説明

内燃機関用点火装置

【課題】機関の始動時の点火位置の制御をきめ細かく行って始動性を向上させることができる内燃機関用点火装置を提供する。
【解決手段】信号発生器2が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間をクランキング速度判定時間Txとして計測して、計測した判定時間が第1の設定時間T1以下でクランキング速度が十分に高い場合には直ちに点火回路1に点火信号を与え、計測した判定時間が第1の判定時間T1を超え、第2の設定時間T2以下であって、クランキング速度が不足しているが点火位置を遅角させれば始動が可能である場合には、判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角だけ固定点火位置よりも遅れたクランク角位置で点火信号を発生させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロプロセッサを用いて内燃機関の点火位置を制御する内燃機関用点火装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関用点火装置は、点火信号が与えられたときに点火用の高電圧を発生する点火回路と、内燃機関のピストンの上死点に相応するクランク角位置である上死点位置よりも進角した位置に設定された基準クランク角位置θ0及び基準クランク角位置θ0よりも遅れ、上死点位置よりは進んだクランク角位置である固定点火位置θ1でそれぞれ基準信号及び固定点火位置信号を発生する信号発生器と、信号発生器が発生する信号から得られる内燃機関の回転情報に基づいて点火信号の発生位置を制御する点火制御部とにより構成される。
【0003】
点火制御部は、例えば、信号発生器が出力する基準信号の発生周期から機関の回転速度を演算する回転速度演算手段と、演算された回転速度に対して点火位置を演算する点火位置演算手段と、クランク軸が基準クランク角位置から演算された点火位置まで回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データとして演算する点火位置検出用計時データ演算手段と、信号発生器が基準信号を発生したときに点火位置検出用計時データを点火タイマ(マイクロプロセッサ内に設けられたタイマ)にセットしてその計測を開始させるタイマセット手段と、点火タイマがセットされた点火位置検出用計時データの計測を完了したときに点火信号を発生する点火信号発生回路とにより構成される。
【0004】
マイクロプロセッサにより点火位置を制御する場合には、上記のように、信号発生器が出力する信号の発生周期から演算した回転速度に基づいて点火位置検出用計時データを演算して、その計時テータを計測することにより点火位置を検出するため、回転速度を演算する際の機関の回転速度と、点火位置を計測する際の機関の回転速度とが一致していることが必要とされる。
【0005】
機関の定常運転時には機関の回転が安定しているため、上記のように点火位置検出用計時データを計測することにより点火位置を検出するようにしてもなんら問題がないが、機関の始動時及びアイドリング時には、クランク軸の回転速度が機関の行程変化に伴って細かく変動するため、点火位置検出用計時データを計測することにより演算された点火位置を正確に検出することはできない。そのため、少なくとも機関の始動時には、信号発生器が固定点火位置信号を発生するクランク角位置(固定点火位置)で点火信号を発生させて点火動作を行わせている。内燃機関の始動時の点火位置(点火動作が行われるクランク角位置)は、ピストンが上死点に達するクランク角位置(上死点位置という。)の直前に設定されるため、固定点火位置信号の発生位置は、上死点位置よりもわずかに進角した位置に設定される。
【0006】
内燃機関の始動装置としては、リコイルスタータやキックスタータ等の人力を利用したものと、スタータモータを用いた電動式のものとが用いられている。いずれの始動装置が用いられる場合でも、始動時にクランク軸の回転に勢いがない状態で上死点前の点火位置で点火が行われると、ピストンが押し戻される現象が生じ、機関の始動に失敗する。始動時にピストンが押し戻される現象が生じると、電動式の始動装置が用いられている場合には、始動装置が破損するおそれがある。また人力による始動装置が用いられている場合に、始動時にピストンが押し戻される現象が生じると運転者に危害が及ぶおそれがある。
【0007】
そこで、機関の始動時の点火位置を上死点位置よりも遅らせることが考えられるが、信号発生器が固定点火位置信号を発生する位置を上死点位置よりも遅らせると、アイドリング時にも点火位置を遅らせることになるため、アイドリング回転を安定に行わせることができなくなる。この場合、アイドリング時の点火位置をマイクロプロセッサにより演算された点火位置を検出する手法により定めることも考えられるが、アイドリング時には機関の行程変化に伴ってクランク軸の回転速度が細かく変動し、点火位置を正確に決めることが困難であるため、アイドリング時に演算された点火位置で点火を行わせようとすると、機関のアイドリング回転を安定させることが難しくなる。
