説明

固体潤滑剤および摺動部材

【課題】海島構造を有する固体潤滑剤であって、海相を強化して高荷重条件下での使用においても欠損等の不具合を生じることのない固体潤滑剤およびこの固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材を提供する。
【解決手段】ポリエチレン樹脂1〜10体積%と、炭化水素系ワックス20〜60体積%と、メラミンシアヌレート10〜60体積%と、ポリアミド樹脂5〜15体積%と、変性ポリエチレン樹脂2〜10体積%とから成り、変性ポリエチレン樹脂が、グラフトモノマーをポリエチレン樹脂にグラフト重合して得られるグラフト変性ポリエチレン樹脂である固体潤滑剤、および、摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に、上記の固体潤滑剤を埋め込んで成る摺動部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑剤および摺動部材に関し、詳しくは、高荷重条件下での使用においても欠損などの不具合を生じることのない固体潤滑剤およびこの固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受摺動面に形成された孔または溝などに埋め込んで使用される固体潤滑剤においては、当該固体潤滑剤が相手材(回転軸など)との滑りによって軸受摺動面に導入され易く、かつそこに強固な固体潤滑被膜を形成し、形成された当該被膜は繰返される摩擦に長時間耐え、しかも被膜に破断を生じた場合は当該被膜の自己補修性にも優れていることが望まれる。この種の固体潤滑剤としては、黒鉛を主成分とする固体潤滑剤が賞用されている。それは、黒鉛はその結晶構造が層状構造を有するため、荷重方向に対しては大きな抵抗力を示すが、すべり方向に対しては抵抗力が小さく、しかも軟質であり、更に常温からかなりの高温まで潤滑性能を保つことができるという利点を有するからである。
【0003】
しかしながら、黒鉛を主成分とした固体潤滑剤は、黒鉛被膜の形成能がやや不足するとともに繰返し摩擦に対する被膜の寿命が充分でないため、摺動部材(軸受)の使用条件が制約され、例えば高荷重条件では使用に耐え難いという問題がある。
【0004】
他の固体潤滑剤としては、鉛と4フッ化エチレン樹脂とポリオレフィン樹脂およびワックス類から成る固体潤滑剤が提案されている(例えば特許文献1参照)。この固体潤滑剤は、高荷重条件下において摩擦係数が極めて低く、また被膜の形成能に優れ、当該被膜の寿命も長く、更には被膜の自己補修性にも優れる、という固体潤滑剤に要求される諸条件を悉く満足するものであるが、近年の機械装置の大型化や高性能化に伴い、固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材には、更なる負荷能力、摩擦摩耗特性の向上などが要求されている。
【0005】
また、別の観点では、近年、材料開発の動向は環境問題への配慮を余儀なくされ、上記固体潤滑剤としての要求を悉く満足する鉛成分であっても、当該鉛は環境負荷物質であることからその使用が制限されるという問題がある。
【0006】
上記実情に鑑み、本出願人は、先にポリエチレン樹脂と炭化水素系ワックスとメラミンシアヌレートとから成る固体潤滑剤を提案した(例えば、特許文献2参照)。当該固体潤滑剤は、成分中に環境負荷物質である鉛を含有することなく、当該鉛を含有した固体潤滑剤と同等もしくはそれ以上の摩擦摩耗特性を示すものであり、一応の解決を見た。しかしながら、その後の実験により新たな問題点が提起された。すなわち、この固体潤滑剤は、ポリエチレン樹脂と炭化水素系ワックスとで海相(連続相)を形成し、この海相内にメラミンシアヌレートの島相(分散相)が分散している海島構造を有している。この固体潤滑剤を摺動部材基体に形成された孔に埋め込んだ状態で摺動試験を試みたところ、摺動面に発生する摩擦熱の影響で当該固体潤滑剤に膨張および軟化を生じ、この状態で繰返し摩擦を受けることにより当該固体潤滑剤に塑性流動を生じ、結果として固体潤滑剤の一部に欠損を惹起するという問題点である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭62−12839号公報
【特許文献2】国際公開WO2004/046285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、その目的は、海島構造を有する固体潤滑剤であって、海相を強化して高荷重条件下での使用においても欠損等の不具合を生じることのない固体潤滑剤およびこの固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記問題点を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、自己潤滑性を有するポリアミド樹脂に着目し、このポリアミド樹脂と海相とに対し、相溶化剤を含有して両者の相溶性を高め、当該ポリアミド樹脂を海相に結合させて当該海相の強化を図ることにより、上記問題点を解決することが出来ることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は次のとおりである。
