説明

プラズマCVD法による蒸着膜

【課題】 基体に対する密着性が良好であるばかりか、水分、特にアルカリ水溶液に対する耐性にも優れたプラズマCVD法による蒸着膜を提供する。
【解決手段】 有機金属化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により基体表面に形成した蒸着膜において、前記有機金属化合物に由来する金属元素(M)、酸素(O)及び炭素(C)の3元素基準で、前記蒸着膜は、炭素濃度が5元素%以上の基体側接着層領域と、炭素濃度が5元素%未満の中間層バリアー領域と、炭素濃度が5元素%以上の表面保護層領域とに区画され、表面保護層領域の外面では、炭素(C)濃度が酸素(O)濃度及び金属元素(M)濃度よりも高く、金属元素(M)の酸化度xが1.3以下であり、且つ金属元素(M)の結合エネルギーが、前記中間層バリアー領域での金属元素結合エネルギーの平均値よりも1.0eV以上小さく、中間層バリアー領域では、金属元素(M)の酸化度xが平均して1.8より高く且つ2.4以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックボトルなどの基体表面にプラズマCVD法によって形成される蒸着膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、各種基体の特性を改善するために、その表面にプラズマCVD法による蒸着膜を形成することが行われている。例えば、包装材料の分野では、容器などのプラスチック基材に対して、プラズマCVD法により蒸着膜を形成させて、ガス遮断性を向上させることが公知である。
【0003】
例えば、少なくとも有機ケイ素化合物と酸素もしくは酸化力を有するガスを用い、プラズマCVD法によりプラスチック容器の少なくとも片側上にケイ素酸化物と、炭素、水素、ケイ素及び酸素の中から少なくとも1種あるいは2種以上の元素からなる化合物を少なくとも1種類含有するバリアー層(蒸着膜)を形成する際に有機ケイ素化合物の濃度が変化することを特徴とするプラスチック容器の製造方法が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、基材と、前記基材の片面または両面に形成された蒸着膜からなるガスバリアー層と、前記ガスバリアー層上に形成され、撥水性を有する膜からなる撥水層とを有することを特徴とするガスバリアーフィルムも知られている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2000−255579号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2003−53873号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、例えば特許文献1の方法で形成されるような蒸着膜は、酸素など、種々のガスに対するバリアー効果は優れているものの、水分に対する耐久性が低く、例えばミネラルウオーターの如きアルカリ性水溶液にケイ素が溶出するという欠点があり、特に包装材料の分野では、基体に対する膜の密着性と共に、その改善が求められている。また、特許文献2に記載されているガスバリアーフィルムは、蒸着膜であるガスバリアー層の表面に撥水層が形成されているため、水分に対する耐性はある程度改善されるものの、その改善の程度は十分ではなく、撥水層の形成ではアルカリ性水溶液中へのケイ素の溶出を十分に抑制することができない。
【0006】
従って、本発明の目的は、基体に対する密着性が良好であるばかりか、水分、特にアルカリ水溶液に対する耐性にも優れたプラズマCVD法による蒸着膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、有機金属化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により基体表面に形成した蒸着膜において、
前記有機金属化合物に由来する金属元素(M)、酸素(O)及び炭素(C)の3元素基準で、前記蒸着膜は、炭素濃度が5元素%以上の基体側接着層領域と、炭素濃度が5元素%未満の中間層バリアー領域と、炭素濃度が5元素%以上の表面保護層領域とに区画され、
前記表面保護層領域の外面では、炭素(C)濃度が酸素(O)濃度及び金属元素(M)濃度よりも高く、金属元素(M)の酸化度x(xは金属元素に対する酸素元素の元素比で表される)が1.3以下であり、且つ金属元素(M)の結合エネルギーが、前記中間層バリアー領域での金属元素結合エネルギーの平均値よりも1.0eV以上小さく、
