説明

シトルリン血症治療剤

【課題】 シトルリン血症、特に成人発症II型シトルリン血症の治療に有用な薬剤を提供すること。
【解決手段】 ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有するシトルリン血症治療剤。ここで使用するピルビン酸としては、塩の形態でもよく、これらの混合物でもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシトルリン血症治療剤、特に、成人発症II型シトルリン血症治療用の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
シトルリン血症は、失見当識、異常行動、意識障害などの精神神経症状を呈し、古くは肝脳疾患特殊型、若年型、または栄養障害型と呼ばれていた、血中シトルリン増加を伴う疾患である。その中で、成人発症II型シトルリン血症は、日本人に多発する予後不良の疾患であり、尿素サイクル酵素argininosuccinate synthtase (ASS)が肝特異的に低下している事が知られている。長年、その原因は解明されていなかったが、近年、本願発明者らが本疾患の病因遺伝子(SLC25A13)並びにそのコードする蛋白質(citrin)を解明した(非特許文献1)。又、本疾患の患者においてはcitrinが欠損していることが判明した(非特許文献2)。
ところで、主に新生児小児期に発症し、第9染色体(9q34)に座位するASS遺伝子の異常に基づく古典型シトルリン血症(CTLN1)では、ASSが発現するすべての細胞や組織でASS欠損が生じるため、代謝系の産物であるアルギニンが低下する。一方、成人発症II型シトルリン血症では、ASS蛋白が肝臓特異的に低下するが、腎臓やその他の組織のASSには異常が認められないため、血清アルギニン値は上昇傾向にある。また、ASSの産物であるアルギニノコハク酸の尿中排泄も増加する。さらに成人発症II型シトルリン血症症例の肝臓においてpancreatic secretory trypsin inhibitor (PSTI) の発現が亢進する事が知られている。一方、特発性新生児肝炎においても、同様の変異があり、その主症状から、neonatal intrahepatic cholestasis caused by citrin deficiency(NICCD)と名付けられている。これまで、シトルリン血症の唯一有効な治療方法は肝移植であることが知られており、実際に肝移植後の患者の血液生化学所見は正常化すると共に、精神神経症状も消失している。しかしながら、肝移植はドナーの確保、移植後の拒絶反応等、種々の問題があり、効果的な治療法の開発が望まれていた。
【0003】
【非特許文献1】Nature Genetics 22: 159-163, 1999
【非特許文献2】Human Genetics 107:537-545, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、シトルリン血症治療薬、特に成人発症II型シトルリン血症治療薬を提供することを目的とする。
本発明は、生体内尿素合成速度促進剤及び血中アンモニア濃度低下剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は上記課題を解決すべく研究した結果、ピルビン酸がCitrinノックアウトマウス肝の尿素合成速度を増加させることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明はピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とするシトルリン血症治療剤である。
本発明は、又、ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする生体内尿素合成速度促進剤である。
本発明は、又、ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする血中アンモニア濃度低下剤である。
本発明で用いるピルビン酸としては、塩の形態でもよく、これらの混合物でもよい。本発明のシトルリン血症治療剤は、特に成人発症II型シトルリン血症、特発性新生児肝炎由来であるシトルリン血症等について有効である。
【発明の効果】
【0006】
ピルビン酸を有効成分として含有する治療剤は、シトルリン血症、特に、成人発症II型シトルリン血症の治療に有用である。またピルビン酸を有効成分として含有する治療剤は、尿素合成速度促進剤及び血中アンモニア濃度低下剤としても有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明に用いるピルビン酸は、遊離体のみならず、塩の形態でも使用することができる。塩の形態としては、ピルビン酸ナトリウムなどがあげられる。塩の形態としては、特にこれに限定されるものではないが、医薬品として許容される塩を選択することが好ましい。
ピルビン酸を使用する場合の入手経路について、調製する場合その調製法は特に困難は無く、何れも従来技術に基づいて容易に行うことができるし、市販品が存在するので、購入使用するのが簡便である。
本発明ではピルビン酸をシトルリン血症に起因する各種疾患の薬剤として使用することができる。例えば、成人発症II型シトルリン血症、特発性新生児肝炎の患者の治療薬として使用することができる。
【0008】
本発明に於いては、前記ピルビン酸を少なくとも含み、各種シトルリン血症を治療する為の薬剤を併用しても良い。また、本発明の目的や本発明で奏する作用(効果)を阻害しない範囲で、補助剤や担体等の各種必要なその他の成分を随時配合、使用することもできる。
本発明のシトルリン血症治療剤について、その製剤の形態には特に制限は無く、経口剤でも非経口剤(注射剤)でもよい。通常は経口摂取となるが、経口ではない特別(経管等)の投与手段を行っても良い。又、本発明で使用する有効成分を経口と同時に非経口で投与することもできる。
【0009】
ピルビン酸の使用量については、患者の症状やその程度、剤形の種類等により適宜選択すればよいが、経口投与の場合通常、1日当たり好ましくは2g〜40g程度、より好ましくは3g〜30g程度、更に好ましくは5g〜15g程度使用することができる。また、静脈等への注射剤や点滴剤として使用する場合、前記経口投与用製剤に使用する場合の前記有効成分使用量の1/20〜1/2程度の使用量で十分である。勿論、重篤な場合には更に増量することもできるが、患者の症状に応じて適宜調整することが必要である。投与の回数、時期については、数日に1回でも、また1日1回でも可能であるが、通常は1日当たり数回、例えば2〜4回に分けて投与するのがよい。
