説明

吸着剤及びウイルスの吸着方法

【課題】 入手し易い普通の炭化物でも、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化したノロウイルスのようなウイルスからなる被吸着物を容易に吸着できるようにする。
【解決手段】 原材料を炭化させた炭化物で構成され、炭化物は、水分の存在下で表面電荷がプラスになるように、金属イオンを付着させた原材料を炭化させたものであり、金属塩として硫酸鉄(FeSO4 )を用い、その付着を金属塩の水溶液に原材料を浸漬することにより行い、原材料の炭化を無酸素下で行うとともに、炭化温度を600℃〜12000℃にした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス等の微小な被吸着物を吸着する吸着剤に係り、特に、マイナスの電荷をもつ被吸着物に有用な吸着剤及びこの吸着剤を用いたウイルスの吸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、岩手県沿岸部をはじめカキ等の二枚貝の養殖が盛んに行われているが、病原微生物ノロウイルス(以下「NV」とも表記する)による汚染がしばしば問題となることがある。ノロウイルスは、感染者の小腸上皮で増殖し、便、嘔吐物として排泄され汚水処理施設へ流入する。流入したノロウイルスの多くは汚水処理施設の処理工程中に除去されるが、除去されなかった一部のノロウイルスは放流水中に排出され、その結果、河川、海域を汚染し、カキ等二枚貝のNV汚染の原因となると言われている。カキのNV汚染は、カキ養殖業にとって大きなダメージとなることから、「汚染対策」が早急に求められ、具体的には汚水処理におけるノロウイルスの低減化が強く望まれている。
【0003】
そこで、例えば、ノロウイルスを活性炭等の炭化物からなる吸着剤に吸着することが考えられる。また、従来、ウイルスの吸着剤としては、例えば、特開2007−190541号公報(特許文献1)に掲載されているものが知られている。これは、クルミ科に属するペカン類植物の種子殻を炭化させて得られる炭化物で、ペカンナッツ殻炭化物のもつ独特の微細立体空隙構造により、ウイルスを収容して失活させるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−190541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、活性炭は水溶液中ではマイナスに帯電しており、カチオン性の物質の吸着には有利であるが、アニオン性の物質はほとんど吸着しない。一方、ノロウイルスは、マイナスの電荷をもつので、活性炭にノロウイルスを吸着させるようにしても、両者が電気的に反発することから、活性炭等の通常の炭化物には吸着しにくいという問題があった(図1の従来の炭化物参照)。
また、特許文献1記載の吸着剤も、通常の活性炭と同様に、マイナスに帯電していると考えられ、物理的吸着に帰するので、ノロウイルスのようにマイナスの電荷をもつウイルスには不向きである。更に、この吸着剤は、ペカン類植物の種子殻を炭化させて得られる特殊なものなので、入手が容易でなく高価になっているという問題もある。
【0006】
本発明は上記の点に鑑みて為されたもので、入手し易い普通の炭化物でも、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化した被吸着物を容易に吸着できるようにした吸着剤を提供することを目的とする。また、ノロウイルスのようにマイナスの電荷をもつウイルスに有用なウイルスの吸着方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、従来からある黒炭に着目し、その表面電荷をカチオン化するための炭化技術について研究開発を行い、発明を完成させた。
即ち、このような目的を達成するための本発明の吸着剤は、原材料を炭化させた炭化物で構成される吸着剤において、上記炭化物は、水分の存在下で表面電荷がプラスになる構成としている。
【0008】
原材料としては、スギ、ナラなどの木質系素材の他にトウモロコシの芯、茎、パルプなどのバイオマスや、上記に関連した産業廃棄物を原料としても良い。
【0009】
