説明

半導体ナノ粒子及びその製造方法

【課題】 半導体ナノ粒子の蛍光量子収率を増加させる。
【解決手段】 非水系溶媒に水を溶解させて水添加溶媒を調製し、発光性を有する半導体ナノ結晶と水添加溶液とを接触させて半導体ナノ粒子を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体ナノ粒子及びその製造方法に関し、詳しくは、高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体ナノ粒子の発光波長は、一般的に、同一半導体物質からなるバルク体に比べて短く、更に、量子サイズ効果によって半導体ナノ粒子の粒径が小さくなるにつれて短くなる。また、半導体ナノ粒子は吸収波長の範囲が同一半導体物質からなるバルク体に比べて広いために、様々な粒径の半導体ナノ粒子を単一波長の励起光で発光させることができる。したがって、単一波長の励起光の照射によって、粒径の異なる半導体ナノ粒子の配合に応じた種々の発光色の発光が得られる。
【0003】
また、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、半導体ナノ粒子の内部の結晶性のみならず、一般的に、半導体ナノ粒子の表面状態に応じても変化し、特に、小粒径の半導体ナノ粒子の場合にはその変化が大きくなることが知られている。なお、「蛍光量子収率」とは、半導体ナノ粒子によって吸収された光子数に対する半導体ナノ粒子から放出された光子数(放出光子数/吸収光子数)の割合である。半導体ナノ粒子の蛍光量子収率を向上させる手法として、半導体ナノ粒子の構造をコア(中心核)としての半導体結晶とコアを被覆するシェル(外殻)としての半導体結晶を備える構造(以下において、「コア−シェル構造」と称す)にする方法が知られている。このような高い蛍光量子収率のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子としては、例えば、ZnS(硫化亜鉛)結晶で被覆されたCdSe(セレン化カドミウム)結晶からなる半導体ナノ粒子、CdS(硫化カドミウム)結晶で被覆されたCdTe(テルル化カドミウム)結晶からなる半導体ナノ粒子が挙げられる。
【0004】
実用性の要求を満たす程度の蛍光量子収率が得られる半導体ナノ粒子は、RoHS指令に該当する人体や自然環境に悪影響を与えるCd(カドミウム)、As(砒素)、P(リン)等を含んでおり、RoHS指令に該当する元素を含まない物質からなる半導体ナノ粒子の開発が熱望されている。このような半導体ナノ粒子としては、近年、Ag(銀),In(インジウム),Zn及びSからなり、化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表されるカルコパイライト系の半導体ナノ粒子が提案されている(例えば、下記の特許文献1参照)。現状において、カルコパイライト系の半導体ナノ粒子は、ZnS結晶で被覆されたCdSe結晶からなる半導体ナノ粒子やCdS結晶で被覆されたCdTe結晶からなる半導体ナノ粒子に比べて蛍光量子収率が低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2007/026746A1号公報(特願2007−533281号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
半導体ナノ粒子の特性において蛍光量子収率は高ければ高い程に好ましく、蛍光量子収率の観点から半導体ナノ粒子、特にカルコパイライト系の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率について更なる改良の余地があった。
【0007】
そこで、本発明では、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率を増加させる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法は、
非水系溶液に水を溶解させて水添加溶媒を調製し、
発光性を有する半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させることを特徴としている。
【0009】
また、上記の課題を解決するために、本発明に係る半導体ナノ粒子は、
発光性を有する半導体ナノ結晶と非水系溶液に水を溶解させた水添加溶媒と接触させる過程を経て製造された半導体ナノ粒子である。
【0010】
また、上記の課題を解決するために、本発明に係る半導体ナノ粒子は、
発光性を有する半導体ナノ結晶と、
非水系溶液に水を溶解させた水添加溶媒と前記半導体ナノ結晶との接触により前記半導体ナノ結晶の表面に化学吸着された水酸基と、
を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法によれば、水添加溶媒と半導体ナノ結晶とが接触することによって、水添加溶媒と半導体ナノ結晶とが接触しない場合に比べて高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が製造される。
【0012】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子であれば、上記の本発明の製造方法によって製造されるために、蛍光量子収率が増加する。
【0013】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子であれば、半導体ナノ粒子の表面に水添加溶媒に溶解させた水に起因する水酸基が化学吸着していることによって、蛍光量子収率が増加する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1の半導体ナノ粒子の製造方法を表す製造工程図
【図2】オレイルアミン溶媒の含水率に対する半導体ナノ粒子の蛍光量子収率の変化を表すグラフ
【図3】実施例2の半導体ナノ粒子の製造方法を表す製造工程図
【図4】クロロホルム溶媒の含水率に対する半導体ナノ粒子の蛍光量子収率の変化を表すグラフ
【図5】典型的な素構造の半導体ナノ粒子の製造方法の一例を表す製造工程図
【図6】典型的なコア−シェル構造の半導体ナノ粒子の製造方法の一例を表す製造工程図
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る半導体ナノ粒子及びその製造方法の形態について説明する。なお、本発明に係る半導体ナノ粒子及びその製造方法の概念的な構成について説明した後に、実施例に基づいて具体的な構成について図面を参照しながら説明する。
