説明

ヒドロキシカルボン酸の精製方法、環状エステルの製造方法およびポリヒドロキシカルボン酸の製造方法

【課題】ポリヒドロキシカルボン酸の製造原料として適したヒドロキシカルボン酸の精製方法、これを含む環状エステルの製造方法ならびにポリヒドロキシカルボン酸の製造方法を提供する。
【解決手段】ヒドロキシカルボン酸よりも高い沸点のアルコールおよびフェノールの少なくとも一種からなる高沸点ヒドロキシ化合物を含む、ヒドロキシカルボン酸水溶液を蒸留することを特徴とするヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法。該精製ヒドロキシカルボン酸を重縮合してヒドロキシカルボン酸のオリゴマーを形成し、これを解重合してヒドロキシカルボン酸の二量体からなる環状エステルとし、さらにこの環状エステルを開環重合してポリヒドロキキシカルボン酸とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシカルボン酸の製造原料として適したヒドロキシカルボン酸の精製方法、これを含む環状エステルの製造方法ならびにポリヒドロキシカルボン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリグリコール酸やポリ乳酸等のポリヒドロキシカルボン酸(脂肪族ポリエステル)は、土壌や海中などの自然界に存在する微生物または酵素により分解されるため、環境に対する負荷が小さい生分解性高分子材料として注目されている。また、ポリヒドロキシカルボン酸は、生体内分解吸収性を有しているため、手術用縫合糸や人工皮膚などの医療用高分子材料としても利用されている。
【0003】
ポリヒドロキシカルボン酸の中でも、ポリグリコール酸は、酸素ガスバリア性、炭酸ガスバリア性、水蒸気バリア性などのガスバリア性に優れ、耐熱性や機械的強度にも優れているので、包装材料などの分野において、単独で、あるいは他の樹脂材料などと複合化して用途展開が図られている。
【0004】
ポリヒドロキシカルボン酸は、例えば、グリコール酸(ヒドロキシ酢酸)や乳酸(ヒドロキシプロパン酸)などのヒドロキシカルボン酸の脱水重縮合により合成することができるが、高分子量の脂肪族ポリエステルを効率よく合成するには、一般に、ヒドロキシカルボン酸の二量体環状エステルを合成し、該環状エステルを開環重合する方法が採用されている。例えば、グリコール酸の二量体環状エステルであるグリコリドを開環重合すると、ポリグリコール酸が得られる。乳酸の二量体環状エステルであるラクチドを開環重合すると、ポリ乳酸が得られる。
【0005】
いずれにしろ、用途に適した高分子量と異種結合量の少ないポリヒドロキシカルボン酸の製造原料としてヒドロキシカルボン酸は、ある程度純度の高いものである必要があるが、現実には工業的に得られるヒドロキシカルボン酸には不純物が不可避である。例えば、有機酸および硫酸等の触媒の存在下でのホルムアルデヒドおよび水のカルボニル化反応により得られるグリコール酸には、これら触媒残渣の他に、グリコール酸のエステル形成性脱水縮合による二量体であるグリコール酸二量体あるいはオリゴマー、グリコール酸のエーテル形成性脱水縮合による二量体であるジグリコール酸(O(CHCOOH))が主たる不純物として含まれる。そして、触媒残渣等の少量成分あるいはイオン性不純物等は、吸着あるいはイオン交換等の手段により工業的な分離除去が容易であるが、有機不純物の除去には別途の手段が必要となる。例えば特許文献1によれば、工業的等級の70%グリコール酸水溶液の典型的な試料の成分は以下の通りであるとされている。
【0006】
グリコール酸 …………… 62.4重量%
グリコール酸二量体 …… 8.8重量%
ジグリコール酸 ………… 2.2重量%
メトキシ酢酸 …………… 2.2重量%
蟻酸 ……………………… 0.24重量%。
【0007】
