説明

セラミックス溶射部材およびその製造方法

【課題】脱ガス量の低減を図りうる耐食性部材およびこれを製造する方法を提供する。
【解決手段】基材に対して原料粉末が溶射される際、セラミックス原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせが、x−y平面において所定領域に収まるように調節される。これにより、同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比が0.52以上であり、相対密度が90〜97[%]であり、表面粗さRaが3.0〜7.0[μm]であり、かつ、脱ガス量が1000[ppb/cm]以下であるセラミックス膜を有する耐食性部材が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、当該基材の表面を被覆するセラミックス膜とを有するセラミックス溶射部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマ耐性に優れた耐食性部材が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3649210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の耐食性部材によれば脱ガス量が比較的多いため、半導体・液晶などの製造装置、検査装置、各種製膜装置などの真空装置において用いられる場合に真空度を低下させる可能性がある。
【0005】
そこで、本発明は、脱ガス量の低減を図りうるセラミックス溶射部材およびこれを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するための本発明のセラミックス溶射部材の製造方法は、Al23粉末、TiO2粉末、ZrO2粉末、Y23粉末、希土類酸化物の粉末もしくはCr23粉末、または、これらのうちいずれかを主成分とするセラミックス原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせを、x−y平面において(1)x=2.0(28.5≦y≦70.0)、(2)y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0)、(3)x=16.0(7.5≦y≦30.8)および(4)y=−1.5x+31.5(2.0≦x≦16.0)により近似される線分によって囲まれた第1領域に収まるように調節しながら、前記基材に対して前記原料粉末を溶射することにより、前記セラミックス膜を形成することを特徴とする。
【0007】
前記原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを、x−y平面において(1’)x=2.0(37.6≦y≦70.0)、(2’)y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0)、(3’)x=16.0(15.9≦y≦30.8)および(4’)y=−1.55x+40.7(2.0≦x≦16.0)により近似される線分によって囲まれた第2領域に収まるように調節することが好ましい。
【0008】
本発明の方法によれば、脱ガス量を低下させる観点から適当なビッカース硬度および相対密度等を有するセラミックス膜を備えたセラミックス溶射部材を製造することができる。
【0009】
前記課題を解決するための本発明のセラミックス溶射部材は、基材と、前記基材の表面を被覆するAl23粉末、TiO2粉末、ZrO2粉末、Y23粉末、希土類酸化物の粉末もしくはCr23粉末、または、これらのうちいずれかを主成分とするセラミックス膜とを有するセラミックス溶射部材であって、前記セラミックス膜の相対密度が90〜97[%]であり、表面粗さRaが3.0〜7.0[μm]であり、かつ、脱ガス量が1000[ppb/cm]以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明のセラミックス溶射部材は、脱ガス量を低下させる観点から適当な表面粗さ等を有するセラミックス膜を備えているため、真空装置に用いられた場合に真空度が低下する可能性の低減が図られうる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のセラミックス溶射部材の製造条件に関する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ステンレスまたは銅、又はアルミニウムなどの金属製の円筒状の基材の表面が砥粒を用いたサンドブラストにより表面粗さがRa2.0[μm]以上になるような粗面状態に加工される。基材の表面は、各種セラミックス膜の熱膨張差の緩衝層となるアンダーコート(Ni−Cr−Al)は被覆されていても、被覆されていなくても構わない。基材は平板状のものであっても複雑形状であっても構わない。
【0013】
原料粉末としては、Al23粉末、TiO2粉末、ZrO2粉末、Y23粉末、希土類酸化物の粉末もしくはCr23粉末、または、これらのうちいずれかを主成分とするセラミックス粉末が用いられうる。
【0014】
