説明

低水和熱セメントクリンカおよび低水和熱セメント組成物

【課題】本発明は、中庸熱セメントと同等の強度発現性を有し、かつ、中庸熱セメントより水和熱が低いセメント組成物等を提供する。
【解決手段】本発明は、CSを40〜50%、CSを30〜40%、CAを3〜5%、および、CAFを9〜13%含む低水和熱セメントクリンカであって、該クリンカ1kg当たりのMoの含有量が30mg以下である、低水和熱セメントクリンカを提供する。また、本発明は、前記低水和熱セメントクリンカ100質量部に対し、石膏をSO換算で1.5〜5.0質量部含む、低水和熱セメント組成物などを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水和熱の低いセメントクリンカと、これを含む低水和熱セメント組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ダムや橋梁などのマスコンクリートは、セメントの水和熱により躯体の内部と表面の温度差が大きくなるため、内部拘束による温度ひび割れが発生しやすい。このひび割れを抑制するために、マスコンクリートには水和熱が小さい中庸熱ポルトランドセメント(以下「中庸熱セメント」という。)や、低熱ポルトランドセメント(以下「低熱セメント」という。)等が用いられている。これらの中でも、中庸熱セメントは、水和熱が低いにもかかわらず強度発現性に優れているため、低熱セメントよりも多用されている。ちなみに、セメント協会の2010年度の統計によれば、セメントの生産量は、中庸熱セメントでは約74万トンであるのに対し、低熱セメントでは約16万トンである。
【0003】
一方、低熱セメントは、水和熱の低いセメント鉱物であるCSを40質量%以上と多く含むため、総発熱量は中庸熱セメントより少ないが、このCSが多い分、材齢初期の強度発現に寄与するCSが少なく、初期強度発現性は中庸熱セメントよりも劣るという課題がある。
【0004】
この課題を解決する手段として、例えば、特許文献1では、40重量(質量)%以上のCSと、6重量(質量)%以下のCSとを含有する高ビーライトセメント、および、硬化促進剤であるギ酸カルシウムとを含む、低熱セメント組成物が提案されている。この組成物は、高ビーライトセメント単独と比べ、材齢7日における圧縮強さが1.5倍程度に向上するとされている(表2の実施例3〜5)。
しかし、一般に、初期強度発現性が高い場合には、水和の促進によりセメントの水和発熱が上昇するから、材齢7日における強度増進率がこれ程までに高いと、該強度増進に相応して該組成物の水和熱は高くなり、水和熱が低いという高ビーライトセメント(低熱セメント)本来の利点が損なわれる。したがって、強度発現性が元々低い鉱物組成からなる低熱セメントにおいて、低い水和熱を維持しつつ強度増進を図ることは困難であると考えられる。
よって、低発熱性や強度発現性に優れ、生産量が多い中庸熱セメントクリンカの鉱物組成をベースにして、水和熱がさらに低いクリンカが製造できれば、マスコンクリート用セメントとして有用性が極めて高いセメント組成物が得られると期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−343163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明は、中庸熱セメントと同等の強度発現性を有し、かつ、中庸熱セメントより水和熱が低いセメント組成物等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、セメントクリンカに含まれる微量成分が、セメントの水和熱や強度発現性等の物性に与える影響について種々検討したところ、モリブデン(Mo)の含有量が特定の割合以下であるセメントクリンカと特定量の石膏を含むセメント組成物は、前記課題を解決できること、また、減水剤による流動性の向上効果が優れていることを見い出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の[1]〜[3]を提供する。なお、以下、「%」は特に示さない限り「質量%」である。
[1]CSを40〜50%、CSを30〜40%、CAを3〜5%、および、CAFを9〜13%含む低水和熱セメントクリンカであって、該クリンカ1kg当たりのMoの含有量が30mg以下である、低水和熱セメントクリンカ。
[2]前記低水和熱セメントクリンカ100質量部に対し、石膏をSO換算で1.5〜5.0質量部含む、低水和熱セメント組成物。
