説明

サンゴ人工増殖具およびサンゴ人工増殖方法

【課題】礫堆積底域や砂礫底域に容易に挿入でき、しかも一旦挿入された後は安定的に固定され、波浪で転がって破損したり埋没したりする恐れが殆ど無いサンゴ人工増殖具の提供。
【解決手段】サンゴ育成部3の下側に固着させた挿入部11は本体13の外周に設けられた対生または互生の少なくとも一対の羽状返し突起21を備え、上下に隣り合う返し突起21どうしの距離は枝状サンゴの直径以上に設定する。返し突起の外側面23は下方に膨出した滑らかな湾曲面、例えば、側方視で現れる返し突起の外側面の下側輪郭線を上下で隣り合う返し突起どうしの距離の1/2を半径とする円弧軌跡に近似したものにし、且つ、挿入部の内側面29を中央部に稜線を有する山状にすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンゴ礁の礫堆積底域や砂礫底域に設置できるサンゴ人工増殖具および当該サンゴ人工増殖具を用いたサンゴ人工増殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
造礁サンゴの人工的な育成は、従来から行われているが、有性生殖による場合には産卵・受精後発生が進んだ幼生を着床させた人工基盤を適当な増殖対象海域に固定することにより、無性生殖による場合には生きたサンゴ群体の小片を作り、そのサンゴ小片をやはり適当な増殖対象海域に固定することにより行なわれている。
ところで、増殖対象海域としては環境面の考慮から礁池が推奨されるが、特許文献1には、岩盤にドリルで穴を開けそこに人工基盤の棒を差込むことで固定することが教示されている。
【0003】
而して、大半の礁池は生息していた枝状サンゴが死滅後そのまま堆積した礫堆積底域や、破砕後堆積した砂礫底域になっており、上記のような岩盤に対する固定方法をそのまま適用することはできない。その一方で、一旦安定的に固定できれば、枝状サンゴやその破片には海藻類が付着しているため、波浪でも移動され難く、砂礫移動の影響を受けることが少ない利点がある。
【0004】
【特許文献1】特開2003−61506号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した課題を解決するために、礫堆積底域や砂礫底域でも、人工基盤やサンゴ破片の固定作業が容易で、しかも安定的に固定状態を維持できる固定機能を備えたサンゴ人工増殖具を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記した人工増殖具を用いたサンゴ人工増殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意研究の結果、挿入部の形状を工夫することで、礫堆積底域や砂礫底域に容易に挿入でき、しかも一旦挿入された後は安定的に固定され、波浪で転がって破損したり埋没したりする恐れが殆ど無いサンゴ人工増殖具を開発することに成功したので、以下に提案する。
【0007】
請求項1の発明は、サンゴ育成部と挿入部とからなるサンゴ人工増殖具において、前記挿入部は棒状内至板状の本体と、前記本体の外周に設けられた対生または互生の少なくとも一対の羽状返し突起を備え、上下に隣り合う返し突起どうしの距離は枝状サンゴの直径以上に設定されていることを特徴とするサンゴ人工増殖具である。
請求項2の発明は、請求項1に記載したサンゴ人工増殖具において、返し突起の外側面は下方に膨出した滑らかな湾曲面になっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具である。
請求項3の発明は、請求項2に記載したサンゴ人工増殖具において、側方視で現れる返し突起の外側面の下側輪郭線は上下で隣り合う返し突起どうしの間隔の1/2を半径とする円弧軌跡に近似したものになっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具である。
請求項4の発明は、請求項1から3のいずれかに記載したサンゴ人工増殖具において、返し突起の内側面は中央部に稜線を有する山状になっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具である。
【0008】
請求項5の発明は、請求項1から4のいずれかに記載したサンゴ人工増殖具を使用し、サンゴ育成部にサンゴの幼生を着床しまたは生きたサンゴ小片を取り付けた後、礫堆積底域や砂礫底域に挿入部を差込むことを特徴とするサンゴ人工増殖方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明のサンゴ人工増殖具を用いれば、礫堆積底域や砂礫底域に容易に挿入でき、しかも一旦挿入された後は安定的に固定され、波浪で転がって破損したり埋没したりする恐れが殆ど無い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の第1の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具1について、図面に従って説明する。
このサンゴ人工増殖具1の想定される設置箇所は、礫堆積底域や砂礫底域であり、そこでは死滅した枝状サンゴ(死骸:直径10〜20mm程度、長さ(長くて)200〜300mm程度)がそのままランダムに堆積または破砕後ランダムに堆積して堆積層Lが形成されている。堆積層Lの厚さは30〜50cm程度である。堆積層Lの間には不定形の隙間があり、表面で露出した隙間の広さは5〜10cm程度である。