一般に、有機物の分離による精製のためには、蒸留、晶析等の単位操作が知られているが、これら精製手段をヒドロキシカルボン酸の精製に用いる際には、ヒドロキシカルボン酸が加熱下に容易に重縮合するという本質的な難点がある。この点、加熱を本質的な要素とする蒸留は基本的に適用困難であると考えられ、従来は主として晶析による精製が行われてきた(特許文献1〜3)。晶析法によるヒドロキシカルボン酸の精製は、一般に水溶液の冷却により行われるが、ヒドロキシカルボン酸、特にグリコール酸および乳酸の水に対する溶解度は非常に高いため、最低でも10℃以下、高収率で結晶を得るためには氷点下まで冷却する必要があり、大規模な冷却設備が必要となる。また、結晶の純度は晶析後の固液分離操作によるところが大きく、高純度の結晶を得るためには、遠心分離機などの大掛かりな固液分離装置が必要となる。すなわち、晶析法による精製には、大規模な装置および運転コストがかかり、精製のためのコストが高くなるという難点がある。
【0008】
これに対し、グリコール酸に比べて熱重縮合性の低い乳酸については、その水溶液中の濃度を低く抑えるため、水を補充しつつ蒸留を行う方法も提案されている(特許文献4)。しかし、この蒸留によるヒドロキシカルボン酸の精製には、ヒドロキシカルボン酸に比べて沸点が低く蒸発性の高い水を同時に大量に留出させるための熱的損失ならびに生成したヒドロキシカルボン酸水溶液の濃縮等によるヒドロキシカルボン酸の回収費用の増大もあって、やはり精製コスト上の問題がある。
【特許文献1】特表平6−501268号公報
【特許文献2】特再公表WO2003/064366号公報
【特許文献3】特開2006−169185号公報
【特許文献4】特開2002−128727号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の主要な目的は、ポリヒドロキシカルボン酸の製造原料として有用なヒドロキシカルボン酸の工業的に合理的な精製方法、これを含む環状エステルの製造方法ならびにポリヒドロキシカルボン酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の目的で研究し、各種実験を繰返した結果、ポリヒドロキシカルボン酸の製造原料として有用な程度の純度を有するヒドロキシカルボン酸への精製が、アルコールおよびフェノールの少なくとも一種からなる高沸点ヒドロキシ化合物を含むヒドロキシカルボン酸溶液の蒸留により効率的に達成可能であることを知見した。すなわち、本発明のヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法は、ヒドロキシカルボン酸よりも高沸点のアルコールおよびフェノールの少なくとも一種からなる高沸点ヒドロキシ化合物を含む、ヒドロキシカルボン酸溶液を蒸留することを特徴とするものである。上記方法において、高沸点ヒドロキシ化合物は、それ自体は留出されることなく蒸留母液(本明細書においては、蒸留装置中に現に存在して、蒸留のための加熱を受ける液の全体を示す)に残留して、ヒドロキシカルボン酸の重縮合の進行を抑制し、蒸留のための母液の加熱の継続を可能とする作用を果す。
【0011】
また、本発明の環状エステルの製造方法は、上記方法により精製したヒドロキシカルボン酸(あるいは、その水溶液)を、縮重合してヒドロキシカルボン酸のオリゴマーを形成し、該オリゴマーを解重合して、ヒドロキシカルボン酸の二量体からなる環状エステルを形成することを特徴とするものである。これは、上記本発明のヒドロキシカルボン酸の精製方法が、上記環状エステルの製造方法において、オリゴマーの解重合を抑制する不純物として作用するエーテル型ヒドロキシカルボン酸二量体(例えばジグリコール酸)の低減に有効であるとの知見に基づく。
【0012】
また、本発明のポリヒドロキシカルボン酸の製造方法は、上記のようにして得られた環状エステルを開環重合することを特徴とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の対象とするヒドロキシカルボン酸としては、グリコール酸、乳酸、α−ヒドロキシ吉草酸、等の比較的沸点が低いα−ヒドロキシカルボン酸が好ましく用いられる。発酵法、合成法等、それらの製造方法は特に限定されない。いずれにしても工業的に供給されるヒドロキシカルボン酸(水溶液)には、不純物の混入は避けられないからである。なかでも沸点が低く蒸留に適したグリコール酸(常圧沸点:約170℃)および乳酸(常圧沸点:約220℃)が好ましく、特に加熱による重縮合性が強いという点で、グリコール酸が最も適している。
【0014】
