説明

チーズの品質予測方法

【課題】従来困難であったチーズの品質、特に好ましくはナチュラルチーズの熟成品質を、簡便に予測する方法を提供する。
【解決手段】熟成品質既知のチーズを前処理して分析サンプルを得る前処理工程;該分析サンプルを機器分析に供して、機器分析データを得る機器分析工程;複数の前記チーズについての機器分析データと、該チーズのそれぞれの熟成品質を表す熟成品質データとを用いて多変量解析することにより、該機器分析データと、該機器分析データから予測される熟成品質との関係を表す、チーズの品質予測モデルを作成する多変量解析工程;を有する、チーズの品質予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チーズの品質予測方法に関する。より詳細には、ナチュラルチーズの代謝物の機器分析による熟成品質の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チーズは世界中で嗜好されている食品であり、牛乳など乳から製造される。乳等省令では製造方法に基づいて、ナチュラルチーズ、プロセスチーズ、およびチーズフードの3つの種類に分類される。このうちナチュラルチーズは、直接食するのみならず、プロセスチーズの原料としても重要である。ナチュラルチーズは、産地、乳酸菌スターター、製法、熟成期間などにより様々なバリエーションが存在し、風味も様々である。
【0003】
現在、ナチュラルチーズの熟成品質は、熟練者によるチーズの外観、香り、色、および味に基づく官能検査により決定されている。これらの技能を獲得するには経験年数がかかる。また、場合により客観性や再現性が不透明であるという欠点がある。チーズ産業においては、チーズの複雑な成分とそのダイナミックな変化を包括的且つ科学的に捉えることが未だ困難であるため、品質や製造の管理に際しては長年の経験に基づく職人的な技能がいまだに必要とされている。
そのため、製造工程管理や製品熟成品質管理のためには、簡便な機械化された熟成品質予測方法の必要性が強く叫ばれてきた。そのような状況下、これまでナチュラルチーズの熟成期間中における特定の成分の変化については数多く研究されてきており、熟成中に起こる生化学的な現象に関わる化合物として、蛋白質の分解に着目した研究(下非特許文献1)や脂肪由来の揮発性香気成分に着目した研究(非特許文献2)などを例示することができる。
【0004】
近年、機器分析法と強力なコンピュータ駆動パターン認識技術とを組み合わせて、品質制御または特徴づけを行う方法が提案されている。
例えば、下記特許文献1には、緑茶の機器分析により得られる分析結果を、数値データに変換して多変量解析し、得られた解析結果から緑茶の品質(ランキング)を予測する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−14700号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】International Dairy Journal,第10巻、 249−253ページ、2000年
【非特許文献2】International Dairy Journal,第15巻、733−740ページ、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
チーズの味は、原料乳に含まれる蛋白質、脂肪、糖などが酵素や乳酸菌により分解された代謝産物であるアミノ酸、ペプチド、脂肪酸、有機酸などに主に起因する。また、生成される揮発性化合物は、主としてチーズの香りの差に寄与する。
原料乳の産地、乳酸菌スターター、製法、熟成期間などにより、中間経路代謝物の見かけの定常状態の量および/または最終代謝物の末端蓄積が変動し、ナチュラルチーズの味に影響を与える。
【0008】
従来のチーズの機器分析は、アミノ酸や脂肪酸など特定の群の化合物に焦点が当てられていた。しかし、チーズの特徴づけは、単一の代謝物に由来するのではなく組み合わせに由来し得るため、従来の方法では品質を適切に予測することが難しい。
本発明は、従来困難であったチーズの品質、特にナチュラルチーズの熟成品質を、簡便に予測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、チーズの熟成品質を予測する方法であって、熟成品質既知のチーズを前処理して分析サンプルを得る前処理工程;該分析サンプルを機器分析に供して、機器分析データを得る機器分析工程;複数の前記チーズについての機器分析データと、該チーズのそれぞれの熟成品質を表す熟成品質データとを用いて多変量解析することにより、該機器分析データと、該機器分析データから予測される熟成品質との関係を表す、チーズの品質予測モデルを作成する多変量解析工程;を有する、チーズの品質予測方法を提供する。
本発明は、さらに、熟成品質未知のチーズについて、前記前処理工程、前記機器分析工程を行い、得られた機器分析データを、前記品質予測モデルと照合する熟成品質予測工程を有する、チーズの品質予測方法を提供する。
【0010】
前記多変量解析が、PLS回帰分析であることが好ましい。
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせであることが好ましい。
前記機器分析データとして、保持時間および質量分析シグナル強度を多変量解析に用いることが好ましい。
【0011】
または、前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器の組み合わせであることが好ましい。
前記機器分析データとして、保持時間および水素炎イオン化検出器のシグナル強度を多変量解析に用いることが好ましい。
【0012】
前記前処理が、前記チーズから親水性化合物を抽出して抽出物を得る工程を含むことが好ましい。
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせ、またはガスクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器との組み合わせであり、かつ前記前処理がさらに前記抽出物をシリル化する工程を含むことが好ましい。
【0013】
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせであり、かつ前記機器分析の分析結果の中で、乳糖のデータと、グループA(アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、ロイシン、チロシン、バリン、リジン、イソロイシン、メチオニン、グリシン、トリプトファン、ピログルタミン酸)から選ばれる1種以上またはグループB(4−アミノ酪酸、乳酸、コハク酸、プロリン、オルニチン)から選ばれる1種以上のデータとを、多変量解析に用いることが好ましい。
