説明

スポーツ用ウエア

【課題】スポーツ動作中における大腿部の筋肉や脂肪といった軟部組織の揺れを効果的に抑制することができるスポーツ用ウエアを提供すること。
【解決手段】少なくとも大腿部を覆う領域を備えるスポーツ用ウエアにおいて、大腿部を覆う領域を、大腿部の軟部組織の変形を抑制する主素材からなる低伸縮領域5と、この低伸縮領域5中に部分的に配置された、主素材よりも伸びやすい素材からなる高伸縮領域4とによって構成し、この高伸縮領域4により低伸縮領域5の振動エネルギーの伝播を減衰させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スポーツ動作中における大腿部の筋肉や脂肪といった軟部組織の揺れを抑制するスポーツ用ウエアに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、スポーツ動作中における大腿部の筋肉や脂肪といった軟部組織の揺れは、スポーツパフォーマンスや障害に影響を及ぼすと言われている。
【0003】
例えば、競泳においては、大腿部、臀部、女性の胸部といった軟部組織を多く含む部位が、慣性力や水の抵抗を受けて波打つように揺れることが知られている。この軟部組織の揺れはフラッタリングと呼ばれ、体の周囲の水流を乱すことによって抵抗となり、記録の向上を妨げる要因となっているため、従来の競泳用水着においても、このフラッタリングを防ぐ構造が種々試みられている。
【0004】
近年では、ネオプレン等のラバー素材や、生地表面に薄肉ポリウレタンシートを溶着した素材(PUパネル)といった伸縮性が低い素材を、臀部や大腿部に相当する部位に配置し、その伸縮性の低さを利用して該当部位を締め付け、フラッタリングを抑制する機能を謳う競泳用水着構造が散見される(特許文献1)。
【0005】
また、競泳以外のスポーツにおいても、軟部組織の過度な揺れは障害リスクや疲労の原因として考えられており、その抑制のために様々な構造が試みられている。例えば、サッカー用ウエアや、ウェットスーツ、ランニング時に着用するタイツなどでも、筋肉の揺れを防止するために、揺れる部位に低伸縮素材をベルト状に配置し、その張力によってフラッタリング抑制効果を謳ったものがある(特許文献2、3、4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−150767号公報
【特許文献2】特開2011−21291号公報
【特許文献3】特開2011−32599号公報
【特許文献4】特開2011−38218号公報
【特許文献5】特開2011−137269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、様々なスポーツにおけるフラッタリングのうち、パフォーマンスに及ぼす影響が最も大きいと考えられるスポーツは競泳である。
【0008】
競泳においては、これまでの実験から、水中でキック動作を行った際における大腿部の軟部組織の変形が、遠位(膝側)から始まり、近位(臀部側)に向かって徐々に伝播し、近位に向かうほど変形量が大きくなることがわかっている。即ち、フラッタリングとは、キック動作に伴う慣性力や水流の変化により大腿部に生じた振動エネルギーが引き起す挙動であり、発生した振動エネルギーは、何らかの緩衝がなければ軟部組織を大きく変形させて余分な波を作り出すため、前へ進むための抵抗となる。過去の研究においても、水着を着用しフラッタリングを抑制することによって、平均で約6%もの抵抗低減効果があることが報告されている(Y. G. Aleyev, Nekton, 1977)。
【0009】
したがって、フラッタリングを効果的に抑制することが記録の向上には重要であり、そのためには、キック動作により生じる振動エネルギーの遠位部から近位部への伝播を減衰、遮断する手段が不可欠となる。
【0010】
ところが、上記のように、低伸縮素材を該当部位に配置した構造のものでは、その着圧によって該当部位の変形を抑制することはできても、大腿部全体の振動エネルギーを減衰させることはできない。
【0011】
その結果として、低伸縮素材の着圧により固められた軟部組織が一つの塊として大きく揺れ動くことになる。
【0012】
また、低伸縮素材によって大腿部全面を過度に締め付ける構造のものでは、関節運動に伴う筋肉の隆起や正常な血流をも妨げるため、運動を阻害し、かえって記録の向上に悪影響を及ぼしてしまう。しかも、フラッタリングを抑制するほど伸縮性が極端に低い素材を大腿部全面に配置した構造では、そもそも着用することが困難となり、製品として適切ではない。
【0013】
このように、軟部組織の豊富な部位に低伸縮素材を配置するだけでは、大腿部全体としての振動エネルギーを減衰させ、フラッタリングを十分に抑制することはできない。
【0014】