【0011】
(1)ポリエチレン樹脂1〜10体積%と、炭化水素系ワックス20〜60体積%と、メラミンシアヌレート10〜60体積%と、ポリアミド樹脂5〜15体積%と、変性ポリエチレン樹脂2〜10体積%とから成り、変性ポリエチレン樹脂が、グラフトモノマーをポリエチレン樹脂にグラフト重合して得られるグラフト変性ポリエチレン樹脂であることを特徴とする固体潤滑剤。
(2)炭化水素系ワックスが、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス、アルキルベンゼン、マイクロクリスタリンワックス又はこれら2種以上の混合物である上記の(1)に記載の固体潤滑剤。
(3)ポリアミド樹脂が、ポリラウリルラクタム(ナイロン−12)及び/又はポリウンデカンアミド(ナイロン−11)である上記の(1)又は(2)に記載の固体潤滑剤。
(4)グラフトモノマーが、α、β−不飽和カルボン酸、α、β−不飽和カルボン酸無水物、α、β−不飽和カルボン酸誘導体またはこれら2種以上である上記の(1)〜(3)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(5)さらに、追加成分として、高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド又はこれら2種以上を1〜10体積%含有する上記の(1)〜(4)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(6)さらに、追加成分として、金属石けんを3〜20体積%含有する上記の(1)〜(5)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(7)さらに、追加成分として、リン酸塩を3〜15体積%含有する上記の(1)〜(6)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(8)さらに、追加成分として、高分子量4フッ化エチレン樹脂を0.5〜10体積%含有する上記の(1)〜(7)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(9)摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込まれる上記の(1)〜(8)の何れかに記載の固体潤滑剤。
(10)摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に、上記の(1)〜(9)の何れかに記載の固体潤滑剤を埋め込んで成る摺動部材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ポリエチレン樹脂と炭化水素系ワックスとで海相を形成し、この海相内にメラミンシアヌレートの島相が分散した海島構造を有し、この海相とポリアミド樹脂が相溶化剤としての変性ポリエチレン樹脂により相溶性が高められ、ポリアミド樹脂が海相に結合することにより当該海相の強化が図られ機械的強度が高められる結果、高荷重条件下での使用においても、欠損等の不具合を生じることはなく、安定した摺動特性を発揮する固体潤滑剤およびこの固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の固体潤滑剤は、好ましくは摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に埋め込まれる固体潤滑剤であって、ポリエチレン樹脂1〜10体積%と、炭化水素系ワックス20〜60体積%と、メラミンシアヌレート10〜60体積%と、ポリアミド樹脂5〜15体積%と、変性ポリエチレン樹脂2〜10体積%とから成る。本発明の固体潤滑剤は、通常、ポリエチレン樹脂、炭化水素系ワックス、ポリアミド樹脂および変性ポリエチレン樹脂からなる海相と、当該海相内に分散するメラミンシアヌレートの島相との海島構造を有する。
【0014】
本発明の固体潤滑剤において、ポリエチレン樹脂は、結合材としての作用を為し海相を形成する。ポリエチレン樹脂としては、低密度ポリエチレン樹脂(LDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン樹脂(LLDPE)、超低密度ポリエチレン樹脂(VLDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、高密度ポリエチレン樹脂(HDPE)、高分子量ポリエチレン樹脂(HMWPE)、超高分子量ポリエチレン樹脂(UHMWPE)の何れも使用できる。
【0015】
