説明

モータ駆動用の電力変換装置

【課題】モータの回転速度が低いときでも、正確にモータの位相および回転速度を検出することができるモータ駆動用の電力変換装置を提供する。
【解決手段】電力変換装置は、モータMの誘起電圧を測定する電圧測定器21と、モータMに可変周波数の電力を供給するインバータ10と、インバータ10の出力電力を制御するベクトル制御部30と、誘起電圧からモータMの位相および回転速度を決定する同期始動制御部50とを備える。同期始動制御部50は、誘起電圧が予め設定された値以下であるときは、決定されたモータMの位相および回転速度を破棄し、誘起電圧が予め設定された値よりも大きいときは、決定されたモータMの位相および回転速度をベクトル制御部30に送る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロータの位置センサを用いることなく、モータを駆動することができる電力変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期モータは、高効率かつメンテナンスフリーであることから、様々な分野に広く使用されている。この永久磁石同期モータを可変速駆動するためには、ロータの回転位置を検出することが必要となる。従来から、ロータの位置センサを使用せずに永久磁石同期モータを駆動するための様々な方法が開発されている。例えば、特許文献1および特許文献2に開示されている方法では、モータの巻線に生じる誘起電圧からロータの位置を推定し、モータに流す電流を制御する。
【0003】
モータを始動する状況には、停止している状態のモータを始動する場合のみならず、慣性または外部エネルギーにより自由回転しているモータを始動する場合も含まれる。例えば、モータをポンプの駆動に使用する場合、モータが停止しているときでも、ポンプ内を流れる液体により羽根車が水車としてモータを回転させることがある。このような状況でのポンプの始動動作は、自由回転しているモータを始動させる動作である。
【0004】
モータの自由回転は、瞬間的な停電時にも起こる。すなわち、停電の直後のモータは、慣性によりしばらくは回転し続ける。したがって、瞬間的な停電の直後にモータを始動させる動作も、自由回転しているモータを始動させる動作となる。
【0005】
特許文献3には、ブラシレスDCモータをポンプの駆動に使用した給水装置が開示されている。この給水装置では、ポンプを流通する水により回転するロータの回転速度を監視し、ロータの回転速度を目標回転速度と同期させてモータを始動する。しかしながら、この引用文献3に記載の給水装置は、ロータの位置を検出するセンサが使用されているため、モータが高価となってしまう。
【0006】
特許文献4には、ロータの位置センサを用いることなく、自由回転しているモータを始動する方法が記載されている。この方法は、回転するモータに発生する誘起電圧のU相およびV相の交差点に基づいて、モータの位相および回転速度を決定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平3−155393号公報
【特許文献2】特開平5−83965号公報
【特許文献3】特開2001−50168号公報
【特許文献4】特開2005−137106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図1に示すように、モータの回転速度が高いときには、誘起電圧は大きくなる。したがって、誘起電圧のU相、V相、W相間の交差点を決定することは比較的容易である。しかしながら、モータの回転速度が低いときは、図2に示すように、誘起電圧は小さくなる。このため、各相の誘起電圧の波形に現れるノイズの影響で、U相、V相、W相間の交差点を決定することが困難となる。結果として、モータの正確な位相や回転速度が得られなく、インバータはモータの実際の回転速度に同期したモータ駆動を開始することができない。
【0009】
このようなノイズの影響を防止するために、ヒステリシス付きコンパレータを採用したり、チャタリング防止フィルタを採用することもできる。しかしながら、これらのハードウエアまたはソフトウエアを用いた処理は、正確な位相の検出を遅らせてしまう。
【0010】
本発明は、上述した従来の問題点を解決するためになされたもので、正確にモータの位相および回転速度を検出してモータの同期始動を行なうことができるモータ駆動用の電力変換装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した目的を達成するために、本発明の一態様は、モータを駆動するための電力変換装置であって、前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、前記同期始動制御部は、前記誘起電圧が予め設定された値以下であるときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を破棄し、前記誘起電圧が前記予め設定された値よりも大きいときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする。