前記熟成品質が、味の濃さ、又は酸味であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来困難であったチーズの品質、特にナチュラルチーズの熟成品質を、より精度良くかつ簡便な方法で予測することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ナチュラルチーズサンプルのGC/MSの分析結果(ピーク選択した場合)について、主成分分析(PCA)を行った結果(スコアプロット)を示す図である。
【図2】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/MSの分析結果(ピーク選択した場合)に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図3】テストセット(丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/MSの分析結果(ピーク選択した場合)に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図4】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/MSの分析結果(ピーク選択した場合)に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図5】テストセット(丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/MSの分析結果(ピーク選択した場合)に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図6】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図7】テストセット(点線の丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図8】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図9】テストセット(点線の丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図10】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図11】テストセット(点線の丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「味の濃さ」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図12】トレーニングセットとしての10種のナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【図13】テストセット(点線の丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全てのナチュラルチーズサンプルについて、GC/FIDの分析結果に基づいて作成した、「酸味」に関するPLSモデルによる予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<チーズ>
本発明における品質予測の対象はチーズであり、好ましくはナチュラルチーズである。本発明におけるチーズは、製造工程中に熟成工程を含むチーズであり、好ましくは熟成工程を経て製造されるナチュラルチーズである。
一般的に熟成タイプのナチュラルチーズの製造方法は、原料である牛乳にスターター乳酸菌およびレンネットを添加して凝乳させ、細切、加温、攪拌、圧搾、加塩などの離漿促進操作を経た後、成型し、加塩するチーズカード製造工程と、その後の熟成工程とからなる。また製造後の流通保管工程中にも熟成は進行し得る。
チーズの熟成は、乳の蛋白質、脂肪、炭水化物などが酵素、微生物などの作用すなわち発酵により腐敗することなく分解し、特殊な風味を帯びることを意味する。したがって、熟成が生じる条件や進行の度合いによってチーズの風味が変化する。本発明における、チーズの熟成品質とは、熟成に伴って変化する風味の状態を意味する。かかる風味の状態は、好ましくは官能評価の結果(官能評価スコア)によって評価される。
本明細書において、チーズの代謝物とはチーズの熟成に伴って生じる成分を意味する。
本発明は、熟成による風味の変化が進行しつつある状態のナチュラルチーズを熟成品質予測の対象とすることが好ましく、熟成工程途中のナチュラルチーズ(製造中間品)を熟成品質予測の対象とすることが好ましい。
【0017】
本発明において、チーズは、以下で述べる機器分析工程に応じて適切に前処理され、前処理により得られた分析サンプルが種々の機器分析に供される。
【0018】
<機器分析工程>
本発明において、機器分析工程とは、分析機器を用いて分析・測定を行う工程をいう。分析の手法としては、ガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー(LC)(例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、超高速液体クロマトグラフィー(UPLC))、質量分析(MS)、赤外分光分析(IR)(例えば、フーリエ変換赤外分光分析(FT−IR))、近赤外分光分析(NIR)(例えば、フーリエ変換近赤外分光分析(FT−NIR))、核磁気共鳴分析(NMR)(例えば、フーリエ変換核磁気共鳴分析(FT−NMR))などが挙げられる。
ガスクロマトグラフィー(GC)の検出器は特に限定されず公知のものを適宜使用できる。例えば、水素炎イオン化検出器(FID)を好適に用いることができる。
また、これらの機器分析の手法は組み合わせてもよく、例えば、GC/MS、LC/MS(特に、HPLC/MS、UPLC/MS)などの組み合わせが挙げられる。
機器分析工程に用いられる装置は、特に限定されず、チーズ中に含まれる代謝物(例えば、アミノ酸、有機酸、糖など)を測定することが可能であればよく、通常用いられている装置が用いられ得る。また、測定条件は、これらの物質の測定に適切なように適宜設定され得る。
特にGC/MS(ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせ)が好ましい。またはガスクロマトグラフィー(GC)と水素炎イオン化検出器(FID)の組み合わせ(GC/FID)も好ましい。