これらポリエチレン樹脂の具体例としては、三井化学社製「ハイゼックス(商品名):高密度ポリエチレン樹脂)」、「ハイゼックスミリオン(商品名):超高分子量ポリエチレン樹脂」および「リュブマー(商品名):高分子量ポリエチレン樹脂」、ヘキスト社製「ホスタレン(商品名):超高分子量ポリエチレン樹脂」、住友精化社製「フローセン(商品名):低密度ポリエチレン樹脂」などが挙げられる。これらのポリエチレン樹脂は、単独で使用しても2種以上の混合物として使用してもよい。
【0016】
ポリエチレン樹脂の配合量は、1〜10体積%、好ましくは3〜7体積%である。配合量が1体積%未満では、結合材としての作用を充分に発揮することが出来ず、また10体積%を超えて配合した場合、良好な摺動特性を得ることが困難となる。
【0017】
本発明の固体潤滑剤において、炭化水素系ワックスは、海島構造の固体潤滑剤にあって、上記ポリエチレン樹脂と海相を形成し、主として固体潤滑剤に低摩擦性を付与するものである。炭化水素系ワックスとしては、炭素数が概ね24以上のパラフィン系ワックス、炭素数が概ね26以上のポリエチレンワックス、炭素数が概ね28以上のアルキルベンゼン、マイクロクリスタリンワックスが挙げられ、これら炭化水素系ワックスは、単独で使用しても2種以上の混合物として使用してもよい。
【0018】
炭化水素系ワックスの配合量は20〜60体積%、好ましくは25〜45体積%である。配合量が20体積%未満では、所望の低摩擦性が得られず、また60体積%を超えて配合した場合は、固体潤滑剤の強度を低下させるばかりでなく、成形性を悪化させる。
【0019】
本発明の固体潤滑剤において、メラミンシアヌレートは、メラミンとシアヌル酸またはイソシアヌル酸との付加化合物であり、6員環構造のメラミン分子とシアヌル酸(イソシアヌル酸)分子が水素結合により平面状に配列し、その平面が弱い結合力で層状に重なり合っており、二硫化モリブデンや黒鉛の様な劈開性を有する。このメラミンシアヌレートは、海相内に分散して配される島相を形成し、とくに耐摩耗性、耐荷重性を向上させる作用を発揮する。
【0020】
メラミンシアヌレートの配合量は10〜60体積%、好ましくは20〜50体積%である。配合量が10体積%未満では、所望の耐摩耗性、耐荷重性の効果が発揮されず、また40重量%を超えて配合すると、却って耐摩耗性を損なう虞がある。
【0021】
本発明の固体潤滑剤において、ポリアミド樹脂は、後述する相溶化剤としての変性ポリエチレン樹脂と相溶化して海相を形成するとともに海相を強化し、固体潤滑剤の機械的強度を高めるとともに耐摩耗性を向上させる作用を有する。ポリアミド樹脂としては、好ましくはポリラウリルラクタム(ナイロン−12)及び/又はポリウンデカンアミド(ナイロン−11)である。
【0022】
ポリアミド樹脂の配合量は5〜15体積%、好ましくは7〜12体積%である。配合量が5重量%未満では、海相の充分な強化に効果が現れず、また15体積%を超えて配合すると耐摩耗性を低下させる。
【0023】
本発明の固体潤滑剤において、変性ポリエチレン樹脂は、海相を形成するポリエチレン樹脂および炭化水素系ワックスとポリアミド樹脂(ナイロン−12及びナイロン−11)との相溶化を高める相溶化剤として作用し、ポリエチレン樹脂および炭化水素系ワックスとポリアミド樹脂(ナイロン−12及びナイロン−11)との結合力を高め、海相を強化する作用を有する。変性ポリエチレン樹脂としては、グラフトモノマーをポリエチレン樹脂にグラフト重合して得られるグラフト変性ポリエチレン樹脂が好ましい。
【0024】
グラフト変性ポリエチレン樹脂におけるポリエチレン樹脂としては、前記した低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、超低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、高分子量ポリエチレン、超高分子量ポリエチレンのいずれでも使用できる。
【0025】
グラフトモノマーとしては、α、β−不飽和カルボン酸、α、β−不飽和カルボン酸無水物、α、β−不飽和カルボン酸誘導体またはこれら2種以上の混合物が挙げられる。グラフトモノマーとしてのα、β−不飽和カルボン酸、その無水物またはその誘導体としては、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸などの一塩基性カルボン酸、マレイン酸、フマール酸、イタコン酸、シトラコン酸などの二塩基性カルボン酸、およびこれらの酸無水物あるいは塩である。好ましくはアクリル酸、メタクリル酸、無水マレイン酸、無水イタコン酸およびこれらの亜鉛塩やナトリウム塩、特に好ましくは無水マレイン酸、無水イタコン酸である。
【0026】
変性ポリエチレン樹脂の具体例としては、三井化学社製の「アドマー(商品名)」、三菱化学社製の「モディツクAP(商品名)」などが挙げられる。変性ポリエチレン樹脂の配合量は、2〜10体積%、好ましくは4〜7体積%である。配合量が2体積%未満では、ポリアミド樹脂および海相を形成するポリエチレン樹脂、炭化水素系ワックス等と相溶化し、これらを結合して海相を強化させる効果が充分発揮されず、また10体積%を超えて配合すると海相の摺動特性を損なう虞がある。
