説明

低熱膨張合金

【課題】−50℃以下の極低温域においても優れた低熱膨張特性を示す低熱膨張合金を提供する。
【解決手段】重量%でニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有して、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金とする。また、当該合金を焼鈍した後に炉内にて冷却する。さらに、炉内にて毎分20℃未満の速度で冷却する。
【効果】これによって−150℃までの極低温領域から60℃までの常温域においても2.0×10−6/℃未満の平均熱膨張係数を有する低熱膨張合金となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、−50℃を下回る極低温域においても常温近傍と同等の優れた低熱膨張特性
を示す低熱膨張合金に関する。
【背景技術】
【0002】
高度1万m以上の軌道を飛行する航空機や人工衛星などに搭載される計測機器や4千メートル級以上の高山に設置する電波望遠鏡などの精密機器には、正確な計測精度が要求されるため、外部の温度変化に対してひずみ量が微小である低熱膨張特性を活用した材料が求められていた。具体的には、常温から−50℃を下回る極低温までの広い温度範囲において、安定的に優れた低熱膨張特性を有する低熱膨張合金が求められていた。
【0003】
そこで、重量%でニッケルが36%、鉄が64%から成る組成に代表される合金が熱膨張係数の小さい、いわゆる低熱膨張合金として開発され、インバー合金または不変鋼と呼ばれている。その他として、ニッケルを31%、コバルトを6%含有し、残部が主に鉄から成る組成に代表される合金(スーパーインバー合金)やコバルトを54%、クロムを9.5%含有し、残部が主に鉄から成る組成に代表される合金(ステンレスインバー合金)なども開発された。
【0004】
例えば、特許文献1では重量%でニッケルを29.5〜35%、コバルトを2.0〜7.0%、クロムを0.001〜2.0%を含有し、残部が主に鉄からなる合金であって、その熱膨張係数が0.5×10−6/℃ 〜2.0×10−6/℃の範囲である低熱膨張合金が開示されている。この合金は均質溶体化処理後、焼入れするかあるいは毎秒1℃(毎分60℃)以下の速度で冷却して焼鈍を行なった後、10%以上の冷間圧延加工を行うことで−50℃〜100℃の広い温度範囲で熱膨張係数が0.5×10−6/℃〜2.0×10−6/℃の低熱膨張特性を有している。
【0005】
また、特許文献2では、重量%でコバルトが65%以下、ニッケルが30%以下であり、コバルトおよびニッケルの合計含有量が25%以上65%以下の範囲であり、クロムを10%以下含有し、残部が主に鉄からなる低熱膨張合金が開示されている。この合金は、オーステナイト相を主体として冷間圧延加工により加工誘起マルテンサイト相を組織中に析出させることで常温から230℃までの範囲では、平均的な熱膨張係数が6.0×10−6/℃以下である旨が開示されている。ここで、加工誘起マルテンサイト相とは、外部からの応力により組織中に析出したマルテンサイト相をいう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2796966号公報
【特許文献2】特開平6−279945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に開示された合金は、前述のスーパーインバー合金(ニッケルを31%、コバルトを6%含有し、残部が主に鉄から成る組成に代表される合金)と同様に−50℃前後に変態点があると考えられるために、−50℃を下回る極低温雰囲気では相変態が起こって熱膨張係数が大きく変化する可能性があり、信頼性の面で使用できないという問題点があった。
【0008】
また、特許文献2に開示された合金は、強度向上を図るために冷間圧延加工を行い、それによって当該合金の組織がオーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態するので低熱膨張特性が得られにくいという問題があった。さらに、−50℃を下回る極低温雰囲気における当該合金の熱膨張特性については何ら示唆も開示もされていない。
【0009】
本発明の課題は、前述した問題点に鑑みて、−50℃を下回る極低温雰囲気であっても相変態を起さずに常温近傍と同等の優れた低熱膨張特性を有する低熱膨張合金を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、かかる課題を解決するために従来のステンレスインバー合金(コバルトを54%、クロムを9.5%含有し、残部が主に鉄から成る組成に代表される合金)について鋭意研究した結果、当該合金中のニッケル含有量と焼鈍した後の冷却方法が熱膨張係数を小さくするために有効であることを知得した。