前記中間層バリアー領域では、金属元素(M)の酸化度xが平均して1.8より高く且つ2.4以下であることを特徴とする蒸着膜が提供される。
本発明によればまた、前記蒸着膜が内面に形成されたプラスチックボトルが提供される。
【0008】
なお、本発明においては、表面保護層領域の表面における各元素濃度、金属元素(M)の酸化度x及び金属元素(M)の結合エネルギーは、X線光電子分光分析装置により表面からの深さが0.3nmでの測定値を意味する。表面上の測定値を採用していないのは、コンタミネイション等の影響を回避するためである。
【0009】
本発明の蒸着膜においては、
1.前記有機金属化合物が有機ケイ素化合物であり、金属(M)がケイ素(Si)であること、
2.前記基体がプラスチックであること、
が好適である。
【発明の効果】
【0010】
本発明のプラズマCVD法による蒸着膜は、有機金属化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いることにより形成されるものであるが、この蒸着膜は、炭素濃度が5元素%以上の領域(基体側接着層領域)が形成されている。即ち、この領域は、炭素濃度が5元素%以上と高く、このため、本発明の蒸着膜は基体に対する密着性が高い。また、中間の領域(中間層バリアー領域)は、炭素濃度が5元素%未満と低く、金属元素(M)の酸化物を主体とする領域となっており、金属元素(M)の酸化度xが平均して1.8より高く且つ2.4以下の範囲となっている。このため、この領域は、高いガスバリアー性を示す。さらに、表面側の領域(表面保護層領域)においては、その表面(即ち、蒸着膜の外表面から深さ0.3nmの部分)では、炭素(C)濃度が酸素(O)濃度及び金属元素(M)濃度よりも高く、金属元素(M)の酸化度xが1.3以下であり、且つ金属元素(M)の結合エネルギーが、前記中間層バリアー領域での金属元素結合エネルギーの平均値よりも1.0eV以上小さいという条件を満足しており、中間層バリアー層領域に比して表面保護層領域はかなり有機性度が高い領域となっている。このため、本発明の蒸着膜は、後述する実施例からも明らかな通り、アルカリ性水溶液に対して優れた耐性を示し、例えばアルカリ性水溶液中に金属元素(M)が溶出することがなく、従って、このような蒸着膜を内面に備えたプラスチックボトルは、ミネラルウオーターやアルカリイオン飲料などの容器として実用に供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
添付図面の図1を参照されたい。図1は、X線光電子分光分析によって測定される本発明の蒸着膜(特に後述する実施例で作製されたもの)の元素組成(M,O,C)を模式的に示すものであり、この蒸着膜は、外面側から基板表面に向かって、外表面保護層領域X、中間層バリアー領域Y及び接着層領域Zの3領域に区画されている。即ち、本発明の蒸着膜は、有機金属化合物と酸化性ガスを反応ガスとして用いてのプラズマCVD法により所定の基体表面に形成されるものであるが、この蒸着膜は、前記有機金属化合物に由来する金属元素(M)、酸素(O)及び炭素(C)が図1に示すように分布しており、これらの3元素基準で表わしての元素濃度によって、上記の3つの領域に区画される。尚、図1では、金属元素(M)としてケイ素(Si)が示されている。
【0012】
図1において、基体表面側に形成されている接着層領域Zは、(C)濃度が5元素%以上の領域であり、この領域は有機性が高く、高い可撓性を示す領域である。即ち、プラズマCVDによって形成される金属酸化物の層(以下に述べる中間層バリアー領域がこれに相当する)は、無機性が高く、酸素バリアー性が高い半面、可撓性が低く、基体との接着性に欠ける場合がある。しかるに、有機性の高い接着層領域は、可撓性が高く、基体との接着性も良好である。従って、有機性の高い接着層領域Zを基体表面に形成することにより、接着性や密着性の低下を有効に回避することができ、プラスチック製の基体に対しては特に高い密着性乃至接着性を示す。
【0013】
尚、かかる接着層領域Zは、基体表面側に行くほど炭素濃度(C)が漸次増大していることが好ましく、基体表面との界面側では、炭素濃度(C)が20元素%以上に増大していることが、基体との密着性を高める上で特に好適である。また、図1から明らかなように、基体表面との界面側に行くにしたがって炭素濃度(C)を漸次増大させると、金属元素(M)の濃度及び酸素(O)濃度は、それに伴って漸次減少する。
【0014】
