説明

サッカロマイセス・セレビシエ変異株、及び該変異株を用いたRNA高含有酵母の製造方法。

【課題】RNA含有量が高く、かつ増殖性が良好なサッカロマイセス・セレビシエ変異株、該変異株を用いたRNA高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物及び酵母エキスの提供。
【解決手段】RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であることを特徴とする、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株、サッカロマイセス・セレビシエABYC1591株(FERM BP−10925)であることを特徴とする、前記記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株、前記いずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり14重量%以上のRNAを含有させることを特徴とする、RNA高含有酵母の製造方法、前記いずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物、及び該培養物から調製した酵母エキス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNA含量が高いサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株、該変異株を用いたRNA高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物及び酵母エキスに関する。
【背景技術】
【0002】
ビール酵母やパン酵母を始めとするサッカロマイセス(Saccharomyces)酵母は、天然のビタミンB群、アミノ酸、ミネラル等をバランス良く含有しており、ビールやパンの製造に使われる以外にも有効活用されている。例えば、乾燥酵母は我が国において長年にわたって医薬品、食品原料、調味料などとして使われており、栄養価と安全性の高い素材として認知されている。また、近年は酵母エキスの原料酵母としても広く用いられている。
【0003】
酵母エキスとは、酵母の培養物から調製され、アミノ酸等を豊富に含むものであり、従来から、旨味やコクを付与するための調味料等のような食品添加剤として使用されている。特に昨今の天然志向の高まりから、調味料としての酵母エキスの需要は増加傾向にある。呈味成分を豊富に含む酵母から調製された酵母エキスは、より優れた調味料として使用し得ることが期待できるため、呈味成分をより多く含む酵母の開発が盛んに行われている。
【0004】
例えば、RNA(リボ核酸)を酵素処理等することにより、核酸性呈味成分であるイノシン酸やグアニル酸を生成することができる。このため、RNAを多く含む酵母を用いて酵母エキスを調製することにより、核酸性呈味成分を豊富に含み、旨味成分が増強された酵母エキスを得ることができる。
【0005】
RNA高含有酵母を得るために、様々な方法が開示されている。例えば、(1)低温感受性を有し、RNAを菌体重量当たり20重量%以上生成蓄積するキャンディダ・ウチリス(Candida utilis)変異株と、該変異株を好気的に培養して、該酵母菌体内に20重量%以上のRNAを生成蓄積せしめるRNA高含有酵母の製造方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。また、(2)菌体中のRNA含有率が極めて高い新酵母菌株キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)と、該酵母菌株を培養し、その培養菌体からRNAを抽出することを特徴とする酵母RNAの製造方法が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。
【特許文献1】特開平11−196859号公報
【特許文献2】特公昭55−49837号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2において開示されている酵母は、いずれもRNA高含有酵母であるものの、キャンディダ(Candida)酵母であり、食用として汎用されているサッカロマイセス酵母、特にサッカロマイセス・セレビシエにおいては、このようなRNA高含有変異株について知られてはいなかった。
さらに、特許文献1において開示されている酵母は、低温感受性であり、培養温度が30℃以下となると増殖性が低下するが、この増殖性がやや低下した培養条件下で培養することにより、該酵母菌体内にRNAを高蓄積させるものであり、増殖の至適条件とRNA蓄積の至適条件とが異なるという問題がある。
【0007】
