説明

光偏向器

【課題】KTNスキャナにおいて、偏向角の最大値は、コリメート光の直径dとKTN結晶チップの出射端の寸法によって制限される。偏向角を大きくするためKTN結晶チップの寸法を大きくすることはできるが、所要印加電圧が増加する。KTNスキャナの最大偏向角を、さらに増加させたい要請があった。また、スキャナで偏向した後の、偏向方向についての遠視野でのケラレや、収差によるビームプロファイルの崩れの問題もあった。
【解決手段】本発明は、上述の問題を解決するため、KTNチップの入力側に凸レンズを、KTNチップの出力側に凹レンズをそれぞれ挿入する。凸レンズの効果によりKTNチップ内部で入射光をビーム径の細い状態で透過させる。結晶端部で、光ビームがチップの角に当たるまでの空間に生じる余裕により、偏向角にもマージンが生じる。印加電圧をさらに増大させ、より大きな偏向角を得られる。同時に、凹レンズを組み合わせて収差を減らし、偏向方向に関するビームプロファイルの崩れを改善できる。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
本発明は、透過型光偏向器に関する。より詳細には、電気光学結晶を用いた光ビームスキャナに関する。
【0002】
現在、プロジェクターをはじめとする映像機器、レーザプリンタ、高分解能な共焦点顕微鏡、バーコードリーダ等において、レーザ光を偏向するための光制御素子に対する要求が高まっている。例えば、光ビームスキャナは、光の最も基本的な性質である光の進行方向を制御する素子である。プリンティング、ディスプレイ、イメージング、センシング、光通信など、様々な分野で光ビームスキャナが使用されている。
【0003】
光ビームスキャナに必須の光を偏向する技術としては、ポリゴンミラーを回転させる技術、ガルバノミラーにより光の偏向方向を制御する技術、音響光学効果を利用した光回折技術、MEMS(Micro Electro Mechanical System)と呼ばれるマイクロマシーン技術などが提案されている。
【0004】
ポリゴンミラーを用いた方法は、機械的な回転を利用しているため、回転速度に制限がある。ポリゴンミラーの回転速度の制限は、プリンタの印刷速度の高速化においてボトルネックとなっており、プリンタの印刷速度をさらに向上させるためには、より高速な光偏向技術が求められる。
【0005】
ガルバノミラーは、レーザ光を偏向走査するレーザスキャナ等に利用されている。しかし、従来のガルバノミラーは、小型化することが難しい。従って、ガルバノミラーを用いたレーザスキャニングシステム、およびこのシステムを用いるレーザ応用機器のより一層の小型化が難しい。
【0006】
音響光学効果を利用した光回折型の光ビームスキャナも実用化されている。しかし、この光回折型の光偏向器を用いた方法は、消費電力が大きく、小型化が困難である。また、大きい偏向角を得たり、高速動作を行うことが難しいという欠点がある。また、MEMSを用いた方法は、光偏向素子として微細なミラーを静電的に駆動するため、数十μsecの応答が限界である。
【0007】
さらに、電気光学結晶を用いた様々な光機能部品も実用化されている。これら光機能部品は、電気光学結晶に電圧を印加すると、電気光学効果により結晶の屈折率が変化することを利用している。電気光学結晶を用いた方法は、電気光学効果の速度限界まで応答可能であり、数百MHzにおよぶ応答が可能となる。これまでに、電気光学結晶を用いた光偏向素子として、LiNbO(以下、LN結晶という)、PLZTを用いた報告がある。しかしながら、LN結晶を用いた素子では、電気光学効果が小さいため、5kV/mm程度の電圧を印加しても3mrad程度の偏向角しか得られないという欠点がある。更に、PLZTを用いた素子においても、20kV/mmの印加電界に対して45mrad程度の偏向角が限界である(非特許文献1)。
【0008】
上述のように電気光学結晶では、電気光学定数が小さく、実用的な偏向角度を構成するために必要とされる電圧がkVオーダーになってしまう。kVオーダーの電圧を高速に変調するためには、駆動回路に大きな負荷がかかり、装置の大型化が避けられないという問題があった。また、kVオーダーの電圧を高速に変調すると、高周波ノイズが発生し、周辺機器へのノイズの混入という問題も生じた。