また、上記の接着層領域上に形成されている中間層バリアー層領域Yは、(C)濃度が5元素%未満であり、従って、この領域では、金属元素(M)と酸素(O)との合計濃度(M+O)が95元素%以上となっている。即ち、蒸着膜の中心部分に形成されているこの領域Yは、有機性が低く、無機性に富んだ層であり、特に酸素に対するバリアー性が高い。例えば、有機金属化合物としてヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)などの有機ケイ素化合物を用いたときには、ガスバリアー層領域は、ケイ素酸化物を主体とするものとなる。従って、本発明の蒸着膜は、特に酸素、炭酸ガス等のガスに対するバリアー性が要求されるプラスチック容器などの包装材料の分野に有用である。
【0015】
さらに、このような領域Yでは、金属元素(M)の酸化度xは、下記条件:
1.8<x≦2.4
を満足するものでなければならない。この酸化度xは、金属元素(M)に対する酸素(O)の元素比(MOx)で表されるものであり、酸化度xが上記範囲内であるときに高いガスバリアー性を示し、酸化度xが上記範囲外であるときは、ガスバリアー性が低下してしまう。
【0016】
蒸着膜の表面側に位置する表面保護層領域Xは、(C)濃度が5元素%以上の領域であり、前述した接着層領域Zと同様、カーボン量が多く有機性に富んでいる。本発明においては、かかる表面保護層領域Xに存在する蒸着膜表面(具体的には、外表面から0.3nmの深さの位置)での各元素濃度、金属元素(M)の酸化度x及び金属元素(M)の結合エネルギーは、下記の条件(a)〜(c)の全てを満足することが必要である。
【0017】
条件(a):
炭素(C)濃度が酸素(O)濃度及び金属元素(M)濃度よりも高いこと。
即ち、C>O及びC>Mであること。
条件(b):
金属元素(M)の酸化度xが1.3以下であること。
条件(c):
金属元素(M)の結合エネルギーが、中間層バリアー領域Yでの金属元素結合エネルギーの平均値よりも1.0eV以上小さいこと。
【0018】
即ち、上記の条件は、蒸着膜表面がカーボンリッチであり、著しく有機性に富んでいることを示すものであり、かかる条件を全て満足させることにより、蒸着膜の耐水性を著しく向上させ、特にアルカリ水溶液中への金属元素の(M)の溶出を有効に抑制することができ、これらの条件を一つでも満足していない場合には、耐水性が不満足となり、アルカリ水溶液中への金属元素(M)の溶出が顕著となってしまう。例えば、後述する実施例1及び比較例1の実験結果から明らかなように、条件(a)及び(c)を満足していたとしても、表面での金属元素(M)の酸化度xが1.49と1.3を超える場合(条件(b)を満足していない場合)には、アルカリ水溶液中に蒸着膜を一定時間浸漬したときの金属元素(Si)の溶出による膜減少量が3.4nmであるのに対して(比較例1)、条件(a)〜(c)の全てを満足しているときには(実施例1)、膜減少量は0.2nmとなっており、金属元素(Si)の溶出が著しく抑制されていることが理解される。本発明の蒸着膜がこのように優れた耐水性を示すのは、おそらく、上記条件(a)〜(c)の全てを満足させることにより、蒸着膜表面での耐水性低下の要因となる酸素原子(O)或いはOH基(シラノール基)がほとんど存在しておらず、このような酸素原子やOH基は、十分な厚みの表面保護層で被覆されているためと考えられる。
【0019】
また本発明の蒸着膜においては、蒸着膜表面において上記条件(a)〜(c)を満足していると同時に、図1に示されているように、表面保護層領域Xでは、表面側に向かって漸次炭素(C)濃度が増大し、これに伴ってSi等の金属元素(M)の濃度及び酸素(O)の濃度は漸次低下しており、例えば炭素(C)濃度が40元素%以上まで増大していることが好ましく、特に炭素(C)濃度が40元素%以上の領域が5nm以上の厚みで存在していることが好ましい。このように表面側で炭素(C)濃度が非常に高い領域を形成しておくことにより、耐水性に劣り、ケイ素(Si)等の金属元素(M)の溶出を生じやすい中間層バリアー領域Yを十分な厚みの表面保護層領域Xで被覆することができ、耐水性を著しく向上させ、さらには水の浸透も完全に遮断し、水分によるガスバリアー性の低下も有効に回避することができる。
【0020】
尚、本発明においては、図1から理解されるように、各領域X,Y及びZが隣接する界面部分で、各元素濃度は実質上連続的に変化している。即ち、これら界面部分では、各元素濃度が連続的に単調に減少或いは増加しており、このことは、各領域X、Y及びZが一体的に形成されており、隣り合う領域の間に明確な界面は形成されていないことを意味している。従って、本発明の蒸着膜は、各領域の間で剥離を生じるようなことはなく、極めて耐久性に優れ、酸素等のガスや水分に対して、長期間にわたって安定したバリアー性を示すのである。