【0010】
製剤の調製については、薬理学的に許容し得る各種の製剤用物質(補助剤等として)を含むこともできる。製剤用物質は製剤の剤形により適宜選択することができるが、例えば、賦形剤、希釈剤、添加剤、崩壊剤、結合剤、被覆剤、潤滑剤、滑走剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、可溶化剤等を挙げることができる。更に、製剤用物質を具体的に例示すると、炭酸マグネシウム、二酸化チタン、ラクトース、マンニトール及びその他の糖類、タルク、牛乳蛋白、ゼラチン、澱粉、セルロース及びその誘導体、動物及び植物油、ポリエチレングリコール、及び溶剤、例えば滅菌水及び一価又は多価アルコール、例えばグリセロールを挙げることができる。
本発明の治療剤は、前述の如く公知の又は将来開発される様々な医薬製剤の形態、例えば、経口投与、経腸投与、経皮的投与、吸入投与等各種の投与形態に調製することができる。本発明の治療剤をこれら様々な医薬製剤の形態に調製するためには公知の又は将来開発される方法を適宜採用することができる。
【0011】
これ等様々な医薬製剤の形態として、例えば適当な固形又は液状の製剤形態、例えば顆粒、粉剤、被覆錠剤、錠剤、(マイクロ)カプセル、坐剤、シロップ、ジュース、懸濁液、乳濁液、滴下剤、注射用溶液、活性物質の放出を延長する製剤等を挙げることができる。
上記以外の成分を使用する場合でも、これ等に基づき或いは知られている製剤技術を利用して、また各種の剤形に応じて必要な製剤を調製することができる。
本発明のピルビン酸を有効成分とする治療剤は、尿素合成速度促進作用を有すること、アンモニア濃度低下作用を有することから、尿素合成促進剤、血中アンモニア濃度低下剤としても有用である。
【実施例】
【0012】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明するが、本発明はこれ等の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
動物
Homologous recombinationによって作成した、Slc25a13を破壊したcitrin-KO(ノックアウト)マウス(Sinasac et al. Mol Cell Biol 2004)およびその対照マウス(野生型およびヘテロ接合体)を使用した。耳から抽出したDNAのPCRと電気泳動法によって、遺伝子型を決定した。灌流には8〜12週齢のマウスを用いた。
肝灌流法
灌流肝における尿素合成、灌流液の乳酸、ピルビン酸測定、糖新生などはNakajima et al. (Pediatr Res 1997) にしたがって行った。尿素合成実験では摂食マウスを用いた。ペントバルビタール麻酔後、門脈と下大静脈にカニューレを通し、肝臓は、in situでKrebs-Henseleit重炭酸緩衝液(pH7.4; 37℃; 95%O2/5%CO2飽和)を流速8 ml/min、一回灌流法で灌流した。灌流開始30分間は灌流液に基質を加えず、その後、2 mM乳酸と0.2 mMピルビン酸を呼吸基質として加え、さらに各種の尿素合成の基質等を添加した液を灌流した。下大静脈から流出する灌流液を採取し、または灌流終了時に肝臓をfreeze-clamp法によって採取し、測定サンプルとした。Freeze-clampによって得た肝臓は液体窒素下に粉末化し、3%スルフォサリチル酸を加え、ホモジナイズし、抽出液を得た。
測定
乳酸、ピルビン酸はLDH法によって、アンモニアと尿素はGDH/urease法で定量した。
【0013】
灌流肝における塩化アンモニウム(NH4Cl)を基質とする尿素合成に対するピルビン酸添加の効果とその濃度変化
citrin-KOマウスおよびその対照マウス(野生型およびヘテロ接合体)の肝灌流において、ピルビン酸ナトリウムを灌流液に添加し、NH4Cl+Ornからの尿素合成を検討した。ピルビン酸ナトリウムを0.2 mMから2 mMまで変化させた時、KOマウス肝における尿素合成速度はピルビン酸濃度に比例して段階的に増加し、尿素合成速度は対照マウスのレベルにまで達した(図1)。同時に灌流液のアンモニア濃度ならびにLactate/Pyruvate比は段階的に低下し、尿素合成速度と鏡面的な関係を示した(図2、図3)。ピルビン酸がcitrin-KOマウスの尿素合成を促進するという結果は、ヒトのCTLN2及びNICCDの治療に結びつくものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】citrin-KOマウス肝の尿素合成におけるピルビン酸の効果を示す(+/+:野生型、+/-:ヘテロ接合体、-/-:citrin-KO)。
【図2】citrin-KOマウス肝流出灌流液中アンモニア濃度におけるピルビン酸の効果を示す(+/+:野生型、+/-:ヘテロ接合体、-/-:citrin-KO)。
【図3】citrin-KOマウス肝のLactate/Pyruvate比におけるピルビン酸の効果を示す(+/+:野生型、+/-:ヘテロ接合体、-/-:citrin-KO)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とするシトルリン血症治療剤。
【請求項2】
シトルリン血症が、成人発症II型シトルリン血症である請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
シトルリン血症が、特発性新生児肝炎由来である請求項1記載の治療剤。
【請求項4】
ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする生体内尿素合成速度促進剤。
【請求項5】
ピルビン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする血中アンモニア濃度低下剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−36646(P2006−36646A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−214483(P2004−214483)
【出願日】平成16年7月22日(2004.7.22)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【出願人】(500572649)財団法人岐阜県国際バイオ研究所 (10)
【Fターム(参考)】