中皮腫診断キット
【課題】より高感度に、健常人との識別、アスベスト暴露経験者からの中皮腫患者の鑑別、肺がん等の他の疾患の患者との識別等を有効に行うことのできる中皮腫診断剤等を提供する。
【解決手段】31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが血液のまま、あるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤。
【解決手段】31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが血液のまま、あるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中皮腫の早期診断に用いることができる中皮腫診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アスベストに暴露された経験をもつヒトが高頻度で中皮腫を発病することは社会問題にまで発展している。中皮腫は悪性のものと良性のものが存在するが、悪性中皮腫患者の多くは、アスベストへの暴露歴を有し、アスベスト曝露から30−35年という長期潜伏期間を経て悪性中皮腫を発症している。このため、今後中皮腫患者が増加する可能性は否定できない。
【0003】
また、中皮腫は早期発見の難しい疾患であり、現在中皮腫はMRIやCT等を用いた方法により診断されているが、これらの方法では早期診断が難しく、中皮腫と診断された時点で既に病気が進行していることが多いことが問題となっている。それだけに本疾患の早期診断が切に望まれているが、現在のところ有効な早期診断マーカーが見つけられていない。
【0004】
現在まで中皮腫に関連するマーカーとしては、Erc、MPFおよびメソセリン(Mesothelin)と呼ばれるタンパク質が発見されている。その経緯は次のようなものである。
まず、1994年、ヤマグチ(Yamaguchi)らにより、ヒト膵臓癌細胞HPC−Y5上清から、MPF (Megakaryocyte potentiating factor)と呼ばれるタンパク質が精製されたことが報告され(文献1)、さらに1995年、コジマ(Kojima)らにより、ヒト膵臓癌細胞HPC−Y5のcDNAからMPFがクローニングされたことが報告された(文献2)。
【0005】
その後、チャン(Chang)らは、中皮細胞、卵巣癌および中皮腫の表面に発現する40kDaのエピトープに反応するモノクローナル抗体K1を作製し、該抗体を用いて、その抗原タンパク質をコードする遺伝子を探索したところ、69kDaのタンパク質をコードする1884bpのオープンリーディングフレーム(open reading frame)を持つ遺伝子を単離した。そしてさらに、チャン(Chang)らは、当該69kDaタンパク質が前記40kDaタンパク質の前駆体であり、該69kDaタンパク質がホスファチジルイノシトール特異性ホスホリパーゼ(PI−PL)の作用により切断され、細胞表面に40KDaタンパク質が発現することを明らかにした。そしてチャン(Chang)らは、その69kDaタンパク質をメソセリンと名づけたが(文献3)、後に上述のMPFとメソセリンは同一のタンパク質であることが明らかとなった。
【0006】
一方、ショラー(Scholler)らは卵巣癌細胞を免疫して作製したモノクローナル抗体OV569が認識するタンパク質を検索した結果、このものはメソセリンの膜結合領域と同じ配列を有する、分子量42−45kDaのタンパク質であることを発見し、可溶性メソセリン(Soluble member of mesothelin)と呼んだ。このタンパク質は途中にフレームシフト変異を起しており、その結果、C末領域のGPIアンカー部分が異なる配列になってしまうために可溶性になることが判明した。さらに、OV569と同じタンパク質を認識する別のモノクローナル抗体4H3を用いてサンドイッチEIA(Sandwich EIA)の測定系を構築し、卵巣癌患者の血清を測定した結果、健常人に比べて、上記タンパク質が高い値を示すことを見出した(文献4)。さらにロビンソン(Robinson)らはこの測定系を用いて中皮腫患者の測定を行い、健常人に比べて上記タンパク質が高い値を示すことを報告している(文献5)。
【0007】
本発明者である樋野らは、長年にわたる疾患モデル動物の研究を通じて、腎癌発症モデルEkerラットの原因遺伝子を探索してきた。その結果、正常腎組織に比べてEkerラット腎癌由来細胞株において高発現を示す遺伝子を発見し、その中の1つをErcと命名した。さらに、ラットErcのヒトホモログを探索した結果、ヒトにおいてはMPF がラットErcに対して56.1%の相同性を有することを明らかにした(文献6、7)。
【0008】
以上の経緯等から、(1)ヒトErc、MPFおよびメソセリン(以下、これらを「Erc/MPF/mesothelin」という)は、全長622アミノ酸からなる糖タンパク質であり、290−295アミノ酸にRPRFRR配列を有することから、フリン(Furin)様プロテアーゼでプロセッシングを受けて31kDaと40kDaフラグメントに開裂すること、(2)40kDaフラグメントのC末側領域はそのC末端にGPIアンカー領域を含むことから細胞膜に結合した形で残り、N末側の31kDaフラグメントは可溶性タンパク質として分泌されること(以下、これを「31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin」という)、(3)また細胞膜上に結合した40kDaフラグメントのC末側もホスファチジルイノシトール−スペシフィックホスホリパーゼC(phosphatidiylinositol−specific phospholipase C:PI−PLC)処理によって細胞から放出されること等が考えられている。
【0009】
これらの異なるアプローチによって同定されたErc/MPF/mesothelinは、正常の中皮細胞および中皮腫に強く発現しているのみならず、中皮腫患者血液中にも存在することが報告されている。しかしながら、これらの知見では中皮腫においてどのようなタイプのErc/MPF/mesothelinが分泌されているのかは明らかにされていなかった。
【0010】
これまでに、本発明者らは上記の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが、中皮腫患者の血清中に高濃度で存在していることを示し、これにより中皮腫が診断できることを報告している(文献8)。しかし、この報告は患者検体中に目的タンパク質がどのような状態で存在しているかを可視化しているわけではなかった。また、この報告では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を認識する抗体を用いて測定していたため、完全に全長を保持した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのみが測定され、C末端を何らかの作用で分解欠損してしまうような断片は測定することが不可能であった。
【0011】
また、本発明者らの報告の後にも、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを検出することにより中皮腫が診断できることが報告されているが(文献9)、この報告ではELISA系で測定されたMPFの測定値が絶対値表記されていなかった。また、この報告では実際に中皮腫患者と健常人の血清を測定しているが、その結果はMPFの絶対値表記ではなく、単なる吸光度が表記されているにすぎず、これでは、異なる試験ごとの値の比較をすることができない。これらの理由は標準物質と血液中のMPFとの換算ができないためであると推測される。そして、その原因としては抗体の特異性、親和性が組み換え体と血液中の天然型との間で異なっていることが予想される。更に、この報告ではいくつか得られている抗体同士で認識エピトープの相違を調べているが、これはそれぞれのエピトープが異なるか否か調べているに過ぎず、実際に各抗体の認識エピトープの位置を明らかにしているものではない。このように、この先行技術では実用的な診断に用いることは適していないと判断されるものであった。
【0012】
【非特許文献1】Yamaguchi N, Hattori K, Oh−eda M, Kojima T, Imai N, Ochi N. A novelcytokine exhibiting megakaryocyte potentiating activity from a human pancreatictumor cell line HPC−Y5., J Biol Chem.269:805−808, 1994.PMID: 8288629
【非特許文献2】Kojima, T.; Oh−eda, M.; Hattori, K.; Taniguchi, Y.; Tamura, M.;Ochi, N.; Yamaguchi, N. : Molecular cloning and expression of megakaryocyte potentiating factor cDNA., J. Biol. Chem. 270: 21984−21990, 1995. PubMed ID :7665620
【非特許文献3】Chang, K.; Pastan, I. : Molecular cloning of mesothelin, adifferentiation antigen present on mesothelium, mesotheliomas, and ovariancancers., Proc. Nat. Acad. Sci. 93: 136−140, 1996. PubMed ID : 8552591
【非特許文献4】Scholler, N.; Fu, N.; Yang, Y.; Ye, Z.; Goodman, G. E.; Hellstrom,K. E.; Hellstrom, I. : Soluble member(s) of the mesothelin/megakaryocyte potentiating factor family are detectable in sera from patients with ovarian carcinoma.,Proc. Nat. Acad. Sci. 96: 11531−11536, 1999. PubMed ID : 10500211
【非特許文献5】Robinson BW, Creaney J, Lake R, Nowak A, Musk AW, de Klerk N,Winzell P, Hellstrom KE, Hellstrom I.Soluble mesothelin−related protein−A blood test for mesothelioma.Lung Cancer. 49 Suppl 1:S109−111, 2005. PMID: 15950789
【非特許文献6】Hino O, Kobayashi E, Nishizawa M, Kubo Y, Kobayashi T, Hirayama Y,Takai S, Kikuchi Y, Tsuchiya H, Orimoto K, et al.Renal carcinogenesis in the Eker rat., J Cancer Res Clin Oncol. 121:602−605, 1995. PMID: 7559744
【非特許文献7】Yamashita Y, Yokoyama M, Kobayashi E, Takai S, Hino O Mapping and determination of the cDNA sequence of theErc gene preferentially expressed in renal cell carcinoma in the Tsc2 genemutant (Eker) rat model., Biochem Biophys Res Commun. 275(1):134−140, 2000. PMID: 10944454
【非特許文献8】Shiomi K, Miyamoto H, Segawa T, Hagiwara Y, Ota A, Maeda M, Takahashi K, Masuda K, Sakao Y, Hino O. Novel ELISA system for detection of N−ERC/mesothelin in the sera of mesothelioma patients.Cancer Sci. 97:928−932, 2006. PMID: 16776777
【非特許文献9】Onda M, Nagata S, Ho M, Bera TK, Hassan R, Alexander RH, Pastan I. Megakaryocyte potentiation factor cleaved from mesothelin precursor is a useful tumor marker in the serum of patients with mesothelioma.Clin Cancer Res. 12:4225−4231, 2006. PMID: 16857795
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、これまで報告されてきている中皮腫診断キット等よりも高感度に、健常人との識別、アスベスト暴露経験者からの中皮腫患者の鑑別、肺がん等の他の疾患の患者との識別等を有効に行うことのできる中皮腫診断キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、中皮腫患者由来の体液を用いて詳細に検索した結果、体液中に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと共にその分解断片(フラグメント)も存在していることを発見した。そして、これまで、抗体作製において常識的に用いられる抗原部位である31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのN末端およびC末端のアミノ酸を含むポリペプチドを抗原として得られる抗体を用いた測定系では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのフラグメントは検出されなかったことを知った。
【0015】
そして、本発明者らはこの31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、フラグメントの両方を測定可能な測定系について鋭意研究したところ、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの適正な部位を認識する抗体を選択することにより、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと共にそのフラグメントを高感度で測定でき、その結果、従来よりも中皮腫を精度良く診断可能なことを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明は31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体である。また、本発明は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤であり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤である。
【0017】
更に、本発明は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体を備える中皮腫診断キットであり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第1の抗体を含有する第1の試薬と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キットである。
【0018】
更に、本発明は検体中の、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を、上記中皮腫診断キットにより測定し、その量を指標とすることを特徴とする中皮腫診断方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の抗体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのみならず、これから種々の要因により生成したフラグメントのうち、N端側のフラグメントも検出することができる。
【0020】
従って、本測定系を用いることにより、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの量を測定することが可能となり、従来用いられていた測定系と比較して精度のよい、中皮腫の診断及び進行状況の判断が可能となる。しかも、本測定系を用いることにより、検体の採取条件や保存条件等によらず、高い感度で測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】モノクローナル抗体7E7のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(ここでレーン1はヒトErc/MPF/mesothelin全長のcDNAを導入したCOS−1細胞の溶解液、レーン2はヒトErc/MPF/mesothelin 全長のcDNAを導入したCOS−1細胞の培養上清、レーン3はベクターのみ導入したCOS−1細胞の培養上清、レーン4、5、6はそれぞれ、HeLa細胞、MKN−28細胞、NRC−12細胞の培養上清をサンプルとした結果を表す)。
【図2】モノクローナル抗体16K16のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(ここでレーン1はヒトErc/MPF/mesothelin全長のcDNAを導入したCHO細胞の培養上清、レーン2は遺伝子を導入していないCHO細胞の培養上清、レーン3および4はそれぞれの細胞溶解液をサンプルとした結果)。
【図3】モノクローナル抗体7E7のウェスタンブロッティングによる認識部位確認試験の結果を示す(図中、×印は偽陰性を示す)。
【図4】モノクローナル抗体16K16のウェスタンブロッティングによる認識部位確認試験の結果を示す(図中、×印は偽陰性を示す)。
【図5】ポリクローナル抗体4のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(各レーンのサンプルは図1と同様のものである)
【図6】各種抗体を用いて中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を測定した結果である(図中、I〜VIIIはELISAキットに用いられた抗体の組み合わせを示す(Iは4と34、IIは211と34、IIIは7E7と34、IVは211と4、Vは16K16と4、VIは7E7と4、VIIは34と4、VIIIは7E7と16K16の組み合わせを示す))。
【図7】7E7−16K16キットを用いて作成された代表的な検量線を示す。
【図8】7E7−16K16キットを用いて測定された培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図9】7E7−4キットを用いて作成された代表的な検量線を示す。
【図10】7E7−4キットを用いて測定した培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図11】7E7−4キットを用いて測定した健常人血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図12】7E7−16K16キットを用いて血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した結果である(図中、Aは採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したものを測定した結果を示し、Bは採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したものを測定した結果を示す)。