【0016】
〔概念的な構成〕
本発明に係る半導体ナノ粒子の製造において、非水系溶媒に水を溶解させて水添加溶媒を調製し、発光性を有する半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させている。
【0017】
ここで、「水添加溶媒」とは、非水系溶媒に水を溶解させた溶媒を意味する。なお、非水系溶媒には標準雰囲気(常温常圧)下において水が溶解していることもあるが、このような溶媒の含水率を標準含水率とし、非水系溶媒に最大限に水を溶解させた溶解限界の含水率を飽和含水率とすれば、水添加溶媒の含水率は標準含水率を超えて大きく飽和含水率以下である。なお、飽和含水率に到達している場合に過剰に水を添加したとしても溶解せず、水の分離層が形成される。水添加溶媒としては、例えば、水添加クロロホルム溶媒、水添加ヘキサン溶媒及び水添加オレイルアミン溶媒が挙げられる。
【0018】
また、「半導体ナノ結晶」の構造としては、例えば、コア結晶と少なくとも1層のシェル結晶とを含むコア−シェル構造の結晶と、コア−シェル構造のシェル結晶に相当する部分を含まずそのコア結晶に相当する部分のみを含む結晶(なお、コア−シェル構造との対比構造として「素構造」とも称す)とが挙げられる。最終的に製造される半導体ナノ粒子は、素構造の半導体ナノ結晶を含みその結晶と実質的に同一の形体(以下、「素構造の半導体ナノ粒子」とも称す)、又は、コア−シェル構造の半導体ナノ結晶を含みその結晶と実質的に同一の形体(以下、「コア−シェル構造の半導体ナノ粒子」とも称す)である。なお、シェル結晶は、コア結晶と異なる半導体物質で構成される。また、「発光性を有する半導体ナノ結晶」とは、励起光の照射に応じて発光する部分を含む半導体ナノ結晶を意味し、例えば、半導体ナノ結晶が素構造の結晶であれば、その結晶の実質的に全体が発光に寄与する構成及び半導体ナノ結晶の一部のみが発光に寄与する構成が挙げられ、また、半導体ナノ結晶がコア−シェル構造の結晶であれば、コア結晶の少なくとも一部が発光に寄与する構成及びコア結晶の少なくとも一部と共にシェル結晶の少なくとも一部が発光に寄与する構成が挙げられる。発光性を有する半導体ナノ結晶の組成としては、公知のいかなる組成であってもよい。また、「半導体ナノ結晶」とは、素構造の半導体ナノ粒子に対しては素構造の結晶を意味し、コア−シェル構造の半導体ナノ粒子に対してはコア結晶のみやコア−シェル構造の結晶の双方を意味する。
【0019】
「半導体ナノ結晶と水添加溶媒との接触」とは、素構造の半導体ナノ粒子を製造する場合の素構造の結晶、コア−シェル構造の半導体ナノ粒子を製造する場合のコア−シェル構造の結晶又はコア結晶に相当する素構造の結晶を水添加溶媒に入れたり、逆に、それらの半導体ナノ結晶に水添加溶媒を注いだりして接触させる場合に限らず、素構造の半導体ナノ粒子を製造する場合の素構造の結晶やコア−シェル構造の半導体ナノ粒子を製造する場合のコア結晶に相当する素構造の結晶を水添加溶媒中で生成させたり、コア−シェル構造の半導体ナノ粒子を製造する場合のシェル結晶に相当する半導体結晶を水添加溶媒中で生成させたりして接触させる場合をも含意している。また、半導体ナノ結晶と水添加溶媒との接触としては、例えば、公知の製造過程に含まれない新たな工程(以下において「専用工程」とも称す)として実施される場合、公知の製造方法を適用して半導体ナノ粒子を製造する際に実行される所定の工程において通常の非水系溶媒に代えてその非水系溶媒に対する水添加溶媒を用いることによって実施される場合、及び、それらを組合せて実施される場合が挙げられる。専用工程において半導体ナノ結晶と水添加溶媒との接触を実施する場合には、素構造の半導体ナノ粒子を製造する場合には素構造の結晶が形成される工程よりも後に、一方、コア−シェル構造の半導体ナノ粒子を製造する場合にはコア結晶が形成される工程よりも後に専用工程を実行する。専用工程は、少なくとも一回実行されればよい。専用工程において、半導体ナノ結晶と水添加溶媒とは常温常圧の状態で接触していてもよいし、加熱状態や加圧状態で接触していてもよい。
【0020】
ここで、典型的な半導体ナノ粒子の製造方法の具体例について図5及び図6を参照して概説して、半導体ナノ結晶と水添加溶媒とを接触させる場合について説明する。図5は、典型的な素構造の半導体ナノ粒子の製造方法の一例を表す製造工程図であり、図6は、典型的なコア−シェル構造の半導体ナノ粒子の製造方法の一例を表す製造工程図である。
【0021】
典型的な製造方法を適用した素構造の半導体ナノ粒子の製造において、図5に示されたように、所定の溶媒中で半導体ナノ結晶の前駆体を合成し(前駆体合成工程S101)、前駆体合成工程S101の後に所定の溶媒中で前駆体から半導体ナノ結晶を形成させ(結晶生成工程S102)、結晶生成工程S102で生成される各種の生成物から副生成物(所望の半導体ナノ結晶以外の不要物)を所定の少なくとも1種類の溶媒による洗浄等によって除去して半導体ナノ結晶を精製し(結晶精製工程S103)、結晶精製工程S103の後に所定の溶媒中で半導体ナノ結晶を加熱して半導体ナノ結晶を改質させ(結晶加熱工程S104)、結晶加熱工程S104の後に所定の溶媒を混合して半導体ナノ結晶を析出させ、析出した半導体ナノ結晶を分離回収し(最終結晶分離回収工程S105)、最終的に半導体ナノ粒子を固相で保存する場合には、最終結晶分離回収工程S105の後に半導体ナノ結晶を乾燥させ(結晶乾燥工程S106)、溶媒中に分散保持させた液相で保存する場合には最終結晶分離回収工程S105の後に所定の溶媒に半導体ナノ結晶を分散させる(結晶分散工程S107)。これらの工程を経て半導体ナノ粒子が製造される。この製造過程において、半導体ナノ結晶は、結晶生成工程S102、結晶精製工程S103、結晶加熱工程S104、最終結晶分離回収工程S105及び結晶分散工程S107において、それらの工程に固有の非水系溶媒と接触する。なお、上記の製造過程において、結晶加熱工程S103、結晶乾燥工程S106及び結晶分散工程S107等は必ずしも必要な工程ではない。また、半導体ナノ結晶の前駆体が流通しており既存の前駆体を用いる場合には前駆体合成工程S101は不要となり、半導体ナノ結晶が流通しており既存の半導体ナノ結晶を用いる場合には結晶精製工程S103又は結晶加熱工程S104までの工程は不要となる。専用工程を行う場合には、結晶生成工程S102よりも後において行う。
