説明

レーザーによる窒素同位体▲15▼Nの高濃縮化の方法

【課題】 同位体的に低純度の窒素同位体15Nを、さらに高い純度にまで高濃縮化する方法を提供する。
【解決手段】 可視のレーザーによるテトラジン化合物の同位体選択的な光分解反応、あるいは赤外レーザーによるニトロ化合物、イソニトリル化合物、アミン化合物などの同位体選択的な赤外多光子反応を用い、14Nを含む分子を反応に導き、未反応の化合物中の15Nをさらに高濃縮化する光化学的方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
最近、種々の元素の同位体が自然科学の各分野で盛んに利用されるようになってきた。その一つは、同位体間に化学的性質の違いが無いことに着目し、トレーサーとして利用することである。この利用法により自然界での物質の化学変化の筋道が色々明らかにされている。またその一つは核スピンを持つ同位体、例えば13C、17Oなどに着目した核スピン共鳴吸収である。核スピン共鳴吸収は人体内部の画像化に利用され、医学の進歩に大きく貢献している。さらに本特許は、中性子に対する14Nと15Nの核反応の違いに着目した核燃料としての利用法に関係している。
【0002】
今日まで、ウラン(U)、プルトニウム(Pu)などの核燃料を高速炉に用いる場合、それらの酸化物の形で使用することが一般的であった。しかし最近窒化物の形で使用することが研究され、注目を集めている。
【0003】
その理由は、窒化物燃料が高熱伝導性に代表される金属的性質と、高融点に代表されるセラミックス的性質を兼備していることにある。核燃料が高融点を示し、かつ高熱伝導性であれば使用上のメリットは大きく、原子力関係者で実施されている高速増殖炉サイクルの実用化戦略調査研究の中でも、窒化物燃料には高い評価が与えられている。
【0004】
しかし高速炉の窒化物燃料におけるデメリットは、炉の稼動中に14Nが14N(n,p)14Cの核反応により放射能を持った14Cを生ずる点にある。そこで窒化物燃料中の14Nをその同位体である15Nで完全に置換すると、14Cの生成は15N(n,d)14Cの核反応によるごく少量に押さえられ、放射能に対する安全性を飛躍的に向上させることができる。核反応に関する定量的な研究から、純度99.9%以上の15Nから作られた窒化物燃料を使用すれば、生成する14Cの量を安全なレベル以下に保つことができると推定されている。ただしここで純度とは同位体的な純度のことであり、全体の窒素原子14Nと15Nの中で15Nが占める割合である。
【0005】
自然界の窒素は99.634%の14Nと0.366%の15Nとで構成されている。窒化物燃料は、ウランおよびプルトニウムを高温で窒素ガスと反応させて作るが、通常の窒素ガスを使用する限り99.634%が14Nであり、15Nはわずか0.366%を占めるに過ぎない。高純度の15Nの窒化物燃料を得るには、まず99.9%以上に高濃縮した15Nの窒素ガスを準備し、それから作ることになる。
【背景技術】
【0006】
実用的な15Nの分離・濃縮の方法には、NOの低温蒸留法とNO/HNO系の化学交換法「特許文献1」とがある。これらの方法により、15Nは天然の0.366%の濃度から90%を越える濃度にまで濃縮され、15NOまたはH15NOの化学形で得られている。さらにこれら15NOまたはH15NOから各種の標識化合物が合成され、一般の利用者に提供されている。
【特許文献1】特開2003−221210
【0007】
NOの低温蒸留では、気液平衡状態における液相中の15NOの14NOに対する存在比は、気相中の存在比に較べて1.027倍増加している。すなわちNOの低温蒸留の分離係数は1.027である。この場合には、15Nを天然濃度0.366%から99.9%まで濃縮するには、蒸発と凝縮のサイクルを最低限556回繰り返さなければならない。ここで一段の高さを5cmと仮定すると、最低限28mの蒸留塔が必要となる。実際の生産機では、この2倍以上の塔が使われている。この装置においては、装置の運転開始から製品を回収するまで、推定90日の時間を要する。これらの理由のために15Nの製造コストは増大してしまう。さらに大量のNOの使用に際しては、爆発の起こる危険性が指摘されている。
【0008】
