説明

ダムの外部変形評価方法

【課題】地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価できるようにした、ダムの外部変形評価方法を作成することが課題である。
【解決手段】ダムに設置された複数のGPS受信装置を用いてリアルタイムに外部変形度合いを計測し、得られた時系列計測データからCPUによりダムの変位データを算出して記憶手段に記憶すると共に、該変位データにフィルタ処理・平滑処理を行なった処理済み変位データを算出して記憶手段に記憶するようにしたダムの外部変形具合の評価方法において、地震発生信号により地震前に算出したダムの変位データにおける標準偏差σと地震後におけるダムの変位データの平均値xとを算出し、該平均値xと地震前の標準偏差σとを用い、前記CPUでZ推定により変位を算出するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震時のダムの外部変形評価方法に関し、特に、GPSシステムを用い、地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価できるようにした、ダムの外部変形評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
山間部に設けられたダムには、粘土の回りを砂や礫、及び岩石で固めたロックフィルダム、コンクリートで固めた重力式ダム、ダム全体がアーチを描くアーチ式ダムなどがある。こういったダムは、利水や治水、発電のために山間部に流れる川を堰き止めている関係上、ダムが決壊すると下流に堰き止めていた水が流れ、壊滅的な災害を引き起こす可能性があるため、決壊等による被害発生の危険性を未然または早期に察知する必要がある。また、道路や橋、トンネルなどの一般的な建造物(構造体)においても、地震によって変形が発生し、寸断などの恐れが生じる場合もあるため、同様に危険性を早期に察知する必要がある。
【0003】
そのためダムにおいては、所定の位置を測量してダムに変形が起きていないかを定期的に調査することが一般的に行われている。また、震度4以上、あるいは揺れの強さが25gal以上の地震が発生したときは、国の管理規定によって地震発生直後にダム堤体の変位の有無を目視点検により確認すると共に、人力による光波測量を行い、計測してダム堤体の安全性を確認することとなっている。また、道路や橋、トンネルなどの一般的な建造物(構造体)においても、変形を短時間のうちに察知できれば大きな災害とならずに済む。
【0004】
しかしながら人力による光波測量の場合、計測や結果の整理に比較的長い時間を要するから、地震直後の非常時において直ちに対応することが難しい等の課題がある。そのため、地震発生直後の短時間のうちに、目視点検以上の客観的な評価を行うことのできる安価で簡便なシステムが求められている。また、一般的な建造物(構造体)では、或る程度の強度の地震に対する耐震設計が一般的になされているから、人力による光波測量のように費用と時間の掛かる計測を行うことはあまり一般化されていないが、安価で簡便な計測システムが開発されれば防災の点からは好ましい。
【0005】
こういった構造物の変形などを評価するシステムとしては、例えば特許文献1に、ダムや山間部の道路建設における崩落等の防災のため、斜面等の被測定面の適宜箇所に複数の送受信機を設置すると共に、被測定面から所要距離をおいた測定側に1つ又は複数の送受信機を設置し、測定側の送受信機と被測定面側の送受信機の各1つとの複数の組合せの中から、一対の送受信機を選択して送受信機相互間で電磁波の送受信を行ってこの送受信に要した各伝搬時間を計測し、この伝搬時間から各送受信機間の距離を求めて被測定面の変位を計測する斜面等の変位計測方法が示されている。
【0006】
また、特許文献2には、地滑り地域の変動を地盤表面に設置されたGPS(Global Positioning System)測位器と、地盤傾斜計、伸縮計、歪計、孔内傾斜計、孔内水位計、雨量計のいずれか1つ又は複数の地盤変動観測機器から得られる地盤変動情報とに基づいて計測するに当たり、地盤変動が小さいときはGPS測位解析手法のうち、時間が掛かるが精度の高いスタティック(ST)方式を、地盤変動が大きいときは急を要するので精度は低いが短時間で測定結果が出るリアルタイムキネマティック(RTK)方式を用い、地盤変動の状態に応じた計測ができるようにした地盤変動計測システムが示されている。
【0007】
一方本願出願人は、特許文献3においてGPSを用いて斜面の変位を計測するシステムを提案した。このシステムにおいては、計測した斜面の変位データは各種外的要因(例えば、GPS衛星の状態、電離層及び対流圏の影響、マルチパス、及び基線長さ)によってバラツキ(帯状にばらつく)を含んでおり、このようなデータから直接斜面の状態を正確に把握・評価することが難しいため、時系列計測データにカルマンフィルタのアルゴリズムを用いた統計的手法によってフィルタ処理と平滑化処理とを施し、正確な変位量を算出することが示されている。
【0008】
【特許文献1】特開2003−329492号公報
【特許文献2】特開2004−045158号公報
【特許文献3】特許第3742346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら特許文献1に示されたシステムは、ダムにおける被測定面に対向する測定側を設置する必要があるが、通常、ダムは山間部に水の流れとは直角な方向に設けられるから、被測定面(ダムを形成する堤体)に対向する測定側を常に設けられるとは限らない。一方、特許文献2に示された地盤変動計測システムでは、時間が掛かるが精度の高いスタティック(ST)方式(4時間で5mm程度の精度と記載されている)と、精度は低いが短時間で測定結果が出るリアルタイムキネマティック(RTK)方式(10秒で2〜3cm程度の精度と記載されている)とを使い分けているが、例え短時間であっても2〜3cm程度の精度では使うことができず、また、4時間後であっては時間が掛かりすぎる。
【0010】