【0021】
このように、本発明の蒸着膜においては、表面保護層領域X、中間層バリアー領域Y及び接着層領域Zは、何れも明確な層の形で存在するものではなく、層間に明確な界面は存在しない。従って、各領域の厚みをクリティカルに規定することはできないが、蒸着膜の厚み(各領域の合計厚み)は、通常、4乃至500nmの範囲にあり、中間層バリアー領域Yは、おおよそ4.0nm以上の厚みを有しているのがよく、接着層領域Zは、おおよそ0.2nm以上の厚みを有しているのがよい。
【0022】
また、本発明においては、水分に対するバリアー性を向上させるために、表面保護層領域Xの表面を粗面に形成しておくことが好ましい。例えば、この平均表面粗さRa(JIS B0601)を0.1乃至10.0nm程度に調整しておくことにより、水分に対するバリアー性がさらに高められる。このような粗面の形成は、例えば蒸着膜の形成に際して、グロー放電のための減圧度を調整し、比較的高い圧力下でグロー放電させることにより行うことができる。
【0023】
[基体]
本発明において、上記の蒸着膜を形成すべき基体としては、ガラス、各種金属等からなるものを使用することもできるが、最も好適には、プラスチック基材が使用される。このようなプラスチックとしては、それ自体公知の熱可塑性樹脂、例えば低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ1−ブテン、ポリ4−メチル−1−ペンテンあるいはエチレン、ピロピレン、1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン等のα−オレフィン同志のランダムあるいはブロック共重合体等のポリオレフィン、環状オレフィン共重合体など、そしてエチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・ビニルアルコール共重合体、エチレン・塩化ビニル共重合体等のエチレン・ビニル化合物共重合体、ポリスチレン、アクリロニトリル・スチレン共重合体、ABS、α−メチルスチレン・スチレン共重合体等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル・塩化ビニリデン共重合体、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル等のポリビニル化合物、ナイロン6、ナイロン6−6、ナイロン6−10、ナイロン11、ナイロン12等のポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等の熱可塑性ポリエステル、ポリカーボネート、ポリフエニレンオキサイド等や、ポリ乳酸など生分解性樹脂、あるいはそれらの混合物のいずれかの樹脂であってもよい。
【0024】
これらの基体は、フィルム乃至シートの形で用いることができるし、またボトル、カップ、チューブ等の容器やその他の成形品の形で使用することができる。特に、ボトルとしては、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステルから形成された二軸延伸ブロー成形ボトルが挙げられる。勿論、本発明は上記ポリエステルのカップや二軸延伸フィルムにも同様に適用することができる。
【0025】
また、プラスチック基体は、前述した熱可塑性樹脂(好ましくはオレフィン系樹脂)を内外層とし、これらの内外層の間に酸素吸収性層を有するガスバリアー性の多層構造物であってもよく、このような多層構造物の内層及び/または外層表面に、本発明の蒸着膜を形成することにより、酸素バリアー性を著しく向上させることができる。
【0026】
[反応ガス]
本発明では、有機金属化合物及び酸化性ガスを反応ガスとして使用するが、必要により、これらとともに、炭素源となる炭化水素も併用することができる。
【0027】