【図13】7E7−4キットを用いて血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した結果である(図中、Aは採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したものを測定した結果を示し、Bは採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したものを測定した結果を示す)。
【図14】中皮腫患者胸水を用いたモノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングの結果を示す(図中、レーン1は未処理の中皮腫患者胸水、レーン2はC末抗体カラム吸着画分、レーン3はN末、C末抗体カラム非吸着画分、レーン4は7E7抗体カラム非吸着画分、レーン5は7E7抗体カラム吸着画分をサンプルとした結果を示し、矢印は31kDaを示す)。
【図15】ELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、中皮腫患者、健常者、アスベスト関連疾患患者/アスベスト暴露経験者(胸膜プラーク患者、暴露経験者、石綿症患者、良性アスベスト胸膜炎患者)、肺癌患者、その他の鑑別疾患患者の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定した結果を示す図である。図中、横軸の、「MM」は中皮腫患者を、「PP」は胸膜プラーク患者を、「Ex」はアスベスト暴露経験者を、「As」は石綿症患者を、「BAP」は良性アスベスト胸膜炎患者を、「LC」は肺癌患者を、「Others」はその他の識別疾患患者を、「Volunteers」は健常人を表す。また、図中、縦軸は、検出されたErc/MPF/mesothelinの量[ng/mL]を表す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本明細書において、「31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチド(以下、「Nフラグメント」という)」とは、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有する、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドであれば特に限定されない。配列番号1において、1番目のメチオニンから33番目のプロリンまではシグナル配列であり、Nフラグメントとしては、シグナル配列のアミノ酸を除いたペプチドが好ましい。Nフラグメントにおいて欠失しているC末端のアミノ酸の数としては、1個以上であれば特に限定されず、例えば、5個以上、10個以上、15個以上、20個以上、25個以上、30個以上、35個以上、40個以上等が挙げられる。Nフラグメントにおいて欠失しているC末端のアミノ酸の数として、特に上限はないが、例えば、155個、150個、100個、90個、80個、70個、65個、60個等を挙げることができる。また、Nフラグメントとしては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを挙げることができる。使用される体液としては、例えば、血液、血清、血漿、胸水、尿または腹水を挙げることができるが、これに限定されるものではなく、好ましくは、血液又は血清である。また、放置する時間は、特に限定されないが、好ましくは1時間以上、より好ましくは、2時間以上、最も好ましくは、3時間以上である。本明細書における、Nフラグメントとしては、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列(この配列はAccession No.AAV87530に記載のヒトErc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列の1〜295番目に該当する)を有する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを、血液中又は血清中、室温で3時間以上放置することにより生じたフラグメントのうちの、N端側のフラグメントであり、長さの異なる複数のものを含む。また、本明細書におけるNフラグメントは、好ましくは、通常の抗体作製で使用されるC末端のアミノ酸を含むポリペプチドを抗原として常法により作製される抗体では認識されないものである。本明細書における、Nフラグメントとして、より好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが分解して生じる断片であって、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列(配列番号1)のうち34〜229番目(好ましくは34〜139番目、特に好ましくは68〜139番目)のアミノ酸配列を有するフラグメントである。
【0023】
本明細書において、「中皮腫」とは、中皮細胞に由来する悪性腫瘍のことであり、より詳細には例えば、上皮型中皮腫、肉腫型中皮腫、二相性中皮腫等を挙げることができる。
【0024】
本発明の抗体は、Nフラグメントを認識する抗体であれば、特に限定されない。Nフラグメントとして複数のフラグメントが存在し得るが、本発明の抗体は、中皮腫の診断剤として利用し得る限り、全てのフラグメントを認識する必要は無く、その一部のフラグメントを認識するものであっても良い。本発明の抗体として、好ましくは、2種類以上のNフラグメントを認識する抗体である。本発明の抗体としては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを血液中又は血清中、室温で3時間以上放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を挙げることができる。本発明の抗体として、より好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin、及び、Nフラグメントの両方を認識する抗体である。このような抗体としては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントに保存されているアミノ酸配列を認識する抗体を挙げることができる。このような認識部位としては、例えば、以下の(a)〜(d)のアミノ酸配列(配列番号2〜5)が挙げられ、これらの中でも、(a)〜(c)が好ましく、(b)または(c)がより好ましい。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGV
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0025】
本発明の抗体は、起源について特に制約はなく、ヒト由来のものでなくても良い。また、本発明の抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、認識部位を明らかにすることができるためモノクローナル抗体が好ましい。
【0026】
本発明の抗体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全部または一部を抗原とし、これを当業者に周知の方法、例えば「続生化学実験講座、免疫生化学研究法」(日本生化学会編)等に記載の方法、に従って得られた抗体を、Nフラグメントに保存されているアミノ酸配列の一部と一致するポリペプチド等を利用したスクリーニングで選択により調製することができる。
【0027】
本発明の抗体の製造において、抗原として使用される31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全部または一部は、配列番号1のアミノ酸配列の1〜295番目、好ましくは35〜295番目の全部あるいは一部と一致するポリペプチドを合成機で合成したもの、あるいは前記アミノ酸配列をコードするcDNA(配列番号6)の全部あるいは一部を常法によりベクターに組み込み、このベクターを用いて大腸菌等の宿主微生物もしくは培養細胞を形質転換し、形質転換した大腸菌等の宿主微生物・培養細胞を培養して産生させて得られるリコンビナントタンパク質やポリペプチドを、アフィニティーカラムやニッケルカラム等で精製したもの等が挙げられる。また、前記アミノ酸配列をコードするcDNAの全部あるいは一部に一致するポリヌクレオチドはラットErc/MPF/mesothelin cDNA等のほ乳類由来のErc/MPF/mesothelin cDNAをプローブとしてヒト腫瘍細胞株等のcDNAライブラリーからクローニングすることによっても得られる。
【0028】
具体的に、本発明の抗体を調製する手順を示せば次の通りである。すなわち、ポリクローナル抗体として本発明の抗体を調製するには、まず、ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのcDNA配列(配列番号6)をコードするポリヌクレオチドをPCR法により作製する。次いで、これをpGEX等のベクターに組み込み、このベクターを大腸菌等の宿主微生物に導入し、LB培地等で培養してポリペプチドのリコンビナントタンパク質を産生させる。次いで、得られたリコンビナントタンパク質を抗原とし、これをリン酸ナトリウム緩衝液(PBS)に溶解し、更にこれらとフロイント完全アジュバントまたは不完全アジュバントあるいはミョウバン等の補助剤と結合した後、これを免疫原として哺乳動物などを免疫する。
【0029】
免疫される動物としては当該分野で常用されたもの、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ、ニワトリ等のいずれをも使用することができる。また、免疫の際の免疫原の投与法は、皮下注射、腹腔内注射、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射のいずれでもよいが、皮下注射または腹腔内注射が好ましい。免疫は1回または適当な間隔で、好ましくは1週間ないし5週間の間隔で複数回行うことができる。
【0030】
最後に、常法に従い、免疫した動物から血液を採取し、この血液から血清を分離し、この血清中から、抗原に用いたリコンビナントタンパク質を固相化したカラムによるアフィニティーカラムクロマトグラフィーによって抗原特異精製を行うことによってポリクローナル抗体である本発明の抗体を得ることができる。
【0031】
また、モノクローナル抗体として本発明の抗体を調製するには、モノクローナル抗体調製の常法、例えば「抗ペプチド抗体実験プロトコール」、大海忍、辻村邦夫、稲垣昌樹著、秀潤社、1994年、「単クローン抗体実験マニュアル」富山朔二・安東民衛/編、講談社、1987年等に記載の方法に従って、上記リコンビナントタンパク質で動物を免疫して得た免疫細胞と、ミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取する。このように採取された抗体を更に、抗原に用いたリコンビナントタンパク質や上述したアミノ酸配列を持つ合成ペプチドなどを固相化した96穴マイクロタイタープレートを用いたEIA法によってスクリーニングすることによりモノクローナル抗体である本発明の抗体を得ることができる。
【0032】
より具体的に、本発明診断剤に有効成分として含有される本発明の抗体として特に好ましい次のアミノ酸配列(b)または(c)を認識するモノクローナル抗体は、上述したハイブリドーマの培養物から採取された抗体を、更に、以下のアミノ酸配列(a)または(b)を抗原として固相化したマイクロタイタープレートを用いたEIA法でスクリーニングすることによって得ることができる。
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
【0033】
かくして得られる本発明の抗体は、必要により標識ないし固相化して、本発明の本発明診断剤に適した形にすることができる。このうち標識は、西洋わさびペルオキシダーゼ(以下、「HRP」という)、アルカリホスファターゼ等の酵素、フルオレセインイソシアネート、ローダミン等の蛍光物質、32P、125I等の放射性物質、化学発光物質などの標識物質を結合することにより行われる。また、固相化は、適切な固相に本発明の抗体を結合させることにより行われる。固相としては、免疫化学的測定法において慣用される固相のいずれをも使用することができ、例えば、ポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート、アミノ基結合型のマイクロタイタープレート等のプレートや、各種のピーズ類が挙げられる。本発明の抗体を固相化させるには、例えば、抗体を含む緩衝液を担体上に加え、インキュベーションすればよい。
【0034】
また、本発明の中皮腫診断キット(以下、「本発明キット」という)は、必要により標識ないし固相化した本発明の抗体を使用し、他に、希釈用緩衝液、標準物質、基質用緩衝液、停止液、洗浄液等を組み合わせて常法に従って作製すればよい。本発明の中皮腫診断キットは、好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する2種類の抗体を備え、より好ましくは、認識部位がそれぞれ異なる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する2種類の抗体を備える。具体的に、本発明の抗体を2種使用して本発明キットを作製する場合には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第1の抗体を含有する第1の試薬(例えば、固相化抗体)と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬(例えば、標識抗体)とを組み合わせて使用することができる。
【0035】
この本発明キットに用いられる第1の抗体および第2の抗体の組み合わせは、特に限定されないが、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全アミノ酸配列(配列番号1)のうち34〜229番目、好ましくは34〜139番目、特に好ましくは68〜139番目のアミノ酸配列に認識部位が含まれる抗体の組み合わせを挙げることができる。第1の抗体および第2の抗体の具体的な例としては、以下の(a)〜(d)のいずれか1つに記載のアミノ酸配列(配列番号2〜5)を認識する抗体の組み合わせが挙げられ、これらの組み合わせの中でも(a)または(b)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体と(c)または(d)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体の組み合わせが好ましく、(a)または(b)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体と(c)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体の組み合わせがより好ましく、(b)と(c)の組み合わせが特に好ましい。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGV
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0036】
上記のように作製された本発明診断剤および本発明キットは、これに含まれる本発明の抗体により、中皮腫患者の各種体液中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinだけでなく種々の要因により生成したフラグメントも測定できる。
【0037】
本発明診断剤および本発明キットを用いた具体的な、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、そのフラグメントの両方の存在や量の測定方法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法(E. Engvall et al., (1980): Methods in Enzymol., 70, 419−439)、蛍光抗体法、プラーク法、スポット法、凝集法、オクタロニー(Ouchterlony)、イムノクロマト法等の、一般の免疫化学的測定法において使用されている種々の方法(「ハイブリドーマ法とモノクローナル抗体」、株式会社R&Dプランニング発行、第30頁−第53頁、昭和57年3月5日)が挙げられる。
【0038】
これらの測定方法は種々の観点から適宜選択することができるが、感度、簡便性等の点からはELISA法が好ましい。より具体的な、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、そのフラグメントの測定について、ELISA法の一つであるサンドイッチ法を例にとってその手順を説明すれば次の通りである。
【0039】
まず、工程(A)として、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第一の抗体(以下、「第一抗体」という)を担体に固相化する。次いで、工程(B)として、抗体が固相化されていない担体表面を第一抗体と無関係な、例えばタンパク質により、ブロッキングする。更に、工程(C)として、これに各種濃度の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントを含む検体を加え、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントと、第一抗体との複合体を生成さる。その後、工程(D)として、固相化した第一抗体と認識部位の異なる標識した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第二の抗体(以下、「第二抗体」という)を加え、これを前記複合体と結合させる。最後に工程(E)として、前記複合体の標識量を測定することにより、予め作成した検量線から検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの総量を決定することができる。
【0040】
具体的に工程(A)において、第一抗体を固相化するために用いられる担体としては、特別な制限はなく、免疫化学的測定法において常用されるものをいずれも使用することができる。具体的には、ポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレートあるいは、アミノ基結合型のマイクロタイタープレートが挙げられる。また、第一抗体を固相化させるには、例えば、前記抗体を含む緩衝液を担体上に加え、インキュベーションすればよい。緩衝液としては公知のものが使用でき、例えば10mMのPBSを挙げることができる。緩衝液中の上記抗体の濃度は広い範囲から選択できるが、通常0.01〜100μg/ml程度、好ましくは0.1〜20μg/mlである。また、担体として96ウェルのマイクロタイタープレートを使用する場合には、300μl/ウェル以下で20〜150μl/ウェル程度が望ましい。更に、インキュベーションの条件にも特に制限はないが、通常4℃程度で一晩のインキュベーションが適している。
【0041】
また、工程(B)のブロッキングは、工程(A)で第一抗体を固相化した担体において、後に添加する検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントが抗原抗体反応とは無関係に吸着される部分が存在する場合があるので、それを防ぐ目的で行う。ブロッキング剤としては、例えば、BSAやスキムミルク溶液や、ブロックエース(Block−Ace:大日本製薬製(コードNo.UK−25B))等の市販のブロッキング剤を使用することができる。具体的なブロッキングは、限定されるわけではないが、例えば抗原を固相化した部分に、ブロックエースを適量加え、約4℃で、一晩のインキュベーションをした後、緩衝液で洗浄することにより行われる。
【0042】