【0008】
上記の問題を解決するため、特許文献1に示されているように、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間を計測し、計測した時間が許容上限値を超えているときにクランキング速度に勢いがないと判断して、点火信号の発生を中止させるようにした内燃機関用点火装置が提案されている。
【0009】
また特許文献2に示されているように、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの経過時間を計測して、計測した経過時間Tが許容上限値T1を超えているときに、図6に示したように、点火位置を固定点火位置θ1よりも一定の角度θDだけ遅れた点火位置θaとするようにした内燃機関用点火装置が提案されている。
【特許文献1】特開平9−144636号公報
【特許文献2】特開平6−213126号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
機関を始動させるためにクランキングを行わせた際の機関の状態としては、次の3つのケースが考えられる。
(a)クランク軸の回転の勢いが不足しているため、機関のピストンが上死点を越えることができない。
(b)クランク軸の回転には、ピストンが上死点を越えることができるだけの勢いがあるが、上死点位置よりも前の固定点火位置で点火させるとピストンが押し戻され、機関の始動に失敗する。
(c)クランク軸の回転に勢いがあり、上死点位置よりも前の固定点火位置で点火を行ってもピストンが上死点を超えることができる。
【0011】
特許文献1に示されたように、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間を計測し、計測した時間が許容上限値を超えているときにクランキング速度に勢いがないと判断して、点火信号の発生を中止させるようにした場合には、ピストンが押し戻される現象が生じるのを防ぐことはできるが、上記(c)の場合にしか機関を始動させることができないため、機関の始動性が悪くなるという問題があった。
【0012】
また特許文献2に示されたように、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの経過時間Tを計測して、計測した経過時間Tが許容上限値を超えているときに、点火位置を固定点火位置θ1より一定の角度θDだけ遅れた点火位置θaとするようにした場合には、クランキング速度が始動可能範囲の下限まで低下した状態を想定して点火位置の遅れ角θDを十分に大きく設定する必要がある。そのため、特許文献2に記載された発明によった場合には、クランキング速度が僅かに不足する場合でも、点火位置が大幅に遅角させられることになり、機関の始動時の出力トルクが不足気味になって、機関の始動性が悪くなるという問題があった。
【0013】
本発明の目的は、機関の始動時の点火位置をきめ細かく制御して、機関の始動性を向上させることができるようにした内燃機関用点火装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、点火信号が与えられたときに点火用の高電圧を発生する点火回路と、内燃機関のピストンの上死点に相応するクランク角位置である上死点位置よりも進角した位置に設定された基準クランク角位置θ0及び前記基準クランク角位置よりも遅れ、前記上死点位置よりは進んだ固定点火位置θ1でそれぞれ基準信号及び固定点火位置信号を発生する信号発生器と、前記信号発生器が発生する信号から得られる内燃機関の回転情報に基づいて前記内燃機関の始動時及び定常運転時にそれぞれ前記点火信号の発生位置を制御する始動時点火制御部及び定常運転時点火制御部とを備えた内燃機関用点火装置を対象とする。
【0015】
本発明においては、上記始動時点火制御部が、内燃機関のクランキング時に基準信号が発生してから固定点火位置信号が発生するまでの時間をクランクキング速度判定時間Txとして計測するタイマ手段と、内燃機関のクランキング時に固定点火位置θ1でタイマ手段により計測されている判定時間Txが第1の設定時間T1以下のときには直ちに点火指令を発生させ、判定時間Txが第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下のときには前記判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火指令を発生させ、判定時間Txが第2の設定時間T2を超えているときには点火指令の発生を禁止するように点火指令の発生を制御するクランキング時点火制御手段と、点火指令の発生時に点火回路に点火信号を与える点火信号供給回路とを備えている。