以下、本発明を、その好ましい実施形態としての、グリコール酸への適用を中心として、更に詳細に説明する。以下の記載において、量比を表わす「%」および「ppm」は、特に断らない限り、重量基準を意味するものとする。
【0015】
[ヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法]
<グリコール酸の精製>
(原料ヒドロキシカルボン酸溶液)
本発明で、高沸点ヒドロキシ化合物を加えて蒸留母液を形成すべきヒドロキシカルボン酸原料は、通常、重縮合を抑制し、ハンドリング性を向上するために、溶媒で希釈されている。この希釈溶媒は、ヒドロキシカルボン酸と混和可能な任意の溶媒でありえるが、ヒドロキシカルボン酸の工業的製法との関連で、水であるのが一般的である。
【0016】
ここでは、原料ヒドロキシカルボン酸溶液として、不純物の代表例としてのジグリコール酸(以下、しばしば「di−GA」と略記)を約1重量%(0.93%)の濃度で含み、更に他の不純物として、メトキシ酢酸2.90%、蟻酸0.96%、NH23ppm、Na6ppm,Ca14ppm,Mg5ppm,SO74ppmを含む工業的等級のグリコール酸(以下、しばしば「GA」と略記)の約70%水溶液を用い、これを原料液として処理する例を中心として説明する。
【0017】
上記したようなGA水溶液は、そのまま蒸留原料として用いられるほか、適宜、水で稀釈して重縮合速度を抑制して用いてもよい。但し、稀釈の度合いが大になると、GAとともに留出する水の量が大になって、熱効率上好ましくない。一般に、蒸留原料として用いられるGA水溶液中のGAおよびGA二量体の合計濃度は、約2〜90%であり、約10〜70%が好ましく、約20〜50%が更に好ましい。
【0018】
本発明においては、上記のような濃度のGA水溶液を直接母液として、加熱蒸留に付すことによって起こりえる重縮合の抑制のための主たる手段として、高沸点ヒドロキシ化合物を加える。
【0019】
(高沸点ヒドロキシ化合物)
本発明で、蒸留母液に重縮合抑制剤として添加される高沸点ヒドロキシ化合物は、グリコール酸(あるいは蒸留精製対象のヒドロキシカルボン酸)より高い沸点を有するアルコールおよびフェノールの少なくとも一種であり、この目的のためには170℃よりも高い、特に200℃以上の沸点を有するものであることが好ましい。
【0020】
高沸点ヒドロキシ化合物としては、留出を抑制するための沸点と、OH基を有する任意のアルコール類またはフェノール類が用いられるが、その具体例としては、1−オクタデカノール、ジフェニルメタノール、ドデカノール、1−トリデカノール、3−フェニル−1−プロパノール、1−ヘキサデカノール、1−ペンタデカノールなどの1価アルコール、あるいは1−ナフトール、2−ナフトール、ピロデカノールなどのフェノール類が用いられるほか;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキサンジオール、デカンジオールなどの2個のOH基に加えて直鎖または分岐アルキレン基を含むアルキレングリコール類およびジエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコールなどのOH基2個に加えて1以上の直鎖または分岐オキシアルキレン基を有するポリアルキレングリコールを含む(ポリ)アルキレングリコール;(ポリ)アルキレングリコールの2個のOH基の1個をアルキルエーテル化した(ポリ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルなどが挙げられる。なかでも高沸点アルコール類が好ましく用いられ、特に(ポリ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルが好ましい。
【0021】
なお、これら高沸点ヒドロキシ化合物は、後述する本発明による環状エステルの製造方法(すなわち本発明により精製されたヒドロキシカルボン酸の重縮合により得られたオリゴマーの極性有機溶媒との混合下での解重合による環状エステルの製造方法)において、オリゴマーと極性有機溶媒の相溶性を改善して解重合系を安定化する相溶化剤として有効に機能するものであって、本発明による環状エステルの製造方法における製造原料としてのヒドロキシカルボン酸の精製目的である限り、ヒドロキシカルボン酸と共に留出することを厳密に抑制する必要性はない。