これにより、図1の吸着原理に示すように、本発明の吸着剤Sに、水分の存在下で、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化してマイナスの電荷をもつ被吸着物(図1の例ではウイルスV)を作用させると、吸着剤Sである炭化物Tは表面電荷がプラスになっているので、両者が電気的に引き合うことから、被吸着物が吸着剤Sに吸着されていく。そして、吸着剤Sは炭化物Tなので、その比表面積が極めて大きいことから、一旦収容された被吸着物が離脱しにくくなる。特に、被吸着物がノロウイルスのようにマイナスの電荷をもつウイルスVにおいては、吸着剤SがウイルスVを確実に吸着して補足するので、極めて有用になる。
【0010】
そして、必要に応じ、上記炭化物は、金属イオンを付着させた原材料を炭化させたものである構成としている。この炭化により、水分の存在下でイオン化する例えば金属酸化物等の金属化合物が炭化物の表面に結合あるいは付着して生成される。このため、予め、原材料に金属イオンを付着させてから炭化するので、炭化物に後から金属化合物を付着させる場合に比較して、金属化合物を炭化物に良く分散させることができる。また、金属イオンを付着させてから炭化するので、金属化合物を確実に付着させることができ、炭化物の表面電荷を確実にプラスにすることができるようになる。
【0011】
ここで示した、金属としては、主にアルミニウム、鉄、ニッケル、亜鉛等の少なくとも1以上から選択される。
【0012】
また、必要に応じ、上記金属イオンの付着を、該金属イオンを有する金属塩の水溶液に原材料を浸漬することにより行う構成としている。金属塩は、例えば、硫酸塩、塩化物塩、硝酸塩,酢酸塩等から選択される少なくとも1以上をいう。
すなわち金属塩の水溶液に原材料を浸漬し、金属イオンを炭化材料に付着させることで吸着素材を作り、それらを炭化する。浸漬するだけで金属イオンを付着させることができるので、製造が容易になる。
【0013】
特に木質系素材を原材料にする場合、上記金属塩は、鉄塩であることが効果的である。すなわち鉄イオンは木質系素材のおもにセルロースの水酸基と配位しやすい特性があることから、木質系素材に吸着させる金属イオンとしては有利である。また、この鉄が多く含まれていることは炭化する場合においても、および炭化物にとっても非常に効果的に働く。その理由として、炭化時に鉄は触媒として働くため、炭化物の炭化が進みやすくなり、結果的に結晶性の高い、比表面積の多い炭化物が得られるからである。さらには炭化物に鉄が多く含まれることで、炭化物表面の電荷が正となり、負の吸着物質を吸着しやすくなるからである。すなわちこの表面電荷が正になる構造は本特許で提案している吸着素材の基本構造にあたる。
【0014】
更に、必要に応じ、上記原材料として、トウモロコシの廃棄物を用いた構成としている。主に、コーンコブ(トウモロコシの穂軸、以下「CC」と表記もする)及び/またはコーンストーク(トウモロコシの茎、以下「CS」とも表記する)が用いられるが、これらは木材に比較して、多孔質であり、また、鉄分の含有率が高いことから、炭化物表面がプラスに帯電しやすく、アニオン性物質の吸着効率が高くなる。また、硫酸鉄水溶液で処理した場合、鉄(Fe)の担持量は、木材に比較して、コーンコブ及びコーンストーク共に高く、さらにコーンコブはコーンストークに比較してもとりわけ高く、得られた炭化物の表面電荷がよりプラスになることから、負の電荷をもつ被吸着物、たとえばノロウイルスのような物質の吸着には効果的である。また、コーンコブやコーンストークは農業廃棄物として大量に得られ、入手し易いことも吸着剤としての材料として有利である。
【0015】
更に、必要に応じ、上記原材料の炭化を無酸素下で行うとともに、炭化温度を600℃〜1200℃にした構成としている。望ましくは、700℃〜1100℃、より望ましくは、800℃〜1000℃である。この温度範囲で、吸着性能の高い炭化物が得られる。また、金属化合物の生成効率が向上させられる。
【0016】
また、上記目的を達成するため、本発明のウイルスの吸着方法は、上記の吸着剤を用い、水中に存在しマイナスの電荷を有したウイルスを吸着する構成としている。この場合、吸着剤は、これを粉末状態にしてフィルター状基材に担持ないし混入させることが好ましいが、粉末状あるいは顆粒状のものをそのまま使用することも可能である。
