説明

ロゼット型植物の高収量栽培方法及び高収量株

【課題】ロゼット型植物,特にロゼット型野菜の収率を高めるための,改良された生産方法,及び当該方法により得られる,一株当たりの葉の数を増加させたロゼット型植物株の提供。
【解決手段】ロゼット型植物生産のための,一株当たりの葉の数を増加させる改良された生産方法であって,該植物を播種して栽培しつつ,葉が生じた後に地上部の生長点を破壊し,それにより複数の新たな生長点の発生を誘導し,新たに生じた複数の生長点の各々の周囲から新たに葉を生じさせることを特徴とするものである方法,並びに,当該方法で得られる1株当たりの葉の数を増加させたものであるロゼット型植物株及びその葉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ロゼット型植物の高収量栽培方法及び当該方法により得られる高収量株,特に作物としてのロゼット型植物,とりわけロゼット型野菜の収量を高める栽培方法,及び当該方法により得られる高収量を与えるロゼット型植物株に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物の生産効率の向上は,それらをより低コストで十分な量を安定的に市場に供給できるためには重要である。例えば野菜については,近年,気候に左右されない管理された施設内で,完全な人工照明下での水耕栽培等により野菜を生産するシステムであるいわゆる「植物工場」が徐々に実現されつつある。そのようなシステムは,野菜の生育環境をほぼ完全に制御できるため,害虫や病気の防止も可能となり,またそれにより無農薬で野菜を栽培ができるという大きな利点を有する。その一方,そのような施設の構築と維持には,多大な設備投資と運営コストを伴うことから,生産効率を如何にして高めるかが,植物工場が事業として成立するための重要な要素の一つとなる。このため,照明の波長や強度,日長時間,温度,養液,培養装置の構造その他,様々な取り組みがなされている。
【0003】
他方,野菜の植物体そのものに所定の機械的処置を施すことで収量を高める方法が,以前より知られている。例えば,ナスにおける一芽切り返し法,キュウリの摘芯栽培法等である。また,トマトについて,特定の花芽の上方所定位置での茎の剪定と花芽の下方の最も強い脇芽以外の切除との組み合わせにより高収量化を可能にする方法が提案されている(特許文献1参照)。更には,クレソンの栽培において,所定の段階で挿し木苗の先端,小枝の先端,孫枝の先端等を順次摘芯することによる効率的栽培方法も知られている(特許文献2参照)。しかしながら,これらの方法は,ケール,サンチュ,レタス等のようなロゼット型植物,すなわち枝や伸びた茎を形成しない植物には適用できない。
【0004】
また,植物体のカスパリー帯(Casparian strip)より内側の内部高電位と表皮サイドの外部低電位とを,通電体を差し込ん取り付け直結させておくことで,表皮サイドの電位を増大させ,それにより植物生体の成長増大を図る方法も提案されている(特許文献3参照)。しかしながら,この方法では,通電体を取り付ける部位の特定のために,電圧計の端子を植物体に差し込んで内外の電位差の変化率が極大となる部位を探さねばならないため煩雑であり,その後の通電体の状態を管理し,収穫に際しては除去も必要となるため,野菜の量産現場には,到底利用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−194556号公報
【特許文献2】特許第4737356号
【特許文献3】国際公開第2011/052203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の背景において,本発明の一目的は,ロゼット型植物,特にロゼット型野菜の収率を高めるための,改良された生産方法の提供を目的とする。本発明の別の一目的は,そのような方法により得られる,ロゼット型植物,特にロゼット型野菜の高収量株を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は,ロゼット型植物の例として,主に青汁の材料として利用されるアブラナ科の野菜ケールと,キク科レタスと同種の野菜サンチュとを用い,これらを一定期間栽培した後,地上部の生長点が存在する部位に器具の先端を刺入して生長点を破壊することにより,生長点の分化が誘導されて植物体を囲むように新たな生長点が放射状に生じ,それら新たな生長点の各々において複数の葉が生ずることにより,葉の数を大幅に増やしたケール及びサンチュが得られること,及び,それらの葉を順次収穫しつつ長期間栽培を継続できることを見出した。本発明は,この発見に基づくものである。すなわち,本発明は以下を提供する。
