説明

ラチェット式テンショナ

【課題】ラチェット式テンショナのラチェット機構のラック歯の摺動面の形状を工夫することにより、バックラッシュに起因する騒音低減を可能としながら、プランジャの前進の迅速性、プランジャの挙動の安定化およびラチェット機構の耐久性の向上を図る。
【解決手段】チェット式テンショナのラチェット機構は、ハウジングに摺動自在に収容されて摺動方向に移動するラチェット150と、プランジャ120に設けられてラチェット150のラチェット歯151と噛合い可能なラック歯122と、噛合い方向にラチェット150を付勢するラチェット付勢用ばねとを備える。ラック歯122は、後退方向に面するストップ面122aと、反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する摺動面122bとを有する。摺動面122bは、進入開始部123と進入終了部124との間で、前進方向および反噛合い方向に凸状の曲面180である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのカムシャフトなどを駆動する巻掛け伝動体に張力を与えるラチェット式テンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラチェット式テンショナは、ハウジングに進退方向に移動自在に支持されたプランジャに前進方向への付勢力を作用させることにより、巻掛け伝動体(例えば、エンジンのタイミングチェーン)に張力を与える。
【0003】
このような従来のラチェット式テンショナとして、例えば、図9に示されるように、油室516内に配置されたスプリング518により付勢されるプランジャ514の進退方向と直交する方向に摺動自在にハウジング512に嵌挿されて該ハウジング512との間で副油室520を形成するピストン526と、副油室520に外部油圧を作用させるための油路544と、ピストン526を副油室520に向かって付勢するスプリング534を内装して副油室520の反対側においてハウジング512とピストン526により区画形成された大気室528とを有し、この大気室528に大気と連通して副油室520に外部油圧が作用してピストン526がスプリング534の付勢力に抗して移動したときにピストン526によって閉塞される大気連通孔532が設けられ、プランジャ514のハウジング512に囲繞される部分にラック歯538が刻設され、ピストン526のロッド524の先端にラック歯538に噛合可能な複数の噛合歯536が設けられ、噛合歯536およびラック歯538のプランジャ後退阻止歯面がプランジャ514の進退方向に直角な歯面に形成されたテンショナ500が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、図10に示されるように、ハウジングに移動自在に支持されてチェーンに張力を付与するためにプランジャ付勢用ばねおよび高圧油室(図示されず)内の圧油が加える前進方向付勢力により前進するプランジャ551と、走行中のチェーンから後退方向に作用する反力(以下、「チェーン反力」という。)によるプランジャ551の後退を規制可能なラチェット機構560とを備えるラチェット式テンショナ550において、ラチェット機構560が、前記ハウジングに摺動自在に収容されてプランジャ551の進退方向に直交する摺動方向に移動するラチェット561と、プランジャ551に設けられてラチェット561のラチェット歯562と噛合い可能なラック歯552と、前記摺動方向でラチェット歯562がラック歯552と噛み合う噛合い方向にラチェット561を付勢するラチェット付勢用ばね566とを備えるものも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実用新案登録第2559664号公報(実用新案登録請求の範囲、図1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、ラチェット式テンショナのラチェット機構が、プランジャの進退方向と直交する摺動方向に移動するラチェットを備える場合、ラック歯の1ピッチ(図10においてピッチP5が相当する。)を最大のバックラッシュ量とするバックラッシュが存在する。
このため、前記前進方向付勢力に打ち勝つことで、プランジャがバックラッシュ量だけ後退してラック歯がラチェット歯と当接すること、および前記前進方向付勢力がチェーン反力に打ち勝つことでプランジャが前進することが繰り返されて、ラック歯とラチェット歯との当接による打音が発生し、また、バックラッシュによるプランジャの後退に起因してチェーンのバタツキが発生して、騒音が発生する。
【0007】
ラチェット機構で発生する前述した打音およびチェーンのバタツキは、バックラッシュ量が大きくなるほど大きくなることから、バックラッシュ量を小さくするための一手段として、図10に示されるように、ラック歯552の摺動面553の傾斜角α5を小さくすることが考えられる。
しかしながら、この傾斜角α5を小さくすると、図10に一点鎖線で示されるように、ラック歯552aのピッチP5aが小さくなるので、プランジャの前進時にラック歯552aと、該ラック歯552aに対応した歯形のラチェット歯(図示されず)との当接頻度が高くなって、ラック歯とラチェット歯との間の摩擦により、プランジャが前進するときの迅速性が低下して、プランジャの追従性が低下し、チェーンへの張力付与の遅れが発生したり、ラック歯およびラチェット歯の摩耗量が増加するという問題があった。
【0008】
一方、ラック歯552のピッチP5の減少を回避または抑制しながら傾斜角α5を小さくすると、図10に二点鎖線で示されるように、ラック歯552bの歯丈(図10において歯丈H5bが相当する。)が高くなる。
このため、摺動方向でのラチェットの移動量が増加して、ラチェット付勢用ばね566によるラチェット付勢力の変動量が大きくなって、プランジャの挙動が不安定化したり、またラック歯552bおよび該ラック歯552bに対応した歯形のラチェット歯(図示されず)の摩耗量が増加するという問題があった。
【0009】
さらに、プランジャの後退時に、その後退速度が大きい場合には、後退しているプランジャにより駆動されて反噛合い方向に後退するラチェットの移動速度も大きくなる。このような場合、ラチェット歯がラック歯を乗り越えて(すなわち、ラック歯とラチェット歯との噛外れが生じて)、ラチェットが反噛合い方向から噛合い方向に移動を開始するときに、ラチェットの慣性に起因して噛合い方向へのラチェットの移動開始が遅れること(以下、「慣性によるラチェット移動遅れ」という。)がある。
そして、図10に示されるように、ラック歯552のストップ面554が摺動方向に平行であるラック歯552を備えるラチェット機構560では、この慣性によるラチェット移動遅れが生じると、ラチェット歯562によるラック歯552の飛越し(以下、「ラック歯飛越し」という。)が発生して、ラチェット歯562による1つのラック歯552毎の噛合いが困難になるという問題があった。
【0010】
また、前記前進方向付勢力に対するチェーン反力の相対的な大きさによっては、プランジャの後退時に、プランジャがバックラッシュ量だけ移動してラチェット歯とラック歯とが当接した後に、ラチェット歯がラック歯を乗り越えて、プランジャがさらに後退を続けることがある。
このような場合には、ラチェット歯とラック歯との当接により発生する打音およびチェーンのバタツキがより大きくなって、騒音が一層増加するという問題があった。
【0011】
このように、プランジャの後退時にラチェット歯がラック歯を乗り越えてプランジャが後退し続ける挙動は、例えば、テンショナがエンジンに備えられて、このエンジンが備える圧油源から供給された外部圧油が導かれる高圧油室が、プランジャが収容される収容穴内でハウジングおよびプランジャ間に形成されている場合に、エンジン始動時などのように、エンジン停止中における前記高圧油室への空気の侵入などに起因して、該高圧油室にプランジャの後退を規制するための十分な油圧が存在していない低油圧状態、すなわち前記前進方向付勢力が過小である状態のときに発生する。
【0012】
さらに、ラチェット式テンショナにおいて、チェーンの張力変動や、チェーンが取り付けられているエンジンの温度変化によるエンジン本体やチェーンの熱膨張などに起因して、チェーンの緩み時や伸長時に、プランジャが過度に前進した状態(以下、「過飛び出し状態」という。)になることがある。
そして、プランジャが過飛び出し状態になると、チェーンに過大張力が発生することから、この過大張力が発生しているチェーンからの反力によるプランジャの後退がラチェット歯とラック歯との噛合いにより規制されたままであると、チェーンは、過大張力が作用している状態(以下、「張力過多」という。)のまま走行することになり、チェーンへの負担や騒音が増加するという問題があった。
【0013】
本発明は、このような課題を解決するものであって、すなわち、本発明の目的は、ラチェット機構のラック歯の摺動面の形状を工夫することにより、バックラッシュに起因する騒音低減を可能としながら、プランジャの前進の迅速性および追従性の向上、およびラチェット機構の耐久性の向上が可能なラチェット式テンショナを提供することである。
そして、本発明の他の目的は、さらに、ラック歯の摺動面の形状を工夫することにより、プランジャの挙動の安定化が可能なラチェット式テンショナを提供することである。
また、本発明の他の目的は、プランジャが後退する際に、ラチェットの慣性に起因する噛合い方向への移動開始の遅れのためにラチェット歯がラック歯を飛び越すことを防止するラチェット式テンショナを提供することである。