本発明は、RNA含有量が高く、かつ増殖性が良好なサッカロマイセス・セレビシエ変異株、該変異株を用いたRNA高含有酵母の製造方法、並びに、該変異株の培養物及び酵母エキスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、サッカロマイセス・セレビシエの酵母ライブラリーからRNA含有量の高い酵母株をスクリーニングした後、該酵母株を戻し交配することにより、RNA含有量が高く、かつ増殖性が良好なサッカロマイセス・セレビシエABYC1591株を見出し、本発明を完成させた。
【0009】
(1) 本発明は、RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であることを特徴とする、サッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(2) また、本発明は、RNA含量が乾燥菌体重量当たり18重量%以上であることを特徴とする、前記(1)に記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(3) また、本発明は、サッカロマイセス・セレビシエABYC1591株(FERM BP−10925)であることを特徴とする、前記(1)又は(2)に記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を提供するものである。
(4) また、本発明は、前記(1)〜(3)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり14重量%以上のRNAを含有させることを特徴とする、RNA高含有酵母の製造方法を提供するものである。
(5) また、本発明は、前記(1)〜(3)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を提供するものである。
(6) また、本発明は、前記(1)〜(3)のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物から調製した酵母エキスを提供するものである。
(7) また、本発明は、RNA含量が35重量%以上であることを特徴とする、前記(6)記載の酵母エキスを提供するものである。
(8) また、本発明は、イノシン酸(IMP)及びグアニル酸(GMP)の合計含量が20重量%以上であることを特徴とする、前記(6)記載の酵母エキスを提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、RNA含有量が高く、かつ増殖性が良好な酵母である。このため、該サッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養することにより、簡便にRNA高含有酵母を製造することができる。また、該サッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物及び酵母エキスは、RNA含有量が十分に高いため、旨味が増強されており、調味料として非常に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明においては、乾燥菌体重量とは、菌体を乾燥させた後の重量を意味する。乾燥後の菌体重量は、例えば、まず、酵母の培養物を遠心分離処理することにより、菌体を沈殿として回収する。回収した菌体を遠心分離操作により2回水洗した後、105℃で5時間乾燥させた後の重量を測定することにより、求めることができる。また、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の乾燥菌体重量当たりのRNA含量は、微生物中のRNA含量を定量する場合に通常行われる方法により求めることができる。
【0012】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であることを特徴とする。乾燥菌体重量当たりのRNA含量が14重量%以上と高いことにより、このサッカロマイセス・セレビシエ変異株から得られる培養物や酵母エキス等のRNA含量を、容易に高くすることができるためである。本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株においては、RNA含量が乾燥菌体重量当たり18重量%以上であることがより好ましい。
このようなサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、例えば、以下のようにして取得することができる。
【0013】
1.RNA高含有サッカロマイセス・セレビシエ変異株のスクリーニング
本発明者らは、まず、市販の酵母を含む約200株の入手可能なサッカロマイセス・セレビシエ酵母の、それぞれのRNA含有量を測定した。具体的には、各サッカロマイセス・セレビシエ酵母を、それぞれ10mLのYPD培地(2%ペプトン、1%酵母エキス、2%グルコース)に植菌し、30℃のインキュベーター中で一晩前培養した。得られた前培養液を初発菌数が1×10cells/mLとなるように50mLのYPD培地に植菌し、30℃のインキュベーター中で16時間、攪拌数200rpmで振とう培養した。得られた培養物から、菌体を回収し、該菌体中のRNA含有量を後記実施例1と同様にして測定した。