[3]前記低水和熱セメント組成物100質量部に対し、減水剤を固形分換算で0.1〜5質量部含む、請求項2に記載の低水和熱セメント組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の低水和熱セメント組成物は、水和熱が中庸熱セメントよりも低く、強度発現性は中庸熱セメントと同等であり、また、減水剤による流動性の向上効果が高い。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の低水和熱セメントクリンカ(以下「クリンカ」という。)、低水和熱セメント組成物、および、これらの製造方法について詳細に説明する。
1.クリンカ
(1)セメント鉱物等の組成
本発明のクリンカは、CSを40〜50%、CSを30〜40%、CAを3〜5%、および、CAFを9〜13%含む低水和熱セメントクリンカであって、該クリンカ1kg当たりのMoの含有量は30mg以下である。セメント鉱物の組成やMoの含有量が該範囲にあるクリンカと特定量の石膏を含むセメント組成物は、後記のように中庸熱セメントと比べ水和熱が低く強度発現性は同等である。また、該組成物は、後記のように減水剤による流動性の向上効果が高い。
【0011】
本発明のクリンカのセメント鉱物組成は、好ましくは、CSが42〜48%、CSが32〜38%、CAが3〜4%およびCAFが10〜13%である。
また、本発明のクリンカ1kg当たりのMoの含有量は、好ましくは1〜20mgであり、より好ましくは2〜15mgであり、さらに好ましくは3〜10mgである。クリンカ原料として天然原料や廃棄物を用いる限り、Moはクリンカ原料中に不可避的に混入するため、Moの含有量をゼロにしようとするとコスト高になる。したがって、Moの含有量は前記範囲が好適である。
また、本発明のクリンカにおいて、水硬率は、好ましくは1.9〜2.1、より好ましくは1.95〜2.07であり;ケイ酸率は、好ましくは2.9〜3.2、より好ましくは2.95〜3.15であり;鉄率は、好ましくは0.85〜1.2、より好ましくは0.9〜1.15である。
【0012】
ここで、前記CS、CS、CAおよびCAFの含有率は、下記のボーグ式(i)〜(iv)を用いて算出する。
S(%)=4.07×CaO(%)−7.60×SiO(%)−6.72×Al(%)−1.43×Fe(%)−2.85×SO(%) ・・・(i)
S(%)=2.87×SiO(%)−0.754×CS(%) ・・・(ii)
A(%)=2.65×Al(%)−1.69×Fe(%) ・・・(iii)
AF(%)=3.04×Fe(%) ・・・(iv)
(式中の化学式は、クリンカの原料中またはクリンカ中における、化学式が表す化合物の含有率を表す。)
【0013】
2.低水和熱セメント組成物
該組成物は、前記クリンカ100質量部に対し、石膏をSO換算で1.5〜5.0質量部、好ましくは2.0〜4.0質量部含むものである。石膏の含有量が1.5〜5.0質量部の範囲であれば、強度発現性が高く、流動性も良好である。
ここで石膏は、特に制限されず、例えば、天然二水石膏、排煙脱硫石膏、リン酸石膏、チタン石膏、フッ酸石膏、精錬石膏、半水石膏および無水石膏等から選ばれる、少なくとも1種以上が挙げられる。また、石膏のブレーン比表面積は、2000〜5000cm/gが好ましく、3000〜4000cm/gがより好ましい。該値が2000〜5000cm/gの範囲を外れると、強度発現性が低下したり、水和熱が高くなるおそれがある。
前記低水和熱セメント組成物は、さらに高炉スラグ、フライアッシュ、シリカヒューム、石灰石粉末などの混合材を含むこともできる。
【0014】
さらに、本発明のセメント組成物は、中庸熱セメントと比べ減水剤による流動性の向上効果が高い。例えば、後記のように、モルタルの流動性において、本発明のセメント組成物は、中庸熱セメントと比べ混練後30分で13%程度まで向上する。
前記減水剤として、ポリカルボン酸(塩)、ナフタレンスルホン酸(塩)、メラミンスルホン酸(塩)およびリグニンスルホン酸(塩)から選ばれる少なくとも1種以上が挙げられ、特に、ポリカルボン酸(塩)を用いた場合に、流動性の向上効果が高い傾向がある。
また、減水剤の含有量(添加量)は、本発明のセメント組成物100質量部に対し固形分換算で0.1〜5質量部が好ましく、0.5〜3質量部がより好ましい。該量が0.1質量部未満では流動性の向上効果が小さく、5質量部を超えると該効果は飽和する傾向がある。
【0015】
3.低水和熱セメント組成物等の製造方法
該製造方法は、以下の(1)原料調合工程、(2)焼成工程、および、(3)仕上工程を含むものである。
(1)原料調合工程