更に、工程(C)において、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントを含む検体を固相化した第一抗体と接触させ、この固相化した第一抗体で検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントを捕捉し、複合体を生成させる。この複合体を生成させるための条件は限定されるわけではないが、4℃〜37℃程度で約1時間〜1晩の反応を行えばよい。反応終了後、緩衝液で担体を洗浄し、未反応のタンパク質等を除去させることが好ましい。この反応に用いる緩衝液としては、10mMのPBS(pH7.2)および0.05%(v/v)のTween20の組成のものが好ましい。
【0043】
また更に、工程(D)において、固相化した第一抗体と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメントとの複合体に、固相化した第一抗体と認識部位の異なる標識した第二抗体を加え、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体を生成させる。この反応終了後、緩衝液で担体を洗浄し、未反応のタンパク質等を除去させることが好ましい。この反応に用いる緩衝液としては、前記したものが使用される。この工程(D)において使用される標識した第二抗体の量は、固相化した第一抗体に対して約5,000〜10,000倍、好ましくは最終吸光度が1.5〜2.0となるように希釈された量である。希釈には緩衝液を用いることができ、反応条件は特に限定されるわけではないが、4℃〜37℃程度で約1時間行い、反応後、緩衝液で洗浄することが好ましい。以上の反応により、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体を生成することができる。
【0044】
最後に工程(E)において、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体の複合体に、標識物質と反応する発色基質溶液を加え、吸光度を測定する。前記反応で標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合には、例えば、過酸化水素と3,3’,5,5’−テトラメチルベンジン(以下「TMB」という)を含む発色基質溶液を使用することができる。また、吸光度は、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinまたはNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体に、発色基質溶液を加え約25℃で約30分間反応させた後、1〜2Nの硫酸を加えて酵素反応を停止させ、450nmの波長で測定すればよい。一方、標識物質として、アルカリホスファターゼを使用する場合には、p−ニトロフェニルリン酸を基質として発色させ、2Nの水酸化ナトリウムを加えて酵素反応を止め、415nmでの吸光度を測定する方法が適している。
【0045】
なお、既知の濃度の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを上記サンドイッチ法等に用い、予め作成しておいた検量線を用いれば、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を算出できる。
【0046】
上記した測定方法等により、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量、すなわち、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を算出することができ、これにより健常者から中皮腫患者を診断すること、中皮腫患者の外科的手術の成否を見分けること、中皮腫の再発を予見できること等ができる。中皮腫の診断等に用いることのできる検体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントが存在する検体であれば特に制限はなく、例えば全血、血清、血漿、尿、リンパ液、胸水、腹水等の体液が挙げられる。これらの検体の中でも、血清、血漿、胸水または腹水を用いることが好ましい。
【0047】
具体的に中皮腫の診断は、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を指標として、その量が健常者の平均値より有意に高いと判断される場合に中皮腫と診断することができる。検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を健常者の平均値より有意に高いと判断する指標の例としては、例えば、健常人血清群で得られた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の平均値+2x標準偏差の値、好ましくは健常人血清群で得られた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の平均値+5x標準偏差の値を統計学的なカットオフ値として用いることが挙げられるが、これに限定されるものではない。なお、上記した中皮腫の診断には、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を指標とするかわりに、検体における31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの濃度を指標としてもよい。
【0048】
また、中皮腫の外科的手術の成否や再発の予見は、中皮腫患者の検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量が、中皮腫細胞の存在の有無によって変化するということに基づいて行うことができる。すなわち、中皮腫の外科的手術前後に検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を測定し、その量を手術前後で比較して手術後の量が手術前の量よりも有意に低下していれば、その外科的手術によって中皮腫細胞が除去されたことを確認することができる。また、中皮腫の外科的手術後も検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量をモニタリングしておけば、その量が増えた時に、中皮腫細胞が存在すること、すなわち、再発したことを予見することが可能になる。
【0049】
本発明診断剤および本発明キットを用いた検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の測定によって、上述したように、健常者から中皮腫患者を診断すること、中皮腫患者の外科的手術の成否を見分けること、中皮腫の再発の予見できること等だけでなく、アスベスト暴露経験者からの中皮腫患者の鑑別、肺がん等の他の疾患の患者との識別にも利用出来うる。すなわち、アスベスト暴露経験者における胸膜肥厚、良性胸膜炎、肺繊維症、肺ガンなどの発症率は健常者に比べて高いといわれている。しかし、それらの疾患では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの測定値は中皮腫患者と比べて有意に低く、中皮腫患者と識別出来る。このことは、治療方法の最適化に非常に有用である。すなわち、中皮腫患者と例えば肺がん患者を識別できればその治療方針は全く異なってくる。効果のない抗がん剤を無用に投与して患者に苦痛を与えることを避けることができ、近年注目されているオーダーメイド医療に向けた取り組みが可能になる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例をあげて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約を受けるものではない。
【0051】
実施例 1
モノクローナル抗体の作製(1):
(1)免疫用抗原の作製
全長のヒトErc/MPF/mesothelin cDNA(Accession No. AY743922)を鋳型として、配列番号1で表される31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列の35番から295番目までの領域に対応するヌクレオチド(配列番号6の塩基配列の103〜885番目)を、以下に示したプライマーNo.5’−3およびNo.3’−3を用いた、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)により増幅させた。次に上記で得られたオリゴヌクレオチドにGST(Glutathione S−transferase)タグをコードする配列を、またC末側領域にヒスチジン(Histidine)タグをコードする配列を付加して、これらGST−31kDa分泌型mesothelin−His領域を、pGEX−6P−1(Amershambiosciences社製)に挿入し、発現ベクターとし、これを大腸菌に組み込んで融合タンパク質として発現させた。
プライマーNo.5’−3(配列番号7):
5’−ACGGGATCCAGGACCCTGGCTGGAGAGACA−3’
プライマーNo.3’−3(配列番号8):
5’−AAGCTCGAGCCGCCGGAACCGCGGCCGGA−3’
【0052】
この大腸菌を5mLのアンピシリンを加えたLB培地で37℃一晩振盪培養した。これをさらに1,000mLのLB培地に加え、37℃で4時間振盪培養し、500mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を1mL加え3時間振盪培養した。このようにして得た培養液を4℃で6,000rpm、15分間遠心分離し、沈殿をリン酸緩衝塩化ナトリウム液(PBS)で2回洗浄した。その後、1mMのEDTA、1%のトリトン(Triton)X−100を加えた20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)20mlを加え、この液に対し30秒間の超音波処理を4回行って菌体を破壊し、目的のタンパク質を抽出した後、4℃で10,000rpm、30分間遠心分離し、上清を得た。この上清からグルタチオン−セファロースビーズ(Glutathion−sepharose beads:Amershambiosciences社製)を用いてGST−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−Hisタンパク質を精製した後、プレシジョンプロテアーゼ(PreScission Protease:Amershambiosciences社製)処理によりGST部分を切断、除去した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−Hisを得た。
【0053】
(2)モノクローナル抗体の作製
免疫用抗原として、上記(1)において得られたタンパク質を用い、1週間、または2週間おきに50μl(50μg)を投与し、マウスを免疫した。抗原は初回免疫のみにフロイント完全アジュバントと混和し、二回目からはフロイント不完全アジュバントと混和した。免疫化されたマウスの脾単球細胞と融合パートナー、X63−Ag8−653をポリエチレングリコール仲介細胞融合に付し、文献(J. Immunol. 146:3721−3728)に述べた方法によりハイブリドーマを選択した。選択は、固定化された31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinに反応する細胞を選択することにより行った。
【0054】
上記のようにして選択した細胞を無血清培地のGIT培地(和光純薬)で細胞の80%が死滅するまで抗体を産生させた。次いでこの培地から遠心(1,000rpm、15min)により細胞を取り除いた後、硫酸アンモニウムを50%飽和状態にして4℃で一晩静置し、沈殿を遠心(1,000rpm、30min)により回収した。更にこの沈殿を2倍に希釈したバインディングバッファー(binding buffer:Protein AMAPS II kit製)に溶解させた後、プロテインAカラム(Pharmacia−Amersham製)にIgGを吸着させた。その後、PBS透析を一晩行って抗体を精製し、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識する抗体を複数得た。そしてこれらの抗体のうちの二つを7E7および16K16と名付けた。
【0055】
(3)ウェスタンブロッティングによるモノクローナル抗体7E7および16K16の特異性の確認
上記(2)で得られたモノクローナル抗体7E7および16K16が31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識することを、COS−1細胞あるいはCHO細胞に強制発現させたErc/MPF/mesothelinタンパク質等のサンプルを用いたウェスタンブロッティングにより確認した。それぞれのサンプルにはウェスタンブロッティングを行う前に、2−メルカプトエタノール(2Me)を加えて還元状態とした。ウェスタンブロッティングは常法(例えば、「分子生物学基礎実験法」、南江堂)に従い行った。
【0056】
ウェスタンブロッティングの結果を図1および図2に示した。この図1および図2によるとモノクローナル抗体7E7および16K16の何れもが、Erc/MPF/mesothelinを強制発現させたサンプルについて、71kDa全長型Erc/MPF/mesothelinおよび31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの発現部位にバンドを有することが確認され、これらの抗体がErc/MPF/mesothelinに対し反応性を有することが確認された。
【0057】
実施例 2
モノクローナル抗体7E7および16K16の抗原認識部位の探索:
31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を6アミノ酸ずつ欠損する一連の融合タンパク質を作製し、それとモノクローナル抗体7E7および16K16を反応させ、抗原認識部位の探索をした。
【0058】
まず、実施例1で作製したGST−31kDa分泌型mesothelin−His領域を鋳型にしてアンチセンスプライマーを6アミノ酸ずつずらしたものを作製し、PCR反応で増幅させた。次に、これをpGEX−6P−1(Amershambio sciences社製)に挿入し、発現ベクターとし、更にこれを大腸菌に組み込んだ。この大腸菌を5mLのアンピシリンを加えたLB培地で37℃一晩振盪培養した。これをさらに1,000mLのLB培地に加え、37℃で4時間振盪培養し、500mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を1mL加え3時間振盪培養した。このようにして得た培養液を4℃で6,000rpm、15分間遠心分離し、沈殿をリン酸緩衝塩化ナトリウム液(PBS)で2回洗浄した。その後、1mMのEDTA、1%のTritonX−100を加えた20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)20mlを加え、この液に対し30秒間の超音波処理を4回行って菌体を破壊し、目的のタンパク質を抽出した後、4℃で10,000rpm、30分間遠心分離し、上清を得た。この上清からグルタチオン−セファロースビーズ(Glutathion−sepharose beads:Amershambiosciences社製)を用いて、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが6アミノ酸ずつ欠損したGST−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−His欠損タンパク質を精製した。
【0059】
次に、これらの欠損タンパク質に対してモノクローナル抗体7E7および16K16によるウェスタンブロッティングおよびドットブロッティングを常法(例えば、「分子生物学基礎実験法」、南江堂)に従い行い、その認識部位を決定した。ウエスタンブロットおよびドットブロットの結果を図3および図4に示した。図3および図4中の1〜6およびA〜Hに対応するタンパク質のアミノ酸配列を表1に示した。表中の数字は31kDa分泌型mesothelinのN末端からC末端方向へ連続したアミノ酸の数を示す。この図よりモノクローナル抗体7E7抗体は134番目から139番目の領域、モノクローナル抗体16K16はN末端から68番目から73番目までの領域を認識することが判明した。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例 3
ポリクローナル抗体の作製(1):
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(d)を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品を伊藤ハム株式会社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0062】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を211抗体と名づけた。
【0063】
実施例 4
ポリクローナル抗体の作製(2):
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(a)のC末側に更にシスティン(C)を付けたアミノ酸配列を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品を伊藤ハム株式会社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGVC
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
【0064】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を34抗体と名づけた。
【0065】
参考例 1
ポリクローナル抗体の作製:
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(e)のC末側に更にシスティン(C)を付けたアミノ酸配列を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品をオウスペップ(Auspep Corporation)社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(e)RQPERTILRPRFRR
(配列番号1のアミノ酸配列の282〜295番目:配列番号9)
【0066】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を4抗体と名づけた。
【0067】
(3)ウェスタンブロッティングによるポリクローナル抗体4の特異性の確認
次に、(2)で得られたポリクローナル抗体4が31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識することを確認するために、ポリクローナル抗体4を用いてCOS−1細胞に強制発現させたErc/MPF/mesothelinタンパク質等について、前述のように常法に従いウェスタンブロッティングを行った。ウェスタンブロッティングの結果を図5に示した。サンプルは実施例1(3)で用いたものと同じである。この図によるとこの抗体4がErc/MPF/mesothelinを強制発現させたサンプルに対して反応性を有することが確認された。
【0068】
実施例 5
中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量の測定:
実施例1、3、4および参考例1で作製したモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体を組み合わせて実施例6および参考例2で述べる方法を用いてELISA系を構築し、それを用いて中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した。その結果を図6に示した。
【0069】