また本願出願人の出願になる特許文献3のシステムによれば、GPSを用いて測定したデータを統計処理することで、長時間に渡って徐々に変形してゆくような変位の場合は±1〜3mm程度の精度のデータを得ることができる。しかしながら、現在のGPSを用いた変位測定技術では、前記した各種外的要因(例えばGPS衛星の状態、電離層及び対流圏の影響、マルチパス、及び基線長さ等)によるばらつきとGPS自体の技術的制約とにより、統計処理によって正確度の高い位置データを得るためには一定時間を要する。そのため、地震によって突発的に大きな変位が生じた場合、システムは統計処理の際、地震後に得られたデータをばらつきとみて標準偏差σが大きくなったと判断し、地震による変位をばらつきではないと判断するのに長時間を要して短時間のうちに高精度のデータを得ることができない。
【0011】
そのため本発明においては、地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価できるようにした、ダムの外部変形評価方法を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため本発明になるダムの外部変形評価方法は、
ダムに設置された複数のGPS受信装置を用い、リアルタイムに計測した時系列計測データからCPUによりダムの変位データを算出して記憶手段に記憶すると共に、前記変位データにフィルタ処理と平滑処理とを行なって処理済み変位データを算出して記憶手段に記憶し、前記処理済み変位データをダムの外部変形評価結果として通信手段を介してユーザ端末装置に配信するメインルーチンを備えたダムの外部変形評価方法において、
所定閾値以上の震度若しくは揺れの強さ(gal)の地震発生により発せられる地震計または気象庁からの信号もしくは手動による信号をトリガーとして前記メインルーチンに並行して走らせ、前記CPUで、前記メインルーチンで算出されて記憶装置に記憶された地震前のダムの変位データを用いて地震前の標準偏差σを算出すると共に地震後の変位データの平均値xを算出し、下記(1)式に基づき、前記算出した地震前の標準偏差σと地震後の変位データの平均値xとを用いてZ推定により前記ダムの地震後における変位の範囲mを算出し、前記メインルーチンによる処理済み変位データに加えて地震後の変位の範囲mを前記通信手段を介してユーザ端末装置に配信すると共に、前記地震後の変位mが予め定められた閾値を越えたときに前記ユーザに対する警告を前記通信手段を介してユーザ端末装置に配信するサブルーチンを備えたことを特徴とする。
【数1】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
σ:地震前の標準偏差
n:地震後のデータ数
【0013】
本来統計処理におけるZ推定では、地震発生後の標準偏差σを用いて誤差処理を行うべきであるが、GPSを用いた測定では、地震直後に大気の水蒸気量の変化や何らかの要因で上空視界が遮られるなど、GPSの測定結果に影響を及ぼすような環境条件の変化がない限り、地震前と後とで標準偏差σに大きな変化が生じることはないと考えられる。そのため、このZ推定により算出した測定誤差処理済みデータは、Z推定算出式(1)中に含まれる信頼確率αの範囲で信頼できるデータと考えられ、比較的短時間で高精度にダムの外部変形度合いを算出できる。従ってユーザ(ダムの管理者)は、地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に知ることができ、それによってダムが決壊するかどうかを事前に判断して、大きな被害を防止するための警報を発すべきかどうか、その警報の程度はどの程度にすべきかなどの判断材料を得ることができる。
【0014】
また本発明のダムの外部変形評価方法では、前記地震発生の信号をトリガーとして前記メインルーチンとサブルーチンに並行して走らせ、CPUにより、前記地震後におけるダムの変位データの標準偏差u1を算出すると共に下記(2)式に基づき、前記算出した標準偏差u1と平均値xとを用いてt推定で前記ダムの地震後の変位を算出する第2のサブルーチンを備え、該第2のサブルーチンの算出結果で前記サブルーチンにおけるZ推定に基づく算出結果を検証する。
【数2】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
u1:地震後の標準偏差
n:地震後のデータ数
【0015】
前記したようにZ推定は地震前の標準偏差を使うがこれはあくまでも地震前と地震後で標準偏差が異なることはないという仮定のもとに行っている処理である。しかしGPSによる測定結果は、前記したようにGPS衛星の状態、電離層及び対流圏の影響などで地震前と地震後で標準偏差が異なる場合もあるわけで、このような場合、地震後の標準偏差u1を用いるt推定によりZ推定による算出結果を検証することで、Z推定が信頼のおけるものかどうかの検証を行うことができ、システムの信頼性を高めることができる。
【0016】
そしてこの評価方法においては、前記サブルーチンにおけるZ推定で算出した前記ダムの地震後の変位の範囲mに、前記メインルーチンによりフィルタ処理・平滑処理を行って算出した処理済み変位データの値が含まれたか否かを判定し、含まれた場合に前記サブルーチンと第2のサブルーチンによる前記ダムの地震後の変位算出を前記メインルーチンによる変位算出に切り換える。これは、前記フィルタ処理・平滑処理を行った処理済み変位データは、地震直後は前記したように算出値が地震による変位をばらつきと見て地震による変位とは異なる値を示すが、時間がたつと地震による変位をばらつきではないと判断して正しい値を示すようになるのに対し、Z推定は、時間がたっても一定の信頼確率による幅を持つため正確な変位量を表示できないためで、このように、処理済み変位データの値がZ推定による信頼確率の幅の間に入った後は、メインルーチンによる変位算出が地震による変位を正しく表示するようになったと考え、メインルーチンによる変位算出に切り換えることで、誤差の少ない変位データをダム管理者に提示することができるようになる。
【0017】