該工程では、カルシウム原料、ケイ素原料、アルミニウム原料および鉄原料等のクリンカ原料を、前記(i)〜(iv)式のボーグ式を用いて、前記セメント鉱物等の組成の範囲になるように調合して調合原料を調製する。ここで、カルシウム原料として石灰石、生石灰、消石灰等が、ケイ素原料として珪石、粘土等が、アルミニウム原料として粘土等が、鉄原料として鉄滓、鉄ケーキ等が、イオウ原料として石膏等が挙げられる。
【0016】
前記クリンカ原料は、天然原料のほか、産業廃棄物、一般廃棄物および/または建設発生土等の廃棄物を、クリンカ原料の一部代替として用いることができる。
前記産業廃棄物として、例えば、石炭灰、生コンクリートスラッジ、建設汚泥、製鉄汚泥等の各種汚泥、ボーリング廃土、各種焼却灰、鋳物砂、ロックウール、高炉二次灰、建設廃材、および、コンクリート廃材等が挙げられる。
また、前記一般廃棄物として、例えば、浄水汚泥、下水汚泥、下水汚泥乾粉、都市ごみ焼却灰、貝殻、および、下水汚泥焼却灰等が挙げられる。
また、前記建設発生土として、建設現場や工事現場等から発生する土壌や残土等が挙げられる。
一般に、Moは、産業廃棄物、一般廃棄物、建設発生土等の廃棄物や粘土等から持ち込まれる場合が多いため、廃棄物をクリンカ原料の一部代替として用いる場合は、事前に廃棄物中のMoの含有量を把握しておき、前記Moの含有量を超えない範囲で用いる。
なお、調合原料の粉末度を調整する必要がある場合は、ボールミル等の原料粉砕機で所定の粉末度になるまで粉砕して調整する。
【0017】
(2)焼成工程
前記調合原料をロータリーキルン等の焼成炉で焼成した後、エアー・クエンチングクーラーなどで冷却することにより、本発明のクリンカが得られる。
ここで、焼成温度は、1000〜1450℃が好ましく、1200〜1400℃がより好ましい。該温度が1000〜1450℃の範囲であれば、水硬性の高いセメント鉱物が生成する傾向がある。また、焼成時間は、30〜120分が好ましく、40〜60分がより好ましい。該時間が30分未満では焼成が十分でなく、120分を超えると生産性が低下する。
【0018】
また、クリンカ中のMoの含有量が、前記範囲を超える場合は、調合原料の焼成工程において塩化揮発法や還元焼成法を用いて、Moの含有量を前記範囲内に調整することができる。
ここで、塩化揮発法とは、調合原料中に含まれるMoを、沸点の低い塩化物の形で揮発させて除去する方法である。具体的には、該方法は、Moを含む調合原料に塩化カルシム等の塩素源を添加して、ロータリーキルン等の焼成炉を用いて焼成し、生成したMoの塩化物を揮発させて除去するものである。
また、還元焼成法とは、調合原料中に含まれるMoを還元して、沸点の低い金属の形で揮発させて除去する方法である。具体的には、該方法は、Moを含む調合原料を還元雰囲気下で、および/または、還元剤を添加して、ロータリーキルン等の焼成炉を用いて焼成してMoを還元し、この還元したMoを揮発させて除去するものである。
【0019】
(3)仕上工程
前記クリンカに石膏を添加し、ボールミルやロッドミル等の粉砕機を用いて粉砕することにより、低水和熱セメント組成物が得られる。該組成物の粉末度は、強度発現性、作業性およびコストなどの観点から、ブレーン比表面積で3000〜4000cm/gが好ましく、3100〜3500cm/gがより好ましい。なお、混合方法として、前記の混合粉砕のほかに、クリンカと石膏を別々に粉砕した後に、両者を混合してもよい。
また、前記の粉砕の操作において、クリンカと石膏をそのまま粉砕してもよいが、好ましくは、粉砕効率を高めるために粉砕助剤を添加して粉砕する。該粉砕助剤として、ジエチレングリコール、トリエタノールアミンおよびトリイソプロパノールアミン等が挙げられる。これらの中でも、トリイソプロパノールアミンは、低水和熱セメント組成物の強度発現性が向上するため、より好ましい。これらの粉砕助剤の添加比率は、クリンカ100質量部に対し0.01〜1質量部が好ましい。
【0020】
なお、本発明の低水和熱セメント組成物は、さらに、高炉スラグ粉末、フライアッシュ、石灰石粉末、石炭灰、シリカ粉末、シリカフュームなどを、本発明の効果を奏する範囲内で含んでもよい。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
1.クリンカの製造
クリンカ原料として、石灰石、粘土、鉄滓、および、化学組成とMoの含有量がそれぞれ異なる3種類の下水汚泥を用いた。また、調合原料は、クリンカ中のMoの含有量が表1に示す値になるように、下水汚泥の混合量を調整して調合した。
また、調合原料の焼成は、小型のロータリーキルンを用い、焼成温度が1450℃で、クリンカ中のフリーライム(f−CaO)量が0.2±0.2%になるように焼成時間を調整して行った。得られたクリンカ1〜5のセメント鉱物組成等を表1に示す。
【0022】