この結果、大部分の酵母中のRNA含有量は、乾燥菌体重量当たり約10重量%未満であり、10重量%以上であった株は5株であった。これらの5株に加え、対照として乾燥菌体重量当たり約10重量%未満であった1株を選抜した。
選抜された6株のそれぞれのRNA含有量を再度同じ方法により測定した。測定の結果得られた各酵母中のRNA含有量を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
表1に示したように、No.1株中のRNA含有量は乾燥菌体重量当たり約8重量%程度であったが、その他の5株はいずれも10重量%以上であった。中でもNo.3〜6の4株はいずれも14重量%以上であり、RNA高含有酵母であることが明らかとなった。特にNo.6株は、約17.8重量%であり、非常にRNA含有量が高かった。
【0016】
2.No.6株の改良
最もRNA含有量が高かったNo.6株は、一倍体酵母であり、安定性に問題があった。一方、No.6株の親株は、二倍体酵母であったが、非常に増殖性が悪く、工業上利用性に劣る酵母であった。
そこで、No.6株に対して、その親株を用いて戻し交配をすることにより、増殖性が良好であり、二倍体で安定なRNA高含有変異株を作製した。
具体的には、まず、No.6株の親株に対して四分子解析(Tetrad Analysis)を行い、増殖性が良好であり、かつRNA含有量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上である胞子を選抜した。この選抜された胞子とNo.6株を掛け合わせて、再度四分子解析を行い、増殖が良好であり、かつRNA含有量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上である胞子を選抜した。この選抜された胞子を、戻し交配終了株とした。
なお、各酵母のRNA含有量は後記実施例1と同様にして測定した。また、各酵母の増殖性は、培養後の培地を15,000rpmにおいて遠心分離処理し、沈殿として得られた菌体の乾燥重量から、培地100mL当たりに対する菌体濃度を算出し、判断した。
【0017】
【表2】

【0018】
表2は、No.6株の親株と戻し交配終了株の増殖性とRNA含量を測定した結果を示した表である。各株の増殖性は、培養後の菌体濃度として表した。この結果から、戻し交配終了株は、No.6株の親株と同様にRNA高含有酵母であったが、親株よりも増殖性が十分に改善されていることが明らかである。
【0019】
次に、得られた戻し交配終了株とNo.6株を掛け合わせて変異株を作製した。得られた変異株の増殖性とRNA含有量を測定し、増殖性が良好であり、かつRNA含有量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上である変異株を選抜し、RNA高含有であり、かつ増殖性にも優れた本発明の酵母を得た。なお、得られた酵母を、ABYC1591株と名付けた。
【0020】
3.ABYC1591株の菌学的性質
ABYC1591株は、RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であること以外は、サッカロマイセス・セレビシエの一般的な菌学的性質と同一である。
ABYC1591株を2%寒天含有YPD平板培地にて、30℃で2日間培養して得られたコロニーは、下記の形態的特徴を有する。
(1)大きさ:直径約2mm、(2)色調:白〜クリーム色、(3)形状:全縁で半レンズ状に隆起した円形、(4)表面形状:スムース、(5)透明度:不透明、(6)粘稠性:バター様。
【0021】
このようにして得られたABYC1591株は、RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株であり、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株である。
【0022】
また、ABYC1591株は、本発明において、四分子解析により得られた胞子とIFO10611株とを掛け合わせることにより新規に作製されたサッカロマイセス・セレビシエ変異株であり、公知株よりも遥かにRNA含量が高くかつ増殖性が良好であるという従来にない性質を有する酵母株である。そこで、出願人は、ABYC1591株を、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1)に新規酵母として寄託した。受託番号はFERM BP−10925であり、受託日は2007年10月19日である。
【0023】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり14重量%以上のRNAを含有させることにより、RNA高含有酵母を簡便に製造することができる。本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養に用いられる培地は、炭素源、窒素源、及び無機塩等を含み、サッカロマイセス・セレビシエ変異株が増殖可能な培地であれば特に限定されるものではなく、通常サッカロマイセス・セレビシエ等の酵母の培養に用いられるいずれの培地も用いることができる。