さらに、例えば震度が4より小さいと共に25galより小さい余震の場合、本発明のシステムは地震発生による処理に移行しないが、それにもかかわらずダムに大きな変位が生じる場合がある。その場合、前記フィルタ処理・平滑処理を行ってノイズを除去した処理済み変位データは、地震直後は前記したように算出値が地震による変位をばらつきと見て地震による変位とは異なる値を示すため、管理者はこのような変位を見逃す可能性がある。しかし、前記地震発生の信号をトリガーとして前記メインルーチンとサブルーチン、並びに第2のサブルーチンに並行して走らせ、前記CPUにより、前記地震後のダムの変位データのそれぞれに対して前記地震前の標準偏差σに基づく信頼確率範囲を算出して前記記憶手段に記憶する第3のサブルーチンを備え、該第3のサブルーチンで算出した信頼確率範囲を地震による変位の範囲として前記通信手段を介し、ユーザ端末装置に配信するようにすることで、例え地震発生信号が発せられなくても、算出された変位データがその信頼確率範囲と共に表示されれば、地震によって変位が生じたか否かの判断をすることが可能となり、余震などによる変位を見逃すことのないダムの外部変形評価方法とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
以上記載のごとく本発明になるダムの外部変形評価方法は、地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価でき、ダムの決壊などを事前に察知して、大きな被害を被るのを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。但しこの実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【0020】
最初に本発明の概略を説明する。本発明においては、本願出願人の出願になる特許文献3に開示されたGPS(Global Positioning System)により変位を測定するシステムを用い、新たな統計処理を行うシステムを加えることで、地震発生後に短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価できるようにしたものである。
【0021】
すなわち前記したように、前記特許文献3に開示されたシステムでは、長時間に渡って徐々に変形してゆくような変位の場合は高精度にその変形度合いを測定することが可能であるが、データの算出に統計的手法を用いているため、地震により急激で大きな変形が生じた場合、地震後に得られたデータをばらつきとみて標準偏差σが大きくなったと判断し、地震による変位をばらつきではないと判断するのに長時間を要して短時間のうちに高精度のデータを得ることができない。
【0022】
そのため本発明においては、特許文献3に開示されたシステムをメインルーチンとして用い、地震のない通常の状態では、定期的にダムの外部変形度合いを測定する(以下、特許文献3に開示された方法で測定したダムの変位の測定をトレンドモデルによる測定と称する)。そして地震が発生し、気象庁が発表する地震情報や地震計からの信号、あるいは地震発生を感知したダムの管理者による地震発生信号を発する押釦などの操作で、本発明のシステムに地震が発生したという信号が送られると、それをトリガーとして上記トレンドモデルによるメインルーチンを走らせながらそれとは別に、まず地震発生直前までのトレンドモデルで得られている時系列データで標準偏差σを算出し、その算出した標準偏差σを用いてZ推定による誤差の区間推定を行い、外部変形度合いを短時間で評価するサブルーチンを走らせるようにしたものである。
【0023】
本来統計処理におけるZ推定では、地震発生後の標準偏差σを用いて誤差処理を行うべきであるが、統計処理の教科書には一般的に、この標準偏差σの算出に際して最低100程度のデータを用いるように指示されている。しかし現在のGPSを用いた変位測定技術では、或る程度の精度のある変位データをGPSの時系列測定データを元に100程度用意すると、前記したように、時間が掛かりすぎて地震直後に使うことができなくなる。しかしながらGPSを用いた測定では、地震直後に大気の水蒸気量の変化や何らかの要因で上空視界が遮られるなど、GPSの測定結果に影響を及ぼすような環境条件の変化がない限り、地震前と後とで標準偏差σに大きな変化が生じることはないと考えられ、このように地震前の変位データを用いて標準偏差σを算出してもあまり問題ないと考えられる。そのため、このZ推定により算出した測定誤差処理済みデータは、Z推定算出式中に含まれる信頼確率の範囲で信頼できるデータと考えられ、比較的短時間で高精度にダムの外部変形度合いを算出できる。そのため、ダムの管理者は、その算出結果で警報を発すべきかどうか、その警報の程度はどの程度にすべきかの判断材料を提供することができる。
【0024】
本発明は、このような考え方に従い、地震発生の後、短時間でダムの外部変形度合いを高精度に評価できるようにしたものである。
【0025】
図4はダム堤体の平面図とGPS受信装置の配置位置の一例を示した図であり、本発明になるダムの外部変形評価方法は、山部40に設けられたダム堤体41における42〜42で示した格子状の位置にGPS受信装置を設け、それら設置位置42〜42に設置されたGPS受信装置を結んで信号をやり取りするGPSケーブル43、通信集約局44と、この図4には図示されていない監視センターとで構成されている。各GPS受信装置を設置する位置42〜42には、真ちゅう製で×が書かれたプレートが取り付けられた例えば1m角で長さが2m程度の測量標的が埋め込まれ、各GPS受信装置は、この測量標的にボルト等で固定されている。なお、このGPS受信装置の設置数や設置位置は一例であり、ここに示した数や配置に限られない。
【0026】
図1は、本発明になるダムの外部変形評価方法の構成ブロック図であり、11−1〜11−N(Nは2以上の整数)は前記図4に示したように、ダムの複数箇所に設置されたダム変形監視のためのGPS受信装置で、監視センター12に光ケーブル通信回線等の有線通信回線13を介して接続されている。ダム変形監視のためのGPS受信装置11−1〜11−Nは、ダムにおける変形が起こりやすい部位を中心に、変形が系統的に把握できるよう、例えば格子状に配置され、それぞれ、ダムの状態をリアルタイムで監視計測し、時系列計測データを監視センター12に送る。ここでは、ダム変形監視のためのGPS受信装置11−1〜11−Nが送出する時系列計測データを、それぞれ第1〜第Nの時系列計測データと呼ぶことにする。