この図より、モノクローナル抗体7E7と16K16の組み合わせ、モノクローナル抗体7E7とポリクローナル抗体34の組み合わせ、モノクローナル抗体211とポリクローナル抗体34の組み合わせの順に、胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度が高く測定された。また、この結果より4抗体を用いた系では濃度が低く、C末端まで保持する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin分子種は胸水中では少ないことがわかった。一方、34抗体を用いた系では7E7抗体>211抗体の順に濃度が低下し、N末端を保持する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin分子種はC末端側から7E7抗体が認識する部位まで分解欠損されてしまうことも判明した。
【0070】
実施例 6
ELISA測定系(7E7−16K16キット)の作製:
(1)標準物質の作製
抗体作製時に用いた抗原タンパク質(31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−His)を基準にして、COS−1細胞で発現させた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定し、ELISA測定系の標準物質とした。
【0071】
(2)モノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物の作製
実施例1で得られたモノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物は以下のように作製した。必要量のHRPを蒸留水に溶かし、NaIO4で酸化させた後、pH4.4の1mM酢酸緩衝液に一晩透析した。また、モノクローナル抗体16K16の1−10mgもpH9.5の0.1M炭酸緩衝液に一晩透析した。これらの透析した16K16抗体とHRPを抗体1mgに対してHRPが0.4mgになるように混合し、室温で2時間反応させた。次いで、これにNaBH4を加え氷中で2時間反応させた後PBSに一晩透析した。更に、この反応物をゲル濾過し、モノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物を作製した。
【0072】
(3)ELISA測定系の作製
サンドイッチELISA法の構築は以下のようにして行った。まず、10μg/mlの7E7抗体を100μlずつ96wellのELISA用プレートに加えた。次いで、これを4℃で一晩反応させた後、1%BSA/PBS/NaN3溶液にてブロッキングを行い、サンドイッチELISA用プレートとした。また、上記(2)で作成したモノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物を標識抗体とした。
【0073】
適当に希釈した標準物質および検体を各ウェルに添加し37℃で1時間反応(1次反応)、洗浄後、HRP(horseradish peroxidase)標識したモノクローナル抗体16K16を加え4℃、30分間反応(2次反応)、洗浄後、テトラメチルベンジジン(Tetra Methyl Benzidine (TMB))を含む基質液を加え室温30分間放置、反応停止液(1NのH2SO4)を加え反応停止後、波長450nmでの吸光度を測定し、標準物質から作成した検量線を用いて検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を算出した。
【0074】
図7に代表的な検量線の作成例を示した。また、図8に本測定系を用いて測定した各種培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。その結果、HeLa細胞では大量に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを産生していることがわかった。
【0075】
参考例 2
ELISA測定系(7E7−4キット)の作製:
(1)ポリクローナル抗体4とHRPとの結合物の作製
参考例1で得られたポリクローナル抗体4とHRPとの結合物を実施例6の(2)と同様にして作製した。
【0076】
(2)ELISA測定系の作製
実施例1で得られたモノクローナル抗体7E7と参考例1で得られたポリクローナル抗体4を用いたサンドイッチELISA法の構築は以下のようにして行った。まず、10μg/mlのモノクローナル抗体7E7を100μlずつ96wellのELISA用プレートに加えた。次いで、これを4℃で一晩反応させた後、1%BSA/PBS/NaN3溶液にてブロッキングを行い、サンドイッチELISA用プレートとした。また、上記(1)で作製したポリクローナル抗体4とHRPとの結合物を標識抗体とした。
【0077】
適当に希釈した標準物質および検体を各ウェルに添加し37℃で1時間反応(1次反応)、洗浄後、HRP(horseradish peroxidase)標識した4抗体を加え4℃、30分間反応(2次反応)、洗浄後、テトラメチルベンジジン(Tetra Methyl Benzidine (TMB))を含む基質液を加え室温30分間放置、反応停止液(1NのH2SO4)を加え反応停止後、波長450nmでの吸光度を測定し、標準物質から作成した検量線を用いて検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を算出した。
【0078】
図9に代表的な検量線の作成例を示した。また、図10に本測定系を用いて測定した各種培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。更に、図11に健常人血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。健常人血清中の健常人血清の平均値は7.66ng/ml、ヘパリン添加血漿10.60ng/ml、EDTA添加血漿11.77ng/mlであった。
【0079】
実施例 7
各種患者血清の測定:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、中皮腫患者27例、胸膜肥厚患者28例、良性胸膜炎およびびまん性胸膜肥厚患者6例、アスベスト暴露経験有りおよび肺繊維症11例、およびその他の鑑別疾患(肺がんを含む)8例の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を次のようにして測定した。また、比較として参考例2で作製したELISA測定系(7E7−4キット)を用いて同様の測定を行った。
【0080】
血清サンプルは採取後すぐにPBSで8倍に希釈し、そして実施例3に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。この測定結果を表2に示した。
【0081】
【表2】
【0082】
この結果、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は、中皮腫患者においては1.06〜55.59ng/mLの範囲を示し、平均値は15.21ng/mL、胸膜肥厚患者においては0.74〜7.45ng/mLの範囲を示し、平均値は3.47ng/mL、良性胸膜炎およびびまん性胸膜肥厚患者においては1.18〜4.00ng/mLの範囲を示し、平均値は2.58ng/mL、アスベスト暴露経験有りおよび肺繊維症においては1.97〜5.27ng/mLの範囲を示し、平均値は3.45ng/mL、およびその他の鑑別疾患(肺がんを含む)においては1.31〜9.76ng/mLの範囲を示し、平均値は4.04ng/mLであった。このように中皮腫患者血清中では、ほかの疾患患者に比べて31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度が高値であることが判った。
【0083】
また、カットオフ(Cut Off)値を7E7−16K16キットでは6.0ng/mlと設定した場合および7E7−4キットでは3.0ng/mlと設定した場合、表中に示したような陽性率となった。なお、7E7−4キットでは中皮腫患者で陽性率が低下し、胸膜肥厚、暴露/肺繊維症例で高くなってしまった。その他鑑別疾患ではどちらのキットとも同じ陽性率であった。全体で見ると7E7−16K16キットの方が高感度、高特異性で中皮腫患者を診断することが可能であると判明した。
【0084】
実施例 8
健常人血清および血漿の測定:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、健常人52例の血清、およびEDTA血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を次のようにして測定した。
【0085】
血清サンプルは採取後すぐにPBSで8倍に希釈し、そして実施例3に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。この測定結果を表3に示した。
【0086】
【表3】
【0087】
この結果、健常人においては31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は、血清中では1.03〜8.19ng/mLの範囲を示し、平均値は3.36ng/mL、血漿中では1.44〜8.29ng/mLの範囲を示し、平均値は3.60ng/mLであった。
【0088】
実施例 9
血清および血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの安定性の確認:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、健常人5例(a〜e)の血清またはEDTA血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの安定性を次のようにして測定した。
【0089】
血液サンプルは採血後、真空採血管に分取後、室温で1時間放置、1500rpm、10分間遠心分離し血清を分離し直ちに−20℃に凍結保存した。この検体をコントロールとした。これ以外に、採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したもの(試験区A)、および採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したもの(試験区B)を用意した。これらの検体は融解後、PBSで8倍に希釈し、上記実施例に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。7E7−16K16キットの測定結果を図12に示した。また、比較として参考例2で作製した測定系(7E7−4キット)を用いて同様の測定を行った。その結果を図13に示した。
【0090】
この結果、7E7−16K16キットは、採血後室温に16時間放置した場合でも、採血分離後室温に16時間放置した場合においても、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は大きな変化を示さず、本実験条件下では安定であり、正確な測定を行うのに適した測定系であることが判明した。なお、健常人5例の内、検体bに関しては試験区Bで16時間放置後のデータが得られなかったため除去した。
【0091】
一方、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を認識する抗体を検出側に用いた7E7−4キットによる同様な実験においては、血清の場合、採血後分離までの間室温に3時間放置した場合、コントロールに比べて測定値が5−30%低下した。また、血清分離後凍結するまでの間室温に放置した場合、3時間で5−30%低下した。このことから、血液のまま、あるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置することにより31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが断片化しうることが示された。
【0092】
実施例 10
中皮腫患者胸水中の各種分泌型Erc/MPF/mesothelin断片の存在の検出:
実施例9において、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinは血清中において分解されて断片化しうることを示した。すなわち、採血後および血清分離後の放置時間(3時間以上)の間に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域が分解され、欠損してしまったために、その領域を認識する抗体を利用している測定キットでは測定されなくなってしまう。その結果、目的のタンパク質(31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin)はあたかも存在していないかのような測定結果が出てしまうことになる。しかし、血液中には分解される前の分子が存在しているはずであり、そのような検査では間違った結果を与えてしまうことになる。よって、適正な認識部位を持つ抗体を用いることは非常に重要なことである。そこで、そのことを確認するために、血液のままあるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置した状態と同等の状態になると考えられる採取後室温で放置されていた中皮腫患者胸水を用いて実施例および参考例で作製したモノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングを以下の方法で行った。
【0093】
まず、モノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、4をそれぞれホルミルセルロファイン(生化学工業株式会社) と混合し、還元剤を用いて結合させたものをカラムに充填した。次にこのカラムと強酸性溶液、高塩濃度溶液等を利用して中皮腫患者胸水の分画を行った。具体的には、中皮腫患者胸水を、ポリクローナル抗体4を結合させたカラムに通し、吸着したもの(C末抗体カラム吸着画分)と吸着しなかったものに分けた。その後前記カラムに吸着しなかったものをポリクローナル抗体34を結合させたカラムに通し、吸着したものと吸着しなかったもの(N末、C末抗体カラム非吸着画分)に分けた。更に前記カラムに吸着したものをモノクローナル抗体7E7を結合させたカラムに通し、吸着したもの(7E7抗体カラム吸着画分)と吸着しなかったもの(7E7抗体カラム非吸着画分)に分けた。この各画分をサンプルとして、モノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングを行った。その結果を図14に示した。
【0094】
その結果、採取後室温で放置されていた中皮腫患者胸水に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域が欠損した断片(N端側フラグメント)が複数存在することが判明した。このことから血液のままあるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置した状態でもN端側フラグメントが複数存在することも示された。
【0095】
このように用いる抗体の認識部位の違いにより、検出できなくなる断片も存在したことから、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを高効率で検出するためには、このような検索を行い、適正な抗体を選択することが重要であり、その結果、高感度で目的タンパク質を検出する測定系を構築することが可能になることが判明した。このような測定系で、高感度で検出することが可能になれば、より微量な存在を検出できるようになり、ひいては早期の検出、診断が可能になる。
【0096】
実施例 11
外科的手術施行後のモニタリング:
悪性の中皮腫であると診断され外科的手術を施行した患者について、術前術後に採血を行い、血清を分離し、実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)および、参考例2で作製したELISA測定系(7E7−4キット)を用いて31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した。
【0097】
その結果、7E7−16K16キットによる測定では術前に35.87ng/mlであったものが術後は3.21ng/mlまで低下していた。7E7−4キットによる測定では25.64ng/mlであったものが術後は1.47ng/mlまで低下していた。このことは、術前術後の血清中31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を測定することによって、手術によって中皮腫細胞が除去されたことを確認できることを示している。また、逆に、この結果は血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが、中皮腫細胞の存在に起因することを示唆しているので、術後も31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度をモニタリングすることにより再発を予見しうる。
【0098】
実施例 12
各種患者血清の測定:
実施例7と同様にして、中皮腫患者39例、健常者102名、アスベスト関連疾患患者/アスベスト暴露経験者201例(胸膜プラーク患者98例、暴露経験者83例、石綿症患者6例、良性アスベスト胸膜炎患者14例)、肺癌患者45例、その他の鑑別疾患患者8例の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定した。
【0099】
結果を図15に示した。図に示すとおり、本発明の抗体を用いてErc/MPF/mesothelinを測定した結果、中皮腫以外の肺疾患患者、アスベスト暴露経験者又は健常人と比較して、中皮腫患者において測定値が高かった。従って、本発明の抗体は、効率的な中皮腫の診断に用いることができることが示された。
【0100】
本出願は、2006年12月8日に日本国において出願された特願2006−331409を優先権の基礎としており、当該出願に記載された内容は本明細書に援用される。また、本願において引用した特許、特許出願及び文献に記載された内容は、本明細書に援用される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、中皮腫の早期診断に用いることができる中皮腫診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アスベストに暴露された経験をもつヒトが高頻度で中皮腫を発病することは社会問題にまで発展している。中皮腫は悪性のものと良性のものが存在するが、悪性中皮腫患者の多くは、アスベストへの暴露歴を有し、アスベスト曝露から30−35年という長期潜伏期間を経て悪性中皮腫を発症している。このため、今後中皮腫患者が増加する可能性は否定できない。
【0003】
また、中皮腫は早期発見の難しい疾患であり、現在中皮腫はMRIやCT等を用いた方法により診断されているが、これらの方法では早期診断が難しく、中皮腫と診断された時点で既に病気が進行していることが多いことが問題となっている。それだけに本疾患の早期診断が切に望まれているが、現在のところ有効な早期診断マーカーが見つけられていない。
【0004】
現在まで中皮腫に関連するマーカーとしては、Erc、MPFおよびメソセリン(Mesothelin)と呼ばれるタンパク質が発見されている。その経緯は次のようなものである。
まず、1994年、ヤマグチ(Yamaguchi)らにより、ヒト膵臓癌細胞HPC−Y5上清から、MPF (Megakaryocyte potentiating factor)と呼ばれるタンパク質が精製されたことが報告され(文献1)、さらに1995年、コジマ(Kojima)らにより、ヒト膵臓癌細胞HPC−Y5のcDNAからMPFがクローニングされたことが報告された(文献2)。
【0005】