【0011】
具体的には、本発明者は後述する種々の試験を行った結果、当該合金中のニッケル含有量を0.03%以上1.5%以下に限定すること、および本発明に係る合金を焼鈍した後に炉内にて冷却することで本発明に係る合金の熱膨張係数が小さくなることを知得した。
【0012】
この知得により、本発明においては重量%でニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有し、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金を焼鈍した後、炉内にて冷却する低熱膨張合金とした。
【0013】
それによって本発明に係る低熱膨張合金は、従来のステンレスインバー合金の耐食性と脆性を保持しつつ、−50℃を下回る極低温雰囲気(最低温度−150℃)でも相変態を起こさずに常温近傍(最高温度60℃)と同等の優れた熱膨張特性を有する。
【0014】
ニッケル含有量を0.03%以上1.5%以下に限定した理由は、後述の表2に示す平均熱膨張係数の結果から導いたものであるが、本発明に係る合金中のニッケル含有量および合金の組織が熱膨張係数へ及ぼす影響について、本発明者は以下のように考える。ここで平均熱膨張係数とは、所定の温度範囲で測定した熱膨張係数の平均値をいう。
【0015】
すなわち、ニッケルは組織中のオーステナイト相(γ相)を安定化させる元素であることから、合金中のニッケル含有量が増加すると組織中のオーステナイト相(γ相)が占める割合も増加し、ニッケル含有量が一定量を超えると合金の組織はオーステナイト相(γ相)のみとなる。そのため、合金中のニッケル含有量を一定範囲に調整することで、合金の組織はオーステナイト相(γ相)を主体としつつ、わずかなイプシロン相(ε相)およびフェライト相(α相)を残存させた三相から成る組織を安定して得ることができる。
【0016】
本発明者は、この知見に基いて合金中のニッケル含有量を0.03%以上1.5%以下に調整した時に本発明に係る合金の組織がオーステナイト相(γ相)、イプシロン相(ε相)、フェライト相(α相)から成る三相の組織になり、この時に後述の図1にも示すように優れた低熱膨張特性を示すことを知得した。このことから、合金中のニッケル含有量を0.03%以上1.5%以下に限定し、合金の組織を三相の組織(オーステナイト相、イプシロン相、フェライト相)とすることで当該合金の熱膨張係数を小さくできると考える。
【0017】
また、ニッケルとコバルトの合計含有量を53%以上55%以下、クロム含有量を9%以上10%以下に限定した。その理由は、ニッケルとコバルトの合計含有量が53%未満またはクロム含有量が9%未満になると、低熱膨張特性が失われるのみならず、従来のステンレスインバー合金に比べて合金の耐食性が低下するためである。また、ニッケルとコバルトの合計含有量が55%超またはクロム含有量が10%超になると、やはり低熱膨張特性が失われる上に従来のステンレスインバー合金に比べて合金の脆性が低下するためである。
【0018】
さらに、本発明に係る合金は焼鈍した後に炉内にて冷却(炉冷)することとした。これは、後述する表2に示すように本発明に係る合金を焼鈍した後に炉冷(冷却速度:2℃/分、10℃/分および20℃/分)することで、同一組成の合金を焼鈍した後に水冷(推定冷却速度:50〜70℃/秒)した場合に比べて熱膨張係数が小さくなるという試験結果から導いたものである。ここで、一般的に炉冷は熱処理対象物を毎分20℃以下の冷却速度で冷却する場合に適しており、空冷は毎分50℃〜600℃、水冷は空冷の冷却速度を超えて冷却する場合に適用される。
【0019】
本発明に係る合金の化学組成であっても、ニッケル含有量が一定量を超えた場合には2.0×10−6/℃未満の平均的な熱膨張係数を安定して得ることができなかった。そこで、請求項2に記載の発明においては、炉内にて毎分20℃未満の速度で冷却する低熱膨張合金とした。それによって、本発明に係る合金の化学組成であれば、平均熱膨張係数が2.0×10−6/℃未満の優れた低熱膨張特性を安定的に得ることができる。
【0020】
なお、本発明に係る合金の焼鈍温度は650℃以上900℃以下とすることが好ましい。焼鈍温度が650℃未満では再結晶温度を下回り、内部応力の除去や組織の軟化などの効果が十分に得られないためである。また、900℃を超えると結晶粒が粗大化する恐れがあるためである。
【発明の効果】
【0021】
以上述べたように、本発明においては重量%でニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有し、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金を焼鈍した後、炉内にて冷却することで−50℃以下の極低温雰囲気(最低温度−150℃)でも常温近傍(最高温度60℃)と同等の熱膨張係数を有する。