【0027】
監視センター12には図示していない記憶装置を備えたコンピュータシステム(CPU)12aが備えられており、後述するようにしてコンピュータシステム12aにより、各ダム変形監視のためのGPS受信装置11−1〜11−Nから得られた第1〜第Nの時系列計測データに応じ、ダムにおける所定部位毎にダムの変形情報を生成して記憶装置に記憶する。また、この監視センター12内のコンピュータシステム12aには、例えば気象庁が発表する地震情報や地震計からの信号を受け、自動的に地震に対する変位を計測するように指示したり、あるいは地震発生を感知したダムの管理者による地震発生信号を発する押釦等を有して、システムに地震が発生したことを知らせる信号を送る、地震発生信号装置17が設けられている。
【0028】
なお、監視センター12は、ダム変形監視のためのGPS受信装置11−1〜11−Nから離れた地点に配置されており、遠隔的に時系列データを収集する。このコンピュータシステム12aは、インターネット14に接続されており、インターネット14を介してダムの管理事務所やダムの管理者が有するユーザ端末装置(例えば、パソコン又は携帯電話機)15−1〜15−M(Mは2以上の整数)にダムの変形情報を配信する。つまり、コンピュータシステム12aは、第1〜第Nの時系列計測データを解析してダムの変形情報を生成するとともに、ダムの変形情報を配信するダムの変形情報配信サーバとして機能する。
【0029】
ダム変形監視のためのGPS受信装置11−n(nは1からNまでのいずれかの数)は、少なくとも3つのGPS(Global Positioning System)受信機11a〜11cを有しており、この内の一つ、例えば、GPS受信機11aは、基準点受信機として前記図4において42等で示したダム堤体外の地点に、ダム堤体とは離れて配置されている。
【0030】
一方、他のGPS受信機11b及び11cはダム堤体上に配置されている。そして、GPS受信機11a〜11cはGPS衛星からの電波(GPS電波)を受信してリアルタイムにその位置情報(GPSデータ)を時系列計測データとして出力する。これらGPS受信機11a〜11cは、通信装置として用いられる通信集約機11d又は無線集約機11eに接続されており、通信集約機11dは有線通信回線13(前記図4において43で示したGPSケーブルに相当)に接続されている。そして、通信集約機11dは各時系列計測データを有線通信回線13を介して監視センター12に送る。一方、無線集約機11eは各時系列計測データを、無線回線を介して無線中継機16に送る。図1には無線中継機16が一つ示されているが、実際には複数の無線中継機16が配置されており、無線中継機16毎に通信エリアが規定され、無線中継機16は自己の通信エリア内に位置する無線集約機11dから時系列計測データを受けることになる。無線中継機16は前述の有線通信回線13に接続されており、無線中継機16から監視センター12にGPS受信機設置位置毎の時系列データが送られることになる。なお、各時系列データにはGPS受信機設置位置を識別するための情報(GPS受信機設置位置識別情報)が付加されている。
【0031】
このようにして得られた時系列計測データ(GPSデータ)は各GPS受信機の位置情報を時間を追って3次元的に表しており、前述のように、基準点受信機11aの位置は安定しているから、変化しないものとみなすことができ、いま、基準点受信機11aの位置情報を基準点位置情報とすると、この基準点位置情報と他のGPS受信機から得られた位置情報とに基づいてダム堤体の変位を時系列的にしかも3次元的に得ることができる。
【0032】
そして監視センター12では、前述のようにして得られた時系列計測データに基づいてダム堤体の変位データ(ダム堤体変位データ)を算出し、このダム堤体変位データをGPS受信機設置位置毎に記憶装置(図示せず)に格納する。いま、GPS受信機11a〜11c毎に予め定められた時間間隔でダム堤体変位データ算出を行っているものとすると、この定められた時間間隔毎のダム堤体変位データを横軸に時間、縦軸に変位(単位mm)をとってプロットした一例が図7のグラフである。この図7において(a)は南北方向、(b)は東西方向、(c)は鉛直方向の変位点列であり、各黒点は計測したダム堤体変位データ(時系列データ)、実線は前記したトレンドモデルにより算出した変位量を示している。
【0033】
このうち、この図7(a)〜(c)に黒点で示したダム堤体変位データは、前記したように各種外的要因(例えば、GPS衛星の状態、電離層及び対流圏の影響、マルチパス、及び基線長さ)によってバラツキ(帯状にばらつく)を含んでおり、このようなダム堤体変位データから変位の状態を正確に把握・評価することは難しい。そこで、監視センター12(つまり、コンピュータシステム12a)では、ダム堤体変位データに対してフィルタ処理及び平滑化処理を行って、図7に実線で示したトレンドモデルによる処理済み変位データを生成し、ダム堤体のGPS受信機設置位置毎に処理済み変位データを図示していない記憶装置に格納する。
【0034】
ここで、フィルタ処理及び平滑化処理について説明すると、ここでは、カルマンフィルタのアルゴリズムによって、状態ベクトルxnを推定する方法で、システムノイズの分散τ2及び観測ノイズの分散σ2、そして、次数kを推定して、xnを離散的に求めて、対数尤度及びAIC(赤池情報量)を用いて最適なxnを推定する。
【0035】
つまり、状態空間モデルを、
xn=Fnxn−1+Gnνn,yn=Hnxn+wn
とする。ここで、
xn:直接観測できない状態ベクトル(確率システムモデル)
νn:システムノイズ(平均0,分散共分散行列Qn)
yn:観測データ(観測モデル)
wn:観測ノイズ(平均0,分散共分散行列Rn)
であり、Fn,Gn,Hnはそれぞれガウス・マルコフ過程で定義された推移行列である。そして、この状態空間モデルを、確率差分方程式とする。さらに
Hnxn=tn
とすると、
