説明

加熱劣化臭の生成が抑えられた液体調味料および加工食品

【課題】高温で、または長時間の加熱を行っても劣化臭が生じにくく、しかも食品本来の風味に影響を及ぼさないような液体調味料および当該液体調味料を用いた加工食品およびそれらの製造法を示す。
【解決手段】目的の液体調味料中の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、好ましくは8.5(mg/ml)以下に調整することで、当該液体調味料本来の風味に影響を及ぼさずに、劣化臭の生成を抑制することができる。当該液体調味料は、疎水性アミノ酸を減少させるという簡便な方法によって得ることができ、他の添加物を加えるものではないため、食品本来の風味にも何ら影響を及ぼすことがない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性アミノ酸の含有量を減少させることによって劣化臭の生成を抑えた液体調味料および当該液体調味料を用いて製造される加工食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
醤油、アミノ酸液などの液体調味料およびこれらの液体調味料を用いて製造される加工食品は、レトルト加熱などの高温での加熱に処したり、または立ち食いそば店のそばつゆ等のように、出来上がった調理品を一定の高温条件下で長時間の加熱に処すことによって、本来の風味を失うだけでなく、加熱に由来する独特の不快臭(以下「劣化臭」と呼ぶ)が生じ、製品の品質を低下させてしまうという問題があった。
【0003】
そこで従来、レトルト殺菌等の高温処理に対して、劣化臭による品質の低下を抑えるために風味油や香辛料などの他の香りで劣化臭をマスクする方法(特許文献1、2)や、液体調味料中に大豆たんぱく質や特定のアミノ酸等を添加することで、劣化臭の生成を抑える方法等が考案されてきた(特許文献3、4)。しかしながら、劣化臭をマスクするために添加する風味油や香辛料は、それ自身の香りが強く、食品本来の風味に影響を与えてしまうために、限られた用途にしか使用できないという問題があった。また、劣化臭の生成を抑える方法についても、その効果は十分なものであるとは言えなかった。
【0004】
また、長時間の加熱に処すことよって生じる劣化臭の発生を抑える方法については、従来全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−339364
【特許文献2】特開2006−81461
【特許文献3】特開2006−333764
【特許文献4】特開2002−58461
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、高温での加熱を行っても劣化臭が生じにくく、しかも食品本来の風味に影響を及ぼさないような液体調味料および当該液体調味料を用いた加工食品、および当該液体調味料の製造法を示すことを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、液体調味料を加熱に処すことよって劣化臭を生じさせる主たる原因が、当該液体調味料中の疎水性アミノ酸であることを新たに発見し、さらに目的の液体調味料の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、好ましくは8.5(mg/ml)以下に調整することで、当該液体調味料本来の風味に影響を及ぼさずに、劣化臭の生成を抑制することができることを見出し、本発明を完成させた。すなわち本発明は以下のようなものである。
【0008】
(1)醤油を濃縮し、生じた析出物を除去することで全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を10(mg/ml)以下に調整した、レトルト加工食品用醤油の製造法。
(2)醤油を濃縮し、生じた析出物を除去することで全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を10(mg/ml)以下に調整した、長時間の加熱に処する加工食品用醤油の製造法。
(3)全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を8.5(mg/ml)以下に調整した、上記(1)又は(2)記載の製造法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の液体調味料及びそれを用いて調製した加工食品は、高温で加熱するか、あるいは長時間の加熱保温に処したとしても、劣化臭の生成が十分に抑制されるものである。しかも、当該液体調味料は、疎水性アミノ酸を減少させるという簡便な方法によって得ることができ、他の添加物を加えるものではないため、食品本来の風味にも何ら影響を及ぼすことがない。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明における液体調味料とは、その成分にアミノ酸を含むのであればいかなるものでもよく、たとえば濃口醤油、濃縮醤油等の醤油類、つゆ、たれ等の醤油含有調味料類、アミノ酸液、各種エキス類等を指す。
【0011】
本発明におけるレトルト加工食品とは、上記液体調味料を用いて製造される親子丼等の丼類、カレー、シチュー、麻婆豆腐の素、スープ、ソース、粥、米飯等のレトルト食品等を指す。
【0012】
また、本発明における長時間の加熱に処する加工食品とは、保温のために、完成した調理品を100℃未満の一定の温度条件下(たとえば、30〜95℃)に1〜数時間以上保持する食品を意味し、たとえば、立ち食いそば店のそばつゆやコンビニエンスストアのおでん、飲食店においてビュッフェ形式で提供される食品等を指す。
【0013】
本発明における疎水性アミノ酸とは、バリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンを指す。
【0014】
液体調味料中の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下に調整する方法としては、特異的に疎水性アミノ酸を除去できる方法であればよく、具体的には凍結濃縮、膜濃縮、減圧濃縮等の濃縮法を用いることができる。たとえば、目的の液体調味料を減圧濃縮によって2倍程度、好ましくは3〜3.5倍程度に濃縮し、その後、生じた析出物を濾過や遠心分離によって除去する方法等が挙げられる。減圧濃縮の際の温度条件等は常法に従って行えばよい。また、濃縮率が小さいと、疎水性アミノ酸を十分に除去できず、劣化臭を抑制できなくなる恐れがあり、逆に濃縮率が高過ぎる場合、粘性が高くなるために濾過の効率が著しく低下するなど、製造上実用的でない。
【0015】
疎水性アミノ酸の調整度合としては、後述実施例に示すように、上記疎水性アミノ酸の総量をアミノ酸分析機を用いて測定したとき、ケルダール法により測定した全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、好ましくは8.5(mg/ml)以下、さらに好ましくは8(mg/ml)以下に調整することで、本発明の効果である劣化臭の生成を十分に抑制できる。
【0016】
本発明の液体調味料を用いて加工食品を製造するには、それぞれの加工食品の製法に応じた公知の製造法を採用できる。製造においては、所期の液体調味料の一部またはすべてを、本発明の液体調味料に変更すればよい。
【実施例】
【0017】
以下実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれによって何ら限定されるものではない。
【0018】
(実施例1)劣化臭の生成の少ない調味液およびレトルト食品
(実施例1−1) 調味液中の疎水性アミノ酸の除去
濃口醤油を減圧濃縮法によって約2.5倍または約3.5倍に濃縮し、生じた析出物をろ過により除去した。その後、2.5倍濃縮醤油、3.5倍濃縮醤油および対照として濃縮前の濃口醤油を、それぞれ、全窒素1.2%(w/v)、食塩濃度17.00%(w/v)、アルコール含量3.15%(w/v)となるように塩水、アルコール及び水と混合し、各疎水性アミノ酸の濃度および全窒素濃度を測定した。
【0019】
また、市販のアミノ酸液「濃口味液」(味の素(株)製)および「濃口アミシン」(新進(株)製)を減圧濃縮法によって3倍に濃縮し、生じた析出物を遠心分離およびろ紙ろ過によって除去した。その後、濃縮アミノ酸液中の各疎水性アミノ酸の濃度および全窒素濃度を測定した。
【0020】
その結果、3.5倍濃縮醤油、濃縮「濃口味液」および濃縮「濃口アミシン」では、全窒素濃度に対するバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンの総濃度が、10(mg/ml)以下に低下していた(表1参照)。
【0021】
【表1】

