説明

トイレ用手すり

【課題】使用者の反転動作に伴って下方に向かう誘導力を生じさせ、かかる誘導力によって着座動作にスムーズに移行することを可能としながら、使用者の体が下方に向けて受ける力の大きさを使用者が容易に調整することのできるトイレ用手すりを提供すること。
【解決手段】このトイレ用手すり10は、鉛直上方から鉛直下方に向って洋式腰掛便器2に接近し、その内部を通る第一軸線L1と鉛直線とのなす角度が角度θ1となるように斜めに配置される第一把持部11と、鉛直下方から鉛直上方に向って洋式腰掛便器2に接近し、その内部を通る第二軸線L2と鉛直線とのなす角度が角度θ2となるように斜めに配置される第二把持部12と、を備えており、角度θ1は、角度θ2よりも大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トイレ用手すりに関する。
【背景技術】
【0002】
トイレ用手すりは、トイレ室に入室した使用者の一連の動作、すなわち、洋式腰掛便器に正対した状態から洋式腰掛便器に背を向けた状態となるように体の向きを反転させる反転動作と、体の重心を下方に移動させて洋式腰掛便器に着座する着座動作とからなる一連の動作をサポートするために、トイレ室の壁面に設けられる手すりである。
【0003】
特許文献1に記載のトイレ用手すりは、洋式腰掛便器の側面側から見たときに、鉛直方向に延在する鉛直部分と、鉛直部分の下方において水平方向に延在する水平部分と、を備えている。このような構成とすることにより、使用者は、まず鉛直部分を掴んだ状態で反転動作を行い、その後、水平部分を掴んだ状態で着座動作を行うことが可能となっている。
【0004】
しかしながら、下記特許文献1に記載のトイレ用手すりにおいては、鉛直部分は使用者の反転動作を補助することのみを考慮した形状となっており、使用者が反転動作を行いながら着座動作にスムーズに移行することは考慮されていない。このため、使用者はまず鉛直部分を掴んで反転動作を行い、反転動作が完全に完了した後で、水平部分を掴んで着座動作を行うこととなる。すなわち、反転動作が行われる時間と着座動作が行われる時間とが分離されるため、特に使用者が高齢者や障害者等であった場合、トイレ室に入室してから弁座に着座するまでに要する時間が長くなってしまう。
【0005】
一方、下記特許文献2に記載のトイレ用手すりのように、使用者が反転動作を行う際に掴む部分が、下方から上方に向って洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置された形状のトイレ用手すりが知られている。このような形状のトイレ用手すりによれば、これを掴んだ使用者は反転動作が完了するよりも前に着座動作を開始するように導かれるため、着座動作にスムーズに移行することができる。
【0006】
その理由は以下のとおりである。使用者が上記のような形状のトイレ用手すりを掴んだ状態で反転動作を行うと、反転動作の進行に伴って使用者の手首は親指側に向かって曲がった状態となるように誘導される。人間の手首はその構造上、小指側に向かって曲がる場合(尺屈方向)の関節可動域よりも、親指側に向かって曲がる場合(橈屈方向)の関節可動域の方が狭い。従って、反転動作の進行に伴い手首が親指側に向かって曲がるように誘導されると、使用者の腕はトイレ用手すりを掴んだ手首を中心として回転せざるを得ず、使用者の体を下方に誘導する力(以下、この力を「誘導力」と呼ぶ)が生じることとなる。この誘導力によって、使用者は反転動作を行いながら、体の重心を下方に移動する着座動作にスムーズに移行することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−201784号公報
【特許文献2】特開2007−277846号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、トイレ用手すりを主に必要とするのは、トイレ用手すりを掴む握力や下半身の力が弱い高齢者や障害者等である。上記特許文献2に記載のトイレ用手すりを高齢者や障害者等が使用して、反転動作に伴って生じる誘導力を受けながら着座動作を行うと、体が下方に向けて受ける力に耐えることができず、着座動作において臀部を勢いよく洋式腰掛便器に打ち付けてしまう恐れがある。
【0009】
かかる事情を考慮すれば、使用者が洋式腰掛便器に着座するまでの一連の動作を滑らかに導きながら補助するためには、使用者が反転動作を行いながら着座動作にスムーズに移行できることに加えて、使用者の体が下方に向けて受ける力の大きさを容易に調整することができるようなトイレ用手すりであることが望ましい。