yn=tn+wn(観測モデル)
Δktn=vn
(k=1の場合、Δtn=tn−tn−1=νn,Δktnはk階の差分方程式)
となる。
【0036】
そして、カルマンフィルタによって、一期先予測(第1のステップ)、フィルタ(第2のステップ)、平滑化(第3のステップ)を一連の流れとして計算して、観測値yn={y1,y2,…,yn}が与えられた下の状態xn={x1,x2,…,xn}を求める。
【0037】
このようにして、フィルタ処理及び平滑化処理を行うと、前述したように、図7(a)〜(c)に実線で示す処理済み変位データが生成される。そして、この処理済み変位データは、前述の黒点で示したダム堤体変位データとともに記憶装置に格納される。
【0038】
このようにして通常の状態においては、トレンドモデルによるメインルーチンにより一定時間毎にダム堤体の処理済み変位データが算出されるわけであるが、このトレンドモデルによる変位測定では、前記したように地震により急激で大きな変形が生じた場合、地震後に得られたデータをばらつきとみて標準偏差σが大きくなったと判断し、地震による変位をばらつきではないと判断するのに長時間を要して短時間のうちに高精度のデータを得ることができない。この状態を示したのが図5である。この図5において横軸は時間、縦軸は変位(mm)であり、この図5における時間間隔は前記図7の時間間隔とは異なって、例えば1時間毎を表している。
【0039】
いま、この図5における時間tで地震が発生し、時間tの変位測定結果xが例えば17mmだったとすると、前記したようにこの値はトレンドモデルによる変位算出では、急にばらつきが大きくなって標準偏差σが大きくなった、と判断され、正しい値を示すようになるには例えば時間tまで待たねばならない。そのため本発明においては、前記したZ推定を用いることでこの問題を解決するものであり、次に、図2に示した本発明になるダムの外部変形評価のフロー図に従って、さらに本発明を説明する。
【0040】
今、震度4以上、または25gal以上の地震が発生すると、前記図1で説明したコンピュータシステム12に地震発生を知らせる地震発生信号装置17により、ステップS21、ステップS22で示したように、例えば気象庁が発表する地震情報や地震計からの信号、あるいは地震発生を感知したダムの管理者による押釦などの操作で、システムに地震が発生したことを知らせる。するとシステムは、それをトリガーとしてステップS23で地震発生のスクランブル体制に入り、ダム堤体に変位が生じているかどうかの評価を開始する。
【0041】
最初にステップS24で、GPS計測値x、すなわちダム堤体変位データが算出される。これは前記図1で説明したように、ダム堤体上に配置されているGPS受信機11a〜11cがGPS衛星からの電波(GPS電波)を受信し、リアルタイムにその位置情報(GPSデータ)を時系列計測データとして出力するから、その時系列計測データによって監視センター12内のコンピュータシステム12aが例えば図5にxとして示したダム堤体の変位データとして算出するわけであり、このダム堤体変位データはコンピュータシステム12a内の図示していない記憶装置に記憶される。
【0042】
そして処理が次のステップS25とステップS27に進み、ステップS25では前記したトレンドモデルによる図5に示したような変位量(実線)の算出が行われ、その計測結果はステップS26で、トレンド値Trとしてコンピュータシステム12a内の記憶装置に記憶されて処理がステップS24に戻る。このステップS24からステップS26のルーチンが、トレンドモデルによる変位算出のメインルーチンであり、地震時以外の時もこのルーチンによる変位の算出が行われている。
【0043】
一方、ステップS27では、このトレンドモデルによる変位量の算出に平行して、前記したZ推定による処理がサブルーチンとして行われる。この処理では、最初に地震発生直前までのトレンドモデルで得られて記憶装置に記憶されているダム堤体変位データで標準偏差σを算出すると共に、ステップS24で算出した地震後のダム堤体変位データxの平均値(最初は変位データが1つしかないのでxそのもの)を算出し、その平均値xと標準偏差σを用い、下記(1)式によりZ推定を行う。
【数1】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
σ:地震前の標準偏差
n:地震後のデータ数
なお、この(1)式中Zは、統計処理の分野で用いられる基準化した正規分布のμから距離Zまでの範囲に含まれる面積を示し、例えばαが95%の場合、Z(α/2)は1.96となり、99%の場合2.58となる。また、ステップS27、28、29における「t推定」、「m(t)=x±t(x)」、「m(−t)≦Tr≦m(+t)」については後記する。
【0044】
そしてこの(1)式を用いて算出したダム堤体の変位は、ステップS28でコンピュータシステム12a内の記憶装置にm(Z)=x±Z(x)の値として記憶されるが、この算出結果を示したのが図3である。この図3において横軸は時間、縦軸は変位量(mm)であり、地震後算出したダム堤体変位データ(黒点)とトレンドモデルによる推定値(□を結ぶ実線)、及びZ推定で算出したダムの変形具合(点線)、後記するt推定と呼ばれる統計手法で推定したダムの変形具合(破線)であり、ダム堤体変位データ(黒点)の上下に延ばした線は、これも後記するように、地震発生直前までのトレンドモデルで得られているダム堤体変位データを用いて算出した標準偏差σによる3σの範囲である。また、図3(A)は例えば南北方向の変位を、(B)は東西方向の変位を、(C)は鉛直方向の変位をそれぞれ示している。
【0045】
また、横軸の時間は、0の位置が、ステップS21、ステップS22で示した地震発生の通知をトリガーとしてシステムが地震発生のスクランブル体制に入った時を示し、t、t、t、……の間隔は、前記したようにGPSの測定データが各種外的要因(例えばGPS衛星の状態、電離層及び対流圏の影響、マルチパス、及び基線長さ等)によりばらつくことと、GPS自体の技術的制約によって統計処理で確度の高いデータを算出できる間隔であり、現在は約1時間程度となるが、技術進歩で精度が高くなった場合はもっと短時間の間隔でも良い。