一方、特許文献5には、内腿部の一部に緩衝部として高伸縮素材を配置することが開示されているが、内腿部の一部に緩衝部として高伸縮素材を配置すると、内腿部の変形量が増大するため、フラッタリング、特に、大腿部全体のフラッタリングを抑制することができない。
【0015】
そこで、この発明は、振動エネルギーの伝播の減衰と遮断という理論に基づき、スポーツ動作中における大腿部の筋肉や脂肪といった軟部組織の揺れを抑制する効果が高いスポーツ用ウエアを提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明は、少なくとも大腿部を覆う領域を備えるスポーツ用ウエアにおいて、大腿部を覆う領域は、大腿部の軟部組織の変形を抑制する主素材(低伸縮素材)からなる低伸縮領域と、この低伸縮領域中に部分的に配置された、主素材よりも伸びやすい素材(高伸縮素材)からなる高伸縮領域とからなり、この高伸縮領域により低伸縮領域の振動エネルギーの伝播を減衰させるようにしたもので、すなわち、この高伸縮領域により低伸縮領域を伝播する振動エネルギーを減衰させるようにしたものである。
【0017】
上記高伸縮領域は、大腿部の中間位の少なくとも一部、好ましくは、中間位の中央を覆うように、帯状に配置する。これにより、大腿部の振動エネルギーの伝播を効果的に減衰させることができる。
【0018】
さらに、上記高伸縮領域は、上記低伸縮領域を上下に分断するように配置することにより、振動エネルギーの伝播をより効果的に減衰させることができる。
【0019】
上記低伸縮領域と上記高伸縮領域を形成する素材の張力は、高伸縮領域から大腿部の軟部組織がはみ出すことにより、大腿部を覆う低伸縮領域と高伸縮領域との間で凹凸が生じない程度の張力比に設定することが好ましい。すなわち、上記低伸縮領域と上記高伸縮領域を形成する素材の張力は、低伸縮領域に対して高伸縮領域の伸縮性があまりにも高すぎると、高伸縮領域における大腿部の軟部組織が隆起することから、大腿部を覆う低伸縮領域と高伸縮領域との間で凹凸が生じない程度の張力比に設定することが好ましい。高伸縮領域から大腿部の軟部組織がはみ出して、凹凸が生じると、特に、競泳用水着に採用した場合に、水流の抵抗になるためである。
【0020】
また、好ましくは、上記大腿部の中間位よりも股間部側の少なくとも内腿部に主素材が配置されるようにすると、内腿部の変形を防止できる。
【発明の効果】
【0021】
この発明によれば、上記のように、大腿部の軟部組織の変形を抑制する主素材からなる低伸縮領域に、主素材よりも伸びやすい素材からなる高伸縮領域を部分的に配置することにより、低伸縮領域の振動エネルギーの伝播が高伸縮領域により減衰されるため、大腿部全体の揺れを効果的に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は、この発明の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図2】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図3】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図4】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図5】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図6】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図7】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図8】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図9】大腿部の骨格図である。
【図10】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図11】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図12】(a)は、この発明の他の実施形態の正面図、(b)は、背面図である。
【図13】効果確認実験に使用したサンプルの構造を示す図である。
【図14】効果確認実験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、この発明をスポーツ用ウエアに適用した実施形態について競泳用水着を例に挙げて説明する。
【0024】
図1〜図8に示す各競泳用水着1は、着用状態において腹部から股間部を覆う領域2と、腰部から臀部を覆う領域3と、大腿部を覆う領域5と、大腿部を覆う領域5の中間位に部分的に配置された領域4とを備える。
【0025】
図1〜図8において、(a)は正面図、(b)は背面図をそれぞれ示している。
【0026】