【0010】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、使用者の反転動作に伴って体を下方に誘導する誘導力を生じさせ、かかる誘導力によって使用者が着座動作にスムーズに移行することを可能としながら、体が下方に向けて受ける力の大きさを使用者が容易に調整することのできるトイレ用手すりを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係るトイレ用手すりは、トイレ室に入室した使用者が洋式腰掛便器に着座するまでの一連の動作をサポートするトイレ用手すりであって、前記洋式腰掛便器の前方且つ上方に配置され棒状をなす第一把持部と、前記第一把持部よりも更に前方且つ上方に配置され棒状をなす第二把持部と、を備え、前記洋式腰掛便器を側方から見る側視方向から前記第一把持部及び前記第二把持部を見たときに、前記第一把持部は、鉛直上方から鉛直下方に向って前記洋式腰掛便器に接近し、前記第一把持部の内部を通る第一軸線と鉛直線とのなす角度が第一角度となるように斜めに配置され、前記第二把持部は、鉛直下方から鉛直上方に向って前記洋式腰掛便器に接近し、前記第二把持部の内部を通る第二軸線と鉛直線とのなす角度が第二角度となるように斜めに配置されており、前記第一角度は、前記第二角度よりも大きいことを特徴とする。
【0012】
本発明に係るトイレ用手すりは、上方に第二把持部を有し、下方に第一把持部を有する。第二把持部は、洋式腰掛便器を側方から見る側視方向から見たときに、鉛直下方から鉛直上方に向って洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置するように構成している。使用者がこのような構成の第二把持部を掴みながら体の向きを変えて反転すると、使用者の手首が親指側に向かって曲がるように誘導される結果、使用者の体は下方に向かう誘導力を受けることとなる。このため、使用者は反転動作を行いながら、体の重心を下方に移動する着座動作にスムーズに移行することができる。
【0013】
ここで、握力や下半身の力が弱い使用者においては、体が下方に向けて受ける力に耐えることができなくなり、臀部が勢いよく洋式腰掛便器に接触してしまう恐れや、洋式腰掛便器の正しい着座位置を外れて着座してしまう恐れがある。そこで、本発明に係るトイレ用手すりでは、第一把持部を鉛直上方から鉛直下方に向って洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置した。更に、第一把持部の内部を通る第一軸線と鉛直線とのなす角度を第一角度とし、第二把持部の内部を通る第二直線と鉛直線とのなす角度を第二角度とした場合に、第一角度が第二角度よりも大きくなるように構成した。このような構成とすることにより、使用者は一方の手で第二把持部を掴み着座動作へと移行しながら、他方の手で第一把持部を掴み、誘導力に抗することのできる大きな力(以下、「ブレーキ力」と呼ぶ)を生じさせることが可能となる。その結果、使用者は体が下方に向けて受ける力の大きさを容易に調整し、着座動作を必要に応じて減速しながら安全に行うことができる。
【0014】
本発明に係るトイレ用手すりは、前記側視方向から見たときに、前記第一把持部は、前記第一軸線から前記洋式腰掛便器側に突出するように湾曲した第一湾曲部を有し、前記側視方向から見たときに、前記第二把持部は、前記第二軸線から前記洋式腰掛便器側とは反対側に突出するように湾曲した第二湾曲部を有し、前記第一湾曲部の曲率半径は、前記第二湾曲部の曲率半径よりも小さいことが好ましい。
【0015】
使用者が洋式腰掛便器に着座するまでに行う一連の動作が進行するに伴って、使用者の体勢は次第に変化して行き、使用者がトイレ用手すりから受ける力のベクトルも変化して行く。この好ましい態様では、第一把持部は、第一軸線から洋式腰掛便器側に突出するように湾曲した第一湾曲部を有し、第二把持部は、第二軸線から洋式腰掛便器側とは反対側に突出するように湾曲した第二湾曲部を有するように構成している。
【0016】
このため、使用者は第一把持部及び第二把持部の掴み位置を変えることなく、使用者の手が第一把持部から受ける力のベクトル、及び、使用者の手が第二把持部から受ける力のベクトルの方向を連続的且つ円滑に変化させることができる。その結果、使用者はその体勢が変化しても、ブレーキ力の大きさと誘導力の大きさとを円滑に変化させることができるため、使用者は両者のバランスをとりながら安定して腰を下ろし、臀部を洋式腰掛便器にゆっくりと接触させることができる。