その後、チャン(Chang)らは、中皮細胞、卵巣癌および中皮腫の表面に発現する40kDaのエピトープに反応するモノクローナル抗体K1を作製し、該抗体を用いて、その抗原タンパク質をコードする遺伝子を探索したところ、69kDaのタンパク質をコードする1884bpのオープンリーディングフレーム(open reading frame)を持つ遺伝子を単離した。そしてさらに、チャン(Chang)らは、当該69kDaタンパク質が前記40kDaタンパク質の前駆体であり、該69kDaタンパク質がホスファチジルイノシトール特異性ホスホリパーゼ(PI−PL)の作用により切断され、細胞表面に40KDaタンパク質が発現することを明らかにした。そしてチャン(Chang)らは、その69kDaタンパク質をメソセリンと名づけたが(文献3)、後に上述のMPFとメソセリンは同一のタンパク質であることが明らかとなった。
【0006】
一方、ショラー(Scholler)らは卵巣癌細胞を免疫して作製したモノクローナル抗体OV569が認識するタンパク質を検索した結果、このものはメソセリンの膜結合領域と同じ配列を有する、分子量42−45kDaのタンパク質であることを発見し、可溶性メソセリン(Soluble member of mesothelin)と呼んだ。このタンパク質は途中にフレームシフト変異を起しており、その結果、C末領域のGPIアンカー部分が異なる配列になってしまうために可溶性になることが判明した。さらに、OV569と同じタンパク質を認識する別のモノクローナル抗体4H3を用いてサンドイッチEIA(Sandwich EIA)の測定系を構築し、卵巣癌患者の血清を測定した結果、健常人に比べて、上記タンパク質が高い値を示すことを見出した(文献4)。さらにロビンソン(Robinson)らはこの測定系を用いて中皮腫患者の測定を行い、健常人に比べて上記タンパク質が高い値を示すことを報告している(文献5)。
【0007】
本発明者である樋野らは、長年にわたる疾患モデル動物の研究を通じて、腎癌発症モデルEkerラットの原因遺伝子を探索してきた。その結果、正常腎組織に比べてEkerラット腎癌由来細胞株において高発現を示す遺伝子を発見し、その中の1つをErcと命名した。さらに、ラットErcのヒトホモログを探索した結果、ヒトにおいてはMPF がラットErcに対して56.1%の相同性を有することを明らかにした(文献6、7)。
【0008】
以上の経緯等から、(1)ヒトErc、MPFおよびメソセリン(以下、これらを「Erc/MPF/mesothelin」という)は、全長622アミノ酸からなる糖タンパク質であり、290−295アミノ酸にRPRFRR配列を有することから、フリン(Furin)様プロテアーゼでプロセッシングを受けて31kDaと40kDaフラグメントに開裂すること、(2)40kDaフラグメントのC末側領域はそのC末端にGPIアンカー領域を含むことから細胞膜に結合した形で残り、N末側の31kDaフラグメントは可溶性タンパク質として分泌されること(以下、これを「31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin」という)、(3)また細胞膜上に結合した40kDaフラグメントのC末側もホスファチジルイノシトール−スペシフィックホスホリパーゼC(phosphatidiylinositol−specific phospholipase C:PI−PLC)処理によって細胞から放出されること等が考えられている。
【0009】
これらの異なるアプローチによって同定されたErc/MPF/mesothelinは、正常の中皮細胞および中皮腫に強く発現しているのみならず、中皮腫患者血液中にも存在することが報告されている。しかしながら、これらの知見では中皮腫においてどのようなタイプのErc/MPF/mesothelinが分泌されているのかは明らかにされていなかった。
【0010】
これまでに、本発明者らは上記の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが、中皮腫患者の血清中に高濃度で存在していることを示し、これにより中皮腫が診断できることを報告している(文献8)。しかし、この報告は患者検体中に目的タンパク質がどのような状態で存在しているかを可視化しているわけではなかった。また、この報告では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を認識する抗体を用いて測定していたため、完全に全長を保持した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのみが測定され、C末端を何らかの作用で分解欠損してしまうような断片は測定することが不可能であった。
【0011】
また、本発明者らの報告の後にも、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを検出することにより中皮腫が診断できることが報告されているが(文献9)、この報告ではELISA系で測定されたMPFの測定値が絶対値表記されていなかった。また、この報告では実際に中皮腫患者と健常人の血清を測定しているが、その結果はMPFの絶対値表記ではなく、単なる吸光度が表記されているにすぎず、これでは、異なる試験ごとの値の比較をすることができない。これらの理由は標準物質と血液中のMPFとの換算ができないためであると推測される。そして、その原因としては抗体の特異性、親和性が組み換え体と血液中の天然型との間で異なっていることが予想される。更に、この報告ではいくつか得られている抗体同士で認識エピトープの相違を調べているが、これはそれぞれのエピトープが異なるか否か調べているに過ぎず、実際に各抗体の認識エピトープの位置を明らかにしているものではない。このように、この先行技術では実用的な診断に用いることは適していないと判断されるものであった。
【0012】
【非特許文献1】Yamaguchi N, Hattori K, Oh−eda M, Kojima T, Imai N, Ochi N. A novelcytokine exhibiting megakaryocyte potentiating activity from a human pancreatictumor cell line HPC−Y5., J Biol Chem.269:805−808, 1994.PMID: 8288629
【非特許文献2】Kojima, T.; Oh−eda, M.; Hattori, K.; Taniguchi, Y.; Tamura, M.;Ochi, N.; Yamaguchi, N. : Molecular cloning and expression of megakaryocyte potentiating factor cDNA., J. Biol. Chem. 270: 21984−21990, 1995. PubMed ID :7665620
【非特許文献3】Chang, K.; Pastan, I. : Molecular cloning of mesothelin, adifferentiation antigen present on mesothelium, mesotheliomas, and ovariancancers., Proc. Nat. Acad. Sci. 93: 136−140, 1996. PubMed ID : 8552591
【非特許文献4】Scholler, N.; Fu, N.; Yang, Y.; Ye, Z.; Goodman, G. E.; Hellstrom,K. E.; Hellstrom, I. : Soluble member(s) of the mesothelin/megakaryocyte potentiating factor family are detectable in sera from patients with ovarian carcinoma.,Proc. Nat. Acad. Sci. 96: 11531−11536, 1999. PubMed ID : 10500211
【非特許文献5】Robinson BW, Creaney J, Lake R, Nowak A, Musk AW, de Klerk N,Winzell P, Hellstrom KE, Hellstrom I.Soluble mesothelin−related protein−A blood test for mesothelioma.Lung Cancer. 49 Suppl 1:S109−111, 2005. PMID: 15950789
【非特許文献6】Hino O, Kobayashi E, Nishizawa M, Kubo Y, Kobayashi T, Hirayama Y,Takai S, Kikuchi Y, Tsuchiya H, Orimoto K, et al.Renal carcinogenesis in the Eker rat., J Cancer Res Clin Oncol. 121:602−605, 1995. PMID: 7559744
【非特許文献7】Yamashita Y, Yokoyama M, Kobayashi E, Takai S, Hino O Mapping and determination of the cDNA sequence of theErc gene preferentially expressed in renal cell carcinoma in the Tsc2 genemutant (Eker) rat model., Biochem Biophys Res Commun. 275(1):134−140, 2000. PMID: 10944454
【非特許文献8】Shiomi K, Miyamoto H, Segawa T, Hagiwara Y, Ota A, Maeda M, Takahashi K, Masuda K, Sakao Y, Hino O. Novel ELISA system for detection of N−ERC/mesothelin in the sera of mesothelioma patients.Cancer Sci. 97:928−932, 2006. PMID: 16776777
【非特許文献9】Onda M, Nagata S, Ho M, Bera TK, Hassan R, Alexander RH, Pastan I. Megakaryocyte potentiation factor cleaved from mesothelin precursor is a useful tumor marker in the serum of patients with mesothelioma.Clin Cancer Res. 12:4225−4231, 2006. PMID: 16857795
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、これまで報告されてきている中皮腫診断キット等よりも高感度に、健常人との識別、アスベスト暴露経験者からの中皮腫患者の鑑別、肺がん等の他の疾患の患者との識別等を有効に行うことのできる中皮腫診断キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、中皮腫患者由来の体液を用いて詳細に検索した結果、体液中に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと共にその分解断片(フラグメント)も存在していることを発見した。そして、これまで、抗体作製において常識的に用いられる抗原部位である31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのN末端およびC末端のアミノ酸を含むポリペプチドを抗原として得られる抗体を用いた測定系では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのフラグメントは検出されなかったことを知った。
【0015】
そして、本発明者らはこの31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、フラグメントの両方を測定可能な測定系について鋭意研究したところ、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの適正な部位を認識する抗体を選択することにより、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと共にそのフラグメントを高感度で測定でき、その結果、従来よりも中皮腫を精度良く診断可能なことを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明は31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体である。また、本発明は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤であり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を有効成分とする中皮腫診断剤である。
【0017】
更に、本発明は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体を備える中皮腫診断キットであり、より詳細には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第1の抗体を含有する第1の試薬と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キットである。
【0018】
更に、本発明は検体中の、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を、上記中皮腫診断キットにより測定し、その量を指標とすることを特徴とする中皮腫診断方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の抗体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのみならず、これから種々の要因により生成したフラグメントのうち、N端側のフラグメントも検出することができる。
【0020】
従って、本測定系を用いることにより、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの量を測定することが可能となり、従来用いられていた測定系と比較して精度のよい、中皮腫の診断及び進行状況の判断が可能となる。しかも、本測定系を用いることにより、検体の採取条件や保存条件等によらず、高い感度で測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】モノクローナル抗体7E7のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(ここでレーン1はヒトErc/MPF/mesothelin全長のcDNAを導入したCOS−1細胞の溶解液、レーン2はヒトErc/MPF/mesothelin 全長のcDNAを導入したCOS−1細胞の培養上清、レーン3はベクターのみ導入したCOS−1細胞の培養上清、レーン4、5、6はそれぞれ、HeLa細胞、MKN−28細胞、NRC−12細胞の培養上清をサンプルとした結果を表す)。
【図2】モノクローナル抗体16K16のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(ここでレーン1はヒトErc/MPF/mesothelin全長のcDNAを導入したCHO細胞の培養上清、レーン2は遺伝子を導入していないCHO細胞の培養上清、レーン3および4はそれぞれの細胞溶解液をサンプルとした結果)。
【図3】モノクローナル抗体7E7のウェスタンブロッティングによる認識部位確認試験の結果を示す(図中、×印は偽陰性を示す)。
【図4】モノクローナル抗体16K16のウェスタンブロッティングによる認識部位確認試験の結果を示す(図中、×印は偽陰性を示す)。
【図5】ポリクローナル抗体4のウェスタンブロッティングによる特異性試験の結果を示す(各レーンのサンプルは図1と同様のものである)
【図6】各種抗体を用いて中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を測定した結果である(図中、I〜VIIIはELISAキットに用いられた抗体の組み合わせを示す(Iは4と34、IIは211と34、IIIは7E7と34、IVは211と4、Vは16K16と4、VIは7E7と4、VIIは34と4、VIIIは7E7と16K16の組み合わせを示す))。
【図7】7E7−16K16キットを用いて作成された代表的な検量線を示す。
【図8】7E7−16K16キットを用いて測定された培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図9】7E7−4キットを用いて作成された代表的な検量線を示す。
【図10】7E7−4キットを用いて測定した培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図11】7E7−4キットを用いて測定した健常人血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示す。
【図12】7E7−16K16キットを用いて血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した結果である(図中、Aは採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したものを測定した結果を示し、Bは採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したものを測定した結果を示す)。
【図13】7E7−4キットを用いて血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した結果である(図中、Aは採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したものを測定した結果を示し、Bは採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したものを測定した結果を示す)。
【図14】中皮腫患者胸水を用いたモノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングの結果を示す(図中、レーン1は未処理の中皮腫患者胸水、レーン2はC末抗体カラム吸着画分、レーン3はN末、C末抗体カラム非吸着画分、レーン4は7E7抗体カラム非吸着画分、レーン5は7E7抗体カラム吸着画分をサンプルとした結果を示し、矢印は31kDaを示す)。
