説明

ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を用いた繊維および中空糸の乾式紡糸法

【課題】生体にとって無毒・安全であり、強度・弾性・柔軟性などの物性が十分であり、透明性が高く、かつ水に対して適度な安定性を有するゼラチン繊維およびゼラチンフィルム、並びに、これら繊維およびフィルムの安価な製造方法の提供。
【解決手段】ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中で紡糸することを含む、ゼラチン繊維の製造方法。ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中でフィルム状に成形することを含む、ゼラチンフィルムの製造方法。得られたゼラチン繊維・フィルムは、魚餌、食品用ケーシング、医用材料に要求される安全性、強度・弾性・柔軟性などの機械物性、耐水性などをバランスよく備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼラチン水溶液を用いた繊維ならびに中空糸の乾式紡糸法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゼラチンは、豚、牛、鶏、魚等の骨、皮等の結合組織等から得られるコラーゲンの三重らせん分子を解いて作成されるものであり、生体適合性材料として好適に使用されている。しかし、ゼラチンを水に溶かして得られたゼラチン水溶液は、低濃度では延糸性が低く、高濃度ではゲル化してしまうため、ゼラチン繊維を作成することは困難であった。
【0003】
そこで本発明者らの一部は、湿式紡糸によってゼラチン繊維を製造する方法を検討した結果、ゼラチンを含む溶液に、アミド化合物、アルカリ金属、またはアルカリ土類金属のハロゲン塩を添加して得た溶液を用いることにより、ゼラチン繊維を製造しうることを見いだした(特許文献1)。
【0004】
しかし、特許文献1の方法では、ゼラチン水溶液から、有機溶媒を含む凝固浴を用いた湿式紡糸法で紡糸するため、有機溶媒などの洗浄に時間と複雑な操作が必要であり、コストも非常に高く、有機溶媒に起因して安全性にも問題があった。
【0005】
かかる問題に鑑み、本発明者らの一部は、特許文献1に開示のゼラチン繊維と比較して低毒性であってより強度の高いゼラチン繊維を得るため研究した結果、ゼラチンからなる繊維の乾式紡糸法を見いだした(特許文献2)。
【0006】
特許文献2に記載の乾式紡糸法では、ゼラチン水溶液に親水溶媒および/または多価グリシジル化合物を添加しており、多価グリシジル化合物を用いる態様では安全性に懸念があり、多価グリシジル化合物を用いない態様、即ち、ゼラチンと水と親水溶媒からなる溶液を乾式紡糸した場合、安全性は向上するが、得られる繊維の強度・弾性が十分でなく、改善の余地のあるものであった。
【0007】
なお、特許文献2に記載の乾式紡糸法において用いられる親水溶媒としては、メチルアルコール、エチルアルコール、ブチルアルコールなどの一価アルコール類、アセトン、酢酸エチルなどが挙げられているが、これらの親水溶媒は、ゼラチン水溶液に多量に添加すると、ゼラチンが凝固して沈殿するという傾向がある。
【0008】
また、ゼラチンを魚餌や食品の包装などに用いる場合、ゼラチンは水に対して極めて膨潤度が高いため、耐水性の面でも改善された性質を有するゼラチン繊維が求められている。
【0009】
かかる問題に鑑み、本発明者らは以前に、ゼラチンおよび水溶性直鎖状高分子を、水または水とアルコールとの混合溶媒に溶解してなる水溶液を、空気中で紡糸することを含む、ゼラチン繊維の製造方法を提案している(特許文献3)。特許文献3の方法においては、ゼラチンに高分子量のポリエチレングリコール(PEG)等の高価な水溶性直鎖状高分子を添加する必要があり、コスト的に不利であった。また、特許文献3の方法により得られる繊維ないしフィルムは、透明性に欠けるという問題もあった。したがって、より安価に透明性の高いゼラチン繊維ないしフィルムを得る方法が依然として求められていた。
【0010】
一方、魚餌の包装として一般に用いられているコラーゲンは、魚に消化不良を起こさせることがあった。また、生体適合性材料の一つであるアルギン酸は、魚によって消化されない。したがって、特に魚餌の包装に適した性質を持つゼラチンからなる、より高性能の中空糸などの繊維ならびにその製造方法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−89929号公報
【特許文献2】特開2005−163204号公報