(疎水性アミノ酸濃度はバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニンの濃度を合わせた値を示す)
【0022】
(実施例1−2) 疎水性アミノ酸低減醤油を用いたレトルト食品の製造
以下(1)〜(4)に記載した調味液、鶏肉、卵、玉ねぎを用いてレトルト親子丼サンプルを製造した。レトルト処理は、F値=10で行った。なお、F値とは食品の加熱工程における微生物の熱死滅効果を計算する際の尺度として標準的に用いられる値である。算出に関しては公知の計算法(「レトルト食品の基礎と応用」清水潮、横山理雄・著、1995年 幸書房)を利用した。
(1)2.5倍濃縮醤油サンプル(1−1で作成)
(2)3.5倍濃縮醤油サンプル(1−1で作成)
(3)塩水サンプル(対照1)
(4)濃口醤油サンプル(対照2)
以下(1)(2)の疎水性アミノ酸除去済の濃縮醤油で作成したサンプルを総称して「加熱耐性醤油」と呼ぶこともある。
【0023】
上記(1)〜(4)の醤油サンプルを用いて製造したレトルト親子丼に対し、官能評価を行った。評価には、線尺度法を用いた。評価においては、塩水サンプルを対照1として固定し、対照醤油サンプルおよび加熱耐性醤油サンプルを、どちらを評価サンプルとしているかをパネラーには知らせずに、対照2または評価サンプルとして供与した。その後、3種のサンプルについて官能評価を行い、対照1および2に対する、サンプルの劣化臭の相対的な強さを直線上にプロットさせた。評価終了後、対照1−サンプル間の距離と、対照1−対照2間の距離を比較し、加熱耐性醤油と対照醤油の間で、劣化臭の強さに有意な差があるかどうかを分析した。評価は9〜10名の熟練したパネラーが行い、官能評価は日を改めて3回行った。
【0024】
結果、2.5倍濃縮醤油では、3反復の実験のうち、劣化臭が抑制の度合が有意でない反復がみられたが、対照3.5倍濃縮醤油サンプルでは、3反復行った実験のいずれの場合でも、有意に劣化臭が抑制されていた(表2)。したがって、醤油中の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、好ましくは8.5(mg/ml)以下、さらに好ましくは8(mg/ml)以下に調整することで、レトルト食品の製造において劣化臭の生成を有意に抑制できることが明らかになった。
【0025】
【表2】