【0011】
先ず、サンゴ人工増殖具1の構成について説明する。
図1に示すように、サンゴ人工増殖具1は、サンゴ育成部3と挿入部11とからなる。
サンゴ育成部3と挿入部11の素材は、それぞれ、設置環境に影響を与えない自然素材の素焼きの瀬戸物がよい。安価に大量生産でき、特に挿入部11については複雑な形状でありながら、一体に成型でき適当な強度を保持できるからである。例えば、粘土を素材とし、石膏型を用いて圧力鋳込み法により成型した後、1250℃程度の高温で酸化焼成したものが候補として挙げられる。
【0012】
サンゴ育成部3は円盤状をなしており、中心部には円状の凹部5が形成されている。また、上面と下面には、半径方向に向かって放射状に延びて外周に到達する溝7、7……が形成され、さらに、外周面に上下に延びた溝9、9、……が形成されている。このサンゴ育成部3は生きたサンゴ小片Sや幼生を固着させるものであり、上記の凹部5に差込まれ、適当な接着剤(図示省略)で固められる。
サンゴ育成部3の円盤の直径は20〜30mm程度、厚さは15〜25mm程度、凹部5の内径は10〜20mm程度、深さは10〜20mm程度に設定される。
【0013】
挿入部11の本体13は幅寸法に対して長手寸法の長い板状をなしており、その角は丸みが付けられている。また、本体13の板面は長手方向中心線(パーチングライン)を山の稜線15として幅方向両端部に向かって傾斜して下がっている。本体13の先端部17は先端に向かって徐々に板面の幅寸法が小さくなるように両側縁が傾斜されて尖った三角形状をなしている。
本体13の太さは20〜50mm程度、長さは50〜500mm程度に設定される。
本体13の基端には六角形状の取付部19が設けられており、図2の矢印に示すように、その取付部19にサンゴ育成部3の円状面の中心部分が適当な接着剤(図示省略)を介して固着されて一体化されている。
【0014】
符号21、21、……は羽状の返し突起を示す。一対の返し突起21、21が本体13の板面を介して対向突設されており、所謂対生になっている。この挿入部11では、一対の返し突起21、21が一定の間隔を置いて5個突設されている。
各返し突起21は、本体13の板面の幅部を基端部とし、そこから斜め上方に向かって延び出ており、各縁には丸みが付けられている。
【0015】
図1に示すように、各返し突起21の外側面23は下方に膨出した滑らかな湾曲面になっている。図3の側面図に示すように、長手方向だけでなく、幅方向も湾曲しており、中心部分の外側輪郭線(パーチングライン上の線でもある)25より縁部分の外側輪郭線27の方が内側に後退している。
【0016】
図4の断面図で定義されている上下に隣り合う返し突起21どうしの距離(D)は、枝状サンゴやその破砕されたサンゴ破片の直径以上である10〜20mm以上に設定される。
また、返し突起21の外側面23の中心部分の外側輪郭線25は1/2Dを半径とする円弧軌跡(点線)に近似したものに設定される。
【0017】
各返し突起21の内側面29は中央部に山の稜線31(パーチングライン上の線でもある)を有しており、稜線31の両側は略平面になっている。
本体13の板面の稜線15と、上記内側面29の稜線31は同一平面上にある。
従って、側方視におけるV字状の開口部33の角度(θ)は、両縁側で最も大きく、内方に行くほど小さくなっている。開口部33の角度(θ)は、全体に亘って30〜90°、好ましくは30〜45°の範囲内に収まるように設定される。
また、図5に示すように、各返し突起21の上側輪郭線35は上方に膨出した湾曲線になっている。
【0018】
次に、サンゴ人工増殖具1の設置方法について説明する。
ダイバーが潜って、手でその隙間に、図6に示すように、サンゴ人工増殖具1を抵抗を避けながら押込んで差込む。その際、堆積層Lにサンゴ育成部3の外周面が埋没するように差込む。なお、図6では視認の便宜のため、サンゴ育成部3に固着されたサンゴ小片や、サンゴ破片に絡み付いている藻類の描画は省略されている。
【0019】
上記したように、返し突起21の外側面23が湾曲しているので、堆積層Lにスムーズに差込める。また、上記のように返し突起21どうしの距離(D)が設定されているので、差込まれたときには返し突起21は枝状サンゴやサンゴ破片に引っ掛かって抜け難くなっている。
また、設置後は、堆積層Lに付着している藻類(図示省略)が返し突起21の内側面29側のV字状の開口部33から入り込んで、返し突起21の山状部を伝わって絡み付いていくので、一層抜け難くなっている。
【0020】
以下、本発明の第2の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具41について、図
7に従って説明する。
このサンゴ人工増殖具41は、第1の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具1と略同じ構成をしているが、挿入部43の返し突起21が互生になっている点が異なる。
このように返し突起21になっていても、サンゴ人工増殖具1と同じように使用でき、同じような効果を享受できる。
【0021】
