説明

シアリルラクトース素材の分離方法

【課題】ホエイタンパク質とシアリルラクトースの相互作用を処理pHにより操作するこ とで、簡便かつ効率的に乳素材からシアリルラクトース素材を分離する方法を提供すること。
【解決手段】ホエイタンパク質等の乳素材をpH5.2以下で濃縮する工程と、前記濃縮工程後 に得られた濃縮液をpH5.5以上で低分子画分を得る工程を有する簡便な操作を施すことにより、シアリルラクトースを濃縮分離することができる。
また、乳糖やミネラル分との分離も行えるため、シアリルラクトースを高純度で得ることができる。よって、得られたシアリルラクトース素材は、食品や医薬品等として利用価値が高いものとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生乳、脱脂乳、ホエイ、または脱脂乳やホエイの精密濾過膜(MF膜)透過液等の乳素材をpH 5.2以下で濃縮する工程と、得られた濃縮液をpH 5.5以上で低分子画分を得る工程を有することを特徴とする、シアリルラクトース素材の分離方法に関する。また、得られたシアリルラクトース素材を配合した飲食品等に関する。
【背景技術】
【0002】
シアル酸と乳糖が結合したシアリルラクトースは、ウイルスや細菌に対する感染防御作用や、乳酸菌増殖活性のような生理活性を有することが知られている。このことから、シアリルラクトースは、育児用調製粉乳等へ使用されている(例えば、非特許文献1参照)。また、HIV感染・増殖抑制作用を有することも知られており、これらを目的とした飲食品への応用も期待される(例えば、特許文献1参照)。
シアリルラクトース素材を工業的に製造するためには、ホエイの非蛋白態窒素化合物中にシアリルラクトースが含まれていることから、チーズ製造で生成するホエイが有効な原料となりうる。
従来、乳又はホエイから工業的にシアル酸化合物を分離する方法としては、擬似移動床式クロマト分離装置(SMB)を用いて工業規模で分離・回収する方法(例えば、特許文献2参照)や、イオン交換樹脂を用いて分離する方法(例えば、特許文献3参照)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-117597号公報
【特許文献2】特開平08-252403号公報
【特許文献3】特開平11-180993号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】食品と開発, Vol.30, p10-13
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
擬似移動床式クロマト分離装置(SMB)を用いる方法(特許文献2)では、前処理としてタンパク質除去工程が必要であり、かつ分離係数の異なるシアル酸化合物を同時に生成するには運転条件が煩雑になる等の問題点がある。また、大量に調製するためには大掛かりな装置が必要となるため、大量生産には適さない。また、イオン交換樹脂を用いる方法(特許文献3)では、使用する樹脂の耐薬品性や物理的耐久性が低く、また近年の環境問題においては、再生廃液の減少が求められるため、大規模での製造は困難である。
そこで、より簡便な装置と運転条件でシアリルラクトース素材を分離する方法について検討した結果、処理pHを操作し、ホエイタンパク質とシアリルラクトースの相互作用を利用するだけの簡便な方法で分離が可能であることを見出した。さらに、限外濾過膜(UF膜)を用いることで、樹脂を用いる方法と比較して、再生廃液量を減少させられることから、本発明を開発するに至った。そこで、本発明では、ホエイタンパク質とシアリルラクトースの相互作用を利用することで、乳素材からシアリルラクトース素材を分離する方法、得られたシアリルラクトース素材を配合した飲食品等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
したがって、本発明は、下記のいずれかの構成からなる発明である。
(1)乳素材をpH5.2以下で濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上で低分子画分を得る工程を有することを特徴とするシアリルラクトース素材の分離方法。
(2)乳素材をpH5.2以下に調整後、限外濾過膜(UF膜)を用いて濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上に調整し、限外濾過膜(UF膜)を用いて透過液を得る工程を有することを特徴とするシアリルラクトース素材の分離方法。
(3)乳素材をpH5.2以下で濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上で低分子画分を得る工程により得られるシアリルラクトース素材。