基材の表面に対して、原料粉末がプラズマ溶射される。プラズマ溶射装置は、一般の大気プラズマ溶射装置、減圧プラズマ溶射装置が使用でき、プラズマガスとして、Ar,Ar+N,Ar+H、Ar+COまたはAr+Oなどが用いられる。
【0015】
溶射ガンと基材との距離はたとえば150[mm]以下、好ましくは100[mm]以下に設定される。また、溶射膜が基材から剥離することを防止するため、基材は水冷方式または空冷方式にしたがって冷却される。水冷の場合、円筒状の基材の中に水を流し、流出側の水温が100[℃]以下となるように水量および水温が調節される。
【0016】
プラズマ溶射に際して、原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせがx−y平面における「第1領域」に収まるように調節された。
【0017】
加速エネルギーxは、単位時間に投入したプラズマガス量(質量)を溶射ガン先端のプラズマガスを放出するノズルの穴径で除した値により表わされ、プラズマガスの流量の多少、プラズマガスの種類およびプラズマガスノズルの穴径に応じて増減する。
【0018】
また、熱エネルギーyはプラズマを発生させている電力を単位時間に投入したプラズマガス量(質量)で除した数値により表わされ、プラズマガスの種類、プラズマ出力に応じても増減する。
【0019】
第1領域は、図1に実線で示され、式(1)〜(4)のそれぞれにより近似される4本の線分L1〜L4によって囲まれている。
【0020】
x=2.0(28.5≦y≦70.0)‥(1)。
【0021】
y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0) ‥(2)。
【0022】
x=16.0(7.5≦y≦30.8) ‥(3)。
【0023】
y=−1.5x+31.5(2.0≦x≦16.0) ‥(4)。
【0024】
第1領域に代えて、第1領域の一部である「第2領域」に収まるように、原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが採用されてもよい。第2領域は、図1に破線で示され、式(1’)〜(4’)によって近似される4本の線分L1’〜L4’により囲まれている。
【0025】
x=2.0(37.6≦y≦70.0) ‥(1’)。
【0026】
y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0) ‥(2’)。
【0027】
x=16.0(15.9≦y≦30.8) ‥(3’)。
【0028】
y=−1.55x+40.7(2.0≦x≦16.0) ‥(4’)。
【0029】
線分L1〜L4または線分L1’〜L4’は、第1領域または第2領域を次のような領域S1〜S4から区分するために定義される。
【0030】
熱エネルギーyが高い一方、加速エネルギーxが低い領域S1では、原料粉末が揮発または昇華しやすくなり、塗着率の低下を招くことがある。また、加速エネルギーが低いため、基材に衝突する溶射粒子または液滴が溶射膜表面に形成されている細かい凹部に入り込むことができず、気孔が多い低密度の溶射膜が形成されてしまう。また、この領域S1では、熱エネルギーyに比較してプラズマガス流量が少ないため、プラズマが発生しても失火しやすく、安定な成膜が困難である。
【0031】
加速エネルギーxおよび熱エネルギーyがともに高い領域S2では、きわめて短時間であれば緻密な膜(セラミックス膜)が成形されうるものの、溶射ノズルの先端の損傷等、プラズマ溶射装置の損傷が発生する可能性が高く、実製品を安定した膜質で製造することが困難である。溶射ノズルの先端の損傷等が生じずに、所望の厚さ(たとえば0.1[mm]以上)の溶射膜が得られるという観点から、領域S2から第1領域および第2領域を区分するための、式(2)(2’)により表わされる境界線分が適宜変更されてもよい。
【0032】
加速エネルギーxが高い一方で熱エネルギーyが低い領域S3では、原料粉末の溶融が不十分である。このため、基材に対する原料の付着率が著しく低く、付着したとしても著しく多孔質な溶射膜しか形成されえない。また、この領域S3では、プラズマが発生しにくく、S1と同様プラズマが発生しても失火しやすく、安定な成膜が困難である。
【0033】
加速エネルギーxおよび熱エネルギーyがともに低い領域S4では、原料粉末の溶融がより不十分である。このため、基材に対する原料の付着率が著しく低く、付着したとしても著しく多孔質な溶射膜しか形成されえない。また、この領域では、プラズマが不安定になりやすく、長時間にわたるプラズマ溶射の継続は困難である。
【0034】
(実施例)
前記方法により、セラミックス膜を有するセラミックス溶射部材が製造された。原料粉末として(1)Al23粉末、(2)Al23−TiO2粉末、(3)TiO2粉末、(4)Cr23粉末、(5)Y23粉末、(6)ZrO2粉末、(7)TiO2粉末、(8)Al23粉末、(9)Y23粉末、(10)Al23−TiO2粉末、(11)Gd23粉末、(12)CeO2粉末、(13)Yb23粉末、(14)Al23粉末、(15)Y23粉末、(16)Gd23粉末、および、(17)Dyのそれぞれが用いられ、実施例1〜17のセラミックス溶射部材が製造された。
【0035】
