説明

固体高分子形燃料電池

【課題】電極に含まれる陽イオン交換樹脂とその電極の周辺部分近傍の陽イオン交換膜との含水量を好適に保つことが可能で、出力特性と寿命特性に優れた固体高分子形燃料電池を提供する。
【解決手段】固体高分子形燃料電池において、カーボン粉末、陽イオン交換樹脂および触媒金属を含む触媒層が接合された陽イオン交換膜と、カーボン材料およびフッ素樹脂を含む撥水性導電層と、導電性多孔質材と、セパレータとが順次に積層されており、その陽イオン交換膜の外周はその撥水性導電層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層の外周はその触媒層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層および陽イオン交換膜の周辺部分とセパレータとの間に開口を設けた弾性体シートを備えており、その開口の内周は触媒層の外周を内方される位置にあることとによって、陽イオン交換膜、撥水性導電層および弾性体シートで触媒層を包含することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質を用いた電気化学セル、とくに固体高分子形燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)の単セルは、膜/電極接合体を一対のセパレータで挟持した構造である。その膜/電極接合体は、陽イオン交換膜の一方の面にアノ−ドを、もう一方の面にカソ−ドを接合したものでる。そのセパレータにはガス流路が加工されており、たとえば、アノ−ドに燃料として水素、カソ−ドに酸化剤として酸素を供給することによって、電力が得らえる。そのアノ−ドおよびカソ−ドでは、つぎのような電気化学反応がそれぞれ進行する。
【0003】
アノ−ド:2H→4H+4e
カソ−ド:O+4H+4e→2H
上記のような電気化学反応は、酸素あるいは水素などの反応物質と、プロトン(H)と電子(e)とが存在する界面(以下、この界面を「反応界面」と呼ぶことにする)で進行する。さらに、プロトンは、数個の水和水をともなって高分子電解質膜をアノードからカソードに移動する。このために、PEFCでは、アノードへの水の供給とカソードからの水の排出との両立が必要である。加えて、その陽イオン交換膜のプロトン伝導性は、その膜の含水量に依存するので、その含水量を最適な状態に保たなければならない。
【0004】
固体高分子形燃料電池のアノードおよびカソードには、電気化学反応を円滑に進めるために触媒金属が備えられる。その電極とセパレータとの間では、電気化学反応に関与する電子、反応物および水が、導電性多孔質材を介して移動する。その電子の伝導、反応物質の拡散および水の移動を円滑にするために、その導電性多孔質材には、撥水性を付与した多孔質なカーボンペーパーなどが用いられる。
【0005】
PEFCの反応物質は気体であるので、セパレータと接合体との間の気密性を確保する必要がある。その確保のために、たとえば、陽イオン交換膜の両面に触媒層および導電性多孔質材で構成される電極を備え、その電極の周辺部にガスケットを配置した固体高分子形燃料電池の構成が特許文献1に開示されている。
【0006】
従来のPEFCの電極は、たとえば、触媒としての白金が担持されたカーボンと陽イオン交換樹脂との混合物を調製したのちに、この混合物を高分子シートに塗布・乾燥したものを高分子電解質膜に転写することによって製作される。あるいは、従来の電極は、触媒金属を担持したカーボン粉末と陽イオン交換樹脂の溶液との混合物を高分子電解質膜あるいは導電性多孔質材に塗布することによって製作される。その従来の電極では、触媒金属が反応界面以外にも存在するので、その金属の利用率が著しく低い。すなわち、その利用率は10%程度であることが非特許文献1で報告されている。したがって、従来の電極では、白金の利用率が低いので、多量の白金が必要になる。
【0007】
その白金利用率を向上する方法が特許文献2に開示されている。その方法では、陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路とカーボンの表面との接面に触媒金属を選択的に担持できるので、その利用率が従来の燃料電池用電極の場合よりも高くなることが知られている。
【0008】
さらに、その触媒金属の電気化学的な酸化還元反応に対する活性は、その電極に含まれる陽イオン交換樹脂の含水量の応じて変化することが非特許文献2で報告されている。すなわち、その活性を向上するためには、その含水量を高くすることが必要である。
【0009】