さらに、本発明の他の目的は、ラック歯のストップ面の形状およびラチェット付勢力の大きさを工夫することにより、プランジャの後退に起因して発生する騒音の低減、および、過大張力に起因する巻掛け伝動体の負担および騒音の低減が可能なラチェット式テンショナを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1に係る発明は、ハウジングと、前記ハウジングに形成された収容穴内で進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材に巻き掛けられた巻掛け伝動体に張力を付与するために前記ハウジングから前記進退方向で前進するプランジャと、前記プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと、前記ハウジングに設けられた収容空間内に摺動自在に収容されて前記進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェットと、前記プランジャに設けられて前記ラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と、前記ラチェット歯が前記ラック歯に噛み合うときの前記摺動方向での噛合い方向に前記ラチェットを付勢するラチェット付勢力を発生するラチェット付勢用ばねとを有し、前記巻掛け伝動体から後退方向に作用する反力による前記プランジャの後退を規制可能なラチェット機構と、を備えるラチェット式テンショナにおいて、前記ラック歯が、前記後退方向に面するストップ面と、前記前進方向に面するとともに前記摺動方向で前記噛合い方向とは反対方向の反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動面とにより凹凸状に形成され、前記ラチェット歯が接触する接触面である前記摺動面が、前記ラチェット歯が前記噛合い方向に移動して前記ラック歯に進入するときに前記ラチェット歯の進入が始まる進入開始部と、前記進入が終了する進入終了部とを有し、前記摺動面が、前記進入開始部と前記進入終了部との間で、前記進退方向および前記摺動方向に平行な基準平面との交線が前記前進方向および前記反噛合い方向に凸状の曲線となる曲面であることにより、前述した課題を解決したものである。
【0015】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明の構成に加えて、前記摺動面の傾斜角が、前記進入終了部から前記進入開始部に向かうにつれて大きくなることにより、前述した課題を解決したものである。
【0016】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2に係る発明の構成に加えて、前記摺動面が、前記基準平面上で、前記進入開始部から前記進入終了部までの前記摺動面に沿った距離を二等分する中央部を境に、進入開始側領域と進入終了側領域とに分けられ、前記傾斜角の増加率が、前記進入開始部から前記中央部に向かって1/2以上の領域である所定領域の全体において、前記進入開始部に近づくにつれて減少することにより、前述した課題を解決したものである。
【0017】
請求項4に係る発明は、請求項1から請求項3のいずれか1つに係る発明の構成に加えて、前記ラチェット歯が、前記進入終了部において前記摺動面と面接触していることにより、前述した課題を解決したものである。
【0018】
請求項5に係る発明は、請求項1から請求項4のいずれか1つに係る発明の構成に加えて、前記ストップ面が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜していることにより、前述した課題を解決したものである。
【0019】
請求項6に係る発明は、請求項1から請求項4のいずれか1つに係る発明の構成に加えて、前記巻掛け伝動体に発生する張力が過大張力よりも小さいときの前記反力を第1反力であるとし、前記張力が前記過大張力であるときの前記反力を第2反力であるとき、前記ラチェット付勢力が、前記第1反力で発生する前記摺動方向の第1分力よりも大きく設定され、かつ前記第2反力で発生する前記摺動方向の第2分力よりも小さく設定されており、前記ラチェット歯が、前記反力が前記第1反力であるときに、前記ラック歯との噛合いにより前記プランジャの後退を規制し、前記反力が前記第2反力であるときに、前記ラチェットが前記反噛合い方向に摺動して前記ラチェット歯が前記ラック歯から噛み外れることにより前記プランジャの後退を許容することにより、前述した課題を解決したものである。
【0020】
請求項7に係る発明は、請求項6に係る発明の構成に加えて、前記ストップ面が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜しており、前記ラチェット歯が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ対向面と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動対向面とにより凹凸状に形成されていることにより、前述した課題を解決したものである。
【0021】
請求項8に係る発明は、請求項7に係る発明の構成に加えて、前記ストップ面の傾斜角が、前記摺動面の前記傾斜角よりも小さく形成されていることにより、前述した課題を解決したものである。
【0022】
請求項9に係る発明は、請求項6から請求項8のいずれか1つに係る発明の構成に加えて、前記ハウジングが、前記回転部材を回転させるエンジンに取り付けられ、前記収容穴内で前記ハウジングと前記プランジャとの間には、前記エンジンの運転時に前記プランジャに油圧を作用させる圧油が供給される高圧油室が形成され、前記第1反力が、前記エンジンの始動時に発生する前記反力を含み、前記第2反力が、前記エンジンの始動後に発生する前記反力を含むことにより、前述した課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明のラチェット式テンショナは、ハウジングと、ハウジングに形成された収容穴内で進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材に巻き掛けられた巻掛け伝動体に張力を付与するためにハウジングから進退方向で前進するプランジャと、プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと、巻掛け伝動体から後退方向に作用する反力によるプランジャの後退を規制可能なラチェット機構とを備え、ラチェット機構が、ハウジングに設けられた収容空間内に摺動自在に収容されて進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェットと、プランジャに設けられてラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と、ラチェット歯がラック歯に噛み合うときの摺動方向での噛合い方向にラチェットを付勢するラチェット付勢力を発生するラチェット付勢用ばねを有することにより、プランジャ付勢手段で付勢されて前進するプランジャで巻掛け伝動体に張力を与え、ラチェット付勢力を発生するラチェット付勢用ばねで付勢されるラチェットのラチェット歯とラック歯とを有するラチェット機構で巻掛け伝動体からの反力によるプランジャの後退を規制することができるばかりでなく、以下のような、本発明に特有の効果を奏することができる。
【0024】
すなわち、請求項1に係る発明のラチェット式テンショナによれば、前記ラック歯が、後退方向に面するストップ面と前進方向に面するとともに摺動方向で噛合い方向とは反対方向の反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する摺動面とにより凹凸状に形成され、前記ラチェット歯が接触する接触面である前記摺動面が、ラチェット歯が噛合い方向に移動してラック歯に進入するときにラチェット歯の進入が始まる進入開始部と、前記進入が終了する進入終了部とを有し、前記摺動面が、進入開始部と進入終了部との間で、進退方向および摺動方向に平行な基準平面との交線が前進方向および反噛合い方向に凸状の曲線となる曲面であることにより、該基準平面上で進入開始部と進入終了部とを結ぶ仮想直線よりも前進方向および反噛合い方向側に突出している分、進退方向でのストップ面と摺動面との間隔が小さくなり、バックラッシュによる進退方向でのプランジャの移動量が小さくなるので、ラック歯のピッチを過度に小さくすることなく、バックラッシュ量を小さくすることが可能になって、バックラッシュに起因するラチェット機構の打音による騒音を低減することができ、さらに巻掛け伝動体のバタツキが抑制されて、このようなバタツキに起因する騒音を低減することができるうえ、バックラッシュ量を小さくするために、ピッチを過度に小さくする必要がないことから、ピッチが過度に小さい場合におけるプランジャの進退方向での移動することによるラック歯とラチェット歯との過度の摩擦の発生が防止されるので、プランジャの円滑な前進を確保できて、プランジャの前進時の迅速性を向上させること、および巻掛け伝動体の振れに対するプランジャの前進時の追従性を向上させることができ、しかも、ラック歯およびラチェット歯の摩耗の進行の抑制による摩耗量の増加を防止して、ラチェット機構の耐久性を向上させることができる。
【0025】
請求項2に係る発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯の摺動面の傾斜角が進入終了部から進入開始部に向かうにつれて大きくなることにより、摺動面の傾斜角が進入終了部寄りで小さくなることから、ラック歯の所要のピッチを確保しながら、バックラッシュ量を小さくすることが可能になるので、バックラッシュに起因する騒音を低減することができ、また、摺動面の傾斜角が進入開始部寄りで大きくなることから、ラック歯のピッチが同じとした場合に、摺動面が進入終了部付近での傾斜角で傾斜している平面であるときに比べて、ラック歯の歯丈の増加を抑制できるので、ラック歯の所要のピッチを確保しながら、ラック歯による摺動方向でのラチェットの移動量の増加を抑制して、プランジャの安定した挙動を確保することができる。