【0027】
上述したポリエチレン樹脂、炭化水素系ワックス、メラミンシアヌレート、ポリアミド樹脂および変性ポリエチレン樹脂から成る固体潤滑剤に対し、所定量の割合で追加成分として高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド、金属石けん、リン酸塩および4フッ化エチレン樹脂を配合することが出来る。
【0028】
追加成分としての高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル及び高級脂肪酸アミドは、海相を形成し、摩擦係数を低減させるとともに成形性を向上させる作用を有する。これらは単独または2種以上の混合物として使用できる。
【0029】
高級脂肪酸は、好ましくは炭素数が12以上の飽和または不飽和脂肪酸であり、具体的には、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸、ラウロレイン酸、ミリストレイン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、ガドレイン酸、エルカ酸などが挙げられる。
【0030】
高級脂肪酸エステルは、上記高級脂肪酸と一価または多価アルコールとのエステルである。一価アルコールとしては、カプリルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等が挙げられ、多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビット等が挙げられる。高級脂肪酸エステルの具体例としては、ステアリルステアレート、ペンタエリスリトールテトラステアレート、ステアリン酸モノグリセリド、ベヘン酸モノグリセリド、モンタン酸ワックス等が挙げられる。
【0031】
高級脂肪酸アミドの具体例としては、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、ステアリン酸アミド、ベヘニン酸アミド等の飽和高級脂肪酸アミド、エルカ酸アミド、オレイン酸アミド、ブラシジン酸アミド、エライジン酸アミド等の不飽和高級脂肪酸アミド及びメチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド等の高級脂肪酸ビスアミドが挙げられる(高級脂肪酸メチルアミド、高級脂肪酸エチルアミド等の飽和または不飽和高級脂肪酸アルキルアミドも含む)。
【0032】
これら高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル及び高級脂肪酸アミドの配合量は、通常1〜10体積%、好ましくは3〜7体積%である。配合量が1体積%未満では、所望の摩擦係数の低減および成形性の向上の効果が充分発揮されず、また10体積%を超えて配合すると、成形性を悪化させると共に固体潤滑剤の強度低下を引き起こす。
【0033】
追加成分としての金属石けんは、海相内に分散含有される島相を形成し、摩擦係数を低減させると共に熱安定性を向上させる作用を有する。この金属石けんは、前記した高級脂肪酸とアルカリ金属またはアルカリ土類金属との塩である。具体的には、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム等が挙げられる。金属石けんの配合量は、通常3〜20体積%、好ましくは5〜15体積%である。金属石けんの配合量が3体積%未満では、摩擦係数の低減および熱安定性の向上の効果が充分発揮されず、また20体積%を超えて配合すると成形性を低下させる。
【0034】
追加成分としてのリン酸塩は、海相内に分散含有される島相を形成する。リン酸塩は、それ自体では潤滑性を示さないが、相手材との摺動において相手材表面への潤滑被膜の造膜性を助長する効果を発揮する。リン酸塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の第三リン酸塩、第二リン酸塩、ピロリン酸塩、亜リン酸塩またはメタリン酸塩が挙げられる。具体的には、リン酸三リチウム、リン酸水素二リチウム、ピロリン酸リチウム、リン酸三カルシウム、リン酸一水素カルシウム、ピロリン酸カルシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸マグネシウム、メタリン酸カルシウム等が挙げられる。リン酸塩の配合量は、通常3〜15体積%、好ましくは5〜10体積%である。リン酸塩の配合量が3体積%未満では、相手材表面への潤滑被膜の造膜性を助長する効果が充分発揮されず、また15体積%を超えて配合すると、相手材表面への潤滑被膜の移着量が過多になって却って耐摩耗性を低下させる。
【0035】