例えばチーズを抽出して得られる、親水性低分子代謝物を含む抽出物について、あるいはチーズの熱分解物について、GC/MSまたはGC/FIDにより定量分析を行う。
【0019】
<前処理工程>
チーズの前処理は、チーズ中の分析対象物質を機器分析に供するに適した形態にするために、用いる機器分析に応じて行われる。前処理としては、乾燥、切断、粉砕、抽出などの処理が挙げられる。例えば、粉砕については、ブレンダー、ボールミルなどの適切な器具を用いて行われ得る。また、抽出については、水、有機溶媒、またはこれらの溶媒の混合液を用いて行われ得る。抽出に使用され得る有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、アセトン、クロロホルムなどが挙げられる。これらの単位操作を単独でまたは組み合わせて適切な前処理条件を設定する。
本発明では、前処理が、チーズから親水性化合物を抽出して抽出物を得る工程を含むことが好ましい。
【0020】
また、機器分析としてGCを行う場合、好ましくは、前処理は、チーズからの抽出物をシリル化する工程を含む。シリル化は、当業者が通常用いるGC用のシリル化試薬(誘導体化剤)を用いて行われ得る。
あるいは、前処理として、ナチュラルチーズを、例えば、粉砕した後、熱分解処理のみ施したものも、分析対象試料となり得る。この場合、熱分解物を、抽出することなく直接GCに導入することができる。熱分解は、市販の熱分解装置を用いて行うことができる。
【0021】
<多変量解析工程・熟成品質予測工程>
前処理が施されたチーズサンプル(分析サンプル)は、機器分析に供され、分析結果が得られる。得られた分析結果は、チーズサンプルのフィンガープリント(化学的フィンガープリント)であり得る。
本発明では、この分析結果を数値データに変換して多変量解析を行う。分析により得られる結果(変数)としては、保持時間、波長(または波数)、ならびにシグナル強度(またはイオン強度)、吸光度などのスペクトルデータが挙げられる。機器分析がGC/MSである場合、保持時間および質量分析シグナル強度を変数として用いることが好ましい。機器分析がGC/FIDである場合、保持時間およびFIDのシグナル強度を変数として用いることが好ましい。
品質予測モデルを作成するための多変量解析では、さらに変数として熟成品質を用いる。具体的にはチーズの官能評価スコアが好適に用いられる。
【0022】
多変量解析としては、機器分析データの解析に、特にケモメトリックスにおいて通常用いられる解析ツールが採用される。
例えば、PCA(主成分分析:principal componentanalysis)、HCA(階層クラスター分析:hierarchical cluster analysis)、PLS回帰分析(潜在的構造に対する射影:Projection to Latent Structure)、判別分析(discriminate analysis)などの種々の多変量ツールが挙げられる。
さらに、部分最小二乗によるPLS回帰分析(Partial least square projection to Latent Structure)を用いて、関連の変量の2群間の関係;例えば、チーズの代謝物とその熟成品質との間の関係、が確認される。必要に応じて、スペクトルフィルタリング法、例えば、妨害成分を取り除くための直交シグナル補正(orthogonal signal correction:OSC)と組み合わせて多変量解析が行われてもよい。
これらの解析ツールは、ソフトウエアとして多数市販されており、任意のものが入手可能である。このような市販のツールは、一般的に、難しい数学・統計学の知識がなくても、多変量解析を行うことができるように操作マニュアルが備えられている。
【0023】
本発明において好適に採用されるPLS回帰分析は、変数(例えば、波数、波長)間に相関を有するスペクトルデータからの検量線作成に有効な手法である。通常、変数間に相関があると、用いる変数の組み合わせによっては回帰精度が著しく低下するが、これを避けるためにPLSでは変数を互いに無相関な変数(潜在変数)に変換し、この潜在変数を用いて回帰を行う。すなわち、PLSとはデータの変数を直交変換し、その新たな変数を用いて(重)回帰分析を行う解析手法である。
【0024】
本発明では、熟成品質既知の複数のチーズを前処理してそれぞれ個別の分析サンプルを得、該個別の分析サンプルを機器分析に供して個別の機器分析データを得、さらに該個別の機器分析データと、複数のチーズのそれぞれの熟成品質(既知)を用いて多変量解析することにより、該機器分析データと、該機器分析データから予測される熟成品質との関係を表す、チーズの品質予測モデルを作成する。
そして、熟成品質未知のチーズについて、同様にして、前処理して分析サンプルを得、該分析サンプルを機器分析に供して機器分析データ得、該機器分析データを、上記で作成したチーズの品質予測モデルと照合することにより、該熟成品質未知のチーズの熟成品質を予測することができる。
【0025】
本発明における多変量解析工程および熟成品質予測工程は、演算処理装置を用いて行われる。
好適な演算処理装置は、機器分析装置から出力される機器分析データを記憶する第1の記憶部と、入力された熟成品質データ(好ましくは官能評価スコア)を記憶する第2の記憶部と、該第1の記憶部に保存された機器分析データと、前記第2の記憶部に保存された熟成品質データを、予め設定されたプログラムに基づいて多変量解析して品質予測モデルを作成する予測モデル作成部と、該品質予測モデルを記憶する第3の記憶部と、測定対照についての機器分析データを記憶する第4の記憶部と、該第4の記憶部に保存された機器分析データと、前記第3の記憶部に保存された品質予測モデルとを、予め設定されたプログラムに基づいて照合し、機器分析データから予測される熟成品質(好ましくは官能評価スコアの値)を算出する予測値演算部とを備える。
【0026】
例えば機器分析がGC/MS分析である場合、官能評価スコア既知の複数のチーズサンプルについて、それぞれのGC/MS分析で得られた機器分析データを演算処理装置に入力すると、それらが第1の記憶部に保存される。また、これとは別に、該複数のチーズサンプルの各官能評価スコアを演算処理装置に入力すると、それらが第2の記憶部に保存される。
そして演算処理装置の予測モデル作成部において、前記複数のチーズサンプルの機器分析データ(例えば保持時間および質量分析シグナル強度)および前記複数のチーズサンプルの官能評価スコアを変数として、PLS法による多変量解析が行なわれ、官能評価スコア予測モデル(品質予測モデル)が作成され、第3の記憶部に保存される。なお、機器分析データは多変量解析に用いられる前に、必要に応じて公知の手法で前処理される。