【0017】
また、第一湾曲部の曲率半径は第二湾曲部の曲率半径よりも小さいため、第一角度が第二角度よりも大きいという関係を維持したまま、上記のように誘導力及びブレーキ力の方向をスムーズに変化させるという効果を奏することが可能となる。
【0018】
本発明に係るトイレ用手すりは、前記洋式腰掛便器を前方から見る前視方向から見たときに、前記第一把持部は、前記第二把持部よりも、前記洋式腰掛便器から水平方向に離れた位置に配置されていることが好ましい。
【0019】
この好ましい態様では、第一把持部は、第二把持部よりも、洋式腰掛便器から水平方向に離れた位置に配置されている。このため、洋式腰掛便器の上方から見たときにおいて、使用者の手が第一把持部から受ける力の方向が、使用者の手、肘、肩を結ぶ直線に沿った方向に近づくこととなる。これにより、使用者は反転動作の速度を抑制するような力を第一把持部から受けることができ、体が下方に向けて受ける力の大きさを容易に調整することができる。その結果、使用者は、着座動作においてより安定して腰を下ろすことができ、臀部を洋式腰掛便器にゆっくりと接触させることができる。
【0020】
本発明に係るトイレ用手すりは、前記前視方向から見たときに、前記第一把持部は、鉛直下方から鉛直上方に向かって前記洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置されていることが好ましい。
【0021】
この好ましい態様では、第一把持部は、鉛直下方から鉛直上方に向って洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置されているので、使用者は自然な手首の角度で第一把持部を掴むことができる。これにより、使用者は、手の平の全体で第一把持部に力を加えることができるので、使用者は体に負担を受けることなく、大きなブレーキ力をさらに容易に発生させることができる。
【0022】
本発明に係るトイレ用手すりは、第一把持部の鉛直方向における長さは、第二把持部の鉛直方向における長さよりも短く形成されていることが好ましい。
【0023】
第二把持部は、反転動作を開始する際に使用者が立ち上がった状態で掴む部分である。従って、その最適な掴み位置は使用者の身長によって大きく異なり、比較的広い範囲に分布する。一方、第一把持部は、使用者が着座動作の途中から着座するまでの間に掴む部分である。従って、その最適な掴み位置は使用者の身長によって大きくは異ならず、比較的狭い範囲に分布する。
【0024】
この好ましい態様では、第二把持部は、その鉛直方向における長さが長い。従って、立ち上がった状態にある使用者はその身長の高低によらず、誰もが自分にとって最適な位置を掴むことができる。一方、第一把持部は、その鉛直方向における長さが短い。このため、使用者の手は、比較的狭い範囲に存在する最適な掴み位置に確実に誘導される。その結果、使用者は一度掴んだ第一把持部の掴み位置を途中で変更することなく、着座動作が完了するまでの一連の動作を行うことができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、使用者の反転動作に伴って体を下方に誘導する誘導力を生じさせ、かかる誘導力によって使用者が着座動作にスムーズに移行することを可能としながら、体が下方に向けて受ける力の大きさを使用者が容易に調整することのできるトイレ用手すりを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態であるトイレ用手すりの形状を示した側面図である。
【図2】本発明の一実施形態であるトイレ用手すりの形状を示した正面図である。
【図3】図1に示したトイレ用手すりが使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。
【図4】図1に示したトイレ用手すりが使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。
【図5】図1に示したトイレ用手すりが使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。
【図6】図1に示したトイレ用手すりが使用されている状態を、上面視で模式的に示す図である。