追加成分としての4フッ化エチレン樹脂は、モールディングパウダー又はファインパウダーとして主に成形用に使用され、かつせん断力を加えることにより繊維状化する高分子量4フッ化エチレン樹脂(以下「高分子量PTFE」と略称する。)が使用される。高分子量PTFEは、微細な繊維状で海相に分散されて、主として低摩擦性を付与すると共に固体潤滑剤の靭性を向上させる作用を有する。この高分子量PTFEは、未焼成形態で、又は、融点以上の温度で焼成した後、粉砕した形態で使用する。高分子量PTFEの具体例としては、三井デュポンフロロケミカル社製「テフロン(登録商標)7−J」、「テフロン(登録商標)7A−J」、「テフロン(登録商標)6−J」、「テフロン(登録商標)6C−J」など、ダイキン工業社製「ポリフロンM−12(商品名)」、「ポリフロンF−201(商品名)」など、旭ガラスフロロポリマーズ社製「フルオンG163(商品名)」、「フルオンG190(商品名)」、「フルオンCD076(商品名)」、「フルオンCD090(商品名)」など、喜多村社製「KT−300M(商品名)」などが挙げられる。さらに、上記以外に、例えば、スチレン系、アクリル酸エステル系、メタクリル酸エステル系、アクリロニトリル系重合体などで変性されたPTFEも使用できる。具体的には、三菱レイヨン社製「メタブレンA−3000(商品名)」などが挙げられる。高分子量PTFEの配合量は、通常0.5〜10体積%、好ましくは0.5〜5体積%である。高分子量PTFEの配合量が0.5体積%未満では、上記作用が充分発揮されず、また10体積%を超えて配合すると耐摩耗性を損なうばかりでなく成形性の低下を招く虞がある。
【0036】
本発明の固体潤滑剤は、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー、ボールミル、タンブラー等の混合機によって上記の各成分の所定量を混合し、得られた混合物を成形して得られる。成形方法は、特に限定されないが、好ましくは前記混合物を押出成形機に供給し、ポリアミド樹脂が溶融する温度で溶融混練してペレットを作製し、このペレットを射出成形機に供給して、結合材であるポリエチレン樹脂の融点以上の温度で成形する方法が採られる。
【0037】
本発明の摺動部材は、金属材料または合成樹脂材料からなる摺動部材基体の摺動面に形成された孔または溝に、上記の製造方法によって得られた固体潤滑剤を埋め込んで成る。当該基体に形成された孔または溝に固体潤滑剤を埋め込む方法は、圧入固定する方法、固体潤滑剤に接着剤を塗布し、これを孔または溝に固定する方法等が挙げられる。本発明の摺動部材は、相手材との摺動において、摺動面に当該摺動面に埋め込まれた固体潤滑剤の被膜が形成されるため、繰返し摩擦においても低摩擦性を発揮し、優れた耐摩耗性を発揮するとともに摺動面に埋め込まれた固体潤滑剤は機械的強度が高められているので、摺動部材の使用中における当該固体潤滑剤の欠損等の不具合を生じることはない。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
実施例1及び2:
ポリエチレン樹脂として低密度ポリエチレン樹脂(住友精化社製「フローセン(商品名)」及び/又は高分子量ポリエチレン樹脂(三井化学社製「リュブマー(商品名)」の合計量として5体積%と、メラミンシアヌレート(三菱化学社製「MCA(商品名)」)40体積%、炭化水素系ワックスとしてパラフィンワックス20体積%及びポリエチレンワックス20体積%と、ポリアミド樹脂(ナイロン−12、ダイセル・デグサ社製「ベストジント(商品名)」)10体積%と、変性ポリエチレン樹脂(三井化学社製「アドマー(商品名)」)5体積%とをヘンシェルミキサーに投入して混合し、得られた混合物を押出成形機に供給して当該混合物をポリアミド樹脂が溶融する温度で溶融混練し、ペレットを作製した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、ポリエチレン樹脂が溶融する温度で成形し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0040】
実施例3〜9:
実施例1及び2において、表2〜表3に示すように成分組成を変更した以外は、実施例1及び2と同様の方法により、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0041】
比較例1:
ポリエチレン樹脂として直鎖状低密度ポリエチレン樹脂(LLDPE)50体積%と、メラミンシアヌレート50体積%とをヘンシェルミキサーに投入して混合し、得られた混合物を押出成形機に供給してペレットを作製した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0042】
比較例2:
