説明

フッ素ガス生成装置、ガス生成用炭素電極

【課題】電流密度の低下をより確実に抑制できる技術を提供すること。
【解決手段】炭素電極10は炭素基材20と、ダイヤモンド層30とを含んでいる。ダイヤモンド層30は、ダイヤモンド種結晶31と、このダイヤモンド種結晶31から成長するとともに炭素基材20表面を被覆する成長層32とを含んで構成される。成長層32は、ダイヤモンド種結晶31の下方に、ダイヤモンド種結晶31から成長し、炭素基材20と接する成長領域321を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素ガス生成装置、ガス生成用炭素電極に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置などのクリーニングガスとして、活性の高いフッ素ガスが用いられている。
また、フッ素ガスは、温暖化係数が低く、オゾン層破壊への影響も低いため、環境に優しいガスとしても注目されている。
【0003】
電気分解によりフッ素ガスを生成するにあたっては、電解液をフッ化水素とし、また耐食性の観点から電極には炭素電極が用いられている。しかしながら、炭素電極を用いてフッ化水素を電解すると、フッ素ラジカルと炭素とが反応して形成されたフッ化グラファイトにより、電解液との濡れ性の低下や、導電性の低下により、電流密度が低下するという課題がある。
【0004】
かかる課題を解決するため、炭素電極の基材表面に化学的安定性の高い導電性のダイヤモンド層を形成して、電解による劣化を抑制する技術が提案されている。この種の技術に関し、特許文献1には、導電性の炭素材料の表面に、導電性ダイヤモンド触媒及び導電性基材表面の露出部分に形成された電気化学的に不活性なフッ化炭素を含んでなることを特徴とする導電性ダイヤモンド電極が記載されている。
【0005】
また、特許文献2,3には、所定の表面粗さの導電性の基材の表面に、導電性のダイヤモンド層を形成した電極が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許4535822号
【特許文献2】特開2009−001877号公報
【特許文献3】特開2007−039742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ダイヤモンド層が炭素基材から剥離した場合には、炭素基材とダイヤモンド層との間の電導性が低下して、ダイヤモンド層に供給される電流密度が低下する。また、ダイヤモンド層から露出した炭素基材がフッ素ラジカルと接触することにより、炭素基材自体における電流密度が低下する。このため、ガス生成用炭素電極の表面にダイヤモンド層を形成する場合には、炭素基材に対し密着性の高いダイヤモンド層を形成して、電解液と炭素基材とを良好に分離することが強く望まれている。
しかしながら、特許文献1に開示された方法では、このような要求にこたえることが難しい。
さらに、特許文献2,3のように、基材とダイヤモンド層の密着性を向上させるため基材の表面を研磨し、基材表面を粗面化処理するなどの工夫をしても、必ずしも、ダイヤモンド層を基材に良好に密着させて形成することができない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、電流密度の低下をより確実に抑制できる技術を提供するものである。
すなわち、本発明によれば、
炭素材料を含んで構成された炭素基材およびこの炭素基材上に設けられた導電性のダイヤモンド層を備えるガス生成用炭素電極と、
前記ガス生成用炭素電極に電流を供給する給電手段とを備え、
前記ダイヤモンド層に接して供給されたフッ素系の電解液を電気分解して前記ガス生成用炭素電極でフッ素ガスを生成するフッ素ガス生成装置であって、
前記導電性のダイヤモンド層は、ダイヤモンド種結晶と、このダイヤモンド種結晶から成長するとともに前記炭素基材表面を被覆する成長層とを含んで構成され、
前記成長層は、前記ダイヤモンド種結晶から成長するとともに、前記ダイヤモンド種結晶の下方に位置した成長領域を含み、
前記成長領域は、直接、または、当該ダイヤモンド層とは異なる介在層を介して前記炭素基材に接するフッ素ガス生成装置が提供される。
【0009】
この発明によれば、ダイヤモンド種結晶から成長した成長層は、前記ダイヤモンド種結晶の下方に位置する成長領域を有している。そして、この成長領域は、炭素基材に直接、あるいは、介在層を介して接している。このような構成を採用することで、ダイヤモンド層が炭素基材から剥離しにくくなり、電流密度の低下をより確実に抑制できる。
【0010】
また、本発明によれば、上記フッ素ガス生成装置に使用されるガス生成用炭素電極も提供できる。
すなわち、本発明によれば、炭素材料を含んで構成された炭素基材およびこの炭素基材上に設けられた導電性のダイヤモンド層を備えるガス生成用炭素電極であって、
前記導電性のダイヤモンド層は、ダイヤモンド種結晶と、このダイヤモンド種結晶から
成長するとともに前記炭素基材表面を被覆する成長層とを含んで構成され、
前記成長層は、前記ダイヤモンド種結晶から成長するとともに、前記ダイヤモンド種結晶の下方に位置した成長領域を含み、
前記成長領域は、直接、または、当該ダイヤモンド層とは異なる介在層を介して前記炭素基材に接するガス生成用炭素電極も提供できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高い密着性でダイヤモンド層を表面に形成したガス生成用炭素電極が提供される。このため、かかる電極を用いて電解液の電気分解を行う本発明のフッ素ガス生成装置によれば、ダイヤモンド層の剥離に起因する電流密度の低下が防止される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態にかかる炭素電極の平面模式図である。
【図2】(a)は図1のII−II線断面図であり、(b)は同図(a)にて円Bで囲繞した領域の拡大図である。
【図3】ダイヤモンド層と炭素基材との界面付近の領域を模式的に示す図である。
【図4】ダイヤモンド層の成長工程を示す図である。
【図5】(a)は、炭素基材の主面の穴加工部に形成された凹穴の一つの近傍を模式的に示す平面図であり、(b)はその変形例である。
【図6】第一実施形態にかかるフッ素ガス生成装置の構成を示す模式図である。
【図7】第二実施形態にかかるフッ素ガス生成装置に用いられる電解セルの分解斜視図である。
【図8】第二実施形態にかかるフッ素ガス生成装置を模式的に示す斜視図である。
【図9】変形例にかかる炭素電極を模式的に示す平面図である。
【図10】実施例1による炭素基材とダイヤモンド層界面をTEMで観察した図である。
【図11】実施例1による炭素基材とダイヤモンド層界面をSTEM−HAADF(high-angle annular dark-field)で観察した図である。
【図12】実施例1による炭素基材とダイヤモンド層界面をSTEM−BF(Bright-field)および、STEM−HAADFで観察した図である。
【図13】実施例1による通電結果を表す図である。
【図14】比較例2による炭素基材とダイヤモンド層界面をTEMで観察した図である。
【図15】比較例2による通電結果を表す図である。
【図16】実施例1による炭素基材とダイヤモンド層界面をTEMで観察した図とダイヤモンドと炭素基材界面をEELSによりπエッジ(284eV)のライン分析した図である。
【図17】炭素電極の第二の形態を示す断面図である。
【図18】炭素電極の第二の形態の製造工程を示す断面図である。
【図19】実施例2による炭素基材とダイヤモンド層界面をTEMで観察した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、すべての図面において、同様な構成要素には同一符号を付し、その詳細な説明は重複しないように適宜省略される。
【0014】
<ガス生成用炭素電極>
(第一の形態)
はじめに、本実施形態のフッ素ガス生成装置に用いられるガス生成用炭素電極(以下、炭素電極と略記する場合がある)について説明する。
【0015】
図1は、本実施形態の炭素電極10の平面模式図である。
図2(a)は、図1のII−II線断面図である。図2(b)は、同図(a)にて円Bで囲繞した領域の拡大図である。
【0016】
本実施形態の炭素電極10は、フッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成するための電極である。また、炭素電極10は、炭素材料からなり複数の凹穴24が主面21に形成された炭素基材20と、凹穴24が形成された主面21から凹穴24の内壁面25の少なくとも一部の深さ位置に亘って炭素基材20の表面に形成された導電性のダイヤモンド層30と、を含んでいる。
ダイヤモンド層30は、図3(a)、(b)に示すように、ダイヤモンド種結晶31と、このダイヤモンド種結晶31から成長するとともに炭素基材20表面を被覆する成長層32とを含んで構成される。成長層32は、ダイヤモンド種結晶31の下方に、ダイヤモンド種結晶31から成長し、炭素基材20と接する成長領域321を含む。
なお、本実施形態では、炭素基材20に凹穴24が形成されているとしたが、これに限らず、凹穴24は形成されていなくてもよい。
【0017】
図1、2に示すように、炭素電極10は平面視形状が略矩形を為している。また、炭素電極10は、フィルム状または板状をなしている。
【0018】
本実施形態では、炭素基材20の主面21の中央には、多数の凹穴24が設けられている。
以下、炭素基材20の主面21の中央に凹穴24を設けた場合について、詳細に述べる。
凹穴24が配置された領域(穴加工部26)は略矩形である。穴加工部26は炭素基材20の主面21において凹穴24を包含する仮想領域である。
主面21のうち、穴加工部26の周縁には、凹穴24が形成されていない帯状領域27が設けられている。帯状領域27は、後述するフッ素ガス生成装置100の電解セルにおいて、ガスケット70(図7を参照)で押圧される平坦な保持領域である。
【0019】
凹穴24の配置パターンは、千鳥状、格子状、斜格子状、ランダム配置など、いずれでもよい。
また、個々の凹穴24の開口形状は特に限定されず、円形や楕円形、正方形を含む矩形、多角形、またはスリット状でもよく、後述するように星形多角形でもよい。
【0020】
本実施形態の凹穴24は、開口幅を1μm以上1000μm以下とする止まり穴であってもよく、または貫通孔であってもよい。このうち本実施形態の炭素電極10においては、凹穴24は炭素基材20を厚さ方向に貫通する貫通孔である(図2を参照)。
ここで、凹穴24の開口幅を1μm以上とすることで、凹穴24の内壁面25上にダイヤモンド層30を十分な厚さで形成することができる。また、凹穴24の開口幅は、より好ましくは500μm以下、さらに好ましくは300μm以下とすることができる。
【0021】
ここで、凹穴24の開口幅とは、以下を意味する。
凹穴24が非貫通孔の場合、凹穴24の開口幅とは、主面21における凹穴24の開口に関する外接円の直径である。
凹穴24が貫通孔の場合、凹穴24の開口幅とは、主面21または22における凹穴24の開口に関する外接円のうち、より小さい方の直径である。
【0022】
互いに隣接する凹穴24が貫通孔である場合、凹穴24の近接縁同士の距離は、3mm以下であることが好ましい。これにより、上記範囲の開口幅の凹穴24によってダイヤモンド層30上で発生したガスを速やかに凹穴24に導き、背面に排出させることが可能となる。また、凹穴24の近接縁同士の距離とは、開口幅を規定する上記の外接円の最短距離をいう。凹穴24の近接縁同士の距離の下限値は特に限定されないが、炭素電極10の加工性から、凹穴24の開口幅の0.2倍程度を下限とするとよい。
凹穴24が止まり穴の場合は、凹穴24の近接縁同士の距離は、特に限定されない。
【0023】
ここで、本実施形態の炭素電極10においては、凹穴24が、主面21から裏面(主面22)側に向かって拡径している。すなわち、凹穴24の内壁面25はテーパー状である。