NO/HNO系の化学交換法においては、分離係数は1.055と比較的大きい。天然濃度の15Nを99.9%までに濃縮する場合の最小理論段数は234段であり、最低11mの交換塔が必要である。また、定常運転に到達する時間は約14日であり、NOの低温蒸留に比べれば、経済的に優れたプロセスである。しかし通常の化学的な分離工程に比べると効率が悪い。さらに大きな問題は、NO/HNO系の化学交換法においては、HNOを還元するために、SO等の高価な還元剤が大量に消費され、その製造コストを押し上げている。また、SOが酸化することにより生成したHSOが廃液となり、環境に負担を掛けると同時に、処理コストが高くなる。現状では、15Nの世界における製造量は限られた範囲に止まっており、コストも高く、小規模な基礎研究に対応できる程度である。窒化物燃料等の産業に利用するには飛躍的な技術の進歩が必要である。
【0009】
概して、これらの統計的分離法においては、初期濃縮と後期の高濃縮の段階での効率が極めて悪い傾向を示す。現在市販されている最高純度の15Nでも99%以下に止まっている。したがって純度99.9%以上であることを要求する窒化物燃料に用いるには純度不足である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、高濃縮された15Nの安価、安全、かつ環境の負担を軽減した製造法を提供することであり、既存技術である統計的分離法と開発中の技術であるレーザー法の特徴を活かして問題を解決する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
われわれは同位体選択性の高い分離・濃縮法としてレーザー法の研究をかなり前から幅広く進め、すでにシリコン「特許文献2」、炭素「特許文献3」などの同位体分離に関する特許の出願に至っている。
【特許文献2】 特開2003−53153
【特許文献3】 特開2000−202246
【0012】
レーザー法においては、同位体の選択性が従来の統計的方法より格段に高く、1回の照射で濃度が1%前後から50%を越える程度まで濃縮されることも稀ではない。また設備が小型であると同時に、運転直後から製品の回収が始まる。この点でレーザー法は従来法に比べ、潜在的に経済性が高い同位体分離法である。
【0013】
この様な状況の中で、本発明は同位体選択的なレーザー光化学反応を利用して、広く市販されている95%前後の低純度の15Nを99.9%以上の純度にまで高濃縮する簡便なレーザー光化学的方法を提供するものである。次にその方法について詳細に説明する。
【課題を解決するための手段−基礎となるレーザー光化学反応】
【0014】
本発明の基礎となるレーザー光化学反応には、光による電子励起に基づくものと、光による振動励起に基づくものがある。同位体選択的であればどちらの反応も利用可能である。
【課題を解決するための手段−電子励起】
【0015】
光による電子励起に基づくものに、テトラジンの色素レーザーによる窒素同位体選択的な光分解「非特許文献1および2」がある。sym−テトラジン(1,2,4,5−tetrazine、以下略してテトラジンと呼ぶ)は、分子内に4個の窒素原子を持ち、室温では赤色の昇華性結晶である。この分子を昇華させ、気相の状態で色素レーザーの500〜550nm付近の鋭い単色光を照射すると、テトラジン分子が同位体選択的に光を吸収して電子励起し、次いで分解を起こし、分解生成物であるNおよびHCN中、あるいは未分解テトラジン中に15Nが濃縮される。
【非特許文献1】 R.R.Karl Jr.and K.K.Innes,Chem.Phys.Lett.,36,275(1975)
【非特許文献2】 U.Boesl,H.J.Neusser,and E.W.Schlag,Chem.Phys.Lett.,61,62(1979)
【0016】
テトラジンの4個の窒素原子が総て14Nである分子は551.45nm(18134.0cm−1)の波長に、またそのうちの1個が15Nである分子は551.33nm(18138.0cm−1)付近に吸収のピークを持つ。天然の同位体組成比のテトラジンに、前者の波長のレーザー光を照射すると15Nは未反応の原料物質中に、また後者の波長のレーザー光を照射すると15Nは分解生成物中に濃縮される。
【0017】
一方、95%前後の15Nを含むテトラジンを、15N標識化合物から有機化学的に合成することは十分可能である。そこで合成された15N標識テトラジンに色素レーザーの適切波長の光を照射し、14Nを含む分子を同位体選択的に電子励起して分解を誘起し、未反応のテトラジン中に15Nを高濃縮することも十分に可能である。ただしあらかじめテトラジンの各同位体分子に関する電子吸収スペクトルを精密に測定し、14Nを含む分子の同位体シフトを知って置く必要がある。さらに色素レーザーの光は、14Nを含む分子が選択的に吸収する波長に設定されなければならない。
【0018】