【0016】
上記第1の設定時間T1は、固定点火位置で点火を行わせても内燃機関のピストンが上死点を越えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N2で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間に等しく設定され、第2の設定時間T2は、固定点火位置信号の発生位置よりも遅れたクランク角位置で点火を行わせれば内燃機関のピストンが上死点を超えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N1(<N2)で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間に等しく設定されている。
【0017】
上記のように、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間をクランキング速度判定時間として計測して、計測した判定時間が第1の設定時間以下でクランキング速度が十分に高い場合には直ちに(固定点火位置θ1で)点火信号を発生させ、計測した判定時間が第1の判定時間を超え、第2の設定時間T2以下であって、クランキング速度が不足しているが点火位置を遅角させれば始動が可能である場合には、判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火信号を発生させるようにすると、クランキング速度が不足気味な状態にあるときの点火位置をきめ細かく制御することができるため、機関の始動時に点火位置が必要以上に遅角するのを防いで、機関の出力トルクが不足するのを防ぐことができ、機関の始動性を向上させることができる。
【0018】
本発明の好ましい態様では、上記クランキング速度判定時間Txが第2の設定時間T2に等しいときに遅れ角θdが最大値θdmaxをとるとしたときに、始動時の点火位置の固定点火位置に対する遅れ角θdを、演算式θd={(Tx−T1)/(T2−T1)}×(θdmax−θ1)により求められる値とする。
【0019】
本発明の他の好ましい態様では、上記クランキング時点火制御手段が、内燃機関のクランキング時に判定時間Txと第1の設定時間T1及びT2とを比較して、判定時間Txが第1の設定時間T1以下であるか、第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であるか、または第2の設定時間T2を超えているかを判定する判定手段と、この判定手段により判定時間が第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であると判定されたときに演算式θd={(Tx−T1)/(T2−T1)}×(θdmax−θ1)により遅れ角を演算するとともに、クランキング速度判定時間Txと基準クランク角位置から固定点火位置までの角度αとにより求められる回転速度α/Txで、クランク軸が遅れ角θdの区間を回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データTigとして演算する点火位置検出用計時データ演算手段と、この点火位置検出用計時データ演算手段により演算された点火位置検出用計時データを直ちに点火タイマにセットして、該計時データの計測を開始させるタイマセット手段と、判定手段により判定時間Txが第1の設定時間T1以下であると判定されたとき及び点火タイマがセットされた計時データの計測を完了したときに点火指令を発生する始動時点火指令発生手段とを備えている。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明によれば、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間をクランキング速度判定時間として計測して、計測した判定時間が第1の設定時間以下でクランキング速度が十分に高い場合には直ちに点火信号を発生させ、計測した判定時間が第1の判定時間を超え、第2の設定時間T2以下であって、クランキング速度が不足しているが点火位置を遅角させれば始動が可能である場合には、判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火信号を発生させるようにしたので、機関のクランキング速度が不足気味な状態にあるときの点火位置を必要以上遅角させることなく、きめ細かく制御して、機関の始動時に出力トルクが不足するのを防ぐことができ、機関の始動性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下図1ないし図5を参照して本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。