【0046】
この(A)、(B)、(C)のグラフから分かるように、最初にダム堤体の変位データxが算出された時間tにおける算出結果は、例えば南北方向を示した(A)、東西方向の(B)ではダム堤体の変位データx(黒点)が−29mm、点線で示したZ推定による算出結果が−25.5mmと−34mmの間、鉛直方向の(C)では変位データx(黒点)が−34mm、点線で示したZ推定による算出結果が−26mmと−41mmの間となっている。
【0047】
このようにZ推定による時間t(例えば地震発生から1時間後)におけるダム堤体の変位の算出結果は、南北方向を示した(A)と東西方向を示した(B)では−25.5mmから−34mmの間の8.5mmの間にあり、鉛直方向を示した(C)では−26mmと−41mmの間の15mmの間にあることを示している。
【0048】
そして2番目にダム堤体の変位データxが算出された時間tでは、例えば南北方向を示した(A)と東西方向を示した(B)ではダム堤体の変位データx(黒点)が−30mm、点線で示したZ推定による算出結果が−27mmと−33mmの間、鉛直方向の(C)では変位データx(黒点)が−30mm、点線で示したZ推定による算出結果が−26mmと−38mmの間となり、その幅は(A)と(B)では6mm、(C)では12mmと、幅が狭くなっている。
【0049】
一方、この図3のグラフに□と実線で示したトレンドモデルによる算出結果は、時間tではグラフ外となるように示されているが、これは例えば前記図5に示したように、時間tで地震が発生して時間tでGPS計測値x、すなわちダム堤体変位データが例えば17mmであった場合、トレンドモデルによる算出結果はこの変位が3mm程度と算出され、非常にかけ離れた値となるためであり、トレンドモデルでは地震直後の算出データは使えないことを示している。
【0050】
しかしながら、トレンドモデルによる算出結果は、時間tでは(A)と(B)は24mm(C)はグラフ外、時間tでは(A)と(B)は27mm、(C)は22mmとZ推定による算出結果に近づき、時間tでは(A)と(B)は29mmとZ推定による算出結果内に入っており、(C)は25mmとZ推定による算出結果内に入っている。そして時間tでは、(A)、(B)、(C)ともにZ推定による算出結果内、または一方の境界と同一値となり、さらに時間tでは、(A)、(B)、(C)ともにZ推定による算出結果内となっている。
【0051】
すなわちこれは、時間の経過と共にトレンドモデルの算出結果がZ推定による算出結果に追いついてきたことを示している。Z推定による算出結果は、地震直後でも比較的精度良く変位を特定できるが、前記したように地震発生直前までの時系列データで算出した標準偏差σを用いていると共に、時間の経過と共に信頼確率の幅が狭くなっては行くが、幅が0になることはない。それに対し、トレンドモデルによる算出結果は、地震直後は精度が出ないが、時間が経過してデータが蓄積されると前記したように1〜3mm程度の誤差範囲と、高精度で変位を評価できるようになる。
【0052】
そのため本発明においては、図2における次のステップS29で、Z推定による算出結果m(Z)とトレンドモデルによる算出結果Trとを比較し、トレンドモデルによる算出結果TrがZ推定による算出結果m(−Z)とm(+Z)の間に入ったかどうかを確認して、入っていない場合はステップS31に行ってZ推定による算出結果を表示装置に表示し、その後またステップS27に戻ってZ推定のサブルーチンを繰り返し、入っている場合はステップS30に行ってZ推定による変位の算出をやめ、トレンドモデルによる算出結果Trを表示してステップS24に戻るようにする。
【0053】
このようにすることで、地震直後の時間tではZ推定による算出結果を用いてダム堤体に変位が生じたか否かを評価することができ、また、時間が経過して、トレンドモデルによる算出結果がZ推定による算出結果の間に入ったら正確な変位量を得ることができるから、ダムの管理者は時間tでは地震で生じた変位で危険が生じるかどうかを或る程度判断でき、また、正確な変位量が算出されたら地震による変位量はどの程度であるかを正確に報告することができる。なお、このZ推定からトレンドモデルへの移行は、トレンドモデルによる算出結果がZ推定による算出結果の間に入ったときだけでなく、例えばトレンドモデルによる算出結果がZ推定による算出結果の間に入るのに要する時間を記録しておき、それによって所定時間経過後とするようにしても良い。
【0054】
なお、何度か記したように本発明におけるZ推定では、時間的な制約と、地震前と地震後で標準偏差σが大きく変化することはない、と仮定して地震後の標準偏差σ用いている。すなわち、前記したように統計処理の教科書では、標準偏差σの算出に際して最低100程度のデータを用いるように指示されているが、現在のGPSを用いた変位測定技術では、或る程度の精度のダム堤体の変位データをGPSの時系列測定データを元に100程度用意すると、時間が掛かりすぎて地震直後に使うことができなくなる。そのため、地震後の標準偏差σ用いているが、場合によっては前記したGPS衛星の状態や電離層、及び対流圏の影響などにより、地震前の標準偏差が地震後に変化している可能性がある。
【0055】
それは、前記したようにトレンドモデルによる算出結果によって時間がたてば検証が可能であるが、t推定と呼ばれる下記(2)式で示される統計手法を第2のサブルーチンとしてトレンドモデルによるメインルーチンとZ推定によるサブルーチンと共に走らせ、それによって検証することも可能である。
【数2】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
u1:地震後の標準偏差
n:地震後のデータ数
【0056】
ここでtの値は、t分布の表として統計処理の教科書などに載っている値を用い、データ数nが1(すなわち図3における時間t)ではtの項が0となるため計算ができないが、データ数nが2では信頼確率αが95%の場合12.706、99%の場合63.657であり、さらにnが3で信頼確率αが95%の場合4.303、99%の場合9.925となる。従って、データ数が1である図3における時間tにおける値は算出できないが、時間tから時間t、t、t、……と時間がたつにつれて収斂していく。