【0009】
このような中で、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTa1−xNb(0<x<1):以下KTNと示す)結晶や、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)結晶を用いた新しい動作原理に基づく、広角であって低電圧動作の偏向現象を利用した光ビームスキャナが新たに注目されている(特許文献1、非特許文献2)。KTNにおいては、二次の電気光学効果であるKerr効果の発現を利用している。また、KTNは、単純な矩形の結晶とその上下面に作成した平行平板電極とからなる構成によって動作させることができる点にも特徴がある。偏向方向は、KTN結晶に印加する電界と同じ方向となる。非特許文献2によれば、わずか±500V/mmの印加電圧と5.0mmの相互作用長で、±127mrad程度もの偏向角が得られている。KTNを使用した電子ビームスキャナは、低電圧動作で広角に偏向が可能であるという優れた利点を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開公報 WO 2006/137408 A1 明細書
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】菅間明夫、外5名、「EO導波路偏向型光スイッチの開発」、電子通信情報学会信学技報、社団法人電子通信学会、2004年10月、PN2004−59,ページ61−64
【非特許文献2】NTT技術ジャーナル2007年12月号、ページ56−59
【非特許文献3】J. Miyazu, Y. Sasaki, K. Naganuma, T. Imai, S. Toyoda, T. Yanagawa, M. Sasaura, S. Yagi and K. Fujiura, “400 kHz Beam Scanning Using KTa1-xNbxO3 Crystals” Proc. of 2010 Conf. on Lasers and Electro-Optics, CTuG5, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、透過バルク型の偏向器の代表的な構成であるKTNを用いた光ビームスキャナにも、さらに改善が望まれる問題があった。
【0013】
図1は、KTNスキャナの基本的な動作を説明する図である。矩形のKTN結晶チップ1の上下面には、平行平板電極2a、2bが接続されている。図1には示されない電圧源が2つの電極間に接続されて、KTN結晶に電圧が印加され、印加電圧に応じて偏向が生じる。KTN結晶チップ1内へz軸方向にコリメートされた入射光3を透過させる場合を考える。電極2a、2bからKTN結晶へ電圧を印加すると、KTNチップの断面において電界をかけた方向(x方向)に屈折率分布が生じる。このため、入射光3はx方向に偏向し、出射光4aおよび出射光4bの範囲でビームスキャン動作が行なわれる。図1には、遠視野におけるビームプロファイルの様子も合わせて示してある。印加電圧とともに、ビームスポットがスキャンされる。
【0014】
しかし、KTN結晶チップ1にコリメート光を入射させ、電極2a、2b間に印加する電圧を大きくしていくと、出射光4aおよび出射光4の状態よりもさらに偏向角を大きくしようとしても、コリメート光の電極側が出射端Aの結晶エッジに当たり、ビームの一部が欠落する、いわゆる「ケラレ」が生じてしまう。
【0015】
図2は、KTNスキャナにおいて生じるケラレを説明する図である。KTN結晶チップ1の電極2bの方にビームを偏向させたときを示している。入射ビームの振幅プロファイル21は、出射面の端部Aにおいてビームの一部が欠けてしまい、振幅プロファイル22のように光強度レベル低下およびビーム歪みが生じる。すなわち光ビームスキャナの偏向角の最大値は、コリメート光の直径dとKTN結晶チップ1の出射端Aの寸法によって制限されてしまう。
【0016】