【0022】
これら高沸点ヒドロキシ化合物は、蒸留母液中におけるヒドロキシカルボン酸の重縮合抑制のために加えられる。その最小量は、蒸留母液が固化することによる蒸留継続不能状態の回避に必要な量であり、母液中にOH濃度(GAと高沸点ヒドロキシ化合物中のOHの合計量に対するアルコール(またはフェノール)OHの量)として0.5モル%程度である。但し、より大なる量の方が、母液の粘度および蒸留温度の低下に好ましい。上限は、主として、蒸留コストの観点で定まり、OH濃度として50モル%を超えて使用しても重縮合抑制効果は飽和する。従って、高沸点ヒドロキシ化合物の使用量は、母液中OH濃度として0.5〜50モル%、より好ましくは10〜40モル%、特に好ましくは20〜30モル%の範囲である。
【0023】
このような高沸点ヒドロキシ化合物による希釈の結果として、母液中のヒドロキシカルボン酸およびその二量体を含むオリゴマーの合計濃度は、通常30〜80重量%、好ましくは35〜70重量%程度となる。
【0024】
蒸留温度としては、その下限は実質的な蒸留速度を得るという観点で定まり、減圧下では低下可能である。上限としては、200℃を超えて加熱するとGAのエーテル結合体である副反応によるdi−GAの生成速度が上昇するため好ましくない。
【0025】
従って、本発明の目的のためには、常圧または一般に約1kPaまでの減圧下で、約50〜200℃、より好ましくは、約100〜200℃、特に約120〜200℃の範囲の蒸留温度とすることが好ましい。
【0026】
蒸留方式としては、槽型(蒸発缶)または塔型の蒸留装置を用いて、回分または(半)連続的に行われる。di−GAなどの重質不純物および重縮合により生成するGAオリゴマー等の重質分の分離によるGAの精製の観点からは、回分式単蒸留操作でよいが、装置の効率的使用の観点からは、少なくともフィードのみは連続的に行う半連続方式(後記実施例)がより好ましく用いられる。除去対象のdi−GAを含む重質不純物は、装置底部の母液中に蓄積してくるので、母液を適宜装置底部より抜き出して、半連続方式操作の継続時間を増大することも好ましく、また制御系は複雑になるが、少量ずつ、連続的に抜き出して、連続運転することももちろん可能である。
【0027】
また本発明で用いる高沸点ヒドロキシ化合物は、GAの重縮合防止の効果を有するほかGA二量体を含むGAオリゴマーの蒸留母液中への蓄積を防止する効果を有するが、これらGA二量体を含むGAオリゴマーは、GAとともに留出したとしても、エーテル型のdi−GAとは異なり、後述するGAオリゴマーを経由するグリコリドならびにポリグリコール酸の製造)(より一般的にはヒドロキシカルボン酸オリゴマーを経由する環状エステルならびにポリヒドロキシカルボン酸の製造)の目的のためには、有害な不純物とはならない。
【0028】
なお、主たる不純物としての重質成分の分離のためには、単蒸留でよいが、精製効率の向上のための還流、あるいはメトキシ酢酸、蟻酸、シュウ酸などの軽質不純物の除去のための多段化によるGA成分の中段からの抜き出し、などの手段は適宜採用可能である。また、回分操作において、一旦、GA留出温度より低い温度での蒸留を行って、軽質不純物を予め除去して置くことも容易に実施可能である。更に、たとえ、GA中に軽質不純物が残っても、オリゴマー製造時に脱水と同時に除去され、GAオリゴマー中には、実質的に含まれない。
【0029】
(他のヒドロキシカルボン酸への適用)
上記において、本発明のヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法を、グリコール酸に適用する好ましい例を説明したが、同様に比較的低沸点であり、且つ熱重縮合性を有する他のヒドロキシカルボン酸への適用が可能であることは当業者には容易に理解できよう。例えば乳酸などにも適用できる。乳酸の沸点は、約220℃のため、これより高沸点のアルコール、フェノールの添加が必要となる、等の点は若干異なるが、それ以外は、本質的に同様に適用可能である。
【0030】
[環状エステルの製造方法]