【0022】
本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法としては、例えば、典型的な製造方法に対して専用工程を更に行い専用工程のみで水添加溶媒を用いる場合、上記の典型的な製造過程における結晶生成工程S102、結晶加熱工程S104及び結晶分散工程S107のうちの少なくとも1つの工程で使用する非水系溶媒として水添加溶媒を用いる場合、専用工程で水添加溶媒を用いると共に結晶生成工程S102、結晶加熱工程S104及び結晶分散工程S107のうちの少なくとも1つの工程で使用する非水系溶媒として水添加溶媒を用いる場合が挙げられる。
【0023】
典型的な製造方法を適用したコア−シェル構造の半導体ナノ粒子の製造において、図6に示されたように、所定の溶媒中でコア結晶の前駆体を合成し(前駆体合成工程S201)、前駆体合成工程S201の後に所定の溶媒中で前駆体から素構造のコア結晶を生成させ(コア結晶生成工程S202)、コア結晶生成工程S202の後に所定の少なくとも1種類の溶媒による洗浄等により各種の熱分解生成物から副生成物を除去してコア結晶を精製し(コア結晶精製工程S203)、コア結晶精製工程S203の後に所定の溶媒中でコア結晶を加熱してコア結晶を改質させ(結晶加熱工程S204)、結晶加熱工程S204の後に所定の溶媒中でシェル結晶を生成させ(シェル結晶生成工程S205)、シェル結晶生成工程S205の後にコア結晶及びシェル結晶を含むコア−シェル構造の結晶を所定の溶媒中で析出させ、析出したコア−シェル構造の結晶を分離回収し(最終結晶分離回収工程S206)、最終的な保存形態に応じて、最終結晶分離回収工程S206の後に、コア−シェル構造の結晶を乾燥させ(乾燥工程S207)、コア−シェル構造の結晶を所定の溶媒に分散させる(結晶分散工程S208)。これらの工程を経てコア−シェル構造の半導体ナノ粒子が製造される。コア結晶又はコア−シェル構造の結晶は、コア結晶生成工程S202、コア結晶精製工程S203、結晶加熱工程S204、シェル結晶生成工程S205、最終結晶分離回収工程S206及び結晶分散工程S208において、それらの工程に固有の非水系溶媒と接触する。本発明においては、コア結晶生成工程S202、結晶加熱工程S204、シェル結晶生成工程S205及び結晶分散工程S208のうち少なくとも1つの工程において使用する非水系溶媒として水添加溶媒を用いることができる。なお、結晶加熱工程S204、最終結晶分離回収工程S206、乾燥工程S207、結晶分散工程S208等は必ずしも必要な工程ではない。また、コア結晶として用いる半導体ナノ結晶の前駆体が流通しており既存の前駆体を用いる場合には前駆体合成工程S201は不要となり、コア結晶として用いる半導体ナノ結晶が流通しており既存の半導体ナノ結晶を用いる場合にはコア結晶精製工程S203又は結晶加熱工程S204までの工程は不要となり、コア−シェル構造の半導体ナノ結晶が流通しており既存のコア−シェル構造の半導体ナノ結晶を用いる場合にはシェル結晶生成工程S205までの工程は不要となる。なお、専用工程を行う場合には、コア結晶形成工程S205より後において行う。
【0024】
本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法としては、例えば、典型的な製造方法に対して専用工程を更に行い専用工程のみで水添加溶媒を用いる場合、上記の典型的な製造過程におけるコア結晶生成工程S202、結晶加熱工程S204、シェル結晶生成工程S205及び結晶分散工程S208のうちの少なくとも1つの工程で使用する溶媒として水添加溶媒を用いる場合、専用工程で水添加溶媒を用いると共にコア結晶生成工程S202、結晶加熱工程S204、シェル結晶生成工程S205及び結晶分散工程S208のうちの少なくとも1つの工程で使用する溶媒として水添加溶媒を用いる場合が挙げられる。
【0025】
上記の本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法によれば、半導体ナノ結晶と水添加溶媒とが接触することによって、半導体ナノ結晶と水添加溶媒とが接触しない場合に比べて高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が製造される。半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加する要因は、半導体ナノ結晶と水添加溶媒に含まれる水との接触によって半導体ナノ結晶、特に、少なくともその表面が改質されたと考えられる。具体的には、水添加溶媒中に含まれる水から供給される水酸化物イオン(水酸基)が半導体ナノ結晶の表面に化学吸着することに起因して半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加すると推定される。以下において、この推定に基づく描像を「水酸基吸着モデル」と称することとする。
【0026】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子の製造において、前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶を分散させることにより前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させ、前記水添加溶媒中で前記半導体ナノ結晶を加熱することが好ましい。なお、この処理の実行としては、専用工程として実行される場合及び公知の製造方法における加熱処理工程S104,S204として実行される場合とを含意している。
【0027】
この製造方法を適用すれば、高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が確実に製造される。
【0028】
前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶を分散させることにより前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させ、前記水添加溶媒中に前記半導体ナノ結晶が分散した状態を常温で維持することが好ましい。
【0029】
この製造方法を適用すれば、高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が確実に製造される。
【0030】