品質予測を行う場合、官能評価スコア未知のチーズサンプルについて、同様のGC/MS分析で得られた機器分析データを演算処理装置に入力すると、これが第4の記憶部に保存される。
そして演算処理装置の予測値演算部において、該入力された機器分析データが、前記官能評価スコア予測モデル(品質予測モデル)と比較・照合され、該入力された機器分析データ(官能評価スコア未知のチーズサンプルの機器分析データ)に対応する、官能評価スコア(予測値)が算出される。なお、機器分析データは品質予測モデルとの比較・照合に用いられる前に、必要に応じて公知の手法で前処理される。
機器分析がGC/FID分析である場合は、前記機器分析データとして、例えば保持時間およびFIDのシグナル強度を用いて、同様に行うことができる。
【0027】
また、例えばナチュラルチーズから抽出された、代謝物を含む抽出物(分析サンプル)をGC/MSで分析した場合、得られる分析結果は、種々の代謝物の保持時間、マススペクトル、イオン強度などがある。
この場合に、該分析で検出される成分のうち、特に、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、ロイシン、プロリン、チロシン、バリン、リジン、イソロイシン、メチオニン、グリシン、トリプトファン、ピログルタミン酸、4−アミノ酪酸、乳酸、コハク酸、オルニチン、および乳糖の分析結果は、ナチュラルチーズの熟成品質予測(熟成度による分類)に重要な役割を果たす。
本発明により、高い熟成度のナチュラルチーズサンプル中には、代謝物として、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、ロイシン、チロシン、バリン、リジン、イソロイシン、メチオニン、グリシン、ピログルタミン酸、4−アミノ酪酸、および乳酸の量が比較的多く、低い熟成度のナチュラルチーズサンプル中には、乳糖、トリプトファン、コハク酸、およびプロリンが主代謝物として存在する傾向があることが、明らかになっている。
【0028】
本発明において、多変量解析は、得られた全データではなく、熟成品質予測に重要な一定の範囲のデータを選択して行ってもよい。
例えば、ナチュラルチーズをGC/MSで分析した場合、後述の実施例(表2)に示されるように、官能評価用語「味の濃さ」については、アスパラギン酸、ロイシン、メチオニン、チロシン、ピログルタミン酸、グリシン、グルタミン酸、バリン、リジン、イソロイシン、アスパラギンがプラス(+)への寄与が比較的大きく、乳糖およびトリプトファンがマイナス(−)への寄与が比較的大きい。
したがって、分析結果の中で、乳糖のデータと、グループA(アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、ロイシン、チロシン、バリン、リジン、イソロイシン、メチオニン、グリシン、トリプトファン、ピログルタミン酸)から選ばれる1種以上のデータ、好ましくは全部のデータを選択して、前記多変量解析を行えば、得られた解析結果から、官能評価用語「味の濃さ」で表現される熟成品質(味の濃さ)を、良好に予測することができる。
例えばGC/MSにおいて、各化合物は保持時間によって特定できる。
【0029】
また後述の実施例(表3)に示されるように、ナチュラルチーズをGC/MSで分析した場合、官能評価用語「酸味」については、4−アミノ酪酸、乳酸、オルニチンがプラス(+)への寄与が比較的大きく、乳糖、コハク酸、およびプロリンがマイナス(−)への寄与が比較的大きい。
したがって、分析結果の中で、乳糖のデータと、グループB(4−アミノ酪酸、乳酸、コハク酸、プロリン、オルニチン)から選ばれる1種以上のデータ、好ましくは全部のデータを選択して、前記多変量解析を行えば、得られた解析結果から、官能評価用語「酸味」で表現される熟成品質(酸味)を、良好に予測することができる。
【0030】
さらに、上記の方法によって得られる予測モデルは、データの蓄積により、精度が上昇し得る。
したがって、例えば、ナチュラルチーズ中の代謝物の相対量の傾向がより明確になれば、熟成品質未知のナチュラルチーズの、代謝物の相対量の分析結果からフィンガープリントを得、このフィンガープリントに基づいて熟成品質を予測することも可能となる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
<ナチュラルチーズサンプル>
世界各国のナチュラルチーズとして代表的なチェダーチーズ、ゴーダチーズ、およびパルミジャーノレッジャーノチーズから13種を選びサンプル(サンプルNo.1〜13。全13サンプル)として用いた。これらのナチュラルチーズサンプルは、メーカーからの直送、または小売店から入手した。
これらのナチュラルチーズについて、下記の方法で官能評価を行い、熟成品質既知のチーズとして用いた。
【0032】
<官能評価方法>
熟成品質に関する官能評価は、定量的記述分析法による官能試験のスコア(官能評価スコア)によって決定した。
官能評価の方法は、両端から1mmの位置に指示用語(左側が弱い、右側が強い)が記載された15cmの線尺度を用いて行った。官能評価スコアの値が大きいほど、所定の風味または味が強いことを示す。
評価は、20歳から30歳(女性4名、男性6名)の10名からなる訓練されたパネルを用いて行った。パネルは、基本5味(塩味、甘味、酸味、苦味、旨味)を検出でき、3点比較法を用いたチーズ間の違いを認識することができる能力に基づいて選抜した。
【0033】
定量的記述分析法の方法論を用い、チーズサンプルの評価用語はパネル自身により開発した。定量的記述分析は、6つの風味、外観、テクスチャー、および後味の合計9つの官能属性について実施した。機器分析と対応させる官能属性は風味であり、下記のように定義された「味の濃さ」、「ミルク感」、「苦味」、「塩味」、「酸味」および「クリーミー感」を用いた。評価用紙の作成とパネリストの訓練は、各90分間の6回の作業セッションで確立した。
味の濃さ:濃くてコクがあり、旨味や醤油のような風味。
ミルク感:牛乳のような風味。
苦味:基本味の1つ。代表的にはカフェインやキニーネの味。
塩味:基本味の1つ。代表的には塩化ナトリウムの味。
酸味:基本味の1つ。代表的には乳酸やクエン酸の味。
クリーミー感:脂肪やクリームのような味。
【0034】
定量的記述分析は、13種類のチーズサンプルのそれぞれについて、1.5cm立方体のチーズ片6個をプラスチックカップ(70mL容)に入れ、蓋をして温度約5℃で供与した。順序効果を回避するよう計画に従ってサンプルとパネリストを配置した。すべてのサンプルについて3回の評価を実施した。サンプルをパネルに配布する際には3桁のランダムな数を付した。すべての評価は、空調が完備し、外部からの臭気、騒音、邪魔などが入らない専用の官能評価室において行った。