【0012】
本発明の他の態様は、モータを駆動するための電力変換装置であって、前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、前記同期始動制御部は、前記決定されたモータの回転速度を周波数に換算して推定周波数を取得し、前記誘起電圧と前記モータに固有の比例定数V/fとから出力周波数を算出し、前記出力周波数と前記推定周波数との差が所定の値以上であるときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を破棄し、前記出力周波数と前記推定周波数との差が前記所定の値よりも小さいときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする。
【0013】
本発明のさらに他の態様は、モータを駆動するための電力変換装置であって、前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、前記同期始動制御部は、前記決定されたモータの回転速度を周波数に換算し、得られた前記モータの周波数と前記モータに固有の比例定数V/fとから推定電圧を算出し、前記誘起電圧と前記推定電圧との差が所定の値以上であるときは、前記決定されたモータの位相および速度を破棄し、前記誘起電圧と前記推定電圧との差が前記所定の値よりも小さいときは、前記決定されたモータの位相および速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、モータの回転速度が低いときのノイズの影響を排除することができるので、正確なモータの位相および回転速度を決定することができる。したがって、自由回転しているモータの位相および回転速度に同期した電力をモータに供給してモータを始動することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】モータの回転速度が高いときのモータの誘起電圧を示す図である。
【図2】モータの回転速度が低いときのモータの誘起電圧を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る電力変換装置を示すブロック図である。
【図4】インバータ制御部のブロック図である。
【図5】図4に示す同期始動制御部を示すブロック図である。
【図6】U相、V相、W相の電圧信号と、U−V相の線間電圧を示すパルス信号PUVと、V−W相の線間電圧を示すパルス信号PVWを表すグラフである。
【図7】自由回転しているモータの角周波数を算出するフローチャートを示す図である。
【図8】モータの同期始動の動作を示すフローチャートである。
【図9】U相およびV相の電圧信号と、U−V相の線間電圧を示すパルス信号PUVを表すグラフである。
【図10】モータの同期始動動作の他の実施形態を示すフローチャートである。
【図11】モータの同期始動動作のさらに他の実施形態を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図3は、本発明の一実施形態に係る電力変換装置を示すブロック図である。図3に示す例では、電力変換装置5は、ポンプPに連結されたモータMを駆動するために使用されている。図3に示すように、電力変換装置5は、インバータ10、センサ部15、インバータ制御部16、記憶部17、および操作通信部19を備えている。
【0017】
インバータ10は、コンバータ回路11、インバータ回路12、ゲートドライブ回路13を有している。コンバータ回路11は整流回路を有しており、商用電源1から供給される3相の交流電力を直流電力に変換するように構成されている。インバータ回路12は、IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)などのスイッチング素子を有しており、コンバータ回路11によって変換された直流電力から3相の交流電力を生成する。ゲートドライブ回路13は、インバータ回路12の各スイッチング素子を開閉するためのゲートドライブ信号を生成する。インバータ回路12のスイッチング素子は、ゲートドライブ回路13からのゲートドライブ信号に従って駆動され、これによりインバータ回路12は可変周波数の交流電力を出力する。
【0018】
センサ部15は電流測定器20および電圧測定器21を有している。電流測定器20は、インバータ回路12から出力される三相電流を測定して、その測定値(出力電流信号)をインバータ制御部16に送る。電圧測定器21は、モータMが発生する誘起電圧を測定して、その測定値(誘起電圧信号)をインバータ制御部16に送る。センサ部15は、ポンプPの吐出圧力、流量などの制御対象を測定する各種センサをさらに有してもよい。図3の符号25は、ポンプPの吐出圧力を測定する圧力センサである。
【0019】
記憶部17は不揮発性のメモリであり、インバータ回路12の駆動および制御のために必要な各種パラメータや、制御プログラムなどが格納されている。また、記憶部17には、吐出圧力制御などのポンプ運転制御に必要なプログラムや各種パラメータが記憶されている。
【0020】