実施例1〜17のそれぞれのセラミックス溶射部材の製造条件としての溶射の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが、第1領域または第2領域に収まるように調節された。加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを示すプロットが、図1において丸付き数字により示されている。丸の中の数字は実施例の番数を表わしている。図1から実施例1〜17のうち、実施例1〜3、5、6、8〜15が第2領域に含まれていることがわかる。
【0036】
各実施例において、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率、セラミックス膜の同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比、表面粗さRaおよび脱ガス量(HO)のそれぞれが測定された。表1には当該測定結果がまとめて示されている。
【0037】
溶射膜の脱ガス量は、次のように測定された。すなわち、Al6061製の基材(25×7×2.5[mm]、表面積5.1[cm])の全面に各セラミックの溶射膜が形成される。その上で、石英製試料容器(φ12×300[mm])に上記試験片が設置され、Arガスが流される(1.2[L/min])。試料容器ごと加熱(100[℃]で3時間→200[℃]で3時間→300[℃]で3時間)し、放出された水分(HO)量がAPI−MS(大気圧イオン化質量分析装置)により脱ガス量として測定された。
【0038】
【表1】

【0039】
表1から、エネルギー組み合わせが第1領域に含まれるように溶射環境が調節されることにより、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率が52[%]以上になることがわかる。また、同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比が0.52以上であり、相対密度が91〜96[%]の範囲にあり、表面粗さRaが6.1[μm]以下であり、脱ガス量が950[ppb/cm]以下であるような緻密で脱ガスの少ない溶射膜を有するセラミックス溶射部材が製造されることがわかる(実施例1〜17参照)。
【0040】
さらに、エネルギー組み合わせが第2領域に含まれるように溶射環境が調節されることにより、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率が55[%]以上にあがることがわかる。特に、表面粗さRaが5.1[μm]以下に低減され、かつ、脱ガス量が560[ppb/cm]以下に低減された緻密で脱ガスの少ない溶射膜を有するセラミックス溶射部材が製造されることがわかる(実施例1〜3、5、6、8〜15参照)。
【0041】
第1領域の境界線の近似式(1)〜(4)は、溶射ガンの損傷を生じずに十分な厚さ(たとえば0.1[mm]以上)を有し、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率が52[%]以上であり、同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比が0.52以上であり、相対密度が90〜97[%]の範囲にあり、表面粗さRaが3.0〜7.0[μm]の範囲にあり、脱ガス量が1000[ppb/cm]以下である第1の実施例群のうち、最も外側に位置する測定データに基づいて求められる。近似式(1)は、実施例10を基準とする1次式により表現されている。近似式(2)は、実施例3および実施例11のそれぞれを基準として定められ、当該実施例に相当する2点を結ぶ1次式により表現されてもよい。近似式(3)は、実施例11を基準とする1次式により表現されている。近似式(4)は、実施例16および実施例17を基準として定められ、当該実施例のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されていてもよい。
【0042】
第2領域の境界線の近似式(1’)〜(4’)は、溶射ガンの損傷を生じずに十分な厚さ(たとえば0.1[mm]以上)を有し、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率が55[%]以上であり、同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比が0.52以上であり、相対密度が90〜97[%]の範囲にあり、表面粗さRaが3.0〜7.0[μm]の範囲にあり、脱ガス量が600[ppb/cm]以下である第2の実施例群のうち、最も外側に位置する測定データに基づいて求められる。たとえば、近似式(4’)は、実施例4および実施例7のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。
【0043】
近似式は、複数の実施例のそれぞれに相当する複数の点に基づき、最小二乗法等にしたがって求められる2次以上の高次式により表わされてもよい。たとえば、近似式(4’)が実施例1、5および15のそれぞれに相当する4点に基づき、最小二乗法等にしたがって求められる2次以上の高次式により表わされてもよい。測定結果が良好であったプロットがすべて第1領域または第2領域に含まれるように、最小二乗法等により求められた境界線分がy方向およびx方向のうち少なくとも一方にずらされてもよい。