官能評価スコアの値は、10名のパネリストの3回の評価の平均値とした。
【0035】
<例1:GC/MS用の分析サンプルの調製(前処理工程)>
チーズサンプルを液体窒素で凍結させながら粉砕した後、凍結乾燥した。当該凍結乾燥チーズ100mgを2mL容エッペンドルフチューブにとり、溶媒混合液(MeOH:HO:CHCl=2.5:1:1(v/v/v))1000μLを用いて抽出した。この混合液には、内部標準として0.2mg/mLのribitol60μLを加え、5mmジルコニアビーズを入れてボルテクスミキサーにて混合し、続けてボールミル(20Hz、1分、室温)とソニケーション(1.5分×3回)により懸濁した。
次に遠心分離(3分、4℃、16000g)を行い、上清800μLを1.5mL容エッペンドルフチューブに移した。
そこに、ミリQ水400μLを加え、ボルテクス、遠心分離(3分、4℃、16000g)を行い、上清500μLを別の1.5mL容エッペンドルフチューブに移した。それを約2時間遠心濃縮した後、一晩凍結乾燥した。
【0036】
次いで、この抽出物に50μLの塩酸メトキシアミン(Sigma社製)のピリジン溶液(20mg/mL)を、第1の誘導体化剤として添加した。混合物を30℃にて90分間インキュベートした。
さらに、第2の誘導体化剤である100μLのN−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロアセタミド(MSTFA:GL science社製)を添加して、30℃にて30分間インキュベートすることにより抽出物を誘導体化して、分析サンプルを得た。
【0037】
<例2:GC/MSによる分析(機器分析工程)>
上記例1で得られた分析サンプルの1μLを、スプリットモードでGC/MSに注入した(25:1、v/v)。本例で使用したGC/MS装置(GC/TOF−MS分析装置)は、PegasusIII TOF質量分析器(LECO社製)、及びオートサンプラーとして、7683Bシリーズインジェクター(Agilent社製)を連結した0.25μm CP−SIL 8 CB低ブリード(Varian社製)でコーティングされた30m×0.25mm i.d.のフューズドシリカキャピラリーカラムを装着した689CN(Agilent社製)である。注入温度は230℃であった。
カラムを通るヘリウムガスの流速は、1mL/分であった。カラム温度は、2分間80℃で等温に保ち、次いで15℃/分で330℃まで上昇させ、そして6分間等温に保った。搬送ラインおよびイオンソース温度は、それぞれ250℃および200℃であった。
イオンを、70eV電子衝撃(EI)によって生成し、そして1秒当たり20スペクトルを、m/z85〜650の質量範囲にわたって記録した。加速電圧は、250秒の溶媒遅延後に作動した。
【0038】
<例3:GC/MSで得られたデータの解析(1)ピーク選択あり>
[データ前処理]
本例では、下記の方法で機器分析データの前処理を行った後に、多変量解析を行った。
すなわち、上記例2においてGC/MSにより得られたデータの前処理については、得られた生のクロマトグラフデータ(Pegasusファイル、*.peg)を、ANDIファイル(分析データ交換プロトコル、*.cdf)に変換した。
ANDIフォーマットを用いると、異なるマススペクトルデータシステム間のデータの変換および転送を行うことができた。変換したファイル(ANDI)を、データ前処理手順に供し、データ点を詳細に再処理した。さらに、データ変換も、最良のクロマトグラフデータを得るために行った。
次いで、トータルイオンクロマトグラフデータを抽出し、そしてフラグメントデータなしのANDIフォーマットとして保存した。
これらのファイルを、保持時間のマルチプルアライメント用の市販のソフトウエアのLineUp(Infometrix社製)に移行した。ミスアライメントピークを、相関最適化ワーピングアルゴリズムを用いてアライメントした。
【0039】
[成分の同定]
GC/MSで得られたマススペクトルにおいて顕著な化合物を、そのマススペクトルとライブラリー(NISTライブラリーおよび認証された標準化学物質から調製された内部ライブラリー)中のスペクトルとを比較することによって同定した。
さらに、the Max−Planck Institute of Molecular Plant Physiology、Germanyによって提供されたライブラリーも、この目的に用いた(http://www.mpimp−golm.mpg.de/mms−library/index−e.htlm)。
【0040】
[主成分分析(PCA)]
次いで、多変量データの群中の類似性または相違性で表される関係を把握するために、主成分分析(PCA)を行った。市販のソフトウエアであるSIMCA−P(登録商標)(Umetrics社製)をこの目的に適用した。
なお、GC/MSで得られたマススペクトルのピークについては、親水性の呈味化合物の官能的な閾値を考慮し、全125個のピークのうち、ピーク強度が比較的大きい36個のピーク(36種の化合物)を、主ピーク群として予め選抜した。
【0041】
13種のナチュラルチーズサンプル(分析サンプル)の主ピーク群(36個の選択されたピーク)についてPCAを行った結果(スコアプロット)を図1に示した。図1には、各分析サンプルのサンプルNo.と、チーズの種類と、各分析サンプルについて3回分析を行ったうちの何回目の分析結果であるかを示している。例えば「2_Ch−3」はサンプルNo.2、チェダーチーズ、3回目の分析結果であることを示し、「11_Go−1」はサンプルNo.11、ゴーダチーズ、1回目の分析結果であることを示し、「13_Pr−2」はサンプルNo.13、パルミジャーノレッジャーノチーズ、2回目の分析結果であることを示す。
この図に示されるように、第1主成分には60.8%、第2主成分には13.8%がそれぞれ寄与率として算出された。
図1中、点線で囲んだサンプルNo.13(パルミジャーノレッジャーノチーズ)は他のチーズ群とかけ離れた位置にあり、特異的なピーク形状を示していることが分かる。
この結果から、以後のデータ解析には、チェダーチーズおよびゴーダチーズのみの結果を用いることとした。
【0042】
[PLS回帰分析]
次いで、部分最小二乗法による潜在的構造に対する射影(PLS回帰分析、以下PLSということもある。)(SIMCA−P version 11.0:Umetrics)を選択して、予測モデルを作成した。PLSにより、2セットの変量(測定値および応答値)間の関係が見出される。
(予測モデル作成部が行う多変量解析工程)