その含水率を制御する方法が特許文献3に開示されている。その方法では、拡散層の外周を触媒層の外周よりも大きくすることとその触媒層の外周に補強膜を配置することとによって、陽イオン交換膜の暴露に起因するその膜の耐久性と含水量との低減を抑制できるとしている。
【0010】
【特許文献1】特開2001−006699号公報
【特許文献2】特開2000−01204号公報
【特許文献3】特開平10−154521号公報
【非特許文献1】J.Electroanal.Chem,251,275(1988)
【非特許文献2】The Electrochamical Society Proceedings,95−26,50(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に示されるような陽イオン交換膜の両面に触媒層および拡散層からなる電極と、その電極の周辺部にガスケットとが配置された固体高分子形燃料電池の構成では、電極とガスケットとの間に位置する陽イオン交換膜の一部分が、直接、反応ガスに暴露される。その暴露によって、その部分の陽イオン交膜の含水量が反応ガスの湿度に応じて著しく増減するので、その陽イオン交換膜の膨張と収縮とが繰り返えされる。この繰り返しによって、陽イオン交換膜の耐久性が低下する。
【0012】
加えて、陽イオン交換膜近傍に位置する触媒金属を被覆する陽イオン交換樹脂の含水量も著しく変化するので、その触媒金属の電気化学反応に対する活性が低下する。これらの低下によって、十分な寿命特性と出力特性とを備える固体高分子形燃料電池が得られないということが課題であった。
【0013】
特許文献3に示されるような拡散層の外周を触媒層の外周よりも大きくして、かつその触媒層の外周に補強膜を配置した固体高分子形燃料電池の構造では、その触媒層と補強膜との間には隙間が形成されることと、反応ガスの密閉性を確保することが困難であることとが課題であった。
【0014】
さらに、特許文献2に示されるように、陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路とカーボンの表面との接面に触媒金属を選択的に担持した燃料電池用電極では、その触媒金属の使用量が非常に低減されているので、その反応界面で進行する電気化学的な反応は、その電極に含まれる陽イオン交換樹脂の含水量に著しく影響される。具体的には、その含水量が低減にともなって、電気化学的な酸化還元反応に対する触媒活性が低減するので出力特性が低下することと、その触媒の寿命特性が低下することとが課題であった。
【0015】
そこで、本発明の目的は、電極に含まれる陽イオン交換樹脂とその電極の周辺部分近傍の陽イオン交換膜との含水量を好適に保つことが可能な固体高分子形燃料電池の構造を提供し、この含水量の好適化によって出力特性と寿命特性とに優れた固体高分子形燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1の発明は、固体高分子形燃料電池において、カーボン粉末、陽イオン交換樹脂および触媒金属を含む触媒層が接合された陽イオン交換膜と、カーボン材料およびフッ素樹脂を含む撥水性導電層と、導電性多孔質材と、セパレータとが順次に積層されており、その陽イオン交換膜の外周はその撥水性導電層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層の外周はその触媒層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層および陽イオン交換膜の周辺部分とセパレータとの間に開口を設けた弾性体シートを備えており、その開口の内周は触媒層の外周を内方される位置にあることとによって、陽イオン交換膜、撥水性導電層および弾性体シートで触媒層を包含することを特徴とする。
【0017】
請求項2の発明は、上記固体高分子形燃料電池において、カーボンの表面と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接面に触媒金属が選択的に担持された粉末を含む触媒層が備わることを特徴とする。
【0018】
請求項3の発明は、上記固体高分子形燃料電池の製造方法において、カーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層にカーボン粉末と陽イオン交換樹脂とを含む混合物の層を形成したのちに、その陽イオン交換樹脂の固定イオンに触媒金属の陽イオンを吸着し、つぎに、その吸着した陽イオンを化学的に還元することによって触媒層を形成し、さらに、その撥水性導電層上の触媒層を陽イオン交換膜に接合したのちに、その接合体に開口を設けた弾性体シートと、導電性多孔質材と、セパレータとを順次積層することを特徴とする