これにより、図1の吸着原理に示すように、本発明の吸着剤Sに、水分の存在下で、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化してマイナスの電荷をもつ被吸着物としてのウイルスVを作用させると、吸着剤Sである炭化物Tは表面電荷がプラスになっているので、両者が電気的に引き合うことから、ウイルスVが吸着剤Sに吸着されていく。そして、吸着剤Sは炭化物Tなので、その比表面積が極めて大きいことから、一旦収容されたウイルスVが離脱しにくくなる。
【0017】
そして、この場合、上記ウイルスとして、ノロウイルスを含む構成としている。すなわちノロウイルスは、水溶液中においてマイナスの電荷をもつウイルスであり、そのため、表面電荷がプラスの本炭化物は、ノロウイルスを確実に吸着して補足することができるのである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、入手し易い普通の炭化物の原材料である木質系素材(ナラ、スギ等)でも、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化した被吸着物を容易に吸着できるようにすることができる。また、その表面電荷を正にした炭化物はノロウイルスのようにマイナスの電荷をもつウイルスの吸着に対して極めて有用に機能する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態に係る吸着剤及びその吸着原理を従来の炭化物と比較して示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る吸着剤の製造工程を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る吸着剤(Nara)を示す電子顕微鏡写真である。
【図4】本発明の実施の形態に係る吸着剤(Nara)のノロウイルスを吸着した後の状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実験例1に係り、FeSO4 処理炭化物の比表面積を示すグラフ図である。
【図6】本発明の実験例2に係り、FeSO4 処理炭化物のゼータ電位を未処理炭化物と比較して示す表図である。
【図7】本発明の実験例3に係り、FeSO4 処理炭化物のFe担持量を示すグラフ図である。
【図8】本発明の実験例4に係り、実験に用いた炭化物の原材料及びその状態を示す表図である。
【図9】本発明の実験例4の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面に基づいて、本発明の実施の形態に係る吸着剤について詳細に説明する。
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る吸着剤Sは、原材料を炭化させた炭化物Tで構成され、この炭化物Tは、水分の存在下で表面電荷がプラスになる。
詳しくは、原材料として、スギ、ナラなどの木材、トウモロコシの芯、あるいは茎などの植物系素材が用いられる。実施の形態では、原材料は、木材としてのナラ材(以下「Nara」とも表記する)、トウモロコシとしてコーンコブ(「CC」)及びコーンストーク(「CS」)の何れかを用いた。これらはトウモロコシを収穫した後の廃棄物である。
【0021】
この炭化物Tは、金属イオンを付着させた原材料を炭化させたものである。この金属イオンの付着は、金属イオンを有する金属塩の水溶液に原材料を浸漬することにより行う。実施の形態では、金属塩として硫酸鉄(FeSO4 )を用いた。また、原材料の炭化は、無酸素下で行うとともに、炭化温度を600℃〜1200℃、望ましくは、700℃〜1100℃、より望ましくは、800℃〜1000℃にしている。具体的には、窒素ガスや希ガス気流下で炭化する。
【0022】
次に、この吸着剤の製造方法について説明する。図2に示すように、この製造方法は、原材料に金属イオンを付着させる金属イオン付着工程(1)と、金属イオン付着工程で金属イオンが付着させられた原材料を炭化する炭化工程(2)と、得られた炭化物を粉砕する粉砕工程(3)とを備えている。以下各工程について説明する。