さらに、摺動面の傾斜角が進入開始部寄りで大きくなることで、ラック歯の歯丈の増加を抑制できるので、ラチェットの移動量の増加によるラチェット付勢用ばねのラチェット付勢力の変動量の増大を防止して、摺動するプランジャの挙動の安定性を確保することができ、また、摺動面の傾斜角が一定である場合に比べて、ラチェット付勢力の増大が抑制されるので、ラチェット歯がラック歯を乗り越えるときの荷重が低減し、ラチェット付勢力の増大に起因するプランジャの前進速度の低下が抑制されて、巻掛け伝動体の振れに対するプランジャの追従性を向上させることができるとともに、ラック歯およびラチェット歯の摩耗量の増加が防止されて、ラチェット機構の耐久性を向上させることができる。
【0026】
請求項3に係る発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1または請求項2に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯の前記摺動面が、基準平面上で、進入開始部から進入終了部までの摺動面に沿った距離を二等分する中央部を境に、進入開始側領域と進入終了側領域とに分けられ、前記傾斜角の増加率が、進入開始部から中央部に向かって1/2以上の領域である所定領域の全体において、進入開始部に近づくにつれて減少することにより、進入開始部に達するまで進入開始部に近づくにつれて傾斜角の増加率が減少することから、後退するプランジャによりラチェットが反噛合い方向に移動するときの移動速度を小さくすることができるので、ラック歯とラチェット歯とが噛み外れた後に噛合い方向への移動を開始するときのラチェットの慣性の影響が小さくなるため、プランジャの後退速度が大きい場合に慣性によるラチェット移動遅れ(すなわち、ラチェットの慣性に起因する噛合い方向への移動開始の遅れ)が生じたとしても、ラチェット歯によるラック歯飛越しを防止することが可能になって、ラック歯の1歯毎の後退が確実に行われて、プランジャの過度の後退を防止することができる。
【0027】
請求項4に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1から請求項3のいずれか1つに係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラチェット歯が進入終了部においてラック歯の摺動面と面接触していることにより、ラチェット歯が進入終了部で摺動面に接触している噛合い状態で、進退方向でのプランジャの移動の抑制効果が高められて、バックラッシュに起因する騒音を低減することができ、またラック歯とラチェット歯との接触圧の低減が可能になるので、互いに接触するラック歯およびラチェット歯の摩耗を低減することができる。
【0028】
請求項5に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1から請求項4のいずれか1つに係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯のストップ面が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜していることにより、慣性によるラチェット移動遅れが生じたとしても、反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜していないストップ面を有するラック歯に比べて、進退方向でのストップ面の形成範囲が大きくなるので、ラック歯飛越しを防止することができる。
【0029】
請求項6に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1から請求項4のいずれか1つに係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
巻掛け伝動体に発生する張力が過大張力よりも小さいときの前記反力を第1反力であるとし、前記張力が前記過大張力であるときの前記反力を第2反力であるとき、ラチェット付勢力が、第1反力で発生する摺動方向の第1分力よりも大きく設定され、かつ第2反力で発生する摺動方向の第2分力よりも小さく設定されており、ラチェット歯が、前記反力が第1反力であるときに、ラック歯との噛合いによりプランジャの後退を規制し、前記反力が第2反力であるときに、ラチェットが反噛合い方向に摺動してラチェット歯がラック歯から噛み外れることによりプランジャの後退を許容することにより、巻掛け伝動体に発生する張力が過大張力よりも小さいときに、巻掛け伝動体にプランジャを後退させる第1反力が発生すると、ラチェット付勢力がラチェットに作用して、ラチェット歯がプランジャのラック歯と噛み合うため、プランジャの後退方向の動きが規制されて、その後退変位が阻止されるので、ラック歯とラチェット歯との当接による打音による騒音および巻掛け伝動体のバタツキによる騒音を低減することができ、さらに、プランジャ付勢用ばねによる付勢力が単にプランジャを突出付勢させる付勢力のみで充足されるため、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばねやオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ自体を小型化することができる。
【0030】
また、ラチェット付勢用ばねのラチェット付勢力が巻掛け伝動体の張力過多時にプランジャを後退させる第2反力で発生するラチェットの摺動方向の第2分力より小さく設定されていることにより、張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生すると、ラチェット付勢力がラチェットのラチェット歯に作用してラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯とが噛み外れ、ラチェットが第2分力よりも大きくなるまでプランジャを後退させるため、巻掛け伝動体の張力過多によってバックラッシュが生じたプランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を許容して、過大張力に起因する張力過多時の巻掛け伝動体の負担および騒音を低減することおよびプランジャの焼き付きを防止することができ、さらに、ラチェット付勢力を調整することにより過大張力による噛み外れのタイミングが調整可能になるため、プランジャの焼き付きを確実に防止することができる。
【0031】
請求項7に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項6に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯のストップ面が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜していることにより、慣性によるラチェット移動遅れが生じたとしても、反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜していないストップ面を有するラック歯に比べて、進退方向でのストップ面の形成範囲が大きくなるので、ラック歯飛越しを防止することができる。
また、ラック歯がラチェットの反噛合い方向に対して前進方向に傾斜するストップ面と反噛合い方向に対して後退方向に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成されているとともに、ラチェット歯がラチェットの反噛合い方向に対して前進方向に傾斜するストップ対向面と反噛合い方向に対して後退方向に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることにより、張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生すると、この第2反力がプランジャ側のストップ面を介してラチェットのストップ対向面に分力として作用し、このラチェットのストップ対向面に作用した分力がラチェットの摺動方向の更に小さな分力としてラチェットのラチェット歯をプランジャのラック歯と噛み外れるように作用し、プランジャのラック歯がラチェットのストップ対向面を経て摺動対向面を滑動して1歯分戻すため、張力過多時にラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつ、プランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容することができるとともにラチェット付勢ばねに対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができる。
【0032】
請求項8に係る発明のラチェット式テンショナによれば、請求項7に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯のストップ面の傾斜角が、ラック歯の摺動面の傾斜角よりも小さく形成されていることにより、プランジャを後退させる第1反力が発生してもプランジャのラック歯とラチェットのラチェット歯との噛外れが阻止されるため、プランジャの後退が阻止されて、プランジャの後退に起因して発生する騒音を低減することができる。
【0033】
請求項9に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項6から請求項8のいずれか1つに係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