ここで、KTNスキャナの最大偏向角をさらに増加させたいという要請があった。偏向角を大きくするためには、KTN結晶チップ1のチップの厚み寸法を大きくすることによって、より大きな偏向角を得ることができる。しかし、これは同時に所要印加電圧が増加を招いてしまうという問題を生じさせる。
【0017】
また、偏向角をさらに拡大させる場合、KTNスキャナに無作為に電圧増加をさせても、上述の結晶エッジで生じるケラレだけではなく、遠視野におけるビームのプロファイルにおいて別のビーム崩れを生じさせてしまう。すなわち、球面収差やコマ収差に挙げられる収差の問題を発生させてしまうことがわかってきた。球面収差とは、レンズやミラーなどによって光を集めたときに、光軸上であっても光線が1点に集まらない現象を言う。また、コマ収差とは、KTNから出たビームが遠視野像面上で1点に集まらず、遠視野像面上のビーム形状に彗星のように尾を引いた非対称なボケを発生させる現象を言う。従来のKTNスキャナでは、ビームプロファイルの崩れとして現れる上述の球面収差やコマ収差を最小限に抑えた状態、すなわちコリメート光を維持した状態で、偏向動作を実現したいという要求もあった。
【0018】
以上述べたように、従来技術のKTNスキャナの最大偏向角をさらに拡大し、また、遠視野におけるビームプロファイルの崩れも解消することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、上述の課題に鑑み、請求項1の発明は、少なくともKTa1−xNb(0<x<1)、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)、チタン酸バリウム、LN結晶、PLZTのいずれかから成る電気光学材料の、対向する2つの平行な面に電極を構成して、前記対向する電極間に印加した電圧に依存して、前記電圧により形成される電界に平行な偏向方向に、前記電気光学材料へ前記偏向方向に概ね垂直に入射する光の光路を、偏向させる光ビームスキャナにおいて、前記電気光学材料内を透過する光のビーム径を、光の伝搬ともに小さくするビーム径縮小手段と、前記電気光学結晶内から出射した出射光をコリメートする手段とを備えたことを特徴とする光ビームスキャナである。
【0020】
請求項2に記載した発明は、少なくともKTa1−xNb(0<x<1)、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)、チタン酸バリウム、LN結晶、PLZTのいずれかから成る電気光学材料の、対向する2つの平行な面に電極を構成して、前記対向する電極間に印加した電圧に依存して、前記電圧により形成される電界に平行な偏向方向に、前記電気光学材料へ前記偏向方向に概ね垂直に入射する光の光路を、偏向させる光ビームスキャナにおいて、前記電気光学結晶内のへ入射光のビーム径を拡大する凹レンズと、前記電気光学材料内を透過する光のビーム径を、光の伝搬ともに小さくするビーム径縮小手段とを備えたことを特徴とする光ビームスキャナである。
【0021】
請求項3に記載した発明は、請求項1または2の光ビームスキャナであって、前記ビーム径縮小手段は、前記電気光学材料の屈折率分布によって形成される、前記偏向方向のレンズ効果によって実現されることを特徴とする。
請求項4に記載した発明は、請求項1の光ビームスキャナであって、前記コリメートする手段は、前記電気光学材料のビーム出射側に配置され、前記偏向方向のレンズ効果を有する凹レンズまたは凹面鏡であることを特徴とする。
請求項5に記載した発明は、請求項1の光ビームスキャナであって、前記ビーム径縮小手段は、前記電気光学材料のビーム入射側に配置された、少なくとも前記偏向方向にレンズ機能を有する凸レンズであることを特徴とする。
請求項6に記載した発明は、請求項1の光ビームスキャナであって、前記ビーム径縮小手段またはコリメートする手段の少なくとも1つは、前記電気光学材料のビーム入射端面またはビーム出射端面の形状を加工することで実現されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