【0023】
(1)金属イオン付着工程
原材料を金属塩で処理し金属イオンを付着させる。実施の形態では金属塩として硫酸鉄(FeSO4 )を用い、この硫酸鉄の0.05M水溶液を用意した。金属イオンの付着は、この金属塩の水溶液に原材料を浸漬することにより行うとともに、超音波振動(5min)を付与して行う。この場合、鉄イオンは木質系素材のおもにセルロースの水酸基と積極的に配位するため吸着されやすく、結果的に浸漬するだけで金属イオンを付着させることができるので、製造が容易となる。炭化する原材料は、所要時間浸漬後、水溶液から取り出し、乾燥させる。なお、金属塩処理する炭化材料の形状は問わないが、金属の付着率をあげるためには、できるだけ粉体に近い形状のものが望ましい。
【0024】
(2)炭化工程
金属塩処理された炭化材料は炭化炉において、炭化を無酸素下で行う。実施の形態では、窒素雰囲気下(流量:1.5dm3 /min)で、炭化温度800℃と1000℃において炭化し、炭化時間は30min、昇温速度は6.7℃/minに設定した。実験室レベルでは窒素還元雰囲気および炭化温度、窒素流量は自動でコントロールできる電気炉を用いているが、炭化のための装置はこれらの条件を満たすものであればどのような炉を用いてもよい。この炭化により、水分の存在下でイオン化する例えば金属酸化物等の金属化合物が炭化物の表面に結合あるいは付着して生成される。この工程においては、予め、原材料に金属イオンを付着させてから炭化するので、炭化物に金属化合物を後から付着させる場合に比較して、金属化合物を炭化物に良く分散させることができる。
【0025】
また、炭化材料は硫酸鉄で処理するので、炭化時に付着している鉄イオンが触媒として働き、その結果、炭化物の炭化が進みやすくなり、結晶性の高い、比表面積の多い炭化物が得られる。また鉄が炭化物に多く含まれることになるので、炭化物表面が正の電荷を持ち、結果として、負の電荷を持つ吸着物質を吸着しやすくなる。
特に、炭化材料として選んだコーンコブやコーンストークは、木材に比較して、多孔質であり、また、比較的鉄分の含有率が高いことから、得られた炭化物の表面がプラスに帯電しやすい。硫酸鉄で処理した場合の鉄(Fe)の担持量は、ナラ材に比較して、コーンコブ及びコーンストーク共に高く、コーンコブはコーンストークに比較してとりわけ高くなる傾向にあり、コーンコブ炭化物の表面電荷がプラスに帯電しやすいことがここからも伺える。
【0026】
(3)粉砕工程
得られた炭化物は粉砕機により粉砕し、100メッシュアンダーのものを篩い分けして吸着素材として用いた。
【0027】
このようにして製造された吸着剤Sを、例えば、ウイルスVの吸着に用いるときは、例えば、吸着剤Sをフィルター状基材に担持ないし混入させ、ウイルスVが混入していると考えられる水溶液に対して作用させるが、粉末状あるいは顆粒状のものをそのまま使用することも可能である。
これにより、図1の吸着原理に示すように、水分の存在下で、マイナスに帯電しあるいはマイナスにイオン化してマイナスの電荷をもつ被吸着物としてのウイルスVがあると、吸着剤Sである炭化物Tは表面電荷がプラスになっているので、両者が電気的に引き合うことから、ウイルスVが吸着剤Sに吸着されていく。そして、吸着剤Sは炭化物Tなので、その比表面積が極めて大きいことから、一旦収容されたウイルスVが離脱しにくくなる。特に、ウイルスVが、ノロウイルス(NV)の場合には、ノロウイルスはマイナスの電荷をもつウイルスであり、そのため、ノロウイルスを確実に吸着して補足することができる。
【0028】
図3には、本発明の実施の形態に係る吸着剤の一例を示す電子顕微鏡写真(倍率2300倍)を示す。これは、原材料がナラ材(Nara)であり、上記の条件において、炭化温度が800℃のものである。
図4は、本発明の実施の形態に係る吸着剤のノロウイルスを吸着した後の状態を示す電子顕微鏡写真(倍率2500倍)である。上記の条件において、炭化温度が800℃のものであるが、いずれの電子顕微鏡写真からも、炭化物表面、あるいは空隙の内部に鉄が均一に分散して担持されていることが確認できる。また、ノロウイルスを吸着した後の電子顕微鏡写真においても、鉄が均一に分散、付着していることから、吸着処理による溶脱が生じていないことが確認できる。よって、本発明によって得られる吸着剤の吸着効果を電子顕微鏡において、物理的にも確認できる。