(4)上記(3)に記載のシアリルラクトース素材を配合した加工食品。
(5)上記(3)に記載のシアリルラクトース素材を、製品100g当たり0.1〜90g配合した加工食品。
(6)上記(3)に記載のシアリルラクトース素材を配合した調製粉乳。
(7)上記(3)に記載のシアリルラクトース素材を、製品100g当たり0.1〜30g配合した調製粉乳。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によると、ホエイタンパク質等の乳素材から、簡便な操作を施すことにより、シアリルラクトース素材を分離することができる。
また、乳糖やミネラル分との分離も行えるため、シアリルラクトースを高純度で得ることができる。よって、得られたシアリルラクトース素材は、食品や医薬品等として利用価値が高いものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
原料として用いる乳素材としては、牛乳、山羊乳、羊乳、ラクダ乳、馬乳等哺乳類から得られた生乳、脱脂乳、チーズホエイまたは脱脂乳やホエイのMF膜透過液等が挙げられる。これらの乳素材としては、未変性ホエイタンパク質が残存しているものが好ましく、高温短時間殺菌(72−75℃で15秒)程度の、より好ましくは孔径0.8μm〜1.4μm程度のMF膜で除菌した乳や未加熱のものが望ましい。なお、上記原料を2種類以上混合した状態でも使用が可能である。ただし、乳素材にカゼインタンパク質が含まれている場合には、膜処理における効率を上げるため、あらかじめ酸沈殿や孔径0.1μmのMF膜によるカゼインタンパク質の除去を行うことが好ましい。
なお、ホエイタンパク質の等電点以下では、未変性のホエイタンパク質1g当たりにシアリルラクトースは1.5mg以上吸着することから、溶液中に含まれるシアリルラクトースに応じた未変性ホエイタンパク質が必要である。
【0009】
乳素材からシアリルラクトース素材を工業的に製造する際、乳素材にはミネラルや乳糖等が含まれるため、シアリルラクトースの純度を上げるためには、これらとの分離が課題になる。
この課題を解決するため、ホエイタンパク質とシアリルラクトースの相互作用を利用した処理方法に着目した。まず、ホエイタンパク質の等電点であるpH 5.2以下で処理することにより、ホエイタンパク質表面の電荷がプラスになり、マイナスの電荷をもったシアリルラクトースとの電気的な結合が生じる。これにより、ホエイタンパク質を濃縮することにより、同時にシアリルラクトースの濃縮が可能となる。その後、ホエイタンパク質の等電点以上であるpH 5.5以上に調整することにより、ホエイタンパク質とシアリルラクトースの結合が離れ、シアリルラクトースを効率的に分離することができる。
【0010】
本発明の製造方法では、乳素材の処理pHの調整が非常に重要となる。
ホエイタンパク質の電荷を用いて操作を行うため、用いる乳素材には未変性のホエイタンパク質が含まれる必要がある。
この乳素材をまず酸性条件下にて処理を行う。
酸溶液を用いてホエイタンパク質の等電点以下である酸性条件、すなわちpH5.2以下に調整する。このとき用いる酸溶液としては、塩酸、クエン酸等が挙げられるが、特に限定されるものではない。なお、処理後濃縮を行う場合、使用する膜の耐酸性を考慮してpH5.2〜2.0に調整することが好ましいが、乳素材原料溶液中に含まれているホエイタンパク質の特性等により最適pHは異なるため、適宜調整する必要がある。
また、ミネラル分の増加を防ぐために樹脂処理によって酸性条件に調整することも可能である。
【0011】
目的とする素材中のシアリルラクトースの純度を高めるため、酸性条件下で処理を行った後、樹脂や凍結乾燥等の一般的な濃縮操作を用いることができるが、特に限外濾過膜(UF膜)を用いることにより、簡便に効率よく高純度に濃縮することができる。使用するUF膜としては、ホエイタンパク質の透過を阻止することができる、分画分子量10kDa以下であることが望ましい。例えば、HFK131(KOCH Membrane System社製)やPW膜(GE Osmonics社製)等を使用することが可能である。この操作により、乳糖及びミネラル分を除去することができる。
さらに、透析濾過(DF)操作を行うことにより、乳糖及びミネラル分をより除去することができるため、シアリルラクトースの純度をさらに高くすることができる。
なお、ホエイタンパク質を濃縮又は分離が可能であればどのような手段を用いることも可能であり、例えば樹脂等を用いることができる。
【0012】
酸性条件下で処理を行った後、塩基性溶液を用いてpHをホエイタンパク質の等電点以上であるpH5.5以上、好ましくは膜の耐アルカリ性等を考慮してpH5.5〜11.0に調整する。ここで、用いる塩基性溶液として、水酸化ナトリウム等を用いることができるが、特に限定されるものではない。