以上説明したように、本発明は、KTNスキャナの最大偏向角をさらに拡大し、かつ、偏向方向に関して遠視野におけるビームプロファイルの崩れも解消する。KTNスキャナのさらなる小型化も実現する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、KTNスキャナの基本的な動作を説明する図である。
【図2】図2は、KTNスキャナに生じるケラレを説明する図である
【図3】図3は、本発明の光ビームスキャナにおける偏向角の拡大効果を説明する図である。
【図4】図4は、本発明の光ビームスキャナの基本的な構成を示す図である。
【図5】図5は、KTN結晶内における屈折率分布を説明する図である。
【図6】図6は、実施例3の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。
【図7】図7は、実施例4の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。
【図8】図8は、実施例5の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。
【図9】図9は、実施例6の本発明におけるKTN結晶の構成を説明する図である。
【図10】図10は、実施例7の本発明の2次元の光ビームスキャナの構成を示した図である。
【図11】図11は、実施例8の本発明の2次元の光ビームスキャナの構成を示した図である。
【図12】図12は、本発明光ビームスキャナによる偏向角拡大の効果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、上述の問題を解決する1つの手段として、KTNチップの前段(入力側)に凸レンズを、KTNチップの後段(出力側)に凹レンズをそれぞれ挿入する。この構成によって、前段の凸レンズの効果によりKTNチップ内部において入射光をビーム径の細い状態で透過させることができる。結晶端部において、光ビームがチップの角に当たるまでの空間に余裕が出るため、ビームが欠落するまでの偏向角にマージンが生じる。印加電圧をさらに増大させて、より大きな偏向角を得ることが可能となる。同時に、ケラレが生じないのでビームプロファイルの、偏向方向の崩れも改善できる。
【0025】
図3は、本発明の光ビームスキャナにおける偏向角の拡大効果を説明する図である。従来技術では、KTNスキャナへは、コリメート光を入射させていた。ここで、KTN結晶チップ1への入射光3aが、コリメート光ではなく凸レンズによって集光された光であるとすると、KTN結晶チップ1からの出射光4a、4bのビーム径は、コリメート光が入射したときと比べ、ビーム径は小さくなっている。従って、KTN結晶チップ1の端面Aを出射する段階で、コリメート光が入射した場合とくらべて、偏向角を拡大することができる。KTN結晶チップ1の出力側に配置された凹レンズ5によって、再びコリメート光とされる段階で、偏向角はさらに拡大されて、出射光6aと出射光6bとの間の範囲で偏向することができる。以下、さらに本発明の具体的な構成例について説明する。
【実施例1】
【0026】
図4は、本発明の実施例1の光ビームスキャナの基本的な構成を示す図である。KTN結晶チップ1の上下面には、平行平板電極2a、2bが接続されている。電極2a、2bからKTN結晶へ電圧を印加すると、KTN結晶チップの断面において電界をかけた方向(x方向)に屈折率分布が生じる。このため、入射光は、印加電圧により形成される電界に平行な偏光方向、すなわちx方向に偏向し、出射光4aおよび出射光4bの範囲でビームスキャン動作が行なわれる。
【0027】
本発明では、KTN結晶チップ1に対してその入力側に配置した、偏向方向(x軸方向)に関して凸となる凸レンズ7よって、コリメート光であった入射光3が集光された入射光3aとなっている。凸レンズ7のレンズ効果によって、KTN結晶チップ1内において、コリメート光と比べてビーム径が細い状態で入射光3aを透過させることができる。KTN結晶チップ1から出た出射光4a、4bは、KTN結晶チップ1の出力側に配置したシリンドリカル凹レンズ5によって、コリメートされる。このとき、偏向角がさらに拡大されて、出射光6a、6bの範囲でビームスキャン動作が行なわれる。また、図4の構成による2次的効果として、入射させるビームを細くできるので、従来と同じ偏向角を得ようとする場合、従来技術のチップと比べてより小さいサイズの結晶チップを使って偏向動作が可能となる。ビームスキャナを、よりコンパクトにすることができる。