【0029】
<実験例>
以下実験例について説明する。
(1)実験例1(比表面積)
実験では、炭化材料として木材のナラ材(以下「Nara」とも表記する)を用い、トウモロコシのコーンコブ(「CC」)及びコーンストーク(「CS」)を用いた。これらの原材料について、図1に示す上記と同様の条件で、硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理し,鉄イオンを付着させた。
それらを、磁製るつぼの中に入れ、これをマッフル炉(株式会社デンケン製卓上真空・ガス置換炉KFD75型)内において,窒素気流下(流量:1.5 dm3/min),昇温速度6.7℃/minで、600,800,1000℃の温度条件で炭化を行った。炭化は所定温度に達してから30min行い、そののち自然放冷した。
【0030】
結果を図5に示す。この結果から、通常の炭化物では300(m2/g)前後の比表面積であるのに対し、鉄イオンの存在下で炭化したこれらの炭化物は、どの素材においても、その値は通常のものと比較して大きな値となっていることがわかる。吸着剤として機能するためには炭化物内部に沢山の空隙とその量を示す比表面積が大きくなければならない。そのためには、炭化の促進、すなわち効率的なガス化が行なわれる必要がある。ガス化の促進には炭化材料に金属イオンが多く存在し、その触媒作用をおこす必要があるが、本実験においては、炭化材料に鉄イオンを大量に担持させていることから、炭化の促進が進む。したがって、吸着に必要な比表面積が大きな値となる。炭化温度が高くなるにしたがっていずれの炭化材料においても、比表面積は大きくなる傾向があるが、1000℃で炭化したCSの値はさらに大きく、吸着材料としての効果が高いことが予想される。
【0031】
(2)実験例2(ゼータ電位)
ゼーター電位は、炭化物表面の水溶液中での電荷を示すもので、通常の炭化物は負の電荷を持っているが、本特許では正の電荷を持つ炭化物を製造し、新たな吸着剤として提案をしている。ゼーター電位を測定する実験では、木材としてナラ材(「Nara」)を用い、トウモロコシのコーンストーク(「CS」)を用いた。これらの原材料について、実験例1と同様に、硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理し、鉄を付着させた後、電気炉で窒素雰囲気下で炭化し、炭化物を得た。比較のために、硫酸鉄(FeSO4 )を付着させない未処理のものについても、実験例1と同様の電気炉で窒素雰囲気下で焼成し、炭化物を得た。炭化温度は、500℃,600℃,700℃,800℃,900℃,1000℃の6段階とし、これら炭化物表面のゼータ電位を測定した。
【0032】
結果を図6に示す。この結果から、未処理の炭化物表面が負に帯電しているのに対し、処理された炭化物は明らかに正の電荷を示した。また、CSがナラより正の電荷が大きいことから、アニオン性の吸着物質をCSがより多く吸着することが予想できた。
【0033】
(3)実験例3(Feの担持量)
実験では、木材としてナラ材(「Nara」)を用い、トウモロコシのコーンコブ(「CC」)及びコーンストーク(「CS」)を用いた。また、コーンストーク(「CS」)については、これを「内部」と「皮」別々に分離したものも用意した。これらの原材料について、実験例1と同様に、硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理し、鉄イオンを付着させた後、電気炉を用い窒素雰囲気下で炭化し、炭化物を得た。炭化温度は800℃とした。
【0034】
結果を図7に示す。この結果から、硫酸鉄(FeSO4 )水溶液中で炭化材料を処理することで、鉄の含有量は何れも上昇するが、CCの含有量が他の炭化材料に比べて高いことが分かった。鉄イオンは木質系素材のおもにセルロースの水酸基と配位することで、吸着される。この鉄が多く含まれていることが炭化する場合、および炭化物にとって非常に有利に働く。その理由は、1)炭化時に鉄イオンは触媒として働く。2)炭化物の炭化が進みやすくなり、結果的に結晶性の高い、比表面積の多い炭化物が得られる。3)また炭化物に多く含まれることで、表面の正の電荷が強くなり、負の吸着物質を吸着しやすくなる。