【0024】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養するための培地に含有される炭素源としては、例えば、通常の微生物の培養に利用されるグルコース、蔗糖、酢酸、エタノール、糖蜜、及び亜硫酸パルプ廃液等からなる群より選択される1又は2種以上を用いることができる。また、窒素源としては、含窒素無機塩であってもよく、含窒素有機物であってもよい。例えば、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、コーンスティプリカー(CSL)、カゼイン、酵母エキス、及びペプトン等からなる群より選択される1又は2種以上を用いることができる。また、無機塩としては、過リン酸石灰やリン安等のリン酸成分、塩化カリウムや水酸化カリウム等のカリウム成分、硫酸マグネシウムや塩酸マグネシウム等のマグネシウム成分等を用いることができる。その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を使用してもよい。さらに、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養するための培地には、ビタミン、核酸関連物質等を適宜添加しても良い。このような培地として、例えば、YPD培地等が挙げられる。
【0025】
培養形式は、特に限定されるものではなく、培養スケール、得られた培養物の使用用途等を考慮して適宜決定することができる。例えば、寒天平板培地に塗布して培養してもよく、液体培地中で培養してもよい。液体培地における培養形式として、回分培養、流加培養、連続培養等が挙げられる。例えば、継代培養の場合には、簡便であるため、寒天平板培地上で培養することや、適当な液体培地中で回分培養することが好ましい。また、工業的にRNA高含有酵母を製造し、培養物を量産する場合には、流加培養又は連続培養を行うことが好ましい。
【0026】
また、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養条件は、特に限定されるものではなく、サッカロマイセス酵母を培養する場合に一般的に用いられる条件により培養することができる。例えば、培養温度は20〜40℃であることが好ましく、25〜35℃であることがより好ましい。また、培地のpHは3.5〜8.0であることが好ましく、4.0〜6.0であることがより好ましい。特に、工業的に培養物を量産する場合には、培地中のpHを定期的に測定し、pH4.0〜6.0に維持するよう調整することが好ましい。その他、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、他のサッカロマイセス酵母と同様に好気的条件で培養することが好ましい。例えば、回分培養においては、通気量の条件は0.5〜2vvmであることが好ましく、0.8〜1.5vvmであることがより好ましい。
【0027】
例えば、YPD培地を用いて、25〜35℃、撹拌数180〜400rpm、通気量0.8〜1.5vvm、pH4.0〜5.0の条件で回分培養を行うことにより、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株のRNA含量を、乾燥菌体重量当たり14重量%以上にすることができる。これらの培養条件に加えて、培養時間を7〜12時間とすることにより、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株のRNA含量を、乾燥菌体重量当たり18重量%以上にすることができる。
【0028】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養することにより、サッカロマイセス・セレビシエの公知株を用いた場合よりも、十分にRNA含有量が高い培養物を得ることができる。このため、該培養物を用いることにより、RNA含量が35重量%以上という核酸含量の高い酵母エキスを調製することができる。特に、イノシン酸(IMP)及びグアニル酸(GMP)の合計含量が20重量%以上であり、旨味成分が増強された良好な酵母エキスを調製することもできる。
【0029】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物からの酵母エキスの調製は、特に限定されるものではなく、酵母エキスを調製する場合に通常行われている調製方法のいずれを用いてもよい。該調製方法として、例えば、酵母菌体内に本来あるタンパク質分解酵素等を利用して菌体を可溶化する自己消化法、微生物や植物由来の酵素製剤を添加して菌体を可溶化する酵素分解法、熱水中に一定時間浸漬することにより菌体を可溶化する熱水抽出法、種々の酸あるいはアルカリを添加して菌体を可溶化する酸・アルカリ分解法、凍結・融解を1回以上行うことにより菌体を破砕する凍結融解法、物理的な刺激により菌体を破砕する物理的破砕法等がある。物理的破砕法において用いられる物理的刺激としては、例えば、超音波処理、高圧下におけるホモジェナイズ、グラスビーズ等の固形物との混合による磨砕等がある。