【発明の効果】
【0019】
本発明の固体高分子形燃料電池において、第一に、触媒層と導電性多孔質材との間に撥水性導電層を設けることによって、触媒層からの集電性を向上することと、触媒層表面での水の滞留および触媒層の乾燥を抑制することとができる。第二に、撥水性導電層が触媒層を内方する大きさにすることによって触媒層およびこの触媒層の周辺部分の陽イオン交換膜に反応ガスが直接的に接触することを回避できる。第三に、陽イオン交換膜、撥水性導電層および弾性体シートによって触媒層を包含することによって反応ガスの気密性の確保、および陽イオン交換膜と反応ガスとの直接的な接触を回避できる。
【0020】
本発明により陽イオン交換樹脂の含水量を十分に保持することができ、触媒金属の活性が高い状態を維持することができ、その結果、固体高分子形燃料電池の出力特性と寿命特性とが向上する。さらに、本発明の固体高分子形燃料電池の触媒層において、カーボンの表面と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接面に触媒金属が選択的に担持されるので、全触媒金属のなかで電池反応に関与する触媒金属の割合がきわめて高く、その結果、極少量の触媒金属を用いた場合でも、優れた出力特性をしめす。さらにまた、本発明の製造方法により、優れた出力特性と寿命特性とを示す固体高分子形燃料電池を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の固体高分子形燃料電池は、陽イオン交換膜と、カーボン粉末と陽イオン交換樹脂と触媒金属を含む触媒層と、導電性多孔質材と、セパレータとを備え、触媒層が陽イオン交換膜に接合され、触媒層/導電性多孔質材/セパレータが順次積層された固体高分子形燃料電池において、開口を設けた弾性体を備え、その触媒層とその導電性多孔質材間にカーボン材料とフッ素樹脂を含む撥水性導電層を設け、その撥水性導電層の外周はその触媒層の外周より大きく、その弾性体の開口内に触媒層/撥水性導電層/導電性多孔質材の積層体が配置され、その弾性体とその撥水性導電層とはその触媒層を囲む密着界面を形成していることが特徴である。
【0022】
本発明の固体高分子形燃料電池の、断面の模式図を図1に示す。図1において、10は固体高分子形燃料電池、11は撥水性導電層、12は陽イオン交換膜、13は触媒層、14は弾性体、15は導電性多孔質材、16はセパレータ、17はガス流路である。
【0023】
固体高分子形燃料電池10は、カーボン材料およびフッ素樹脂を含む撥水性導電層11と、陽イオン交換膜12と、カーボン粉末と陽イオン交換樹脂と触媒金属を含む触媒層13とを備える。触媒層13が陽イオン交換膜12に接合されており、撥水性導電層11の外周は触媒層13の外周より大きく、撥水性導電層11は触媒層13全体を覆うように設けられている。
【0024】
さらに、本発明の固体高分子形燃料電池10は、弾性体14、導電性多孔質材15および反応ガスを流通するガス流路17が加工されたセパレータ16を備える。弾性体14の中央部には開口が設けられ、この弾性体14の開口内に触媒層13/撥水性導電層11/導電性多孔質材15の積層体が配置されている。
【0025】
図1に断面を示した本発明の固体高分子形燃料電池の、セパレータを除いて上部から見た模式図を図2に示す。図2において、実線21は陽イオン交換膜12と弾性体14の外周、破線22は撥水性導電層11の外周、実線23は導電性多孔質材15の外周、点線24は触媒層13の外周である。
【0026】
陽イオン交換膜12と弾性体14とは同じ形であり、これらは重なって、共通の外周21となる。弾性体14の中央部分には、図2の上面には実線23で示した大きさの、また、図2の下面には破線22で示した大きさの、開口が形成されている。実線23で示した開口には導電性多孔質材15が隙間なく配置され、破線22で示した開口には撥水性導電層11が隙間なく配置されている。
【0027】
なお、本発明においては、撥水性導電層11の外周は触媒層13の外周より大きいことが特徴であり、導電性多孔質材15と撥水性導電層11の大きさの関係や、導電性多孔質材15と触媒層13の大きさの関係は、特に限定されるものではない。
【0028】
なお、図2では、便宜上、撥水性導電層11、陽イオン交換膜12、触媒層13、弾性体14あるいは弾性体シート14の開口の形状を四角形として説明したが、本発明は、これらの形状が四角形に限定されるものではなく、円形、多角形あるいはその他の形状であってもよい。
【0029】