【0057】
それが図3(A)、(B)、(C)に破線で示したt推定値であり、時間tにおけるこの値は(A)と(B)ではグラフ外であるが(C)では27mmと38mmであり、時間tでは(A)と(B)が22mmと37mm、(C)が29mmと32mmで、時間tでZ推定による算出結果とほぼ並び、その後、Z推定による算出結果よりも大きくなったり小さくなったりしてはいるが、ほぼ、Z推定による算出結果と同じ値を示している。
【0058】
すなわちこれは、地震後におけるデータが1つの時点では変位を算出できないが、データが2つ以上となった後に、地震後の標準偏差u1を用いたt推定により算出したダム堤体の変位が、或る程度時間がたてばほぼZ推定による算出結果と同じになることを示している。そのため、このt推定では地震直後のダム堤体変位の評価に用いることはできないが、或る程度の時間経過後は、地震前の標準偏差σの値を用いたZ推定の検証を行うことができることを示している。
【0059】
それを示したのが図2のフロー図におけるステップS27に括弧付きで示した「t推定」であり、このステップS27においてZ推定と一緒に第2のサブルーチンとしてt推定での算出を行うことを示している。また、ステップS28に括弧付きで示した「m(t)=x±t(x)」は、算出したt推定の値を図1のコンピュータシステム12a内の記憶装置に記憶することを示していて、ステップS29のZ推定からトレンドモデルへの移行を確認するステップにおける括弧付きで示した「m(−t)≦Tr≦m(+t)」は、t推定による算出結果を用いてZ推定による算出結果を検証した上で、トレンドモデルによる算出に移行することを示している。
【0060】
以上が地震発生によるZ推定、t推定による変位の算出であるが、大きな地震の後には、余震が発生する場合がある。この場合、余震の震度が4以上、または25gal以上あり、また、前記ステップS29の判定でシステムの変位算出がZ推定からトレンドモデルに移行していれば、再度ステップS21、22から地震発生をシステムに通知することで以上説明してきた動作が行われる。しかし、このステップS29の判定で、システムの変位算出がトレンドモデルへ移行すべきでないと判断されている状態で余震が発生した場合、ステップS32、33で地震発生の信号がシステムに送られると、ステップS34で余震の信号(ステップS32、33による信号)が有ったか否かが判断され、有った場合は処理がステップS27に進んで例えば2回目、あるいは3回目、4回目、……のZ推定による処理が行われる。
【0061】
また、何らかの理由でこのテップS32、33による地震発生の信号が生じないか、または余震の震度が4より小さく、同時にゆれが25galより小さいにもかかわらず、ダム堤体の変位だけが生じる場合もある。このような場合、ダム堤体の管理者がそれに気づくようにこのシステムを構成しておくと、より安全性が高くなる。それを行うのがステップS35から37までの第3のサブルーチンによるnσデータの表示である。
【0062】
まず、図2におけるステップS35においては、地震発生直前までのトレンドモデルで得られているダム堤体変位データで算出した標準偏差σを用い、nσの値が算出される。そしてステップS36でこの算出したnσの値を用い、m(nσ)=x±nσの値が前記したコンピュータシステム12a内の記憶装置に記憶される。
【0063】
また、この計算結果はステップS37で、例えば3σとして図3に黒点で示したダム堤体変位データの上下に実線により表示する。このようにすることにより、例え地震発生の信号がシステムに与えられなくてもダム堤体の変位を或る程度の確度で表示できるから、ダム堤体の変位を大まかに目視することが可能となり、それによってダム堤体の管理者が、余震の震度が4より小さく同時にゆれが25galより小さくても、地震発生のトリガーをシステムに与え、前記したZ推定による変位の算出ルーチンを動かすようにすることもできる。
【0064】
なお、このnσの値はトレンドモデルの算出結果と異なり、地震直後であってもダム堤体の変位をある確度の元に表示できるが統計処理がされていないため、この図3からもわかるようにZ推定やt推定による算出結果の範囲外に出ることもあり、また、例え時間が経過してもその値が収斂することがない。しかし、このようにZ推定やt推定による算出結果と一緒に表示することで、ダム管理者にダム堤体の変位を認識させることができる。そのため、単に余震の時だけでなく、常時トレンドモデルによる算出結果と一緒に表示させておけば、震度が4より小さく同時にゆれが25galより小さい地震の発生で、Z推定による変位算出のサブルーチンを走らせない場合に生じた堤体の変位を見分けることができる。
【0065】
このようにして算出したダム堤体の変位は、監視センターのコンピュータシステム12aにおける図示していない記憶装置に記憶され、インターネット14を介して自動的に、またはダムの管理者からの応答に応じ、例えばダム管理事務所などの図1に15−1、15−2、……15−Mで示したユーザ端末装置に配信されて表示装置に表示される。その表示画面の一例を示したのが図6である。
【0066】
この表示画面では、対象となるダム管理事務所に対し、地震による「堤体変状計測速報」61として表示され、例えば項目として、地震の発生した日時62、変位を測定した日時63、変位測定の基準となる日時64、変位が生じた位置と変位量65、その変位が生じた位置における南北方向、東西方向、鉛直方向の地震前後における変位量を示すグラフ66、堤体平面図における変位状態を表示した地図67、そして堤体断面図における変位状態68、監視センターからのコメント69などが表示される。また、画面上の変位が生じた位置65を順次選択することで、その変位が生じた位置における南北方向、東西方向、鉛直方向の地震前後における変位量を示すグラフ66が順次表示されるようにしても良い。
【0067】