図1は本発明の実施形態に係わる内燃機関用点火装置のハードウェアの構成例を示し、図2は同実施形態のマイクロプロセッサにより構成される部分を含む内燃機関用点火装置の全体的な構成を示したブロック図である。また図3は同実施形態で用いる信号発生器が発生する信号の波形を示す波形図、図4は本実施形態において、クランキング時点火制御手段により決定される点火位置とクランキング速度判定時間との関係を示したグラフである。また図5は同実施形態においてマイクロプロセッサが実行する処理の一部のアルゴリズムを示したフローチャートである。
【0022】
図1において1は、点火信号Siが与えられたときに点火用の高電圧を発生する点火回路、2は内燃機関のピストンの上死点に相応するクランク角位置である上死点位置よりも進角した位置に設定された基準クランク角位置θ0及び前記基準クランク角位置よりも遅れ、上死点位置よりは進んだ固定点火位置θ1でそれぞれ基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2を発生する信号発生器、3は信号発生器が発生する信号から得られる内燃機関の回転情報に基づいて内燃機関の始動時及び定常運転時に点火信号Siの発生位置を制御する点火制御部である。
【0023】
点火回路1は、一端が接地された一次コイルw1及び二次コイルw2を有する点火コイル101と、内燃機関により駆動される磁石発電機内に設けられて機関の回転に同期して交流電圧を誘起するエキサイタコイル102と、点火コイルの一次側に設けられてエキサイタコイル102の出力でダイオード103を通して一方の極性に充電される点火用コンデンサ104と、点火用コンデンサ104に蓄積された電荷を点火コイルの一次コイルw1を通して放電させる放電用スイッチとしてのサイリスタ105と、点火コイルの一次コイルw1に対して並列に接続されたダイオード106とにより構成されている。
【0024】
図示の例では、点火用コンデンサ104の一端が点火コイルの一次コイルw1の非接地側の端子に接続され、点火用コンデンサの他端がアノードをエキサイタコイル102側に向けたダイオード103を通してエキサイタコイル102の一端に接続されている。エキサイタコイル102の他端は接地され、エキサイタコイル102に誘起する交流電圧の一方の半サイクルにおいて、エキサイタコイル102−ダイオード103−コンデンサ104−ダイオード106及び一次コイルw1−エキサイタコイル102の閉回路に電流が流れて、コンデンサ104が図示の極性に充電されるようになっている。
【0025】
ダイオード106はそのアノードをコンデンサ104と一次コイルw1との接続点に接続し、カソードを接地回路に接続した状態で一次コイルw1に対して並列に接続されている。またサイリスタ105は、そのアノードを点火用コンデンサ104の他端に接続し、カソードを接地回路に接続した状態で設けられている。サイリスタ105は、そのゲートに点火信号Siが与えられたときに導通して、コンデンサ104の電荷を一次コイルw1を通して放電させる。
【0026】
サイリスタ105が導通してコンデンサ104の電荷が点火コイルの一次コイルw1を通して放電すると、一次コイルw1に高い電圧が誘起する。この電圧は点火コイルの一次、二次間の昇圧比により昇圧されるため、点火コイルの二次コイルw2に点火用の高電圧が誘起する。この高電圧は機関の気筒に取りつけられた点火プラグPLに印加されるため、点火プラグPLで火花放電が生じ、機関が点火される。本実施形態では説明を簡単にするため内燃機関が単気筒機関であるとしている。
【0027】
信号発生器2は、内燃機関と同期回転するロータに設けられたリラクタ(突起または凹部)の回転方向の前端縁及び後端縁をそれぞれ検出して極性が異なるパルス状の基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2を発生する周知のものである。本実施形態で用いている信号発生器2は、図3に示したように、機関の上死点位置(ピストンが上死点に達したときのクランク角位置)TDCよりも進角した位置に設定された基準クランク角位置θ0及び基準クランク角位置θ0よりも遅れ、上死点位置TDCよりは進んだ位置に設定された固定点火位置θ1でそれぞれ基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2を発生する。基準信号Vs1が発生する基準クランク角位置θ0は演算された点火位置の計測を開始する基準位置として用いられ、固定点火位置θ1は、機関の始動時及びアイドル回転時の点火位置を定める信号として用いられる。
【0028】