この発明において、大腿部とは、図9に示すように、立位状態において、大腿骨Aの大転子Bの高さまでを含みそれよりも下の部位で、近位正面では鼠径溝C、近位背面では臀溝部を含まず、それらよりも遠位の部位で、遠位では膝蓋骨Dの上縁の高さよりも上の部位をいう。
【0027】
また、この発明では、大腿骨Aの大転子Bと大腿骨Aの外側上顆Eとを結ぶ線分を簡易的に大腿部長軸6といい、大腿部を大腿部長軸6で3等分した際に中央に位置する部分を大腿部中間位7という。
【0028】
各領域を形成する生地は、領域4が高伸縮素材であり、領域5が低伸縮素材である。
【0029】
領域2および領域3は、高伸縮素材を用いても低伸縮素材を用いても良い。また、腹部から股間部を覆う領域2、あるいは腰部から臀部を覆う領域3と、領域5の近位部は、素材の切り替えにより分断されていても、単一素材で構成されていても良く、単一素材により構成される場合、その素材特性は領域5に用いる素材の特性が優先される。
【0030】
領域4は、少なくとも大腿部中間位7の一部を覆うものであり、大腿部長軸6に対して直交方向又はバイアス方向に配置される。
【0031】
領域4の形状は、望ましくは帯状が良いが、下記の条件に従っていればその他の形状も可能である。以降、領域4を簡略のため帯と表記する場合もある。
【0032】
大腿部における領域4の帯の角度は、大腿部長軸6に対して±45°以上傾いていれば何度でも良い。
【0033】
図1〜図3の例は、それぞれ領域4を、大腿部の正面と背面の両方に、即ち、大腿部を一周する形状に設けている。図1は、領域4の帯の角度を大腿部長軸6に対して直交する方向に設けた例である。図2は、領域4の帯の角度を、内腿側が低くなるようにバイアス方向に配置した例である。また、図2の例では、帯を湾曲するように設けている。図3は、大腿部における領域4の帯が、正面と背面の中間部分が高くなるように屈曲して設けた例である
図4は、領域4を、大腿部の正面のみに設けた例であり、図5は、領域4を、大腿部の背面のみに設けた例である。
【0034】
また、図6は、領域4を、右脚と左脚で上下にずらせて設けた例である。
【0035】
以上の図1〜図6の例は、領域4によって大腿部中間位7を上下に分断するように設けているが、図7に示すように、領域4を形成する帯を、周方向に複数個点在する形状に設けてもよい。図8は、領域4が帯状に形成されていない例である。
【0036】
上記領域4を形成する帯の幅は、2cm以下では変形をおこす範囲が狭いため振動エネルギーの伝播遮断効果が小さく、5cmよりも太いと低伸縮素材の面積が狭くなるために大腿部全体としての着圧が低下し、軟部組織の変形抑制効果を十分に得ることができない。したがって、上記帯の幅は、2cm以上5cm以下であることが望ましい。なお、幅とは、帯の走行方向に対して直交する方向の長さをいう。
【0037】
上記いずれの形態においても、幅ならびに角度については上記の範囲内でなければならず、丈方向の同一線上に複数の帯を配置する場合、それらの帯の合計幅が5cm以下であることが望ましい。また、大腿部長軸を3等分することにより定義される大腿部中間位よりも近位の部位に帯を配置する場合、同部位のうち50%を超える面積に高伸縮素材を配置、即ち、領域4とすると、着圧が低下して効果が十分に得られない。特に、近位内腿部は、軟部組織が大腿骨から離れて存在するため、揺れが大きくなる部位であることから、高伸縮素材を設けないことが望ましい。一方で、大腿部中間位よりも遠位の部位については、高伸縮素材の面積に関する制限は特に設ける必要はなく、実施上必要に応じて50%以上を高伸縮素材の領域4とすることができる。ただし、いずれの実施形態においても、領域4よりも遠位部と近位部は、低伸縮素材で構成されていなければならない。即ち、領域4を構成する高伸縮素材は、その遠位ならびに近位を構成する低伸縮素材によって挟まれた状態となる。
【0038】
水泳のキック動作においては、大腿部の軟部組織が内外へ捩れるような変形が励起され、その振動が遠位から近位へと伝播していく。したがって、上記のように、大腿部中間位付近にその周囲の生地よりも伸縮性の高い素材を、振動伝播の方向に対して角度をつけて配置させると、振動エネルギーに起因する大腿部遠位の軟部組織の変形に対して、高伸縮素材のせん断変形により振動エネルギーが減衰し、近位への伝播を遮断することが可能となる。人体の大腿部は、一般に遠位よりも近位の方が太く、軟部組織の量が多いため、揺れの振幅が大きくなるという特性を有していることから、振動の伝播を遮断し、大腿部近位の軟部組織のフラッタリングを抑制することは、流水抵抗の低減につながり、記録の向上に極めて効果的である。
【0039】
