説明

光学活性乳酸の製造法

【構成】アルカリゲネス属、コリネバクテリウム属、ミクロバクテリウム属またはオブサムバクテリウム属に属し、DL−ラクトニトリルに対し立体選択的なニトリル加水分解活性を有する微生物を使用して、DL−ラクトニトリルから直接優位量のD−乳酸またはL−乳酸を製造する方法。
【効果】DL−ラクトニトリルから直接優位量(50〜100%)の目的とする光学活性乳酸を製造することができ、化学量論的に全ての原料を光学活性乳酸に変換することも可能であり、極めて効率のよい光学活性乳酸の製造法を提供し得る。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、光学活性乳酸の生物学的製造法に関する。光学活性乳酸は、光学活性医農薬のキラルセンターとして使用され、とりわけ、D−乳酸については光学活性除草剤の中間体であるL−2−クロロプロピオン酸の原料として需要が見込まれている。また、光学活性乳酸のポリマーの用途開発に関する研究も多く、医療用材料などとして将来的な利用が期待されている。
【0002】
【従来の技術と問題点】従来、生物学的方法によるDL−ラクトニトリルから乳酸を製造する方法に関しては、バシルス属、バクテリジウム属、ミクロコッカス属またはブレビバクテリウム属の細菌を用いる方法(特公昭58-15120号公報参照)、コリネバクテリウム属の細菌を用いる方法(特開昭61-56086号公報参照) 、コリネバクテリウム属、ノカルディア属、バシルス属、バクテリジウム属、ミクロコッカス属またはブレビバクテリウム属の細菌を用いる方法(特開昭61-162191 号公報参照)およびシュードモナス属、アースロバクタ−属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、コクリオボラス属またはフザリウム属の微生物を用いる方法(特開昭63-222696号公報参照) などが知られている。しかし、これらの方法はラセミ体の乳酸製造に関するものであり、光学活性乳酸の製造に関するものではない。
【0003】一方、光学活性オキシ酸の製造法については、L−α−オキシ酸の製造方法(特公昭54-14668号公報参照)および光学活性α−置換有機酸の製造方法(特開平2-84198 )として、それぞれトロプシス属の酵母およびアルカリゲネス属、シュードモナス属、ロドシュードモナス属、コリネバクテリウム属、アシネトバクター属、バシルス属、マイコバクテリウム属、ロドコッカス属またはキャンディダ属に属する微生物を用いる方法が知られている。しかしながら、これらの方法はラセミ体の原料から直接優位量の光学活性体を製造するものではなく、しかもDL−ラクトニトリルからの光学活性乳酸の製造に関する具体例も無く、光学活性乳酸が効率よく高い光学純度で製造し得るかどうかは全く不明である。
【0004】
【発明が解決しようとする問題点】本発明者らは、上述の状況に鑑み、DL−ラクトニトリルから光学活性乳酸の工業的に有利な製造法を開発すべく鋭意検討した。その結果、極性溶媒中でDL−ラクトニトリルにニトリル不斉加水分解活性を有する特定の微生物を作用させることにより、効率よく光学活性乳酸を得ることができることを見出した。ラクトニトリルは極性溶媒中でアセトアルデヒドと青酸との間で解離平衡する性質があるため結果的にラセミ化反応がおこること、このラセミ化様式と微生物の有するニトリル不斉加水分解酵素とを共役させることにより、DL−ラクトニトリルから直接優位量の目的とする光学活性乳酸を製造することができ、化学量論的に全ての原料を目的とする光学活性乳酸に変換することも可能である。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0005】すなわち、本発明は、アルカリゲネス(Alcaligenes) 属、コリネバクテリウム(Corynebacterium) 属、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属またはオブサムバクテリウム(Obsumbacterium)属に属し、DL−ラクトニトリルに対し立体選択的なニトリル加水分解活性を有する微生物または該処理物を、極性溶媒中で、DL−ラクトニトリルに作用させることにより、原料のDL−ラクトニトリルから直接優位量のD−乳酸またはL−乳酸を生成せしめることを特徴とする光学活性乳酸の製造法、である。
【0006】本発明で使用する微生物は、具体的には、アルカリゲネス(Alcaligenes) sp.BC20〔微工研菌寄第11264 号〕、コリネバクテリウム フラベセンス(Coryneba-cterium flavescens) IAM 1642、ミクロバクテリウム ラクティカム(Microbac-terium lacticum) IAM 1640 およびオブサムバクテリウム プロテウス(Obsumb-acterim proteus) ATCC 12841 が挙げられ、またこれらの変異株を用いることもできる。
【0007】これらの微生物のうち、コリネバクテリウム フラベセンス IAM 1642 、ミクロバクテリウム ラクティカム IAM 1640 およびオブサムバクテリウム プロテウス ATCC 12841 は公知であり、各々東京大学応用微生物研究所(IAM) およびアメリカン タイプカルチャー コレクション(ATCC)から容易に入手することができる。
【0008】アルカリゲネス sp. BC20 〔微工研菌寄第11264 号〕は本出願人により自然界から新たに分離されたものであり、上記寄託番号にて工業技術院 微生物技術研究所(微工研)に寄託されており、その菌学的性質は以下の通りである。
【0009】