ポリエチレン樹脂として低密度ポリエチレン樹脂(LDPE)10体積%と、炭化水素系ワックスとしてパラフィンワックス13体積%と、金属石けんとしてステアリン酸リチウム7体積%と、鉛40体積%と、四ふっ化エチレン樹脂として低分子量四ふっ化エチレン樹脂30体積%とをヘンシェルミキサーに投入して混合し、得られた混合物を押出成形機に供給してペレットを作製した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0043】
比較例3:
ポリエチレン樹脂として低密度ポリエチレン樹脂(LDPE)20体積%と、炭化水素系ワックスとしてパラフィンワックス12.5体積%及びポリエチレンワックス12.5体積%と、メラミンシアヌレート30体積%と、高級脂肪酸エステルとしてモンタン酸ワックス5体積%と、金属石けんとしてステアリン酸リチウム10体積%と、リン酸塩としてリン酸三リチウム5体積%及び高分子量PTFE5体積%とをヘンシェルミキサーに投入して混合し、得られた混合物を押出成形機に供給して当該混合物を炭化水素系ワックスが溶融する温度で溶融混練し、ペレットを作製した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、ポリエチレン樹脂の融点以上の温度で成形し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0044】
比較例4:
比較例3において、ポリエチレン樹脂20体積%に代えてポリアミド樹脂(ナイロン−12)20体積%を使用した以外は比較例3と同様の成分から成る混合物を押出成形機に供給して当該混合物をポリアミドが溶融する温度で溶融混練り、ペレットを作成した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、ポリアミド樹脂が溶融する温度で成形し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0045】
比較例5:
ポリエチレン樹脂として低密度ポリエチレン樹脂(LDPE)10体積%と、炭化水素系ワックスとしてパラフィンワックス20体積%及びポリエチレンワックス20体積%と、メラミンシアヌレート40体積%と、ポリアミド樹脂(ナイロン−12)10体積%とをヘンシェルミキサーに投入して混合し、得られた混合物を押出成形機に供給して当該混合物をポリアミド樹脂が溶融する温度で溶融混練し、ペレットを作製した。ついで、このペレットを射出成形機に供給し、ポリエチレン樹脂の融点以上の温度で成形し、直径6mm、長さ5mmの円柱状固体潤滑剤を作製した。
【0046】
上述した実施例および比較例で得られた固体潤滑剤を銅合金からなる平板状基体の摺動面に形成された孔に埋め込んで摺動部材試験片とし、表1に示す試験条件で、スラスト試験により摩擦係数および摩耗量を試験した。また、固体潤滑剤の機械的性質として圧縮強度(N/mm)を測定した。スラスト試験の結果および圧縮強度の測定結果を表2〜表4に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
以上の試験結果から明らかなように、本発明の固体潤滑剤(実施例1〜実施例9)は、圧縮強度が比較例3(本出願人が先に提案した特許文献2に記載の固体潤滑剤)との比較において、大幅に高められており、試験後の摺動面に埋め込まれた固体潤滑剤の欠損は何ら認められなかったのに対し、比較例3及び比較例5の固体潤滑剤においては、試験後の摺動面に埋め込まれた固体潤滑剤の幾つかに掘り起こされたような欠損が確認された。摺動特性の試験結果から、本発明の固体潤滑剤を埋め込んで成る摺動部材は優れた摺動特性を示し、比較例2に示す従来の鉛を含有する固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材と同等もしくはそれ以上の性能を示し、また特許文献2記載の固体潤滑剤との比較においても同等の性能を示した。なお、比較例1及び比較例4の固体潤滑剤を埋め込んだ摺動部材は、試験の途中で摩擦係数が0.2を超えたため試験を中止した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレン樹脂1〜10体積%と、炭化水素系ワックス20〜60体積%と、メラミンシアヌレート10〜60体積%と、ポリアミド樹脂5〜15体積%と、変性ポリエチレン樹脂2〜10体積%とから成り、変性ポリエチレン樹脂が、グラフトモノマーをポリエチレン樹脂にグラフト重合して得られるグラフト変性ポリエチレン樹脂であることを特徴とする固体潤滑剤。

【公開番号】特開2013−108096(P2013−108096A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−47543(P2013−47543)
【出願日】平成25年3月11日(2013.3.11)
【分割の表示】特願2008−533040(P2008−533040)の分割
【原出願日】平成19年9月4日(2007.9.4)
【出願人】(000103644)オイレス工業株式会社 (384)
【Fターム(参考)】