【図7】図1に示したトイレ用手すりが使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0028】
まず、図1及び図2を参照しながら、本発明の一実施形態であるトイレ用手すりの形状及び配置について説明する。図1は本発明の一実施形態であるトイレ用手すりの形状を示した側面図であり、図2は正面図である。図1及び図2に示したように、本実施形態であるトイレ用手すり10は、洋式腰掛便器2が床面1bに設置されたトイレ室1の側壁1aに対して、支柱101及び支柱102によって固定されている。トイレ用手すり10は、トイレ室1に入室した使用者が洋式腰掛便器2に着座するまでの一連の動作をサポートするためのものである。ここでいう「一連の動作」については、後に詳しく説明する。
【0029】
洋式腰掛便器2は、その正面がトイレ室1の入り口側(図1においては左側、図2においては紙面手前側)を向いた状態で配置されている。トイレ用手すり10は、使用者が洋式腰掛便器2を使用中の状態(このとき、使用者はトイレ室1の入り口側を向いている)において、使用者の右側に位置する側壁1aに対して固定されている。
【0030】
トイレ用手すり10は、図1のように洋式腰掛便器2を側方側から見たときにおいて、全体が洋式腰掛便器2の前方且つ上方に配置され、その形状は略S字状に湾曲した棒状の形状となっている。トイレ用手すり10のうち、図1に示した境界P1から境界P2までの範囲は、本発明の第一把持部11に該当する部分である。また、図1に示した境界P3から境界P4までの範囲は、本発明の第二把持部12に該当する部分である。
【0031】
境界P1は、トイレ用手すり10の中心軸を下方から上方にたどった時に、中心軸が鉛直方向となり、その後トイレ室1の入り口側に傾き始める点を通る境界である。境界P2は、略S字形状をなすトイレ用手すり10の変曲点を通る境界である。このため、トイレ用手すり10のうち境界P1から境界P2までの範囲(第一把持部11)は、洋式腰掛便器2側に突出するように湾曲した形状となっている。
【0032】
境界P3は、トイレ用手すり10の中心軸を、境界P2から更に上方に向けてたどった時に、中心軸が再び鉛直方向となり、その後洋式腰掛便器2側に傾き始める点を通る境界である。境界P4は、トイレ用手すり10の上端部を通る境界である。このため、トイレ用手すり10のうち境界P3から境界P4までの範囲(第二把持部12)は、図1において第一把持部11よりも前方且つ上方に位置し、洋式腰掛便器2とは反対側に突出するように湾曲した形状となっている。
【0033】
第一把持部11と鉛直線とのなす角度θ1は、第一把持部11の内部を通る直線である第一軸線L1と、鉛直線とのなす角度として定義されるものである。第一軸線L1は、第一把持部11の略全体を貫くような直線であって、例えば、湾曲した形状である第一把持部11の中心軸を最小二乗法によって直線近似することによって得られる直線である。また、第二把持部12と鉛直線とのなす角度θ2は、第二把持部12の内部を通る直線である第二直線L2と、鉛直線とのなす角度として定義されるものである。第二直線L2は、第二把持部12の略全体を貫くような直線であって、例えば、湾曲した形状である第二把持部12の中心軸を最小二乗法によって直線近似することによって得られる直線である。トイレ用手すり10は図1に示したように、角度θ1が角度θ2よりも大きくなるような形状となっている。
【0034】
以上の説明と図1から明らかなように、第一把持部11は、鉛直上方から鉛直下方に向って洋式腰掛便器2に接近し、第一軸線L1と鉛直線とのなす角度が角度θ1となるように斜めに配置されている。また、第二把持部12は、鉛直下方から鉛直上方に向って洋式腰掛便器2に接近し、第二軸線L2と鉛直線とのなす角度が角度θ2となるように斜めに配置されている。
【0035】
洋式腰掛便器2を前方側からみた場合におけるトイレ用手すり10の形状は、図2に示したように、境界P3から境界P4までの範囲(第二把持部12)が、その中心軸が鉛直線に沿うように配置されている。一方、境界P3から境界P2までの範囲は、トイレ用手すり10は上方から下方に向かって洋式腰掛便器2から離れるように僅かに湾曲している。更に下方である境界P1から境界P2までの範囲(第一把持部11)は、その中心軸が、鉛直下方から鉛直上方に向かって洋式腰掛便器2に接近するように斜めに配置されている。
【0036】