言い換えると、本実施形態の炭素電極10は、図2(b)に示すように、主面22における凹穴24の開口径Dよりも、主面21における開口径Dの方が小さい。したがって、本実施形態において凹穴24の開口幅とは、開口径Dを意味する。
【0024】
本実施形態の炭素電極10は、ダイヤモンド層30が形成された主面21から、反対の主面22に向かって凹穴24が拡径することにより、主面21における凹穴24の周縁29が三次元的に鋭角に屈曲している。
これにより、内壁面25に形成されたダイヤモンド層30は、電解液と接する主面21の側への引き抜きが防止されるため、ダイヤモンド層30の剥離が低減される。
【0025】
凹穴24のテーパー比率(開口径D/開口径D)は特に限定されないが、1倍より大きく、3倍以下とするとよい。
【0026】
ダイヤモンド層30は、炭素基材20の主面21を被覆して形成されている。ダイヤモンド層30は、主面21のうち、少なくとも穴加工部26の全体を覆う領域に形成されている。好ましくは、ダイヤモンド層30は炭素基材20の主面21の全体を覆って形成されている。
【0027】
本実施形態の炭素電極10は、ダイヤモンド層30が設けられた一方の主面21にのみ電解液が接触する。他方(図2(a)における上側)の主面22は気相に接して用いられ、電解液とは接触しない。このため、当該他方側の主面22にダイヤモンド層30を形成するか否かは任意である。
【0028】
ダイヤモンド層30は、凹穴24が形成された主面21から凹穴24の内壁面25の少なくとも一部の深さ位置に亘って形成されている。ここで、ダイヤモンド層30が主面21から凹穴24の内壁面25に亘るとは、主面21と内壁面25に一連のダイヤモンド層30が形成されていることをいう。ただし、多数の凹穴24の総てに対してダイヤモンド層30が一体に形成されていることを必ずしも要するものではない。
【0029】
本実施形態の凹穴24は貫通孔であり、ダイヤモンド層30は内壁面25の全体に被着形成されている。ただし、ダイヤモンド層30は、内壁面25のうち、主面21側の一部にのみ形成されていてもよい。言い換えると、凹穴24の内壁面25は、主面22の側において炭素基材20が露出していてもよい。
【0030】
なぜならば、電解液は、凹穴24が非貫通孔である場合のみならず、貫通孔である場合も、後述するように電解液の総圧がヤング・ラプラス圧力未満の場合、凹穴24を通過しないためである。本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、かかる条件を満足して電気分解を行うものである。したがって、ダイヤモンド層30が内壁面25の全体を被覆していなくとも、主面21側の所定深さまで少なくとも形成されていれば、電解液と炭素基材20との接触が防止される。
凹穴24が非貫通孔である場合、凹穴24の内部に残留した雰囲気ガスまたは電気分解により生成したガスにより、電解液が凹穴24に浸入することがさらに妨げられる。このため、凹穴24が非貫通孔の場合も、ダイヤモンド層30は凹穴24の内壁面25の全体を被覆することは必ずしも必要ではなく、主面21側の所定深さまで形成されていれば足りる。
【0031】
また、上記所定の深さとしては、ダイヤモンド層30の剥離強度を十分に得る観点から、ダイヤモンド層30の厚さの5倍以上が好ましく、10倍以上がより好ましい。
【0032】
ここで、ダイヤモンド層30の構成について詳細に説明する。図3(a)、(b)にダイヤモンド層30の一部を模式的に示した断面図を示す。図3は、図2のCの部分の拡大断面図である。ただし、図2の凹穴24内部の断面図も同様の構成である。図3(a)、(b)に示すように、ダイヤモンド層30は、複数のダイヤモンド種結晶(以下種結晶という)31と、この複数の種結晶31から成長し、炭素基材20を被覆する成長層32とを有する。
種結晶31は、複数のダイヤモンド粒子が凝集した凝集体である。種結晶31を構成するダイヤモンド粒子は、爆轟法により合成される一次粒子の径が4nm以上、6nm以下であることが好ましく、この一次粒子が数百から数千個凝集したいわゆるクラスターダイヤモンドであることが好ましい。
このように、一次粒子径が非常に小さいダイヤモンド粒子が凝集した多結晶の種結晶31を使用することで特定の配向を持たずにダイヤモンド層30の初期成長を促進するという効果がある。
粒径は、以下のようにして計測できる。
ダイヤモンド粒子の一次粒径は、透過型電子顕微鏡(TEM)による直接観察か、少角散乱法により測定することができる。凝集体である多結晶の種結晶31の平均粒径は、20nm〜200nmであることが好ましく、特に50nm〜150nmの平均粒径の凝集体が好ましい。種結晶31の平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM)により、20〜30個観察を行い、平均値を算出する。
種結晶31の平均粒径を20nm以上、特に50nm以上とすることで、成長領域321を確実に形成することができる。一方で、種結晶31の平均粒径を200nm以下とすることで、種結晶31の配置間隔を適度なものとすることができる効果がある。また、種結晶31の平均粒径を200nm以下と小さくすることで、核発生密度が向上しやすくなり、炭素基材20のエッチングが大きく進行しない段階で、ダイヤモンドが膜上に成長することとなり、炭素基材20と成長領域321とが接触した構造を形成しやすくすることができる。なお、これは第二の形態においても同様であり、成長領域321と、炭素基材20とが後述する介在層4を介して接触した構造が形成しやすくなる。
【0033】
成長層32は、各種結晶31から成長した結晶が合体して構成されたものであり、多結晶層である。この成長層32は、種結晶31から成長し、種結晶31の下方に位置する成長領域321を有する。この成長領域321は、炭素基材20表面に直接接している。隣接する種結晶31から成長した成長領域321同士は合体しており、成長領域321同士が合体した部分の下方には、わずかな隙間Sが形成されている。
本実施形態では、種結晶31のみならず、成長領域321が炭素基材20表面に接触することで、ダイヤモンド層30と炭素基材20との接触面積を大きく確保することができ、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を向上できる。
また、成長領域321が炭素基材20と直接接触した場合、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性が非常に強いものとなる。この理由については明らかになっていないが、以下のように推測できる。炭素基材20の最表面は大気にさらされているため酸素あるいはOH等により終端されており、化学的な活性度は低くこのままの状態では、ダイヤモンドと化学的に強固な結合をすることは望めない。本実施形態においては、炭素基材20を強力にエッチングする(後述)ことで最表面の終端構造を完全にクリーニングし化学的に活性なダングリングボンドを露出させることができる。これに加え、エッチングにより、種結晶31の無い部分は深くエッチングされスプーンカット状の凹凸面を形成する。すなわち多結晶の種結晶31から上方だけでなく下方にもダイヤモンドが成長することで、ダイヤモンド成長面のダングリングボンドと炭素基材側のダングリングボンドが化学的に結合するとともに、凹凸面の形成に伴うメカニカルアンカリング効果との相乗効果により密着性が向上すると考えられる。これにより、炭素電極10を、フッ素ガス生成装置に用いた際の電流密度の低下をより確実に抑制できる。
ダイヤモンド(sp3結合)とグラファイト基板(sp2結合)との結合界面は、断面TEM・EELS観察から数nmの非晶質構造の中間層の形成が示された。EELSとは、電子エネルギー損失分光法のことであり、エネルギー損失スペクトルを観察することで、ダイヤモンド(sp3結合)とグラファイト(sp2結合)を識別することが可能である。ダイヤモンドをEELS観測すると、σ結合に対応するσエッジが291eVに観測される。一方、アモルファスカーボンは、σ結合に対応するσエッジと、π結合に対応するπエッジが284eVに観測される。ダイヤモンドとグラファイト基板の界面を、πエッジ(284eV)のライン分析をしたところ、中間の強度を示す非晶質構造の中間層の形成が認められた(図16参照)。
なお、従来の電極においては、ダイヤモンド種結晶よりも下方に位置する領域に、ダイヤモンドの成長領域は形成されていなかった。
また、種結晶31の配置密度は、1.0×10個/cm以上、1.0×1010個/cm以下であることが好ましい。種結晶の配置密度を1.0×10個/cm以上とすることで、成長領域321と炭素基材20とが接触した領域を多く確保することができ、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を高めることができる。
一方で、種結晶31の配置密度を1.0×1010個/cm以下とすることで、メカニカルアンカリング効果が期待できる。
【0034】
さらに、図3(b)に示すように、炭素基材20表面には凹凸が形成されており、この凹凸の凸部212上に種結晶31が配置されている。そして、成長領域321は、凸部212の周囲を取り囲み、凸部212の側面に直接接触している。また、種結晶31が載置された凸部212に隣接した凹部211の底部に直接接触している。すなわち、凹部211の側面(凸部212の側面)から底面にかけて成長領域321が炭素基材20に接しているといえる。この種結晶31の配置は、次の様なメカニズムにより形成されると推測される。種結晶31はダイヤモンドであり、基材20はアモルファスカーボンである。ダイヤモンド層30を形成の際に発生する水素ラジカルに対するエッチング耐性は、ダイヤモンドの方がアモルファスカーボンに比べ格段に高いため、種結晶30下部に位置する炭素基材20は水素ラジカルに対するエッチングを受けにくくなる。一方、種結晶31に保護されていない炭素基材20は、水素ラジカルによるエッチングを受けやすい。その結果、種結晶31は、炭素基材20の凸部212に配置されることになる。種結晶31から成長したダイヤモンドは、やがて炭素基材20全体に広がり、炭素基材20の水素ラジカルのエッチングから保護されることになり、ダイヤモンド層30が安定して成長することになる。
成長領域321が凸部212の周囲を取り囲み、凸部212の側面に直接接触することで、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性が高まることとなる。
【0035】
さらに、隣り合った一対の凸部212それぞれに配置された各種結晶31から、成長領域321が成長している。そして、成長領域321同士は、前記一対の凸部212間に位置する凹部211内で合体している。これにより、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を高めることができる。
なお、図3(b)は凸部212の部分を通る断面図であり、図3(a)は凸部212を通らない部分の断面図である。
ここで、集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極10を厚み方向に沿って切断した断面において、炭素基材20の主面21とダイヤモンド層30との界面(炭素基材20の主面21とダイヤモンド層30とが対向した境界領域)のうち、ダイヤモンド層30と炭素基材20とが隙間なく密着している部分の長さが、界面全体(境界領域全体)の長さの40%以上であることとが好ましい。
これにより、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を高めることができる。なかでもダイヤモンド層30と前記炭素基材20が隙間なく密着している部分の長さが、界面全体の長さの60%以上であることが好ましい。また、上限値は特に制限されないが、炭素基材20とダイヤモンド層30の熱膨張係数の違いから生じる応力緩和による剥離防止の観点から、95%以下がこのましい。