本発明の固体高分子形燃料電池において、触媒層と導電性多孔質材との間に撥水性導電層が設けられる。その触媒層の表面には、この層よりも電子伝導性が高い撥水性導電層が密着するので、電極反応に関与する電子は速やかにこの撥水性導電層を介して伝達される。したがって、この撥水性導電層を設けることによって、触媒層からの集電性を向上することができる。さらに、この撥水性導電層は疎水性が高いフッ素樹脂を含んでいるので、その層は高い撥水性である。
【0030】
したがって、電極反応に関与する水が撥水性導電層の細孔に滞留することは起こり難くいので、その水が滞留していない細孔は反応ガスの移動経路として機能し、その機能によって反応流路から触媒層への反応ガスの供給が極めて円滑になる。加えて、触媒層の表面は撥水性導電層によって覆われているので、反応ガスが触媒層に直接的に接触することがない。したがって、反応ガスによって触媒層の水分が過度に奪われることがないので、触媒層の乾燥を抑制することできる。
【0031】
また本発明は、触媒層が陽イオン交換膜、撥水性導電層および弾性体シートによって包含された構造である。その構造によって、反応ガスの気密が保たれることに加えて、触媒層のみならず、この触媒層の周辺部分の陽イオン交換膜に反応ガスが直接的に接触することを回避できる。
【0032】
本発明により、従来の固体高分子電解質形燃料電池で見られた、触媒層における触媒金属を被覆する陽イオン交換樹脂の含水量の低減に起因するその触媒金属の電気化学反応に対する活性の低下や、触媒層に含まれる陽イオン交換樹脂と陽イオン交換膜との含水量の変動によって、触媒層と陽イオン交換膜とが膨張と収縮を繰り返し、この膨張と収縮に起因する耐久性の低下を抑制することができ、固体高分子形燃料電池の出力特性と寿命特性とが向上する。
【0033】
さらに本発明は、撥水性導電層の外周は触媒層の外周よりも大きくすることにより、反応ガスが直接触媒層と接触することを防止し、その結果、陽イオン交換樹脂の含水量を十分に保持するこができ、触媒金属の活性を高い状態に維持することができる。
【0034】
なお、撥水性導電層の外周部は、陽イオン交換膜と接していることは必須ではない。ただし、反応ガスが触媒層とできるだけ接触しないように、陽イオン交換膜の外周部は、その少なくとも一部が陽イオン交換膜に接合されていることが好ましい。
【0035】
本発明の固体高分子形燃料電池に備わる撥水性導電層11は、カーボン材料とフッ素樹脂とを含有する。その撥水性導電層11の内部構造を模式的に図3に示す。図3において、記号11および15は図1と同じものを示し、31はカーボン材料、32はフッ素樹脂、33は空隙である。撥水性導電層11に含まれる混合物では、カーボン材料31がフッ素樹脂32によって結着されている。そのカーボン材料31の集合物間に空隙33が形成されている。
【0036】
そのカーボン材料31には、電子伝導性が高いカーボンブラックやアセチレンブラックなどの粉末、あるいは電子伝導性のカーボン繊維などを用いることができる。一方、フッ素樹脂32は、化学的に安定性が高いので燃料電池の電極近傍での使用に適している。フッ素樹脂は、たとえば、ポリテトラフルオロエチレンを使用することが好ましい。あるいは、ポリヘキサフロロプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレンとヘキサフロロプロピレンとの共重合体、さらに、前述のフッ素樹脂の混合物を用いることができる。くわえて、その空隙33の大きさや占有率は、造孔剤などを用いる方法などによって制御することができる。
【0037】
本発明の固体高分子形燃料電池に備わる触媒層13は、カーボン粉末と陽イオン交換樹脂と触媒金属とを含有する。その触媒層13の内部構造を模式的に図4に示す。図4において、記号12および13は図1と同じものを示し、41はカーボン粉末、42は陽イオン交換樹脂、43は細孔である。
【0038】
その陽イオン交換樹脂42には、プロトンを伝導することができる樹脂、たとえばパーフルオロスルホン酸樹脂あるいはスチレン−ジビニルベンゼンスルホン酸樹脂などを用いることができる。図4に示すように、触媒層13においては、カーボン粉末41と陽イオン交換樹脂42とが混ざり合うことによって、カーボン粉末41と陽イオン交換樹脂42とが三次元的に分布する。そのカーボン粉末41の表面には、図示していないが触媒金属の微細粒子が担持されている。さらに、そのカーボン粉末41と陽イオン交換樹脂42との混合物には、複数の細孔43が形成される。本発明の燃料電池では、その触媒層13が、陽イオン交換膜12に接合される。
【0039】