プランジャのハウジングが、巻掛け伝動体が巻掛けられた回転部材を回転させるエンジンに取り付けられ、プランジャが収容される収容穴内でハウジングとプランジャとの間には、プランジャに油圧を作用させる圧油がエンジンの運転時に供給される高圧油室が形成され、第1反力がエンジンの始動時に発生する前記反力を含み、第2反力が記エンジンの始動後に発生する巻掛け伝動体からの反力を含むことにより、高圧油室内の油圧が第1反力に対向するのに十分でない低油圧状態、すなわちプランジャ付勢用ばねおよび高圧油室内の圧油による前進方向付勢力が過小状態にあるエンジン始動時にプランジャを後退させようとする第1反力が発生したときに、ラック歯とラチェット歯との噛外れが阻止されるため、エンジン始動時にプランジャの後退が阻止されるので、プランジャの後退に起因して発生する騒音を低減することができ、また、エンジン始動後での張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生したときに、プランジャの後退が許容されるため、過大張力を速やかに減少させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例であるラチェット式テンショナの使用態様図。
【図2】図1のテンショナの断面図。
【図3】図1のテンショナのプランジャが前進するときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図4】エンジン始動時にプランジャの後退が阻止されるときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図5】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退を開始するときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図6】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退しているときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図7】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退を終了したときのラック歯とラチェット歯との噛合いを説明する図。
【図8】図2のラック歯およびラチェット歯を中心とする拡大図。
【図9】従来のテンショナの断面図。
【図10】従来の別のテンショナの要部断面図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明のラチェット式テンショナは、ハウジングと、前記ハウジングに形成された収容穴内で進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材に巻き掛けられた巻掛け伝動体に張力を付与するために前記ハウジングから前記進退方向で前進するプランジャと、前記プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと、前記ハウジングに設けられた収容空間内に摺動自在に収容されて前記進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェットと前記プランジャに設けられて前記ラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と前記ラチェット歯が前記ラック歯に噛み合うときの前記摺動方向での噛合い方向に前記ラチェットを付勢するラチェット付勢力を発生するラチェット付勢手段とを有し、前記巻掛け伝動体から後退方向に作用する反力による前記プランジャの後退を規制可能なラチェット機構と、を備え、前記ラック歯が、前記後退方向に面するストップ面と、前記前進方向に面するとともに前記摺動方向で前記噛合い方向とは反対方向の反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動面とにより凹凸状に形成され、前記ラチェット歯が接触する接触面である前記摺動面が、前記ラチェット歯が前記噛合い方向に移動して前記ラック歯に進入するときに前記ラチェット歯の進入が始まる進入開始部と、前記進入が終了する進入終了部とを有し、前記摺動面が、前記進入開始部と前記進入終了部との間で、前記進退方向および前記摺動方向に平行な基準平面との交線が前記前進方向および前記反噛合い方向に凸状の曲線となる曲面であることにより、バックラッシュに起因する騒音低減を可能としながら、プランジャの前進の迅速性、プランジャの挙動の安定化およびラチェット機構の耐久性の向上が可能であるものであれば、いかなる構成のものであっても何ら構わない。
【0036】
例えば、摺動面を構成する曲面は、その交線が異なる曲率の複数の円弧により構成される複合湾曲面であってもよく、また、その交線が異なる傾斜角の直線から構成される複合平面であってもよい。
進退方向と摺動方向との交差は、直交以外の形態でもよい。
巻掛け伝動体は、エンジンのタイミングチェーン以外のチェーンまたはベルトであってもよく、また、エンジン以外の機械の巻掛け伝動装置に備えられてもよい。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の実施例を、図1〜図8を参照して説明する。
本発明の実施例に係るラチェット式テンショナ100の使用態様図である図1を参照すると、テンショナ100は、機械としてのエンジン(図示されず)に備えられ、該エンジンの駆動軸であるクランクシャフトにより回転駆動される駆動側のスプロケットS1と、被駆動軸である1対のカムシャフトにそれぞれ固定されている1対の被駆動側のスプロケットS2とに巻き掛けられている帯状の巻掛け伝動体としての無端のチェーンであるタイミングチェーンCの弛み側で機械本体としてのエンジン本体に取り付けられている。
ここで、スプロケットS1、1対の被駆動側のスプロケットS2およびタイミングチェーンCは、巻掛け伝動装置を構成する。
【0038】
テンショナ100において、そのハウジング110から進退方向で前進・後退自在に突出しているプランジャ120が、エンジン本体に揺動自在に支持されている可動レバーAの揺動端近傍の背面を押圧することにより、可動レバーAを介してタイミングチェーンCの弛み側に張力を付与している。
タイミングチェーンCの張り側にはタイミングチェーンCの走行を案内する固定ガイドGがエンジン本体に取り付けられている。
【0039】
図1において、駆動側の回転部材であるスプロケットS1が矢印の方向に回転すると、タイミングチェーンCが矢印の方向に走行し、このタイミングチェーンCの走行によって、被駆動側の回転部材であるスプロケットS2が矢印の方向に回転し、スプロケットS1の回転がスプロケットS2に伝達される。
【0040】
テンショナ100の断面図である図2に示されるように、テンショナ100は、エンジン本体から供給された外部圧油を導入する油供給路111が形成されたハウジング110と、該ハウジング110に進退方向に往復移動自在に支持されるとともに走行状態にあるタイミングチェーンC(図1参照)に張力を付与するためにハウジング110に形成された収容穴112から進退方向で前進する円柱状のプランジャ120と、収容穴112内においてハウジング110とプランジャ120の中空部121との間に形成される高圧油室131に配置されてプランジャ120を前進方向に付勢するプランジャ付勢用ばね130と、収容穴112に組み込まれて高圧油室131内から油供給路111への圧油の逆流を阻止する逆止弁ユニット140と、タイミングチェーンC(図1参照)から後退方向に作用する反力F(図4参照)によりプランジャ120が進退方向で後退することを規制可能なラチェット機構Rとを備える。
【0041】
前記外部圧油は、テンショナ100の外部から油供給路111を介して高圧油室131に導かれる圧油であり、エンジンに備えられて該エンジンの運転および停止に対応して作動および停止が行われる圧油源であるオイルポンプから供給される。
これにより、高圧油室131への外部圧油の供給は、エンジンの運転時に行われ、エンジンの停止時に停止される。
プランジャ付勢用ばね130および高圧油室131内の圧油は、プランジャ120を前進方向に付勢するプランジャ付勢手段を構成する。
そして、プランジャ付勢用ばね130の付勢力および高圧油室131内の圧油の油圧は、プランジャ120を前進方向に付勢する前進方向付勢力(以下、「前進方向付勢力」という。)を形成する。
【0042】
ラチェット機構Rは、ハウジング110に設けられた収容空間としてのラチェット収容穴113内に摺動自在に嵌挿された状態で摺動方向に摺動するラチェット150と、ラチェット150に設けられた1以上の所定数の、ここでは複数としての2つのラチェット歯151と噛合い可能にプランジャ120の外周面の一部分に設けられた複数のラック歯122と、ラチェット歯151がラック歯122と噛み合うときの摺動方向である噛合い方向にラチェット150を付勢するラチェット付勢力Fs(以下、「付勢力Fs」という。)を発生するラチェット付勢用ばね160と、ラチェット収容穴113に嵌め込まれてラチェット付勢用ばね160を着座させるばね係止用プラグ170とを有する。
ここで、ラック歯122とラチェット歯151を備えるラック機構Rには、バックラッシュが存在する。このバックラッシュでの最大バックラッシュ量は、ラック歯122のピッチPに相当する。
そして、このようなテンショナ100の構成により、プランジャ付勢用ばね130および高圧油室131内の圧油で付勢されて前進するプランジャ120がタイミングチェーンCに張力を与え、付勢力Fsを発生するラチェット付勢用ばね160で付勢されるラチェット150のラチェット歯151とラック歯122とを有するラチェット機構RがタイミングチェーンCからの反力によるプランジャ122の後退を規制することができる。
【0043】
円柱状のラチェット収容穴113内で移動するラチェット150は、ラチェット歯151のほかに、外周面153を有する円柱状のラチェット本体152を有する。ラチェット本体152は、ラチェット150において、外周面153を形成している部分である。