【0028】
シリンドリカル凹レンズ7は、偏向方向についてレンズ機能を持っていれば、円柱レンズ、アモナルフィックレンズ(プリズム)やKTN可変焦点レンズなどでも良い。
【実施例2】
【0029】
図4に示した実施例1の構成において、偏向方向(x軸方向)に関して凸レンズの機能をKTN結晶に併せ持たせることによっても、同様に偏向角を拡大することができる。非特許文献3を参照すれば、KTN結晶において凸レンズ機能を併せ持たせ得ることは、次のように説明ができる。
【0030】
KTNチップの上下面を一様なチタン電極にすると、DC電圧を印加することにより結晶中に電子が注入される。KTN結晶中には電子トラップが存在するため、DC電圧印加後も結晶中にトラップに捕獲された電子が存在する。ここではトラップの捕獲された電子は空間的に一様であると仮定し、その密度をNとする。この状態でKTNチップに対して変調電圧を印加すると、ガウスの法則により、電極からの距離をxとした場合の電界分布E(x)は以下の式で表される。
【0031】
【数1】

【0032】
ここで、eは電気素量、εは比誘電率、dはKTN結晶チップの厚み、Vは電極に印加する電圧をそれぞれ示す。
上述のKTN結晶チップの形状における屈折率分布Δn(x)は、以下の式で表すことができる。
【0033】
【数2】

【0034】
ここで、gijは電気光学係数である。
【0035】
図5は、KTN結晶内における屈折率分布を説明する図である。式(1)および式(2)からわかるように、KTN結晶チップに電圧を印加することによる電界分布E(x)は、xの関数で線形である。しかし、屈折率Δnはxの二次関数となっている。従って、屈折率分布は、図5の破線ではなく実線の二次関数状のプロファイルを持つ。偏向現象はKTNへの電圧の印加で屈折率に傾斜が生じ、屈折率の高い方向に光が曲がることに拠る。屈折率分布プロファイルが破線の線形プロファイルであれば、ビームは発散したり、収束したりはしない。しかし、屈折率分布プロファイルが実線のようにプラス側に山の状態で傾斜すると、レンズでいう凸状態の屈折率の傾斜となる。これによりKTN結晶内のビームは、この屈折率のレンズ効果で収束するようになる。このように、チップ断面において屈折率分布が空間的に凸となり、KTN結晶チップ自体に凸レンズの機能を持たせることができる。
【0036】
本実施例2では、KTN結晶が偏向方向に凸レンズ機能を持っていれば、図4の実施例1の構成における入力側の凸レンズ7が不要となる。すなわち、図3に示した構成において、KTN結晶チップ1が、偏向方向(x軸方向)に凸レンズ機能を持ったKTN結晶で構成され、このとき入射光3aとしてコリメート光を入射すれば良い。
【0037】
ここで、出力側のシリンドリカル凹レンズ5は、凸レンズ機能を持たせたKTNによって生じる収差の補正機能を担うこともできる。一般的に、1枚の凸レンズは球面収差を持つことが知られている。このような球面収差を少なくするには、凸凹レンズを組合せることによって、本来の光学系としての凸レンズとは別に凹を使用することが理想とされている。本発明は、偏向方向に凸レンズ機能をもたせることに加えて、凹レンズによって偏向角拡大を実現し、さらに収差補正機能を担う構造となっている。
【実施例3】
【0038】
KTN結晶が偏向方向に十分な凸レンズ機能を持っている場合、偏向角拡大という点からは実施例2の記載の光ビームスキャナの効果には有効ではないものの、球面収差の点で効果が発揮されるように、入力側に凹レンズを配置する構成とすることもできる。
【0039】
図6は、実施例3の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。KTN結晶チップは、偏向方向(x軸方向)に凸レンズ機能を持ったKTNチップ1aであり、平行平板電極2a、2bが接続されている点は、これまでの実施例の構成と同じである。本実施例では、KTN結晶チップ1の入力側に凹レンズ8を配置している。
【0040】