本発明の環状エステルの製造方法によれば、上記の方法により精製したヒドロキシカルボン酸の水溶液を、必要に応じて稀釈あるいは濃縮などの濃度調整した後、縮重合してヒドロキシカルボン酸のオリゴマーを形成し、該オリゴマーを解重合して、ヒドロキシカルボン酸の二量体からなる環状エステルを形成することを特徴とするものである。ヒドロキシカルボン酸のオリゴマーの重縮合による形成反応において、蒸留系からヒドロキシカルボン酸に随伴された高沸点ヒドロキシ化合物が共存することは、何ら悪影響を及ぼさない。
【0031】
例えばヒドロキシカルボン酸がグリコール酸の場合、上記蒸留法により精製・回収したGA水溶液を、保存およびハンドリングに適した70%以下の濃度に調製しておき、このグリコール酸水溶液を、更に濃縮ならびに縮重合化によりグリコール酸オリゴマーとして回収し、更に特表2004−523596号公報(国際公開WO 2002/083661号公報)に記載の方法により解重合して、ポリグリコール酸原料として有用なグリコリド(グリコール酸の環状二量体エステル)を得ることができる。すなわち、上記特表2004−523596号公報(国際公開WO 2002/083661号公報)(その開示の全体は、参照により本願明細書に包含するものとする)によれば、
上記のようにして回収されたグリコール酸オリゴマーを加熱して解重合させる工程を含むグリコリドの製造方法において、
(i)グリコール酸オリゴマーまたはグリコール酸オリゴマーと極性有機溶媒とを含有する解重合反応系を加熱して、グリコール酸オリゴマーをグリコリドに解重合させる工程、
(ii)解重合により生成したグリコリドまたはグリコリドと極性有機溶媒とを解重合反応系外に留出させる工程、
(iii)留出により得られた留出物からグリコリドを回収する工程、及び
(iv)解重合反応系内に連続的または間欠的にグリコール酸オリゴマーまたはグリコール酸オリゴマーと極性有機溶媒とを投入する工程
により、解重合反応を行なうとともに、
(v)解重合反応中、解重合反応系内にアルコール性水酸基を持つ化合物(A)を存在させ、その際、解重合反応系内での該化合物(A)の量を、解重合反応系をアルカリ条件下で加水分解したときに生成するジグリコール酸、メトキシ酢酸、及びシュウ酸からなる有機酸(B)のカルボキシル基の総量に対する該化合物(A)のアルコール性水酸基量が0.5当量以上の割合を維持する量となるように制御することを特徴とするグリコリドの製造方法、
が開示されている。
【0032】
上記グリコリドの製造方法においては、極性有機溶媒が解重合反応の溶媒として用いられるが、生成したグリコリドと共留出させて、グリコリドを解重合反応系外に随伴させる役割をも果す。極性有機溶媒の沸点は、230〜450℃の範囲内にあることが好ましい。また、極性有機溶媒の分子量は、150〜450の範囲内であることが好ましい。
【0033】
極性有機溶媒としては、芳香族ジカルボン酸ジエステル、脂肪族ジカルボン酸ジエステル、ポリアルキレングリコールジエーテルなどが用いられる。なかでもポリアルキレングリコールジエーテルが好ましく用いられる。
【0034】
また上記グリコール酸オリゴマーの解重合によるグリコリドの製造方法において、用いられるアルコール性水酸基を持つ化合物(A)としては、前記本発明のヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法で用いられる高沸点ヒドロキシ化合物がそのまま有効に用いられる。解重合系において、高沸点ヒドロキシ化合物は、グリコール酸オリゴマーと、極性有機溶媒の相溶性を改善して、解重合反応系を安定化する作用を有する。なかでも(ポリ)アルキレングリコールモノアルキルエーテルが好ましく用いられる。
【0035】
[ポリヒドロキシカルボン酸の製造方法]
上記のようにして得られた環状エステルは、一般に開環重合により、ポリヒドロキシカルボン酸を製造するための良好な原料となることが知られている。
【0036】