操作通信部19は、電力変換装置5の外部からの操作により、電力変換装置5の運転を開始および停止し、また各種設定値を設定するように構成されている。また、操作通信部19は、外部から周波数指令信号を受信し、また運転状況を示す信号を外部に出力する。操作通信部19は、より上位の制御装置との接続を通信を介して行うように構成されてもよい。
【0021】
インバータ制御部16は、センサ部15から送られる測定信号、および操作通信部19から送られる周波数指令信号に基づいて、モータMの回転速度を制御する。すなわち、インバータ制御部16は、周波数指令信号を操作通信部19から受け、センサ部15からの測定信号に基づいてPWM信号を生成する。このPWM信号はゲートドライブ回路13に送られる。ゲートドライブ回路13は、PWM信号に基づいて、インバータ回路12のスイッチング素子を駆動するためのゲートドライブ信号を生成する。インバータ回路12のスイッチング素子は、ゲートドライブ回路13からのゲートドライブ信号に従って駆動され、これによりインバータ回路12は可変周波数の交流電力を出力する。
【0022】
図4はインバータ制御部16のブロック図である。インバータ制御部16は、モータMに供給する電流をトルク電流成分と磁化電流成分とに分解してこれらを独立に制御するベクトル制御部30と、モータMに発生する誘起電圧からモータMの位相および回転速度を決定する同期始動制御部50とを有している。同期始動制御部50は、自由回転しているモータMの回転速度を決定することができるので、ベクトル制御部30はモータMの回転速度に同期したインバータ駆動を開始することができる。
【0023】
インバータ10の3相の出力電流は、電流測定器20により測定される。測定された三相電流Iu,Iv,Iwは、3/2相変換部32、静止/回転座標変換部33により、回転座標系上の二相電流Id,Iqに変換された後、磁化電圧制御部34およびトルク電圧制御部35に入力される。磁化電圧制御部34は、磁化電流Idと磁化電流指令値Id*との偏差を0とする磁化電圧指令値Vd*をPI演算により求める。磁化電流指令値Id*は、モータモデルを用いて算出された理想的な磁化電流である。トルク電圧制御部35は、トルク電流Iqとトルク電流指令値Iq*との偏差を0とするトルク電圧指令値Vq*をPI演算により求める。
【0024】
目標トルク電流決定部37は、外部から入力された角速度指令値ω*と現在の角速度ωとの偏差が0となるようにPI演算を行なってトルク電流指令値Iq*を決定する。現在の角速度ωは、電圧指令値Vd*,Vq*に基づき、軸誤差推定器(PLL)38によって求められる。さらに、積分器39により角速度ωから位相θが求められる。得られた位相θは、静止/回転座標変換部33および回転/静止座標変換部40に送られる。電圧指令値Vd*,Vq*は、回転/静止座標変換部40および2/3相変換部41を経て固定座標系上の3相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に変換される。
【0025】
ベクトル制御部30は、これら三相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に対応したPWM信号を生成し、このPWM信号をゲートドライブ回路13に送る。ゲートドライブ回路13は、三相電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に対応するPWM信号に基づいてゲートドライブ回路PWM信号を生成し、スイッチング素子は、ゲートドライブ回路PWM信号に基づいて動作(オン、オフ)される。このように、インバータ10はベクトル制御部30からの三相電圧指令値に基づいた電圧を生成し、これをモータMに印加する。
【0026】
ポンプが水道本管に直結された、いわゆる直結型の給水装置では、ポンプが停止しているときでも、水道本管からの液体の圧力により給水が行われることがある。したがって、インバータ10によりモータMが駆動されていないときであっても、ポンプ内を流れる液体によりポンプの羽根車およびこれに連結されたモータMが回転する。このようにモータMが自由回転している状態からインバータ10によりモータMを始動するためには、回転しているモータMの誘起電圧の周波数および位相に同期した電圧をインバータ10が生成する必要がある。
【0027】
モータMの自由回転は、瞬間的な停電の直後にも起こる。すなわち、モータMがインバータ10により駆動されている最中に瞬間的な停電が起こると、モータMに電力が供給されていなくても、モータMのロータは慣性によりしばらくの間は回転し続ける。停電が復旧した後に自由回転しているモータMを始動するときは、モータMの誘起電圧の周波数および位相に同期した電圧をインバータ10が生成する必要がある。
【0028】
本明細書では、モータが電力の供給を受けずに、外部の運動エネルギーまたは慣性により回転している状態を「自由回転」という。このような自由回転しているモータとインバータとの同期始動を実現するために、本電力変換装置5は、モータMのU相、V相、W相の誘起電圧を測定し、その測定された電圧から自由回転しているモータの位相(磁極位置)および回転速度を推定し、その推定された位相および回転速度に基づいて、インバータ10の制御を開始する。