例えば、競泳では、大腿部において、キック動作に伴う慣性力や水流により生じる振動エネルギーを、領域4に配置した高伸縮素材のせん断変形により減衰させて、領域5の近位部に配置した低伸縮素材の着圧および張力により、その伝播による軟部組織の変形を抑制する。このことによって、抵抗として泳者の推進を妨げる軟部組織の揺れ(フラッタリング)を効果的に減少させ、競泳パフォーマンスを向上させることができる。また、例えば、トライアスロン用ウエアとしても同等の効果があるだけでなく、ランニング用やその他のスポーツ用途としても、疲労や障害リスクとなりうるフラッタリングを抑制する効果が期待できる。
【0040】
図10は、タイツ形状のウエアにこの発明を適用した例であり、図11は、全身を覆うタイプのウエアにこの発明を適用した例である。
【0041】
また、図12は、全てのパーツを織物生地により構成した例を示している。大腿部の低伸縮の領域5と高伸縮の領域4は、単一の織物生地内において、部分的に糸使いを変更して弾性率を調整したものであり、該当部位(領域4)においてシームレスに伸縮性が変化するものである。その他のパーツ同士の接合には、超音波接着を用いた無縫製接合を利用し、流水抵抗を低減するための平滑化構造を採用している。なお、大腿部から臀部にかけては同一の素材を用いており、鼠径溝部分8に、股関節の可動性を高めるために高伸縮素材を配置している。
【0042】
この図12の例では、全てのパーツを織物素材により構成し、パーツ同士の接合には超音波接着による無縫製接合法を用いたが、その他の素材あるいは接合方法を用いて伸縮性の差をもたせることも可能である。
【0043】
以上のように、領域4は、大腿部長軸6に対して直交したり角度や幅が局所的に変化するように設けてもよく、前身頃のみあるいは後身頃のみに設けたり、左右あるいは前後で角度や幅が異なるように設けることも可能である。
【0044】
さらには、領域4を複数に分割して点在させることも可能である。ただし、領域4が点在する場合においては、振動の伝播を遮断するための所定の条件を満たし、かつ各パーツの合計面積が少なくとも大腿部中間位の前面あるいは背面の20%以上でなければならない。また、各パーツ数が増える程、接合部分が増えるため、耐久性やコストといった生産面や、縫製部分が増えることによる流水抵抗の面についてデメリットを生じる可能性がある。
【0045】
上記低伸縮素材および高伸縮素材は、織物、編物又は不織布を使用することができるが、ネオプレン等のラバー素材や、PUパネル等を部分的又は全面に使用することもできる。また、好ましくは、生地を切替えることなく、単一生地で低伸縮部と高伸縮部とを備えもつ素材を用いることによって、上記構造をより少ないパーツで構成することができ、製品表面の平滑性を高め、摩擦抵抗を低減させることが可能となる。
【0046】
この発明における低伸縮素材および高伸縮素材は、以下の物理特性を有するものが望ましい。
【0047】
まず、低伸縮素材は、着用時に身体周径方向に対して生地幅1cmあたり1.8N以上の張力を発生すれば、体型補正に必要な着圧を付与することができ、4.7N以上の張力を発揮すれば十分な着圧を付与することができることは、特許文献5にも開示されている通りである。
【0048】
さらに、着脱やキック動作等の反復的な伸縮による、たるみや透け等を抑えるために、上記の張力を線形弾性域において発揮しうる素材が望ましい。線形弾性域とは、該当生地の各ひずみ領域における弾性率、すなわち伸長量に対する単位生地巾あたりの荷重値の傾きが急激に増大する点よりも伸長量の小さい範囲であり、この範囲内では伸長回復率が高く物性の劣化が小さいことが知られている。
【0049】
次に、高伸縮素材は、上記の低伸縮素材よりも少なくとも5%以上張力が小さいものを使用する。すなわち、領域4を挟む低伸縮素材が着用時に身体周径方向に対して生地幅1cmあたり4.7Nの張力となる素材である場合、領域4を構成する素材の張力は生地幅1cmあたり4.47N以下であり、低伸縮素材の張力がそれ以下の場合は、高伸縮素材の張力もまたそれよりも小さくなければならない。また、せん断変形を効果的に発現するため、振動の伝播方向に対して直交もしくはバイアス方向に対する伸縮性が特に高い異方性のある素材を使用してもよい。
【0050】
各部材における素材は、上記特性の範囲内であればよく、各領域に伸縮性の異なる2種類以上の素材を使用することも可能である。競泳の国際競技において使用する場合は、国際水泳連盟が定めるレギュレーションの範囲内であれば使用することができる。
【0051】
素材の伸縮性測定は、いずれもオートグラフ万能試験機(AG−50kNIS MS(床置)型、島津製作所製)を用いて行った。引張速度は20cm/分とし、試験片は幅5cm、長さ20cm、つかみ具の間隔は10cmとして、経方向、緯方向について測定した。
【0052】