ラチェット歯151はラチェット150のプランジャ側端部を構成する。
【0044】
ここで、摺動方向は、進退方向に交差する方向、本実施例では進退方向に直交する方向である。
そして、噛合い方向は、ラチェット歯151がラック歯122に噛み合うときのラチェット150の摺動方向、すなわちラチェット150がプランジャ120に近づく方向であり、反噛合い方向は、噛合い方向とは反対方向であって、ラチェット歯151がラック歯122から噛み外れるときのラチェット150の摺動方向、すなわちラチェット150がプランジャ120から遠ざかる方向である。
【0045】
また、部材などにおける「プランジャ側」は、該部材などにおいて、摺動方向でプランジャ120に近い位置を意味し、また「反プランジャ側」は、摺動方向でプランジャ側とは反対側の、すなわちプランジャ120から遠い位置を意味するものとする。
【0046】
逆止弁ユニット140の具体的なユニット構造は、収容穴112の後退方向側端部に組み込まれて、油供給路111から高圧油室131内への外部圧油の導入を許容する一方で高圧油室131内から油供給路111へ圧油の逆流を阻止するものであれば、公知の如何なるものであっても差し支えない。
本実施例では、ハウジング110の油供給路111に繋がる油路141aを有するボールシート141と、このボールシート141の弁座141bに着座するチェックボール142と、このチェックボール142をボールシート141に押圧付勢するボール付勢用ばね143と、このボール付勢用ばね143を支持し且つチェックボール142の移動量を規制する鐘状リテーナ144とから構成された逆止弁ユニット140が採用されている。
【0047】
ラチェット付勢用ばね160は、ラチェット本体152に設けられたばね収容穴152a内挿入されて、摺動方向に沿ってラチェット150と同心状に配置されている。
ばね係止用プラグ170は、その外周部に、ラチェット収容穴113の反プランジャ側端部に嵌め込まれて抜止めのための弾力性を発揮する多数の突出舌片171を有する抜止め用座金であるとともに、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fs(図3〜図5参照)を設定する付勢力設定部でもある。
【0048】
図1のテンショナ100のプランジャ120が前進するときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図である図3、エンジン始動時にプランジャ120の後退が阻止されるときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図である図4、タイミングチェーンCの張力過多時に、プランジャ120が後退を開始するときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図である図5を主に参照し、必要に応じて図1,図2を併せて参照して、ラック歯122とラチェット歯151とラチェット付勢用ばね160との相互関係について説明する。
【0049】
図3に示されるように、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsは、エンジン始動時およびエンジン始動後の通常運転時(すなわち、タイミングチェーンCが後述する張力過多でないときのエンジン運転時)において、プランジャ付勢用ばね130および高圧油室131内の圧油の油圧に基づいてプランジャ120に作用する前進力Fa(前記前進方向付勢力とタイミングチェーンCからの反力の合力である。)によりプランジャ120が前進して突出する際、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する該前進力Faの反噛合い方向の分力faよりも、常に小さくなるように設定されている。
そして、分力faが、付勢力Fsと摩擦力との合力に打ち勝つと、プランジャ120は、ラチェット150を反噛合い方向に押し戻しながら可動レバーA(図1参照)に追従して前進する。なお、図3には、プランジャ120が前進する前のプランジャ120の前端部およびラチェット150の位置が二点鎖線で示されている。
ここで、前記摩擦力は、ラック歯122とラチェット歯151との間で作用する摺動方向での摩擦力である。
【0050】
一方、図4に示されるように、付勢力Fsは、タイミングチェーンCから可動レバーAを介してプランジャ120を後退させようとする反力F(前進方向付勢力とタイミングチェーンCからの反力の合力である。)が第1反力F1であるときに、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する第1反力F1の反噛合い方向の第1分力f1以上の大きさに設定されている。
ここで、第1反力f1は、タイミングチェーンCの第1走行状態、例えば、高圧油室131が低油圧状態にあるときとしてのエンジン始動時、および、エンジン始動後の通常運転時での走行状態における反力Fである。
また、前記低油圧状態は、高圧油室131への前記外部圧油の供給が行われないエンジン停止中での高圧油室131への空気の侵入などに起因して、高圧油室131にプランジャ120の後退を規制するための十分な油圧が存在していない状態、つまり高圧油室131内の油圧が第1反力F1に対向するのに十分でない状態、すなわち前進方向付勢力過小状態である。
【0051】
このため、エンジン始動時およびエンジン始動後の通常運転時において、タイミングチェーンC(図1参照)からプランジャ120を後退させようとする第1反力F1が発生するときには、付勢力Fsと前記摩擦力との合力が第1分力f1よりも大きくなるような付勢力Fsがラチェット150に作用するので、ラチェット歯151がラック歯122と噛み合って、バックラッシュによるプランジャ120の後退の後に、プランジャ120の後退方向の移動を規制して後退変位を阻止する。
【0052】
また、図5に示されるように、付勢力Fsは、反力Fが第2反力であるときに、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する第2反力F2の反噛合い方向の第2分力f2よりも小さく設定されている。
ここで、第2反力F2は、タイミングチェーンCの第2走行状態、例えばエンジン始動後(したがって、高圧油室131が圧油で満たされているとき)に、タイミングチェーンCの張力変動やエンジンの温度変化によるエンジン本体やタイミングチェーンCの熱膨張などに起因して、タイミングチェーンCの伸長時にプランジャ120が過大に前進する状態(すなわち、過飛び出し状態)になって、タイミングチェーンCに過大張力が発生する張力過多時での走行状態における反力Fである。
したがって、第1反力F1は、タイミングチェーンCに発生する張力が前記過大張力よりも小さいときの反力である。そして、第2反力F2は第1反力F1よりも大きい。
【0053】
このため、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時に、タイミングチェーンCからプランジャ120を後退させようとする第2反力F2が発生するときには、第2分力f2が、付勢力Fsと前記摩擦力との合力よりも大きくなる。
そして、タイミングチェーンCの張力過多時にプランジャ120が後退しているときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図6に示されるように、ラチェット150が反噛合い方向に摺動し、ついにはラチェット歯151とラック歯122とが噛み外れる。
そして、タイミングチェーンCの張力過多時に、プランジャ120が後退を終了したときのラック122歯とラチェット歯151との噛合いを説明する図7に示されるように、反力Fが第1反力F1になって、第1分力f1がラチェット150に作用するようになるまで、プランジャ120がラック歯122の1歯分もしくは数歯分だけ後退する。
このように、テンショナ100は、タイミングチェーンCの張力過多時には、バックラッシュによるプランジャ120の後退の後も、該プランジャ120の後退方向の移動を規制せず、後退変位を許容するようになっている。
【0054】
したがって、プランジャ付勢用ばね130の付勢力は、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsよりも大きいが、プランジャ120を前進させるために付勢する付勢力であればよく、このような範囲で付勢力Fsを調整することによってエンジン始動後のチェーンの張力過多による噛み外れのタイミングを調整することも可能である。
【0055】
第1,第2分力f1,f2について、さらに詳細に説明する。
テンショナ100において、図3〜図5に示されるように、ラック歯122は、ラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する歯面であるストップ面122aとラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する歯面である摺動面122bとを有し、これらトップ面122aと摺動面122bとにより凹凸状に形成されている。
本実施例において、ストップ面122aは平面から構成され、摺動面122bは曲面180から構成される。
そして、ラチェット歯151は、ラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する歯面であるストップ対向面151aとラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する歯面である摺動対向面151bとで凹凸状に形成されている。
【0056】
そして、摺動方向に対してストップ面122aが前進方向に傾斜する角度であるストップ面122aの傾斜角θ(図2,図4,図5参照)は、摺動方向に対して摺動面122bが後退方向に傾斜する角度である摺動面122bの傾斜角α(図2,図3参照)よりも小さく設定されている。