【0029】
回転しているモータMは、誘起電圧を発生する。電力変換装置5はこのモータMの誘起電圧からモータMの位相および回転速度を決定する。図5は、図4に示す同期始動制御部50を示すブロック図である。図5に示すように、同期始動制御部50は、U相−V相間の電圧差からパルス信号を生成する第1の線間電圧比較器51A、V相−W相間の電圧差からパルス信号を生成する第2の線間電圧比較器51B、第1の線間電圧比較器51Aにより生成されたパルス信号のパルスエッジを検出する第1のパルスエッジ検出部52A、第2の線間電圧比較器51Bにより生成されたパルス信号のパルスエッジを検出する第2のパルスエッジ検出部52B、およびパルスエッジからモータの位相を特定し、かつモータの回転速度を算出する速度算出部55を有している。
【0030】
電圧測定器21は、インバータ10とモータMとを接続する三相の線の電圧を測定し、U相、V相、W相の電圧信号を出力する。この三相の出力電圧信号は、自由回転しているモータMの誘起電圧を示す信号である。出力電圧信号はゲイン調整器49により増幅された後、第1の線間電圧比較器51A、第2の線間電圧比較器51B、および速度算出部55のADコンバータ55aに送られる。
【0031】
第1の線間電圧比較器51Aは、U相の電圧信号とV相の電圧信号とを比較して、パルス信号PUVを生成する。具体的には、V相の電圧信号がU相の電圧信号よりも高いときは高位信号を発生し、V相の電圧信号がU相の電圧信号よりも低いときは低位信号を発生する。同様に、第2の線間電圧比較器51Bは、V相の電圧信号とW相の電圧信号とを比較して、パルス信号PVWを生成する。すなわち、W相の電圧信号がV相の電圧信号よりも高いときは高位信号を発生し、W相の電圧信号がV相の電圧信号よりも低いときは低位信号を発生する。
【0032】
図6は、U相、V相、W相の電圧信号と、U−V相の線間電圧を示すパルス信号PUVと、V−W相の線間電圧を示すパルス信号PVWを表すグラフである。グラフから分かるように、パルス信号PUVの立ち上がりエッジE1および立ち下がりエッジE2は、U相の電圧信号とV相の電圧信号とが交差する点で現れ、パルス信号PVWの立ち上がりエッジE3および立ち下がりエッジE4は、V相の電圧信号とW相の電圧信号とが交差する点で現れる。
【0033】
線間電圧比較器51A,51Bで生成されたパルス信号PUVおよびパルス信号PVWは、それぞれ第1のパルスエッジ検出部52Aおよび第2のパルスエッジ検出部52Bに送られる。第1のパルスエッジ検出部52Aは、パルス信号PUVの立ち上がりエッジE1および立ち下がりエッジE2を検出し、これら立ち上がりエッジE1および立ち下がりエッジE2が検出されるたびに、パルスエッジ検出信号を速度算出部55に送る。同様に、第2のパルスエッジ検出部52Bは、パルス信号PVWの立ち上がりエッジE3および立ち下がりエッジE4を検出し、これら立ち上がりエッジE3および立ち下がりエッジE4が検出されるたびに、パルスエッジ検出信号を速度算出部55に送る。以下、これらパルス信号PUVおよびパルス信号PVWの立ち上がりエッジおよび立ち下がりエッジを、総称してパルスエッジと呼ぶ。図6から、モータの誘起電圧の1周期内には、4つのパルスエッジE1,E2,E3,E4が現れることが分かる。
【0034】
速度算出部55は、第1のパルスエッジ検出部52Aまたは第2のパルスエッジ検出部52Bからのパルスエッジ検出信号を受けると、以下に説明するように、モータMの位相の特定および角周波数(すなわち回転速度のスカラー量)の計算を開始する。
【0035】
図7は、自由回転しているモータの角周波数(回転速度)を算出するフローチャートを示す図である。速度算出部55は、パルスエッジ検出信号を受けると、現在の時刻tを取得する。次に、速度算出部55は、検出されたパルスエッジの位相(角度)θを特定し、時刻tにおけるモータの位相θをベクトル制御部30の積分器39に送る。位相θは、誘起電圧の1周期内に現れるパルスエッジごとに予め設定されている。すなわち、パルスエッジE1の位相は5/6π、パルスエッジE2の位相は−1/6π、パルスエッジE3の位相は−1/2π、パルスエッジE4の位相は1/2πに設定されている。
【0036】
したがって、検出されたパルスエッジがパルスエッジE1であれば、速度算出部55はモータの位相θとして5/6πを積分器39に送る。同様に、検出されたパルスエッジがパルスエッジE2であれば、速度算出部55はモータの位相θとして−1/6πを積分器39に送る。検出されたパルスエッジがパルスエッジE3であれば、速度算出部55はモータの位相θとして−1/2πを積分器39に送る。検出されたパルスエッジがパルスエッジE4であれば、速度算出部55はモータの位相θとして1/2πを積分器39に送る。位相θが入力されると、積分器39は位相θを位相θにリセットし(位相θを位相θに置き換え)、位相θを静止/回転座標変換部33および回転/静止座標変換部40に送る。
【0037】