本発明において、有機金属化合物としては、有機ケイ素化合物が好適に使用されるが、酸化性ガスと反応して金属酸化物を形成するものであれば、有機ケイ素化合物に限定されるものではなく、例えばトリアルキルアルミニウムなどの有機アルミニウム化合物、その他、有機チタン化合物など、種々のものを使用することができる。有機ケイ素化合物としては、ヘキサメチルジシラン、ビニルトリメチルシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、トリメチルシラン、ジエチルシラン、プロピルシラン、フェニルシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン等の有機シラン化合物、オクタメチルシクロテトラシロキサン、1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシロキサン等の有機シロキサン化合物等が使用される。また、これらの材料以外にも、アミノシラン、シラザンなどを用いることもできる。
上述した有機金属は、単独でも或いは2種以上の組合せでも用いることができる。また、上述した有機ケイ素化合物とともに、シラン(SiH)や四塩化ケイ素を併用することができる。
【0028】
酸化性ガスとしては、酸素やNOが使用され、キャリアーガスとしては、アルゴンやヘリウムなどが使用される。
【0029】
また炭素源としては有機ケイ素化合物、有機金属化合物のほかCH、C、C、C等の炭化水素を使用しても良い。
【0030】
[蒸着膜の形成]
本発明においては、上述した反応ガスを含む雰囲気中で、基体の表面に、プラズマCVD法により蒸着膜を形成させる。
【0031】
尚、プラズマCVDとは、気体プラズマを利用して薄膜成長を行うものであり、基本的には、減圧下において原料ガスを含むガスを高電界による電気的エネルギーで放電させ、分解させ、生成する物質を気相中或いは基体上での化学反応を経て、基体上に堆積させるプロセスから成る。プラズマ状態は、グロー放電によって実現されるものであり、このグロー放電の方式によって、直流グロー放電を利用する方法、高周波グロー放電を利用する方法、マイクロ波放電を利用する方法などが知られている。
【0032】
低温プラズマCVDは、
a.高速電子によるガス分子の直接分解を利用しているため、生成エネルギーの大きな原料ガスを容易に解離できる、
b.電子温度とガスイオン温度が異なり、電子温度は化学反応を遂行するに必要なエネルギーを有する高温であるが、イオン温度は低温である熱的非平衡状態にあり、低温プロセスが可能となる、
c.基板温度が低くても比較的均一なアモルファス膜を形成できる、
という利点を有するものであり、プラスチック基体への蒸着膜の形成にも容易に適用できるものである。
【0033】
本発明においては、前述した図1に示すような領域が形成されるように蒸着膜を形成しなければならない。このような手段としては、例えば反応ガスによる調整、或いはグロー放電の出力調整などの手段がある。
【0034】
反応ガスによる場合には、例えば有機金属化合物に比して、酸化性ガスの供給量が少ない場合には、有機金属化合物の酸化分解のレベルが低く、重合物が形成される。この結果、カーボン量の多い領域、例えば表面保護層領域Xや接着層領域Zなどの領域を形成することができる。また、有機金属化合物に比して、酸化性ガスの供給量を多くすることにより、有機金属化合物の酸化分解が高いレベルにまで進行するため、ほぼ完全な金属酸化物が形成される。この結果、カーボン量の少ない領域、即ち、中間層バリアー領域Yを形成することができる。さらに、表面保護層領域Xを形成するために、炭素源となる炭化水素を供給することもできる。
【0035】
また、反応ガスの調整により各領域X〜Zを形成する場合、各元素濃度が連続的に変化し、各領域間に界面が生成しないようにマイクロ波の出力と酸素の供給量のバランスを考慮しなければならない。
【0036】
また、グロー放電の出力調整による場合には、例えばプラズマ発生のグロー放電を低出力で発生させると、カーボン量の多い表面保護層領域Xや接着層領域Zなどの領域を形成することができ、高出力でグロー放電を行うと、カーボン量の少ない中間層バリアー領域Yを形成することができる。
【0037】
この出力変化による方法は、以下の原理に基づくものである。
例えば、有機ケイ素酸化物を例にとって説明すると、有機ケイ素化合物と酸化性ガスにより、次の反応経路を経てケイ素酸化膜が形成するものと考えられる。
(a)水素の引き抜き:SiCH→SiCH
(b)酸化:SiCH→SiOH
(c)脱水縮合:SiOH→SiO
【0038】
即ち、高出力、例えば100W以上の出力でグロー放電を実行すると、有機ケイ素化合物が(c)の段階まで一挙に反応し、この結果、酸化分解レベルが高く、カーボン量の少ない中間層バリアー領域Yが形成される。一方、低出力、例えば20乃至80W程度でグロー放電を行うと、(a)の段階で生成したSiCHのラジカル同士の反応が生じ、有機ケイ素化合物重合体が生成し、この結果、カーボン量の多い表面保護層領域Xや接着層領域Zが形成されることとなる。