【特許文献3】特願2011−28562号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、生体にとって無毒・安全であり、強度・弾性・柔軟性などの物性が十分であり、透明性が高く、かつ水に対して適度な安定性を有するゼラチン繊維およびその安価な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者らはかかる課題を解決するべく鋭意検討の結果、ゼラチンの水溶液に、多価アルコールを添加することにより、弾性・強度・柔軟性などの物性に優れ、透明性が高く、かつ水に対して適度な安定性を有するゼラチン繊維を乾式紡糸することが可能となることを見いだし、本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明は、ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中で紡糸することを含む、ゼラチン繊維の製造方法を提供する。
【0015】
本発明の方法において、好ましくは繊維は中空糸である。中空糸のなかに魚の餌となる材料を充填することにより、中空糸がそのまま魚餌として利用できる。また好ましくは、多価アルコールはグリセリンである。グリセリンは、安価に大量に入手することができる。
【0016】
本発明の方法においては紡糸を下方引出しにより行うことも上方引き上げにより行うこともでき、さらに側方引き出しにより行うこともできる。紡糸を下方引出しにより行うと、重力が加わって細めの繊維となり、上方引き上げにより行うと太めの繊維となり、用途に応じて糸の形状を調整できる。紡糸を側方引き出しにより行うと、紡糸装置を横向きに設置することが可能となり、高さが必要ではなくなるためにスペース的に有利である。
【0017】
好ましくは、本発明において用いるゼラチンはアルカリ処理により原料から抽出されたものである。
【0018】
本発明はさらに、ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中でフィルム状に成形することを含む、ゼラチンフィルムの製造方法を提供する。
【0019】
さらに本発明は上記方法により得られたゼラチン繊維またはゼラチンフィルムも提供する。また本発明は、かかるゼラチン繊維またはゼラチンフィルムからなる魚餌または食品用ケーシングも提供する。かかる魚餌は、大型養殖魚への餌の包装として提供することもできるし、それ自体、腐敗進行度の遅い餌として提供することもできる。本発明によると、魚餌および食品用ケーシングのいずれの用途においても、包装およびサイズ調整が容易であり、強度・弾性・柔軟性などの物性も適当であり、かつ、水に対する安定性も好適である。
【0020】
さらに、本発明の方法により得られたゼラチン繊維またはゼラチンフィルムは、生体にとって安全かつ低毒性のため、医用材料としても好適に利用できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の方法は、ゼラチンを含む水溶液から乾式紡糸法を用いて中実糸や中空糸などの繊維ないしフィルムを作成する方法である。本発明の方法によると、ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中に押出してゼラチン溶液を凝固させるため、溶媒の除去などの後処理が不要であり、しかも凝固浴や洗浄液に留意する必要がなく、工業的に有利であり、得られた繊維・フィルムは生体にとって安全かつ低毒性である。なお、本発明において、多価アルコールは可塑剤として作用して、ゼラチン繊維・フィルムに柔軟性を与えるものと推測される。
【0022】
また、本発明の方法は、ゼラチン溶液の特性であるゾル・ゲル変化を利用した手法であり、適切なノズルを用いることにより、所望の形状のゼラチン繊維またはフィルムを容易に作成することができる。さらに本発明の方法により得られたゼラチン繊維またはフィルムは強度・弾性・柔軟性などの物性に優れ、水に対して適度な安定性を有し、かつ、透明性も高い。また、特に多価アルコールとしてグリセリンを用いる場合、グリセリンは安価に大量に入手できるので、コスト的にも有利である。
【0023】
本発明の方法により得られたゼラチン繊維・フィルムは、魚餌、食品用ケーシング、医用材料に要求される安全性、強度・弾性・柔軟性などの機械物性、耐水性などをバランスよく備えている。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の方法による中空糸の側方引き出しによる紡糸を示す写真である。
【図2】本発明の方法により得られた中空糸の内部に味噌を充填した場合の写真である。
【図3】本発明の方法により得られたフィルムの強度試験結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明において使用するゼラチンは、豚、牛、鶏、魚等の骨、皮等の結合組織等から得られるコラーゲンの三重らせん分子をほぐして得られるタンパク質である。かかるゼラチンの製造方法としては、ゼラチン原料のアルカリ処理や酸処理方法などがあり、いずれの方法によって製造されたものを用いてもよく、市販のゼラチンを用いてもよい。本発明において用いるゼラチンは、アルカリ処理によって原料から抽出されたものが好ましい。