最近、レーザーの進歩により、光変換効率が格段に優れた半導体レーザーが開発され、レーザーによる同位体の分離・濃縮が一段と現実味を帯びてきている。半導体レーザーは可視の波長領域でも利用できる。レーザーの光学部品および電気部品が長寿命化し、運転の信頼性が増し、かつ保守点検が容易になれば、レーザー法の経済性がさらに顕著化することは間違いない。
【課題を解決するための手段−振動励起】
【0019】
低圧の気体分子に赤外レーザーの強いフルエンスのパルス光を照射すると、分子が多数の光子を吸収し、高い振動状態に遷移し、分解や異性化を起こすことがある。この様な現象は赤外多光子反応と呼ばれ、しばしば大きな同位体効果が観測される。
【0020】
この赤外多光子反応を利用した同位体の分離・濃縮には、赤外領域で波長可変な自由電子レーザーを使用することも考えられる。しかし経済性を考慮すると、現状では開発が最も進み、高出力かつ高フルエンスのものが容易に利用できる炭酸ガスレーザーを使用することが最も妥当である。
【0021】
原料物質は、炭酸ガスレーザーの発振領域、すなわち約9から11ミクロンの波長領域に赤外吸収を持ち、照射したレーザー光に対し効率よく赤外多光子反応を起こし、かつ14Nと15Nの間で赤外多光子反応の収率に顕著な違いのあることが必要である。さらに15Nで標識した原料物質が安価に利用できることも実用的な面から重要である。その様な原料物質には、過去の研究に照らし、ニトロ化合物「非特許文献3および4」、イソニトリル化合物「非特許文献5」およびアミン化合物「非特許文献6」が考えられる。上記の論文に、ニトロメタン、メチルイソニトリル、エチルイソニトリル、メチルアミン等の赤外多光子分解、あるいは赤外多光子異性化が炭酸ガスレーザーによって誘起され、さらに大きな窒素同位体効果の観測されることが記載されている。これら以外のニトロ化合物、イソニトリル化合物、アミン化合物においても同様な現象の起こることは十分に予測される。
【非特許文献3】 N.V.Checkalin,V.S.Dolzhikov,Yu.R.Kolomiysky,V.N.Lokhman,V.S.Letokhov,and E.A.Ryabov,Phys.Lett.,59A,243(1976)
【非特許文献4】 N.V.Checkalin,V.S.Dolzhikov,Yu.R.Kolomisky,V.S.Letokhov,V.N.Lokhman,and E.A.Ryabov,Appl.Phys.,13,311(1977)
【非特許文献5】 A.Hartford Jr.and S.A.Tuccio,Chem.Phys.Lett.,60,431(1979)
【非特許文献6】 H.Chen and C.Borzileri,J.Appl.Phys.,50,7177(1979)
【0022】
15Nで標識されたニトロメタンおよびメチルアミンは市販されている。またやや複雑なニトロ化合物、イソニトリル化合物、アミン化合物なども、有機化学で確立された方法に従い、比較的安価な15N標識化合物15NH15NHCl、15NO、H15NOなどから容易に合成することができる。
【0023】
低純度の13Nで標識されたニトロ化合物、イソニトリル化合物、アミン化合物などの中から適当な原料物質を選び、これに適切な実験条件のもとで炭酸ガスレーザーのパルス光を照射し、14Nを含む分子に多光子分解反応あるいは多光子異性化反応を選択的に起させれば、残存する原料物質中の15Nの純度は高まる。続いてレーザー照射後残存する原料物質を分離し、その中の15Nを取り出せば、高純度の15Nが得られることになる。この様にして、純度の低い各種15N標識化合物から炭酸ガスレーザーを用いた赤外多光子反応を利用して99.9%以上の高純度15Nを分離・濃縮することが可能となる。
【0024】
ここで注意すべきことは、原料物質にレーザー光を照射する際に、14Nを含む分子を選択的に赤外多光子反応に導くか、あるいは15Nを含む分子を選択的に赤外多光子反応に導くかで、照射するレーザー光の波長が異なる点である。
【0025】
われわれが通常目にする赤外吸収スペクトルは1光子吸収に対応する。本特許において着目する赤外多光子吸収スペクトルは、この1光子赤外吸収スペクトルとは異なり、個々の分子が数十個にも及ぶ多数の光子を吸収する場合に対応する。1光子赤外吸収スペクトルと比較すると、各吸収バンドは長波長側にずれ、かつ幅広くなっている。さらに同位体分子同志のスペクトルを比較すると、重い同位体分子の多光子吸収バンドほど長波長側に存在する。照射するレーザー光の波長を選ぶ際は、上記した1光子吸収と多光子吸収間の波長の違い、および同位体分子間の吸収波長の違いを十分に考慮しなければならない。
【0026】
