態的特徴を有する。
(1)大きさ:直径約2mm、(2)色調:白〜クリーム色、(3)形状:全縁で半レンズ状に隆起した円形、(4)表面形状:スムース、(5)透明度:不透明、(6)粘稠性:バター様。
【0034】
このようにして得られたABYC1579株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株であり、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株である。
【0035】
5.戻し交配株の取得
また、得られたABYC1579株を、サッカロマイセス・セレビシエYNN27株と戻し交配させることにより、やはり乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量が3重量%である酵母変異株を1株得た。該1株は、ABYC1588株と名付けた。
【0036】
6.ABYC1588株の菌学的性質
ABYC1588株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であること以外は、サッカロマイセス・セレビシエの一般的な菌学的性質と同一である。
ABYC1588株を2%寒天含有YPD平板培地にて、30℃で2日間培養して得られたコロニーは、下記の形態的特徴を有する。
(1)大きさ:直径約2mm、(2)色調:白〜クリーム色、(3)形状:全縁で半レンズ状に隆起した円形、(4)表面形状:スムース、(5)透明度:不透明、(6)粘稠性:バター様。
【0037】
このようにして得られたABYC1588株は、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株であり、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株である。
【0038】
ABYC1579株は、本発明において、突然変異処理により得られた酵母変異株同士を掛け合わせることにより新規に作製されたサッカロマイセス・セレビシエ変異株である。また、ABYC1588株は、ABYC1579株を戻し交配することにより新規に作製されたサッカロマイセス・セレビシエ変異株である。そこで、出願人は、ABYC1579株とABYC1588株とを、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1)に新規酵母として寄託した。受託番号は、ABYC1579株はFERM BP−10923であり、ABYC1588株はFERM BP−10924である。また、受託日はいずれも2007年10月19日である。
【0039】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり2重量%以上の含硫化合物を含有させることにより、含硫化合物高含有酵母を簡便に製造することができる。本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養に用いられる培地は、炭素源、窒素源、及び無機塩等を含み、サッカロマイセス・セレビシエ変異株が増殖可能な培地であれば特に限定されるものではなく、通常サッカロマイセス・セレビシエ等の酵母の培養に用いられるいずれの培地も用いることができる。
【0040】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養するための培地に含有される炭素源としては、例えば、通常の微生物の培養に利用されるグルコース、蔗糖、酢酸、エタノール、糖蜜、及び亜硫酸パルプ廃液等からなる群より選択される1又は2種以上を用いることができる。また、窒素源としては、含窒素無機塩であってもよく、含窒素有機物であってもよい。例えば、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、コーンスティプリカー(CSL)、カゼイン、酵母エキス、及びペプトン等からなる群より選択される1又は2種以上を用いることができる。また、無機塩としては、過リン酸石灰やリン安等のリン酸成分、塩化カリウムや水酸化カリウム等のカリウム成分、硫酸マグネシウムや塩酸マグネシウム等のマグネシウム成分等を用いることができる。その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を使用してもよい。さらに、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養するための培地には、ビタミン、核酸関連物質等を適宜添加しても良い。このような培地として、例えば、YPD培地等が挙げられる。
【0041】
培養形式は、特に限定されるものではなく、培養スケール、得られた培養物の使用用途等を考慮して適宜決定することができる。例えば、寒天平板培地に塗布して培養してもよく、液体培地中で培養してもよい。液体培地における培養形式として、回分培養、流加培養、連続培養等が挙げられる。例えば、継代培養の場合には、簡便であるため、寒天平板培地上で培養することや、適当な液体培地中で回分培養することが好ましい。また、工業的に含硫化合物高含有酵母を製造し、培養物を量産する場合には、流加培養又は連続培養を行うことが好ましい。
【0042】
また、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養条件は、特に限定されるものではなく、サッカロマイセス酵母を培養する場合に一般的に用いられる条件により培養することができる。例えば、培養温度は20〜40℃であることが好ましく、25〜35℃であることがより好ましい。また、培地のpHは3.5〜8.0であることが好ましく、4.0〜7.0であることがより好ましい。特に、工業的に培養物を量産する場合には、培地中のpHを定期的に測定し、pH4.0〜7.0に維持するよう調整することが好ましい。その他、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、他のサッカロマイセス酵母と同様に好気的条件で培養することが好ましい。例えば、回分培養においては、通気量の条件は0.5〜2vvmであることが好ましく、0.8〜1.5vvmであることがより好ましい。