【図15】ELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、中皮腫患者、健常者、アスベスト関連疾患患者/アスベスト暴露経験者(胸膜プラーク患者、暴露経験者、石綿症患者、良性アスベスト胸膜炎患者)、肺癌患者、その他の鑑別疾患患者の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定した結果を示す図である。図中、横軸の、「MM」は中皮腫患者を、「PP」は胸膜プラーク患者を、「Ex」はアスベスト暴露経験者を、「As」は石綿症患者を、「BAP」は良性アスベスト胸膜炎患者を、「LC」は肺癌患者を、「Others」はその他の識別疾患患者を、「Volunteers」は健常人を表す。また、図中、縦軸は、検出されたErc/MPF/mesothelinの量[ng/mL]を表す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本明細書において、「31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチド(以下、「Nフラグメント」という)」とは、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有する、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドであれば特に限定されない。配列番号1において、1番目のメチオニンから33番目のプロリンまではシグナル配列であり、Nフラグメントとしては、シグナル配列のアミノ酸を除いたペプチドが好ましい。Nフラグメントにおいて欠失しているC末端のアミノ酸の数としては、1個以上であれば特に限定されず、例えば、5個以上、10個以上、15個以上、20個以上、25個以上、30個以上、35個以上、40個以上等が挙げられる。Nフラグメントにおいて欠失しているC末端のアミノ酸の数として、特に上限はないが、例えば、155個、150個、100個、90個、80個、70個、65個、60個等を挙げることができる。また、Nフラグメントとしては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを体液中、室温で放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを挙げることができる。使用される体液としては、例えば、血液、血清、血漿、胸水、尿または腹水を挙げることができるが、これに限定されるものではなく、好ましくは、血液又は血清である。また、放置する時間は、特に限定されないが、好ましくは1時間以上、より好ましくは、2時間以上、最も好ましくは、3時間以上である。本明細書における、Nフラグメントとしては、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列(この配列はAccession No.AAV87530に記載のヒトErc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列の1〜295番目に該当する)を有する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを、血液中又は血清中、室温で3時間以上放置することにより生じたフラグメントのうちの、N端側のフラグメントであり、長さの異なる複数のものを含む。また、本明細書におけるNフラグメントは、好ましくは、通常の抗体作製で使用されるC末端のアミノ酸を含むポリペプチドを抗原として常法により作製される抗体では認識されないものである。本明細書における、Nフラグメントとして、より好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが分解して生じる断片であって、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列(配列番号1)のうち34〜229番目(好ましくは34〜139番目、特に好ましくは68〜139番目)のアミノ酸配列を有するフラグメントである。
【0023】
本明細書において、「中皮腫」とは、中皮細胞に由来する悪性腫瘍のことであり、より詳細には例えば、上皮型中皮腫、肉腫型中皮腫、二相性中皮腫等を挙げることができる。
【0024】
本発明の抗体は、Nフラグメントを認識する抗体であれば、特に限定されない。Nフラグメントとして複数のフラグメントが存在し得るが、本発明の抗体は、中皮腫の診断剤として利用し得る限り、全てのフラグメントを認識する必要は無く、その一部のフラグメントを認識するものであっても良い。本発明の抗体として、好ましくは、2種類以上のNフラグメントを認識する抗体である。本発明の抗体としては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを血液中又は血清中、室温で3時間以上放置することにより生じるフラグメントのN端側フラグメントを認識する抗体を挙げることができる。本発明の抗体として、より好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin、及び、Nフラグメントの両方を認識する抗体である。このような抗体としては、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントに保存されているアミノ酸配列を認識する抗体を挙げることができる。このような認識部位としては、例えば、以下の(a)〜(d)のアミノ酸配列(配列番号2〜5)が挙げられ、これらの中でも、(a)〜(c)が好ましく、(b)または(c)がより好ましい。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGV
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0025】
本発明の抗体は、起源について特に制約はなく、ヒト由来のものでなくても良い。また、本発明の抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、認識部位を明らかにすることができるためモノクローナル抗体が好ましい。
【0026】
本発明の抗体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全部または一部を抗原とし、これを当業者に周知の方法、例えば「続生化学実験講座、免疫生化学研究法」(日本生化学会編)等に記載の方法、に従って得られた抗体を、Nフラグメントに保存されているアミノ酸配列の一部と一致するポリペプチド等を利用したスクリーニングで選択により調製することができる。
【0027】
本発明の抗体の製造において、抗原として使用される31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全部または一部は、配列番号1のアミノ酸配列の1〜295番目、好ましくは35〜295番目の全部あるいは一部と一致するポリペプチドを合成機で合成したもの、あるいは前記アミノ酸配列をコードするcDNA(配列番号6)の全部あるいは一部を常法によりベクターに組み込み、このベクターを用いて大腸菌等の宿主微生物もしくは培養細胞を形質転換し、形質転換した大腸菌等の宿主微生物・培養細胞を培養して産生させて得られるリコンビナントタンパク質やポリペプチドを、アフィニティーカラムやニッケルカラム等で精製したもの等が挙げられる。また、前記アミノ酸配列をコードするcDNAの全部あるいは一部に一致するポリヌクレオチドはラットErc/MPF/mesothelin cDNA等のほ乳類由来のErc/MPF/mesothelin cDNAをプローブとしてヒト腫瘍細胞株等のcDNAライブラリーからクローニングすることによっても得られる。
【0028】
具体的に、本発明の抗体を調製する手順を示せば次の通りである。すなわち、ポリクローナル抗体として本発明の抗体を調製するには、まず、ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのcDNA配列(配列番号6)をコードするポリヌクレオチドをPCR法により作製する。次いで、これをpGEX等のベクターに組み込み、このベクターを大腸菌等の宿主微生物に導入し、LB培地等で培養してポリペプチドのリコンビナントタンパク質を産生させる。次いで、得られたリコンビナントタンパク質を抗原とし、これをリン酸ナトリウム緩衝液(PBS)に溶解し、更にこれらとフロイント完全アジュバントまたは不完全アジュバントあるいはミョウバン等の補助剤と結合した後、これを免疫原として哺乳動物などを免疫する。
【0029】
免疫される動物としては当該分野で常用されたもの、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ、ニワトリ等のいずれをも使用することができる。また、免疫の際の免疫原の投与法は、皮下注射、腹腔内注射、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射のいずれでもよいが、皮下注射または腹腔内注射が好ましい。免疫は1回または適当な間隔で、好ましくは1週間ないし5週間の間隔で複数回行うことができる。
【0030】
最後に、常法に従い、免疫した動物から血液を採取し、この血液から血清を分離し、この血清中から、抗原に用いたリコンビナントタンパク質を固相化したカラムによるアフィニティーカラムクロマトグラフィーによって抗原特異精製を行うことによってポリクローナル抗体である本発明の抗体を得ることができる。
【0031】
また、モノクローナル抗体として本発明の抗体を調製するには、モノクローナル抗体調製の常法、例えば「抗ペプチド抗体実験プロトコール」、大海忍、辻村邦夫、稲垣昌樹著、秀潤社、1994年、「単クローン抗体実験マニュアル」富山朔二・安東民衛/編、講談社、1987年等に記載の方法に従って、上記リコンビナントタンパク質で動物を免疫して得た免疫細胞と、ミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取する。このように採取された抗体を更に、抗原に用いたリコンビナントタンパク質や上述したアミノ酸配列を持つ合成ペプチドなどを固相化した96穴マイクロタイタープレートを用いたEIA法によってスクリーニングすることによりモノクローナル抗体である本発明の抗体を得ることができる。
【0032】
より具体的に、本発明診断剤に有効成分として含有される本発明の抗体として特に好ましい次のアミノ酸配列(b)または(c)を認識するモノクローナル抗体は、上述したハイブリドーマの培養物から採取された抗体を、更に、以下のアミノ酸配列(a)または(b)を抗原として固相化したマイクロタイタープレートを用いたEIA法でスクリーニングすることによって得ることができる。
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
【0033】
かくして得られる本発明の抗体は、必要により標識ないし固相化して、本発明の本発明診断剤に適した形にすることができる。このうち標識は、西洋わさびペルオキシダーゼ(以下、「HRP」という)、アルカリホスファターゼ等の酵素、フルオレセインイソシアネート、ローダミン等の蛍光物質、32P、125I等の放射性物質、化学発光物質などの標識物質を結合することにより行われる。また、固相化は、適切な固相に本発明の抗体を結合させることにより行われる。固相としては、免疫化学的測定法において慣用される固相のいずれをも使用することができ、例えば、ポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレート、アミノ基結合型のマイクロタイタープレート等のプレートや、各種のピーズ類が挙げられる。本発明の抗体を固相化させるには、例えば、抗体を含む緩衝液を担体上に加え、インキュベーションすればよい。
【0034】
また、本発明の中皮腫診断キット(以下、「本発明キット」という)は、必要により標識ないし固相化した本発明の抗体を使用し、他に、希釈用緩衝液、標準物質、基質用緩衝液、停止液、洗浄液等を組み合わせて常法に従って作製すればよい。本発明の中皮腫診断キットは、好ましくは、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する2種類の抗体を備え、より好ましくは、認識部位がそれぞれ異なる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する2種類の抗体を備える。具体的に、本発明の抗体を2種使用して本発明キットを作製する場合には、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第1の抗体を含有する第1の試薬(例えば、固相化抗体)と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬(例えば、標識抗体)とを組み合わせて使用することができる。
【0035】
この本発明キットに用いられる第1の抗体および第2の抗体の組み合わせは、特に限定されないが、例えば、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの全アミノ酸配列(配列番号1)のうち34〜229番目、好ましくは34〜139番目、特に好ましくは68〜139番目のアミノ酸配列に認識部位が含まれる抗体の組み合わせを挙げることができる。第1の抗体および第2の抗体の具体的な例としては、以下の(a)〜(d)のいずれか1つに記載のアミノ酸配列(配列番号2〜5)を認識する抗体の組み合わせが挙げられ、これらの組み合わせの中でも(a)または(b)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体と(c)または(d)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体の組み合わせが好ましく、(a)または(b)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体と(c)に記載のアミノ酸配列を認識する抗体の組み合わせがより好ましく、(b)と(c)の組み合わせが特に好ましい。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGV
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
(b)GFPCAE
(配列番号1のアミノ酸配列の68〜73番目:配列番号3)
(c)PQACTH
(配列番号1のアミノ酸配列の134〜139番目:配列番号4)
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0036】
上記のように作製された本発明診断剤および本発明キットは、これに含まれる本発明の抗体により、中皮腫患者の各種体液中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinだけでなく種々の要因により生成したフラグメントも測定できる。
【0037】
本発明診断剤および本発明キットを用いた具体的な、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、そのフラグメントの両方の存在や量の測定方法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法(E. Engvall et al., (1980): Methods in Enzymol., 70, 419−439)、蛍光抗体法、プラーク法、スポット法、凝集法、オクタロニー(Ouchterlony)、イムノクロマト法等の、一般の免疫化学的測定法において使用されている種々の方法(「ハイブリドーマ法とモノクローナル抗体」、株式会社R&Dプランニング発行、第30頁−第53頁、昭和57年3月5日)が挙げられる。
【0038】
これらの測定方法は種々の観点から適宜選択することができるが、感度、簡便性等の点からはELISA法が好ましい。より具体的な、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinと、そのフラグメントの測定について、ELISA法の一つであるサンドイッチ法を例にとってその手順を説明すれば次の通りである。
【0039】
まず、工程(A)として、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第一の抗体(以下、「第一抗体」という)を担体に固相化する。次いで、工程(B)として、抗体が固相化されていない担体表面を第一抗体と無関係な、例えばタンパク質により、ブロッキングする。更に、工程(C)として、これに各種濃度の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントを含む検体を加え、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントと、第一抗体との複合体を生成さる。その後、工程(D)として、固相化した第一抗体と認識部位の異なる標識した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が欠失したペプチドを認識する第二の抗体(以下、「第二抗体」という)を加え、これを前記複合体と結合させる。最後に工程(E)として、前記複合体の標識量を測定することにより、予め作成した検量線から検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの総量を決定することができる。
【0040】
具体的に工程(A)において、第一抗体を固相化するために用いられる担体としては、特別な制限はなく、免疫化学的測定法において常用されるものをいずれも使用することができる。具体的には、ポリスチレン製の96穴マイクロタイタープレートあるいは、アミノ基結合型のマイクロタイタープレートが挙げられる。また、第一抗体を固相化させるには、例えば、前記抗体を含む緩衝液を担体上に加え、インキュベーションすればよい。緩衝液としては公知のものが使用でき、例えば10mMのPBSを挙げることができる。緩衝液中の上記抗体の濃度は広い範囲から選択できるが、通常0.01〜100μg/ml程度、好ましくは0.1〜20μg/mlである。また、担体として96ウェルのマイクロタイタープレートを使用する場合には、300μl/ウェル以下で20〜150μl/ウェル程度が望ましい。更に、インキュベーションの条件にも特に制限はないが、通常4℃程度で一晩のインキュベーションが適している。
【0041】
また、工程(B)のブロッキングは、工程(A)で第一抗体を固相化した担体において、後に添加する検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントが抗原抗体反応とは無関係に吸着される部分が存在する場合があるので、それを防ぐ目的で行う。ブロッキング剤としては、例えば、BSAやスキムミルク溶液や、ブロックエース(Block−Ace:大日本製薬製(コードNo.UK−25B))等の市販のブロッキング剤を使用することができる。具体的なブロッキングは、限定されるわけではないが、例えば抗原を固相化した部分に、ブロックエースを適量加え、約4℃で、一晩のインキュベーションをした後、緩衝液で洗浄することにより行われる。
【0042】
更に、工程(C)において、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントを含む検体を固相化した第一抗体と接触させ、この固相化した第一抗体で検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントを捕捉し、複合体を生成させる。この複合体を生成させるための条件は限定されるわけではないが、4℃〜37℃程度で約1時間〜1晩の反応を行えばよい。反応終了後、緩衝液で担体を洗浄し、未反応のタンパク質等を除去させることが好ましい。この反応に用いる緩衝液としては、10mMのPBS(pH7.2)および0.05%(v/v)のTween20の組成のものが好ましい。
【0043】
また更に、工程(D)において、固相化した第一抗体と、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメントとの複合体に、固相化した第一抗体と認識部位の異なる標識した第二抗体を加え、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体を生成させる。この反応終了後、緩衝液で担体を洗浄し、未反応のタンパク質等を除去させることが好ましい。この反応に用いる緩衝液としては、前記したものが使用される。この工程(D)において使用される標識した第二抗体の量は、固相化した第一抗体に対して約5,000〜10,000倍、好ましくは最終吸光度が1.5〜2.0となるように希釈された量である。希釈には緩衝液を用いることができ、反応条件は特に限定されるわけではないが、4℃〜37℃程度で約1時間行い、反応後、緩衝液で洗浄することが好ましい。以上の反応により、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体を生成することができる。
【0044】