ここで、ダイヤモンド層30と炭素基材20が隙間なく密着している部分の長さを計測する際には、切片を透過型電子顕微鏡で15,000倍に拡大して観察する。
また、ダイヤモンド層30と炭素基材20との間に隙間があるかどうかは、透過型電子顕微鏡で15,000倍に拡大して観察した際に、隙間が確認できるかどうかで判断することができる。また、ダイヤモンド層30を形成後、炭素基材20を小さく折損したときに、ダイヤモンド層30が炭素基材20から剥離することがないことで、前記隙間がないと確認できる。
【0036】
また、成長層32は、種結晶31から成長し、ダイヤモンド種結晶31の側方、および上方に成長した第二の成長領域322も有している。すなわち、種結晶31からは、放射状にダイヤモンドが成長し、成長層32が形成されている。
ここで、前述したように、種結晶31は、複数のダイヤモンド粒子の凝集体である。また、成長層32は、各種結晶31から成長した結晶が合体して構成されたものである。そのため、種結晶31におけるダイヤモンドの密度は、成長層32におけるダイヤモンドの密度よりも小さい。
【0037】
ダイヤモンド層30の厚さ(成長領域321が炭素基材20と接した箇所から、ダイヤモンド層30の最表面(炭素基材20と反対側の面)までの距離)は、1μm以上20μm以下が好ましい。
そして、ダイヤモンド層30の厚さは、凹穴24の開口幅の二分の一よりも小さい。これにより、凹穴24がダイヤモンド層30によって完全に埋まって消失してしまうことがない。
【0038】
次に、図1,2を参照して炭素基材20について説明する。
炭素基材20は、導電性の基材である。炭素基材20を構成する炭素材料は、非晶質炭素が好ましく、ガラス状炭素材がより好ましい。非晶質炭素のうち、レーザーラマン法のラマンスペクトルにおいて、G1バンドの半値幅が40[cm−1]以上100[cm−1]以下であることが好ましい。また、X線回折(XRD)により、22°〜27°付近に測定される黒鉛の002面に対応するピークの半値幅が1.0°以上15.0°以下であることが好ましい。
かかる炭素材料を用いることにより、電極表面で生成したガスが速やかに電極表面から除去されるので、長時間に亘って電気分解を効率よく行うことができる。特に、電解液が、フッ化水素を含む溶融塩である場合の陽極として炭素電極10を用いた場合には、フッ素ガスと炭素との反応が抑えられる。これにより、新たな電解液が電極表面に供給されるため、効率よく電気分解を行うことができる。また、フッ化炭素(CF)等の副生成物の生成も抑えることができる。
【0039】
炭素基材20は、有機樹脂に凹穴24を形成することにより得られる。その製造方法は特に限定されないが、大別して、平坦な有機樹脂の膜に後加工で凹穴24を形成する方法と、凹穴24を予め備えた形状に炭素基材20を成形する方法とがある。
【0040】
有機樹脂としては、ポリイミド樹脂、感光性ポリイミド樹脂、アラミド樹脂、アクリロニトリル樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、フェノール樹脂、フルフリルアルコール樹脂、フラン樹脂、ポリパラフェニレンビニレン樹脂、ポリオキサジアゾール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂等のいずれか1種以上を用いることができる。これらの有機樹脂を焼成して炭素基材20を作成する。本実施形態においては、窒素原子を含む芳香族系樹脂を用いることが好ましい。このような樹脂としては、芳香族ポリイミド樹脂またはアラミド樹脂等を挙げることができる。窒素原子を含むことにより、焼成過程において炭化焼成が迅速に進むため好ましい。
【0041】
後加工としては、機械加工、エッチング、サンドブラスト加工またはレーザー加工を挙げることができる。
【0042】
機械加工により凹穴24を複数形成するには、板状またはフィルム状の有機樹脂膜の厚さ方向に、ドリル、プレス加工、マイクロインプリント等の方法により穴開け加工を施すことができる。
エッチングにより凹穴24を形成するには、板状またはフィルム状の有機樹脂膜の一方または両方の表面にフォトレジスト膜を形成した後に、通常のエッチング方法により有機樹脂膜に凹穴24を形成するとよい。エッチング方法としては、ドライエッチングまたはウェットエッチングの何れの方法も用いることができる。
レーザー加工により凹穴24を形成するには、エキシマレーザー等を用いたレーザー加工により行うことができる。
【0043】
一方、射出成形により凹穴24を複数形成するには、所望の形状の金型内に流動性を有する有機樹脂材料を射出充填し、硬化させる。この方法によれば、凹穴24を所望の形状となるように調製することができる。なお、凹穴24の形成方法は上記に限定されるものではなく、また複数の手法を組み合わせてもよい。
【0044】
炭素基材20のうち、主面21における凹穴24の非形成領域(平坦部28)の算術平均粗さは、0.01μm以上0.50μm以下である。ここで、凹穴24の非形成領域とは、主面21における穴加工部26のうち、凹穴24以外の領域をいう。
【0045】
炭素基材20における平坦部28の算術平均粗さは、JISB0601:2001にて規定される粗さ曲線の算術平均高さ(Ra)として求められる。
【0046】
本実施形態の炭素電極10は、成長領域321と炭素基材20とが密着するとともに、凹穴24の周縁29においてダイヤモンド層30と炭素基材20との高い接合力が得られるため、たとえば、ダイヤモンド層30を成長させる工程や、種結晶30を配置する工程の前段において、平坦部28を研磨剤やエッチング液でエッチングする等の特別な粗面化は不要である。むしろ、主面21を上記の算術平均粗さとすることで、炭素基材20とダイヤモンド層30との間に微細な空隙が生じることがなく、ダイヤモンド層30と主面21とを良好に密着させることができる。
【0047】
図5(a)は、主面21の穴加工部26に形成された凹穴24の一つの近傍を模式的に示す平面図である。説明のため平坦部28に斜線を付している。図示のように、本実施形態の凹穴24の開口形状は星形多角形である。言い換えると、本実施形態の凹穴24は、略円形の周縁29に複数の凸部291が周方向に隣り合わせに、かつ凹穴24の径方向の外側に向けて突出して形成されている。隣接する凸部291同士の間には凹部292が形成されている。本実施形態の凹部292は凹穴24の内側に突出するコーナー部293を含んでいる。
【0048】
ただし、図5(b)に示すように、凹部292は平坦であってもよい。この場合、凸部291と凹部292との間にコーナー部293が形成されているとよい。
【0049】
本実施形態において凹穴24が星形多角形であるとは、円形(略円形を含む)領域の周囲に複数の凸部291が突出している形状をいい、少なくとも図5(a)と(b)の両方を含む。なお、隣接する凸部291同士の間隔、ならびに各凸部291の形状および寸法は特に限定されない。すなわち、図5各図に例示した互いに同一の形状および寸法の凸部291が円形領域の周囲に周期的に配列されている態様に限らず、凸部291の位置はランダムでもよく、また凸部291の突出形状や寸法が互いに相違してもよい。
なお、凸部291の個数は特に限定されないが、5〜30個が好ましい。
【0050】
本実施形態の凹穴24のように開口形状が星形多角形であることにより、円形または多角形の凹穴に比べて、ダイヤモンド層30の剥離の進展が周縁29で停止するため、ダイヤモンド層30の密着性を強固にすることができる。これは、凸部291およびコーナー部293という頂点数の多さに加え、周縁29のダイヤモンド層30が三次元的な複雑な湾曲形状となるためである。すなわち、ダイヤモンド層30は、凹穴24の内側からみて凸部291においては谷折りに湾曲し、逆にコーナー部293では山折りに湾曲する。このため、周縁29に対してダイヤモンド層30のアンカー性が高く、ダイヤモンド層30の密着性が高まるとともに、凹穴24の内壁面25または周縁29で局所的に発生した剥離の進展が良好に停止される。
【0051】
次に、炭素電極10の製造方法について説明する。
はじめに、図4(a)に示すように、炭素基材20を用意する。次に、炭素基材20の主面21上に種結晶31を離間配置する。ダイヤモンド粒子の凝集体をアセトン、エタノール等の溶媒に分散した分散溶液を炭素基材20上に塗布することで、炭素基材20上に種結晶31を離間配置することができる。
【0052】
塗布する方法としては、たとえば、ダイヤモンド粒子の凝集体をアセトン、エタノール等の溶媒に分散した分散溶液を炭素基材20上に滴下する方法や、前記分散溶液に炭素基材20を浸漬させる方法等がある。ダイヤモンド粒子は特に限定されないが、高温高圧法や、爆轟法で合成された、人工ダイヤモンドを用いても良い。
ダイヤモンド粒子と溶媒とを混合し前記分散溶液を作製するが、このとき、分散溶液に超音波をかけないことが好ましい。これにより、ダイヤモンド粒子の凝集体が分散した溶液とすることができる。
【0053】
従来は、ダイヤモンド粒子の凝集体ではなく、各ダイヤモンド粒子を種結晶として成長させることが想定されていたため、超音波をかけ凝集体が形成されてしまうことを抑制していた。たとえば、特許文献3においては、ダイヤモンドが分散した分散液に基材を接触させ、この状態で分散液に超音波をかけている。
これに対し、本実施形態では、ダイヤモンド粒子の凝集体で構成される種結晶31を炭素基材20上に配置するため、ダイヤモンド粒子が分散した分散液には、超音波をかけないことが好ましい。だだし、凝集体の直径が100nmを越える場合は超音波振動を付与した方が良い場合もある。
【0054】
種結晶31として、ダイヤモンド粒子の凝集体を使用することで、凝集体の各ダイヤモンド粒子がさまざまな方向に成長する。これにより、前述したような、種結晶31の下方に位置する成長領域321を有する成長層32を形成することが可能となると考えられる。
さらに、分散液を炭素基材20表面に塗布したのち、均一に塗り広げる事が肝要である。従来のダイヤモンド粒子を用いる傷つけ処理では、ダイヤモンド粒子をこすりつけることで破砕した微小ダイヤモンドを基板に埋め込むためにある程度の押付力を必要としていた。本方法においては、ダイヤモンド凝集体をエタノール等の揮発性の溶媒に分散させている。すなわち、基材20全面に均一に塗布したのち溶媒の蒸発により多結晶ダイヤモンド凝集体を種付けするものである。したがって、押付力は必要としないことに特徴がある。
なお、溶媒中にナノダイヤモンド一次粒子が分散しているナノダイヤモンド一次粒子分散体(ナノアマンド ナノ炭素研究所製等)を使用しても良い。ただし、この場合にも、ナノダイヤモンドは凝集し、種結晶31は凝集体となる。
【0055】
次に、種結晶31を成長させて、ダイヤモンド層30を形成する。
ダイヤモンド層30は、化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法で形成することができる。CVD法としては、高周波プラズマCVD法、マイクロ波プラズマCVD法や、熱フィラメントCVD法、を利用することができる。
CVD法によるダイヤモンド薄膜の形成プロセスは、炭化水素ガスを加熱した基材表面で熱分解し、熱力学的に安定なグラファイト系カーボンと準安定相としてのダイヤモンド状カーボンを析出させる工程と、水素を高周波、マイクロ波あるいは熱フィラメントなどで活性化し水素ラジカルを発生させ、グラファイト系カーボンを再度炭化水素とし、取り除く工程とからなる。
【0056】
基材に炭素材料を用いる場合、水素ラジカルは、基材の炭素も炭化水素とし、基材をエッチングすることが知られている。水素ラジカルの活性度が高すぎ、基材のエッチングが進行しすぎると、ダイヤモンド層30の形成を妨げたり、たとえダイヤモンド層30が形成されたとしても、炭素基材20とダイヤモンド層30の間の隙間が広くなりすぎ、密着性が劣り、剥離しやすくなったりする。反対に、水素ラジカルの活性度が低すぎると、炭化水素ガスの熱分解により生じたグラファイト系カーボンを取り除くことができず、純度の高いダイヤモンド層30を形成することができなくなる。基材に炭素材料を用いる場合は、ダイヤモンド状カーボンを析出させる工程と、グラファイト系カーボンを水素ラジカルにより取り除く工程のバランスが特に重要となる。