環状エステルの開環重合のためには、環状エステルを触媒の存在下に加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを開環重合する方法を採用することが好ましい。この重合法は、塊状での開環重合法である。溶融状態の環状エステルの開環重合は、反応缶や管型あるいは塔型、押出機型反応装置を用い、バッチ式あるいは連続式で行うことができる。通常は、重合容器内で塊状開環重合する方法を採用することが好ましい。例えば、グリコリドを加熱すると溶融して液状になるが、加熱を継続して開環重合させると、ポリマーが生成する。重合温度が固体のポリマーの結晶化温度以下の場合は、重合途中でポリマーが析出し、最終的には固体のポリマーが得られる。重合時間は、開環重合法や重合温度などによって変化するが、容器内での開環重合法では、通常10分間〜100時間、好ましくは30分間〜50時間、より好ましくは1〜30時間である。重合転化率は、通常95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上であり、未反応モノマーの残留を少なくし、かつ、生産効率を高める上で、フル・コンバージョン(重合転化率:ほぼ100%)とすることが最も好ましい。
【0037】
さらに、溶融状態の環状エステルを複数の管(両端が開閉可能な管も好ましく用いられる)を備えた重合装置に移送し、各管内で気密状態で開環重合して生成ポリマーを析出させる方法;また溶融状態の環状エステルを攪拌または混練機構付き反応機(例えば、反応缶、連続的に重合可能な二軸攪拌装置等)中で開環重合を進行させた後、精製したポリマーを取り出し、一度ポリマーを冷却固化させた後、ポリマーの融点以下で固相重合反応を継続する方法も好ましい。これらの方法は、バッチ式または連続式のいずれの方法によっても行うことができる。いずれにしても、気密状態(すなわち、気相の無い反応系)で重合温度を制御する方法をとることにより、目標とする分子量、溶融粘度などの物性を有するポリマーを安定的に、かつ、再現性良く製造することができる。
【0038】
上記環状エステルの塊状開環重合をするに当り、水および/またはアルコールを開始剤または/及び分子量調節剤として含む環状エステルを、環状エステル中の全プロトン濃度を指標として用いて開環重合することが好ましい。
【0039】
このようなポリヒドロキシカルボン酸の製造法のより詳細は、例えばWO2005/035623A1公報、WO2005/044894A1公報およびPCT/JP2007/0051401号出願の明細書に記載されており、これら文献の記載は、参照により本願明細書に包含するものとする。
【実施例】
【0040】
以下、本発明のヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法を実施例(実験例)により、更に具体的に説明する。
【0041】
なお下記実施例におけるGAおよび不純物としてのdi−GA組成は、下記測定方法によるものであり、GA回収収率計算もその結果に基づいて行っている。
【0042】
<GA(およびGA二量体)、di−GA、メトキシ酢酸、蟻酸の定量方法>
分析機械:HPLC(高速液体クロマトグラフィー)装置((株)島津製作所製「SCL−6B」)
検出器:UV(波長210nm)
カラム:GL Science社製Inertsil ODS−3Vを2本直列接続
カラム温度:40℃
溶離液:リン酸26.6g、リン酸二水素アンモニウム11.5gを純水1Lに溶解させた溶液
流速:0.7ml/分
サンプル1gを精秤し、水酸化ナトリウム0.6gを添加した後、純水20mlに溶解し室温で30分間放置する。30分経過したら、塩酸を1ml添加して酸性に調整したのち50mlにメスアップし、その溶液を20μl HPLCに注入する。それぞれの標準物質も同様に調整して検量線を作成し、エリア比から各成分の濃度を算出する。(なお、上記分析法によれば、GA二量体は、水酸化ナトリウムにより加水分解されてGAの一部として測定される。)
<Na,Ca,Mg等の金属の定量>
ICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分析法による。より具体的には、試料1gに、濃硫酸3mlおよび硝酸5mlを加え、試料を湿式分解後、その溶液をICP発光分析して、定量する。
【0043】
<SO,NHの定量>
試料溶液について、下記の条件でイオンクロマトグラフィーにより測定した:
装置:SOはダイオネクス社製「DX−320J」、
NHはダイオネクス社製「DX−500」
カラム:SOは「AS−11」、NHは「CS−12A」
測定温度:SOは35℃、NHは室温
溶離液:SOは10mM−NaOH,NHは20mM−メタンスルホン酸
流量:1.0ml/分、
注入量:25μl
検出:電気伝導度測定。
【0044】
(実施例)