【0013】
目的とする素材中のシアリルラクトースの純度を高めるため、中性条件に調整を行った後、処理溶液を樹脂や凍結乾燥等の一般的な分画操作を用いることができるが、特に限外濾過膜(UF膜)を用いることにより、簡便に効率よく高純度に分画することができる。ここで用いる膜としては、ホエイタンパク質の透過を阻止し、シアリルラクトースが透過可能である分画分子量、例えば10kDa以下の膜を用いることができる。ホエイタンパク質の濃縮に用いた膜と同様のものも用いることができ、例えばHFK131(KOCH Membrane System社製)やPW膜(GE Osminics社製)等を使用することができる。これにより、シアリルラクトースを含む低分子画分は、透過液に移行する。
シアリルラクトースの純度をさらに高めるためには、DF処理を行うことが有効である。
なお、中性条件以上に調整する際に塩基性溶液を用いる場合には、上記の透過液中にミネラル分が残ってしまうことから、さらにナノ濾過膜(NF)処理をして脱塩することにより、固形当たりのシアリルラクトース含量を高め、高純度のシアリルラクトース素材を得ることができる。よって、得られたシアリルラクトース素材は、食品や医薬品等として利用価値が高いものとなる。
【0014】
得られたシアリルラクトース素材は加工食品、調製粉乳等の食品、医薬品、飼料等に配合することができる。
加工食品としては、砂糖、ブドウ糖、麦芽糖、コーンスターチ、デキストリン、糖アルコール、乳糖等を主原料とする加工食品等があり、製品100g当たり0.1〜90gのシアリルラクトース素材を配合することができる。なお、加工食品は、固体、半固体、液体等いかなる状態とすることができるが、錠剤状とすることもできる。配合下限を100g当り0.1g以上とするのは、人乳(母乳)中のシアリルラクトース含量(固形100%として)に併せているからであり、0.1g未満であると、配合する意義が少ない若しくは有効な効果が得られない場合があるからである。
調製粉乳としては、乳児用調製粉乳、低出生体重児用調製粉乳、フォローアップミルク、アレルギー疾患児用調製粉乳等が含まれ、製品100g当たり0.1〜30gのシアリルラクトース素材を配合することができる。本シアリルラクトース素材の成分的含量としては乳糖が主であり、上記調製粉乳の成分組成上から本シアリルラクトース素材を製品100g当たり30gを超えて配合することは難しいからである。また、配合下限が100g当り0.1g以上とするのは、人乳(母乳)中のシアリルラクトース含量(固形100%として)に併せているからであり、0.1g未満であると、配合する意義が少ない若しくは有効な効果が得られない場合があるからである。
【0015】
以下に実施例を示し、本発明について詳細に説明するが、これらは単に例示するのみであり、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0016】
〔試験例1〕
(処理pHによるホエイタンパク質とシアリルラクトースの相互作用)
ホエイタンパク質とシアリルラクトースのpH条件を変化させた場合の相互作用について検討を行った。
乳素材としては、変性ホエイタンパク質からなるWPC80(アーラフーズ社製Lacprodan80)、未変性α-la素材(Anchor社製)、未変性β-lg素材(Anchor社製)を用いた。各乳素材にシアリルラクトースを5mg添加し、0.5N水酸化ナトリウム又は1N塩酸を用いてpHを調整した。その後、調整した溶液を分画分子量10kDaのUF膜(ミリポア社製 CENTRIPLUS YM-10)を用いて、25℃、80分、2400Gで処理を行い、透過液中のシアリルラクトース濃度を高性能液体クロマトグラフ(HPLC)にて測定した。
HPLC システムとしては、DIONEX社製のDX500を使用し、カラムはCarboPac PA1を用い、移動相は90%の100mM水酸化ナトリウムと10%の600mM酢酸ナトリウム/100mM水酸化ナトリウムとし、流量は1ml/分で測定を行った。
【0017】
結果を表1に示した。各乳素材に添加したシアリルラクトース量から、分画分子量10kDaのUF膜透過液中のシアリルラクトース量を差し引いた量を、タンパク質に吸着したシアリルラクトース量とした。
未変性のα-laとβ-lgを用い、pHがホエイタンパク質の等電点であるpH5.2以下の場合には、ホエイタンパク質とシアリルラクトースが特異的に吸着することが確認された。また、pHが低いほどタンパク質に吸着するシアリルラクトース量は増えることが確認され、等電点以下ではタンパク質1g当たり1.5mg以上のシアリルラクトースが吸着することが確認された。