マイクロ波プラズマ法は、プラズマ電子温度が高く、水素ラジカルの活性度が低いため、炭素基材を過剰に損傷させることなく、ダイヤモンド層30を形成することに適しており、より好ましい方法である。
【0057】
ここで、マイクロ波プラズマ法による、炭素基材へのダイヤモンド層合成について記載する。まず、種結晶31が配置された炭素基材20をマイクロ波プラズマCVD装置内に設置し、炭素基材20を加熱する。その後、炭素源となるメタン、エタノール、アセトン等と、水素ガスとをCVD装置内に供給する。装置内圧力はたとえば、20Torr以上、300Torr以下とする。また、炭素基材20の表面温度は、赤外線温度計(以下IR温度計とも標記する)による測定値で1000℃以上、1350℃以下とすることが好ましい。ここで基材表面温度の設定に関して、本実施形態においては、炭素基材20のエッチングが期待できる温度設定が不可欠となる。
【0058】
本実施形態では、炭素基材20の表面温度は、従来よりも100℃程度高めに設定する。これにより、炭素基材20のエッチングによる凹凸の形成と種結晶31の成長を促進させて、前述したような、種結晶31の下方に位置する成長領域321を有する成長層32を形成することが可能となると考えられる。
そのため、炭素基材20の表面温度を従来よりも高くしても、炭素基材20とダイヤモンド層30との線膨脹係数差によるダイヤモンド層30の剥離が防止できるのである。
【0059】
次に、水素ガスから水素ラジカルを発生させるとともに、炭素基材20上にダイヤモンド層30を形成する。
図4(b)に示すように、水素ラジカルにより、炭素基材20表面に凹凸が形成される。炭素基材20には、種結晶31が配置されていたため、種結晶31が配置されていた領域が凸部212、種結晶31間の領域が凹部211となる。
【0060】
その後、図4(c)に示すように、種結晶31が成長し、成長層が形成される。種結晶31の側方、上方、下方に向かって種結晶31が成長し、成長領域321,322が形成されることとなる。
さらに、種結晶31を成長させることで、図3に示すような構造のダイヤモンド層30が形成されることとなる。
前述したように、本実施形態では、種結晶31の下方に向かって種結晶31が成長し、成長領域321が形成されている。種結晶31を構成するダイヤモンド粒子の粒子径、種結晶31自身の径、種結晶31を成長させる際の炭素基材20の温度、種結晶31を炭素基材20上に配置する際の配置方法等、種々の条件を最適化することで、はじめて、このような構造をとることができる。
【0061】
また、炭素材料にダイヤモンド層を形成する場合、種結晶31の配置密度を高めることは重要である。CVD法によりダイヤモンド層を合成する初期段階は、基材の炭素材料が剥き出しであり、水素ラジカルによるエッチングを受けやすい状態である。種結晶31の配置密度を高め、早い段階で炭素基材の全面をダイヤモンド層で覆うことができれば、水素ラジカルによるエッチングから防御することができるからである。
【0062】
ここで、種結晶31の下方に成長領域321が成長していることは、当該炭素電極10の切断面を観察することで確認することができる。
具体的には、束イオンビーム(FIB,Focused Ion Beam)法により作成した炭素電極10の切片を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することで確認することが出来る。さらには、高角度散乱暗視野法(HAADF-STEM: high-angle annular dark-field scanning transmission electron microscopy)により、より明確に確認することができる。高角度散乱暗視野法とは、走査透過電子顕微鏡法(STEM)の内、格子振動による熱散漫散乱によって高角度に非弾性散乱された電子を円環状の検出器で受け、この電子の積分強度をプローブ位置の関数として測定し、その強度を像として表示する手法である。像強度は原子番号のほぼ二乗に比例して強くなり、また、同一原子では比重が大きい方が強くなる。炭素電極10をFIBにより切片を切り出したものを、高角度散乱暗視野法により観察すると、ダイヤモンドは炭素基材より比重が大きいため、高い測定強度が得られる。図11,12に示した観察写真では、ダイヤモンド層は白く、炭素材は黒く表される。種結晶は、数nmから数10nmの微粒子の凝集体で表面はspを含む表面シェル層に覆われているため、成長層と比較して比重が軽いことから、高角度散乱暗視野法による観察では測定強度が低くなる。図11,12に示した観察写真では、種結晶は、ダイヤモンド層の中に、比較的黒い部分であるので明確に識別することが可能である。
【0063】
(第二の形態)
図17,18を参照して、ガス生成用炭素電極の第二の形態について説明する。
第一の形態では、ダイヤモンド層30の成長領域321が直接炭素基材20表面に接触していたが、第二の形態では、ダイヤモンド層30の成長領域321は、ダイヤモンド層30とは異なる組成物である介在層4に直接接触しており、この介在層4を介して炭素基材20表面に接触している。他の点は、第一の形態と同様である。
図17に示すように、凸部212上に種結晶31が配置されている。成長領域321は、凸部212の周囲を取り囲み、凸部212の周囲(側面)に介在層4を介して接触している。また、成長領域321は、種結晶31が載置された凸部212に隣接した凹部211の底部に対して、介在層4を介して接触している。すなわち、成長領域321は、凸部212側面から凹部212底面にかけて、介在層4を介して炭素基材20と接している。また、凹部211上では、隣接する凸部212から成長した成長領域321同士が合体しており、成長領域321は、介在層4を介して凹部211の底面に接触している。
本実施形態では、種結晶31のみならず、成長領域321が炭素基材20表面に介在層4を介して接触することで、ダイヤモンド層30と炭素基材20との接触面積を大きく確保することができ、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を向上できる。
成長領域321は、介在層4に対して密着している。
介在層4は、金属と炭素とを含み、炭素を主成分とする層である。この介在層4は導電性である。
介在層4に含まれる金属は、熱フィラメント法で成長層32を形成する際に使用するフィラメント素材、フィラメントを支持する金属あるいはセラミックス由来の金属であり、たとえば、タングステン、タンタル、モリブデン、チタンのいずれか1種以上の金属である。
なお、図17(b)は凸部212の部分を通る断面図であり、図17(a)は凸部212を通らない部分の断面図である。
ここで、集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極10を厚み方向
に沿って切断した断面において、炭素基材20の主面21と介在層4との界面(炭素基材20の主面21と介在層4とが対向した境界領域)のうち、介在層4と炭素基材20とが隙間なく密着している部分の長さが、界面全体(境界領域全体)の長さの40%以上であることとが好ましい。
これにより、ダイヤモンド層30は、介在層4を介して炭素基材20と接触しているため、ダイヤモンド層30と炭素基材20との密着性を高めることができる。なかでも介在層4と炭素基材20が隙間なく密着している部分の長さが、界面全体の長さの60%以上であることが好ましい。また、上限値は特に制限されないが、炭素基材20とダイヤモンド層30の熱膨張係数の違いから生じる応力緩和による剥離防止の観点から、95%以下がこのましい。計測方法は、第一の形態と同様である。
さらには、集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極10を厚み方向に沿って切断した断面において、介在層4とダイヤモンド層30(成長領域321)との界面(介在層4とダイヤモンド層30とが対向した境界領域)のうち、ダイヤモンド層30と介在層4とが隙間なく密着している部分の長さが、界面全体(境界領域全体)の長さの40%以上であることとが好ましい。
これにより、ダイヤモンド層30と介在層4との密着性を高めることができる。なかでもダイヤモンド層30と介在層4が隙間なく密着している部分の長さが、界面全体の長さの60%以上であることが好ましい。また、上限値は特に制限されないが、介在層4とダイヤモンド層30の熱膨張係数の違いから生じる応力緩和による剥離防止の観点から、95%以下がこのましい。計測方法は、第一の形態と同様である。
【0064】
次に炭素電極の製造方法について説明する。
本形態では、成長層32を熱フィラメントCVD法で形成する。他の点については、一の形態と同様であるため、説明を省略する。
前記第一の形態と同様に、種結晶31を炭素基材20上に配置する(図18(a))。
次に、種結晶31から成長層32を成長させるが、ここでは、熱フィラメントCVD法を用いる。この熱フィラメント法によるダイヤモンド合成では、2000℃〜2200℃程度に加熱されたフィラメントにより原料ガスであるメタンなどの炭素を含むガスが熱分解され、ダイヤモンドの前駆体であるCラジカルやCHラジカルが生成される。これらの前駆体の寿命(平均自由工程)は短く、雰囲気圧力にもよるがせいぜい10〜15mm程度である。一方で、フィラメントと炭素基材とがあまり近づきすぎると、炭素基材の温度が上がりすぎ、炭素基材のエッチングが進行しやすくなり好ましくない。すなわち、ダイヤモンドを効率よく合成させるためには、2000℃〜2200℃に加熱されたフィラメントから好ましくは3〜15mm、より好ましくは5〜10mmの距離に炭素基材を設置する必要がある。フィラメントは、通常熱フィラメント法に用いられる素材金属をもちいることができ、融点が2000℃以上であるタングステン、タンタル、モリブデン、タングステンカーバイド(WC)、タンタルカーバイド(TaC)のいずれか1種以上を選択することが出来る。
まず、種結晶31が配置された炭素基材20を、熱フィラメントCVD装置内にフィラメント直下好ましくは3〜15mm、より好ましくは5〜10mmの距離に設置する。その後、炭素源となるメタン、エタノール、アセトン等と、水素ガスとを熱フィラメントCVD装置内に供給し、フィラメントに電流を流し温度を上昇させる。このときフィラメントからの放射熱により炭素基材が加熱されるが、炭素基材の設置台直下に設置した温度計の温度が600℃〜700℃になるよう制御する。フィラメントの輻射熱だけで炭素基材の温度を上述の範囲に保つために、コイル状に設置するフィラメントの本数や、線径や巻き数(ピッチ)を適宜調整しても良い。
均一なダイヤモンド層を得るため、炭素基材設置台を回転させても良い。装置内圧力はたとえば、20Torr以上、300Torr以下が好ましく、より好ましくは20Torr以上、100Torr以下であり、もっとも好ましくは30Torr以上、60Torr以下である。
熱フィラメント法においても、水素ラジカルが発生し、第一の形態と同様、図18(b)に示すように、炭素基材20が水素ラジカルにより、エッチングされて、凸部212、凹部211が形成される。
熱フィラメント法では、フィラメント由来の金属と、炭素が炭素基材20表面に堆積し、介在層4が形成される。その後、第一の形態と同様、種結晶31からダイヤモンドが成長する(図18(c))。
熱フィラメント法においても、種結晶31の下方に向かって種結晶31が成長し、成長領域321が形成される。種結晶31を構成するダイヤモンド粒子の粒子径、種結晶31自身の径、種結晶31を成長させる際の炭素基材20の温度、種結晶31を炭素基材20上に配置する際の配置方法等、種々の条件を最適化することで、はじめて、このような構造をとることができる。また、熱フィラメント法においても、第一の形態と同様、炭素材料にダイヤモンド層を形成する場合、種結晶31の配置密度を高めることは重要である。
【0065】
<フッ素ガス生成装置>