例えば、傾斜角θは30°以下の角度であり、傾斜角αは90°未満の角度である。
【0057】
なお、特許請求の範囲および明細書の記載において、傾斜角θ,αは、進退方向および摺動方向に平行な平面である基準平面(以下、「基準平面」という。)上において、該基準平面とストップ面122aおよび摺動面122bとのそれぞれの交線(以下、「交線」という。)上での接線と、基準平面上での摺動方向との間の角度であるとする。
なお、交線は、例えば、図3,図8において、曲線180として示されている。
【0058】
傾斜角θは、プランジャ120に対して、第1反力F1が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れを阻止して、プランジャ120の後退を阻止するように、かつ第2反力F2が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れ許容して、プランジャ120の後退を許容するように実験やシミュレーションなどにより決定される。
そして、ストップ面122aが傾斜角θを有することにより、傾斜角θがないストップ面を有するラック歯に比べて、進退方向でのストップ面122aの形成範囲が大きくなる。
また、傾斜角αは、プランジャ120に対して、前進力Fa(図3参照)が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れ許容して、プランジャ120の前進を許容するように、実験やシミュレーションなどにより決定される。
【0059】
そして、エンジンの運転時において、テンショナがタイミングチェーンCに張力を付与するためにプランジャ120が前進するとき、図3に示されるように、プランジャ120に作用する前進力Faで発生するラチェット150の摺動方向の分力faと付勢力Fsと大小関係は、
fa=Fa×cosα×sinα
fa>Fs
となる。
【0060】
また、エンジン始動時などにプランジャ120の後退を阻止するとき、図4に示されるように、エンジン始動時にタイミングチェーンCからプランジャ120に作用する第1反力F1で発生するラチェット150の摺動方向の第1分力f1と付勢力Fsと大小関係は、一例として、
f1=F1×cosθ×sinθ
f1<Fs
となる。
【0061】
一方、エンジンの温度変化などでプランジャ120が過剰に前進する過飛び出し状態になって、タイミングチェーンCに過大張力が発生して、プランジャ120の後退を許容するとき、図5に示されるように、タイミングチェーンCからプランジャ120に作用する第2反力F2で発生する第2分力f2と付勢力Fsと大小関係は、
f2=F2×cosθ×sinθ
f2>Fs
となる。
【0062】
これにより、タイミングチェーンCの張力過多時にタイミングチェーンCからプランジャ120を後退させる第2反力F2が発生すると、この第2反力F2がストップ面122aを介してストップ対向面151aに摺動方向の第2分力f2として、ラチェット歯151をラック歯122と噛み外れるように作用し、図6,図7に示されるように、ラック歯122がストップ対向面151aを経て摺動対向面151bを滑動して1歯分もしくは数歯分戻すようになっている。
【0063】
次に、図2、および図2の要部拡大図である図8を主に参照して、ラチェット機構Rを中心に、テンショナ100についてさらに説明する。なお、図8では、断面図であるラチェット150のハッチングが省略されている。
ラック歯122の1ピッチP(図3参照)を最大バックラッシュ量とするバックラッシュが存在するラチェット機構Rにおいて、ラック歯122の摺動面122bは、ラチェット150が噛合い方向に移動し、ラチェット歯151がラック歯122に進入するときに、ラチェット歯151が接触する接触面である。
【0064】
摺動面122bは、ラック歯122へのラチェット歯151の進入が始まる進入開始部123と、ラチェット歯151の前記進入が終了する進入終了部124とを有する。
進入開始部123は、摺動面122bにおいてラチェット歯151がラック歯122への進入を開始する部位、すなわち、摺動面122b上でラチェット歯151が噛合い方向に移動を開始する部位である。
また、進入終了部124は、摺動面122bにおいてラチェット歯151がラック歯122への進入を終了する部位、すなわち、ラチェット150が噛合い方向での最大突出位置(図2,図4,図5に示される位置である。)を占めて、摺動面122b上でラチェット歯151が噛合い方向に移動しなくなるとともに、摺動方向で進入開始部123から最も離れている部位である。
【0065】
摺動面122bは、進入開始部123と進入終了部124との間で、前進方向および反噛合い方向に向かって凸となる凸状の曲面180により構成される。
このため、摺動面122bは、進入開始部123と進入終了部124との間で、基準平面との交線が前進方向および反噛合い方向に向かって凸となる凸状の曲線190である。
なお、特許請求の範囲および明細書の記載において、「曲面」は平面を含み、したがって前記交線に関する「曲線」は直線を含むものとする。
【0066】
摺動面122b(したがって、曲面180)は、任意の基準平面上で、摺動面122b(または、曲線190)に沿った進入開始部123から進入終了部124までの距離を二等分する中央部125を境に、進入開始側領域E1と進入終了側領域E2とに分けられる。
摺動面122bは、本実施例では、進入開始側領域E1から中央部125を越えて進入終了側領域E2の一部に達する第1曲面181(図8では第1曲線191として示される。)と、該第1曲面181に連なる第2曲面182(図8では第2曲線192として示される。)とから構成される。
【0067】
第1曲面181は、第1曲線191が1つの曲率で規定される円弧となる円柱面または湾曲面であり、第2曲面182は、進入終了部124が含まれる平面183(図8では直線193として示される。)を有する。
したがって、ラチェット歯151は、進入終了部124において、ラック歯122と噛合い状態にあり、摺動面122bと面接触する。
また、第1曲面181と第2曲面182との境界部126で、第2曲線192は直線であり、円弧である第1曲線191の接線である。
そして、境界部126は進入終了側領域E2に位置する。この構造により、第1曲面181による摺動面122bの形状の設定の自由度を大きくすることができる。
さらに、境界部126から進入開始部123に向かうにつれて傾斜角αが大きくなる領域を広くすることができるので、反噛合い方向に移動するラチェット150の移動速度を緩やかに小さくすることが容易になって、慣性によるラチェット移動遅れの減少に寄与する。
【0068】
進入開始部123での傾斜角αである進入傾斜角α1は、傾斜角αの最大傾斜角であり、進入終了部124での傾斜角αである終了傾斜角α2は、傾斜角αの最小傾斜角である。そして、進入傾斜角α1は終了傾斜角α2よりも大きい。
進入開始側領域E1における傾斜角αは、所定角度(例えば、50°)以上で、90°未満である。進入傾斜角α1は、70°以上であり、本実施例では80°以上である。
進入終了側領域E2における傾斜角αは、前記所定角度未満である。
【0069】
また、終了傾斜角α2は、基準平面上で、進入開始部123と進入終了部124とを通る仮想直線198と摺動方向との間の仮想傾斜角βよりも小さく、開始傾斜角α1は該仮想傾斜角βよりも大きい。
そして、図8から明らかなように、摺動面122bが仮想直線198で規定される場合に比べて、摺動面122bが進退方向および反噛合い方向に凸となる曲線190により規定される(すなわち、曲面180により構成される)ことにより、中央部125を中心にして進入開始側領域E1および進入終了側領域E2に亘って、進退方向でのストップ面122aと摺動面122bとの間隔が小さくなり、したがってバックラッシュ量が小さくなる。
【0070】
そして、傾斜角αは、境界部126から中央部125を経て進入開始部123に向かうにつれて、したがって進入開始領域E1の全体において進入開始部123に向かうにつれて、連続的に大きくなり、進入開始部123で最大になる。
また、傾斜角αの増加率は、進入開始側領域E1のうちで、進入開始部123から中央部125に向かって1/2以上の領域である所定領域E3の全体において、中央部125から進入開始部123に達するまで、進入開始部123に近づくにつれて減少する。そして、本実施例では、前記所定領域E3は、進入開始側領域E1の全領域である。
【0071】
つぎに、タイミングチェーンCの張力過多時におけるラック歯122とラチェット歯151との噛み外れ動作について、図1,図5〜図7を参照して、説明する。
なお、図6,図7には、エンジン始動後にタイミングチェーンCに過大張力が発生したときに、プランジャ120が後退を開始する前のプランジャ120の前端部およびラチェット150の位置が二点鎖線で示されている。
【0072】
まず、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時にタイミングチェーンCからプランジャ120を後退させる第2反力F2が発生すると、図5に示されるように、この第2反力F2が摺動方向の第2分力f2として作用する。
【0073】
そして、ラチェット150の摺動方向の第2分力f2が作用すると、図6に示されるように、ストップ面122aがストップ対向面151aを滑動しながらプランジャ120が後退し始める。
そして、プランジャ120が後退するにつれて、反噛合い方向に摺動して、プランジャ120のラック歯122がラチェット150のラチェット歯151と外れていく。
【0074】
次いで、ラチェット150が反噛合い方向に移動して、ラック歯122がラチェット歯151と噛み外れた後、ラチェット付勢用ばね160により付勢されたラチェット150は、噛合い方向に移動を開始して、摺動面122bが摺動対向面151bを滑動し始め、プランジャ120が後退し続けていく。