2.低水和熱セメント組成物の製造
表1に示すクリンカ1〜5の100質量部に対し、二水石膏(関東化学社製 試薬1級)をSO3換算で1.3質量部、および、半水石膏(関東化学社製 試薬1級)をSO3換算で1.3質量部添加した後、小型ミルで粉砕して、ブレーン比表面積が3200±200cm/gのセメント組成物を製造した。
【0023】
3.フロー値の測定
前記セメント組成物、および、参考例として中庸熱セメントを用いてモルタルを調製し、該モルタルの混練直後および混練後30分経過時のフロー値を測定して、前記セメント組成物等の流動性を求めた。具体的には、
(i)前記セメント組成物等を用いて、質量比で、細骨材/セメント(組成物)比=2.0、水/セメント(組成物)比=0.35、および、減水剤/セメント(組成物)比=0.007(セメント組成物100質量部に対し、減水剤は0.7質量部)のモルタルを、ホバートミキサーを用いて低速で3分間混練した。
(ii)前記混錬したモルタルを、JIS A 1171:2000「ポリマーセメントモルタルの試験方法」に規定する鋼製のスランプコーン(ミニスランプコーン)の中に投入し、スランプコーンを上方へ取り去った時のモルタルの広がり(フロー値)を測定した。
なお、前記細骨材はJIS R 5201に規定する標準砂を、また、前記減水剤はポリカルボン酸系高性能AE減水剤(商品名:レオビルドSP8N、BASFポゾリス社製)を用いた。フロー値の測定結果を表1に示す。
【0024】
4.水和熱と圧縮強度の測定
前記セメント組成物等の水和熱と圧縮強度を、それぞれJIS R 5201およびJIS R 5203に準じて測定した。これらの測定結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
(1)流動性について
表1に示すように、混練後30分のモルタルのフロー値は、実施例であるクリンカ1〜4を含むセメント組成物では297〜321mmであるのに対し、比較例のセメント組成物では288mm、中庸熱セメントでは284mmである。したがって、実施例のセメント組成物の流動性は、比較例のセメント組成物と比べ最高で11%程度、中庸熱セメントと比べ最高で13%程度向上している。
【0027】
(2)水和熱について
表1に示すように、水和熱は、実施例であるクリンカ1〜4を含むセメント組成物では材齢7日で245〜257J/g、材齢28日で303〜311J/gである。これに対し、比較例のセメント組成物において材齢7日で266J/g、材齢28日で323J/gであり、また、中庸熱セメントにおいて材齢7日で265J/g、材齢28日で326J/gである。したがって、本発明のセメント組成物の水和熱は、比較例のセメント組成物や中庸熱セメントと比べ、いずれも材齢7日において最高で8%程度、材齢28日において最高で7%程度低い。
【0028】
(3)圧縮強度について
表1に示すように、圧縮強度は、実施例であるクリンカ1〜4を含むセメント組成物では材齢3日で20.0〜20.5N/mm、材齢7日で30.0〜30.7N/mm、材齢28日で56.0〜56.4N/mmである。これに対し、中庸熱セメントにおいて材齢3日で20.2N/mm、材齢7日で30.3/mm、材齢28日で56.0/mmである。したがって、本発明のセメント組成物の圧縮強度は、各材齢において中庸熱セメントと同等である。
【0029】
したがって、以上の結果から、本発明の低水和熱セメント組成物は、減水剤による流動性の向上効果が高く、水和熱が中庸熱セメントよりも低く、また、強度発現性が中庸熱セメントと同等であることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sを40〜50%、CSを30〜40%、CAを3〜5%、および、CAFを9〜13%含む低水和熱セメントクリンカであって、該クリンカ1kg当たりのMoの含有量が30mg以下である、低水和熱セメントクリンカ。
【請求項2】
前記低水和熱セメントクリンカ100質量部に対し、石膏をSO換算で1.5〜5.0質量部含む、低水和熱セメント組成物。
【請求項3】
前記低水和熱セメント組成物100質量部に対し、減水剤を固形分換算で0.1〜5質量部含む、請求項2に記載の低水和熱セメント組成物。

【公開番号】特開2013−87036(P2013−87036A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−231294(P2011−231294)
【出願日】平成23年10月21日(2011.10.21)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)