(第一実施形態)
つぎに、フッ素ガス生成装置について説明する。
図6は、本実施形態にかかるフッ素ガス生成装置100の構成を示す模式図である。
このフッ素ガス生成装置は、前述した第一の形態の炭素電極、第二の形態の炭素電極のいずれを使用してもよい。
【0066】
本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、上述のガス生成用炭素電極(炭素電極10)と、炭素電極10に電流を供給する給電手段40と、を備えている。そして、フッ素ガス生成装置100は、ダイヤモンド層30に接して供給されたフッ素系の電解液110を電気分解して炭素電極10でフッ素ガスを生成する。
【0067】
図6に示すように、本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、互いに対向して配置された一対の炭素基材20a、20bを有し、ダイヤモンド層30が一対の炭素基材20a、20bの内側の主面21にそれぞれ被着されている。
そして、電解液110は、一対のダイヤモンド層30の間に供給される。
【0068】
すなわち、本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、対向する一対の炭素電極10同士の間が、電解液110の流れる液体流路60を構成している。
【0069】
本実施形態に用いる電解液110は、フッ化水素を分子内に含む溶融塩であり、具体的にはKF・2HF溶融塩が例示される。そして、炭素電極10(第一電極10a)は陽極にあたる。
図6に示すように、本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、陰極である第二電極10bにも炭素電極を用いた例によって示すが、金属電極を用いることもできる。
【0070】
電解液110の電気分解により陽極でフッ素ガス、陰極で水素ガスをそれぞれ生成する場合を例として説明する。
【0071】
この場合、フッ素ガス生成装置100では以下の式(1)〜(3)の反応が起こる。
2HF → F + H (1)
【0072】
陽極での反応は以下である。
2F → F + 2e (2)
【0073】
陰極での反応は以下である。
2H + 2e → H (3)
【0074】
本実施形態において、電解液110は炭素電極10の凹穴24(貫通孔)を通過せず、電気分解で生じたガスが凹穴24を通過する。以下、かかる状態を、炭素電極10がガスを選択的に透過するという。
【0075】
本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、陽極にあたる第一電極10aで生じたフッ素ガスが炭素基材20aを選択的に透過して、ダイヤモンド層30の反対面側から取り出される。
【0076】
電解液110は、炭素電極10のうちダイヤモンド層30が設けられた一方の主面21にのみ接触し、他方の主面22は気相130に接している。
フッ素ガス生成装置100は、炭素電極10を通過したフッ素ガスまたは水素ガスを吸引して回収する吸引手段(ブロア66)をさらに備えている。また、気相130には、図示しないガス供給源から窒素(N)などの不活性ガスが、生成ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)のキャリアガスとして連続的に供給されている。
【0077】
以下、炭素電極10がガスを選択的に透過させるメカニズムについて説明する。
液体流路60を流れる電解液110の圧力Pと、気相130の圧力Pとの差ΔP(=P−P)が以下のヤング・ラプラスの式(式(4))で求められるヤング・ラプラス圧力以下となるようにすることで、電解液110は凹穴24を通過せず、ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)が選択的に透過する。
【0078】
ΔP(=P−P) = −4γcosθ/w ・・・ (4)
【0079】
(ただし、ΔPはヤング・ラプラス圧力、γは電解液110の表面張力、θは電解液110と炭素基材20の主面21との接触角、wは凹穴24の開口幅である。)
【0080】
本実施形態の炭素電極10のように、凹穴24が開口径Dの円形状の場合(図2を参照)、電解液110を凹穴24に押し込むのに必要な力は、表面張力に周縁距離を乗じた−wπγcosθであり、これを凹穴24の開口面積で除したものがヤング・ラプラス圧力となり式(4)で表される。よって、凹穴24の形状が星型多角形であると、開口面積に対し周縁距離が長くなるので、ヤング・ラプラス圧は高くなる。このため、電解液110に深く浸漬した凹穴24にも電解液110が浸入することが防止され、炭素電極10の操作範囲が高まり好ましい。
【0081】
フッ素ガス生成装置100に対する重力方向を図6の上下方向とした場合、溶融塩(電解液110)に浸漬させる電極の深さは浅いので、凹穴24の開口幅を大きくすることができる。例えば、溶融塩の表面張力を9.4×10−2[N/m]、比重を2.0[g/cm]、炭素電極10との接触角を140°とし、凹穴24の開口幅を1000[μm]とする。このとき、計算上、炭素電極10を深さ1.4cmまで溶融塩に浸漬しても、溶融塩は凹穴24に浸入することはない。
【0082】
フッ素ガス生成装置100は、ダイヤモンド層30に接した状態で電解液110を貯留する液体流路60と、液体流路60に所定の供給圧で電解液110を供給する送液手段62と、をさらに含む。
そして、本実施形態の貫通孔(凹穴24)は、上記供給圧の電解液110を通過させず、ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)を通過させる開口幅である。
【0083】
ここで、電解液110の供給圧とは、フッ素ガス生成装置100の内部における電解液110の総圧である。ここで、電解液110の自重に起因する圧力(液圧)により、深い位置の電解液110ほど総圧は大きい。これに対し、本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、最も深い凹穴24に対しても電解液110が浸入することのないよう開口幅が選択されている。図6の上下方向を重力方向に向けた場合、電解液110の底面にあたる第二電極10bにおける液圧がヤング・ラプラス圧力を超えないよう、凹穴24の開口幅が調整されているとよい。
【0084】
送液手段62は、具体的には、ポンプおよび配管(図示せず)より構成されており、電解液110の貯留槽(図示せず)と液体流路60とを連通している。
そして、ポンプ圧を調整して電解液110の流量を制御することで、液体流路60に対する電解液110の供給圧を昇降調整可能である。
【0085】
このような構成により、炭素電極10で生成したフッ素ガスおよび水素ガスは、選択的に凹穴24を通って液体流路60から除去されるため、新たな電解液110が炭素電極10の表面に供給される。このため、本実施形態によれば電気分解を効率よく行うことができる。
【0086】
ここで、凹穴24は、電解液110に接する主面21側から、気相130の主面22側に向かって拡径している。これにより、主面21側における開口径Dを抑制し、ヤング・ラプラス圧力を高めて電解液110の浸入を抑えつつ、ガスの流路幅を十分に確保することができる。このため、炭素電極10で生成したフッ素ガスおよび水素ガスの圧力損失を抑え、効率的にこれを凹穴24に通過させることができる。
【0087】
そして、本実施形態のフッ素ガス生成装置100においては、炭素電極10の貫通孔(凹穴24)を通過するガスの圧力損失が、電解液110の供給圧よりも小さい。
【0088】
ここで、炭素電極10の圧力損失が電解液110の供給圧を超えると、電気分解されてダイヤモンド層30の表面に生じたガスは、凹穴24を通過せず、電解液110の内部に滞留することとなる。これに対し、本実施形態のようにガスの圧力損失を低減した炭素電極10の場合は、主面21側から凹穴24を通じて主面22側にガスが通過する。
【0089】
炭素電極10における圧力損失を低減する観点から、炭素基材20の厚みは3mm以下がよく、好ましくは20μm以上1mm以下である。上記の範囲とすることで、炭素基材20に十分な機械強度を確保しつつ、ガスの通過長さが過大となることがないため圧力損失が抑えられる。
【0090】
また、同様の観点で、凹穴24の開口幅に対し、隣接する他の凹穴24との中心間距離L(図2(a)を参照)は1.2倍以上、30倍以下が好ましい。1.2倍以上とすることで、炭素電極10が構造上の堅牢さを備え、十分な形状維持が可能となる。また、30倍以下とすることで、発生するガスを効率よく除去することができる。
【0091】
図6に示すように、陽極(第一電極10a)側と、陰極(第二電極10b)側の気相130には、それぞれガスの回収路64、65が設けられている。回収路64、65にはブロア66が設けられており、矢印で示すように、生成されたフッ素ガスと水素ガスを個別に吸引して回収することができる。
【0092】
また、炭素電極10は、電解液110に接しない側の主面22に、炭素基材20よりも導電性の高い材料からなり貫通孔(凹穴24)を少なくとも部分的に露出させて設けられた高導電部44を備えている。
【0093】
高導電部44を給電部材43と炭素基材20との間に装備することにより、炭素基材20の電気伝導度を補い、炭素電極10の電気抵抗の低減が図られる。
高導電部44の材料は特に限定されないが、フッ素ガスに対する耐腐食性の観点から、金属材料、特にニッケル、またはハステロイもしくはモネルなどのニッケル系合金が好ま
しい。
高導電部44の厚みや形状も特に限定されないが、多孔のシートもしくは板、または金網のほか、主面22に対して蒸着法やスパッタ法などにより形成した金属薄膜でもよい。
【0094】
給電手段40は、直流電源41と配線42とを含む。また、給電手段40は、炭素電極10に対向して設けられて電流が印加される給電部材43を含む。
【0095】
給電部材43は、金属製の枠体であり、炭素基材20の帯状領域27(図1を参照)に対して主面22の側に電気的に接続される部材である。本実施形態の給電部材43はロの字形状(矩形環状)の板材であり、炭素基材20の帯状領域27と略同一の平面視形状をなしている。
【0096】
給電部材43の金属材料は特に限定されないが、ニッケル(Ni)またはニッケル合金が好適に用いられる。
給電部材43と高導電部44とは同種の金属材料からなる。本実施形態の場合、給電部材43と高導電部44はともにニッケルからなる。
【0097】
本実施形態の高導電部44は、厚み方向に可撓性を有する網状の導電性部材である。高導電部44の目開きは特に限定されないが、30から500メッシュとすることが好ましい。高導電部44が可撓性を有することで、高導電部44と主面22との密着性に優れ、炭素電極10の電気抵抗が好適に低減される。
【0098】
<ガス生成方法>
本実施形態のガス生成方法(以下、本方法という場合がある)は、上述のガス生成用炭素電極(炭素電極10)を用いて電解液110を電気分解してフッ素ガスを生成する方法
に関する。
そして、本方法は、給液工程と、通電工程とを含む。
給液工程では、ダイヤモンド層30に接して所定の供給圧で電解液110を供給する。
通電工程では、炭素基材20を通じてダイヤモンド層30に通電し、フッ素系の電解液110を電気分解してフッ素ガスを生成する。
そして、本方法では、給液工程にて凹穴24に浸入する電解液110の液面が、凹穴24の深さ位置よりも浅いことを特徴とする。
【0099】
これにより、電解液110と炭素基材20とが接触することがなく、フッ素ラジカルと炭素とが反応して電極の電流密度が低下することがない。
【0100】
また、本方法では、凹穴24を貫通孔とし、生成したフッ素ガスおよび水素ガスを、貫通孔を通じて電解液110と反対側に取り出す。このとき、電解液110の供給圧を、貫通孔を通過するガスの圧力損失よりも高くする。これにより、フッ素ガスおよび水素ガスが電解液110の内部に滞留せず、貫通孔(凹穴24)を通じて主面22の側に取り出される。