【0075】
さらに、摺動面122bが摺動対向面151bを滑動しながらプランジャ120が後退し続けると、図7に示されるように、後続する新たなラック歯122のストップ面122aがストップ対向面151aに当接する。
そして、プランジャ120に依然として第2反力F2が作用しているときは、前述の動作と同様に、プランジャ120の後退が許容される。
このようにして、プランジャ120がラック歯122の1歯分もしくは数歯分だけ後退することにより、タイミングチェーンCの張力変動やエンジンの温度変化などで発生するプランジャ120の過飛び出し状態および該過飛出し状態により発生する過大張力が解消される。
【0076】
次に、前述のように構成された実施例の作用および効果について説明する。
チェット式テンショナ100のラチェット機構Rは、ハウジング110に設けられたラチェット収容穴113内に摺動自在に収容されて摺動方向に移動するラチェット150と、プランジャ120に設けられてラチェット150のラチェット歯151と噛合い可能なラック歯122と、噛合い方向にラチェット150を付勢するラチェット付勢用ばね160とを備え、ラック歯122は、後退方向に面するストップ面122aと、反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する摺動面122bとを有し、摺動面122bは、進入開始部123と進入終了部124との間で、基準平面との交線が前進方向および反噛合い方向に凸状の曲線190となる曲面180である。
この構成により、噛合い方向に移動するラチェット歯151がラック歯122に進入するときに該ラチェット歯151が接触する摺動面122bは、基準平面との交線が凸状の曲線190となる曲面180であることにより、該基準平面上で進入開始部123と進入終了部124とを結ぶ仮想直線198よりも前進方向および反噛合い方向側に突出している分、進退方向でのストップ面122aと摺動面122bとの間隔が小さくなり、バックラッシュによる進退方向でのプランジャ120の移動量が小さくなる。この結果、ラック歯122のピッチPを過度に小さくすることなく、バックラッシュ量を小さくすることが可能になって、バックラッシュに起因するラチェット機構Rの打音による騒音を低減することができ、さらにタイミングチェーンCのバタツキが抑制されるので、該バタツキに起因する騒音を低減することができる。
さらに、バックラッシュ量を小さくするために、ピッチPを過度に小さくする必要がないことから、ピッチPが過度に小さい場合におけるプランジャの進退方向での移動することによるラック歯122とラチェット歯151との過度の摩擦の発生が防止される。この結果、プランジャ120の円滑な前進を確保できて、該プランジャ120の前進時の迅速性の向上、およびタイミングチェーンCの振れに対するプランジャ120の前進時の追従性の向上が可能になり、しかもラック歯122およびラチェット歯151の摩耗の進行の抑制による摩耗量の増加が防止されて、ラチェット機構Rの耐久性の向上、ひいてはテンショナ100の耐久性の向上が可能になる。
【0077】
摺動面122bの傾斜角αは、進入終了部124から進入開始部123に向かうにつれて大きくなる。
この構成により、傾斜角αが進入終了部124寄りで小さくなることから、ラック歯122の所要のピッチPを確保しながら、バックラッシュ量を小さくして、バックラッシュに起因する騒音を低減することができる。
また、摺動面122bの傾斜角αが進入開始部123寄りで大きくなることから、ラック歯122のピッチPが同じとした場合に、摺動面122bが進入終了部124付近での傾斜角αで傾斜している平面であるときに比べて、ラック歯122の歯丈Hの増加を抑制できる。この結果、ラック歯122の所要のピッチPを確保しながら、ラック歯122による摺動方向でのラチェット150の移動量の増加を抑制して、プランジャ120の安定した挙動を確保することができる。
【0078】
付勢力Fsを発生する手段がラチェット付勢用ばね160であることにより、傾斜角αが進入開始部123寄りで大きくなることで、ラック歯122の歯丈Hの増加が抑制されるので、ラチェット150の移動量の増加によるラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsの変動量の増大を防止することができる。この結果、摺動するプランジャ120の挙動の安定性を確保でき、また、摺動面122bの傾斜角αが一定である場合に比べて、付勢力Fsの増大が抑制されるので、ラチェット歯151がラック歯122を乗り越えるときの荷重が低減し、付勢力Fsの増大に起因するプランジャ120の前進速度の低下が抑制されて、タイミングチェーンCの振れに対するプランジャ120の追従性を向上させることができるとともに、によるラック歯122およびラチェット歯151の摩耗量の増加が防止されて、ラチェット機構Rの耐久性を向上させることができる。
【0079】
傾斜角αの増加率は、進入開始側領域E1の全領域において、進入開始部123に近づくにつれて減少する。
この構成により、進入開始部123に達するまで、進入開始部123に近づくにつれて傾斜角αの増加率が減少することから、後退するプランジャ120によりラチェット150が反噛合い方向に移動するときの移動速度が小さくなるので、ラック歯122とラチェット歯151とが噛み外れた後に噛合い方向への移動を開始するときのラチェット150の慣性の影響が小さくなる。この結果、プランジャ120の後退速度が大きい場合に慣性によるラチェット移動遅れ(すなわち、ラチェット150の慣性に起因する噛合い方向への移動開始の遅れ)が生じたとしても、ラチェット歯151によるラック歯122飛越しが防止されて、ラック歯122の1歯毎の後退が確実になって、プランジャ120の過度の後退を防止することができる。
【0080】
ラチェット歯151は、進入終了部124において摺動面122bと面接触していることにより、ラチェット歯151が進入終了部124で摺動面122bに接触している噛合い状態で、進退方向でのプランジャ120の移動の抑制効果を高めることができる。この結果、バックラッシュに起因する騒音を低減することができ、またラック歯122とラチェット歯151との接触圧が低減するので、互いに接触するラック歯122およびラチェット歯151の摩耗を低減することができる。
【0081】
ストップ面122aは、反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜していることにより、慣性によるラチェット移動遅れが生じたとしても、傾斜角θがない(すなわち、反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜していない)ストップ面を有するラック歯に比べて、進退方向でのストップ面122aの形成範囲が大きくなるので、傾斜角θがないストップ面を有するラック歯を備える従来のラチェット機構で発生し易いラック歯飛越しを、防止することができる。
【0082】
また、プランジャ120は、プランジャ付勢用ばね130およびエンジンの運転時に供給される外部圧油が導かれる高圧油室内の油圧により付勢されて進退方向で前進し、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsは、エンジン始動時に発生するラチェット150の摺動方向の第1分力f1よりも大きく設定されているとともにエンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時に発生するラチェット150の摺動方向の第2分力f2よりも小さく設定されている。
この構成により、高圧油室131内の油圧が第1反力F1に対向するのに十分でない低油圧状態にあるエンジン始動時にプランジャ120の後退変位が抑制されることで、ラック歯122とラチェット歯151との当接による打音による騒音およびタイミングチェーンCのバタツキによる騒音を低減することができる。また、エンジン始動後のタイミングチェーンCの過大張力によってプランジャ120の後退変位を許容することで、過大張力に起因するタイミングチェーンCの負担および騒音を低減することおよびプランジャ120の焼き付きを防止することができるばかりでなく、付勢力Fsを調整することにより過大張力による噛み外れのタイミングが調整可能になるため、プランジャ120の焼き付きを確実に防止することができる。過大張力を速やかに減少させることができ、またプランジャ120の焼き付きを防止することができる。しかも、張力過多時でのプランジャ120の後退を可能とするために、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばねやオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ100自体を小型化することができる。
【0083】
そして、プランジャ120のラック歯122が、反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜するストップ面122aと、反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する摺動面122bとで凹凸状に形成されているとともに、ラチェット150のラチェット歯151が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜するストップ対向面151aと、反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する摺動対向面151bとで凹凸状に形成され、しかも、ストップ面122aの傾斜角θが摺動面122bの傾斜角αよりも小さく形成されている。