図1に概要を示す装置を用いて蒸留実験を行った。
【0045】
原料として、GA(およびその二量体)66.32%および不純物としてdi−GA0.93%(更にはメトキシ酢酸2.90%、蟻酸0.96%、NH23ppm、Na6ppm,Ca14ppm,Mg5ppm,SO74ppm)を含む工業用グレードGA水溶液(DuPont社製)200gおよび高沸点ヒドロキシ化合物として、ポリオキシエチレン−2−エチルヘキシルエーテル(日本乳化剤(株)製「ニューコール1006」;沸点300℃以上)200gを内容積約0.5リットルの蒸発缶(蒸留缶)に初期の母液として仕込み、絶対圧3kPaの減圧下で140℃まで加熱して、初留分81.2gをカット(除去)した。次いで、別途、原料槽中に用意した上記原料GA水溶液を水で稀釈して、濃度GA(およびその二量体)25.73%および不純物としてdi−GA0.35%(更にはメトキシ酢酸1.11%、蟻酸0.37%、NH9ppm、Na2ppm,Ca5ppm,Mg2ppm,SO28ppm)としたフィード液のほぼ一定流量でのフィードを開始した。その後フィード液量と、留出液量が同量になるように蒸発缶への入熱量を制御しながら、27時間の蒸留運転を行い、計687.9gのフィードを行った。缶内母液温度はフィード開始時に141.8℃、27時間後は143.4℃であった。
【0046】
27時間運転後においても母液は固化することなく、蒸留の継続が可能であった。
【0047】
初留分81.2g中のGA濃度は6.57%、不純物は検出されなかった。
【0048】
初留分カット後の留出液量は748.4gであり、GA(およびその二量体)27.66%および不純物としてdi−GA0.03%(更にはメトキシ酢酸0.40%、蟻酸0.35%、NH3ppm、Na,Ca,Mg,SOはいずれも検出されず)を含むものであった。また、初留分も含めた蒸留によるGA収率(=(留出GA量)/(初期仕込みGA+フィードGA)=(81.2×0.0657+748.4×0.2766)/(200×0.6632+687.9×0.2537)=0.6913)は69.13%であった。すなわち回収率約70%まで高めても、不純物濃度は低く、特にdi−GA濃度は0.03%(GAの0.11%)と低く抑えられており、フィード液中濃度(GAの1.40%)と比べて顕著な精製効果が認められる。
【0049】
(比較例)
図1の装置中の全縮器を分縮器として用い、更に後段に蒸発水凝縮用の全縮器を置くように改造した装置を用い、高沸点ヒドロキシ化合物を使用することなく、フィード液の水稀釈度を上げる以外は、上記実施例と同様に蒸留実験を行った。
【0050】
すなわち、原料として、上記実施例と同じ工業用グレードGA水溶液(DuPont社製)400gのみを内容積約0.5リットルの蒸発缶(蒸留缶)に初期の母液として仕込み、絶対圧3kPaの減圧下で140℃まで加熱した。次いで、缶内圧力を常圧に戻し、別途、原料槽中に用意した上記原料GA水溶液を水で稀釈して、濃度GA(およびその二量体)4.00%および不純物としてdi−GA0.05%(更にはメトキシ酢酸0.17%、蟻酸0.06%、NH1ppm、Na,CaおよびMgは検出されず、SOは4ppm)としたフィード液のほぼ一定流量でのフィードを開始した。その後フィード液量と、留出液量が同量になるように蒸発缶への入熱量を制御しながら、25時間の蒸留運転を行い、計3403.6gのフィードを行った。缶内母液温度はフィード開始時に139℃、25時間後は140℃であった。
【0051】
25時間運転後においても母液は固化することなく、蒸留の継続が可能であった。
【0052】
分縮により回収した留出液量は578.7gであり、GA(およびその二量体)31.15%および不純物としてdi−GA0.03%(更にはメトキシ酢酸0.35%、蟻酸0.36%、NH4ppm、Na,Ca,Mg,SOはいずれも検出されず)を含むものであった。蒸留によるGA収率(=(留出GA量)/(初期仕込みGA+フィードGA)=(578.7×0.3115)/(400×0.6632+3403.6×0.04)=0.4491)は44.91%であった。すなわち、不純物di−GA濃度は0.03%(GAの0.10%)と低く抑えられており、フィード液中濃度(GAの1.40%)と比べて顕著な精製効果が認められるが、GA収率は低く、蒸留操作の継続は可能なものの、大量の蒸発水の処理が必要となった。