前述した触媒層に含まれる触媒金属が陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路とカーボンの表面との接面に選択的に担持された場合における、そのカーボンの表面近傍を模式的に図5に示す。図5において、記号41および42は図4と同じものを示し、51は親水性領域(プロトン伝導経路)、52は疎水性領域、53は触媒金属である。
【0040】
カーボン粉末41の表面は、陽イオン交換樹脂42によって被覆されている。その陽イオン交換樹脂42は、親水性領域(プロトン伝導経路)51と疎水性領域52とから構成される。その親水性領域(プロトン伝導経路)51とカーボン粉末41の表面との接面に触媒金属53が選択的に担持されている。
【0041】
ところで、パーフルオロスルホン酸樹脂などの陽イオン交換樹脂は、H.L.Yeager等(J.Electrochem.Soc.,128,1880,(1981))および小久見等(J.Electrochem.Soc.,132,2601(1985))の報告に記載されているように、主鎖が集合した疎水性領域と側鎖が集合した親水性領域とにミクロ相分離した構造であることが知られている。
【0042】
その疎水性領域は、ポリテトラフルオロエチレンに類似の構造であるので、反応物および水の透過は著しく少ない。一方、その親水性領域では、側鎖の先端に結合しているイオン交換基がクラスターを形成しており、そのクラスターに水が取り込まれることによって、対イオンが移動可能な状態になる。つまり、水、プロトンおよび反応物(水素または酸素)は、親水性領域を移動することができる。
【0043】
したがって、陽イオン交換樹脂42のプロトン伝導経路51とカーボン粉末41の表面との接面に担持された触媒金属53は反応界面を形成することができるので、電気化学的な反応に対して活性である。逆に、陽イオン交換樹脂42の疎水性領域52とカーボン粉末41の表面に存在する触媒金属は反応物およびプロトンの供給がおこらないので、電気化学的な反応に対して不活性である。
【0044】
本発明の固体高分子形燃料電池には、触媒金属を陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路とカーボンの表面との接面に選択的に担持したものを触媒層として用いることが好ましいが、触媒金属を担持したカーボンと陽イオン交換樹脂の溶液との混合物を塗布したのちに乾燥することによって製作したものを触媒層として用いてもよい。
【0045】
その後者の場合について、陽イオン交換樹脂と触媒を担持したカーボンの表面との接面を模式的に図6に示す。図6において、記号41、42、51、52および53は図4および図5と同じものを示し、61は触媒金属、62は触媒金属が存在しない領域である。
【0046】
カーボン粉末41の表面は、陽イオン交換樹脂42によって被覆されている。その陽イオン交換樹脂42は、親水性領域(プロトン伝導経路)51と疎水性領域52とから構成される。カーボン粉末41の表面と陽イオン交換樹脂42との界面には、触媒金属53と触媒金属61とがランダムに担持されている。その触媒金属53は、カーボン粉末41の表面と親水性領域(プロトン伝導経路)51との接面に存在するので、電気化学反応に対して活性である。
【0047】
一方、触媒金属61は、カーボン粉末41の表面と疎水性領域52との接面に存在するので、電気化学反応に対して不活性である。したがって、触媒金属61が存在する場合には、触媒金属の利用率が低下する。さらに、カーボン粉末41の表面と親水性領域(プロトン伝導経路)51との界面に触媒金属が存在しない領域62が部分的に形成される。この領域62には反応界面が形成されないので、触媒金属を担持したカーボンと陽イオン交換樹脂の溶液との混合物から作製した触媒層の電気化学的な活性が低下する。
【0048】
本発明の固体高分子形燃料電池の陽イオン交換膜には、たとえばパーフルオロスルホン酸樹脂あるいはスチレンジビニルベンゼンスルホン酸樹脂などの陽イオン交換樹脂を用いることができる。さらに、その陽イオン交換膜には、カルボン酸型の陽イオン交換樹脂で構成されるものでもよく、プロトン伝導性を示す陽イオン交換膜であれば本発明に適用することができる。
【0049】
本発明の固体高分子形燃料電池の導電性多孔質材には、カーボンペーパーあるいはカーボンフェルトなど電子伝導性があり、かつ多孔性の導電性多孔質材を用いることができる。
【0050】