また、グロー放電の出力調整により、各領域X〜Zを形成する場合、各元素濃度が連続的に変化し、各領域間に界面が生成しないように、グロー放電の出力調整を連続的に変化させることが必要である。
【0039】
本発明において、プラズマ発生のためのグロー放電は、高周波電界或いはマイクロ波電界で行われる。処理すべき基体がプラスチックであるときには、高周波電界でグロー放電を行う場合、電極間距離などによって最適条件は異なり、一概に規定できないが、上記高出力領域でのグロー放電は、100W以上の出力で行うことが好ましく、マイクロ波電界でグロー放電を行う場合には、高出力でのグロー放電は、90W以上とするのがよい。
【0040】
尚、本発明において、前述した条件(a)〜(c)を満足する蒸着膜表面を形成し、さらには表面保護層領域Xでの炭素(C)濃度等の分布を図1に示すようなものとするためには、例えばある程度の厚みの中間層バリアー領域Yを形成後、反応ガスの供給を停止し、雰囲気を有機金属化合物のガスで置換した後に、グロー放電を開始することが好ましい。反応ガスが存在する状態でグロー放電を実行すると、例えば表面での酸化度xが1.3よりも高くなり、蒸着膜の耐水性が低下するおそれがある。
【0041】
[処理装置]
本発明において、上述した蒸着膜の形成に用いる装置は、処理すべき基体を含むプラズマ処理室と、プラズマ処理室を減圧状態に保持するための排気系と、プラズマ処理室内に処理用ガスを導入するための処理用ガス導入系と、プラズマ処理室内にプラズマを発生させるための電磁波導入系とを含んでなる。かかる装置の一例を、マイクロ波プラズマ処理装置を例にとって、その構造を図2に示した。
【0042】
図2において、全体として10で示すプラズマ処理室は、環状の基台12と、筒状側壁14と、筒状側壁14の上部を閉じている天蓋16とから構成されている。
【0043】
環状の基台12の中心部分には、第1の排気孔20が形成され、さらに、基台12の上面には、第1の排気孔20を取り囲むようにして環状の凹部22が形成され、さらに環状の凹部22の周囲には、環状溝24が形成され、環状溝24は、第2の排気孔26に通じている。
【0044】
上記の環状の凹部22には、ボトル28を倒立状態に保持しているボトルホルダー30が収容されている。ボトルホルダー30は、図2から明らかな通り、倒立状態のボトル28の首部が嵌め込まれており、該ホルダーに保持されているボトル28の首部は、第1の排気孔20に通じており、第1の排気孔20からボトル28の首部を介して、ボトル28の内部にガス供給管32が挿入されている。
【0045】
筒状側壁14には、マイクロ波導入口34が設けられており、導波管や同軸ケーブル等のマイクロ波伝送部材36がマイクロ波導入口34に接続されている。即ち、所定のマイクロ波発振器からマイクロ波伝送部材36を介してプラズマ処理室10内にマイクロ波が導入されるようになっている。
【0046】
天蓋16には、冷却用ガス供給孔40が設けられており、これにより、蒸着膜の形成終了後、或いは蒸着膜の形成中に冷却用ガスが、プラズマ処理室10内で倒立状態に保持されているボトル28の底部に吹き付けられ、冷却が行われるようになっている。
【0047】
また、プラズマ処理室10の密閉性を確保するために、基台12と筒状側壁14との界面及び筒状側壁14と天蓋16との界面には、それぞれO−リング42が設けられている。また、ボトルホルダー30にも、ボトル28の内部と外部とを遮断するためのO−リング42が設けられている。
【0048】
さらに、基台12に形成されている第1の排気孔20及び第2の排気孔26には、それぞれ、マイクロ波閉じ込め用のシールド44が設けられている。また、マイクロ波閉じ込めのため、基台12、筒状側壁14及び天蓋16は、何れも金属製である。
【0049】
プラズマ処理による蒸着膜の形成に際しては、先ず、倒立状態にボトル28を保持しているボトルホルダー30を基台12の環状凹部22に載置し、この状態で基台12を適当な昇降動装置で上昇させ、筒状側壁14に接着させ、図2に示されているように、密閉され且つ倒立状態のボトル28が収容されているプラズマ処理室10を構成させる。
【0050】
次いで、ガス供給管32を第1の排気孔20からボトル28の内部に挿入するとともに、真空ポンプを駆動し、第1の排気孔20からの排気により、ボトル28の内部を真空状態に維持する。この際、ボトル28の外圧による変形を防止するために、ボトル28の外部のプラズマ処理室10内を、真空ポンプにより、第2の排気孔26から減圧状態にする。