【0026】
アルカリ処理の方法としては、ゼラチン原料を石灰懸濁液を満たした容器に浸漬する方法が知られており、例えば、特に限定されないが、石灰として消石灰を用い、懸濁液の濃度1−5重量%で20℃以下にて30−100日、好ましくは40−80日浸漬する。その後、水洗および中和を経たアルカリ処理を受けた原料は不純物が少なく、温水でゼラチンが容易に抽出される。アルカリ処理を含むゼラチンの前処理方法は、例えば、「にかわとゼラチン」(日本にかわ・ゼラチン工業組合、pp273-276、丸善)に詳細に記載されている。
【0027】
一方、市販されているゼラチンは、その製造工程において、抽出されるまでに種々の精製工程を経るため、タンパク質以外の成分は少なく、通常は、タンパク質85%以上、水分8〜14%、灰分2%以下、その他脂質、多糖類など1%以下という組成が一般的であるが、本発明ではかかる一般的な市販のゼラチンを使用することもできる。
【0028】
ゼラチンの分子量としては、特に限定されず、広範なものが使用できるが、例えば、分子量10,000〜100,000程度のものが好ましく、分子量50,000〜100,000程度のものがより好ましく、分子量10万程度のものが特に好ましい。
【0029】
本発明においては、ゼラチンの他に、多価アルコールを用いる。「多価アルコール」とは、1分子中にアルコール性水酸基を2個以上含み、分子量が62以上10000未満の分子をいう。かかる多価アルコールは、図3に示す如くゼラチン皮膜において可塑剤として作用すると考えられる。
【0030】
具体的な多価アルコールの例としては、特に限定されないが、例えば、グリセリンおよびその誘導体、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコールおよびそれらの誘導体、ペンタエリトリトールおよびその誘導体、分子量が62以上10,000未満の低分子量ポリエチレングリコール(低分子量PEGとも称する)およびその誘導体などが挙げられるが、好ましくは、グリセリンである。
【0031】
本発明においては、まずゼラチンと多価アルコールを水に溶解させてなるゼラチン水溶液を乾式紡糸または成形のための粘稠水溶液とする。かかる粘稠水溶液中の組成は、例えばゼラチン60gを使用する場合、多価アルコール、例えばグリセリンの含有量は好ましくは0.1〜120g、より好ましくは1〜60g、特に好ましくは5〜30gであり、水の含有量は好ましくは10〜100g、より好ましくは25〜75g、特に好ましくは40〜60gであり、多価アルコールと水との比、例えば、グリセリンと水との重量比は、グリセリン/水として好ましくは0.001〜12、より好ましくは0.01〜2.4、特に好ましくは0.1〜0.6である。
【0032】
ゼラチンと多価アルコールとの水溶液を乾式紡糸あるいは成形する場合、該水溶液がゾル状態となるまで加温し、ゾル状態となった水溶液をノズルから空気中へ押し出して紡糸または成形する。一般にゼラチン水溶液がゾル状態となるのは40℃以上であるため、加温する温度としては40℃以上が好ましく、45℃以上がより好ましい。但し、あまり高温にしすぎると熱分解またはゲル化が起こって紡糸あるいは成形が阻害されやすくなるため、通常90℃以下、好ましくは85℃以下とするのがよい。
【0033】
かかる水溶液は、基本的にゼラチンおよび多価アルコールおよび水からなるが、本発明の目的を損なわない限りその他の物質、例えば、多価アルコール以外の少量の親水溶媒、例えば、メチルアルコール、エチルアルコールなどの一価アルコールおよびジメチルスルフォキシド、水溶性直鎖状高分子、例えば、分子量1万〜60万程度、好ましくは分子量10万程度の高分子量ポリエチレングリコール(高分子量PEG)およびその誘導体や、ポリビニルアルコール(PVA)、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルキチン、キトサン、カラギーナン、メチルセルロースおよびエチルセルロース、架橋剤、例えば、リン酸ジエステル、カルボジイミド化合物、グルタルアルデヒド、ジエポキシ化合物、ジイソシアネート化合物、単糖類、オリゴ糖類、天然あるいは合成凝血促進剤、例えば血液凝固に際してフイブリン分子内や分子間に架橋を促進させる一連の酵素群、トロンビンを含む凝固因子群、トランスアミナーゼ、トランスグルタミナーゼ、その他の機能付与剤、例えば、抗腫瘍剤、免疫賦活剤、各種酵素類、各種吸着剤、抗菌剤、消臭剤、防ダニ剤、アレルゲン不活性剤、遠赤保温剤などを含めてもよい。
【0034】