このようにダムの外部変形評価方法を構成することにより、地震発生後の例えば1時間程度後にダム堤体の変位量を高精度に評価することができる。また、例えば震度が4より小さく、同時に揺れの大きさが25galより小さい余震などが発生し、システムは地震発生のスクランブル状態とならなかったのにもかかわらず、ダム堤体の変位が発生した場合もその状態を或る程度の確度を持って表示できるから、ダム堤体の安全性を正確に確認できる、ダムの外部変形評価方法とすることができる。なお、以上の説明では、本発明をダム堤体の変位測定の場合を例に説明してきたが、道路や橋、トンネルなどの一般的な建造物(構造体)においても、同様に構成することで変形を短時間のうちに察知でき、大きな災害を未然に防ぐことが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によれば、地震によるダムの外部変形度合いを短時間で高精度に評価できるから、対策を早めに講じることが可能となって、地震により生じる可能性のある被害を最小限にくい止めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明になるダムの外部変形評価方法の構成ブロック図である。
【図2】本発明になるダムの外部変形評価のフロー図である。
【図3】地震後にZ推定で算出したダムの変位具合とトレンドモデルによる推定、及び、t推定と呼ばれる統計手法で推定したダムの変位具合とGPSによるダム堤体変位データを中心に3σ(99%)の範囲を示したグラフで、(A)は例えば南北方向、(B)は東西方向、(C)は鉛直方向の変形を示す。
【図4】ダム堤体の平面図とGPSセンサの配置位置の一例を示した図である。
【図5】トレンドモデルによるダムの地震による外部変形評価結果の一例を示したグラフである。
【図6】地震発生によるダムの外部変形評価結果を表示する表示画面の一例である。
【図7】トレンドモデルによる通常の外部変形評価結果の一例を示したグラフである。
【符号の説明】
【0070】
11 ダム変形監視装置
11a 基準点GPS受信機
11b、11c GPS受信機
11d 通信集約機
11e 無線集約機
11−1〜11−N ダム変形監視装置
12 監視センター
12a コンピュータシステム
13 通信回線
14 インターネット
15 ユーザ端末装置
16 無線中継機
17 地震発生信号装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダムに設置された複数のGPS受信装置を用い、リアルタイムに計測した時系列計測データからCPUによりダムの変位データを算出して記憶手段に記憶すると共に、前記変位データにフィルタ処理と平滑処理とを行なって処理済み変位データを算出して記憶手段に記憶し、前記処理済み変位データをダムの外部変形評価結果として通信手段を介してユーザ端末装置に配信するメインルーチンを備えたダムの外部変形評価方法において、
所定閾値以上の震度若しくは揺れの強さ(gal)の地震発生により発せられる地震計または気象庁からの信号もしくは手動による信号をトリガーとして前記メインルーチンに並行して走らせ、前記CPUで、前記メインルーチンで算出されて記憶装置に記憶された地震前のダムの変位データを用いて地震前の標準偏差σを算出すると共に地震後の変位データの平均値xを算出し、下記(1)式に基づき、前記算出した地震前の標準偏差σと地震後の変位データの平均値xとを用いてZ推定により前記ダムの地震後における変位の範囲mを算出し、前記メインルーチンによる処理済み変位データに加えて地震後の変位の範囲mを前記通信手段を介してユーザ端末装置に配信すると共に、前記地震後の変位mが予め定められた閾値を越えたときに前記ユーザに対する警告を前記通信手段を介してユーザ端末装置に配信するサブルーチンを備えたことを特徴とするダムの外部変形評価方法。
【数1】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
σ:地震前の標準偏差
n:地震後のデータ数
【請求項2】
前記地震発生の信号をトリガーとして前記メインルーチンとサブルーチンに並行して走らせ、CPUにより、前記地震後におけるダムの変位データの標準偏差u1を算出すると共に下記(2)式に基づき、前記算出した標準偏差u1と平均値xとを用いてt推定で前記ダムの地震後の変位を算出する第2のサブルーチンを備え、該第2のサブルーチンの算出結果で前記サブルーチンにおけるZ推定に基づく算出結果を検証することを特徴とする請求項1に記載したダムの外部変形評価方法。
【数2】

m:誤差処理済みデータ
x:地震後のダム堤体変位データの平均値
α:信頼確率
u1:地震後の標準偏差
n:地震後のデータ数
【請求項3】
前記サブルーチンにおけるZ推定で算出した前記ダムの地震後の変位の範囲mに、前記メインルーチンによりフィルタ処理・平滑処理を行って算出した処理済み変位データの値が含まれたか否かを判定し、含まれた場合に前記サブルーチンと第2のサブルーチンによる前記ダムの地震後の変位算出を前記メインルーチンによる変位算出に切り換えることを特徴とする請求項1または2に記載したダムの外部変形評価方法。
【請求項4】
前記地震発生の信号をトリガーとして前記メインルーチンとサブルーチン、並びに第2のサブルーチンに並行して走らせ、前記CPUにより、前記地震後のダムの変位データのそれぞれに対して前記地震前の標準偏差σに基づく信頼確率範囲を算出して前記記憶手段に記憶する第3のサブルーチンを備え、該第3のサブルーチンで算出した信頼確率範囲を地震による変位の範囲として前記通信手段を介し、ユーザ端末装置に配信することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載したダムの外部変形評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−76117(P2008−76117A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−253567(P2006−253567)
【出願日】平成18年9月19日(2006.9.19)
【出願人】(390023249)国際航業株式会社 (55)
【出願人】(504024597)独立行政法人水資源機構 (15)
【Fターム(参考)】