【0008】
1.ロゼット型植物の生産のための,一株当たりの葉の数を増加させる改良された生産方法であって,該植物を播種して栽培しつつ,葉が生じた後に地上部の生長点を破壊し,それにより複数の新たな生長点の発生を誘導し,新たに生じた複数の生長点の各々の周囲から新たに葉を生じさせることを特徴とするものである,方法。
2.生長点の破壊を,最初の生長点に対して行うものである,上記1の方法。
3.生長点の破壊が,生長点が存在する植物体の部位を器具の先端で刺すことにより行われるものである,上記1又は2の方法。
4.ロゼット型植物がロゼット型野菜である,上記1ないし3の何れかの方法。
5.ロゼット型野菜がケール,サンチュ又はレタスである,上記4の方法。
6.栽培が水耕栽培又は土耕栽培によるものである,上記1ないし5の何れかの方法。
7.上記1ないし6の何れかの方法により得られる,1株当たりの葉の数を増加させたものであるロゼット型植物株。
8.上記8のロゼット型植物株の葉。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,ロゼット型植物,例えばロゼット型野菜の1株当たりの葉の数を大幅に増加させることができる。数の増えたそれらの葉は,適宜収穫してもまた新たに生えてくるため,葉を収穫しつつ栽培を続けることが可能であり,葉の量が多い分,収率が高い。特に植物工場のような人工的環境下では,季節の影響を受けずに長期間栽培を続けることができることから,葉の数及び量の増加したロゼット型野菜1株当たりの葉の収穫量を,従来に比して大幅に増大させることができる。また,本発明によれば,植物体の中心にもともと存在していた最初の生長点を破壊してあるため,もとの生長点より下に生じる新たな複数の生長点の周囲からそれぞれ広がるように葉が生じてくるため,植物工場の場合,栽培棚の高さを低く設定でき,それにより棚の段数を多くとることができるため,高密度の,従って効率の高い栽培が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は,実施例1における1株当たりの生長点の個数と当該株から収穫される葉の枚数との関係を示すグラフである。
【図2】図2は,実施例1における1株当たりの生長点の個数と当該株から収穫される葉の総重量との関係を示すグラフである。
【図3】図3は,実施例2における,生長点破壊処理から9日後の時点での,1株当たりの分化して生じた新たな成長点の個数と当該個数の生長点を持つ植物体の株数との関係を示すグラフである。
【図4】図4は,実施例2における,生長点破壊処理から42日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当たりの生長点の平均個数の対比を示すグラフである。
【図5】図5は,実施例2における,生長点破壊処理から42日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当たりの収穫された葉の平均枚数の対比を示すグラフである。
【図6】図6は,実施例2における,生長点破壊処理から42日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当たりの葉の平均収穫重量の対比を示すグラフである。
【図7】図7は,実施例3における,生長点破壊処理から9日後の時点での,1株当たりの分化して生じた新たな成長点の個数と当該個数の生長点を持つ植物体の株数との関係を示すグラフである。
【図8】図8は,実施例4における,生長点破壊処理から91日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当たりの生長点の平均個数の対比を示すグラフである。
【図9】図9は,実施例4における,生長点破壊処理から91日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当たりの収穫された葉の平均枚数の対比を示すグラフである。
【図10】図10は,実施例4における,生長点破壊処理から91日後の時点における,対照株と生長点を破壊した株との間での,植物体1株当の葉の平均収穫重量の対比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において,「ロゼット型植物」とは,茎がほとんど節間成長せず,地上茎が無いか又は極端に短く,そのため葉が地中から直接出ているかそれに近い状態の植物をいう。ロゼット型植物の例としては,ケール,サンチュ,レタス,ミズナ,コマツナ,ホウレンソウ,シュンギク,キャベツ,ブロッコリー,イチゴ,タンポポ等だけではなく,ニンニク,チューリップ,ユリ,サフラン等の球根植物等が挙げられる。また,「ロゼット型野菜」とは,ロゼット型植物であって,ロゼット状の葉の部分が野菜として利用されるものをいう。