(数値は、線尺度法での評価において、塩水(対照1)−濃口醤油(対照2)間の距離を1としたときの塩水−サンプル間の相対距離を表す。なお、数値脇「*」は5%未満の危険率で有意差あり、「**」は1%未満の危険率で有意差ありであることを示す)
【0026】
(実施例1−3) 疎水性アミノ酸低減アミノ酸液を用いたレトルト食品の製造
以下の(5)〜(8)のアミノ酸液を用いて、実施例1−2と同様にレトルト親子丼を作製し、線尺度法で官能評価を行った。
(5)「濃口味液」サンプル
(6)濃縮「濃口味液」サンプル(1−1で作成)
(7)「濃口アミシン」サンプル
(8)濃縮「濃口アミシン」サンプル(1−1で作成)
その結果、「濃口味液」、「濃口アミシン」のいずれを使った場合とも、濃縮前のアミノ酸液を用いた対照サンプルと比べて、濃縮アミノ酸液を用いたサンプルでは、有意に劣化臭が低減していた(表3)。したがって、醤油の場合と同様に、アミノ酸液中の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、好ましくは8.5(mg/ml)以下、さらに好ましくは8(mg/ml)以下に調整することで、レトルト食品の製造において劣化臭が有意に抑制できることが明らかになった。
【0027】
【表3】

(数値は、線尺度法での評価において、塩水(対照1)−無処理アミノ酸液(対照2)間の距離を1としたときの塩水−サンプル間の相対距離を表す。なお、数値脇「*」は1%未満の危険率で有意差ありであることを示す)
【0028】
(実施例2) 劣化臭の生成の少ない濃縮醤油および長時間加熱食品の製造
(実施例2−1)醤油中の疎水性アミノ酸類の除去
濃口醤油を減圧濃縮法によって約3倍に濃縮し、生じた析出物をろ過により除去することで、劣化臭の生成の少ない疎水性アミノ酸低減醤油を製造した。当該疎水性アミノ酸低減醤油、および対照である無処理の濃口醤油中の疎水性アミノ酸濃度および全窒素濃度を測定したところ、全窒素濃度1%(w/v)に対する疎水性アミノ酸であるバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニンの総濃度が、10(mg/ml)以下に低減していた(表4参照)。
【0029】
【表4】

(疎水性アミノ酸濃度はバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニンの濃度を合わせた値を示す)
【0030】
(実施例2−2) 劣化臭の生成の少ない疎水性アミノ酸低減醤油を用いた長時間加熱食品の製造
当該疎水性アミノ酸低減醤油および対照である無処理の濃口醤油を用いてそばつゆを製造した。当該そばつゆを80℃で保温し、保温0、1、2、3時間後にそれぞれサンプリングして官能評価に供した。
【0031】
官能評価では、通常の濃口醤油を用いて製造した対照そばつゆの「劣化臭の強さ」と「総合評価(全体的な好ましさ)」を3としたときの、疎水性アミノ酸低減醤油を用いて製造したそばつゆの劣化臭の強弱と総合評価を、5段階で評価した。評価は10名の熟練したパネラーが行った。結果、疎水性アミノ酸低減醤油を用いて製造したそばつゆでは、保温時間が長くなるにつれて発生する劣化臭が抑制され、かつ総合評価は高くなっていることが明らかになった(表5)。
【0032】
【表5】

(数字脇「*」は5%未満の危険率で有意差あり、「**」は1%未満の危険率で有意差ありであることを示す)
【0033】
したがって、醤油中の全窒素濃度1%(w/v)換算時の疎水性アミノ酸の濃度を10(mg/ml)以下、更に好ましくは8(mg/ml)以下に調整することで、劣化臭の原因となる疎水性アミノ酸を十分に除去でき、長時間の加熱に処する加工食品の製造において劣化臭が有意に低減することが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
醤油を濃縮し、生じた析出物を除去することで全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を10(mg/ml)以下に調整した、レトルト加工食品用醤油の製造法。
【請求項2】
醤油を濃縮し、生じた析出物を除去することで全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を10(mg/ml)以下に調整した、長時間の加熱に処する加工食品用醤油の製造法。
【請求項3】
全窒素濃度1%(w/v)換算時のバリン、イソロイシン、ロイシン、チロシン及びフェニルアラニンからなる疎水性アミノ酸の総濃度を8.5(mg/ml)以下に調整した、請求項1又は2記載の製造法。

【公開番号】特開2012−210221(P2012−210221A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−146319(P2012−146319)
【出願日】平成24年6月29日(2012.6.29)
【分割の表示】特願2009−196826(P2009−196826)の分割
【原出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【Fターム(参考)】