前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶の前駆体を溶解させ、
前記水添加溶媒中に前記前駆体が溶解した状態において前記前駆体から前記半導体ナノ結晶を生成させることにより、前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させることが好ましい。
【0031】
この製造方法を適用すれば、高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が確実に製造される。また、半導体ナノ結晶の生成と実質的に同時に半導体ナノ結晶が水添加溶媒によって改質されるために製造過程の複雑化が防止できる。
【0032】
前記半導体ナノ結晶が、コア結晶と前記コア結晶の外側に形成されたシェル結晶とを含み、
前記水添加溶媒に少なくとも1種類のシェル材料物質を溶解させ、
前記水添加溶媒中に少なくとも前記1種類のシェル材料物質が溶解していると共に前記コア結晶が分散した状態において前記少なくとも1種類のシェル材料物質から合成され前記コア結晶と異なる半導体物質からなるシェル結晶を前記コア結晶の外側に生成させることにより、前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させることが好ましい。
【0033】
この製造方法を適用すれば、高い蛍光量子収率の半導体ナノ粒子が確実に製造される。また、コア−シェル構造の結晶の形成と実質的に同時にコア−シェル構造の結晶が水添加溶媒によって改質されるために製造過程の複雑化が防止される。
【0034】
前記半導体ナノ結晶が、カルコパイライト型結晶構造の結晶部分を含み、一般化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される結晶であることが好ましい。
【0035】
ここで、「一般化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される」とは、厳密にその化学式で表される場合に限らず、作製誤差等によって、Ag、In及びZnの総原子数とSの総原子数との比が厳密には1:1でない場合を含意している。半導体ナノ結晶等を上記のような一般化学式で表す場合には全て同様に解釈することとする。なお、条件式X=0を満たす場合は、半導体ナノ粒子を構成する金属元素としてAgを含まない構成を意味し、厳密には、一般化学式InZn(Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2)で表される。同様に、条件式Y=0を満たす場合は、半導体ナノ粒子を構成する金属元素としてInを含まない構成を意味し、厳密には、一般化学式AgZn(X+Z=2;0≦X≦2;0≦Z<2)で表される。また同様に、条件式Z=0を満たす場合は、半導体ナノ粒子を構成する金属元素としてZnを含まず又はZnを作製誤差の範囲内でしか含まない構成を意味し、厳密には、一般化学式AgIn(X+Y=2;0≦X≦2;0≦Y≦2)で表される。
【0036】
AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される半導体ナノ結晶は、条件式X=Y=1及び条件式Z=0を満たす場合には実質的に全体がカルコパイライト型結晶構造となっており、一方、条件式X=Y=1又は条件式Z=0を満たさない場合にはカルコパイライト型結晶構造と他の結晶構造との混晶構造となっている。上記の一般化学式で表される半導体ナノ結晶においてカルコパイライト型結晶構造の結晶部分が実質的に発光に寄与し、その結晶部分は常温において発光する。また、その結晶部分は、(X+Y):Zで表される原子数比(以下、「組成比」とも称す)に応じて発光色が変化する。
【0037】
上記の構成であれば、実用化できる程度に高い蛍光量子収率である半導体ナノ粒子が製造される。また、半導体ナノ粒子がRoHS指令に該当する元素(原子)を含まず、また、その製造過程でそれらの元素(原子)を含む廃液等が発生しないために、人体や環境に対する悪影響を防止できる。また、常温で発光させることができるために利便性が向上する。また、半導体ナノ粒子の発光色を半導体ナノ結晶の組成比の調整によって制御できるために、粒径の調整によって制御する場合に比べて多様な発光色の半導体ナノ粒子を簡便に製造できる。
【0038】
なお、カルコパイライト型結晶構造の結晶部分を含む半導体ナノ結晶としては、一般化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される結晶のみならず、一般化学式AgInGa(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)表される結晶が挙げられ、更に一般的には、それらの結晶を含めてI−III−VI族化合物半導体からなる結晶が挙げられる。なお、I−III−VI族化合物半導体とは、Ag、Cu等の少なくとも1種類のI族元素と、Ga、In、Al等の少なくとも1種類のIII族元素と、S、Se等の少なくとも1種類のVI族元素とからなる半導体である。半導体ナノ結晶が、I−III−VI族化合物半導体からなる結晶であれば、一般化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される結晶の場合と同様の効果を奏する。
【0039】
また、水添加溶媒の含水率は飽和含水率に調整されている構成であることが好ましい。非水系溶媒に水を添加して攪拌した後において水の分離層ができるように過剰に水を添加しておいて、水の分離層と異なる層を構成する溶液を採取することによって簡便に水添加溶媒の含水率を飽和含水率に調整できるからである。
【0040】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、
発光性を有する半導体ナノ結晶と非水系溶媒に水を溶解させた水添加溶媒と接触させる過程を経て製造された半導体ナノ粒子である。
【0041】
上記の構成であれば、上記の本発明に係る製造方法によって製造される半導体ナノ粒子であるために、上述のように、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加する。
【0042】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、
発光性を有する半導体ナノ結晶と、