図6に示すように、速度算出部55は、前回パルスエッジを検出してからの経過時間Δtと、現在の位相θと、前回パルスエッジが検出されたときの位相θn−1とから、自由回転しているモータの角周波数ωを次のように決定する。
【数1】

このようにして、自由回転しているモータの位相θおよび角周波数ωが決定される。
【0038】
図6に示す3相電圧は、比較的大きな振幅を有する。しかしながら、自由回転しているモータの回転速度が低いときは、図2に示すように、誘起電圧は小さくなる。このため、各相の電圧の波形に現れるノイズの影響で、U相、V相、W相間の交差点から決定されるパルス信号が不安定となる。結果として、モータの正確な位相や回転速度を得ることができない。
【0039】
そこで、速度算出部55は、モータの誘起電圧が小さいときにはモータを同期運転させない機能を有している。図8は、モータの同期始動の動作を示すフローチャートである。インバータ10の停止中にパルスエッジが検出されると(ステップ1)、タイマーが0にリセットされ、タイマーが始動される(ステップ2)。モータの出力電圧(誘起電圧)の測定値は、電圧測定器21からADコンバータ55aを介して速度算出部55に取り込まれ、予め設定されたしきい値と比較される(ステップ3)。モータの出力電圧がしきい値以下であるときは、角周波数ωおよび位相θは破棄され、角周波数ωおよび位相θはいずれも0に設定される(ステップ5)。そして、0に設定された角周波数ωおよび位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。
【0040】
一方、モータの出力電圧がしきい値よりも大きいときは、上記式(1)を用いて角周波数ωが算出され、さらに、検出されたパルスエッジに基づいて位相θが特定される(ステップ4)。その後、得られた角周波数ωおよび位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。ベクトル制御部30は、外部から運転指令が入力したか否かを判断し(ステップ7)、運転指令が未入力の場合には、処理フローはステップ1に戻る。一方、運転指令が入力された場合には、自由回転しているモータの速度に同期してモータを始動させる(ステップ8)。なお、本実施形態では、ステップ3でモータの出力電圧がしきい値より大きいかどうかを判断した後にステップ4で角周波数ωおよび位相θが算出されるが、ステップ3とステップ4の順番を入れ替えて、先に角周波数ωおよび位相θを算出してから、モータの出力電圧がしきい値より大きいかどうかを判断してもよい。
【0041】
図4に示すスイッチSW1は、軸誤差推定器38および同期始動制御部50に接続されており、軸誤差推定器38からの角周波数ωおよび同期始動制御部50からの角周波数ωのうちのいずれか一方のみを選択的に通過させるように構成されている。したがって、目標トルク電流決定部37および積分器39に入力される角周波数ωとしては、角周波数ωまたは角周波数ωのいずれかが採用される。ステップ7で運転指令が入力されたと判断されるまでは、スイッチSW1を介して同期始動制御部50とベクトル制御部30とが接続され、同期始動制御部50からの角周波数ωがベクトル制御部30に入力され続ける。そして、運転指令が入力されたと判断されると、軸誤差推定器38からの角周波数ωがスイッチSW1を介して目標トルク電流決定部37および積分器39に送られ、ベクトル制御が行われる。
【0042】
モータが回転していない場合は、パルスエッジは検出されない。したがって、ステップ1において、所定時間内にパルスエッジが検出されなかった場合には、タイマーがリセットされ(ステップ9)、さらに角周波数ωおよび位相θはいずれも0に設定される(ステップ5)。
【0043】
上述したように、モータの出力電圧がしきい値以下のときは、得られた角周波数ωおよび位相θは破棄され、角周波数ωおよび位相θは0に設定される(ステップ5参照)。これは、モータの誘起電圧が小さいことに起因して、モータの出力電圧波形に現れたノイズがパルスエッジを生成したと考えられるからである。つまり、ノイズに起因して生成されたパルスエッジからは、実際のモータの回転速度および位相を決定することができない。一方、モータの出力電圧がしきい値よりも大きいときは、算出された角周波数ωおよび特定された位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ4参照)。
【0044】
角周波数ωは、スイッチSW1を介して目標トルク電流決定部37および積分器39に入力され、位相θは積分器39を介して回転/静止座標変換部40および静止/回転座標変換部33に入力される。そして、ベクトル制御部30は、自由回転しているモータMの位相および回転速度に同期した電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*を生成する。インバータ10は、電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*に従って電力を出力し、モータMを始動させる(ステップ8)。このようにして、電力変換装置5は、インバータ10の出力電圧の周波数および位相を、自由回転しているモータの出力電圧の周波数および位相に同期させた状態で、モータを始動させることができる。