本発明をゼラチン繊維の乾式紡糸法についてまず説明するが、ノズルの形状を変更することにより、フィルムの成形にもかかる方法は適用できる。一般に乾式紡糸は、ポリマーを溶媒で溶解した粘稠な溶液を細孔から押し出して、熱風等で溶媒を蒸発させ、ポリマーを糸状に固化させるプロセスであるが、本発明においては、ゼラチンのゾル・ゲル転移温度が高いことにより、熱風などを用いずに室温で空気中に紡糸するのみでゼラチン溶液がゲル化する。したがって紡糸装置も、原料溶液をためておく部分とそれに接続したノズルおよび巻き取り装置があれば、特別な紡糸筒なども必要ではない。
【0035】
乾式紡糸ないしフィルム成形では、加温した水溶液を、所望の形状のノズルから大気中に押し出す。押し出す雰囲気は空気であっても、窒素などの不活性気体であってもよいが、空気を利用するのが簡便である。空気の温度は室温、具体的には、10〜35℃とする。本発明においては、室温で空気中で紡糸または成形できるので、紡糸筒や加熱気体などの特殊な装置や手段が必要ではない。
【0036】
例えば、中空糸を紡糸する場合は、断面◎型のノズルを用いるとよく、中実糸を紡糸する場合には断面○型や異型のノズルを用いるとよい。口径は特に限定されず、中空糸の場合、外側ノズルの径と内側ノズルの径を調節することにより、肉厚、肉薄、大口径、小口径といった所望の形状のものが得られる。中実糸の場合にはノズルの形状を断面○型にすることにより、通常の繊維が、異型ノズルを用いることにより異型繊維が得られる。フィルムを得る場合には、扁平な金型をノズルとし、金型の厚さおよび幅を適宜調節することにより所望の厚さおよび幅のフィルムが得られる。紡糸速度、巻き取り速度は特に限定されない。
【0037】
紡糸にあたって、下方引き出しを用いても上方引き上げを用いてもよいし、側方引き出しを用いてもよい。紡糸を下方引出しにより行うと、重力が加わって細めの繊維となり、上方引き上げにより行うと太めの繊維となり、用途に応じて糸の形状を調整できる。また、側方引き出しを採用すると、紡糸装置全体を横向きに設置することができ、スペース的に有利である。
【0038】
本発明の方法によると、用途によって紡糸または成形条件、即ち、ノズル近辺の温度、ノズルの形状や大きさ、引き出し(押出し)方向や速度を制御することにより、肉厚中空糸、肉薄中空糸、大口径中空糸、小口径中空糸あるいは、対応する中実糸、所望の幅や厚さのフィルムを得ることができる。
【0039】
本発明の方法により得られた繊維またはフィルムは、弾性・強度・柔軟性などの機械物性に優れ、安全性が高いのみならず、水に対して適度に安定性を有し、かつ透明性が高い。また、多価アルコールとしてグリセリンを用いると、生産コストが削減できる。これらの繊維またはフィルムは、魚餌、食品用ケーシングなどに好適に用いることができる。
【0040】
さらに本発明のゼラチン繊維またはフィルムに架橋などの後処理を施してさらに強度・耐水性を高めてもよい。架橋方法としては、架橋剤を用いる化学的あるいは生化学的な方法や放射線照射により架橋する方法が挙げられる。使用可能な化学的な架橋剤としては、リン酸ジエステル、カルボジイミド化合物、グルタルアルデヒド、ジエポキシ化合物、ジイソシアネート化合物、単糖類、オリゴ糖類などゼラチンの架橋に一般に使用される架橋剤が挙げられる。生化学的な架橋剤としては、天然あるいは合成凝血促進剤、例えば血液凝固に際してフイブリン分子内や分子間に架橋を促進させる一連の酵素群、トロンビンを含む凝固因子群、トランスアミナーゼ、トランスグルタミナーゼなどがあげられる。架橋剤を紡糸・成形前に適用する場合、紡糸・成形に供する水溶液に架橋剤をあらかじめ混合するとよく、紡糸・成形後に適用する場合は、得られた繊維・フィルムを架橋剤を含む溶液に浸漬するとよい。放射線照射により架橋する場合は、紡糸・成形後の繊維・フィルムに電子線、γ線を照射するとよい。
また、抗腫瘍剤、免疫賦活剤、各種酵素類、各種吸着剤、抗菌剤、消臭剤、防ダニ剤、アレルゲン不活性剤、遠赤保温剤などの機能付与剤を繊維またはフィルム表面に付着させてもよい。
【0041】
本発明の方法によると、ゼラチンと多価アルコールを含む水溶液を所望のノズルから室温で直接空気中に押し出すことにより、所望の形状の繊維・フィルムを製造することができる。ゼラチン水溶液にグリセリンなどの多価アルコールを共存させることにより、得られるゼラチン繊維・フィルムの、例えば強度・弾性・柔軟性などの機械物性が向上する。また、本発明の方法では、溶媒として水を用いるため、紡糸・成形後に洗浄などの操作が必要ではない。本発明の方法は、紡糸・成形途上に起こるゼラチン分子の構造変化を直接ゾル・ゲル変化に関連した現象として観察できる。
【実施例1】
【0042】
(中空糸の製造)
ゼラチンとして、宏栄化成(株)製アルカリ処理ゼラチンを用い、グリセリンは和光純薬の特級品を用いた。
【0043】