前記半導体ナノ結晶と非水系溶媒に水を溶解させた水添加溶媒との接触により前記半導体ナノ結晶の表面に化学吸着した水酸基と、
を含むことを特徴としている。
【0043】
ここで、「前記半導体ナノ結晶の表面」とは、半導体ナノ結晶が素構造の結晶である場合には素構造の結晶の表面を意味し、半導体ナノ結晶がコア−シェル構造の結晶である場合にはコア結晶及び少なくとも一層のシェル結晶の少なくとも一つの結晶の表面を意味する。また、「化学吸着」としては、例えば、共有結合、イオン結合、配位結合、分子間結合による吸着が挙げられる。
【0044】
上記の構成であれば、上記の本発明に係る製造方法によって製造される半導体ナノ粒子であるために、上述のように、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加する。
【0045】
〔具体的な構成〕
本発明に係る具体的な形態について図面を参照しながら詳細に説明する。ここでは、素構造の半導体ナノ粒子に対する一具体例とコア−シェル構造の半導体ナノ粒子に対する一具体例を挙げて説明するが、本発明の主旨から逸脱しない限り適宜に設計が変更されてもよい。
【0046】
〔実施形態1〕
実施形態1において、素構造の半導体ナノ粒子及びその製造方法について説明する。本発明に係る製造方法を適用して実施例1の素構造の半導体ナノ粒子を製造した。なお、実施例1の素構造の半導体ナノ粒子との比較のために、本発明に係る製造方法を適用せずに比較例1−1及び比較例1−2の素構造の半導体ナノ粒子も製造した。図1は、素構造の半導体ナノ粒子の製造方法を表す製造工程図である。また、図2は、溶媒(オレイルアミン溶液)の含水率に対する半導体ナノ粒子の蛍光量子収率の変化を表すグラフである。なお、図1において、図5に示された典型的な製造方法との相違を明確にするために、処理内容が異なる工程については太枠で囲っている。
【0047】
実施例1の素構造の半導体ナノ粒子は、典型的な製造方法の加熱工程(図5のS104)において用いられる通常の非水系溶媒に代えてその非水系溶媒に水を溶解させた水添加溶媒を加熱溶媒として用いて製造された半導体ナノ結晶を備える構成である。なお、比較例1−1及び比較例1−2の半導体ナノ粒子は、それぞれ、水添加溶媒に代えて、通常の非水系溶媒及びその非水系溶媒を脱水した脱水溶媒を用いて製造された半導体ナノ結晶を備える構成である。
【0048】
(実施例1)
(前駆体合成工程S111)
N,N−ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウムを水に溶解させて、0.050mol/dmの濃度に調整されたN,N−ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウム水溶液を調製する。また、硝酸銀、硝酸インジウム(III)三水和物及び硝酸亜鉛六水和物をX:Y:Z(=2−X−Y)のモル比(X=0.54,Y=1.26,Z=0.20)で水に溶解させて、金属イオン(銀イオン、インジウムイオン、亜鉛イオン)の濃度の合計が0.025mol/dmに調整された半導体材料含有水溶液を調製した。N,N−ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウム水溶液50cmに、半導体材料含有水溶液50cmを室温で攪拌しながらゆっくりと添加した。これによって、銀、インジウム、亜鉛を含み、AgInZn(SCNEtで表されるジエチルジチオカルバミド酸塩(以下において「金属錯体(前駆体の一種)」とも称す)を含む沈殿物が生成された。
【0049】
その沈殿物を含む水溶液を5分間に亘り4000rpmで遠心分離し、更にメタノールを添加した後に同一条件で遠心分離して、上澄み溶液と沈殿物とに分離した。その上澄み溶液を除去すると共に沈殿物を4回に亘り水で洗浄した。更に、水で洗浄された沈殿物を更に2回に亘りメタノールで洗浄した。これによって、沈殿物から金属錯体以外の不要物が取り除かれた。メタノールで洗浄された沈殿物を遠心分離によって単離して、デシケータ中で減圧乾燥させた。これによって、乾燥した純度の高い金属錯体が得られた。
【0050】
(結晶生成工程S112)
乾燥させた金属錯体50mgをミクロ攪拌子と共に試験管に入れて試験管内部をダブルキャップで封止した。その後、試験管内部を減圧した後に窒素ガスを充填し、ホットスターラによって金属錯体を30分間に亘り攪拌しながら180℃で加熱した。試験管(金属錯体)を室温まで空冷した後に、金属錯体に汎用オレイルアミン溶媒3.0cmを添加した。その後、ホットスターラによって金属錯体を含む第1のオレイルアミン溶液を3分間に亘り攪拌しながら180℃で加熱した。この加熱の完了後にその溶液を室温になるまで空冷した。これによって、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶等の金属錯体の熱分解生成物を含む溶液(懸濁液)が得られた。
【0051】
(結晶精製工程S113)
懸濁液を遠心分離によって上澄み溶液と沈殿物とに分離し、5.0cmの上澄み溶液をメンブレンフィルタ(13HP,0.45μm:ADVANTEC社製)で濾過した。その後、濾液にメタノールを添加してAg0.54In1.26Zn0.2結晶を沈殿させた。その後、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を遠心分離(4000rpm:5分間)によって回収した。
【0052】
(結晶加熱工程S114)
回収したAg0.54In1.26Zn0.2結晶に飽和含水率(0.300%)で水を含有する水添加オレイルアミン溶媒3.0cmを添加して溶解させた。なお、飽和含水率(0.300%)の水添加オレイルアミン溶媒は、標準含水率(0.100%)の汎用オレイルアミン溶媒に水を添加すると共にそれらを十分に攪拌した後に水層と水添加オレイルアミン層とに分離するまで静置して、水添加オレイルアミン層の一部を取り出すことによって、予め調製されている。Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を含む第2のオレイルアミン溶液を試験管に入れて、試験管内部をダブルキャップで封止する。その後、試験管内部を減圧した後に窒素ガスを充填し、ホットスターラによって第2のオレイルアミン溶液を攪拌しながら30分間に亘り180℃で加熱した。
【0053】
(結晶分離回収工程S115)