【0022】
また、請求項2に記載の発明においては重量%でニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有し、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金を焼鈍した後、炉内にて毎分20℃の速度で冷却することで平均熱膨張係数が2.0×10−6/℃未満の優れた低熱膨張特性を安定的に得ることができる。
【0023】
したがって、本発明に係る低熱膨張合金は使用環境が−50℃以下の極低温雰囲気(最低温度−150℃)と常温近傍(最高温度60℃)との温度域で常に変動し、温度変化による緩みやガタ付きが厳しく制限されている精密機器や測定機器に適用できるという効果を奏するものとなった。例えば、南極、北極および月面等の各種観測機器や恒温室内での使用機器などに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施例1における表1および表2に示す本発明材1、本発明材4および比較材7(本発明材4を冷間圧延加工した合金)のX線解析結果を示す図であり、同図(a)は本発明材1のX線解析結果、同図(b)は本発明材4のX線解析結果、同図(c)は比較材7のX線解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明を実施するための形態を以下に説明する。
【実施例1】
【0026】
合金の化学組成および焼鈍した後の冷却方法の違いによる熱膨張係数への影響を調査したので、その結果を表1および表2を用いて説明する。表1は、本実施例で用いた本発明材1乃至7(計7種類)および比較材1乃至7(計7種類)の計14種類の化学組成を示す。また、表2は表1で示す本発明材1乃至7、比較材1乃至6を焼鈍した後に炉冷(冷却速度:2℃/分、10℃/分および20℃/分の計3水準)した場合と水冷(推定冷却速度:50〜70℃/秒)した場合における平均熱膨張係数および比較材7の平均熱膨張係数を示す。ここで、比較材7は本発明材4を焼鈍し、毎分2℃の冷却速度で炉冷した後、板厚を5mmから3mmへ冷間圧延加工(加工率40%)を施した後に熱膨張係数を測定した。また、冷間圧延加工後は焼鈍を行っていないので、焼鈍後の冷却速度の違いによる熱膨張係数の測定は行っていない。したがって比較材7の化学組成は本発明材4と同一である。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
本実施例で用いた熱膨張係数測定用試料の作製方法について説明する。表1に示す各合金を個別に50kg真空誘導溶解炉で溶解し、鋼塊を製造した。その鋼塊の偏析を解消するために1200℃で均質化熱処理した後、丸棒(φ60mm)の形状となるよう熱間鍛造した。その丸棒から熱膨張係数測定用試料を切り出し、大気のマッフル炉にて焼鈍(焼鈍温度800℃で2時間保持)を行い、その後引き続き500℃まで毎分2℃、10℃および20℃の各冷却速度で炉冷した試料(3種類)と、水冷(推定冷却速度:50〜70℃/秒)した試料の計4種類を作製した。ここで上述の炉冷した試料(3種類)は、500℃から室温までは空冷とした。
【0030】
次に、各合金の熱膨張係数の測定方法について説明する。上述の方法で作製した表1に示す各合金を、ブルカーエイエックス社製の低温型示差熱膨張計(品番:TD5030SA)内に装入、設置して−150℃から60℃までの熱膨張係数を測定した。その測定結果に基いて、−150℃から0℃までの熱膨張係数の平均値である平均熱膨張係数(以下、α1とする)、およびと0℃から60℃までの熱膨張係数の平均値である平均熱膨張係数(以下、α2とする)の2種類の平均熱膨張係数(α1、α2)を算出した。
【0031】
表2に示すように、本発明材1乃至7のα1について、焼鈍した後に炉冷した場合はα1が0.12×10−6/℃〜2.06×10−6/℃の範囲に対して、水冷の場合は1.51×10−6/℃〜8.23×10−6/℃の範囲であった。このことから、本発明材1乃至7は焼鈍した後に炉冷することでα1を小さくできる。中でも、本発明材1乃至5を毎分2℃または10℃で炉冷した場合は、水冷した場合に比べてα1が50%以上減少して0.12×10−6/℃〜0.94×10−6/℃となった。特に、本発明材1(ニッケル含有量0.03%、ニッケルとコバルトの合計含有量54.33%、クロム含有量9.27%)を毎分2℃で炉冷した場合は、水冷した場合に比べて10分の1以下でα1が0.12×10−6/℃となり、本発明材2(ニッケル含有量0.14%、ニッケルとコバルトの合計含有量53.64%、クロム含有量9.45%)を毎分2℃で炉冷した場合は水冷の場合に比べて約8分の1でα1は0.31×10−6/℃となった。