ゼラチン60gとグリセリン30gを混合し、熱蒸留水50gを加え練り合わせた後、脱泡のため一夜静置した。これを紡糸管に詰め、70℃に加熱して減圧下で脱泡した。脱泡後、2気圧の圧力をかけて中空糸ノズル(外径6mm、内径5mm)から大気中に押出し、紡糸速度は、側方引き出しの場合2m/min、上方引き上げの場合1m/min、下方引き出しの場合5m/minで中空糸を得た(図1)。
【0044】
中空糸の膜厚は、中空糸を側方に引き出すか、下方に引き出すか、上方へ引き上げるかに加えて、その引き出し速度、紡糸管温度などによっても調節できた。結果として、外気温度や湿度に左右されることなく、弾力性に富んだ中空糸が得られた。側方引き出しで得られた中空糸の外径は6mm、内径は5mm、下方引き出しで得られた中空糸の外径は3mm、内径は2mm、上方引き上げで得られた中空糸の外径は5mm、内径は4mmであった。また、中空糸同士の癒着は観察されなかった。さらに得られた中空糸は数週間程度大気中に放置しても形状が崩れなかった。
【実施例2】
【0045】
(中空糸の製造)
ゼラチン60gとグリセリン5gを混合し、熱蒸留水50gを加え練り合わせた後、脱泡のため一夜静置した。そして、実施例1と同様にして中空糸を得た。得られた中空糸は透明性が高かった。
【実施例3】
【0046】
(中空糸内孔への味噌の充填)
ゼラチン60gとグリセリン30gを混合し、熱蒸留水50gを加え練り合わせた後、脱泡のため一夜静置した。空気を送り出していた配管から味噌を送り出しながら実施例1、2と同様にゼラチンを押し出したところ、中空糸内部に味噌を充填することができた(図2)。
【実施例4】
【0047】
(ゼラチンフィルムの強度測定)
ゼラチン60gを熱蒸留水50gとグリセリン30g(図3左)および5g(図3右)に溶解させた溶液からフィルムを作成し、膜厚0.45mmの試験片を得た。50gの分銅を用いて、それぞれの試験片を強度試験に供した。図3から明らかなように、本発明のゼラチンフィルムは弾性・強度などの物性に優れ、グリセリンの濃度に依存して高い伸度を示した。
【比較例1】
【0048】
実施例1と同様に、ゼラチン60gに対してグリセリン30gの代わりにメタノール30gを混合し、熱蒸留水50gを加え練り合わせたところ、沈殿が生じた。
【比較例2】
【0049】
実施例1と同様に、ゼラチン60gに対してグリセリン30gの代わりにエタノール30gを混合し、熱蒸留水50gを加え練り合わせたところ、沈殿が生じた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の方法により製造した、中実糸や中空糸などの繊維ないしフィルムは、養殖魚の餌やハム等の食品に対するケーシングならびに医用材料として応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中で紡糸することを含む、ゼラチン繊維の製造方法。
【請求項2】
繊維が中空糸である、請求項1記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項3】
多価アルコールがグリセリンである請求項1または2に記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項4】
紡糸を下方引出しにより行う請求項1〜3のいずれかに記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項5】
紡糸を上方引き上げにより行う請求項1〜3のいずれかに記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項6】
紡糸を側方引出しにより行う請求項1〜3のいずれかに記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項7】
ゼラチンがアルカリ処理により原料から抽出されたものである、請求項1〜6いずれかに記載のゼラチン繊維の製造方法。
【請求項8】
ゼラチンおよび多価アルコールを含む水溶液を、空気中でフィルム状に成形することを含む、ゼラチンフィルムの製造方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかに記載の方法により得られたゼラチン繊維または請求項8に記載の方法により得られたゼラチンフィルム。
【請求項10】
請求項9に記載のゼラチン繊維またはゼラチンフィルムからなる魚餌または食品用ケーシングまたは医用材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−237083(P2012−237083A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108430(P2011−108430)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】