図1において3は、CPU,ROM,RAM及びタイマなどを有するマイクロプロセッサMPUを用いて点火位置を制御するための処理を行う点火制御部で、点火制御部を構成するマイクロプロセッサには、信号発生器2が出力する基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2がそれぞれ波形整形回路4及び5を通して入力されている。波形整形回路4及び5はそれぞれ基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2をマイクロプロセッサが認識し得る波形の信号Ps1及びPs2に変換するために設けられている。本実施形態では、図示しないバッテリから電源回路を通してマイクロプロセッサMPUに電源電圧が与えられる。
【0029】
なお本発明において、マイクロプロセッサへの電源の与え方は任意であり、バッテリを省略するために、例えば特許文献2に示されているように、エキサイタコイル102の負の半波の出力電圧により充電される電源用コンデンサと、この電源用コンデンサの両端の電圧を一定値に保つように制御する制御回路とを備えて、電源用コンデンサの両端に一定の電源電圧を得るように構成された電源回路を設けて、この電源回路からマイクロプロセッサに電源電圧を与えるようにしてもよい。
【0030】
図2に示されているように、点火制御部3は、機関の始動時に点火指令の発生位置を制御する始動時点火制御部3Aと、機関の定常運転時に点火指令の発生位置を制御する定常運転時点火制御部3Bと、始動時点火制御部3A及び定常運転時点火制御部3Bがそれぞれ点火指令を発生したときに点火回路1に点火信号Siを与える点火信号供給回路3Cとにより構成されている。
【0031】
本実施形態では、始動時点火制御部3Aが、タイマ手段3A1と、クランキング時点火制御手段3A2とにより構成されている。タイマ手段3A1は、内燃機関のクランキング時に基準信号Vs1が発生してから固定点火位置信号Vs2が発生するまでの時間をクランクキング速度判定時間Txとして計測する手段で、マイクロプロセッサ内のタイマにより構成される。
【0032】
クランキング時点火制御手段3A2は、内燃機関のクランキング時に固定点火位置θ1でタイマ手段3A1により計測されている判定時間Txが第1の設定時間T1以下のときに直ちに点火指令を発生させ、判定時間Txが第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下のときには判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火指令を発生させ、判定時間Txが第2の設定時間T2を超えているときには点火指令の発生を禁止するように点火指令の発生を制御する手段である。
【0033】
上記第1の設定時間T1は、固定点火位置で点火を行わせても内燃機関のピストンが上死点を越えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N2で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間に等しく設定され、第2の設定時間T2は、固定点火位置よりも遅れたクランク角位置で点火を行わせれば内燃機関のピストンが上死点を超えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N1(<N2)で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間に等しく設定されている。
【0034】
本実施形態で用いられているクランキング時点火制御手段3A2は、内燃機関のクランキング時に判定時間Txと第1の設定時間T1及びT2とを比較して、判定時間Txが第1の設定時間T1以下であるか、第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であるか、または第2の設定時間T2を超えているかを判定する判定手段301と、判定手段301により判定時間Txが第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であると判定されたときに後記する演算式により遅れ角θdを演算するとともに、クランキング速度判定時間Txと基準クランク角位置から固定点火位置までの角度αとにより求められる回転速度α/Txで、クランク軸が遅れ角θdの区間を回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データTigとして演算する点火位置検出用計時データ演算手段302と、点火位置検出用計時データ演算手段302により演算された点火位置検出用計時データを直ちに点火タイマ(図示せず。)にセットして、該計時データの計測を開始させるタイマセット手段303と、判定手段301により判定時間Txが第1の設定時間T1以下であると判定されたとき及び点火タイマがセットされた計時データの計測を完了したときに点火指令を発生する始動時点火指令発生手段304とにより構成されている。点火指令発生手段304又は定常運転時点火制御部3Bが点火指令を発生したときに点火信号供給回路3Cから点火回路1に点火信号Siが与えられる。