【0051】
ボトル28内の減圧の程度は、ガス供給管32から処理用ガスが導入され且つマイクロ波が導入されてグロー放電が発生するような減圧の程度が高いものであり、例えば1〜500Pa、特に好適には5〜50Paの範囲がよい。一方、ボトル28の外部のプラズマ処理室10内の減圧の程度は、マイクロ波が導入されてもグロー放電が発生しないような減圧の程度である。
【0052】
この減圧状態に達した後、ガス供給管32によりボトル28内に反応ガスを導入し、マイクロ波伝送部材36を通してプラズマ処理室10内にマイクロ波を導入し、グロー放電によるプラズマを発生させる。このプラズマ中での電子温度は数万Kであり、ガス粒子の温度は数100Kであるのに比して約2桁ほど高く、熱的に非平衡の状態であり、低温のプラスチック基体に対しても有効にプラズマ処理を行うことができる。
【0053】
上記の反応ガス或いはグロー放電のためのマイクロ波出力は、先に述べたように調整され、形成される蒸着膜は、ボトル内面から順に、接着層形成領域Z、中間層バリアー領域Y及び表面保護層Xとなり、その元素組成を、X線光電子分析法により測定すると、図1に示されたようなものとなる。尚、最後の段階で、ボトル28内の圧力を15〜500Pa程度に高めることにより、表面保護層領域Xの表面(即ち蒸着膜表面)を粗面とし、水分に対する遮断性を高めることができる。
【0054】
所定のプラズマ処理を行った後、処理用ガスの導入及びマイクロ波の導入を停止すると共に、冷却用ガス供給孔40から冷却用ガスを導入し、ボトル28の内外を常圧に復帰させ、プラズマ処理されたボトル28をプラズマ処理室10外に取り出すことにより、目的とする蒸着膜が形成されたプラスチックボトルを得ることができる。
【0055】
プラズマ処理の時間は、処理すべきボトルの内表面積、形成させる薄膜の厚さ及び処理用ガスの種類等によっても相違し、一概に規定できないが、2リットルのプラスチックボトルでは、1個当たり、1秒以上がプラズマ処理の安定性から必要であり、コスト面から短時間化が要求されるが、必要であれば分のオーダーでも良い。
【実施例】
【0056】
本発明を次の例で説明するが、本発明はいかなる意味においても、次の例に制
限されるものではない。
【0057】
1.膜中の組成分析法
蒸着膜を内面に被覆したボトルの胴部の内面を、PHI社製、X線光電子分光装置(Quantum2000)により、膜の深さ方向のケイ素、酸素、炭素のそれぞれの組成分布及びケイ素の結合エネルギーを測定した。
尚、ケイ素濃度および酸素濃度は溶融石英(SiO)を基準として補正し、膜厚に関しては、本蒸着膜は便宜上溶融石英(SiO)と同様のスパッタ速度で推測した。
【0058】
また、蒸着膜表面での各元素濃度及びケイ素結合エネルギーは、加速電圧2kV、スパッタ範囲3mm×3mmで、膜表面からの深さ0.3nmの位置での測定値として示した。
【0059】
2.蒸着膜の耐アルカリ性の評価
蒸着膜を内面に被覆したPETボトル内に、アルカリ性溶液(市販のミネラルウォーターpH7.3)500mlを室温にて充填し、ポリプロピレン製キャップでボトル口部を密封して55℃30%RHの環境下に28日保存した後、蛍光X線分析装置(Rigaku ZSX)にて経時における膜中のケイ素量を測定し、同一条件で作製された経時前ボトルのケイ素量と比較し、ケイ素量の減少量を以て蒸着膜の耐アルカリ性の評価とした。各ボトルとも高さ方向に6点測定したケイ素量の平均値を膜厚とした。
【0060】
(実施例1)
周波数2.45GHz、最大出力1.2kWのマイクロ波電源、直径90mm、高さ500mmの金属型円筒形プラズマ処理室、処理室を真空にする油回転真空式ポンプ、マイクロ波を発振器からプラズマ処理室に導入する矩形導波管を有する図2に示す装置を用いた。
【0061】
ガス供給管は、外径15mm、長さ150mmのポーラス構造を有する焼結体ステンレス製ガス供給管を用い、ボトルホルダーに、口径28mm、胴径64mm、高さ206mm、内容積520mlの円筒型ポリエチレンテレフタレート製のボトル(PETボトル)を設置し、処理室内のボトル外部の真空度を7kPa、ボトル内真空度を10Paとし、ヘキサメチルジシロキサン(以下HMDSOと記す)を2.7sccm、酸素を27sccm導入後、マイクロ波発振器より500Wのパルスマイクロ波を発振させ、プラズマ処理を行った。その際、マイクロ波の発振時間を変化させることにより接着層領域Z、中間層バリアー領域Yから成る蒸着膜を形成した。その後、酸素ガスの供給を停止しボトル内をHMDSO雰囲気に置換した後、表面保護層領域を形成した。各領域の蒸着時間は、それぞれ、3sec(領域Z)、5sec(領域Y)、3sec(領域X)とした。