【0012】
本発明において,ロゼット型植物の地上部の生長点の破壊は,葉の根元に囲まれている極めて短い茎の先端部位を器具の先端で刺すことにより行われる。地上部の生長点の位置は当業者の周知事項である。生長点の破壊は,最初の生長点に対して行うが,その後に分化して生じてくる新たな生長点のうちの1つ又は2つ以上に対し,過度に葉が密生しない限り所望により追加的に同様の処理を施すことも可能である。地上部の生長点を刺す器具としては,特に限定はなく,針金,釘,ピン,その他生長点を刺して破壊することができる適宜の器具でよい。刺す深さは,器具の先端が生長点を貫く或いは押し潰す深さである限り適宜でよい。例えば1cm程度の深さに刺せば十分である。また,生長点は非常に小さいため,生長点のみを選択的に破壊することは困難であり,生長点を含む周辺部を同時に破壊しても差し支えない。生長点を刺す器具の先端の形状についても特に限定はなく,先端は尖っていてもいなくてもよい。先端の径も特に限定されず,例えば径は,0.3〜5mm程度とするのが扱い易く便利であるが,この範囲外で使用できる。また,器具の先端を茎の先端部位に刺した状態で掻き混ぜてもよい。
【0013】
本発明によれば,ロゼット型植物,特にロゼット型野菜の中心の茎の先端にある生長点を破壊することにより,新たに分化誘導される幾つかの生長点は,元の生長点より下の茎の周りに放射状に生じ,それら新たな生長点の各々から複数の葉が周囲に広がるように密生して生える。
【0014】
本発明は,露地栽培や土耕栽培で行うことも可能であるが,植物工場におけるような人工環境下の水耕栽培において用いれば,一層その利点が大きい。水耕栽培のための養液,温度,日長時間,光源等の栽培の環境的条件は,従来通りのものを用いればよい。水耕栽培においては,季節の影響を受けないため長期間の栽培が可能であり,その間,本発明においては,従来より多数の新たな葉を生育させつつ適当な大きさに育った葉を順次継続的に収穫して商品とすることができ,1株当たりの収穫量が大きい。また,本発明により,従来に比べて遥かに多数の葉を付けたロゼット型植物の1株全体を商品としてもよい。
【実施例】
【0015】
以下,実施例を参照して本発明を更に具体的に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
下記の何れの実施例においても,栽培における次の環境条件は共通とした。
〔施設及び肥料〕
光源:白色蛍光灯
肥料:大塚ハウスSA処方
明期/暗期:14時間/10時間
CO施肥:1500ppm
【0016】
〔播種〜育苗〕
ケール(実施例1〜3)又はサンチュ(実施例4)の種子をウレタン培地に播種し,照射強度5000〜5500lux,室温18〜20℃,養液濃度EC=1.0mS/cmで6回/日灌水して5日間生育させた後,湛水式水耕栽培にて根が完全に浸る状態に定植し,照射強度13000〜18000lux,室温20℃,養液濃度EC=1.8mS/cmで育苗した。
【0017】
〔実施例1〕 ケール
播種から33日間育苗した時点(生長点を囲んで数枚の葉が生じている)で,植物体の中心部にある生長点を含む領域に径3mmの釘を約1cm刺入することにより,生長点を破壊した。そのまま同じ栽培条件で水耕栽培を続けたところ,生長点破壊処理の約1週間後より,新しい生長点が分化して生じるのが見られ始めた。それら新たに生じた生長点の周りに1〜6枚の葉が生じた。9〜12日毎に大きな葉のみを切除して収穫しながら栽培を継続した。生長点破壊処理から60日後の時点における収穫結果として,図1に植物体の1株当たりの生長点の個数とその株からの葉の収穫枚数との関係を,また図2に,植物体1株当たりの生長点の個数とその株からの葉の収穫重量の関係を,それぞれ示す。
【0018】
結果に見られるとおり,1株当たりの葉の収穫枚数は新たに生じた生長点の個数にほぼ比例しており(図1),また1株当たりの葉の収穫重量は一層高い相関係数で比例していた(図2)。これらのことから,本願発明の方法により生長点を増やすことで,1株当たりの葉の収穫効率(枚数,重量)を増大させることができる。
【0019】
〔実施例2〕 ケール