続いて、トイレ室1に入室した使用者が洋式腰掛便器2に着座するまでの一連の動作が、以上のような形状及び配置のトイレ用手すり10によってどのようにサポートされるかを、図3及び図4を参照しながら説明する。図3及び図4は、トイレ用手すり10が使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。図3及び図4においては、トイレ用手すり10のうち第一把持部11及び第二把持部12のみを抜き出して模式的に示しており、他の部分は図示を省略している。
【0037】
図3は、使用者20がトイレ室1に入室した直後の状態を示している。使用者20は、図3において左側であるトイレ室1の入り口から入室する。このとき、使用者20は洋式腰掛便器2に対して正対した状態で洋式腰掛便器2に歩いて接近し、図3に示したように左手でトイレ用手すり10の第二把持部12を掴む。
【0038】
洋式腰掛便器2は、その正面がトイレ室1の入り口側を向いた状態で配置されている。このため、洋式腰掛便器2に着座しようとする使用者20は、第二把持部12を掴んだまま、図3の状態から左回りに体の軸を回転させて、洋式腰掛便器2に背を向けた状態へと移行する必要がある。この動作を、以下では反転動作と呼ぶ。
【0039】
また、使用者20は、トイレ室1に入室した直後は立ち上がった状態であるため、体の重心を下方に移動させて洋式腰掛便器2に着座する必要がある。この動作を、以下では着座動作と呼ぶ。すなわち、トイレ室1に入室した使用者20が洋式腰掛便器2に着座するまでの一連の動作は、体の軸を回転させる反転動作と、体の重心を下方に移動させる着座動作とからなっている。
【0040】
使用者20は、トイレ室1に入室して第二把持部12を掴むと、まず反転動作を開始することとなる。また、着座するまでの一連の動作のうち、最後は着座動作を行うこととなる。一般的なトイレ用手すりにおいては、使用者20は反転動作が完了してから着座動作を開始するのが一般的である。しかし本実施形態に係るトイレ用手すり10においては、以下に説明するように、使用者20は反転動作が完了するよりも前の時点で着座動作を開始するように導かれるため、着座動作にスムーズに移行することが可能となっている。
【0041】
反転動作は、使用者20が左手で第二把持部12を掴み、その掴み位置を維持したまま、体の軸を反転させる。第二把持部12は、図1を参照しながら説明したように、鉛直下方から鉛直上方に向って洋式腰掛便器2に接近するように斜めに配置されている。このため、第二把持部12を掴んだまま反転動作を行う使用者20の左手首は、反転動作の進行に伴い、次第に親指側に向かって曲がった状態となるように誘導される。
【0042】
人間の手首はその構造上、小指側に向かって曲がる場合(尺屈方向)の関節可動域よりも、親指側に向かって曲がる場合(橈屈方向)の関節可動域の方が狭い。従って、反転動作の進行に伴い手首が親指側に向かって曲がるように誘導されると、使用者20の腕はトイレ用手すり10を掴んだ手首を中心として回転する向きに力を受けることとなる。この力を図4の矢印A1で示した。図4は、反転動作が完了に近づき、且つ着座動作を行っている状態の使用者20を示している。矢印A1のように、使用者20の腕のうち左手首から左肘までの部分は、左手首を中心とし、図4において右回りに回転する向きの力を受ける。左腕がこのような力を受けるため、使用者20の体は下方に誘導されるような力(誘導力GF)を受けることとなる。
【0043】
反転動作が進行すると、使用者20の手首は親指側に向かって更に曲がった状態となるように誘導される。このため、使用者20は、反転動作が進行するに伴って次第に大きな誘導力GFを受ける。その結果、かかる誘導力GFの影響によって使用者20の重心が下方に移動し始めるため、反転動作が完了するよりも前の時点で、使用者20はスムーズに着座動作に移行することができる。
【0044】
ここで、トイレ用手すり10を主に必要とするのは、トイレ用手すり10を掴む握力や下半身の力が弱い高齢者や障害者等であることを考慮すると、反転動作に伴って生じる誘導力GFは上記のような利点のみならず、下記のような欠点をも有する可能性がある。すなわち、誘導力GFは、使用者20の体が下方に向けて受ける力(通常は、重力のみである)を更に増加させるものということができる。しかし、上記のような使用者20は、誘導力GFによって増加した下向きの力に耐えることができず、着座動作において臀部を勢いよく洋式腰掛便器2に打ち付けてしまう恐れや、洋式腰掛便器2の正しい着座位置を外れて着座してしまう恐れがある。
【0045】