【0030】
その他、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物を、乾燥処理することにより、RNA含有量が高い乾燥酵母菌体を得ることができる。該培養物を乾燥処理する方法は、特に限定されるものではなく、乾燥酵母菌体を調製する場合に通常行われている調製方法のいずれを用いてもよい。該調製方法として、例えば、凍結乾燥法、スプレードライ法、ドラムドライ法等がある。さらに、得られた乾燥酵母菌体を粉末状に加工することにより、取り扱い性に優れたRNA含有量が高い乾燥酵母菌末を得ることができる。
【0031】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物自体や、酵母エキス、乾燥酵母菌体等の該培養物から調製された調製物は、調味料等の食品添加物として、特に好適に用いることができる。添加される飲食品は、特に限定されるものではなく、例えば、アルコール飲料、清涼飲料、発酵食品、調味料、スープ類、パン類、菓子類等を挙げることができる。その他、該培養物等は、ソフトカプセル剤やハードカプセル剤、打錠剤等に加工することにより、サプリメント等として摂食することもできる。
【実施例】
【0032】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
[実施例1] RNA高含有酵母の製造
まず、2%寒天含有YPD平板培地に、ABYC1591株を植菌し、30℃のインキュベーターにて一晩静置培養行い、継代培養プレートを作製し、4℃にて保存した。
該継代培養プレートから1白金耳のABYC1591株コロニーを採取し、50mLのYPD培地に植菌し、30℃で1晩培養したものを前培養液とした。その後、5L容量のジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社製)に、1.5LのYPD培地を入れ、さらに、前培養液を添加して、初発菌数が1×10cells/mLとなるように植菌し、30℃、撹拌数200rpm、通気量1vvmとして、回分培養を行った。回分培養時の培地中のpHは、アンモニア水を用いて4.5に維持した。
【0034】
培養開始後9〜21時間目に、50mLの培養物(ABYC1591株含有YPD培地)を分取し、該培養物中のABYC1591株に含有されるRNA量を測定した。なお、菌体中のRNA含量は、具体的には、以下に述べる方法により測定した。
まず、分取した培養物を遠心分離処理することにより、含有されていた酵母を沈殿として回収し、蒸留水で洗浄した。その後、660nmの吸光度(OD660)が50〜100程度となるように適量の蒸留水を加えて懸濁したものを、測定サンプルとした。250μLの測定サンプルと、250μLの3.3Mの塩化ナトリウム溶液とを混合し、100℃で1時間加熱した。室温まで放冷後、750mLの蒸留水を添加したものをブランク溶液とした。
次に、150μLのブランク溶液に、200μLの0.1Mリン酸ナトリウムバッファー(pH5.3)、50μLの0.01M塩化亜鉛溶液、100μLの39.7U/mLヌクレアーゼP1溶液(ヤマサ社製)をそれぞれ添加し、60℃で2時間反応させて、該ブランク溶液中の核酸を分解した。分解後の溶液をサンプル溶液とした。
ブランク溶液とサンプル溶液の両液を、Ultrafree(登録商標)−MC遠心式フィルターユニット(10,000NMWL、ミリポア社製)を用いて限外濾過し、各溶液中の核酸含量を、HPLCを用いて測定した。核酸成分は2ナトリウム塩7水和物として計算した。なお、HPLCは、下記の条件にて行った。
HPLC装置:LC−10ADVP(島津製作所製)
カラム:日立ゲル#3013−N充填カラム
検出器:SPD−10AVP(島津製作所製)
移動相:67mM NHCl、10mM KHPO、20mM KHPO、6%アセトニトリル溶液
インジェクション:10μL
カラム温度:35℃
流量:1.0mL/min
検出波長:254nm
分析時間:30分間
【0035】
【表3】

【0036】
表3は、培養開始後の時間と培養物中の菌体のRNA含量を示した表である。この結果、培養物中の菌体のRNA含量は、培養開始後9時間の時点で、最も含有量が多くなり、21.4重量%であった。また、培養開始後18時間の時点でも16.3重量%と非常に高い含有量を示した。後記比較例1に示すように、サッカロマイセス・セレビシエの公知株は、培養開始後18時間の時点で、通常10重量%以下である。つまり、実施例1の結果から、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株が非常にRNA含量の高い酵母であることが明らかである。