試験管を室温になるまで空冷した後に、ダブルキャップを取り外して、第2のオレイルアミン溶液にメタノールを添加し、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を沈殿させた。その後、5分間に亘り4000rpmで遠心分離し、更にメタノールを添加した後に同一条件で遠心分離することによって、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を回収した。
【0054】
(結晶乾燥工程S116)
回収したAg0.54In1.26Zn0.2結晶を乾燥させた。
【0055】
上記の製造過程を経て、水添加オレイルアミン溶媒中で加熱処理されたAg0.54In1.26Zn0.2結晶を備える素構造の半導体ナノ粒子が製造された。実施例1の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表1及び図2に示されたように約35%であった。なお、蛍光量子収率は、乾燥前後で得られたAg0.54In1.26Zn0.2結晶0.5mgを汎用クロロホルム溶媒3.0cmに溶解させたクロロホルム溶液に対して、浜松ホトニクス社製の絶対PL量子収率測定装置C9920を用いて絶対量子収率測定方法によって測定した。
【0056】
【表1】

【0057】
(比較例1−1)
比較例1−1の素構造の半導体ナノ粒子は、加熱処理(結晶加熱工程S114)で用いた水添加オレイルアミン溶媒に代えて汎用オレイルアミン溶媒を用いたこと以外は実施例1と同一の製造過程を経て製造された。これによって、汎用オレイルアミン溶媒中で加熱処理されたAg0.54In1.26Zn0.2結晶を備える素構造の半導体ナノ粒子が製造された。比較例1−1の素構造の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表1及び図2に示されたように約29%であった。
【0058】
(比較例1−2)
比較例1−2の素構造の半導体ナノ粒子は、加熱処理(結晶加熱工程S114)で用いた水添加オレイルアミン溶媒に代えて脱水オレイルアミン溶媒を用いたこと以外は上記の実施例1と同一の製造過程を経て製造された。これによって、脱水オレイルアミン溶媒中で加熱処理されたAg0.54In1.26Zn0.2結晶を備える素構造の半導体ナノ結晶が製造された。なお、脱水オレイルアミン溶媒は、汎用オレイルアミン溶媒にモレキュラーシーブを入れた状態で攪拌することによって調製された。なお、脱水オレイルアミン溶媒の含水率は、0.01%であった。比較例1−2の素構造の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表1及び図2に示されたように約29%であった。
【0059】
実施例1並びに比較例1−1及び比較例1−2との比較によって、表1及び図2に示されたように、オレイルアミン溶媒の含水率(含水量)によってAg0.54In1.26Zn0.2結晶の蛍光量子収率が変化し、具体的には、水添加オレイルアミン溶媒を用いた場合には、汎用オレイルアミン溶媒や脱水オレイルアミン溶媒を用いた場合よりも蛍光量子収率が増加した。
【0060】
〔実施形態2〕
実施形態2において、コア−シェル構造の半導体ナノ粒子及びその製造方法について説明する。本発明に係る製造方法を適用して実施例2のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子を製造した。なお、実施例2の素構造の半導体ナノ粒子との比較のために、本発明に係る製造方法を適用せずに比較例2−1及び比較例2−2のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子も製造した。図3は、素構造の半導体ナノ粒子の製造方法を表す製造工程図である。また、図4は、溶媒(クロロホルム溶媒)の含水率に対する半導体ナノ粒子の蛍光量子収率の変化を表すグラフである。なお、図3において、図6に示された典型的な製造方法との相違を明確にするために、典型的な製造方法には含まれていない工程については2重枠で囲っている。
【0061】
実施例2のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子は、結晶加熱工程(図6のS204)後に半導体ナノ結晶を水添加溶媒に分散させる新たな工程(専用工程)を行って製造されたコア−シェル構造の半導体ナノ結晶を備える構成である。なお、比較例2−1及び比較例2−2のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子は、それぞれ、実施例2における水添加溶媒に代えてその加水前の通常の非水系溶媒及びその非水系溶媒を脱水した脱水溶媒を用いて製造されたコア−シェル構造の半導体ナノ結晶を備える構成である。
【0062】
(実施例2)
実施例1と同一の過程によって、金属錯体を作製し(前駆体合成工程S211)、コア結晶としてAg0.54In1.26Zn0.2結晶を合成し(コア結晶生成工程S212)、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を精製した(コア結晶精製工程S213)。
【0063】
(結晶加熱工程S214)
回収したAg0.54In1.26Zn0.2結晶に標準含水率(0.100%)で水を含有する汎用オレイルアミン溶媒3.0cmを添加して溶解させる。Ag0.54In1.26Zn0.2結晶を含む第3のオレイルアミン溶液を試験管に入れて、試験管内部をダブルキャップで封止する。その後、試験管内部を減圧した後に窒素ガスを充填し、ホットスターラによって第3のオレイルアミン溶液を攪拌しながら30分間に亘り180℃で加熱する。
【0064】
(シェル結晶生成工程S215)
酢酸亜鉛二水和物12.33mg、チオアセトアミド4.22mg及び加熱処理後のAg0.54In1.26Zn0.2結晶が溶解した汎用オレイルアミン溶媒2.0cmをミクロ攪拌子と共に試験管に入れて試験管内部をダブルキャップで封止する。なお、酢酸亜鉛二水和物及びチオアセトアミドの添加量は、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶の表面にZnS結晶の層が0.5nmの厚さで形成されるように調整されている。その後、試験管内部を減圧した後に窒素ガスを充填し、ホットスターラによって酢酸亜鉛二水和物及びチオアセトアミドを含む第4のオレイルアミン溶液を30分間に亘り攪拌しながら180℃で加熱する。これによって、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶の表面にZnS結晶が生成され、Ag0.54In1.26Zn0.2結晶をコア結晶としZnS結晶をシェル結晶とするコア−シェル構造の結晶が形成される。加熱された試験管を室温になるまで空冷した後に、ダブルキャップを取り外して、第4のオレイルアミン溶液にメタノールを添加し、コア−シェル構造の結晶を沈殿させた。その後、5分間に亘り4000rpmで遠心分離し、更にメタノールを添加した後に同一条件で遠心分離することによって、コア−シェル構造の結晶を回収した。