そこで、本実施形態に係るトイレ用手すり10では、反転動作の完了前(着座動作を開始する時点の近く)以降において、図4に示すように使用者20が右手で掴むための部分である第一把持部11をさらに備えている。
【0046】
第一把持部11は、図1を参照しながら説明したように、鉛直上方から鉛直下方に向って洋式腰掛便器2に接近するように斜めに配置されている部分である。使用者20は右手で第一把持部11を掴んだ後、第一把持部に対して押し下げるように力を加えることで、その反力を鉛直上向きに受け、かかる反力によって誘導力GFに抗することができる。つまり、かかる反力は、誘導力GFによって使用者20の体の重心が下方に導かれる動きを制止するように、ブレーキ力RFとして働くものである。
【0047】
このようなブレーキ力RFは、第一把持部11の第一軸線L1が水平に近いほど、使用者20はより容易に強く生させることができる。換言すると、第一軸線L1と鉛直線とのなす角度である角度θ1が大きいほど、使用者20は大きなブレーキ力RFをより容易に生じさせることができる。
【0048】
一方、下向きの力である誘導力GFは、第二軸線L2と鉛直線とのなす角度である角度θ2が大きいほど、反転動作に伴ってより強く働く。トイレ用手すり10では、角度θ1が角度θ2よりも大きくなるように形成されているため、誘導力GFに抗することのできる大きなブレーキ力RFを右手で生じさせることが可能となる。その結果、使用者20は体が下方に向けて受ける力の大きさを容易に調整し、着座動作を必要に応じて減速しながら安全に行うことが可能となっている。
【0049】
図4の状態から、使用者20は体の重心を更に下方に移動させ、臀部を洋式腰掛便器2の弁座に乗せて着座した状態となる。その後、第二把持部12から左手を離し、第一把持部11から右手を放して、トイレ室1に入室してから着座するまでの一連の動作が完了する。
【0050】
続いて、以上に説明したような一連の動作において、トイレ用手すり10を掴んだ使用者20の手がトイレ用手すり10から受ける力の時間変化について、図5を参照しながら説明する。図5は、トイレ用手すり10が使用されている状態を側面視で模式的に示す図である。図5においても、トイレ用手すり10のうち第一把持部11及び第二把持部12のみを抜き出して模式的に示しており、他の部分は図示を省略している。
【0051】
図5においては、使用者20の反転動作が完了する直前の状態20aから、着座動作の途中の状態20bを経て、着座動作が完了する直前の状態20cに移行するまでの使用者20の位置の変化を、連続的に示している。
【0052】
使用者20の反転動作が完了する直前の状態20aにおいては、第二把持部12を掴んだ状態の使用者20の左手は、略水平な方向の力F21を受ける。その後、着座動作によって使用者20の重心が下方に移動していき、状態20b、状態20cと移行するに伴って、使用者20の左手が受ける力は次第に下方に向くように変化していき、力F22、力F23と順に変化していく。
【0053】
また、使用者20の反転動作が完了する直前の状態20aにおいては、第一把持部11を掴んだ状態の使用者20の右手は、略鉛直上向きな方向の力F11を受ける。その後、着座動作によって使用者20の重心が下方に移動していき、状態20b、状態20cと移行するに伴って、使用者20の右手が受ける力は次第に水平方向に向くように変化していき、力F12、力F13と順に変化していく。
【0054】
このように、使用者20が洋式腰掛便器2に着座するまでの一連の動作が進行するに伴って、使用者20の体勢は次第に変化して行き、使用者20がトイレ用手すり10から受ける力のベクトル(方向)も次第に変化して行く。
【0055】
本実施形態に係るトイレ用手すり10は、図1を参照しながら説明したように、第一把持部11が第一軸線L1から洋式腰掛便器2側に突出するように湾曲することにより、第一湾曲部C1を形成している。また、第二把持部が第二軸線L2から洋式腰掛便器2とは反対側に突出するように湾曲することにより、第二湾曲部C2を有している。
【0056】
このように、使用者20の手によって掴まれる部分(第一把持部11、第二把持部12)が、いずれも湾曲しているため、使用者20は第一把持部11及び第二把持部12の掴み位置を変えることなく、使用者20の右手が第一把持部11から受ける力のベクトル、及び、使用者20の左手が第二把持部12から受ける力のベクトルの方向を、連続的且つ円滑に変化させることができる。その結果、使用者20はその体勢が変化しても、ブレーキ力RFの大きさと誘導力GFの大きさとを円滑に変化させることができるため、使用者20は両者のバランスをとりながら安定して腰を下ろし、臀部を洋式腰掛便器2にゆっくりと接触させることができる。