【0043】
例えば、YPD培地を用いて、25〜35℃、撹拌数140〜400rpm、通気量0.8〜1.5vvm、pH4.0〜5.0の条件で、20時間以上回分培養を行うことにより、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の含硫化合物含量を、乾燥菌体重量当たり2重量%以上にすることができる。
【0044】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養することにより、サッカロマイセス・セレビシエの公知株を用いた場合よりも、十分に含硫化合物含有量が高い培養物を得ることができる。このため、該培養物を用いることにより、含硫化合物含量の高い酵母エキス、特に総グルタチオン含量が8重量%以上という含硫化合物含量の高い酵母エキスを調製することができる。
【0045】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物からの酵母エキスの調製は、特に限定されるものではなく、酵母エキスを調製する場合に通常行われている調製方法のいずれを用いてもよい。該調製方法として、例えば、酵母菌体内に本来あるタンパク質分解酵素等を利用して菌体を可溶化する自己消化法、微生物や植物由来の酵素製剤を添加して菌体を可溶化する酵素分解法、熱水中に一定時間浸漬することにより菌体を可溶化する熱水抽出法、種々の酸あるいはアルカリを添加して菌体を可溶化する酸・アルカリ分解法、凍結・融解を1回以上行うことにより菌体を破砕する凍結融解法、物理的な刺激により菌体を破砕する物理的破砕法等がある。物理的破砕法において用いられる物理的刺激としては、例えば、超音波処理、高圧下におけるホモジェナイズ、グラスビーズ等の固形物との混合による磨砕等がある。
【0046】
また、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を、乾燥処理することにより、含硫化合物含有量が高い乾燥酵母菌体を得ることができる。該培養物を乾燥処理する方法は、特に限定されるものではなく、乾燥酵母菌体を調製する場合に通常行われている調製方法のいずれを用いてもよい。該調製方法として、例えば、凍結乾燥法、スプレードライ法、ドラムドライ法等がある。さらに、得られた乾燥酵母菌体を粉末状に加工することにより、取り扱い性に優れた含硫化合物含有量が高い乾燥酵母菌末を得ることができる。
【0047】
その他、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物から含硫化合物を含有する分画物を得てもよい。培養物から含硫化合物を含有する分画物を分画する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法でもよい。例えば、熱水抽出、菌体破砕による抽出等により得られた抽出物を、含硫化合物と親和性の高い物質を担持したアフィニティカラムを用いて分画することにより、含硫化合物を高濃度に含む画分に濃縮精製することが可能となる。
【0048】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物自体や、酵母エキス、乾燥酵母菌体、含硫化合物を含む分画物等の該培養物から調製された調製物は、調味料等の食品添加物として、特に好適に用いることができる。添加される飲食品は、特に限定されるものではなく、例えば、アルコール飲料、清涼飲料、発酵食品、調味料、スープ類、パン類、菓子類等を挙げることができる。その他、該培養物等は、ソフトカプセル剤やハードカプセル剤、打錠剤等に加工することにより、サプリメント等として摂食することもできる。
【実施例】
【0049】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
[実施例1] 総グルタチオン高含有酵母の製造1
まず、2%寒天含有YPD平板培地に、ABYC1579株とABYC1588株とをそれぞれ植菌し、30℃のインキュベーターにて一晩静置培養行い、継代培養プレートを作製し、4℃にて保存した。
該継代培養プレートから1白金耳のコロニーをそれぞれ採取し、5mLのYPD培地に植菌し、30℃で1晩培養したものを前培養液とした。その後、10mLのYPD培地に前培養液を最終濃度5%となるように添加して植菌し、30℃、撹拌数160rpmで18時間培養した。該培養物中の各菌株に含有される総グルタチオン量を、Titzeらの方法(Analytical Biochemistry, Vol.27、p502、1969)に従って測定し、各菌株の乾燥菌体重量で除することにより、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量を算出した。この結果、各培養物中の菌体の乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量は、ABYC1579株は2.7重量%であり、ABYC1588株は2.8重量%であった。
【0051】
[実施例2] 総グルタチオン高含有酵母の製造2
実施例1と同様にして作製した継代培養プレートから1白金耳のコロニーをそれぞれ採取し、50mLのYPD培地に植菌し、30℃で1晩培養したものを前培養液とした。その後、5L容量のジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社製)に、1.5LのYPD培地を入れ、さらに、前培養液を添加して、初発菌数が1×10cells/mLとなるように植菌し、30℃、撹拌数250rpm、通気量1vvmとして、回分培養を行った。回分培養時の培地中のpHは、アンモニア水を用いて4.5に維持した。なお、同様にして、公知のサッカロマイセス・セレビシエS288C株を培養したものを対照とした。