【0037】
[実施例2] 酵母エキスの調製
まず、実施例1と同様にして、YPD培地にABYC1591株を植菌して培養し、培養開始後18時間目の培養物を得た。得られた培養物中のABYC1591株に含有されるRNA量を、実施例1と同様にして測定したところ、乾燥菌体重量当たり14.6重量%であった。
次に、この培養物を遠心分離処理することにより、含有されていた酵母を沈殿として回収し、蒸留水で洗浄した。その後、菌体濃度が10〜15%となるように適量の蒸留水を加えて酵母懸濁液を作成した。殺菌後、pH5となるように該酵母懸濁液を調製し、細胞壁溶解酵素を添加して、50℃で17時間保温した。その後、該酵母懸濁液を遠心分離処理することにより、上清エキスを回収し、pH5.5となるように調製後、RNA分解酵素及び脱アミノ酵素を添加して、50℃で17時間酵素反応を行った。80℃達温にて酵素を失活させた後、濾過・殺菌し、乾燥させて酵母エキスを調製した。
得られた酵母エキス中のRNA含量を、実施例1と同様にして測定したところ、43.4重量%であった。また、呈味成分であるイノシン酸及びグアニル酸の合計含量は24.4重量%であった。
この結果から、本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を用いることにより、RNA含量の高い良好な酵母エキスを調製し得ることが明らかである。
【0038】
[比較例1] 酵母エキスの調製
ABYC1591株に代えて、サッカロマイセス・セレビシエS288C株を用いた以外は、実施例1と同様にして、培養物を得た。得られた培養物中のS288C株に含有されるRNA量を、実施例1と同様にして測定したところ、乾燥菌体重量当たり8.5重量%であった。
次に、実施例2と同様にして、この培養物から酵母エキスを調製し、酵母エキス中のRNA含量を測定した。この結果、S288C株の培養物から調製された酵母エキス中のRNA含量は17.2重量%であり、呈味成分であるイノシン酸及びグアニル酸の合計含量は7.9重量%であった。
【0039】
なお、実施例2において調製された酵母エキスと、比較例1において調製された酵母エキスの官能評価を実施した。
具体的には、両酵母エキスを、40度のお湯に対しそれぞれ1%になるように溶解し、酵母エキス溶解液を調製した。これらの酵母エキス溶解液を試飲したところ、実施例2の酵母エキス溶解液は、比較例1の酵母エキス溶解液に比べて、濃厚で旨味に深みがあった。
また、両酵母エキスを、市販コンソメスープに対しそれぞれ1%となるように添加した。この結果、実施例2の酵母エキス添加スープは、比較例1の酵母エキス添加スープに比べて、より旨味の深い良好な味を示した。
これらの結果は、実施例2の酵母エキスが、RNA含量とイノシン酸及びグアニル酸の合計含量において、比較例1の酵母エキスの2倍以上有しているためと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、RNA含量が高く、該変異株を培養することにより、簡便にRNA含有量の高い酵母培養物や酵母エキス等を製造することができるため特に食品分野等で利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RNA含量が乾燥菌体重量当たり14重量%以上であることを特徴とする、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)変異株。
【請求項2】
前記RNA含量が乾燥菌体重量当たり18重量%以上であることを特徴とする、請求項1記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株。
【請求項3】
サッカロマイセス・セレビシエABYC1591株(FERM BP−10925)であることを特徴とする、請求項1又は2記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株を培養し、当該変異株菌体内に、乾燥菌体重量当たり14重量%以上のRNAを含有させることを特徴とする、RNA高含有酵母の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか記載のサッカロマイセス・セレビシエ変異株の培養物から調製した酵母エキス。
【請求項7】
RNA含量が35重量%以上であることを特徴とする、請求項6記載の酵母エキス。
【請求項8】
イノシン酸(IMP)及びグアニル酸(GMP)の合計含量が20重量%以上であることを特徴とする、請求項6記載の酵母エキス。

【公開番号】特開2009−207464(P2009−207464A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−56840(P2008−56840)
【出願日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】