得られた各サンプルのGC/MS分析結果をマトリクスデータに変換後、PLS回帰分析を行い、官能評価スコア予測モデル(本明細書においてPLSモデルということもある。)を作成した。
すなわち、GC/MSクロマトグラムから得られる保持時間インデックスと、マススペクトルから得られる質量分析シグナル強度を、マトリクスデータ(行の変数名:サンプルNo.列の変数名:保持時間)に変換し、該マトリクスデータを説明変数、各サンプルの官能評価スコアを目的変数として、既知サンプルをトレーニングセットとしてPLS法により官能評価スコア予測モデル(PLSモデル)としてのPLS回帰係数を作成した。
【0043】
(「味の濃さ」についてのPLSモデル)
熟成品質として「味の濃さ」の官能評価スコアを用いた場合について説明する。GC/MSの分析結果は主ピーク群(36個の選択されたピーク)を用いた。
まず分析サンプルを、トレーニングセットおよびテストセットの群に分けた。サンプルNo.6(チェダーチーズ)と、サンプルNo.8(ゴーダチーズ)のサンプルを、モデルのバリデーション用のテストセットとして除外した。
すなわち、トレーニングセットではサンプルNo.1〜5、7、9〜12の10種類を用いた。
変換した変数はなかった。変数の全てを集約し、そして平均0、分散1にスケールして、クロマトグラフデータノイズ効果を減少させた。
【0044】
図2はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図であり、図3はテストセット(丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全ての分析サンプルについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
モデルの完全性、すなわち、PLSモデルにおける潜在的ファクターの数は、クロスバリデーションによって決定され得、最適な数は、(モデルに対する)適合と予測能との間のバランスで見られた。さらに、PLSモデルは、テストセットでバリデートされ、予測値の平均二乗誤差(RMSEP)をコンピュータ計算した。
2つの顕著な成分を抽出し、トレーニングセットについては、Yの98.4%の変動を記述し(R=0.984)、クロスバリデーションに従って、Yの95.1%の変動を予測した(Q=0.951)。Rはモデルの適合度を示す指標であり、この値が1に近いほどモデルの精度は高い。Qはモデルの予測性能を示す指標であり、この値が1に近いほどモデルの予測性は高い。
次いで、テストセットについて、PLSモデルで予測し、トレーニングセットサンプル(RMSEE=0.255)に基づくモデル評価に関して、テストサンプル(RMSEP=0.216)の予測精度が得られた。RMSEEはトレーニングセットによる平均平方誤差の平方根、RMSEPはテストセットによる平均平方誤差の平方根であり、これらの値が小さいほど予測精度が高い。
【0045】
(「酸味」についてのPLSモデル)
熟成品質として「酸味」の官能評価スコアを用い、同様にPLSモデルを作成した。
図4はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図であり、図5はテストセット(丸で囲んで示す)およびトレーニングセットの両方の12種の全ての分析サンプルについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
トレーニングセットについては、Yの99.0%の変動を記述し(R=0.990)、クロスバリデーションに従って、Yの97.8%の変動を予測した(Q=0.978)。
トレーニングセットサンプル(RMSEE=0.101)に基づくモデル評価に関して、テストサンプル(RMSEP=0.415)の予測精度が得られた。
【0046】
(その他の風味についてのPLSモデル)
熟成品質として「ミルク感」、「苦味」、「塩味」、および「クリーミー感」の官能評価スコアをそれぞれ用い、同様にPLSモデルを作成した。R、Q、RMSEE、RMSEPの結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
表1の結果より、特に、官能評価において「味の濃さ」で表現される風味、および「酸味」で表現される風味について、PLSモデルにより、非常に高い精度の予測性が得られることがわかる。「味の濃さ」および「酸味」はいずれも、チーズの熟成感と関係の強い官能評価用語であり、本発明の方法を用いることにより熟成品質を高い精度で予測できる。
【0049】
[予測性能に寄与する化合物の同定]
「味の濃さ」についてのPLSモデルおよび「酸味」についてのPLSモデルにおいて、予測性能への寄与が大きい化合物、すなわち、それぞれの官能評価スコアを予測するために重要な化合物を同定した。
その結果、官能評価用語「味の濃さ」では、表2に示すように、官能評価スコアが高いものほど、アスパラギン酸、ロイシン、メチオニン、チロシン、ピログルタミン酸、グリシン、グルタミン酸、バリン、リジン、イソロイシン、アスパラギンが寄与しており、逆に官能評価スコアが低いものほど、乳糖およびトリプトファンが寄与していることが明らかとなった。
一方、官能評価用語「酸味」では、表3に示すように、官能評価スコアが高いものほど、4−アミノ酪酸、乳酸、オルニチンが寄与しており、逆に官能評価スコアが低いものほど、乳糖、コハク酸、およびプロリンが寄与していることが明らかとなった。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
表2,3において、「VIP」はVariable Importance for the Projection(射影における価値重要度)であり、PLSモデルにおいて、Xを説明するとともに、Yに関して相関する変数の重要度を要約した値である。
また、「「味の濃さ」への寄与」、「「酸味」への寄与」は、各化合物が当該風味に対して正(+)に関連しているか、あるいは負(−)に関連しているかをPLSローディングウェイト解析で判断して示したものである。
【0053】
<例4:GC/MSで得られたデータの解析(2)ピーク選択なし>
例3のPLS回帰分析では、GC/MSの分析結果として前記主ピーク群(36個の選択されたピーク)を用いたが、本例ではピーク選択を行わず、得られた全125ピークのデータを用いた。その他は、例3と同様の手順で、PLSモデルを作成した。
熟成品質としては「味の濃さ」と「酸味」の官能評価スコアを用いた。
その結果、官能評価用語「味の濃さ」では、トレーニングセットについては、Yの92.8%の変動を記述し(R=0.928)、クロスバリデーションに従って、Yの90.1%の変動を予測した(Q=0.901)。一方、官能評価用語「酸味」では、Yの97.4%の変動を記述し(R=0.974)、クロスバリデーションに従って、Yの91.3%の変動を予測した(Q=0.913)。
