説明

ヒトおよび愛玩動物のための抗白癬入浴剤

【課題】白癬菌は一部のヒトや愛玩動物に常在し、浴室などの共通の生活場所において容易に他のヒトに再感染を起こすため罹患率が非常に高い。またヒトの頭部白癬や愛玩動物の皮膚の白癬に対しては抗真菌剤が患部に到達し難い。このような白癬に対して、安全で効果が高く、かつ安価で簡便な予防と治療のための入浴剤を提供する。
【解決手段】ファルネソールなどのセスキテルペン精油成分は抗白癬菌活性が高く、毛髪や皮膚に対して特異的に高い吸着特性を有しているため、それらの成分や、それらを高濃度に含有するサンダルウッド油などの植物精油は、毛髪や皮膚の白癬に対して治療と予防に効果的に利用できる。また白癬菌は容易に再感染を起こすが、とくに浴室は感染の頻度が高い。したがって、本発明の入浴剤を用いることによって、ヒトの頭部白癬または愛玩動物の皮膚白癬に対し、安全で効果が高く、かつ安価で簡便に治療と予防をおこなうことが可能である。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は、白癬菌により発症するヒトおよび愛玩動物の毛髪および皮膚の白癬を予防または治療するための入浴剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトおよび愛玩動物の毛髪および皮膚は、物理的、化学的に強いケラチンを主成分とする丈夫な組織であるが、一部の真菌類はこのケラチンを好んで利用し、毛髪や皮膚組織に感染症を引き起こす。そのような真菌類として、とりわけ各種の白癬菌が知られている。ヒトの白癬の起炎菌としてTrichophyton rubrum、T.mentagrophytes、T.tonsurans、Epidermophyton floccosum、動物白癬の起炎菌としてMicrosporium canis、T.mentagrophytes、T.verrucosumなどが、それぞれあげられる。白癬はあらゆるヒトの疾患の中でもっとも罹患率が高く、世界のほとんど全ての地域において人口の10%以上が常時罹患しているといわれ、日本においても患者数は1千万人を超えると推定されている。白癬は一般的には抗真菌剤の外用によって治療されるが、白癬は治療薬に対する抵抗性が強く再発しやすい。さらに白癬菌は一部のヒトや愛玩動物に常在し、容易に別のヒトに再感染を起こす。中でも動物白癬の起炎菌であるMicrosporium canisはヒトに感染すると重篤になる場合があり、とくに注意を要する。足白癬の再感染については家庭内での頻度が60%近くあるとされ、とくに共同使用する浴室で頻度が高い。したがって浴室での再感染を防止できれば罹患率は大幅に減少すると考えられる。また、近年イヌやネコなどの愛玩動物を飼育するヒトが増えているが、室内で飼育する例が多い。その場合、太陽光線を浴びる機会が少なくなり、さらには行動の自由が制限されるため、ストレスを受けやすくなって白癬などの皮膚病にかかりやすくなる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ヒトや愛玩動物の白癬は、生活の場を共有するために再感染を起こし、そのために再発しやすい。さらに、一部の白癬菌は抗真菌剤に抵抗性を獲得し、それによっても再発する。また、ヒトの頭部白癬や愛玩動物の皮膚の白癬においては、塗布した薬剤が感染部位に到達し難く、症例によっては抗真菌剤の経口投与を長期間継続する必要がある。その場合、肝障害などの副作用を生じる危険性がある。本発明の課題は、ヒトおよび愛玩動物の毛髪や皮膚の白癬に対し、安全で効果が高く、かつ安価で簡便な予防または治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、毛髪や皮膚の真菌症に対し、副作用の危険性がある抗真菌剤による治療の代替として、安全で効果が高く、かつ安価で簡便な予防または治療方法を鋭意研究してきた。その結果、特定のセスキテルペン精油成分がとくに強い抗真菌活性を有していること、かつ毛髪や皮膚に対して特異的に高い吸着特性を有していることを見出し本発明を完成させた。具体的には、ヒトの白癬の再感染の温床となっている浴室での感染予防と治療、愛玩動物の感染予防と治療、さらには愛玩動物を介してのヒトへの再感染を予防するため、抗白癬菌活性のあるセスキテルペン精油成分、またはそれらを含有する植物精油を配合した入浴剤を提供することにある。本入浴剤を使用することにより、毛髪や皮膚の白癬に対する感染予防や治療効果が期待される。本入浴剤は、全身浴のほか、足浴などの部分浴にも利用することができる。部分浴は使用する温水量が少ないため、同じ経費で精油または精油成分を高濃度で使用することが可能であり、局所の白癬に対して効果的である。