本特許の様に、14Nを含む分子を赤外多光子反応に導き、未反応の原料物質中に15Nを濃縮する場合は、14Nを含む分子の多光子吸収が起こる波長にレーザー光の波長を合わせなければならない。この波長は、14Nを含む分子の1光子吸収が起こる波長よりは長波長側、また15Nを含む分子の多光子吸収が起こる波長よりは短波長側となる。照射するレーザー光の波長は、その位置に設定しなければならない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
図1に15Nの高濃縮に用いる装置および操作の概念図を示した。1は使用するレーザーであり、電子励起反応の場合は色素レーザーあるいは半導体レーザーで代表され、赤外多光子反応の場合は炭酸ガスレーザーで代表される。2は照射容器であり、6のガス循環ポンプ、5の適切な容量のガス溜、後ほど説明する11の濃縮度測定装置と共に閉鎖循環系(12、枠内)を形成する。原料物質がテトラジンの様な結晶性固体の場合は、別に工夫した閉鎖循環系を用いる。例えば、照射容器の試料流入口および試料流出口に代わり、種々の温度に保持できる二つの試料溜を設け、この間で試料の昇華と凝縮を繰返しつつ、同時にレーザー照射を行う様な工夫である。3は低純度15Nの原料物質、4は各種添加ガスである。添加ガスは、光分解で生ずるラジカル等を捕捉する目的で添加される。7は反応後、生成物と未反応原料物質を分離する分離器で、通常、蒸留装置あるいは分取用の大型ガスクロマトグラフである。8は分離された分解生成物で、14Nを多く含む。9は高純度15Nの未反応原料物質であり、10の窒化物燃料製造系に送られ、高純度15Nの窒化物燃料の製造に供される。11は赤外分光光度計あるいはガスクロマトグラフ・マススペクトロメーター等で、照射中の試料について、どの程度まで15Nが高濃縮されたかを測定する。
【0028】
窒化物燃料の合成においては、高純度15Nを窒素ガスの形で提供することが望ましい。高純度15Nを含む未反応原料は、既知の単位反応あるいは触媒反応に従い、窒素ガスに変換することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
現在、15Nは15NO、H15NO15NH15NHClなどの化学形で90から99%の純度のものが販売されている。しかし99.9%以上の純度を保証するものは容易に手に入らない。本発明はレーザーを用い、90〜99%程度の低純度15Nを99.9%以上の純度に精製する便利な方法に関するものである。この発明により、高速増殖炉用の窒化物燃料が、質的にも量的にも製造可能となる。われわれは本発明がわが国の原子力発電の発展に確実に貢献するものと信じている。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の、レーザーによる15Nの高濃縮化の方法を示す概念図である。
【符号の説明】
【0031】
1:各種レーザー
2:照射容器
3:低純度15Nの原料物質
4:各種添加ガス
5:ガス溜
6:ガス循環ポンプ
7:分離器−生成物と未反応原料物質を分離
8:反応生成物−14N含有化合物
9:高純度15Nの未分解原料物質
10:窒化物燃料製造系
11:試料中の15Nの濃縮度測定装置
12:閉鎖循環系(枠内)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同位体的に低純度の15N標識化合物である原料物質に、紫外、可視、もしくは赤外のレーザー光を照射し、14N選択的な光化学反応を誘起して14Nを含む原料物質を除き、未反応原料物質中の15Nの純度を高める方法。
【請求項2】
同位体的に低純度の15N標識化合物1,2,4,5−テトラジンの原料物質に、気体の状態で、色素レーザーあるいは半導体レーザーの光を照射し、14N選択的な光分解反応を誘起して14Nを含む原料物質を除き、未反応原料物質中の15Nの純度を高める方法。
【請求項3】
同位体的に低純度の15N標識ニトロ化合物、同位体的に低純度の15N標識イソニトリル化合物、同位体的に低純度の15N標識アミン化合物などの原料物質に、低圧の気体の状態で、炭酸ガスレーザーのパルス光を照射し、14N選択的な赤外多光子反応を誘起して14Nを含む原料物質を除き、未反応原料物質中の15Nの純度を高める方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−102727(P2006−102727A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−317143(P2004−317143)
【出願日】平成16年10月4日(2004.10.4)
【出願人】(000004097)日本原子力研究所 (55)
【出願人】(599024757)ヒル リサーチ有限会社 (1)