本実施例では、凸レンズ機能を持ったKTN結晶チップ1の入射ビーム3aと出射ビーム6a、6bとは、ほぼ同一の径を持っている。入射ビーム3aは、凹レンズ8のレンズ効果によって、一旦は広がったビームとなる。その後、KTN結晶チップのレンズ効果によって、再び入射ビームと概ね同じ径の出射ビーム6a、6bとなってチップから出射する。凸レンズ機能を持ったKTN結晶チップ1での球面収差を、実施例2の構成における凹レンズ5(図3を参照)を入力側に移しても抑えることができる。本実施例の構成によっても、実施例2と同様の収差補正効果が得られる。
【実施例4】
【0041】
図7は、実施例4の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。本実施例のように、実施例2の構成における出射側の凹レンズ5の代わりに、凸面鏡9を利用することができる。KTN結晶チップは、偏向方向に凸レンズ機能を持ったKTN結晶チップ1aであり、平板電極2a、2bが接続されている。コリメートした入射光3は、KTN結晶の凸レンズ機能によってビーム径が細くなり、KTN結晶チップ1aからの出射光4a、4bは、凸面鏡9に到達する。出射光4a、4bは、凸面鏡9によってコリメートされて、さらに出射光6a、6bが得られる。
【実施例5】
【0042】
図8は、実施例5の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。実施例4の構成をさらに多重反射させる構成としている。偏向方向に凸レンズ機能を持ったKTN結晶チップ1aの両側に、それぞれシリンドリカル凸面鏡10、11を配置している。図8の(a)は、偏向方向(x軸)と光が往復する方向(z軸)を含むx−z面で光路を示している。図が複雑になるため、光ビームスキャナへ入射光と光ビームスキャナから出射光の経路などは、図に記載されていない。光スキャナへの光の入出力の全体経路は、(b)のy−z面によって示されている。図8の(b)において、右方からKTN結晶チップ1aへ入射するコリメート光3は、2つの凸面鏡10、11とKTN結晶チップを経由して、多重反射しながら往復して進む。最後に、KTN結晶チップ1aから出射光4が出射する。
【0043】
入射光3は、偏向方向に凸レンズ機能を持つKTN結晶の内部を、ビーム径が細い状態で透過し、端面Bを出て凸面鏡11へ入射する。凸面鏡11でコリメート光として反射した後に、再び端面BからKTN結晶チップ1へ再入射する。端面Aを出た光は、今度は、凸面鏡10で反射され、KTN結晶チップ1aを透過して端面Bから出射光4が出る。
【0044】
多重反射させることによって、KTN結晶チップ内を1回だけ透過する構成の場合よりも、より大きな偏向角が得られる。
【実施例6】
【0045】
図9は、実施例6の本発明におけるKTN結晶の構成を説明する図である。実施例3、4、5で説明したKTN結晶に持たせる凸レンズ機能は、KTN結晶自体の屈折率分布だけでなく、光の入射面および出射面を加工することによっても同様に実現できる。すなわち、(a)に示したように、KTN結晶チップ1の、端面Aおよび端面Bをそれぞれレンズ機能を持つように加工することができる。
【0046】
また、実施例1、実施例2で示したKTN結晶の出力側に配置する凹レンズの機能についても、KTN結晶の出射面に加工を施すことによって、KTN結晶自体にその機能を持たせることができる。すなわち、(b)に示したように、KTN結晶チップ1の端面Aにおいて端面形状を加工して、凸レンズ機能を併せて持たせることもできる。
【実施例7】
【0047】
図10は、実施例7の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。上述の実施例は、1つの方向のみについて光を偏向する1次元のビームスキャナであったが、これを異なる方向で組み合わせることによって、2次元の光ビームスキャナも実現可能である。本実施例では、KTN結晶が偏向方向にレンズ機能を有している場合を考え、入射光は、コリメート光で良い。本実施例は、実施例2の構成を2次元に組み合わせたものである。
【0048】