本発明の固体高分子形燃料電池は、カーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層を形成する第1の工程と、カーボン粉末と陽イオン交換樹脂とを含む混合物を撥水性導電層に塗布する第2の工程と、混合物層中の陽イオン交換樹脂の固定イオンに触媒金属の陽イオンを吸着させる第3の工程と、その吸着した陽イオンを化学的に還元して、混合物層をカーボン粉末と陽イオン交換樹脂と触媒金属を含む触媒層を形成する第4の工程と、その触媒層と陽イオン交換膜とを接合し、陽イオン交換膜/触媒層/撥水性導電層/導電性多孔質材の積層体を形成する第5の工程と、弾性体の開口内に触媒層/撥水性導電層/導電性多孔質材の積層体を配置する第6の工程とを経ることによって製作される。
【0051】
前述の第1の工程では、たとえば、カーボン材料とフッ素樹脂とを分散媒に加えたのちに混合することによって、ペースト状の分散物を調製する。その分散物を基材に塗布したのちに乾燥および焼成することによって、カーボン材料とフッ素樹脂とを含むシート状の混合体を作製する。
【0052】
そのカーボン材料には、カーボンブラックやアセチレンブラックなどの粉末、あるいは電子伝導性のカーボン繊維などを用いることができる。その樹脂には、ポリテトラフルオロエチレンを使用することが好ましいが、ポリヘキサフロロプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレンとヘキサフロロプロピレンとの共重合体、さらに、前述のフッ素樹脂の混合物を用いることができる。この分散物の調製には、それらの樹脂の粉末あるいはディスパージョンを用いることができる。
【0053】
この分散物を塗布する基材には、高分子シートあるいは金属箔を用いることができる。その分散媒には、界面活性剤を添加した水を用いることができる。さらにフッ素樹脂、カーボン材料および分散媒の混合物に、増粘剤を添加することによって、塗布性に優れるペースト状の混合物が得られる。
【0054】
その増粘剤としては、たとえば、カルボキシメチルセルロースなどのセルロース系の化合物を用いることができる。その混合物を350℃以上の温度で焼成することによって、増粘剤および界面活性剤を除去することができる。それらの除去によって、カーボン材料とフッ素樹脂とを含む導電層に空隙が形成される。
【0055】
上述の第2の工程では、たとえば、陽イオン交換樹脂の溶液にカーボン粉末を加えたのちに混合することによって、ペースト状の混合物を調製する。その混合物を基材に形成した導電層に塗布したのちに乾燥することによって、その撥水性導電層の上にカーボン粉末と陽イオン交換樹脂とを含む触媒層の前駆体が形成される。その触媒層の前駆体は、撥水性導電層よりも一回り小さくなるように塗布される。具体的には、撥水性導電層の外周は触媒層の前駆体の外周よりも大きく形成される。このとき、塗布された混合物の一部は、撥水性導電層の空隙に含浸される。
【0056】
その混合物が含浸した部分には、フッ素樹脂で結着されたカーボン材料と高分子電解質で被覆されたカーボン粉末とが存在する。その混合物は含浸によって撥水性導電層の裏面に到達できないので、その撥水性導電層と陽イオン交換樹脂とカーボンを含むシート状の混合物との間に、フッ素樹脂で結着されたカーボン材料と高分子電解質で被覆されたカーボン粉末とが存在する混在層が形成される。このようにして、基材上に、撥水性導電層と触媒層の前駆体とを備える積層体が形成される。
【0057】
この積層体の製作工程では、その陽イオン交換樹脂として、プロトン伝導性を有する樹脂、たとえばパーフルオロカーボンスルホン酸型あるいはスチレン−ジビニルベンゼンスルホン酸型陽イオン交換樹脂、あるいはそれらの樹脂のカルボン酸型であるものを用いることができる。
【0058】
それらの樹脂を溶解する溶媒には、水とアルコールとが任意の割合で混合したものを用いることができる。この混合物の粘度は、陽イオン交換樹脂の溶媒量に応じて変化する。したがって、陽イオン交換樹脂の濃度を選択することによって、種々の粘度を有する混合物を調製することができる。たとえば、陽イオン交換樹脂の濃度が高い場合には、その混合物の粘度が高くなる。さらに、粘度が低い混合物から溶媒を除去することによって、その粘度を増大することができる。逆に、その混合物の粘度が高い場合には、その混合物に水、アルコールあるいはアルコール水溶液などを添加することによって、その粘度を低減することができる。
【0059】
上述の第3の工程では、触媒金属となる金属が含まれる化合物を水またはアルコールを含む水に溶解した溶液を調製する。その溶液は、触媒金属の陽イオンを含有する。つぎに、その溶液に、第2の工程で製作した撥水性導電層と触媒層の前駆体とを備える積層体を浸漬することによって、その積層体に含まれる陽イオン交換樹脂に、触媒金属の陽イオンを吸着させる。その吸着は、その陽イオン交換樹脂の対イオンと、触媒金属の陽イオンとのイオン交換反応によるものである。そのとき、イオン交換させる陽イオンを二種類以上用いることによって、その積層体に二種類以上の触媒金属の陽イオンを吸着させることができる。