この構成により、プランジャ120を後退させる第1反力F1が発生してもラック歯122とラチェット歯151との噛外れが阻止されるため、プランジャ120の後退を阻止することができる。一方、張力過多時にプランジャ120を後退させる第2反力F2が発生すると、該第2反力F2がラック歯122のストップ面122aを介してラチェット歯151のストップ対向面151aに分力として作用し、該ストップ対向面151aに作用した該分力がラチェット150の摺動方向の更に小さな分力f2としてラチェット歯151をラック歯122と噛み外れるように作用し、ラック歯122がストップ対向面151aを経て摺動対向面151bを滑動して1歯分戻す。このため、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時にラチェット歯151とラック歯122に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつプランジャ120の後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容できるとともに、ラチェット付勢用ばね160に対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができる。
【0084】
以下、前述した実施例の一部の構成を変更した実施例について、変更した構成に関して説明する。
摺動面122bは、進入開始部123から進入終了部124までの全体で、湾曲面により構成されてもよく、この場合に、進入終了部124から進入開始部123に至る範囲で、傾斜角αが連続的に増加していてもよい。
第1曲面181が、進入開始側領域E1のみにあり、第2曲面182の平面が、進入終了側領域E2から中央部125を越えて進入開始側領域E1の一部に達していてもよい。
第2曲面182は、その交線が第1曲面181の湾曲面の交線とは異なる曲率の円弧であり、かつ進入終了部124が含まれる湾曲面であってもよく、また直線および湾曲面を含む複合曲面であってもよい。
【0085】
第1曲面181の湾曲面は、その交線が異なる曲率の複数の円弧により構成される複合湾曲面であってもよい。
第1曲面181は、その交線が異なる傾斜角αの複数の直線から構成される複合平面であってもよい。この場合、摺動面122bは、その傾斜角αが、境界部126から進入開始部123に向かうにつれて段階的に大きくなる領域を有する。したがって、境界部126から進入開始部123に向かうにつれて段階的に大きくなる形態には、局部的に傾斜角αが変化しない形態が含まれる。
境界部126は、進入開始側領域E1に位置していてもよく、この場合には、バックラッシュ量の一層の減少が可能になる。
傾斜角θは、前記実施例では、タイミングチェーンCの張力過多時にプランジャ120の後退を許容する観点およびラック歯飛越し防止の観点から設定されたが、ラック歯飛越し防止の観点のみから設定されてもよい。
バックラッシュのみに起因する騒音低減の観点からは、ラック歯122のストップ面122aが前進方向に傾斜していない面(例えば、ストップ面122aと基準平面との交線が摺動方向に平行な線)で構成されてもよい。
ラチェット150が摺動自在に収容される収容空間は、穴以外の空間であってもよい。
【符号の説明】
【0086】
100 ・・・ ラチェット式テンショナ
110 ・・・ ハウジング
120 ・・・ プランジャ
122 ・・・ ラック歯
122a ・・・ ストップ面
122b ・・・ 摺動面
123 ・・・ 進入開始部
124 ・・・ 進入開始部
125 ・・・ 中央部、
130 ・・・ プランジャ付勢用ばね
131 ・・・ 高圧油室、
150 ・・・ ラチェット
151 ・・・ ラチェット歯
151a ・・・ ストップ対向面
151b ・・・ 摺動対向面
160 ・・・ ラチェット付勢用ばね
180 ・・・ 曲面
190 ・・・ 曲線、
C ・・・ タイミングチェーン
S1,S2 ・・・ スプロケット
R ・・・ ラチェット機構
Fs ・・・ ラチェット付勢用ばねの付勢力
F,F1,F2 ・・・ 反力
f1,f2 ・・・ 反力の分力
E1 ・・・ 進入開始側領域
E2 ・・・ 進入終了側領域
E3 ・・・ 所定領域
P ・・・ ピッチ
θ ・・・ ストップ面の傾斜角
α ・・・ 摺動面の傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、
前記ハウジングに形成された収容穴内で進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材に巻き掛けられた巻掛け伝動体に張力を付与するために前記ハウジングから前記進退方向で前進するプランジャと、
前記プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと、
前記ハウジングに設けられた収容空間内に摺動自在に収容されて前記進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェットと、前記プランジャに設けられて前記ラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と、前記ラチェット歯が前記ラック歯に噛み合うときの前記摺動方向での噛合い方向に前記ラチェットを付勢するラチェット付勢力を発生するラチェット付勢手段とを有し、前記巻掛け伝動体から後退方向に作用する反力による前記プランジャの後退を規制可能なラチェット機構と、
を備えるラチェット式テンショナにおいて、
前記ラック歯が、前記後退方向に面するストップ面と、前記前進方向に面するとともに前記摺動方向で前記噛合い方向とは反対方向の反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動面とにより凹凸状に形成され、
前記ラチェット歯が接触する接触面である前記摺動面が、前記ラチェット歯が前記噛合い方向に移動して前記ラック歯に進入するときに前記ラチェット歯の進入が始まる進入開始部と、前記進入が終了する進入終了部とを有し、
前記摺動面が、前記進入開始部と前記進入終了部との間で、前記進退方向および前記摺動方向に平行な基準平面との交線が前記前進方向および前記反噛合い方向に凸状の曲線となる曲面であることを特徴とするラチェット式テンショナ。
【請求項2】
前記摺動面の傾斜角が、前記進入終了部から前記進入開始部に向かうにつれて大きくなることを特徴とする請求項1に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項3】
前記摺動面が、前記基準平面上で、前記進入開始部から前記進入終了部までの前記摺動面に沿った距離を二等分する中央部を境に、進入開始側領域と進入終了側領域とに分けられ、
前記傾斜角の増加率が、前記進入開始部から前記中央部に向かって1/2以上の領域である所定領域の全体において、前記進入開始部に近づくにつれて減少することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項4】
前記ラチェット歯が、前記進入終了部において前記摺動面と面接触していることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項5】
前記ストップ面が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜していることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項6】
前記巻掛け伝動体に発生する張力が過大張力よりも小さいときの前記反力を第1反力であるとし、前記張力が前記過大張力であるときの前記反力を第2反力であるとするとき、
前記ラチェット付勢力が、前記第1反力で発生する前記摺動方向の第1分力よりも大きく設定され、かつ前記第2反力で発生する前記摺動方向の第2分力よりも小さく設定されており、
前記ラチェット機構が、前記反力が前記第1反力であるときに、前記ラチェット歯と前記ラック歯との噛合いにより前記プランジャの後退を規制し、前記反力が前記第2反力であるときに、前記ラチェットが前記反噛合い方向に摺動して前記ラチェット歯が前記ラック歯から噛み外れることにより前記プランジャの後退を許容することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項7】
前記ストップ面が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜しており、
前記ラチェット歯が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ対向面と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動対向面とにより凹凸状に形成されていることを特徴とする請求項6に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項8】
前記ストップ面の傾斜角が、前記摺動面の前記傾斜角より小さく形成されていることを特徴とする請求項7に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項9】
前記ハウジングが、前記回転部材を回転させるエンジンに取り付けられ、
前記収容穴内で前記ハウジングと前記プランジャとの間には、前記プランジャに油圧を作用させる圧油が前記エンジンの運転時に供給される高圧油室が形成され、
前記第1反力が、前記エンジンの始動時に発生する前記反力を含み、
前記第2反力が、前記エンジンの始動後に発生する前記反力を含むことを特徴とする請求項6から請求項8のいずれか1つに記載のラチェット式テンショナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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