【0057】
また、図1に示したように、トイレ用手すり20は、第一湾曲部C1の曲率半径が第二湾曲部C2の曲率半径よりも小さいくなるように形成されている。このため、角度θ1が角度θ2よりも大きいという関係を維持したまま、上記のように誘導力GF及びブレーキ力RFの大きさをスムーズに変化させるという効果を奏することが可能となっている。
【0058】
本実施形態に係るトイレ用手すり10は、図2を参照しながら説明したように、洋式腰掛便器2を前方側からみた場合において、第一把持部11の中心軸が、鉛直方向の下方から上方に向かって洋式腰掛便器2に接近するように斜めに配置されている。このため、トイレ用手すり10を使用者20が掴んだ状態を上面から見ると、図6に示したような状態となる。図6は、トイレ用手すり10が使用されている状態を上面視で模式的に示す図であって、第一把持部11のうち使用者20の右手が掴んでいる部分、及び、第二把持部12のうち使用者20の左手が掴んでいる部分のみを図示し、トイレ用手すり10の他の部分については図示を省略している。
【0059】
図6に示したように、使用者20の右手21が第一把持部11を掴んだ位置は、使用者20の左手24が第二把持部12を掴んだ位置よりも、洋式腰掛便器2から水平方向(図6における左右方向)に離れた位置となっている。このため、使用者20の右手21が第一把持部11から受ける力F25の方向が、使用者20の右手21、右肘22、右肩23を結ぶ直線に沿った方向と略一致している。これにより、使用者20は反転動作の速度を抑制するような力を第一把持部11に対し容易に加えることができ、体が下方に向けて受ける力の大きさを容易に調整することができる。その結果、使用者20は、着座動作においてより安定して腰を下ろすことができ、臀部を洋式腰掛便器2にゆっくりと接触させることができる。
【0060】
また、第一把持部11は、鉛直方向の上方から下方に向って洋式腰掛便器2に接近するように斜めに配置されている。その結果、使用者20が第一把持部11を掴む際は、使用者20は右手21の角度を調整することなく、自然に伸ばした右手21の手のひら全体が第一把持部11の表面に同時に触れることとなる。すなわち、使用者20は自然な手首の角度で第一把持部11を掴むことができる。これにより、使用者20は、手の平の全体で第一把持部11に力を加えることができるので、使用者20は体に負担を受けることなく、大きなブレーキ力RFをさらに容易に発生させることができる。
【0061】
本実施形態に係るトイレ用手すり10においては、第一把持部11の鉛直方向における長さH1(図1において、境界P1から境界P2までの長さの鉛直方向成分に相当する長さ)は、第二把持部12の鉛直方向における長さH2(1において、境界P3から境界P4までの長さの鉛直方向成分に相当する長さ)よりも短く形成されている。このような構成とすることによる効果を、図7を参照しながら説明する。図7は、トイレ用手すり10が使用されている状態を、側面視で模式的に示す図である。
【0062】
図7においては、使用者20がトイレ室1に入室し、第二把持部12を掴んだ状態(20d)、その後、使用者20が反転動作を行いながら、右手で第一把持部11を掴んだ状態(20e)、さらにその後、着座動作が完了する直前の状態(20f)と移行する際の使用者20の位置の変化を、連続的に示している。
【0063】
更に図7においては、図7に示した使用者20よりも身長の低い使用者30がトイレ室1に入室し、第二把持部12を掴んだ状態(30d)、その後、使用者30が反転動作を行いながら、右手で第一把持部11を掴んだ状態(30e)、さらにその後、着座動作が完了する直前の状態(30f)と移行する際の使用者30の位置の変化についても、連続的に示している。
【0064】
これまで説明したように、第二把持部12は、反転動作を開始する際に使用者(20、30)が立ち上がった状態で掴む部分である。図7で、身長の高い使用者20は第二把持部12の上端近くを掴んでおり、身長の低い使用者30は第二把持部12の下端近くを掴んでいる。このように、第二把持部の最適な掴み位置は使用者の身長によって大きく異なり、比較的広い範囲に分布している。
【0065】