【0101】
なお本実施形態については種々の変形を許容する。
例えば、フッ素ガス生成装置100の構成は、図6に示したものに限られない。重力方向に対する炭素電極10の設置方向は任意である。また、図6では、一対の炭素電極10の間に電解液110の液体流路60を平板状に形成したが、本発明はこれに限られない。例えば、貯留槽である電解槽を電解液110で満たし、その中に炭素電極10を浸漬してもよい。
【0102】
(第二実施形態)
図7は、第二実施形態のフッ素ガス生成装置100に用いられる電解セル90の分解斜視図である。電解セル90は、電解槽92に貯留された電解液110に浸漬して用いられる(図6を参照)。
このフッ素ガス生成装置は、前述した第一の形態の炭素電極、第二の形態の炭素電極のいずれを使用してもよい。
【0103】
本実施形態の電解セル90は、電解セル本体80と、これに積層して緊締具78で共締めされる高導電部44、炭素電極10、ガスケット70および押さえ板74とからなる。
また、本実施形態の電解セル90は、給電部材43と炭素電極10とに挟持されて、これらを電気的に接続する金属製の高導電部44をさらに有している。
【0104】
ここで、高導電部44と給電部材43との当接領域が高導電部44の給電点46にあたる。本実施形態の場合、給電部材43が矩形環状であることにより、高導電部44の給電点は、高導電部44の周縁に沿う矩形の帯状領域となる。
【0105】
ここで、本実施形態の高導電部44における主面22の面内方向の電気抵抗は、高導電部44への給電点46からの距離に応じて小さくなっている。
【0106】
具体的には、本実施形態の平面視矩形状の高導電部44は、周縁から中心に向かって厚みが単調に増大している。これにより、給電部材43から高導電部44を介して炭素電極10に供給される電流が、炭素電極10の主面22に対して平均化される。このため、炭素電極10による電気分解が、主面21のダイヤモンド層30の全面において比較的均一に行われる。
【0107】
なお、給電点46からの距離に応じて高導電部44の面内方向の電気抵抗を低減するにあたっては、高導電部44の厚みを面内で変更するほか、高導電部44の面央においてより高伝導率の材料を用いてもよい。また、高導電部44を金網とする場合、高導電部44の面央の近傍において金網の交絡密度を高くしてもよい。
【0108】
給電部材43の中央には開口部45が設けられ、給電部材43の周囲にはボルト穴81が形成されている。高導電部44は、開口部45を塞ぐようにして給電部材43の上に装着される。炭素電極10は、ダイヤモンド層30を電解セル本体80の外側に向けて高導電部44の上に装着される。
【0109】
ガスケット70は可撓性の樹脂材料からなる。ガスケット70の中央には開口部72が形成され、その周囲にボルト穴71が形成されている。ガスケット70は耐腐食性の観点からフッ素系樹脂材料が好ましく、例えば軟質PTFEなどが挙げられる。
押さえ板74は、ガスケット70、炭素電極10および高導電部44を電解セル本体80に圧接するための高弾性の板材である。押さえ板74の中央には開口部76が形成され、その周囲にボルト穴75が形成されている。
【0110】
ボルト穴75、71および81は、緊締具78により、所定の軸力で共締めされる。
かかる軸力により高導電部44は面直方向に弾性的に変形する。これにより、本実施形態のフッ素ガス生成装置100によれば、炭素電極10と給電部材43とが高導電部44と良好に密着し、高い導電性を得ることができる。
【0111】
電解セル本体80には、ガスの回収路64にあたる配管が接続されている。回収路64からは、生成されたフッ素ガスが回収される。
【0112】
図8は、本実施形態の電解セル90を用いたフッ素ガス生成装置100を模式的に示す
斜視図である。ただし、説明のため電解槽92の前面は図示省略している。
【0113】
電解槽92には電解液110が貯留されている。電解セル本体80は電解液110に浸漬されている。電解槽92の内部には、電解液110の上方に気相130が存在している。また、電解セル本体80の内部にも、第一電極10aと回収路64との間に気相130(図示せず)が存在している。
【0114】
陽極ガスであるフッ素ガスの回収路64は、キャリア導入管64aとガス回収管64bとで構成されている。また、陰極ガスである水素ガスの回収路65も同様に、キャリア導入管65aとガス回収管65bとで構成されている。キャリア導入管64a、65aとガス回収管64b、65bの基端は、それぞれ電解槽92より外部に突出している。
【0115】
図8に示すように、キャリア導入管64a、65aには、窒素ガスなどのキャリアガスがそれぞれ導入される。互いに異なるキャリアガスを導入してもよい。キャリア導入管64aは、電解セル本体80の内部の気相に連通している。また、キャリア導入管65aは電解槽92の内部の気相130に連通している。キャリア導入管65aの下端は電解液110に達していない。
【0116】
本実施形態の第二電極10bは陰極にあたる。第二電極10bは、ニッケルなどの金属棒により構成されている。また、第二電極10bは、第一電極10aに正対して配置されている。
陰極である第二電極10bでは、上記の式(3)により水素ガスが発生する。発生した水素ガスは電解液110を上昇して気相130に至り、キャリアガス(窒素ガス)によりガス回収管65bに送られる。ガス回収管65bに至った水素ガスは、窒素ガスとともに系外に取り出される。
【0117】
第二電極10bと所定の間隔を隔てて対向配置された電解セル90は、第一電極10aのダイヤモンド層30が第二電極10bに対面している。
上記の式(2)により発生したフッ素ガスは、第一電極10aを通過して電解セル本体80の内部に入り、ガス回収管64bより回収される。
【0118】
電解セル本体80の近傍には熱電対93を設置して電解液110の温度を測定可能としている。
【0119】
ここで、本実施形態の第一電極10a(炭素電極10)は、重力方向に立設されて電解液110に浸漬されている。また、炭素電極10のうち、電解セル本体80より露出した領域の全面が電解液110に浸漬されている。このため、炭素電極10の下端の液圧は、上端の液圧よりも高い。
【0120】
図9は、本実施形態のフッ素ガス生成装置100に好適に用いられる炭素電極10の変形例を模式的に示す平面図である。本変形例の炭素電極10は、複数のうち少なくとも一部の凹穴24の開口幅が、電解液110への浸漬深さに応じて小さく形成されている。図9に示す本実施形態の様に、凹穴24の開口幅に関わらず、各凹穴24の中心間距離を互いに等しくして、均一な数密度で凹穴24を形成しても良い。または、凹穴24の開口幅を小さくするに従い、各凹穴24の中心間距離を短くして、すなわち数密度を増加させて凹穴24を形成しても良い。
また、本変形例の凹穴24もまた、炭素電極10を厚さ方向に貫通する貫通孔である。
【0121】
本変形例の炭素電極10は、同図の上下方向を電解液110の深さ方向に一致させて電解液110に浸漬される。そして、多数の凹穴24は、炭素電極10の下端から上端に向かって拡径するように配置されている。
なお、図9は模式図であり、上下に隣接する凹穴24の径の比率を誇張して図示してい
る。
【0122】
ここで、上記の式(4)の左辺において、気相の圧力Pは電解セル本体80の内部でほぼ一定であるのに対し、電解液110の圧力Pはその深さにほぼ比例して大きくなる。一方、本変形例の炭素電極10は、電解液110への浸漬深さが大きい下部領域の凹穴24ほど、式(4)の右辺の開口幅wが小さい。このため、浸漬深さの大きい下部領域でも、また浸漬深さの小さい上部領域でも、凹穴24におけるP−Pを、式(4)で表されるヤング・ラプラス圧以下とすることができる。言い換えると、浸漬深さの小さい炭素電極10の上部領域では、凹穴24の開口幅を大きくしてフッ素ガスの通過の抵抗を下げその結果フッ素ガス流量を大きくできる。また、浸漬深さの大きい炭素電極10の下部領域では、凹穴24の開口幅を小さくして、液圧の高い電解液110が凹穴24に浸入することを防止する。これにより、炭素電極10で生成されたフッ素ガスが炭素電極10を通過する流路を十分に確保し、フッ素ガスが電解液110に滞留することを防止する。
特に、炭素電極10の上部領域を給電点とした場合に、この効果が顕著に発揮される。なぜならば、炭素電極10の内部における電圧降下により、炭素電極10の上部領域は下部領域と比較して印加電圧および印加電流が大きくなり、炭素電極10の上部領域に位置する凹穴24の近傍でフッ素ガスが支配的に生成されることに起因する。このため、上部領域の凹穴24の開口幅を大きくしてフッ素ガスの流路を大きくすることが有効である。
【0123】
電解液110に対し、炭素電極10の穴加工部26の上端の浸漬深さは数mmから数十mm程度とし、下端の浸漬深さは数十mmから200mm程度とするとよい。
また、図9では正方格子状に凹穴24を配置しているが、これに限らず、千鳥格子状に配置してもよく、またランダム配置してもよい。凹穴24の形状も、図示のように円形とするほか、星形多角形などの多角形としてもよい。
【0124】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例】
【0125】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
(実施例1)
以下のようにして、図1に示した炭素電極10、および図8に示したフッ素ガス生成装置100の実験装置を作製し、通電実験を行った。以下、要素名の符号は上記実施形態の説明に対応するものである。
(1)図1に示したように、ポリイミド板(宇部興産製 UPLEX ADシート 20mm×20mm,厚さ500μm)の中央部の穴加工部(13mm×13mm)に、複数の微細孔(凹穴)を300μmピッチで60°千鳥状に穴あけ加工をした。穴あけ加工は、直径120μmのドリル(サイトウ製作所製 超硬ソリッドルーマドリルADR−0.12)を用いて、ポリイミド板を貫通させて行った。
【0126】
(2)(1)で作成した多孔加工されたポリイミド板を、2枚の黒鉛板(150mm×150mm×30mm)に挟んで、オーブンで焼成した。窒素で十分置換し、窒素気流下(1L/分)で加熱昇温し、5℃/minの昇温速度で加熱し2000℃に昇温した。その温度で1時間保って焼成した後、加熱を停止し自然冷却し、200℃まで冷却してから取り出し、多孔基材である炭素基材20を完成した。
細孔を形成していない平坦部28(図2を参照)の算術平均粗さを、市販の表面形状測定装置(アルバック(株)製 触針式表面形状測定装置Dektak)を用いて80μm/sの速度で測定したところ、0.05μmであった。
爆轟法で合成したクラスターダイヤモンド(一次粒子の平均粒径5nm)をエタノールに1wt%の濃度になるように分散させた分散液を前記炭素基材の表面に滴下し、基材上に満遍なく広げてから、乾燥させた。クラスターダイヤモンドの一部は、貫通孔の内部まで侵入した。
その後、炭素基材をマイクロ波プラズマCVD装置内に設置した。
なお、クラスターダイヤモンドの一次粒子の平均粒径は、透過型電子顕微鏡(TEM)による直接観察で30個観察して平均値を算出した。
【0127】
(3)マイクロ波プラズマCVD装置としては、ASTEX社製AX3120を使用した。炭素基材は、加熱可能なホルダーに設置した。水素ガス中に1.0vol%のメタンガスと、ホウ素/炭素の比を0.40%になるように調整したトリメチルボロンガスを添加した混合ガスを、300sccmの速度でCVD装置内に流しながら、装置内圧力を50Torrに保持した。ホルダーに設置したヒーターで加熱しながら、マイクロ波を1.5kWで出力しダイヤモンド薄膜合成を開始した。このときの炭素基材の表面温度をIR温度計で測定したところ、1200℃であった。
マイクロ波プラズマCVD操作を3時間継続した後、炭素基材を取り出し表面をSEMで観察したところ、核発生密度は3.7×10個/cmであった。
【0128】