【0060】
その触媒金属の陽イオンは、陽イオン交換樹脂が被覆されずに露出しているカーボン表面には吸着し難く、陽イオン交換樹脂の対イオンとのイオン交換反応により陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路に優先的に吸着するものが好ましい。そのような吸着特性を持つ触媒金属となる陽イオンとして、白金族金属を含む陽イオン、あるいは白金族金属の錯イオンを用いることができる。たとえば、その錯イオンとして、[Pt(NH2+や[Pt(NH4+などとあらわすことができる白金のアンミン錯イオン、または[Ru(NH2+や[Ru(NH3+が好ましい。さらに、アンミン錯体イオンの他にも、硝酸基あるいはニトロソ基が配位した白金族金属の錯イオンを用いることができる。
【0061】
上述の第4の工程では、撥水性導電層と触媒層の前駆体との積層体に含まれる陽イオンを化学的に還元する。この還元工程を経ることによって、触媒層の前駆体は触媒金属がカーボン粉末の表面と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接面に選択的に担持された触媒層になる。
【0062】
この第4の工程では、量産に適した還元剤を用いる化学的な還元方法を用いることが好ましく、とくに、水素ガスまたは水素を含むガスによって気相還元する方法またはヒドラジンを含む不活性ガスによって気相還元する方法が好ましい。ここで、水素ガスを含むガスとは、水素ガスと窒素やヘリウム、アルゴンなどの不活性ガスとの混合ガスであることが好ましく、水素ガスを10vol%以上含むことが好ましい。
【0063】
この第4の工程において、カーボン粉末が白金族金属の陽イオンの還元反応に対して触媒としての活性を有するので、200℃以下の温度でも、陽イオン交換樹脂に含まれる触媒金属の陽イオンを還元することができる。たとえば、パーフルオロカーボンスルホン酸型陽イオン交換樹脂膜中に吸着した白金アンミン錯イオン[Pt(NH2+の水素による還元温度は約300℃であるが(境哲男、大阪工業技術試験所季報、36、10(1985))、交換基を修飾したカーボン粒子(Denka Black、Vulcan XC−72、Black Peal 2000等)の表面に吸着した[Pt(NH2+のそれは180℃であることが報告されている(K.Amine,M.Mizuhata,K.Oguro,H.Takenaka,J.Chem.Soc.Faraday Trans.,91、4451(1995))。
【0064】
この活性によって、カーボン粉末の表面近傍にある陽イオンが優先的に触媒金属まで還元されるので、そのカーボンの表面に触媒金属が生成する。その生成した触媒金属は、陽イオンの還元反応に対して触媒としての活性を有するので、陽イオン交換樹脂中の陽イオンが次々に触媒金属まで還元される。この第4の工程では、還元剤の種類、還元剤濃度、還元圧力、還元時間、還元温度を適時調整することによって、カーボンの表面に生成する触媒金属の粒径や表面性状を制御することができる。
【0065】
前述の第1の工程から第6の工程の一例をつぎに説明する。まず、第1の工程では、カーボン材料としてデンカブラック(電気化学工業株式会社社製)と増粘剤としてカルボキシメチルセルロース(ダイセル化学工業株式会社社製)とをブレンダーを用いて混合した。その混合物に適量の脱イオン水を加えたのちに、その混合物がペースト状になるまで攪拌器を用いて攪拌した。つぎに、その混合物に適量のポリテトラフルオロエチレンのディスパージョン(固形分60質量%)を攪拌しながら徐々に添加したのちに、十分に混合した。つづいて、塗工機を用いて、その混合物をチタン箔に塗布したのちに、室温で乾燥した。さらに、その塗布物を窒素雰囲気下、380℃の条件で焼成することによって、本発明の固体高分子形燃料電池を構成する撥水性導電層を得た。
【0066】
第2の工程では、カーボン粉末としてVulcan XC−72(キャボット社製)と陽イオン交換樹脂溶液としてナフィオン溶液(アルドリッチ社製、5質量%溶液)とからなる混合物を調製した。つぎに、その混合物を撥水性導電層の上に塗布したのちに、室温で乾燥することによって、チタン箔上に、撥水性導電層と触媒層の前駆体とを備える積層体を形成した。得られた積層体においては、撥水性導電層の外周は触媒層の前駆体の外周よりも大きくなっている。
【0067】