また、上記の低伸縮素材と高伸縮素材との弾性率の差があまりにも大きすぎると、領域5に配置した低伸縮領域の締め付けによって変形した軟部組織が、領域4に相当する部位において大きく隆起し、低伸縮素材と高伸縮素材との境界に凹凸が生じてしまうことが分かった。これでは、フラッタリングの抑制効果は得られるものの、凹凸による水流の乱れが生じて圧力抵抗が増大してしまい、記録の向上に対して期待する効果を得られないことから、この発明における低伸縮素材と高伸縮素材との伸縮性の差は、低伸縮素材の張力を1としたとき、0.2以上0.6以下の範囲であることが望ましい。ただし、丈方向には弾性率が高く、周径方向には弾性率が低い異方性のある素材等を用いることによって、上記軟部組織の隆起を抑制できる場合には、高伸縮素材の張力は上記範囲より小さくても良い。
【0053】
なお、ここでの丈方向ならびに周径方向とは、生地の経緯方向に関わらず、仕立て状態における方向を示しており、2つ以上の低伸縮素材と高伸縮素材との組み合わせ又は各部材から水着を仕立てる方法としては、縫製でも、結着テープによる結合でも良く、単一の素材にポリウレタンのフィルムを部分的にコーティングして伸長率を小さくする方法や、糸使いあるいは織/編組織を変更して単一の素材内において伸長率に差を持たせる方法も可能である。
【0054】
以上のように、この発明に係るスポーツウエア1、特に、競泳用水着は、振動エネルギーの伝播方向に対して角度を持たせて大腿部中間位に配置した高伸縮素材領域4と、領域4を除く大腿部の領域5に、領域4を挟むように配置した低伸縮素材との組み合わせからなり、領域4に配置した高伸縮素材のせん断変形によって大腿部の振動エネルギー伝播を遮断し、選手の泳速度増大を妨げる大腿部のフラッタリングを抑制することが可能となる。
<効果確認実験>
高速度カメラを用いて競泳の水中におけるキック動作を分析してこの発明の効果を検証した。
【0055】
図13の表中に示す大腿部を覆わない水着を着用した状態(a)、大腿部全体を低伸縮素材で覆った構造の水着を着用した状態(b)、大腿部のうち、内腿部のみを高伸縮素材で覆い、他の部分を低伸縮素材で覆った構造の水着を着用した状態(特許文献5に開示されているもの)(c)、この発明の図1の実施形態の水着を着用した状態(d)の4条件で、大腿部に格子状にマーカーを付けてキック動作を行い、膝関節が伸展した瞬間から0.2秒後までの各マーカー位置の平均変位量を揺れ量として計測を行った。その結果、図14に示すように、(a)、(b)、(c)、(d)の順で大腿部軟部組織全体の揺れが有意に小さくなり、大腿部全体を低伸縮素材により締め付ける従来の構造よりも、この発明の水着構造によれば、顕著なフラッタリング抑制効果が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0056】
以上のように、この発明は、競泳用水着に最適であるが、トライアスロンやランニングをはじめとする様々なスポーツウエアに適用することが可能である。
【符号の説明】
【0057】
1 競泳用水着
2 腹部から股間部を覆う領域
3 腰部から臀部を覆う領域
4 大腿部の中間位の領域
5 大腿部を覆う領域
6 大腿部長軸
7 大腿部中間位
8 鼠径溝部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも大腿部を覆う領域を備えるスポーツ用ウエアにおいて、大腿部を覆う領域は、大腿部の軟部組織の変形を抑制する主素材からなる低伸縮領域と、この低伸縮領域中に部分的に配置された、主素材よりも伸びやすい素材からなる高伸縮領域とからなり、この高伸縮領域により低伸縮領域の振動エネルギーの伝播を減衰させることを特徴とするスポーツ用ウエア。
【請求項2】
上記高伸縮領域が、大腿部の中間位の少なくとも一部を覆っている請求項1記載のスポーツ用ウエア。
【請求項3】
上記高伸縮領域が、上記低伸縮領域を上下に分断するように配置されている請求項1又は2記載のスポーツ用ウエア。
【請求項4】
上記低伸縮領域と上記高伸縮領域とを形成する素材の張力を、高伸縮領域から大腿部の軟部組織がはみ出して、大腿部を覆う低伸縮領域と高伸縮領域との間で凹凸が生じない程度の張力比に設定している請求項1〜3のいずれかに記載のスポーツ用ウエア。
【請求項5】
大腿部の中間位よりも股間部側の少なくとも内腿部に主素材が配置されている請求項1〜4のいずれかに記載のスポーツ用ウエア。
【請求項6】
大腿部を覆う低伸縮領域中に部分的に配置される上記高伸縮領域が帯状である請求項1〜5のいずれかに記載のスポーツ用ウエア。
【請求項7】
上記高伸縮領域が、大腿部の中間位の中央を覆うように配置された請求項1〜6のいずれかに記載のスポーツ用ウエア。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−96025(P2013−96025A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238642(P2011−238642)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000000310)株式会社アシックス (57)
【Fターム(参考)】