一方、第一把持部11は、使用者(20、30)が着座動作の途中から着座するまでの間に掴む部分である。図7で、使用者(20、30)が着座する直前の状態(20f、30f)において比較すると、身長の高い使用者20が第一把持部11を掴む位置は、身長の低い使用者30が第一把持部11を掴む位置とほとんど変わらない。このように、第一把持部11の最適な掴み位置は使用者の身長によって大きくは異ならず、比較的狭い範囲に分布している。
【0066】
本実施形態に係るトイレ用手すり10においては、第一把持部11の鉛直方向における長さH1は比較的長く形成されているため、立ち上がった状態にある使用者(20、30)はその身長の高低によらず、誰もが自分にとって最適な位置を掴むことができる。一方、第二把持部12の鉛直方向における長さH2は比較的短く形成されているため、使用者(20、30)の手は、比較的狭い範囲に存在する最適な掴み位置に確実に誘導される。その結果、使用者(20、30)は一度掴んだ第一把持部11の掴み位置を途中で変更することなく、着座動作が完了するまでの一連の動作を行うことができる。
【0067】
以上、具体例を参照しつつ本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。すなわち、これら具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本発明の特徴を備えている限り、本発明の範囲に包含される。例えば、前述した各具体例が備える各要素およびその配置、材料、条件、形状、サイズなどは、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。また、前述した各実施の形態が備える各要素は、技術的に可能な限りにおいて組み合わせることができ、これらを組み合わせたものも本発明の特徴を含む限り本発明の範囲に包含される。
【符号の説明】
【0068】
1:トイレ室
1a:側壁
1b:床面
2:洋式腰掛便器
3:特許文献
11:第一把持部
12:第二把持部
101,102:支柱
20,30:使用者
21:右手
22:右肘
23:右肩
24:左手
C1:第一湾曲部
C2:第二湾曲部
GF:誘導力
RF:ブレーキ力
L1:第一軸線
L2:第二軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トイレ室に入室した使用者が洋式腰掛便器に着座するまでの一連の動作をサポートするトイレ用手すりであって、
前記洋式腰掛便器の前方且つ上方に配置され棒状をなす第一把持部と、前記第一把持部よりも更に前方且つ上方に配置され棒状をなす第二把持部と、を備え、
前記洋式腰掛便器を側方から見る側視方向から前記第一把持部及び前記第二把持部を見たときに、
前記第一把持部は、鉛直上方から鉛直下方に向って前記洋式腰掛便器に接近し、前記第一把持部の内部を通る第一軸線と鉛直線とのなす角度が第一角度となるように斜めに配置され、
前記第二把持部は、鉛直下方から鉛直上方に向って前記洋式腰掛便器に接近し、前記第二把持部の内部を通る第二軸線と鉛直線とのなす角度が第二角度となるように斜めに配置されており、
前記第一角度は、前記第二角度よりも大きいことを特徴とする、トイレ用手すり。
【請求項2】
前記側視方向から見たときに、前記第一把持部は、前記第一軸線から前記洋式腰掛便器側に突出するように湾曲した第一湾曲部を有し、
前記側視方向から見たときに、前記第二把持部は、前記第二軸線から前記洋式腰掛便器側とは反対側に突出するように湾曲した第二湾曲部を有し、
前記第一湾曲部の曲率半径は、前記第二湾曲部の曲率半径よりも小さいことを特徴とする、請求項1記載のトイレ用手すり。
【請求項3】
前記洋式腰掛便器を前方から見る前視方向から見たときに、前記第一把持部は、前記第二把持部よりも、前記洋式腰掛便器から水平方向に離れた位置に配置されていることを特徴とする、請求項2記載のトイレ用手すり。
【請求項4】
前記前視方向から見たときに、前記第一把持部は、鉛直下方から鉛直上方に向かって前記洋式腰掛便器に接近するように斜めに配置されていることを特徴とする、請求項3記載のトイレ用手すり。
【請求項5】
前記第一把持部の鉛直方向における長さは、前記第二把持部の鉛直方向における長さよりも短く形成されていることを特徴とする、請求項2記載のトイレ用手すり。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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