【0035】
本実施形態では、図4に示すように、判定時間Txが第1の設定時間T1以下のときに固定点火位置θ1で点火指令を発生させる。また、判定時間Txが第1の設定時間T1より長く、第2の設定時間T2(>T1)以下のときには固定点火位置θ1よりも遅れ角θdだけ遅れた位置で点火指令を発生させ、判定時間Txが第2の設定時間T2を超えているときには点火指令の発生を禁止して機関を失火させる。なお図4において、縦軸に付された符号ATDCは点火位置が上死点よりも遅れ側であることを意味し、BTDCは点火位置が上死点よりも進み側であることを意味する。
【0036】
前述のように、第1の設定時間T1は、固定点火位置θ1で点火を行わせても内燃機関のピストンが上死点を越えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N2で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間であり、第2の設定時間T2は、固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火を行わせれば内燃機関のピストンが上死点を超えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N1(<N2)で内燃機関が回転させられているときにタイマ手段が計測する時間である。
【0037】
本実施形態では、図4に示されているように、判定時間Txが第1の設定時間T1より長く、第2の設定時間T2(>T1)以下のときに、判定時間Txの増大に伴って点火位置の遅れ角θdを直線的に増加させる。そのため、遅れ角θdは下記の式により演算される。
θd={(Tx−T1)/(T2−T1)}×(θdmax−θ1) (1)
また基準クランク角位置θ0から固定点火位置θ1までの角度αの区間におけるクランク軸の回転速度α/Txを用いて、固定点火位置θ1から始動時の点火位置θigまでのθdの区間をクランク軸が回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データTigとして下記の式により演算する。
Tig=θd/(α/Tx) (2)
【0038】
図2に示したクランキング時点火位置制御手段3A2を構成するためにマイクロプロセッサに実行させる処理のアルゴリズムを示すフローチャートを図5に示した。図5に示した処理は、機関の始動時に(始動操作が開始された後機関の始動が完了するまでの間)図3に示した固定点火位置信号Vs2が発生する毎に実行される。
【0039】
機関の始動操作が開始されると、信号発生器2が図3に示した基準信号Vs1及び固定点火位置信号Vs2を発生する。マイクロプロセッサMPUは、クロックパルスを計数しているフリーランカウンタの計数値を、図3に示された基準信号Vs1が発生した時及び固定点火位置信号Vs2が発生した時にそれぞれ読み込み、固定点火位置信号が発生したときに読み込んだ計数値と基準信号が発生したときに読み込んだ計数値との差を演算することにより、基準信号Vs1が発生してから固定点火位置信号Vs2が発生するまでの時間をクランキング速度判定時間Txとして求める。このようにして判定時間Txを求める過程により図2に示したタイマ手段3A1が構成される。
【0040】
マイクロプロセッサは、判定時間Txを求めた直後に図5の処理を開始する。この処理が開始されると、先ずステップS1において、今回の固定点火位置信号Vs2が発生したときに計測されたクランキング速度判定時間Txを第2の設定時間T2と比較する。その結果、判定時間Txが第2の設定時間T2以下であると判定されたときには、ステップS2において判定時間Txが第1の設定時間T1以下であるか否かを判定する。その結果、判定時間Txが第1の設定時間T1以下であると判定されたとき(クランキング速度が十分に速く、クランク軸の回転に十分な勢いがあるとき)には、ステップS3に進んで直ちに点火指令を発生してこの処理を終了する。ステップS1ないしS3は瞬時に実行されるため、点火指令は固定点火位置θ1で発生したものと見なすことができる。ステップS3で点火信号が発生すると、点火信号供給回路3Cが点火回路1に点火信号を与えるため、点火回路1が点火用高電圧を発生し、機関が点火される。これにより初爆が行われ、機関が始動する。
【0041】