【0053】
上記常圧条件での蒸留によっては、GAの蒸発速度が遅く、濃度が低いと考えられたため、実施例と同様に3kPaでの減圧、蒸留を試みたが母液中に水を保持することができず、母液が重縮合により固化して、蒸留の継続は不能となった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
上記実施例(実験例)の結果からも分る通り、本発明によれば、その熱重縮合性の故に蒸留の適用が困難であった工業グレードヒドロキシカルボン酸(水溶液)からのヒドロキシカルボン酸の精製において、蒸留母液中に高沸点ヒドロキシ化合物を含ませて、ヒドロキシカルボン酸の重縮合を抑制することにより、安定な蒸留系によるヒドロキシカルボン酸の精製が可能になった。また本発明によれば、このようにして精製されたヒドロキシカルボン酸を原料として使用する環状エステルの製造方法ならびにポリヒドロキシカルボン酸の製造方法が提供される。また、本発明法により精製されたグリコール酸等のヒドロキシカルボン酸は、ポリヒドロキシカルボン酸の製造原料以外にも、同等以下の純度で充分な他の化学合成品の原料に用いられるほか、必要な場合には、より高純度のヒドロキシカルボン酸を得るための精製方法、例えば1パスとしての収率は低いが、特許文献1または2の晶析法、の原料としても用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明のヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法の実施例(比較例)に使用した装置の概略図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシカルボン酸よりも高い沸点を有するアルコールおよびフェノールの少なくとも一種からなる高沸点ヒドロキシ化合物を含む、ヒドロキシカルボン酸溶液を蒸留することを特徴とするヒドロキシカルボン酸の蒸留精製方法。
【請求項2】
ヒドロキシカルボン酸溶液がヒドロキシカルボン酸の水混和溶液である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ヒドロキシカルボン酸溶液中のヒドロキシカルボン酸と高沸点ヒドロキシ化合物の合計OH量に対する高沸点ヒドロキシ化合物OH量が0.5〜50%である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
沸点が170℃を超える高沸点ヒドロキシ化合物を用いる請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ヒドロキシカルボン酸がグリコール酸である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5の方法により精製したヒドロキシカルボン酸を重縮合によってオリゴマー化した後、該オリゴマーを極性有機溶媒との混合下に解重合して二量体環状エステルを得ることを特徴とする環状エステルの製造方法。
【請求項7】
オリゴマーの解重合が、極性有機溶媒および高沸点ヒドロキシ化合物との混合下に行われる請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
ヒドロキシカルボン酸がグリコール酸であり、環状エステルがグリコリドである請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の方法により製造された環状エステルを開環重合することを特徴とするポリヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項10】
環状エステルがグリコリドであり、ポリグリコール酸を製造する請求項9に記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−56654(P2008−56654A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−25282(P2007−25282)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】