図10の実施例では、入射光3を2次元で偏向させるために、x軸方向に偏向させる第1のKTN結晶チップ1aと、y軸方向に偏向させる第2のKTN結晶チップ1bを備えている。第1のKTN結晶チップ1aは、上下に平行平板電極2a、2bを有しており、同様に図には示していないが第2のKTN結晶チップ1bも、電圧印加用に2つの電極を持っている。2つのKTN結晶チップの間には、偏光方向を回転させる1/2波長板13が挿入される。
【0049】
第2のKTN結晶チップ1bの出力側に、x軸方向にレンズ機能を持つ第1の凹レンズ17および、y軸方向にレンズ機能を持つ第2の凹レンズ18が配置される。本構成により、従来技術よりも拡大した偏向角で、x−y面内で2次元に光ビームスキャンを実行できる。尚、本実施例では、凹レンズを別個の2つのレンズで構成したが、別個の2つの凹レンズを1つの凹レンズによって実現しても良い。このとき、その凹レンズはx軸方向とy軸方向とで、焦点距離が異なることになる。
【実施例8】
【0050】
図11は、実施例8の本発明の光ビームスキャナの構成を示した図である。本実施例は、実施例7とは異なる構成の組み合わせで、2次元のビームスキャンを実現する。KTN結晶が偏向方向にレンズ機能を有している場合を考え、入射光は、コリメート光で良い。本実施例は、実施例2の構成および実施例3の構成を組み合わせたものである。
【0051】
図11に示した実施例では、入射光3を2次元で偏向させるために、x軸方向に偏向させる第1のKTN結晶チップ1aと、y軸方向に偏向させる第2のKTN結晶チップ1bを備えている。第1のKTN結晶チップ1aは、上下に平行平板電極2a、2bを有しており、同様に図には示していないが第2のKTN結晶チップ1bも、電圧印加用に2つの電極を持っている。2つのKTN結晶チップの間には、偏光方向を回転させる1/2波長板13が挿入される。
【0052】
第1のKTN結晶チップ1aの入力側に、x軸方向にレンズ機能を持つ第1の凹レンズ19が、第2のKTN結晶チップ1bの出力側に、y軸方向にレンズ機能を持つ第2の凹レンズ20がそれぞれ配置される。本構成により、従来技術よりも拡大した偏向角で、x−y面内で2次元に光ビームスキャンを実行できる。
【実施例9】
【0053】
最後に、具体的な構成例による偏向角の拡大例を示す。先に述べた実施例1の構成において、入力側の凸レンズの焦点距離をf、出力側の凹レンズの焦点距離をfとして、後述する式(4)で与えられる距離dに焦点距離fのレンズを挿入することによって、ビーム偏向角の拡大が抑えられる。これによって、後述するように、偏向方向に生じる球面収差によるビームプロファイルの崩れも補正が可能となる。
【0054】
2つのレンズによるレンズの結合公式は式(3)で与えられる。
【0055】
【数3】

【0056】
ここで、分母が0(ゼロ)となればfは∞となり、すなわち、2つのレンズの構成がコリメータの性能を有することを意味する。したがって、分母を0(ゼロ)とする条件より、次式(4)を得ることができる。
+f=d 式(4)
このレンズ2つの組み合わせによって構成可能な、fの焦点距離を有する凹レンズを実施例の1の構成に組み合わせることによって、偏向方向に生じる球面収差によるビームプロファイルの崩れが補正が可能となる。
【0057】
例えば、KTN結晶チップ自体に入力側のシリンドリカル凸レンズの効果を持たせ、KTNチップの焦点距離をf=40mm、シリンドリカル凹レンズの焦点距離をf=−25mmとし、KTNチップとレンズとの距離をd=15mmとすると、図12に示したようにビームはコリメート光となり、偏向角が90mrad(約5.2°)から140mrad(約8.0°)に拡大した。
【0058】
図12の(a)は、従来のKTNビームスキャナ単体で、最大にビームを偏向させたときの遠視野におけるビームスポットを一定電圧間隔(100V毎)で、示したものである。(b)は、本発明の上述のKTNビームスキャナで、最大にビームを偏向させたときのビームスポットを一定電圧間隔(50V毎)で、示したものである。
【0059】
ここで、偏向方向についての各ビームスポットのプロファイルの崩れも、KTN結晶チップの出力側に凹レンズを使用することで解消される効果がある点にも注目すべきである。すなわち、本発明は、偏向角の拡大と、偏向方向に生じる球面収差によるビームプロファイルの崩れの解消とを同時に実現できる優れた効果を持っている。