【0045】
モータの回転速度が遅くなるほど、モータの誘起電圧は低くなる。このため、始動しようとするモータの回転速度が0または非常に低い場合は、モータの出力電圧が上記しきい値を上回ることができない。結果として、処理フローはステップ4に進むことができず、モータの同期始動ができない。そこで、上述したように、タイマーにより計測された時間が予め設定した時間を過ぎたときは、角周波数ωが0であると仮定してモータが始動される(図8のステップ9,5参照)。具体的には、パルスエッジが所定時間内に検出されなかった場合は、角周波数ωが0に設定される。このような処理ステップを処理フローに組み入れることにより、モータの回転速度が0または非常に低いときであってもモータが始動される。
【0046】
本実施形態では、2つのパルス信号PUVおよびパルス信号PVWが生成されるので、誘起電圧の1周期内には、4つのパルスエッジE1,E2,E3,E4が現れる。このパルスエッジが現れる順序から、モータの回転方向を決定することができる。具体的には、モータが正方向に回転しているときは、E1,E3,E2,E4の順にパルスエッジが現れる。一方、具体的には、モータが逆方向に回転しているときは、E4,E2,E3,E1の順にパルスエッジが現れる。したがって、速度算出部55は、パルスエッジの順序からモータの回転方向を決定することができる。
【0047】
1つのパルス信号からはモータの回転方向を決定することはできないが、モータの位相θおよび角周波数ωを決定することはできる。図9は、U相およびV相の電圧信号と、U−V相の線間電圧を示すパルス信号PUVを表すグラフである。図9から分かるように、モータの出力電圧の1周期内に2つのパルスエッジE1,E2が現れる。したがって、パルスエッジE1,E2から位相θを特定し、さらに上記式(1)を用いて角周波数ωを算出することができる。
【0048】
図10は、モータの同期始動動作の他の実施形態を示すフローチャートである。この実施形態では、ステップ3にて、上記式(1)を用いて角周波数ωが算出され、さらに、検出されたパルスエッジに基づいて位相θが特定される。さらに、ステップ4にて、角周波数ωから求められる周波数f(以下、推定周波数fという)と、モータの出力電圧(誘起電圧)の周波数fi(以下、出力周波数fiという)との差に基づいて、算出された角周波数ωおよび位相θを破棄して、これらを0に設定するか否かが速度算出部55により判断される。ステップ3,4以外のステップは、図8に示すステップと同じである。
【0049】
推定周波数fは、算出された角周波数ωと、公知の式ω=2πfとから算出することができる。一方、出力周波数fiは、ADコンバータ55aに入力されたモータの出力電圧の測定値と、既知の比例定数V/fとから求めることができる。具体的には、モータの出力電圧の測定値を比例定数V/fで割ることにより、出力周波数fiを求めることができる。この比例定数V/fは、モータに固有の定数であり、モータの定格電圧をモータの定格周波数で割ることにより求められる。
【0050】
次に、推定周波数fと出力周波数fiとの差の絶対値(大きさ)が所定の値と比較される(ステップ4)。推定周波数fと出力周波数fiとの差の絶対値が所定の値以上である場合には、算出された角周波数ωおよび位相θは破棄され、角周波数ωおよび位相θは0に設定される(ステップ5)。そして、0に設定された角周波数ωおよび位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。
【0051】
一方、推定周波数fと出力周波数fiとの差の絶対値が所定の値よりも小さい場合には、算出された角周波数ωおよび特定された位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。ベクトル制御部30は、角周波数ωおよび位相θに基づいてインバータ10への電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*を生成する。インバータ10は、自由回転しているモータの誘起電圧の位相および周波数に同期した電圧をモータに出力する。
【0052】
図11は、モータの同期始動動作のさらに他の実施形態を示すフローチャートである。この実施形態では、ステップ3にて、上記式(1)を用いて角周波数ωが算出され、さらに、検出されたパルスエッジに基づいて位相θが特定される。さらに、ステップ4にて、角周波数ωから求められる推定電圧Vと、ADコンバータ55aに入力されたモータの出力電圧Vとの差に基づいて、算出された角周波数ωおよび位相θを破棄して、これらを0に設定するか否かが速度算出部55により判断される。ステップ3,4以外のステップは、図8に示すステップと同じである。
【0053】
推定電圧Vは、算出された角周波数ωと、公知の式ω=2πfと、既知の定数V/fとから算出することができる。次に、推定電圧Vと出力電圧Vとの差の絶対値(大きさ)が所定の値と比較される(ステップ4)。推定電圧Vと出力電圧Vとの差の絶対値(大きさ)が所定の値以上である場合には、算出された角周波数ωおよび位相θは破棄され、角周波数ωおよび位相θは0に設定される(ステップ5)。そして、0に設定された角周波数ωおよび位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。