最後に工程(E)において、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin又はNフラグメント−標識した第二抗体の複合体に、標識物質と反応する発色基質溶液を加え、吸光度を測定する。前記反応で標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合には、例えば、過酸化水素と3,3’,5,5’−テトラメチルベンジン(以下「TMB」という)を含む発色基質溶液を使用することができる。また、吸光度は、固相化した第一抗体−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinまたはNフラグメント−標識した第二抗体からなる複合体に、発色基質溶液を加え約25℃で約30分間反応させた後、1〜2Nの硫酸を加えて酵素反応を停止させ、450nmの波長で測定すればよい。一方、標識物質として、アルカリホスファターゼを使用する場合には、p−ニトロフェニルリン酸を基質として発色させ、2Nの水酸化ナトリウムを加えて酵素反応を止め、415nmでの吸光度を測定する方法が適している。
【0045】
なお、既知の濃度の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを上記サンドイッチ法等に用い、予め作成しておいた検量線を用いれば、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を算出できる。
【0046】
上記した測定方法等により、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量、すなわち、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を算出することができ、これにより健常者から中皮腫患者を診断すること、中皮腫患者の外科的手術の成否を見分けること、中皮腫の再発を予見できること等ができる。中皮腫の診断等に用いることのできる検体は、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及び/またはNフラグメントが存在する検体であれば特に制限はなく、例えば全血、血清、血漿、尿、リンパ液、胸水、腹水等の体液が挙げられる。これらの検体の中でも、血清、血漿、胸水または腹水を用いることが好ましい。
【0047】
具体的に中皮腫の診断は、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を指標として、その量が健常者の平均値より有意に高いと判断される場合に中皮腫と診断することができる。検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を健常者の平均値より有意に高いと判断する指標の例としては、例えば、健常人血清群で得られた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の平均値+2x標準偏差の値、好ましくは健常人血清群で得られた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の平均値+5x標準偏差の値を統計学的なカットオフ値として用いることが挙げられるが、これに限定されるものではない。なお、上記した中皮腫の診断には、検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を指標とするかわりに、検体における31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの濃度を指標としてもよい。
【0048】
また、中皮腫の外科的手術の成否や再発の予見は、中皮腫患者の検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量が、中皮腫細胞の存在の有無によって変化するということに基づいて行うことができる。すなわち、中皮腫の外科的手術前後に検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量を測定し、その量を手術前後で比較して手術後の量が手術前の量よりも有意に低下していれば、その外科的手術によって中皮腫細胞が除去されたことを確認することができる。また、中皮腫の外科的手術後も検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量をモニタリングしておけば、その量が増えた時に、中皮腫細胞が存在すること、すなわち、再発したことを予見することが可能になる。
【0049】
本発明診断剤および本発明キットを用いた検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin及びNフラグメントの量の測定によって、上述したように、健常者から中皮腫患者を診断すること、中皮腫患者の外科的手術の成否を見分けること、中皮腫の再発の予見できること等だけでなく、アスベスト暴露経験者からの中皮腫患者の鑑別、肺がん等の他の疾患の患者との識別にも利用出来うる。すなわち、アスベスト暴露経験者における胸膜肥厚、良性胸膜炎、肺繊維症、肺ガンなどの発症率は健常者に比べて高いといわれている。しかし、それらの疾患では31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの測定値は中皮腫患者と比べて有意に低く、中皮腫患者と識別出来る。このことは、治療方法の最適化に非常に有用である。すなわち、中皮腫患者と例えば肺がん患者を識別できればその治療方針は全く異なってくる。効果のない抗がん剤を無用に投与して患者に苦痛を与えることを避けることができ、近年注目されているオーダーメイド医療に向けた取り組みが可能になる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例をあげて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約を受けるものではない。
【0051】
実施例 1
モノクローナル抗体の作製(1):
(1)免疫用抗原の作製
全長のヒトErc/MPF/mesothelin cDNA(Accession No. AY743922)を鋳型として、配列番号1で表される31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのアミノ酸配列の35番から295番目までの領域に対応するヌクレオチド(配列番号6の塩基配列の103〜885番目)を、以下に示したプライマーNo.5’−3およびNo.3’−3を用いた、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)により増幅させた。次に上記で得られたオリゴヌクレオチドにGST(Glutathione S−transferase)タグをコードする配列を、またC末側領域にヒスチジン(Histidine)タグをコードする配列を付加して、これらGST−31kDa分泌型mesothelin−His領域を、pGEX−6P−1(Amershambiosciences社製)に挿入し、発現ベクターとし、これを大腸菌に組み込んで融合タンパク質として発現させた。
プライマーNo.5’−3(配列番号7):
5’−ACGGGATCCAGGACCCTGGCTGGAGAGACA−3’
プライマーNo.3’−3(配列番号8):
5’−AAGCTCGAGCCGCCGGAACCGCGGCCGGA−3’
【0052】
この大腸菌を5mLのアンピシリンを加えたLB培地で37℃一晩振盪培養した。これをさらに1,000mLのLB培地に加え、37℃で4時間振盪培養し、500mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を1mL加え3時間振盪培養した。このようにして得た培養液を4℃で6,000rpm、15分間遠心分離し、沈殿をリン酸緩衝塩化ナトリウム液(PBS)で2回洗浄した。その後、1mMのEDTA、1%のトリトン(Triton)X−100を加えた20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)20mlを加え、この液に対し30秒間の超音波処理を4回行って菌体を破壊し、目的のタンパク質を抽出した後、4℃で10,000rpm、30分間遠心分離し、上清を得た。この上清からグルタチオン−セファロースビーズ(Glutathion−sepharose beads:Amershambiosciences社製)を用いてGST−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−Hisタンパク質を精製した後、プレシジョンプロテアーゼ(PreScission Protease:Amershambiosciences社製)処理によりGST部分を切断、除去した31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−Hisを得た。
【0053】
(2)モノクローナル抗体の作製
免疫用抗原として、上記(1)において得られたタンパク質を用い、1週間、または2週間おきに50μl(50μg)を投与し、マウスを免疫した。抗原は初回免疫のみにフロイント完全アジュバントと混和し、二回目からはフロイント不完全アジュバントと混和した。免疫化されたマウスの脾単球細胞と融合パートナー、X63−Ag8−653をポリエチレングリコール仲介細胞融合に付し、文献(J. Immunol. 146:3721−3728)に述べた方法によりハイブリドーマを選択した。選択は、固定化された31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinに反応する細胞を選択することにより行った。
【0054】
上記のようにして選択した細胞を無血清培地のGIT培地(和光純薬)で細胞の80%が死滅するまで抗体を産生させた。次いでこの培地から遠心(1,000rpm、15min)により細胞を取り除いた後、硫酸アンモニウムを50%飽和状態にして4℃で一晩静置し、沈殿を遠心(1,000rpm、30min)により回収した。更にこの沈殿を2倍に希釈したバインディングバッファー(binding buffer:Protein AMAPS II kit製)に溶解させた後、プロテインAカラム(Pharmacia−Amersham製)にIgGを吸着させた。その後、PBS透析を一晩行って抗体を精製し、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識する抗体を複数得た。そしてこれらの抗体のうちの二つを7E7および16K16と名付けた。
【0055】
(3)ウェスタンブロッティングによるモノクローナル抗体7E7および16K16の特異性の確認
上記(2)で得られたモノクローナル抗体7E7および16K16が31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識することを、COS−1細胞あるいはCHO細胞に強制発現させたErc/MPF/mesothelinタンパク質等のサンプルを用いたウェスタンブロッティングにより確認した。それぞれのサンプルにはウェスタンブロッティングを行う前に、2−メルカプトエタノール(2Me)を加えて還元状態とした。ウェスタンブロッティングは常法(例えば、「分子生物学基礎実験法」、南江堂)に従い行った。
【0056】
ウェスタンブロッティングの結果を図1および図2に示した。この図1および図2によるとモノクローナル抗体7E7および16K16の何れもが、Erc/MPF/mesothelinを強制発現させたサンプルについて、71kDa全長型Erc/MPF/mesothelinおよび31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの発現部位にバンドを有することが確認され、これらの抗体がErc/MPF/mesothelinに対し反応性を有することが確認された。
【0057】
実施例 2
モノクローナル抗体7E7および16K16の抗原認識部位の探索:
31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を6アミノ酸ずつ欠損する一連の融合タンパク質を作製し、それとモノクローナル抗体7E7および16K16を反応させ、抗原認識部位の探索をした。
【0058】
まず、実施例1で作製したGST−31kDa分泌型mesothelin−His領域を鋳型にしてアンチセンスプライマーを6アミノ酸ずつずらしたものを作製し、PCR反応で増幅させた。次に、これをpGEX−6P−1(Amershambio sciences社製)に挿入し、発現ベクターとし、更にこれを大腸菌に組み込んだ。この大腸菌を5mLのアンピシリンを加えたLB培地で37℃一晩振盪培養した。これをさらに1,000mLのLB培地に加え、37℃で4時間振盪培養し、500mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を1mL加え3時間振盪培養した。このようにして得た培養液を4℃で6,000rpm、15分間遠心分離し、沈殿をリン酸緩衝塩化ナトリウム液(PBS)で2回洗浄した。その後、1mMのEDTA、1%のTritonX−100を加えた20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)20mlを加え、この液に対し30秒間の超音波処理を4回行って菌体を破壊し、目的のタンパク質を抽出した後、4℃で10,000rpm、30分間遠心分離し、上清を得た。この上清からグルタチオン−セファロースビーズ(Glutathion−sepharose beads:Amershambiosciences社製)を用いて、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが6アミノ酸ずつ欠損したGST−31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−His欠損タンパク質を精製した。
【0059】
次に、これらの欠損タンパク質に対してモノクローナル抗体7E7および16K16によるウェスタンブロッティングおよびドットブロッティングを常法(例えば、「分子生物学基礎実験法」、南江堂)に従い行い、その認識部位を決定した。ウエスタンブロットおよびドットブロットの結果を図3および図4に示した。図3および図4中の1〜6およびA〜Hに対応するタンパク質のアミノ酸配列を表1に示した。表中の数字は31kDa分泌型mesothelinのN末端からC末端方向へ連続したアミノ酸の数を示す。この図よりモノクローナル抗体7E7抗体は134番目から139番目の領域、モノクローナル抗体16K16はN末端から68番目から73番目までの領域を認識することが判明した。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例 3
ポリクローナル抗体の作製(1):
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(d)を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品を伊藤ハム株式会社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(d)CPGPLDQDQQEAARAALQG
(配列番号1のアミノ酸配列の211〜229番目:配列番号5)
【0062】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を211抗体と名づけた。
【0063】
実施例 4
ポリクローナル抗体の作製(2):
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(a)のC末側に更にシスティン(C)を付けたアミノ酸配列を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品を伊藤ハム株式会社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(a)SRTLAGETGQEAAPLDGVC
(配列番号1のアミノ酸配列の34〜51番目:配列番号2)
【0064】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を34抗体と名づけた。
【0065】
参考例 1
ポリクローナル抗体の作製:
(1)免疫用抗原の作製
ヒト31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの内部配列に相当する下記のアミノ酸配列(e)のC末側に更にシスティン(C)を付けたアミノ酸配列を有するペプチドは、HPLCクロマトグラフィー精製した状態の品をオウスペップ(Auspep Corporation)社より購入した。このペプチドをポリクローナル抗体作製のための抗原とした。
(e)RQPERTILRPRFRR
(配列番号1のアミノ酸配列の282〜295番目:配列番号9)
【0066】
(2)ポリクローナル抗体の作製
(1)で作製したペプチド100μgとフロイント完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、これをウサギに免疫した。免疫1週間後に、抗原100μgとフロイント不完全アジュバントを等量混合してエマルジョンを作製し、ウサギに追加免疫し、以後同様の操作を各週の間隔で3回行った。その後、免疫原に対する力価上昇を、抗原ペプチドを固相化したELISA法で確認した後、全採血を行い1,500rpmで15分間の遠心により抗血清を分離し、抗原ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを用いて抗原特異精製を行い、ポリクローナル抗体を得た。そしてこの抗体を4抗体と名づけた。
【0067】
(3)ウェスタンブロッティングによるポリクローナル抗体4の特異性の確認
次に、(2)で得られたポリクローナル抗体4が31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを認識することを確認するために、ポリクローナル抗体4を用いてCOS−1細胞に強制発現させたErc/MPF/mesothelinタンパク質等について、前述のように常法に従いウェスタンブロッティングを行った。ウェスタンブロッティングの結果を図5に示した。サンプルは実施例1(3)で用いたものと同じである。この図によるとこの抗体4がErc/MPF/mesothelinを強制発現させたサンプルに対して反応性を有することが確認された。
【0068】
実施例 5
中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量の測定:
実施例1、3、4および参考例1で作製したモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体を組み合わせて実施例6および参考例2で述べる方法を用いてELISA系を構築し、それを用いて中皮腫患者胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した。その結果を図6に示した。
【0069】
この図より、モノクローナル抗体7E7と16K16の組み合わせ、モノクローナル抗体7E7とポリクローナル抗体34の組み合わせ、モノクローナル抗体211とポリクローナル抗体34の組み合わせの順に、胸水中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度が高く測定された。また、この結果より4抗体を用いた系では濃度が低く、C末端まで保持する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin分子種は胸水中では少ないことがわかった。一方、34抗体を用いた系では7E7抗体>211抗体の順に濃度が低下し、N末端を保持する31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin分子種はC末端側から7E7抗体が認識する部位まで分解欠損されてしまうことも判明した。
【0070】
実施例 6
ELISA測定系(7E7−16K16キット)の作製:
(1)標準物質の作製
抗体作製時に用いた抗原タンパク質(31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin−His)を基準にして、COS−1細胞で発現させた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定し、ELISA測定系の標準物質とした。