本発明で効果的に用いることのできるセスキテルペン精油成分として具体的には、ファルネソール、ネロリドール、ビザボロール、セドロール、エレモール、アルファー・サンタロールなどがあげられる。セスキテルペンとば炭素数が15個から成るテルペン類を指し、本発明におけるセスキテルペン精油成分には、セスキテルペン炭化水素と、それを母核として水酸基が一個またはそれ以上置換したセスキテルペンアルコールが含まれる。炭素数が10個より成るモノテルペン類は、抗真菌活性が弱い上に毛髪や皮膚に対する吸着性が低かった。
本発明で効果的に用いることのできる植物精油として具体的には、サンダルウッド油(アルファー・サンタロールを約50%含む)、シダーウッド・バージニア油(セドロールを約32%含む)、没薬油(リンデステレンを約38%含む)、バチュリー油(パチュロールを42%含む)、イランイラン油(ゲルマクレンDを約20%含む)、ガルバナム油(グアイオールやキュベノールなどのセスキテルペンアルコール類を約12%含む)、ベチバー油(ベチベロールを約50%含む)などがあげられる。括弧内に記載した名称の物質は、いずれもセスキテルペンである。
【発明の効果】
【0005】
本発明は、高い抗真菌活性を有し、かつ毛髪や皮膚に対して特異的に高い吸着性を有しているセスキテルペン精油成分を用いるため、毛髪や皮膚の白癬に対して高い治療または予防効果が期待できる。一度毛髪や皮膚に吸着されたセスキテルペン精油成分は水で洗っただけでは容易に離脱せず、長期間吸着部位に留まる性質がある。そのため真菌の感染を長期間にわたって防止できる。セスキテルペン精油成分やそれらを含む植物精油は抗真菌剤よりも遙かに安価であり実用的である。また、天然原料として化粧品などに使用されてきた実績があり、安全性の面でも問題はない。精油成分には抗真菌活性に加えて、抗炎症効果や鎮痛効果が知られている。このため、白癬に伴う痒みや腫れなどの炎症の軽減も期待できる。また、精油は芳香があるため、それによるリラックス効果も期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の入浴剤は、セスキテルペン精油成分またはそれらを含む植物精油を、天然塩、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウムなどの塩類と混合すると効果的である。塩類は製剤の基材となるだけではなく、血行を促進し、精油の抗真菌活性を増強する効果もある。硫酸マグネシウムには発汗促進作用があり、鎮痛、抗炎症、弱い殺菌作用も知られている。塩類との混合に際しては、無水珪酸を若干加えると分散性が改善される。しかしながら本発明の入浴剤は、塩類を使用せず、セスキテルペン精油成分またはそれらを含む植物精油を、予めエタノールなどの溶媒に溶かして調製した液状タイプのものでもよい。入浴剤は、最終的にセスキテルペン精油成分の濃度が12.5mg/l以上、あるいは植物精油の濃度が50mg/lになるように温水に溶解して利用する。この温水を用いて部分浴あるいは全身浴をおこなう。毛髪に対しては、この温水によって洗浄し、その後水洗して乾燥する。
【実施例】
【0007】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1.精油成分および植物精油の抗白癬菌活性
【0008】
日本医真菌学会で提案されている方法に従って、液体希釈法による白癬菌Trichophytonmentagrophytes TIMM2789株に対する最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。すなわち、RPMI1640培地で調製した精油または精油成分の各濃度希釈液を、96穴平底マイクロプレートの各ウェルに100μlずつ分注し、10/mlの白癬菌菌液80μlを接種し、さらにアラマーブルー液20μlを加えて、27℃、3日間培養した。発育コントロールのウェルが赤変した時点で、各ウェルの菌の発育を評価し、各精油または精油成分のMICを求めた(医真菌誌、40巻、244頁、1999年)。結果を表1に示す。各セスキテルペン精油成分はいずれも強い抗白癬菌活性を示し、中でもファルネソールが最も強かった。比較のために調べたモノテルペン類であるリナロールの活性は各セスキテルペンに比較して弱かった。セスキテルペン精油成分を含む植物精油も強い抗白癬菌活性を示し、とりわけサンダルウッド油が強かった。なお、本実施例で用いた白癬菌Trichophyton mentagrophytes TIMM2789株は、帝京大学医真菌研究センター保存の臨床分離株である。