【0065】
(結晶分散工程S219)
コア−シェル構造の結晶に飽和含水率の水添加クロロホルム溶媒を添加して溶解させ、密封した状態で常温常圧の環境下に静置した。なお、飽和含水率の水添加クロロホルム溶媒は、標準含水率(0.012%)の汎用クロロホルム溶媒に水を添加すると共にそれらを十分に攪拌した後に水層と水添加クロロホルム層とに分離するまで静置して、水添加クロロホルム層の一部を取り出すことによって、予め調製されている。また、コア−シェル構造の結晶を水添加クロロホルム溶媒に溶解させる際には、加振や攪拌等によって溶解を促進させてもよい。
【0066】
(最終結晶分離回収工程S216)
静置後のクロロホルム溶液にメタノールを添加し、コア−シェル構造の結晶を沈殿させた。その後、5分間に亘り4000rpmで遠心分離し、更にメタノールを添加した後に同一条件で遠心分離することによってコア−シェル構造の結晶を回収した。
【0067】
(結晶乾燥工程S217)
回収したコア−シェル構造の結晶を乾燥させた。
【0068】
上記の製造過程を経て、水添加クロロホルム溶媒中で表面処理され、コア結晶としてのAg0.54In1.26Zn0.2結晶及びシェル結晶としてのZnS結晶を備えるコア−シェル構造の半導体ナノ粒子が製造された。実施例2の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表2及び図4に示されたように約54%であった。なお、蛍光量子収率の測定には、結晶乾燥工程S217で得られた結晶0.5mgを飽和含水率の水添加クロロホルム溶媒3.0cmに溶解させたクロロホルム溶液を用いた。
【0069】
【表2】

【0070】
(比較例2−1)
比較例2−1の半導体ナノ粒子は、コア−シェル構造の結晶の水添加クロロホルム溶媒への分散に代えてコア−シェル構造の結晶を汎用クロロホルム溶媒に分散させたこと以外は実施例2と同一の製造過程を経て製造された。これによって、汎用クロロホルム溶媒中で改質され、コア結晶としてのAg0.54In1.26Zn0.2結晶及びシェル結晶としてのZnS結晶を備えるコア−シェル構造の半導体ナノ粒子が製造された。比較例2−1のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表2及び図4に示されたように約45%であった。
【0071】
(比較例2−2)
比較例2−2の半導体ナノ粒子は、コア−シェル構造の結晶の水添加クロロホルム溶媒への分散に代えてコア−シェル構造の半導体ナノ結晶を脱水クロロホルム溶媒に分散させたこと以外は実施例2と同一の製造過程を経て製造された。これによって、脱水クロロホルム溶媒中で加熱処理され、コア結晶としてのAg0.54In1.26Zn0.2結晶及びシェル結晶としてのZnS結晶を備えるコア−シェル構造の半導体ナノ粒子が製造された。なお、脱水クロロホルム溶媒は、汎用クロロホルム溶媒にモレキュラーシーブを入れた状態で攪拌することによって調製された。なお、脱水クロロホルム溶媒の含水率は、0.001%であった。比較例2−2のコア−シェル構造の半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、表2及び図4に示されたように約42%であった。
【0072】
実施例2と比較例2−1及び比較例2−2との比較によって、表2及び図4に示されたように、クロロホルム溶媒の含水率(含水量)によってAg0.54In1.26Zn0.2結晶の蛍光量子収率が変化し、具体的には、水添加クロロホルム溶媒を用いた場合には汎用クロロホルム溶媒や脱水クロロホルム溶媒を用いた場合よりも蛍光量子収率が増加した。また、クロロホルム溶媒の含水率の増加に伴ってAg0.54In1.26Zn0.2結晶の蛍光量子収率が増加する傾向が見られた。
【0073】
実施例1のように水添加溶媒と半導体ナノ結晶とが接触した状態で加熱される場合に限らず、実施例2のように半導体ナノ結晶と水添加クロロホルム溶媒とを接触させるだけで、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加することから、素構造の半導体ナノ結晶及びコア−シェル構造の半導体ナノ結晶の主たる実効的な改質は、それらの結晶の表面状態の改質であると推定される。また、半導体ナノ粒子を含むクロロホルム溶液の含水率のみの変化によって半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が変化することから、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率の変化は、クロロホルム溶液に溶解した水から供給される水素イオンや水酸化物イオンの作用に基づくと推定される。更に、水酸化物イオン(水酸基)は、水素イオンよりも半導体ナノ粒子を構成する金属元素と吸着(結合)し易いことが知られている。これらを考慮すれば、水添加溶媒と半導体ナノ結晶との接触に基づいて半導体ナノ結晶の表面に水酸化物イオンが化学吸着することによって半導体ナノ結晶の表面が改質され、その結果、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加すると推定される。
【0074】
上記のような水酸基吸着モデルに基づけば、半導体ナノ結晶の表面に化学吸着する水酸基(水酸化物イオン)の量は、水添加クロロホルム溶液の含水率及び量に基づく化学平衡状態によって決定されると考えられるために、半導体ナノ結晶に最大限に水酸化物イオン(水酸基)を化学吸着させるためには、水添加クロロホルム溶液の含水率の調整と共に水添加クロロホルム溶液の全体量を調整することが好ましいと考えられる。
【0075】