また官能評価用語「味の濃さ」ではトレーニングセットサンプル(RMSEE=0.508)に基づくモデル評価に関して、テストサンプル(RMSEP=0.546)の予測精度が得られた。
一方、官能評価用語「酸味」では、トレーニングセットサンプル(RMSEE=0.178)に基づくモデル評価に関して、テストサンプル(RMSEP=0.326)の予測精度が得られた。このPLSモデルにより、高い精度の予測性が得られた。
【0054】
このように、ピーク選択が無い場合であっても、「味の濃さ」または「酸味」の官能評価スコアを予測するPLSモデルにおいて、R値およびQ値は0.9より大きく、かつRMSEPが0.5より小さく、非常に良好な適合性および優れた予測性でナチュラルチーズの熟成品質を予測できることが認められた。
【0055】
このことから、上記例3および例4で得られた、ケモメトリクスと組み合わせたGC/MSを用いるメタボロミクスが、ナチュラルチーズの研究において有用な情報を提供することが証明された。
また、メタボロミクスが、チーズの熟成品質測定に有用であり得ることが示された。
【0056】
<例5:GC/FIDによる分析(機器分析工程)>
分析サンプルの調製は例1と同様に行った。
GC/FID装置は、オートサンプラー(製品名:AOC−20s、島津製作所社製)およびオートインジェクター(製品名:AOC−20i、島津製作所社製)を装着したガスクロマトグラフ(製品名:GC−2010、島津製作所社製)を用い、検出器としてFIDを用いた。前記例2のGC/TOF−MS分析装置に使用したカラムと同種のカラムを本例のGC/FID装置にも用いた。インジェクターの注入温度は230℃、FIDの温度は320℃とした。
キャリアガス(ヘリウム)の流速は45cm/sとした。GC/FIDへ導入されるサンプル量は、スプリット比(体積比)1:25で1μLとした。カラム温度は、80℃で2分間保持し、15℃/minで320℃まで上昇させ、その温度に27分間保持した。データポイント数(シグナル強度データを測定する数)は4199個であった。
【0057】
<例6:GC/FIDで得られたデータの解析>
例3のPLS回帰分析では、GC/MS分析結果から得られる前記主ピーク群(36個の選択されたピーク)のデータを用いたが、本例ではGC/FIDのクロマトグラムを構成する4199個の全てのデータポイントのシグナル強度データを用いた。その他は、例3と概略同じ手順で、PLSモデルを作成した。
なおGC/FIDで得られた4199個のシグナル強度データは、ノイズによる誤差を低減させるために、パレートスケーリング(Pareto scaling)を用いたデータ前処理を行った後に、解析に用いた。
【0058】
(予測モデル作成部が行う多変量解析工程)
各サンプルのGC/FID分析結果(4199個のシグナル強度データ)をマトリクスデータに変換後、PLS回帰分析を行い、官能評価スコア予測モデルを作成した。なお、例3と同様に、サンプルNo.13(パルミジャーノレッジャーノチーズ)の結果は用いず、残りの12種類(チェダーチーズおよびゴーダチーズ)の結果を用いた。
すなわち、GC/FID分析結果より得られる保持時間インデックスとシグナル強度を、マトリクスデータ(行の変数名:サンプルNo.列の変数名:保持時間)に変換し、該マトリクスデータを説明変数、各サンプルの官能評価スコアを目的変数として、既知サンプルをトレーニングセットとしてPLS法により官能評価スコア予測モデル(PLSモデル)としてのPLS回帰係数を作成した。
本例では、熟成品質として「味の濃さ」の官能評価スコア、および「酸味」の官能評価スコアを用いた。
【0059】
PLSモデルの予測能力を外部バリデーションするため、2つの官能特性「味の濃さ」および「酸味」のそれぞれについて、すべての2サンプルの組合せをテストセットとして選定した。そして10サンプルをトレーニングセットとしてPLSモデルを構築し、次にテストセットを用いてクロスバリデーションを行った。このとき、内挿により予測するため、官能評価のスコア最大値およびスコア最小値をもつサンプルはテストセット候補からは除外した。すなわち「味の濃さ」についてはスコア最小値をもつNo.2およびスコア最大値をもつサンプルNo.11をテストセット候補から除外し、「酸味」については、スコア最小値をもつNo.2およびスコア最大値をもつサンプルNo.5をテストセット候補から除外した。
トレーニングセットはRMSEEにより、テストセットはRMSEPにより、外部バリデーションによるPLSモデルの良否を定量的に評価した。
外部バリデーションの結果として、「味の濃さ」および「酸味」について、PLS成分(潜在因子)数、R、Q、RMSEE、およびRMSEPのそれぞれの、平均値、標準偏差、最大値、最小値を下記の表に示す。表4は「味の濃さ」についての結果であり、表5は「酸味」についての結果である。
【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
表4、5の結果に示されるように、「味の濃さ」では4199のデータポイントがPLS成分数で3.756(平均値)にまで集約され、「酸味」では5.644(平均値)にまで集約された。「味の濃さ」および「酸味」のいずれの官能属性においても、Rの平均値は0.98を超え、Qの平均値は0.95を超え、非常に優れた適合性および予測性能を示した。RMSEEの平均値は、「味の濃さ」で0.251、「酸味」で0.127、RMSEPの平均値は、「味の濃さ」で0.697、「酸味」で0.617と良好な予測精度を示した。
【0063】
図6、7は「味の濃さ」に関するものであり、全てのテストセットの組み合わせのうち、RMSEPが最も小さい(良好な)値を示したときのテストセット(No.1とNo.12)を用いた場合の結果を示すグラフである。図6はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と、官能評価による実測値との関係を示す図であり、図7はテストセット(点線の丸で囲んで示す。以下、同様。)+トレーニングセットについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と、官能評価による実測値との関係を示す図である。PLS成分数は、モデルの適合性と予測性能との間のバランスにより決定された(以下、同様。)
PLS成分(潜在因子)数は3、Rは0.968、Qは0.945、RMSEEは0.355、RMSEPは0.250であった。
【0064】