【0071】
(2)モノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物の作製
実施例1で得られたモノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物は以下のように作製した。必要量のHRPを蒸留水に溶かし、NaIO4で酸化させた後、pH4.4の1mM酢酸緩衝液に一晩透析した。また、モノクローナル抗体16K16の1−10mgもpH9.5の0.1M炭酸緩衝液に一晩透析した。これらの透析した16K16抗体とHRPを抗体1mgに対してHRPが0.4mgになるように混合し、室温で2時間反応させた。次いで、これにNaBH4を加え氷中で2時間反応させた後PBSに一晩透析した。更に、この反応物をゲル濾過し、モノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物を作製した。
【0072】
(3)ELISA測定系の作製
サンドイッチELISA法の構築は以下のようにして行った。まず、10μg/mlの7E7抗体を100μlずつ96wellのELISA用プレートに加えた。次いで、これを4℃で一晩反応させた後、1%BSA/PBS/NaN3溶液にてブロッキングを行い、サンドイッチELISA用プレートとした。また、上記(2)で作成したモノクローナル抗体16K16とHRPとの結合物を標識抗体とした。
【0073】
適当に希釈した標準物質および検体を各ウェルに添加し37℃で1時間反応(1次反応)、洗浄後、HRP(horseradish peroxidase)標識したモノクローナル抗体16K16を加え4℃、30分間反応(2次反応)、洗浄後、テトラメチルベンジジン(Tetra Methyl Benzidine (TMB))を含む基質液を加え室温30分間放置、反応停止液(1NのH2SO4)を加え反応停止後、波長450nmでの吸光度を測定し、標準物質から作成した検量線を用いて検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を算出した。
【0074】
図7に代表的な検量線の作成例を示した。また、図8に本測定系を用いて測定した各種培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。その結果、HeLa細胞では大量に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを産生していることがわかった。
【0075】
参考例 2
ELISA測定系(7E7−4キット)の作製:
(1)ポリクローナル抗体4とHRPとの結合物の作製
参考例1で得られたポリクローナル抗体4とHRPとの結合物を実施例6の(2)と同様にして作製した。
【0076】
(2)ELISA測定系の作製
実施例1で得られたモノクローナル抗体7E7と参考例1で得られたポリクローナル抗体4を用いたサンドイッチELISA法の構築は以下のようにして行った。まず、10μg/mlのモノクローナル抗体7E7を100μlずつ96wellのELISA用プレートに加えた。次いで、これを4℃で一晩反応させた後、1%BSA/PBS/NaN3溶液にてブロッキングを行い、サンドイッチELISA用プレートとした。また、上記(1)で作製したポリクローナル抗体4とHRPとの結合物を標識抗体とした。
【0077】
適当に希釈した標準物質および検体を各ウェルに添加し37℃で1時間反応(1次反応)、洗浄後、HRP(horseradish peroxidase)標識した4抗体を加え4℃、30分間反応(2次反応)、洗浄後、テトラメチルベンジジン(Tetra Methyl Benzidine (TMB))を含む基質液を加え室温30分間放置、反応停止液(1NのH2SO4)を加え反応停止後、波長450nmでの吸光度を測定し、標準物質から作成した検量線を用いて検体中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を算出した。
【0078】
図9に代表的な検量線の作成例を示した。また、図10に本測定系を用いて測定した各種培養細胞の培養上清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。更に、図11に健常人血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を示した。健常人血清中の健常人血清の平均値は7.66ng/ml、ヘパリン添加血漿10.60ng/ml、EDTA添加血漿11.77ng/mlであった。
【0079】
実施例 7
各種患者血清の測定:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、中皮腫患者27例、胸膜肥厚患者28例、良性胸膜炎およびびまん性胸膜肥厚患者6例、アスベスト暴露経験有りおよび肺繊維症11例、およびその他の鑑別疾患(肺がんを含む)8例の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を次のようにして測定した。また、比較として参考例2で作製したELISA測定系(7E7−4キット)を用いて同様の測定を行った。
【0080】
血清サンプルは採取後すぐにPBSで8倍に希釈し、そして実施例3に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。この測定結果を表2に示した。
【0081】
【表2】
【0082】
この結果、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は、中皮腫患者においては1.06〜55.59ng/mLの範囲を示し、平均値は15.21ng/mL、胸膜肥厚患者においては0.74〜7.45ng/mLの範囲を示し、平均値は3.47ng/mL、良性胸膜炎およびびまん性胸膜肥厚患者においては1.18〜4.00ng/mLの範囲を示し、平均値は2.58ng/mL、アスベスト暴露経験有りおよび肺繊維症においては1.97〜5.27ng/mLの範囲を示し、平均値は3.45ng/mL、およびその他の鑑別疾患(肺がんを含む)においては1.31〜9.76ng/mLの範囲を示し、平均値は4.04ng/mLであった。このように中皮腫患者血清中では、ほかの疾患患者に比べて31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度が高値であることが判った。
【0083】
また、カットオフ(Cut Off)値を7E7−16K16キットでは6.0ng/mlと設定した場合および7E7−4キットでは3.0ng/mlと設定した場合、表中に示したような陽性率となった。なお、7E7−4キットでは中皮腫患者で陽性率が低下し、胸膜肥厚、暴露/肺繊維症例で高くなってしまった。その他鑑別疾患ではどちらのキットとも同じ陽性率であった。全体で見ると7E7−16K16キットの方が高感度、高特異性で中皮腫患者を診断することが可能であると判明した。
【0084】
実施例 8
健常人血清および血漿の測定:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、健常人52例の血清、およびEDTA血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を次のようにして測定した。
【0085】
血清サンプルは採取後すぐにPBSで8倍に希釈し、そして実施例3に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。この測定結果を表3に示した。
【0086】
【表3】
【0087】
この結果、健常人においては31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は、血清中では1.03〜8.19ng/mLの範囲を示し、平均値は3.36ng/mL、血漿中では1.44〜8.29ng/mLの範囲を示し、平均値は3.60ng/mLであった。
【0088】
実施例 9
血清および血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの安定性の確認:
実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)を用いて、健常人5例(a〜e)の血清またはEDTA血漿中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの安定性を次のようにして測定した。
【0089】
血液サンプルは採血後、真空採血管に分取後、室温で1時間放置、1500rpm、10分間遠心分離し血清を分離し直ちに−20℃に凍結保存した。この検体をコントロールとした。これ以外に、採血し室温1時間放置後、室温に16時間放置後遠心分離し血清分離後凍結したもの(試験区A)、および採血し室温1時間放置後遠心分離し血清分離した後、室温に16時間放置後凍結したもの(試験区B)を用意した。これらの検体は融解後、PBSで8倍に希釈し、上記実施例に記載の方法に従って測定を行った。そして希釈サンプルの吸光度から31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を求め、更に、その濃度から原液濃度(8倍)へ換算した。7E7−16K16キットの測定結果を図12に示した。また、比較として参考例2で作製した測定系(7E7−4キット)を用いて同様の測定を行った。その結果を図13に示した。
【0090】
この結果、7E7−16K16キットは、採血後室温に16時間放置した場合でも、採血分離後室温に16時間放置した場合においても、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度は大きな変化を示さず、本実験条件下では安定であり、正確な測定を行うのに適した測定系であることが判明した。なお、健常人5例の内、検体bに関しては試験区Bで16時間放置後のデータが得られなかったため除去した。
【0091】
一方、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域を認識する抗体を検出側に用いた7E7−4キットによる同様な実験においては、血清の場合、採血後分離までの間室温に3時間放置した場合、コントロールに比べて測定値が5−30%低下した。また、血清分離後凍結するまでの間室温に放置した場合、3時間で5−30%低下した。このことから、血液のまま、あるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置することにより31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが断片化しうることが示された。
【0092】
実施例 10
中皮腫患者胸水中の各種分泌型Erc/MPF/mesothelin断片の存在の検出:
実施例9において、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinは血清中において分解されて断片化しうることを示した。すなわち、採血後および血清分離後の放置時間(3時間以上)の間に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域が分解され、欠損してしまったために、その領域を認識する抗体を利用している測定キットでは測定されなくなってしまう。その結果、目的のタンパク質(31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin)はあたかも存在していないかのような測定結果が出てしまうことになる。しかし、血液中には分解される前の分子が存在しているはずであり、そのような検査では間違った結果を与えてしまうことになる。よって、適正な認識部位を持つ抗体を用いることは非常に重要なことである。そこで、そのことを確認するために、血液のままあるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置した状態と同等の状態になると考えられる採取後室温で放置されていた中皮腫患者胸水を用いて実施例および参考例で作製したモノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングを以下の方法で行った。
【0093】
まず、モノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、4をそれぞれホルミルセルロファイン(生化学工業株式会社) と混合し、還元剤を用いて結合させたものをカラムに充填した。次にこのカラムと強酸性溶液、高塩濃度溶液等を利用して中皮腫患者胸水の分画を行った。具体的には、中皮腫患者胸水を、ポリクローナル抗体4を結合させたカラムに通し、吸着したもの(C末抗体カラム吸着画分)と吸着しなかったものに分けた。その後前記カラムに吸着しなかったものをポリクローナル抗体34を結合させたカラムに通し、吸着したものと吸着しなかったもの(N末、C末抗体カラム非吸着画分)に分けた。更に前記カラムに吸着したものをモノクローナル抗体7E7を結合させたカラムに通し、吸着したもの(7E7抗体カラム吸着画分)と吸着しなかったもの(7E7抗体カラム非吸着画分)に分けた。この各画分をサンプルとして、モノクローナル抗体7E7およびポリクローナル抗体34、211、4によるウェスタンブロッティングを行った。その結果を図14に示した。
【0094】
その結果、採取後室温で放置されていた中皮腫患者胸水に31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端領域が欠損した断片(N端側フラグメント)が複数存在することが判明した。このことから血液のままあるいは血清に分離した状態で室温に3時間以上放置した状態でもN端側フラグメントが複数存在することも示された。
【0095】
このように用いる抗体の認識部位の違いにより、検出できなくなる断片も存在したことから、生体内に本来存在していた31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinを高効率で検出するためには、このような検索を行い、適正な抗体を選択することが重要であり、その結果、高感度で目的タンパク質を検出する測定系を構築することが可能になることが判明した。このような測定系で、高感度で検出することが可能になれば、より微量な存在を検出できるようになり、ひいては早期の検出、診断が可能になる。
【0096】
実施例 11
外科的手術施行後のモニタリング:
悪性の中皮腫であると診断され外科的手術を施行した患者について、術前術後に採血を行い、血清を分離し、実施例6で作製したELISA測定系(7E7−16K16キット)および、参考例2で作製したELISA測定系(7E7−4キット)を用いて31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度を測定した。
【0097】
その結果、7E7−16K16キットによる測定では術前に35.87ng/mlであったものが術後は3.21ng/mlまで低下していた。7E7−4キットによる測定では25.64ng/mlであったものが術後は1.47ng/mlまで低下していた。このことは、術前術後の血清中31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin量を測定することによって、手術によって中皮腫細胞が除去されたことを確認できることを示している。また、逆に、この結果は血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinが、中皮腫細胞の存在に起因することを示唆しているので、術後も31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelin濃度をモニタリングすることにより再発を予見しうる。
【0098】
実施例 12
各種患者血清の測定:
実施例7と同様にして、中皮腫患者39例、健常者102名、アスベスト関連疾患患者/アスベスト暴露経験者201例(胸膜プラーク患者98例、暴露経験者83例、石綿症患者6例、良性アスベスト胸膜炎患者14例)、肺癌患者45例、その他の鑑別疾患患者8例の血清中の31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinの濃度を測定した。
【0099】
結果を図15に示した。図に示すとおり、本発明の抗体を用いてErc/MPF/mesothelinを測定した結果、中皮腫以外の肺疾患患者、アスベスト暴露経験者又は健常人と比較して、中皮腫患者において測定値が高かった。従って、本発明の抗体は、効率的な中皮腫の診断に用いることができることが示された。
【0100】
本出願は、2006年12月8日に日本国において出願された特願2006−331409を優先権の基礎としており、当該出願に記載された内容は本明細書に援用される。また、本願において引用した特許、特許出願及び文献に記載された内容は、本明細書に援用される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2、配列番号3、又は配列番号5に記載のアミノ酸配列を特異的に認識する抗体である第1の抗体を含有する第1の試薬と、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が15〜155個欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キット。
【請求項2】
配列番号2、配列番号3、又は配列番号5に記載のアミノ酸配列を特異的に認識する抗体である第1の抗体を含有する第1の試薬と、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が155個欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キット。
【請求項1】
配列番号2、配列番号3、又は配列番号5に記載のアミノ酸配列を特異的に認識する抗体である第1の抗体を含有する第1の試薬と、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が15〜155個欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キット。
【請求項2】
配列番号2、配列番号3、又は配列番号5に記載のアミノ酸配列を特異的に認識する抗体である第1の抗体を含有する第1の試薬と、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる、31kDa分泌型Erc/MPF/mesothelinのC末端のアミノ酸が155個欠失したペプチドを認識する抗体であって、前記第1の抗体と認識部位が異なる第2の抗体を含有する第2の試薬とを組み合わせてなることを特徴とする中皮腫診断キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2013−64749(P2013−64749A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−251944(P2012−251944)
【出願日】平成24年11月16日(2012.11.16)
【分割の表示】特願2008−548165(P2008−548165)の分割
【原出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(399032282)株式会社 免疫生物研究所 (14)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年11月16日(2012.11.16)
【分割の表示】特願2008−548165(P2008−548165)の分割
【原出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(399032282)株式会社 免疫生物研究所 (14)
【Fターム(参考)】
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