ステップS2において判定時間Txが第1の設定時間T1よりも長いと判定されたとき(クランキング速度が不足しているが点火位置を遅角させれば始動が可能である場合)には、ステップS4において(1)式を用いて、始動時の点火位置の固定点火位置θ1に対する遅れ角θdを演算し、ステップS5において、(2)式により点火位置検出用計時データTigを演算する。次いでステップS6において点火位置検出用計時データTigを点火タイマにセットして該計時データTigの計測を開始させ、点火タイマが計時データTigの計測を完了したときに点火指令を発生させる。ステップS1,S2,S4,S5及びS6は瞬時に実行されるため、点火タイマへの計時データTigのセットは、固定点火位置θ1で行われたと見なすことができ、始動時の点火位置θigは、固定点火位置θ1から遅れ角θdだけ遅角していると見なすことができる。
【0042】
図5のステップS1においてTx>T2であると判定されたとき(クランク軸の回転に勢いがなく、点火位置を遅角させてもピストンが上死点を越えることができない場合)には、ステップS7に進み、点火指令の発生を中止させて点火をキャンセルする。これにより、ピストンが押し戻されて機関の始動装置が破損したり、運転者に危害が及んだりするのを防止する。
【0043】
図5に示したアルゴリズムによる場合、ステップS1及びS2により判定手段301が構成され、ステップS4及びS5により点火位置検出用計時データ演算手段302が構成される。またステップS6によりタイマセット手段が構成され、ステップS3と点火タイマが計時データの計測を完了したときに点火タイマを発生させる過程とにより点火指令発生手段304が構成される。
【0044】
本発明において、定常運転時点火制御部3Bの構成は任意である。この定常運転時点火制御部3Bは例えば、基準信号Vs1の発生周期(クランク軸が1回転するのに要する時間)から内燃機関の回転速度を演算する回転速度演算手段と、回転速度演算手段により演算された回転速度に対して機関の点火位置を演算する点火位置演算手段と、回転速度演算手段により演算された回転速度で、基準クランク角位置θ1から演算された点火位置までクランク軸が回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データとして演算する点火位置検出用計時データ演算手段と、基準クランク角位置で(基準信号が発生した時に)点火位置検出用計時データ演算手段により演算された点火位置検出用計時データを点火タイマにセットして、その演算を開始させるタイマセット手段と、点火タイマが演算された点火位置検出用計時データの計測を完了したときに点火指令を発生する点火指令発生手段とにより構成することができる。
【0045】
上記のように、本発明では、信号発生器が基準信号を発生してから固定点火位置信号を発生するまでの時間をクランキング速度判定時間として計測して、計測した判定時間が第1の設定時間以下でクランキング速度が十分に高いときに直ちに(固定点火位置θ1で)点火信号を発生させ、計測した判定時間が第1の判定時間を超え、第2の設定時間T2以下であって、クランキング速度が不足しているが点火位置を遅角させれば始動が可能であるときには、判定時間Txの関数として演算されて判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火信号を発生させるので、クランキング速度が不足気味な状態にあるときの点火位置をきめ細かく制御することができる。そのため、機関の始動時に点火位置が必要以上に遅角するのを防いで、機関の出力トルクが不足するのを防ぐことができ、機関の始動性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は本発明の実施形態に係わる内燃機関用点火装置のハードウェアの構成例を示した回路図である。
【図2】図2は同実施形態においてマイクロプロセッサにより構成される手段を含む点火装置全体の構成を概略的に示したブロック図である。
【図3】図3は同実施形態で用いる信号発生器が発生する信号の波形を示す波形図である。
【図4】図4は本実施形態において、クランキング時点火制御手段により決定される点火位置とクランキング速度判定時間との関係を示したグラフである。
【図5】図5は同実施形態においてマイクロプロセッサが実行する処理の一部のアルゴリズムを示したフローチャートである。
【図6】従来の内燃機関用点火装置の始動時の点火位置とクランキング速度判定時間との関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1 点火回路
2 信号発生器
3 点火制御部
3A 始動時点火制御部
3A1 タイマ手段
3A2 クランキング時点火制御手段
301 判定手段
302 点火位置検出用計時データ演算手段
303 タイマセット手段
304 点火指令発生手段
3B 定常運転時点火制御部