【0044】
(比較例)
原料粉末として(1)Cr23粉末、(2)Al23粉末、(3)Y23粉末および(4)TiO2粉末、(5)Al23−TiO2粉末、(6)ZrO2粉末、(7)Gd23粉末、(8)Yb23粉末、(9)Al23粉末、および(10)Y23粉末のそれぞれが用いられ、比較例1〜10のセラミックス溶射部材が製造された。
【0045】
比較例1〜10のそれぞれのセラミックス溶射部材の製造条件としての溶射の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが、第1範囲から外れるように調節された。加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを示すプロットが、図1において三角付き数字により示されている。三角の中の数字は実施例の番数を表わしている。
【0046】
各比較例において、原料粉末の基材に対する塗着率、セラミックス膜の同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比、表面粗さRaおよび脱ガス量(HO)のそれぞれが測定された。表2には当該測定結果がまとめて示されている。ただし、比較例1によれば、プラズマが失火したために溶射膜が形成されなかった。比較例9、比較例10はプラズマを発生させることは出来たが、何れも出力が高すぎたため1min弱でプラズマトーチが焼損し、製膜はできなかった。
【0047】
【表2】

【0048】
表2から、エネルギー組み合わせが第1領域から外れるように溶射環境が調節されることにより、実施例と比較して、原料粉末の基材または溶射膜に対する塗着率が32〜49[%]に低下することがわかる。また、実施例と比較した場合に、同素材の焼結体に対するビッカース硬度の比が0.38〜0.51という低い範囲にあり、相対密度が80〜88[%]という低い範囲にあり、表面粗さRaが7.2〜8.1[μm]という高い範囲にあり、脱ガス量が1800〜6400[ppb/cm]という著しく高い範囲にあるような溶射膜を有するセラミックス溶射部材が製造されることがわかる(比較例2〜8参照)。
【0049】
(本発明の作用効果)
本発明のセラミックス溶射部材は、脱ガス量を低下させる観点から適当な表面粗さ等を有するセラミックス膜を備えているため、真空装置に用いられた場合に真空度が低下する可能性の低減が図られうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面を被覆するセラミックス膜とを有するセラミックス溶射部材の製造方法であって、
Al23粉末、TiO2粉末、ZrO2粉末、Y23粉末、希土類酸化物の粉末もしくはCr23粉末、または、これらのうちいずれかを主成分とするセラミックス原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせを、x−y平面において(1)x=2.0(28.5≦y≦70.0)、(2)y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0)、(3)x=16.0(7.5≦y≦30.8)および(4)y=−1.5x+31.5(2.0≦x≦16.0)により近似される線分によって囲まれた第1領域に収まるように調節しながら、前記基材に対して前記原料粉末を溶射することにより、前記セラミックス膜を形成することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを、x−y平面において(1’)x=2.0(37.6≦y≦70.0)、(2’)y=−2.8x+75.6(2.0≦x≦16.0)、(3’)x=16.0(15.9≦y≦30.8)および(4’)y=−1.55x+40.7(2.0≦x≦16.0)により近似される線分によって囲まれた第2領域に収まるように調節することを特徴とする方法。
【請求項3】
基材と、前記基材の表面を被覆するAl23粉末、TiO2粉末、ZrO2粉末、Y23粉末、希土類酸化物の粉末もしくはCr23粉末、または、これらのうちいずれかを主成分とするセラミックス膜とを有するセラミックス溶射部材であって、
前記セラミックス膜の相対密度が90〜97[%]であり、表面粗さRaが3.0〜7.0[μm]であり、かつ、脱ガス量が1000[ppb/cm]以下であることを特徴とするセラミックス溶射部材。


【図1】
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【公開番号】特開2012−149322(P2012−149322A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10201(P2011−10201)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【出願人】(391005824)株式会社日本セラテック (200)
【Fターム(参考)】