最終的には、マイクロ波プラズマCVD操作を15時間継続し、炭素基材の片面に約10μmの導電性のダイヤモンド層30を形成し、ガス生成用炭素電極10を完成させた。完成したガス生成用炭素電極10には、いずれの部位においてもダイヤモンド層30の剥離は見られなかった。ラマンスペクトル法により、炭素基材20にダイヤモンド層30が析出していることを確認した。
【0129】
また、完成したガス生成用炭素電極の、ダイヤモンド層30と炭素基材20の界面を観察した。ここで観察した界面は、炭素基材20の主面21とダイヤモンド層30との界面であり、貫通孔内部ではない。
集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極を厚み方向に沿って切断し、幅10μmの切片を作成した。透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、ダイヤモンド種結晶を起点として成長したダイヤモンドと炭素基材が直接密着した構造(成長領域321に該当)が2×10〜13×10個/cm(TEM写真の種ダイヤモンドの水平距離から換算した値)存在しており、空隙部が少ない密着性の良い膜であることが確認できた。
【0130】
さらに、前記切片を透過型電子顕微鏡で15,000倍に拡大して観察したところ(図10)、ダイヤモンド層と炭素基材との間の界面の長さの45%において、ダイヤモンド層と炭素基材とが隙間なく密着していることがわかった。
【0131】
また、ダイヤモンド層と炭素基材との間に形成される隙間のうち、最も広い部分は、032μmであった。
さらに、各種結晶の直径は、32nm〜242nmの範囲にあり、平均粒径132nmであった。種結晶31の平均粒径(直径)は、集束イオンビーム加工(FIB)により作成した切片を観察し、透過型電子顕微鏡(TEM)により、種結晶30個観察を行い、平均値を算出することで得られた値である。
【0132】
また、図11に前記切片を、透過型顕微鏡(TEM)と高角度散乱暗視野法により観察したものを示す。透過型顕微鏡像から、種結晶から多結晶ダイヤモンドが成長している様子が確認できる。また、種結晶の下部にも多結晶ダイヤモンドが成長し、炭素基材と密着した構造になっていることが確認できる。高角度散乱暗視野法による像から、種結晶がマイクロ波プラズマにより合成された多結晶ダイヤモンドのコントラストの高い中に、比較的コントラストの低い部分が確認され(点線部)、密度が低い種結晶が存在していることが確認できる。また、種結晶はダイヤモンド粒子(一次粒子)が凝集したものであることがわかる。
【0133】
また、図12に前記切片を、透過型顕微鏡(TEM)と高角度散乱暗視野法により比較的低倍率にて観察したものを示す(図11よりも倍率が低い)。種結晶のある部位を点線で囲った。種結晶が複数個以上確認でき、この像内の種結晶間の平均距離は520nmと算出されるので、種結晶密度は3.7×10個/cmと算出された。
【0134】
図12を参照すると、炭素基材20表面には凹凸が形成されており、この凹凸の凸部212上に種結晶31が配置されていることがわかる。成長領域321は、凸部212の周囲(側面)を取り囲むとともに、種結晶31が載置された凸部212に隣接した凹部211の底部に接触している。さらに、隣り合った一対の凸部212それぞれに配置された各種結晶31から、成長領域321が成長している。そして、成長領域321同士は、前記一対の凸部212間に位置する凹部211内で合体している。
【0135】
また、図16に前記切片を、透過型顕微鏡(TEM)とEELSによるπエッジ(284eV)のライン分析結果を示す。透過型顕微鏡像では、ダイヤモンド(白色部)と炭素基材(黒色部)が観察でき、その界面を交差するようにスケールが示されているが、そのスケールに沿って、EELSによるπエッジ(284eV)のライン分析を行い、その結果を右図に示した。右図の横軸の値は、左図のスケールの値と一致しており、ダイヤモンドに相当する部分は、πエッジ強度が低く、反対に、炭素基材に相当する部分は、πエッジ強度が高く検出された。ダイヤモンドと炭素基材の界面に相当する部分は、πエッジ強度が中間的な値を示し、アモルファス構造の中間的な成分が存在することが確認できた。
【0136】
つぎに、上記で作成された炭素電極10を電解セル本体80(図7を参照)に装着し、これを図8の電解槽92に貯留したKF・2HF溶融塩(電解液110)に浸漬して電気分解実験を行った。
電解セル本体80はフッ素樹脂(PTFE)を機械加工して作成した。押さえ板74の開口部76の窓寸法は10mm×10mmとした。すなわち、電解液110に浸漬される炭素電極10の面積は1cmとした。そして、開口部76より露出する凹穴24の最下部が30mmの浸漬深さとなるよう、炭素電極10を電解液110に浸漬した。開口部76より露出する凹穴24の最上部は、約20mmの浸漬深さである。
給電部材43には通電用ワイヤー(図示せず)を接続し、外部に設置した直流電源装置により通電した。
図8に示したように、電解槽92には、電解セル本体80の内部とそれぞれ連通するキャリア導入管64aとガス回収管64bとを設けた。
第二電極(カソード電極)10bには、φ6mmのニッケル棒を用いた。第一電極10aのダイヤモンド層30と第二電極10bとの最短距離は30mmとした。
フッ素ガス生成装置100の実験装置は、100℃に調整したオイルバスに浸した。また、キャリア導入管64a、65aには窒素ガスを10mL/minの流速でそれぞれ流通させた。そして、電解セル90の通電用ワイヤーと直流電源の陽極、および第二電極10bと陰極をそれぞれ接続し、電気分解実験を行った。
7Vの電圧を掛けたところ、300mA/cmの電流密度で電流が流れ、ガス回収管64bからフッ素ガスの排出が確認された。一方、ガス回収管65bからは、フッ素ガスの排出が確認されなかったことから、電解により生成したフッ素ガスの全量が、電極10に設けられた貫通孔24を通って電極背面に移動したと考えられる。電解は、高い電流密度で継続し、24時間後も300mA/cm程度の電流密度を維持した。さらに電解を継続したところ、電解液中のフッ化水素濃度が低下し、電流密度が低下したため、無水フッ化水素を電解液中に導入しフッ化水素濃度を回復させる操作を行なった。この操作をほぼ10日毎に繰り返し、150〜200mA/cm程度の電流密度で2000時間以上電解を継続することを確認した(図13参照)。電解終了後、電極10を電解槽から取り出して観察したところ、ダイヤモンド層30の剥離は認められなかった。
なお、本実施例と同様の方法で電極を製造し、種結晶の直径(平均粒径)が20〜200nmである場合には、実施例1と同様の結果が得られている。
【0137】
(実施例2)
ダイヤモンド合成方法に、熱フィラメント法を用いたこと、種結晶として、ナノダイヤモンド一次粒子分散体(ナノアマンド ナノ炭素研究所製)を用いたこと、以外は実施例1と同様である。
なお、ナノダイヤモンド一次粒子の径は、10〜20nmであった。
【0138】
熱フィラメント合成装置は、フィラメント加熱装置やロータリーポンプを備えた直径600mm高さ600mmの反応チャンバーを使用した。基板設置台は、直径150mmの大きさで、回転できる構造とし、直下に熱電対を設置した。フィラメントには、直径0.4mmタンタル線を使用し、基板設置台上7mmの位置に6本張った。水素ガス中に1.0vol%のメタンガスと、ホウ素/炭素の比を0.30%になるように調整したトリメチルボロンガスを添加した混合ガスを、1000sccmの速度で反応チャンバー内に流しながら、チャンバー内圧力を30Torrに保持した。基板設置台を、1/2回転/分で回転させた。フィラメントに直流電流を流し、基板設置台直下の温度が670℃になるまで加熱し、ダイヤモンド薄膜合成を開始した。
【0139】
最終的には、熱プラズマCVD操作を10時間継続し、炭素基材の片面に約8μmの導電性のダイヤモンド層30を形成し、ガス生成用炭素電極10を完成させた。完成したガス生成用炭素電極10には、いずれの部位においてもダイヤモンド層30の剥離は見られなかった。ラマンスペクトル法により、炭素基材20にダイヤモンド層30が合成されていることを確認した。
【0140】
また、完成したガス生成用炭素電極の、ダイヤモンド層30と炭素基材20との境界領域を実施例1と同様にして観察した。ここで観察した界面は、炭素基材20の主面21とダイヤモンド層30との境界であり、貫通孔内部ではない。
集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極を厚み方向に沿って切断し、切片を作成した。図19に透過型電子顕微鏡を用いて観察したものを示す。貫通孔のある無しに関わらず、ダイヤモンド種結晶を起点として成長したダイヤモンド構造が確認できた。ダイヤモンドと炭素基材の間の構造は実施例1とは違い、ダイヤモンドの成長領域と炭素基材の間に介在層4が形成されており、この介在層4を介して成長領域と炭素基材とが密着した構造が確認でき、空隙部が少ない密着性の良い膜であることが確認できた。
介在層4は、炭素を主成分とし、タンタルを含んだ導電性の層であった。
種結晶の配置密度は、6×10個/cmであった。
炭素基材20表面には凹凸が形成されており、この凹凸の凸部212上に種結晶31が配置されていた。介在層4は、凸部212の周囲を取り囲むとともに、種結晶31が載置された凸部212に隣接した凹部211に接触し、さらに、隣り合った凸部212をも被覆していた。
成長領域321は、介在層4を介して凸部212の側面、凸部212に隣接した凹部211の底面に接触している。さらに、隣り合った一対の凸部212それぞれに配置された各種結晶31から、成長領域321が成長している。そして、成長領域321同士は、前記一対の凸部212間に位置する凹部211内で合体している。
さらに、前記切片を透過型電子顕微鏡で15,000倍に拡大して観察したところ、介在層4と炭素基材との間の界面の長さの60%において、介在層4と炭素基材とが隙間なく密着していることがわかった。
また、介在層4と成長領域321とは密着していた。そして、集束イオンビーム加工(FIB)により、ガス生成用炭素電極10を厚み方向に沿って切断した断面において、介在層4とダイヤモンド層30(成長領域321)との界面(介在層4とダイヤモンド層30とが対向した境界領域)のうち、ダイヤモンド層30と介在層4とが隙間なく密着している部分の長さは、界面全体(境界領域全体)の長さの40%以上であった。
さらに、各種結晶の平均粒径は、80nmであった。各種結晶31の平均粒径(直径)は、集束イオンビーム加工(FIB)により作成した切片を観察し、透過型電子顕微鏡(TEM)により、種結晶30個観察を行い、平均値を算出することで得られた値である。
また、実施例1と同様にして、実施例2で作成された炭素電極10を電解セル本体80(図7を参照)に装着し、これを図8の電解槽92に貯留したKF・2HF溶融塩(電解液110)に浸漬して電気分解実験を行った。実施例1と同様、電解終了後、電極10を電解槽から取り出して観察したところ、ダイヤモンド層30の剥離は認められなかった。
【0141】
(比較例1)
マイクロ波プラズマCVD装置内の炭素基材を設置したホルダーのヒーター加熱を行なわなかった以外は、実施例1と同様にして実験した。実施例1と同様に、同様に炭素基材の片面に10μmの導電性のダイヤモンド層を形成する条件でCVD操作を実施した。導電性のダイヤモンド層を形成する際の炭素基材の表面温度をIR温度計で測定したところ、900℃であった。作成したダイヤモンド被覆炭素基材をチャンバーから取り出したところ、ダイヤモンド層は密着性が悪く剥離していた。表面をSEMで観察したところ、炭素基材表面のエッチングが激しく、ダイヤモンド層が上手く成長できなかったようであった。
【0142】
(比較例2)