【0060】
上述の説明では、電気光学結晶として、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTa1−xNb:KTN)結晶を例として説明をしてきたが、偏向角の拡大は、他の電気光学結晶にも適用できる。例えば、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)結晶、チタン酸バリウム、LN結晶、PLZTがある。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、光学機器に利用することができる。特に、プリンティング、ディスプレイ、イメージング、センシング、光通信など、様々な分野の光ビームスキャナに利用できる。
【符号の説明】
【0062】
1、1a、1b KTN結晶チップ
2a、2b 電極
3、3a 入射光
4a、4b、6a、6b 出射光
5、8、17、18 凹レンズ
7 凸レンズ
9、10、11 凸面鏡
13 1/2波長板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともKTa1−xNb(0<x<1)、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)、チタン酸バリウム、LN結晶、PLZTのいずれかから成る電気光学材料の、対向する2つの平行な面に電極を構成して、前記対向する電極間に印加した電圧に依存して、前記電圧により形成される電界に平行な偏向方向に、前記電気光学材料へ前記偏向方向に概ね垂直に入射する光の光路を、偏向させる光ビームスキャナにおいて、
前記電気光学材料内を透過する光のビーム径を、光の伝搬ともに小さくするビーム径縮小手段と、
前記電気光学結晶内から出射した出射光をコリメートする手段と
を備えたことを特徴とする光ビームスキャナ。
【請求項2】
少なくともKTa1−xNb(0<x<1)、K1−yLiTa1−xNb(0<x<1、0<y<1)、チタン酸バリウム、LN結晶、PLZTのいずれかから成る電気光学材料の、対向する2つの平行な面に電極を構成して、前記対向する電極間に印加した電圧に依存して、前記電圧により形成される電界に平行な偏向方向に、前記電気光学材料へ前記偏向方向に概ね垂直に入射する光の光路を、偏向させる光ビームスキャナにおいて、
前記電気光学結晶内のへ入射光のビーム径を拡大する凹レンズと、
前記電気光学材料内を透過する光のビーム径を、光の伝搬ともに小さくするビーム径縮小手段と
を備えたことを特徴とする光ビームスキャナ。
【請求項3】
前記ビーム径縮小手段は、前記電気光学材料の屈折率分布によって形成される、前記偏向方向のレンズ効果によって実現されることを特徴とする請求項1または2に記載の光ビームスキャナ。
【請求項4】
前記コリメートする手段は、前記電気光学材料のビーム出射側に配置され、前記偏向方向のレンズ効果を有する凹レンズまたは凹面鏡であることを特徴とする請求項1に記載の光ビームスキャナ。
【請求項5】
前記ビーム径縮小手段は、前記電気光学材料のビーム入射側に配置された、少なくとも前記偏向方向にレンズ機能を有する凸レンズであることを特徴とする請求項1に記載の光ビームスキャナ。
【請求項6】
前記ビーム径縮小手段またはコリメートする手段の少なくとも1つは、前記電気光学材料のビーム入射端面またはビーム出射端面の形状を加工することで実現されることを特徴とする請求項1に記載の光ビームスキャナ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2012−150409(P2012−150409A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10962(P2011−10962)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(000102739)エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社 (265)
【Fターム(参考)】