3C 点火信号供給回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
点火信号が与えられたときに点火用の高電圧を発生する点火回路と、内燃機関のピストンの上死点に相応するクランク角位置である上死点位置よりも進角した位置に設定された基準クランク角位置θ0及び前記基準クランク角位置よりも遅れ、前記上死点位置よりは進んだ固定点火位置θ1でそれぞれ基準信号及び固定点火位置信号を発生する信号発生器と、前記信号発生器が発生する信号から得られる内燃機関の回転情報に基づいて前記内燃機関の始動時及び定常運転時にそれぞれ点火指令の発生位置を制御する始動時点火制御部及び定常運転時点火制御部と、前記点火指令が発生したときに前記点火回路に点火信号を与える点火信号供給回路とを備えた内燃機関用点火装置において、
前記始動時点火制御部は、
前記内燃機関のクランキング時に前記基準信号が発生してから固定点火位置信号が発生するまでの時間をクランクキング速度判定時間Txとして計測するタイマ手段と、
前記内燃機関のクランキング時に前記固定点火位置θ1で前記タイマ手段により計測されている判定時間Txが第1の設定時間T1以下のときには直ちに点火指令を発生させ、前記判定時間Txが前記第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下のときには前記判定時間Txの関数として演算されて前記判定時間Txが長い場合ほど大きい値をとる遅れ角θdだけ前記固定点火位置θ1よりも遅れたクランク角位置で点火指令を発生させ、前記判定時間Txが前記第2の設定時間T2を超えているときには前記点火指令の発生を禁止するように点火指令の発生を制御するクランキング時点火制御手段と、
を備え、
前記第1の設定時間T1は、前記固定点火位置で点火を行わせても前記内燃機関のピストンが上死点を越えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N2で前記内燃機関が回転させられているときに前記タイマ手段が計測する時間に等しく設定され、前記第2の設定時間T2は、前記固定点火位置信号の発生位置よりも遅れたクランク角位置で点火を行わせれば内燃機関のピストンが上死点を超えることができるクランキング速度領域の下限を与えるクランキング速度N1(<N2)で前記内燃機関が回転させられているときに前記タイマ手段が計測する時間に等しく設定されていること、
を特徴とする内燃機関用点火装置。
【請求項2】
前記判定時間Txが第2の設定時間T2に等しいときに前記遅れ角θdが最大値θdmaxをとるとしたときに、前記遅れ角θdは、演算式θd={(Tx−T1)/(T2−T1)}×(θdmax−θ1)により求められる値をとることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関用点火装置。
【請求項3】
前記クランキング時点火制御手段は、
前記内燃機関のクランキング時に前記判定時間Txと前記第1の設定時間T1及びT2とを比較して、前記判定時間Txが第1の設定時間T1以下であるか、前記第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であるか、または第2の設定時間T2を超えているかを判定する判定手段と、
前記判定手段により前記判定時間Txが前記第1の設定時間T1を超え、第2の設定時間T2(>T1)以下であると判定されたときに前記演算式θd={(Tx−T1)/(T2−T1)}×(θdmax−θ1)により遅れ角を演算するとともに、前記クランキング速度判定時間Txと前記基準クランク角位置から固定点火位置までの角度αとにより求められる回転速度α/Txで、前記クランク軸が前記遅れ角θdの区間を回転するのに要する時間を点火位置検出用計時データTigとして演算する点火位置検出用計時データ演算手段と、
前記点火位置検出用計時データ演算手段により演算された点火位置検出用計時データを直ちに点火タイマにセットして、該計時データの計測を開始させるタイマセット手段と、 前記判定手段により前記判定時間Txが第1の設定時間T1以下であると判定されたとき及び前記点火タイマがセットされた計時データの計測を完了したときに前記点火指令を発生する始動時点火指令発生手段と、
を備えていることを特徴とする請求項2に記載の内燃機関用点火装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−327343(P2007−327343A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−156989(P2006−156989)
【出願日】平成18年6月6日(2006.6.6)
【出願人】(000001340)国産電機株式会社 (191)
【Fターム(参考)】