実施例1に記載した方法で作成した炭素基材を、爆轟法で合成したクラスターダイヤモンド(平均粒径5nm)をエタノールに1wt%の濃度になるように分散させた分散液に浸し、分散液を超音波処理することで種付けし、熱フィラメントCVD装置に設置した。熱フィラメントCVD装置は、所定の温度・減圧度を実行できるチャンバーに、タングステンフィラメントを設置した。熱フィラメント合成装置は、フィラメント加熱装置やロータリーポンプを備えた直径150mm高さ150mmの反応チャンバーを使用した。基板設置台は、直径50mmの大きさで、回転できる構造とした。フィラメントには、直径0.8mmタンタル線を使用し、基板設置台上7mmの位置に1本張った。水素ガス中に1.0vol%のメタンガスと30ppmのトリメチルボロンガスを添加した混合ガスを、150mL/minの速度でCVD装置内に流しながら、装置内圧力を50Torrに保持し、フィラメントに電力を印加して温度2200℃に昇温した。炭素基材の表面温度の測定はIR温度計の場合、熱フィラメントの放射光の影響のため直接測定できないので、炭素基材の側面に焦点を合わせて、IR温度計で測定したところ900℃であった。
【0143】
熱プラズマCVD操作を12時間継続し、炭素基材の片面に10μmの導電性ダイヤモンド層を形成し、電極を完成させた。完成した電極は、貫通孔部分ではダイヤモンド層の剥離は認められなかったが、貫通孔の孔開け加工を施していない部分には、一部ダイヤモンド層の剥離がみられた。この電極を、水中で超音波照射したところ、ダイヤモンド層のさらなる剥離は見られず、HF電解に供することができるものと判断した。
【0144】
また、完成した電極の、ダイヤモンド層と炭素基材との界面を、集束イオンビーム加工(FIB)により10μmの切片を作成し、透過型電子顕微鏡を用いてダイヤモンド層と炭素基材の界面を観察した。なお、ここで観察した界面は、貫通孔と貫通孔の間に位置するダイヤモンド層と炭素基材の界面である。貫通孔が無い部分では、密着力が悪くFIBによる切片作成時に、剥離したため界面の観察は出来なかった。
【0145】
一部はダイヤモンド層と炭素基材が密着しているものの、炭素基材がエッチングされた空隙部が広がっており、密着性の悪い膜であることが分かった。さらに、透過型電子顕微鏡で15,000倍に拡大して観察したところ(図14)、界面の長さの16%の領域においてダイヤモンド層と炭素基材とが密着しており、空隙の最も広い部分は1.35μmであった。また、ダイヤモンド種結晶を起点として成長したダイヤモンドの成長領域と炭素基材が直接あるいは介在層を介して間接的に接触した構造の存在は認められなかった。比較例2では、実施例2に比べ、太いフィラメントを使用し、かつ、実施例2に比べて装置が小型であるため熱容量が小さかった。そのため、炭素基材の温度上昇しやすく、炭素基材のエッチングが進行しやすかったため密着性が悪化したと考えられる。
【0146】
フッ化水素電解実験は、実施例1記載の方法で行なった。7Vの電圧を掛けたところ、300mA/cmの電流密度で電流が流れガス回収管64bからフッ素ガスの排出が確認された。一方、ガス回収管65bからは、フッ素ガスの排出が確認されなかったことから、電解により生成したフッ素ガスの全量が、電極に設けられた貫通孔24を通って電極背面に移動したと考えられる。電解開始当初は、高い電流密度で継続し、24時間後においても300mA/cm程度の電流密度を維持した。さらに電解を継続したところ、47時間後に突然電流が流れなくなった。無水フッ化水素を電解液に導入しフッ化水素濃度を回復させたが、電流密度は回復しなかった(図15参照)。電極を電解槽から取り出して、表面を観察したところ、ダイヤモンド層の剥離が認められた。これらのことから、ダイヤモンド層の密着性が悪いため、電解中にダイヤモンド層が炭素基材から剥離し、炭素基材が電解液と接触したため、炭素基材表面がフッ素化し絶縁化し、電流が流れなくなったと考えられた。
【0147】
以上の実施例および比較例から、本発明のガス生成用炭素電極を備えたフッ素ガス生成装置によれば、高い電流密度により長期間に亘って安定した電気分解が可能であることが実証された。これは、実施例の電極が、種結晶ダイヤモンドから成長したダイヤモンドと炭素基材とが密着した構造を有していることに起因すると考えられる。
【符号の説明】
【0148】
10 ガス生成用炭素電極
10a 第一電極
10b 第二電極
20 炭素基材
20a 炭素基材
20b 炭素基材
21 主面
22 主面
24 凹穴
25 内壁面
26 穴加工部
27 帯状領域
28 平坦部
29 周縁
30 ダイヤモンド層
31 ダイヤモンド種結晶
32 成長層
40 給電手段
41 直流電源
42 配線
43 給電部材
44 高導電部
45 開口部
46 給電点
60 液体流路
62 送液手段
64 回収路
64a キャリア導入管
64b ガス回収管
65 回収路
65a キャリア導入管
65b ガス回収管
66 ブロア
70 ガスケット
71 ボルト穴
72 開口部
74 押さえ板
75 ボルト穴
76 開口部
78 緊締具
80 電解セル本体
81 ボルト穴
90 電解セル
92 電解槽
93 熱電対
100 フッ素ガス生成装置
110 電解液
130 気相
211 凹部
212 凸部
291 凸部
292 凹部
293 コーナー部
321 成長領域
322 成長領域
開口径
開口径
L 中心間距離
S 隙間
4 介在層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素材料を含んで構成された炭素基材およびこの炭素基材上に設けられた導電性のダイヤモンド層を備えるガス生成用炭素電極と、
前記ガス生成用炭素電極に電流を供給する給電手段とを備え、
前記ダイヤモンド層に接して供給されたフッ素系の電解液を電気分解して前記ガス生成用炭素電極でフッ素ガスを生成するフッ素ガス生成装置であって、
前記導電性のダイヤモンド層は、ダイヤモンド種結晶と、このダイヤモンド種結晶から成長するとともに前記炭素基材表面を被覆する成長層とを含んで構成され、
前記成長層は、前記ダイヤモンド種結晶から成長するとともに、前記ダイヤモンド種結晶の下方に位置した成長領域を含み、
前記成長領域は、直接、または、当該ダイヤモンド層とは異なる介在層を介して前記炭素基材に接するフッ素ガス生成装置。
【請求項2】
請求項1に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記成長領域は、前記炭素基材に直接接しているフッ素ガス生成装置。
【請求項3】
請求項1に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記成長領域は、前記介在層を介して前記炭素基材に接しており、
前記介在層は、金属と炭素とを含むフッ素ガス生成装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載のフッ素ガス生成装置において、
前記ダイヤモンド種結晶は、複数のダイヤモンド粒子が凝集した凝集体であるフッ素ガス生成装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載のフッ素ガス生成装置において、
前記ダイヤモンド種結晶におけるダイヤモンドの密度は、前記成長層におけるダイヤモンドの密度よりも小さいフッ素ガス生成装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載のフッ素ガス生成装置において、
前記炭素基材表面には凹凸が形成され、
前記凹凸の凸部上に前記ダイヤモンド種結晶が配置され、
前記成長領域は、前記凸部の周囲を囲むとともに、前記凸部の側面に直接、あるいは、前記介在層を介して接触しているフッ素ガス生成装置。
【請求項7】
請求項6に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記成長領域は前記ダイヤモンド種結晶が配置された凸部の周囲を覆うとともに、前記凸部に隣接した凹部の底面に直接または前記介在層を介して接しているフッ素ガス生成装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載のフッ素ガス生成装置において、
隣接する一対の凸部上にそれぞれダイヤモンド種結晶が配置されており、
隣接する一対の凸部間に位置する凹部内で前記各ダイヤモンド種結晶から成長した成長領域同士が合体しているフッ素ガス生成装置。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載のフッ素ガス生成装置において、
前記ダイヤモンド種結晶の配置密度は、1.0×10個/cm以上、1.0×1010個/cm以下であるフッ素ガス生成装置。
【請求項10】
請求項2に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記成長領域は、前記炭素基材に直接接しており、
前記ガス生成用炭素電極の前記炭素基材の厚さ方向に沿った断面において、
前記炭素基材と前記ダイヤモンド層との界面のうち、前記ダイヤモンド層と前記炭素基材とが隙間なく密着している部分の長さが、界面全体の長さの40%以上であるフッ素ガス生成装置。
【請求項11】
請求項3に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記成長領域は、前記介在層を介して前記炭素基材に接しており、
前記ガス生成用炭素電極の前記炭素基材の厚さ方向に沿った断面において、
前記介在層と前記炭素基材との界面のうち、前記介在層と前記炭素基材とが隙間なく密着している部分の長さが、界面全体の長さの40%以上であるフッ素ガス生成装置。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載のフッ素ガス生成装置において、
前記炭素基材の一対の主面間を、厚さ方向に貫通する複数の貫通孔が形成されており、
前記炭素基材の一方の前記主面および前記貫通孔の内壁の少なくとも一部にわたって前記炭素基材の表面を被覆する前記ダイヤモンド層が形成されているフッ素ガス生成装置。
【請求項13】
請求項12に記載のフッ素ガス生成装置において、
前記炭素基材の一方の主面側には、前記ダイヤモンド層に接した状態で前記電解液を貯留する空間が形成され、前記炭素基材の他方の主面側にガスを貯留する空間が形成されており、
前記貫通孔が、前記電解液を通過させず前記フッ素ガスを通過させる開口幅であり、前記フッ素ガスを前記貫通孔を通じ前記ガスを貯留する空間へと導き、前記フッ素ガスを回収するフッ素ガス生成装置。
【請求項14】
炭素材料を含んで構成された炭素基材およびこの炭素基材上に設けられた導電性のダイヤモンド層を備えるガス生成用炭素電極であって、
前記導電性のダイヤモンド層は、ダイヤモンド種結晶と、このダイヤモンド種結晶から成長するとともに前記炭素基材表面を被覆する成長層とを含んで構成され、
前記成長層は、前記ダイヤモンド種結晶から成長するとともに、前記ダイヤモンド種結晶の下方に位置した成長領域を含み、
前記成長領域は、直接、または、当該ダイヤモンド層とは異なる介在層を介して前記炭素基材に接するガス生成用炭素電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【図15】
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【図17】
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【図18】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図16】
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【図19】
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【公開番号】特開2013−108172(P2013−108172A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−234730(P2012−234730)
【出願日】平成24年10月24日(2012.10.24)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】