実施例2.植物精油を添加した温水による白癬菌の殺菌効果
【0009】
白癬菌Trichophyton mentagrophytes TIMM2789株を種菌として、それを1/10サブロー・グルコース斜面培地に接種し、27℃、1週間培養すると菌が発育して小分生子を形成する。小分生子を形成した培地に0.05%ツイーン80含有の生理食塩水を加えて懸濁し、小分生子を含む上澄みを調製した。懸濁液に含まれる小分生子の数を調整し(conidia10/ml)、その100μlをサブロー・デキストロース・アガーと1.5%バクト・アガーで調製した寒天プレートに均一に塗布する。このプレートを27℃、2日間培養して菌糸を生育させ、それをコルクボーラーNO.3(内径7mm)で打ち抜き、菌糸が付着した寒天ブロックを得た。各精油は目的の濃度になるように予めDMSO(ジメチルスルフォキシド)に溶解し、その75μlを滅菌水7.5mlに添加する。その液に上記の寒天ブロックを入れて、42℃、20分間振盪しながら加温する。その後、寒天ブロックを取り出して生理食塩水で洗浄し、余分な水分をろ紙で吸い取ってから新たに調製したサブロー・デキストロース寒天プレートに載せ、27℃、5日間培養した。形成されたコロニーのサイズをノギスで測定し、予め作成した検量線に従って、寒天ブロック上に生き残った菌数を計算した。各精油濃度における生菌数のデータから、初発菌数の99.9%を殺菌するのに必要な最小殺菌濃度を求めた。その結果を表2に示す。なお検量線は、小分生子数10、10、10、10、10/mlの懸濁液を接種して培養、調製した寒天ブロックを、サブロー・デキストロース寒天プレートに載せて培養し、そのコロニーサイズを計測することによって作成した。接種した小分生子数に依存してコロニーサイズは大きくなる。セスキテルペン系精油は、モノテルペン系精油に比較して高い殺菌効果を示した。また、加温することにより効果は増強された。
実施例3.精油成分のヒト頭髪に対する白癬菌の感染予防効果(液体培養法)
【0010】
2種類のファルネソールのエタノール溶液10mgおよび20mg/mlをそれぞれ調製し、前者の25またば50μl、後者の50または200μlをそれぞれ滅菌水5mlに加え、濃度の異なる4種類のファルネソール溶液を調製した(濃度50、100、200、800μg/ml)。それぞれの溶液の中に滅菌したヒトの頭髪30mgを加えて27℃、30分間放置し、ワットマン・グラスフィルターでろ過して頭髪を回収し、滅菌水で2回洗浄してファルネソール処理頭髪とした。この処理頭髪を、滅菌水10mlおよび滅菌した10%酵母エキス溶液0.1mlを併せて加えたシャーレに入れ、その中に白癬菌Trichophyton mentagrophytes TIMM2789株の分生子10を接種し、27℃で培養して2日後から2週間、白癬菌の発育を肉眼で観察した。その結果、ファルネソールは200μgおよび800μg/mlの処理濃度で分生子の発育を完全に抑制した。モノテルペン類のリナロールは、これらの処理濃度では効果が認められなかった。
実施例4.精油成分のヒト頭髪に対する白癬菌の感染予防効果(寒天プレート法)
【0011】
滅菌済みの10%酵母エキス溶液0.1mlを含む寒天培地10mlに、実施例3と同様に調製したヒトの頭髪を載せて白癬菌Trichophyton mentagrophytes TIMM2789株の分生子10を接種し、27℃で培養して3週間、白癬菌の発育を観察した。その結果、ファルネソール無処理の頭髪を載せたプレートにおいては、1日後には分生子が発芽管を伸ばしている様子が観察され、2週間後には頭髪の周辺に白癬菌の白い菌糸塊が形成された。ファルネソール200μg/mlで処理した頭髪では菌糸塊の形成は認められず、抗白癬菌効果が確認された。ファルネソール50μg/mlで処理した頭髪においても、発育抑制が観察された。一方、頭髪を載せなかったプレートでは、3週間後も菌糸の伸長は認められなかった。
【0012】
【表1】