【0062】
表面保護層領域Xを形成後、大気解放し蒸着膜の製膜を終了させた。
この時の前記膜中の組成分析法によるケイ素、酸素、炭素の膜の深さ方向における組成分布とSiの結合エネルギーを図1に示した。また、蒸着膜表面での各元素濃度、酸化度x、ケイ素の結合エネルギー、中間層バリアー領域Yでの平均ケイ素結合エネルギー及び平均酸化度xを、耐アルカリ性評価(膜減少量)の結果と共に、表1に示した。
【0063】
(比較例1)
実施例1と同様の方法でプラズマ処理を行い、接着層領域Z、中間層バリアー領域Yから成る蒸着膜を形成した。その後、酸素ガスの供給を停止し、直ちに0.5sec間の表面保護層領域Xの作製処理を行った。
【0064】
表面保護層領域を形成後、大気解放し蒸着膜の製膜を終了させた。
この時の前記膜中の組成分析法によるケイ素、酸素、炭素の膜の深さ方向における組成分布とケイ素の結合エネルギーを図3に示し、さらに蒸着膜表面での各元素濃度等や耐アルカリ性評価の結果等を表1に示した。
【0065】
(比較例2)
表面保護層領域形成時の酸素の供給量を2.7sccmとした以外は、実施例1と同様に蒸着膜を製膜し、実施例1と同様の分析及び評価を行った。その結果を表1に示した。
【0066】
(比較例2)
表面保護層領域Xを形成しなかった以外は、実施例1と同様に蒸着膜を製膜し、実施例1と同様の分析及び評価を行った。その結果を表1に示した。
【0067】
【表1】

【0068】
上記の結果から、前述した条件(a)〜(c)の全てを満足する実施例の蒸着膜は、良好な耐アルカリ性を示していることがわかる。
【0069】
また、種々の条件で作製したボトルの外表面の濃度比と膜減少の関係を図4〜6に示す。これらの結果から、外表面での各元素濃度がC>O、C>Siを満足し、かつ酸化度xが1.3以下の場合において良好な表面保護効果を示し、良好な耐アルカリ性を示すことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】実施例1で得られた本発明の蒸着膜の厚み方向における元素組成及びケイ素の結合エネルギーを示す図。
【図2】本発明の蒸着膜を形成するためのプラズマ処理装置の構造を示す図。
【図3】比較例1の蒸着膜の厚み方向における元素濃度とケイ素の結合エネルギーを示した図。
【図4】表面のC/O比と膜厚減少量の関係を示した図。
【図5】表面のC/Si比と膜厚減少量の関係を示した図。
【図6】表面のO/Si比(酸化度)と膜厚減少量の関係を示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機金属化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により基体表面に形成した蒸着膜において、
前記有機金属化合物に由来する金属元素(M)、酸素(O)及び炭素(C)の3元素基準で、前記蒸着膜は、炭素濃度が5元素%以上の基体側接着層領域と、炭素濃度が5元素%未満の中間層バリアー領域と、炭素濃度が5元素%以上の表面保護層領域とに区画され、
前記表面保護層領域は、炭素(C)濃度が酸素(O)濃度及び金属元素(M)濃度よりも高く、且つ該表面保護層領域の表面において、金属元素(M)の酸化度x(xは金属元素に対する酸素元素の元素比で表される)が1.3以下であり且つ金属元素(M)の結合エネルギーが、前記中間層バリアー領域での金属元素結合エネルギーの平均値よりも1.0eV以上小さく、
前記中間層バリアー領域では、金属元素(M)の酸化度xが平均して1.8より高く且つ2.4以下であることを特徴とする蒸着膜。
【請求項2】
前記有機金属化合物が有機ケイ素化合物であり、金属(M)がケイ素(Si)である請求項1に記載の蒸着膜。
【請求項3】
前記基体がプラスチックである請求項1または2に記載の蒸着膜。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかに記載の蒸着膜が内面に形成されていることを特徴とするプラスチックボトル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−233234(P2006−233234A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−45015(P2005−45015)
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】