【0032】
また、本発明材1乃至7のα2について、炉冷の場合は冷却速度に関係なくα2が0.03×10−6/℃〜1.88×10−6/℃の範囲であるのに対して、水冷の場合は1.74×10−6/℃〜8.80×10−6/℃の範囲であった。このことから、本発明材1乃至7は焼鈍した後に炉冷することでα2を小さくできる。中でも、本発明材1乃至6を毎分2℃または10℃で炉冷した場合は、α2が全て0.83×10−6/℃以下であった。特に、毎分2℃で炉冷した場合、本発明材4(ニッケル含有量0.67%、ニッケルとコバルトの合計含有量54.07%、クロム含有量9.26%)では水冷の場合に比べて7分の1以下でα2が0.23×10−6/℃となり、本発明材5(ニッケル含有量1.04%、ニッケルとコバルトの合計含有量53.94%、クロム含有量9.15%)では水冷の場合に比べて約100分の1となり、α2が0.03×10−6/℃となった。
【0033】
以上より、本発明材1乃至7の−150℃から0℃までの平均熱膨張係数α1および0℃から60℃までの平均熱膨張係数α2は、焼鈍した後に炉冷することで水冷する場合に比べて著しく減少した。特に、本発明材の1乃至7を毎分20℃未満の速度で炉冷したα1およびα2は、全て2.0×10−6/℃未満となった。中でも、本発明材の1乃至5については、全て1.0×10−6/℃未満となった。
【0034】
これに対して、一般的なステンレスインバー合金である比較材1(ニッケル含有量0.01%、ニッケルとコバルトの合計含有量54.01%、クロム含有量8.93%)のα1およびα2の結果に示すように、水冷の場合よりも炉冷の場合の方が平均熱膨張係数は減少しているが、それらはいずれも5.0×10−6/℃以上の高い平均熱膨張係数であった。以上より、ニッケル含有量が0.03%未満およびクロム含有量が9%未満である合金を焼鈍した後に炉冷することで平均熱膨張係数は大きくなった。
【0035】
また、比較材2(ニッケル含有量1.91%、ニッケルとコバルトの合計含有量53.71%、クロム含有量9.25%)のα1およびα2は、本発明材6および7とほぼ同等の値を示している。しかし、毎分2℃または10℃で炉冷した場合のα1については、2.0×10−6/℃を下回る値は得られず、従来のインバー合金である比較材6を水冷した場合のα1(1.91×10−6/℃)およびα2(1.54×10−6/℃)よりも大きくなった。
【0036】
さらに、比較材3(ニッケル含有量4.91%、ニッケルとコバルトの合計含有量53.61%、クロム含有量9.25%)および比較材4(ニッケル含有量10.11%、ニッケルとコバルトの合計含有量54.11%、クロム含有量9.23%)のα1およびα2の結果に示すように、水冷の場合が3.38×10−6/℃〜5.96×10−6/℃の範囲に対して、炉冷の場合は3.87×10−6/℃〜6.08×10−6/℃の範囲であり、水冷の場合よりも炉冷の場合の方がむしろ平均熱膨張係数は大きくなった。これは上述の本発明材1乃至7に見られる結果と逆の傾向となった。以上より、合金中のニッケル含有量が1.5%を超えると焼鈍した後に炉冷することで平均熱膨張係数は大きくなった。
【0037】
また、従来のスーパーインバー合金である比較材5(ニッケル含有量32.57%、ニッケルとコバルトの合計含有量37.71%、クロム含有量0.41%)のα2の結果に示すように、水冷、炉冷の場合ともに1.0×10−6/℃以下と平均熱膨張係数は小さいが、α1は水冷、炉冷の場合ともに5.0×10−6/℃以下と大きく、0℃から−150℃までの温度域では優れた低熱膨張特性は得られなかった。
【0038】
さらに、従来のインバー合金である比較材6(ニッケル含有量36.79%、ニッケルとコバルトの合計含有量36.80%、クロム含有量0.01%)のα1およびα2の結果に示すように、平均熱膨張係数はα1が水冷した場合に1.91×10−6/℃、α2が1.54×10−6/℃であり、いずれも2.0×10−6/℃以下の値であった。しかし、比較材6のα1およびα2は、水冷の場合よりも炉冷の場合の方が平均熱膨張係数は上昇し、焼鈍した後に毎分2℃または10℃で炉冷した本発明材1乃至7のα1およびα2の結果よりも大きい値となった。以上より、クロム含有量が9%未満およびニッケルとコバルトの合計含有量が53%未満である合金を焼鈍した後に炉冷することで平均熱膨張係数は大きくなった。
【0039】
さらにまた、本発明材4を焼鈍した後、毎分2℃の冷却速度で炉冷して冷間圧延加工した比較材7は、α1が9.05×10−6/℃、α2が8.92×10−6/℃であり、いずれの結果も本発明材1乃至7のα1およびα2の結果に比べて大きかった。このことから同一の焼鈍温度、その後の冷却条件および同一の化学組成の合金であっても、最終的に冷間圧延加工を施すことで平均熱膨張係数が大きくなった。
【0040】