図8、9は「酸味」に関するものであり、全てのテストセットの組み合わせのうち、RMSEPが最も小さい(良好な)値を示したときのテストセット(No.3とNo.12)を用いた場合の結果を示すグラフである。図8はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図であり、図9はテストセット+トレーニングセットについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
PLS成分(潜在因子)数は6、Rは0.990、Qは0.961、RMSEEは0.119、RMSEPは0.136であった。
【0065】
図10、11は「味の濃さ」に関するものであり、テストセットとして、例3と同様に、サンプルNo.6(チェダーチーズ)と、サンプルNo.8(ゴーダチーズ)の組み合わせを用いた場合の結果を示すグラフである。図10はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図であり、図11はテストセット+トレーニングセットについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
PLS成分(潜在因子)数は5、Rは0.990、Qは0.997、RMSEEは0.203、RMSEPは0.437であった。
【0066】
図12、13は「酸味」に関するものであり、テストセットとして、例3と同様に、サンプルNo.6(チェダーチーズ)と、サンプルNo.8(ゴーダチーズ)の組み合わせを用いた場合の結果を示すグラフである。図12はトレーニングセットのPLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図であり、図13はテストセット+トレーニングセットについて、PLSモデルによる官能評価の予測値と官能評価による実測値との関係を示す図である。
PLS成分(潜在因子)数は6、Rは0.994、Qは0.983、RMSEEは0.088、RMSEPは0.586であった。
【0067】
以上の結果より、GC/FIDを用いた本例でも、例3、4と同様に、「味の濃さ」または「酸味」の官能評価スコアを予測するPLSモデルにおいて、非常に良好な適合性および優れた予測性が得られた。
したがって、ケモメトリクスと組み合わせたGC/FIDを用いるメタボロミクスが、ナチュラルチーズの研究において有用な情報を提供することが認められる。
また、メタボロミクスが、チーズの熟成品質測定に有用であり得ることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によれば、従来困難であったチーズの熟成品質を簡便な方法で予測することが可能である。すなわち、チーズを、クロマトグラフィーなどの種々の機器分析によりスクリーニングすることによって、迅速かつ有益に熟成品質予測し得る。
従来のチーズの機器分析では、アミノ酸や脂肪酸など特定の群の化合物に焦点が当てられていたが、本発明の方法によれば、複数の成分を一度に分析した結果に基づいて予測を行うため、より精度よい熟成品質予測が可能であり、ナチュラルチーズ製造工程あるいはナチュラルチーズ流通保管工程のさらなる改善が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チーズの熟成品質を予測する方法であって、
熟成品質既知のチーズを前処理して分析サンプルを得る前処理工程;
該分析サンプルを機器分析に供して、機器分析データを得る機器分析工程;
複数の前記チーズについての機器分析データと、該チーズのそれぞれの熟成品質を表す熟成品質データとを用いて多変量解析することにより、該機器分析データと、該機器分析データから予測される熟成品質との関係を表す、チーズの品質予測モデルを作成する多変量解析工程;を有する、チーズの品質予測方法。
【請求項2】
熟成品質未知のチーズについて、前記前処理工程、前記機器分析工程を行い、得られた機器分析データを、前記品質予測モデルと照合する熟成品質予測工程を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記多変量解析が、PLS回帰分析である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記機器分析データとして、保持時間および質量分析シグナル強度を多変量解析に用いる、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器の組み合わせである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記機器分析データとして、保持時間および水素炎イオン化検出器のシグナル強度を多変量解析に用いる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記前処理が、前記チーズから親水性化合物を抽出して抽出物を得る工程を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせ、またはガスクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器との組み合わせであり、かつ前記前処理がさらに前記抽出物をシリル化する工程を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記機器分析が、ガスクロマトグラフィーと質量分析との組み合わせであり、かつ前記機器分析の分析結果の中で、乳糖のデータと、グループA(アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、ロイシン、チロシン、バリン、リジン、イソロイシン、メチオニン、グリシン、トリプトファン、ピログルタミン酸)から選ばれる1種以上またはグループB(4−アミノ酪酸、乳酸、コハク酸、プロリン、オルニチン)から選ばれる1種以上のデータとを、多変量解析に用いる、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記熟成品質が、味の濃さ、又は酸味である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−7732(P2013−7732A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−276142(P2011−276142)
【出願日】平成23年12月16日(2011.12.16)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】