実施例5.マウスの皮膚に対するセスキテルペン精油成分の吸着特性
【0013】
無毛マウス(Hos−HR−1、雄、6週齢)および有毛マウス(ICR、雄、6週齢)を、精油成分0.005%含む37℃の温水に入れて10分間自由遊泳させた。その後マウスをそれぞれ安楽死させ、酢酸エチル100mlに浸漬して吸着した精油成分を抽出した。抽出液に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水後、ガスクロマトグラフィーにより分析した。機器はGLScience社製のModel 353B、カラムはDB−5(0.53mm30m、J&W Scientific社)、キャリヤーガスにはヘリウムを用い、水素炎により検出した。カラム温度は60℃から120℃まで毎分5℃の速度で上昇させて分析を実施した。その結果を表3に示す。セスキテルペン精油成分の吸着量は、モノテルペン精油成分のリナロールよりも100倍以上多かった。すなわち、とくにセスキテルペン精油成分は皮膚に多量に吸着されることが確認された。
【0014】
【表2】

【0015】
【表3】

実施例6.マウスの皮膚に対する精油各成分の吸着特性
【0016】
セスキテルペン系植物精油としてサンダルウッド油を、モノテルペン系植物精油としてタイムティモール油を、それぞれ濃度0.0032%になるように加え、実施例5と同様の方法により、無毛マウスの皮膚に対する精油各成分の吸着実験をおこなった。その結果を表4に示す。サンダルウッド油ではセスキテルペン精油成分(アルファ・サンタロール、ベータ・サンタロール)が皮膚によく吸着することが確認された。一方、タイムティモール油ではセスキテルペン精油成分(ベータ・カリオフィレン)が、原油中の存在比が著しく低いにもかかわらず、モノテルペン精油成分(パラ・シメン、チモール)よりも優先的に吸着することが確認された。
実施例7.ヒトの頭髪に対するセスキテルペン精油成分の吸着特性
【0017】
各セスキテルペン精油成分を、目的の濃度になるよう予めエタノール10mlに溶解して37℃の温水51に加え、その中にヒト頭髪3gを10分間浸した。その後、頭髪を回収して水で2回洗浄し、酢酸エチル50mlを加えて抽出し、ガスクロマトグラフィーを用い実施例5と同様の条件によって吸着量を測定した。結果を表5に示す。セスキテルペン精油成分の頭髪への吸着量はモノテルペン精油成分に比較して著しく多く、中でもファルネソールの吸着量は高いことが確認された。
【0018】
【表4】

【0019】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗白癬菌活性を有するセスキテルペン精油成分、またはそれらを10%以上含有する植物精油の中から、少なくとも1種類を選んで配合した入浴剤であって、それを溶解した温水にヒトまたは愛玩動物を浸すことによって実施される皮膚および毛髪の白癬の予防または治療のための入浴剤
【請求項2】
請求項1における愛玩動物が、イヌまたはネコであることを特徴とする入浴剤
【請求項3】
請求項1および2におけるセスキテルペン精油成分が、ファルネソール、ネロリドール、ビザボロール、セドロール、エレモール、アルファー・サンタロールであって、入浴に際して、それら各成分の濃度が、単独または併せて温水1リットル当たり12.5mg以上になるように配合および使用量を設定したものであることを特徴とする入浴剤
【請求項4】
請求項1および2における植物精油が、サンダルウッド油、シダーウッド油、パチュリー油、没薬油、ガルバナム油、イランイラン油、ベチバー油であって、入浴に際して、それらの各精油の濃度が、単独または併せて温水1リットル当たり25mg以上になるように配合および使用量を設定したものであることを特徴とする入浴剤

【公開番号】特開2007−332126(P2007−332126A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−193389(P2006−193389)
【出願日】平成18年6月16日(2006.6.16)
【出願人】(399086263)学校法人帝京大学 (21)
【Fターム(参考)】