以上より、本発明に係る低熱膨張合金は重量%でニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有し、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金を焼鈍した後、炉内にて冷却することによって、−50℃以下の極低温雰囲気(最低温度−150℃)でも常温近傍(最高温度60℃)と同等の低熱膨張特性を有することとなった。特に、炉内にて毎分20℃未満の速度で冷却することにより−150℃の極低温領域から60℃の常温域において平均熱膨張係数が2.0×10−6/℃未満である優れた低熱膨張特性を有することとなった。
【実施例2】
【0041】
次に、合金の冷間圧延加工による熱膨張係数への影響を調査したので、その結果を図1を用いて説明する。図1は、実施例1の表1および表2に示した本発明材1、本発明材4および比較材7(本発明材4を冷間圧延加工した合金)のX線解析結果を示す図である。同図(a)は本発明材1のX線解析結果、同図(b)は本発明材4のX線解析結果、同図(c)は比較材7のX線解析結果を示す。
【0042】
本発明材1および本発明材4のX線解析結果は、図1(a)および(b)に示すように、オーステナイト相(γ相)、イプシロン相(ε相)およびフェライト相(α相)の各ピークが確認できることから、本発明材1および本発明材4の組織は、オーステナイト相(γ相)、イプシロン相(ε相)およびフェライト相(α相)から成る三相の組織であった。
【0043】
これに対して、比較材7のX線解析結果は、図1(c)に示すようにオーステナイト相(γ相)やイプシロン相(ε相)の各ピークが確認されず、比較材7(本発明材4を冷間圧延加工した試料)の組織は、フェライト相(α相)のみから成る単相の組織であった。比較材7は、上述したように本発明材4と同一の焼鈍温度、その後の冷却条件および同一の化学組成であるにも関わらず、冷間圧延加工を施すことでフェライト相(α相)のみから成る単相の組織になった。また、上述の表2に示すように比較材7の平均熱膨張係数α1およびα2は、本発明材4のα1およびα2の8倍から23倍であった。このことから、熱膨張係数が大きくなった原因は、組織中の相構成の違いによるものと考える。
【0044】
以上より、本発明に係る合金中の組織をオーステナイト相(γ相)、イプシロン相(ε相)、フェライト相(α相)から成る三相の組織とすることが当該合金の熱膨張係数を小さくできる要因の1つと考える。
【0045】
なお、本実施例では鋼塊の製造に真空誘導溶解炉を用いたが、酸素や窒素などのガス成分を合金中に溶け込まさない様にすれば他の方法、例えばアルゴンガス等の不活性ガスを用いた大気溶解炉による製造でも構わない。
【0046】
また、本発明に係る低熱膨張合金は表2の本発明材1乃至5の結果に示すように、ニッケル含有量を0.03〜1.04%の範囲に限定することで、−150℃〜60℃の温度範囲において1.0×10−6/℃未満の平均熱膨張係数が安定して得られる。このことから、本発明に係る低熱膨張合金のニッケル含有量は重量%で0.03〜1.04%の範囲に限定する方がより好ましい。
【0047】
さらに、低熱膨張合金の熱膨張係数を安定化させる観点から、コバルト、クロム、ニッケルおよび鉄の合計含有量は99.5%以上とすることが望ましく、これらの元素を除く他の元素、例えばバナジウム、マンガン、チタン、シリコン、モリブデン、ニオブ、タンタル、タングステン等の元素を含有することは低熱膨張合金の熱膨張係数を大きくする方向に作用するので含有しないことが望ましい。炭素については0.2%以下の含有量であれば合金の熱膨張係数にあまり影響しない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、ニッケルが0.03%以上1.5%以下、ニッケルとコバルトの合計が53%以上55%以下、クロムが9%以上10%以下を含有し、残部が鉄と不可避不純物とから成る合金を焼鈍させた後、炉内にて冷却させることを特徴とする低熱膨張合金。
【請求項2】
前記炉内にて毎分20℃未満の速度で冷却させることを特徴とする請求項1に記載の低熱膨張合金。


【図1】
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【公開番号】特開2011−74454(P2011−74454A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227180(P2009−227180)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000005197)株式会社不二越 (625)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)