一方、変性したホエイタンパク質が含まれるWPC80では、いずれのpHでもシアリルラクトースの吸着量に大きな変化は認められなかった。
【0018】
【表1】

【0019】
〔実施例1〕
(シアリルラクトース素材の分離)
未殺菌脱脂乳150kgを70℃達温加熱し、50℃まで冷却した。この脱脂乳には固形当たり0.03%のシアリルラクトースが含まれている。これを孔径1.4μmのMF膜(Pall社製 Membralox)を用いて、50℃で除菌を行った。得られた除菌済み脱脂乳を、孔径0.1μmのMF膜(NGK社製T11)で濃縮倍率3.6倍し、未変性のホエイタンパク質を有するMF膜透過液を得た。このMF透過液を弱酸性カチオン交換樹脂(三菱化学株式会社製 WK-40)で酸性化し、pH2.8に調整した溶液を107kg得た。この溶液中のシアリルラクトース含量は6.9mg/100mlであった。
得られた溶液を分画分子量10kDaのUF膜(GE Osmonics社製 PW1812T)で濃縮倍率25倍まで濃縮し、酸性濃縮液を調製した。この酸性濃縮液に1N水酸化ナトリウムを添加してpH7.0に調整し、同じく分画分子量10kDaのUF膜で透析濾過を3.2倍まで実施し、シアリルラクトースを含有した透過液を13kg回収した。
この透過液をNF膜(GE Osmonics社製 Desal-5、DK1812)で濃縮、脱塩、さらに透析濾過を行い、シアリルラクトース高含有素材を3.0kg調製した。
【0020】
得られたシアリルラクトース素材の成分組成を表2に示す。この方法で調製することにより、固形当たりシアリルラクトース含量が1%以上の素材の調製が可能であった。
【0021】
【表2】

【0022】
〔実施例2〕
表3に示す配合により、ホエイパウダー(雪印乳業株式会社製)、脱脂粉乳(雪印乳業株式会社製)、タンパク質濃縮ホエイパウダー(雪印乳業株式会社製)、バターミルク(雪印乳業株式会社製)、全粉乳(雪印乳業株式会社製)を混合溶解し、これにカゼイン(FONTERRA社製)、乳清タンパク質濃縮物(FONTERRA社製)、ビタミン類(BASF社製)、ミネラル類(小松屋化学株式会社製)を配合し、さらに実施例1で製造したシアリルラクトース素材を配合し、その他微量素材を配合した。そして油脂混合物(植田製油株式会社製)を添加・混合・殺菌し、噴霧乾燥した後、シアリルラクトースを強化した乳児用調製粉乳を製造した。
得られた乳児用調製粉乳は、シアリルラクトースが強化されているため、ウイルスや細菌に対する感染防御作用、乳酸菌増殖活性のような生理活性効果を有する。
【0023】
【表3】

【0024】
〔実施例3〕
表4に示す配合により、全糖ぶどう糖(サンエイ糖化株式会社製)、ショ糖エステル(三菱化学フーズ株式会社製)、結晶セルロース(旭化成ケミカルズ株式会社製)、香料(高砂香料工業株式会社製)を混合し、これに実施例1で製造したシアリルラクトース素材を添加した混合粉末を1〜3tの圧力を掛けて直接打錠し、シアリルラクトースを含有した1gの錠剤を得た。
得られた錠剤は、シアリルラクトースが強化されているため、ウイルスや細菌に対する感染防御作用、乳酸菌増殖活性のような生理活性効果を有する。
【0025】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳素材をpH5.2以下で濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上で低分子画分を得る工程を有することを特徴とするシアリルラクトース素材の分離方法。
【請求項2】
乳素材をpH5.2以下に調整後、限外濾過膜(UF膜)を用いて濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上に調整し、限外濾過膜(UF膜)を用いて透過液を得る工程を有することを特徴とするシアリルラクトース素材の分離方法。
【請求項3】
乳素材をpH5.2以下で濃縮する工程と、前記濃縮工程後に得られた濃縮液をpH5.5以上で低分子画分を得る工程により得られるシアリルラクトース素材。
【請求項4】
請求項3に記載のシアリルラクトース素材を配合した加工食品。
【請求項5】
請求項3に記載のシアリルラクトース素材を、製品100g当たり0.1〜90g配合した加工食品。
【請求項6】
請求項3に記載のシアリルラクトース素材を配合した調製粉乳。
【請求項7】
請求項3に記載のシアリルラクトース素材を、製品100g当たり0.1〜30g配合した調製粉乳。

【公開番号】特開2011−72199(P2011−72199A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−223849(P2009−223849)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】