また、水酸基吸着モデルに基づけば、一旦、半導体ナノ結晶に水酸化物イオン(水酸基)を吸着させた後に非水系溶媒に浸漬されると、水酸基(水酸化物イオン)が半導体ナノ結晶から離脱する可能性もあるが、このような状態が発生したとしても、半導体ナノ結晶に水酸化物イオン(水酸基)を吸着させなかった場合に比べて、その非水系溶媒中の水酸化物イオン(水酸基)の濃度が増加するためにその溶液中での最終的な化学平衡状態において半導体ナノ結晶に化学吸着した水酸基(水酸化物イオン)の量は増加することとなる。これによって、半導体ナノ粒子の製造過程のどのような段階で半導体ナノ結晶と水添加溶媒とを接触させたとしても、最終的に製造される半導体ナノ粒子の蛍光量子収率は、それらを接触させなかった場合に比べて、増加することとなる。つまり、上記の実施例2においてはシェル結晶を生成した後のコア−シェル構造の半導体ナノ結晶とクロロホルム溶液とを接触させる場合に水添加クロロホルム溶液を用いたが、コア−シェル構造の半導体ナノ結晶と水添加クロロホルム溶液との接触に代えて又はそれに加えて、コア結晶を生成する場合(コア結晶生成工程S212)に通常用いられる汎用溶媒(汎用オレイルアミン溶媒)、シェル結晶を生成する前のコア結晶のみを加熱する場合(結晶加熱工程S214)に通常用いられる汎用溶媒(汎用オレイルアミン溶媒)、及び、半導体ナノ粒子を液相保存する場合の汎用溶媒(汎用クロロホルム又は汎用ヘキサン)のうちの少なくとも1つの汎用溶媒に代えてその溶媒に水を溶解させた水添加溶媒を用いることによって、製造される半導体ナノ粒子の蛍光量子収率が増加することとなる。
【0076】
また、水酸基吸着モデルに基づく半導体ナノ結晶に化学吸着した水酸基(水酸化物イオン)の離脱の可能性を考慮すれば、半導体ナノ粒子の製造過程において最後に半導体ナノ結晶と溶媒とを接触させる場合の溶媒として水添加溶媒を用いることによって、半導体ナノ粒子の蛍光量子収率を増加させる際の簡便性及び実効性が高くなる。
【0077】
上記の実施形態2における各種の実験結果に基づく考察は、実施形態1に対しても実質的に同様に成り立つと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、半導体ナノ粒子及び半導体ナノ粒子を蛍光体として用いる機器や物品に適している。
【符号の説明】
【0079】
S102,S112:結晶生成工程
S104,S114:結晶加熱工程
S107:結晶分散工程
S202,S212:コア結晶生成工程
S204,S214:結晶加熱工程
S205,S215:シェル結晶生成工程
S208:結晶分散工程
S219:結晶分散工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体ナノ粒子の製造方法であって、
非水系溶媒に水を溶解させて水添加溶媒を調製し、
発光性を有する半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させる、
ことを特徴とする半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項2】
前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶を分散させることにより前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させ、前記水添加溶媒中で前記半導体ナノ結晶を加熱する請求項1に記載の半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項3】
前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶を分散させることにより前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させ、前記水添加溶媒中に前記半導体ナノ結晶が分散した状態を常温で維持する請求項1に記載の半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項4】
前記水添加溶媒に前記半導体ナノ結晶の前駆体を溶解させ、
前記水添加溶媒中に前記前駆体が溶解した状態において前記前駆体から前記半導体ナノ結晶を生成させることにより、前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させる請求項1記載の半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項5】
前記半導体ナノ結晶が、コア結晶と前記コア結晶の外側に形成されたシェル結晶とを含み、
前記水添加溶媒に少なくとも1種類のシェル材料物質を溶解させ、
前記水添加溶媒中に前記少なくとも1種類のシェル材料物質が溶解していると共に前記コア結晶が分散した状態において前記少なくとも1種類のシェル材料物質から合成され前記コア結晶と異なる半導体物質からなるシェル結晶を前記コア結晶の外側に生成させることにより、前記半導体ナノ結晶と前記水添加溶媒とを接触させる、
請求項1に記載の半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項6】
前記半導体ナノ結晶が、カルコパイライト型結晶構造の結晶部を含み、一般化学式AgInZn(X+Y+Z=2;0≦X≦2;0≦Y≦2;0≦Z<2)で表される結晶である請求項1〜4のいずれか一項に記載の半導体ナノ粒子の製造方法。
【請求項7】
発光性を有する半導体ナノ結晶と非水系溶媒に水を溶解させた水添加溶媒と接触させる過程を経て製造された半導体ナノ粒子。
【請求項8】
半導体ナノ粒子であって、
発光性を有する半導体ナノ結晶と、
非水系溶媒に水を溶解させた水添加溶媒と前記半導体ナノ結晶との接触により前記半導体ナノ結晶の表面に化学吸着した水酸基と、
を含むことを特徴とする半導体ナノ粒子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−178645(P2011−178645A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47359(P2010−47359)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(000000309)IDEC株式会社 (188)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(598041795)神戸天然物化学株式会社 (11)
【Fターム(参考)】