【0054】
一方、推定電圧Vと出力電圧Vとの差の絶対値が所定の値よりも小さい場合には、算出された角周波数ωおよび特定された位相θがベクトル制御部30に送られる(ステップ6)。ベクトル制御部30は、角周波数ωおよび位相θに基づいてインバータ10への電圧指令値Vu*,Vv*、Vw*を生成する。インバータ10は、自由回転しているモータの誘起電圧の位相および周波数に同期した電圧をモータに出力する。
【0055】
上述した実施形態は、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が本発明を実施できることを目的として記載されたものである。上記実施形態の種々の変形例は、当業者であれば当然になしうることであり、本発明の技術的思想は他の実施形態にも適用しうることである。したがって、本発明は、記載された実施形態に限定されることはなく、特許請求の範囲によって定義される技術的思想に従った最も広い範囲に解釈されるものである。
【符号の説明】
【0056】
1 商用電源
5 電力変換装置
10 インバータ
11 コンバータ回路
12 インバータ回路
13 ゲートドライブ部
15 センサ部
16 インバータ制御部
17 記憶部
19 操作通信部
20 電流測定部
21 電圧測定部
30 ベクトル制御部
50 同期始動制御部
51A,51B 線間電圧比較器
52A,52B パルスエッジ検出部
55 速度算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを駆動するための電力変換装置であって、
前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、
前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、
前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、
測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、
前記同期始動制御部は、前記誘起電圧が予め設定された値以下であるときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を破棄し、前記誘起電圧が前記予め設定された値よりも大きいときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
モータを駆動するための電力変換装置であって、
前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、
前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、
前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、
測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、
前記同期始動制御部は、前記決定されたモータの回転速度を周波数に換算して推定周波数を取得し、前記誘起電圧と前記モータに固有の比例定数V/fとから出力周波数を算出し、前記出力周波数と前記推定周波数との差が所定の値以上であるときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を破棄し、前記出力周波数と前記推定周波数との差が前記所定の値よりも小さいときは、前記決定されたモータの位相および回転速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
モータを駆動するための電力変換装置であって、
前記モータの誘起電圧を測定する電圧測定器と、
前記モータに可変周波数の電力を供給するインバータと、
前記インバータの出力電力を制御するベクトル制御部と、
測定された前記誘起電圧から前記モータの位相および回転速度を決定する同期始動制御部とを備え、
前記同期始動制御部は、前記決定されたモータの回転速度を周波数に換算し、得られた前記モータの周波数と前記モータに固有の比例定数V/fとから推定電圧を算出し、前記誘起電圧と前記推定電圧との差が所定の値以上であるときは、前記決定されたモータの位相および速度を破棄し、前記誘起電圧と前記推定電圧との差が前記所定の値よりも小さいときは、前記決定されたモータの位相および速度を前記ベクトル制御部に送ることを特徴とする電力変換装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−213265(P2012−213265A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77220(P2011−77220)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】