【0035】
(4)実験例4(ノロウイルス(NV)の吸着実験)
実験では、木材としてナラ材(「Nara」)を用い、トウモロコシのコーンコブ(「CC」)及びコーンストーク(「CS」)を用いた。これらの原材料について、実験例1と同様に、硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理し、鉄イオンを付着させた後、電気炉で窒素雰囲気下で炭化し、炭化物を得た。炭化温度は、800℃,1000℃の2段階とした。また、比較のために、硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理しない未処理のものについても、実験例1と同様の電気炉で窒素雰囲気下で炭化し、炭化物を得た。更に、比較のため、市販の活性炭でも同様の実験を行った。
【0036】
図8に、実験に用いた炭化物を表にして示す。表中、記号の欄の(+)は炭化物表面がプラスの電荷に帯電していることを意味し、(−)はマイナスの電荷に帯電していることを意味する。鉄前処理(金属イオン付着工程)の欄の「+」は硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理したことを意味し、「−」は硫酸鉄(FeSO4 )溶液で処理しない未処理であることを意味する。
【0037】
ノロウイルスの吸着実験(NV吸着量の測定)は下記の要領で行った。
1)調整したノロウイルス患者糞便乳剤(約106 コピー/ml)10mlを15ml遠沈管に各吸着剤50mgとともに添加し、1分,15分,30分,60分間水平振とう(70回/min)することで炭化物への吸着を行なった。
2)吸着時間ごとに、遠沈管を12,000rpmで20分間遠心分離を行い、上清についてQIAamp Viral RNA Miniキット(QIAGEN)を用いてRNA抽出を行なった。
3)RNA抽出後、PrimeScript RT−Reagent Kit(TAKARA)を用いてcDNAを作成し、リアルタイムPCR法で溶液中のコピー数を決定した。
【0038】
結果を図9に示す。この結果から、鉄処理をして炭化温度の高い炭化物ほど、また、処理時間が長くなるほど、NVの吸着量は増える傾向にあった。一方、硫酸鉄溶液で処理していない炭化物、および活性炭はほとんどNVを吸着しないか、吸着量が少ない傾向にあった。詳しくは、炭化温度の異なる鉄処理したコーンコブ(CC(+)800およびCC(+)1000)では、添加直後からNVコピー数が2Log以上減少し、30分以降はいずれも検出限界以下であった。このことから、鉄処理したコーンコブの炭化物では、明らかなNVの吸着効果を確認できた。鉄処理したナラでも同様にNVの減少が確認され、この傾向は炭化温度1,000℃(N(+)1000)の炭化物で顕著で、15分間振とう後のNV量は2オーダー減少し、30分以降では、いずれも検出限界以下の値となった。しかし、鉄未処理のコーンコブ(−)およびナラ(−)では、いずれの振とう時間でもNVコピー数に大きな変化はなく、吸着率も非常に小さかった。また市販の活性炭も吸着効果が認められなかったことから、市販の活性炭および鉄未処理の炭化物にはNVの吸着効果は期待できないことがわかった。
【0039】
以上の吸着実験結果から以下のことが考察される。通常の炭化物表面は水溶液中において、負に帯電していることから、カチオン性の物質の吸着には有利である一方、アニオン性の物質はほとんど吸着しない。したがって、市販の活性炭では、アニオン性の特性を持っているNVに対する吸着効果はほとんどみられなかった。しかし、鉄イオンを木質系材料に担持させ、そのまま還元雰囲気下で炭化することにより、炭化物表面はわずかではあるが、カチオン性に変わり、NVの吸着を可能にした。すなわち、本特許で提案した炭化物は、表面電荷をカチオン性にかえることで、NVの吸着を可能にするものである。また、鉄処理炭化物は、炭化温度が1000℃の炭化物の方が800℃のものより吸着効果が高い傾向を示したが、炭化温度による比表面積の違いが吸着効性に関与したものと考えられる。ナラ材(N(+)1000)とコーンストーク(CS(+)1000)においては、また、30分の振とう後に、6LogのNVコピー数が減少しており、吸着のための振とう時間もNV吸着の効果を増加させる要因のひとつであることが示唆された。