BC20菌株形 態 桿 菌グラム染色性 −芽 胞 −運動性 +鞭 毛 周 毛オキシダ−ゼ +カタラ−ゼ +OF アルカリ化3-ケトラクトースの産生 −キノン系 Q−8
【0010】以上の菌学的性質をBergey's Manual of Systematic Bacteriology 1986 、に従って分類するとBC20菌株はアルカリゲネス属に属する細菌と同定された。
【0011】次に本発明の一般的実施態様について説明する。本発明に使用される微生物の培養には、通常資化しうる炭素源、窒素源および微生物の生育に必要な無機栄養素を含有する培地が用いられる。例えば、炭素源としてグルコ−ス、グリセロ−ル、シュ−クロ−ス等、窒素源として酵母エキス、ペプトン、硫酸アンモニウム等、無機栄養源としてりん酸水素二カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化第二鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛等が使用される。また、培養の初期または中期に生育を大きく阻害しない濃度のニトリル類(2−クロロプロピオニトリル、アセトニトリル、プロピオニトリル、ノルマルブチロニトリル、イソブチロニトリル、ベンゾニトリル、ベンジルシアナイド、3−シアノピリジン等)、これらニトリルに対応するアミド類、ラクタム類(ε−カプロラクタム、γ−ブチロラクタム等)などを添加することは、より高い酵素活性が得られるので好ましい。
【0012】培養は、好気的条件下でpH 4〜10、温度20〜90℃、培養時間24〜96時間で、それぞれの微生物に適した範囲に制御しつつ行えばよい。
【0013】DL−ラクトニトリルの加水分解反応は、上記培養条件により得た微生物の菌体またはその処理物(菌体の破砕物、粗・精製酵素、固定化菌体・酵素等)を、極性溶媒中で、DL−ラクトニトリ ルと接触させればよく、これによりDL−ラクトニトリルから優位量(50〜100%)の目的とするD−乳酸またはL−乳酸を高収率で得ることができる。極性溶媒としては、代表的には水、生理食塩水、りん酸緩衝液等の水性媒体であり、その他メタノ−ル、エタノ−ル等の低級アルコ−ル、ジメチルホルムアミド、ジオキサン等の有機溶媒も適宜上記水性媒体に混合使用することができる。尚、本加水分解反応はDL−ラクトニトリルの代わりにアセトアルデヒドと青酸を使用しても行うことができる。
【0014】通常、反応液中のDL−ラクトニトリルは0.01〜10重量%、DL−ラクトニトリルに対する微生物の使用量は乾燥菌体量として0.01〜5重量%、pHは3〜12、好ましくは6〜10、反応温度は氷点〜70℃、好ましくは10〜50℃で、0.5 〜72時間反応させればよい。
【0015】反応液からの目的とする光学活性乳酸の単離には、遠心分離等により菌体を除去後、濃縮、電気透析、イオン交換、抽出、晶析など公知の方法を利用することができる。
【0016】
【発明の効果】本発明によれば、DL−ラクトニトリルから直接優位量(50〜100%)の目的とする光学活性乳酸を製造することができ、化学量論的に全ての原料を目的とする光学活性乳酸に変換することも可能であり、極めて効率のよい光学活性乳酸の製造法を提供し得る。
【0017】
【実施例】以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
【0018】実施例1(1) 培 養下記培地10ml(φ22mm試験管中)に表−1に示す菌株を接種し、30℃、2日間振とう培養を行った。
【0019】培地 (pH 7.2)グリセロール 20 g酵母エキス 3 g2-クロロプロピオニトリル 1 gりん酸水素二カリウム 3 g塩化マグネシウム 0.2 g塩化カルシウム 40 mg硫酸マンガン・4水塩 4 mg塩化第二鉄・7水塩 0.7 mg硫酸亜鉛・7水塩 0.1 mg蒸留水 1000 ml
【0020】(2) 加水分解反応得られた培養液から菌体を遠心分離にて回収し30mMりん酸緩衝液(pH 7.0)で洗浄し、沈澱した菌体を同りん酸緩衝液5mlに再懸濁した。これに終濃度10mMのDL−ラクトニトリルを添加し、30℃で24時間反応させた。反応終了後、反応液を遠心分離して菌体を除去した後、上清液を三菱化成株式会社製MCI-GEL-CRS10Wを充填剤とするカラム、あるいはD乳酸およびL乳酸脱水素酵素とニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを用いる酵素法により乳酸の定量とその光学純度を測定した。結果を表−1に示した。
【0021】
【表1】


注) 光学純度は、D体を基準とし、100%eeで全てD体を、-100%ee で全てL体の組成であることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 アルカリゲネス(Alcaligenes) 属、コリネバクテリウム(Cory-nebacterium)属、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属またはオブサムバクテリウム(Obsumbacterium)属に属し、DL−ラクトニトリルに対し立体選択的なニトリル加水分解活性を有する微生物または該処理物を、極性溶媒中で、DL−ラクトニトリルに作用させることにより、原料のDL−ラクトニトリルから直接優位量のD−乳酸またはL−乳酸を生成せしめることを特徴とする光学活性乳酸の製造法。

【公開番号】特開平5−219987
【公開日】平成5年(1993)8月31日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−54126
【出願日】平成4年(1992)2月6日
【出願人】(000003953)日東化学工業株式会社 (11)