以上、本発明の実施の形態について詳述してきたが、具体的構成は、この実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更などがあっても発明に含まれる。
例えば、本発明は挿入部の形状に技術的特徴を有するものであり、その他については任意に設計できる。例えば、サンゴ育成部については従来またはこれから案出される適宜な形状・素材のものを利用できる。また、有性生殖の場合には、サンゴ育成部の素材は、幼生と相性の良いものとすべきである。
さらに、返し突起は最低一対以上、即ち2つ以上有ればよく、挿入部11の長さの関係で合計が奇数個になってもかまわない。
【実施例】
【0022】
第1の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具1を用いた。
サンゴ人工増殖具1は、サンゴ育成部3(円盤:直径30mm、厚さ20mm、凹部:内径15mm、深さ15mm)、挿入部11(本体:長さ110mm、板面幅寸法20mm、板厚寸法8mm)、返し突起21(距離(D):20mm)の寸法で設計されている。
2006年9月に、沖縄県八重山郡竹富町黒島周辺において、サンゴ人工増殖具1を、砂底域(=砂区)、砂礫底域(=砂礫区)、礫堆積底域(=死枝骨格区)の3底質域(水深3m)に、各30個を挿入し、台風13号が八重山群島通過(2006年9月15日、波高12m程度)の後直ぐに流出状況を観察した結果を、図8に示す。
砂底域では大半が流出したものの、砂礫底域では60%が正常であり、礫堆積底域では流出したものは無く、しかも90%以上が挿入時と同じ状態であった。
この結果は、本発明の人工増殖具の有効性を実証するものである。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明のサンゴ人工増殖具を用いれば、有性生殖・無性生殖を問わず、礫堆積底域や砂礫底域で造礁サンゴを安定的に育成することができる。しかも、挿入が容易なので、ボランティアなどにより作業を進めることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具の斜視図である。
【図2】図1のサンゴ人工増殖具の分解斜視図である。
【図3】図1のサンゴ人工増殖具の挿入部の本体板厚面方向から見た側面図である。
【図4】図3の挿入具の本体板面上のパーチングラインで切断したときに見える断面図である。
【図5】図1のサンゴ人工増殖具の挿入部の本体板面方向から見た側面図である。
【図6】図1のサンゴ人工増殖具の設置方法の説明図である。
【図7】第2の実施の形態に係るサンゴ人工増殖具の図3に対応する側面図である。
【図8】実施例における観察結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0025】
1…サンゴ人工増殖具(第1の実施の形態)
3…サンゴ育成部 5…凹部 7、9…溝
11…挿入部 13…本体 15…山の稜線
17…先端部 19…取付部 21…返し突起
23…外側面 25…中心部分の外側輪郭線
27…縁部分の外側輪郭線 29…内側面
31…山の稜線 33…V字状開口部 35…上側輪郭線
41…サンゴ人工増殖具(第2の実施の形態) 43…挿入部
D…返し突起の距離
θ…V字状開口部の角度
L‥堆積層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンゴ育成部と挿入部とからなるサンゴ人工増殖具において、
前記挿入部は棒状内至板状の本体と、前記本体の外周に設けられた対生または互生の少なくとも一対の羽状返し突起を備え、
上下に隣り合う返し突起どうしの距離は枝状サンゴの直径以上に設定されていることを特徴とするサンゴ人工増殖具。
【請求項2】
請求項1に記載したサンゴ人工増殖具において、
返し突起の外側面は下方に膨出した滑らかな湾曲面になっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具。
【請求項3】
請求項2に記載したサンゴ人工増殖具において、
側方視で現れる返し突起の外側面の下側輪郭線は上下で隣り合う返し突起どうしの間隔の1/2を半径とする円弧軌跡に近似したものになっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載したサンゴ人工増殖具において、
挿入部の内側面は中央部に稜線を有する山状になっていることを特徴とするサンゴ人工増殖具。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載したサンゴ人工増殖具を使用し、サンゴ育成部にサンゴの幼生を着床しまたは生きたサンゴ小片を取り付けた後、礫堆積底域や砂礫底域に挿入部を差込むことを特徴とするサンゴ人工増殖方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−11822(P2010−11822A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−176666(P2008−176666)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【出願人】(591146239)いであ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】