【0040】
尚、上記実施の形態においては、炭化物の原材料として木材としてナラ、トウモロコシのコーンコブ及びコーンストークを用いたが、必ずしもこれに限定されるものではなく、他の植物材料、あるいは、バイオマス等本発明の機能を奏する炭化物原材料であればどのようなものでも良く、適宜変更して差し支えない。また、上記実施の形態においては、金属塩として硫酸鉄(FeSO4 )を用いたが、必ずしもこれに限定されるものではなく、本発明の機能を奏する金属塩であればどのようなものでも良く、適宜変更して差し支えない。要するに、炭化物の表面が正に荷電していれば、その方法は問わない。
【0041】
尚また、本発明が対象とするウイルスは、ノロウイルスに限定されるものではなく、その他の下痢症をおこすヒト腸管系ウイルス等でも良く、負に帯電している、あるいは負にイオン化したウイルスであれば、どのようなウイルスにも有効であることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明者らの汚水処理施設における下痢症ウイルスの動態調査によると、住民の排泄物等が集まる汚水処理施設における流入水の下痢症ウイルスは、大部分が除去されていると考えられるが、一部のウイルスは放流水に残存するケースもあり、放流水がカキ等の二枚貝の汚染源のひとつとなっていることが考えられる。そのため、本発明によれば、このような汚水処理施設の放流水において、ウイルスの吸着を行う極めて有用な技術として、発展が期待できる。たとえば、下痢症ウイルスの典型的なノロウイルスが汚水処理施設から排泄されなくなることで、安全な生牡蠣の生産が可能となり、結果的にウイルスのいない付加価値の高い牡蠣による経済的効果も期待できる。また、牡蠣を介するノロウイルスの人への感染を防ぐことができるようになり、食中毒の原因であるノロウイルスを社会的に減少させる効果も期待できる。さらに、水溶液中でカチオンの電荷を持つノロウイルス以外の他のウイルスに対しても同様の、吸着効果が期待できることから、その社会的効果は非常に大きいと考えられる。
【符号の説明】
【0043】
S 吸着剤
T 炭化物
V ウイルス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原材料を炭化させた炭化物で構成される吸着剤において、
上記炭化物は、水分の存在下で表面電荷がプラスになることを特徴とする吸着剤。
【請求項2】
上記炭化物は、金属イオンを付着させた原材料を炭化させたものであることを特徴とする請求項1記載の吸着剤。
【請求項3】
上記金属イオンの付着を、該金属イオンを有する金属塩の水溶液に原材料を浸漬することにより行うことを特徴とする請求項2記載の吸着剤。
【請求項4】
上記金属塩は、鉄塩であることを特徴とする請求項3記載の吸着剤。
【請求項5】
上記原材料として、トウモロコシの廃棄物であるコーンコブ及び/またはコーンストークを用いたことを特徴とする請求項1乃至4何れかに記載の吸着剤。
【請求項6】
上記原材料の炭化を無酸素下で行うとともに、炭化温度を600℃〜1200℃にしたことを特徴とする請求項1乃至5何れかに記載の吸着剤。
【請求項7】
上記請求項1乃至6何れかに記載の吸着剤を用い、水中に存在しマイナスの電荷を有したウイルスを吸着することを特徴とするウイルスの吸着方法。
【請求項8】
上記ウイルスとして、ノロウイルスを含むことを特徴とする請求項7記載のウイルスの吸着方法。

【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−59754(P2013−59754A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−201592(P2011−201592)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月18日に社団法人日本水環境学会が発行した、第45回 日本水環境学会年会講演集にて発表
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【Fターム(参考)】