培養開始後12〜24時間目に、50mLの培養物(ABYC1579株含有YPD培地、ABYC1588株含有YPD培地、又はS288C株含有YPD培地)をそれぞれ分取し、各培養物中の菌株に含有される乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量を実施例1と同様にして測定した。
【0052】
【表1】

【0053】
この結果、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株であるABYC1579株とABYC1588株では、いずれも培養開始後20時間以上経過時には、乾燥菌体重量当たりの総グルタチオン含量が2重量%以上であった。一方、公知株であるS288C株は、0.6重量%程度であり、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株が非常にグルタチオン等の含硫化合物含量の高い酵母であることが明らかである。
【0054】
[実施例3] 酵母エキスの調製
実施例2で調製した24時間培養後の各菌株の培養物を用いて酵母エキスを調製した。
まず、各培養物を遠心分離処理することにより、含有されていた酵母を沈殿として回収し、蒸留水で洗浄した。その後、菌体濃度が10〜15%となるように適量の蒸留水を加えて酵母懸濁液を作成した。該酵母懸濁液を85℃で70秒間加熱した後に急速冷却し、遠心分離処理することにより、エキス分を回収した。回収したエキス分を乾燥させて酵母エキスを調製した。
得られた酵母エキス中の総グルタチオン含量を、実施例1と同様にして測定したところ、ABYC1579株培養物由来酵母エキスでは8.4重量%、ABYC1588株培養物由来酵母エキスでは8.1重量%であった。これに対して、S288C株培養物由来酵母エキスでは2.2重量%であった。
この結果から、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を用いることにより、総グルタチオン含量が8重量%以上という含硫化合物含量の高い良好な酵母エキスを調製し得ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、グルタチオン等の含硫化合物含量が高く、該変異株を培養することにより、簡便に含硫化合物含有量の高い酵母培養物や酵母エキス等を製造することができるため特に食品分野等で利用が可能である。
【受託番号】
【0056】
FERM BP−10923
FERM BP−10924

【特許請求の範囲】
【請求項1】
含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であり、下記工程(a)〜(c)より得ることができることを特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株。
(a)サッカロマイセス・セレビシエYNN27に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有する酵母変異株を得る工程と、
(b)工程(a)により得られた酵母変異株に突然変異処理することにより、変異型MET30遺伝子を有し、かつ含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり1.5重量%以上である酵母変異株を2以上得る工程と、
(c)工程(b)により得られた酵母変異株のうちの2株を掛け合わせることにより、含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上である酵母変異株を得る工程。
【請求項2】
サッカロマイセス・セレビシエABYC1579株(FERM BP−10923)であることを特徴とする、請求項1記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株。
【請求項3】
含硫化合物含量が乾燥菌体重量当たり2重量%以上であり、請求項1又は2記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を、サッカロマイセス・セレビシエYNN27と交配させることにより得られることを特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ変異株。
【請求項4】
サッカロマイセス・セレビシエABYC1588株(FERM BP−10924)であることを特徴とする、請求項3記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり3重量%以上の含硫化合物を含有させることを特徴とする、含硫化合物高含有酵母の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物から調製した酵母エキス。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を分画して得られる含硫化合物を含む分画物。
【請求項9】
酸化型グルタチオン及び還元型グルタチオンの合計含量が8重量%以上であることを特徴とする、請求項7記載の酵母エキス。
【請求項10】
請求項6に記載の培養物、又は請求項8に記載の分画物を含有することを特徴とする含硫化合物含有飲食品。
【請求項11】
前記含硫化合物がグルタチオンであることを特徴とする請求項10記載の含硫化合物含有飲食品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−160739(P2011−160739A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28021(P2010−28021)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】