播種から21日間育苗した時点(生長点を囲んで複数の葉が生じている)で,一部の株(対照株)以外につき,植物体の中心部にある生長点を含む領域に径3mmの釘を約1cm刺入することにより生長点を破壊した後,全ての株についてそのまま同じ栽培条件で水耕栽培を続けた。生長点破壊処理から9日後の時点で分化により生じていた1株当たりの新たな生長点の個数の分布を図3に示す。横軸は植物体の1株当たりの生長点の個数,縦軸は示された個数の生長点を有する株の総数である。生長点破壊処理から9日後の時点で,既に,3〜6個の生長点が分化しているものが多く見られることが分かる。
【0020】
更に,生長点破壊処理から42日後の時点での1株当たりの収穫データを図4〜6に示す。生長点の個数は,対照株(無処理)では1株当たり平均約1.3個で殆ど増加が見られなかったのに対し,生長点破壊処理をした株では1株当たり平均約4.2個と,対照株に比して約3.2倍へと大幅に増加していた(図4)。また,収穫できた葉の枚数では,対照株が1株当たり約3.8枚であったのに比べ,生長点破壊処理をした株では1株当たり平均10.2枚と,約3.2倍に増加し(図5),葉の収穫重量も,対照株での1株当たり47.2gに比して生長点破壊処理をした株では1株当たり平均60.8gと,約1.3倍へと増加した(図6)。
【0021】
〔実施例3〕 ケール
播種から21日間育苗した時点(生長点を囲んで複数の葉が生じている)で,一部の株(対照株)以外につき,植物体の中心部にある生長点を含む領域に径0.4mmの金属棒を約1cm刺入することにより生長点を破壊し,全ての株について同じ条件で水耕栽培を続けた。生長点破壊処理から9日後の時点における分化してできた生長点の個数の分布状況を図7に示す。横軸は植物体の1株当たりの生長点の個数,縦軸はそれぞれの個数の生長点を有する株の数である。図に見られるとおり,生長点破壊処理から9日後の時点で,既に,全ての株において分化による2〜5個の生長点の発生が確認された。
【0022】
〔実施例4〕 サンチュ
播種から23日間育苗した時点(生長点を囲んで数枚の葉が生じている)で,一部の株(対照株)以外について,植物体の中心部にある生長点を含む領域に径3mmの釘を約1cm刺入することにより,生長点を破壊した。そのまま同じ栽培条件で,7日毎に大きな葉のみを切除して収穫しながら栽培を継続した。生長点破壊処理から約1週間後より,新しい生長点が分化して生じるのが見られ始めた。対照株(無処理)では生長点の個数の増加は全く確認されなかった。生長点破壊処理をした株において,生長点の個数の増加と収穫枚数及び収穫重量の増加との間には正比例の関係が見られ,処理による生長点の個数の増加に伴い,収量も多くなっていることが確認された。生長点破壊処理から91日後の時点での1株当たりの収穫データを図8〜10に示す。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は,ロゼット型植物の1株当たりの葉の数を大幅に増加させて,葉の収穫の効率を高めることができることから,ロゼット型植物の効率的栽培方法として有用である。また,葉数を大幅に増加させたロゼット型植物株を提供する技術としても有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロゼット型植物の生産のための,一株当たりの葉の数を増加させる改良された生産方法であって,該植物を播種して栽培しつつ,葉が生じた後に地上部の生長点を破壊し,それにより複数の新たな生長点の発生を誘導し,新たに生じた複数の生長点の各々の周囲から新たに葉を生じさせることを特徴とするものである,方法。
【請求項2】
生長点の破壊を,最初の生長点に対して行うものである,請求項1の方法。
【請求項3】
生長点の破壊が,生長点が存在する植物体の部位を器具の先端で刺すことにより行われるものである,請求項1又は2の方法。
【請求項4】
ロゼット型植物がロゼット型野菜である,請求項1ないし3の何れかの方法。
【請求項5】
ロゼット型野菜がケール,サンチュ又はレタスである,請求項4の方法。
【請求項6】
栽培が水耕栽培又は土耕栽培によるものである,請求項1ないし5の何れかの方法。
【請求項7】
請求項1ないし6の何れかの方法により得られる,1株当たりの葉の数を増加させたものであるロゼット型植物株。
【請求項8】
請求項7のロゼット型植物株の葉。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−81452(P2013−81452A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−211697(P2012−211697)
【出願日】平成24年9月26日(2012.9.26)
【出願人】(000178826)日本山村硝子株式会社 (140)
【Fターム(参考)】