つづいて第3の工程では、触媒金属となる化合物として[Pt(NH]Clの水溶液を調製したのちに、その溶液にこの積層体を浸漬することによって、陽イオン交換樹脂の対イオン(H)と[Pt(NH2+とのイオン交換反応により、触媒金属の陽イオンを陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路に吸着した。そのあと、陽イオンを吸着
した積層体を水洗することによって、余剰の[Pt(NH2+を除去した後に乾燥した。
【0068】
第4の工程では、その積層体を180℃の水素ガス雰囲気中で還元することによって、カーボン粉末の表面と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接面に選択的に触媒金属を形成した。このようにして、撥水性導電層と触媒層とを備える固体高分子形燃料電池用電極を製作した。得られた電極では、撥水性導電層の外周は触媒層の外周よりも大きくなっている。
【0069】
第5の工程では、触媒層と陽イオン交換膜とを接合し、さらに、撥水性導電層の上にガス拡散層を配置して、陽イオン交換膜/触媒層/撥水性導電層/導電性多孔質材の積層体を形成する。
【0070】
第6の工程では、弾性体の開口内に触媒層/撥水性導電層/導電性多孔質材の積層体を配置し、最後に、この弾性体の開口内に積層体を配置したものを2枚のセパレータの間に挟んで、固体高分子方燃料電池用電極とした。
【0071】
本発明の固体高分子方燃料電池では、触媒層と陽イオン交換膜とが接合されている。陽イオン交換膜には、プロトン伝導性を有する陽イオン交換膜を用いることができる。たとえば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂、スチレン-ビニルベンゼンスルホン酸樹脂、パーフルオロカーボンカルボン酸樹脂、スチレン-ビニルベンゼンカルボン酸樹脂などからなるプロトン伝導性の陽イオン交換膜を用いることができる。
【0072】
陽イオン交換膜には、化学的な安定性とプロトン伝導性とが高いパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂からなるものを用いることが好ましい。たとえば、その陽イオン交換膜として、デュポン社製のナフィオン膜を用いることができる。
【0073】
この工程での接合は、加熱圧着することによりおこなうことができる。その加熱温度は、陽イオン交換樹脂のガラス転移温度の近傍であることが好ましく、たとえばナフィオン膜の場合では125℃から135℃であることがこの好ましい。しかしながら、水の凍結がはじまる0℃以上であれば、加圧することによって、電極と陽イオン交換膜とを接合することができる。その接合には、平プレス機あるいはロールプレス機を用いることができる。
【0074】
電極と陽イオン交換膜とを接合したのちに、その電極からチタン箔を取り除くことによって、膜/電極接合体(MEA)が得られる。そのMEAを反応ガス用流路が加工されたセパレータと触媒層に相似な形の開口を設けた額縁形の弾性体シートとで挟持することによって、本発明の固体高分子形燃料電池が構成される。
【0075】
本発明の固体高分子形燃料電池の出力特性と寿命特性とは、従来の固体高分子形燃料電池よりも優れることが研究の結果から明らかになった。その従来の固体高分子形燃料電池用電極には、フッ素樹脂およびカーボンを含む層と、触媒金属、カーボンおよび陽イオン交換樹脂を含む層とで構成されるものもあった。
【0076】
その従来の電極では、それらの層が同じ大きさであるので、電極と弾性体シートとの間では陽イオン交換膜が反応ガスに、直接、暴露される。この暴露によって、その陽イオン交換膜の含水量が、反応ガスの流量あるいは湿度の変化に応じて著しく変動する。その含水量の変動によって、その陽イオン交換膜は膨張と収縮とを繰り返すので、その膜の機械的強度が低下する。この低下によって、たとえば、ピンホールの生成など陽イオン交換膜の破壊が発生しやすくなる。
【0077】
さらに、その陽イオン交換膜の含水量の変化にともなって、その膜の近接する電極に含まれる陽イオン交換樹脂の含水量も変動する。その電極に含まれる触媒金属は陽イオン交換樹脂で被覆されているが、その触媒金属の電気化学的な反応に対する活性はその樹脂の含水量に依存するので、その変動によって電極での反応サイトが不均一になる。
【0078】
言い換えると、電極のある部分で反応が偏ることによって電流の集中が発生する。この電流集中によって、燃料電池の出力特性が低下するのみならず、触媒金属および電極の劣化が加速される。
【0079】
つまり、この研究の結果から、電極に含まれる陽イオン交換樹脂の含水量の変動は電極反応の偏りを引き起こすので、その燃料電池の出力特性と寿命特性との低下をもたらすということが明らかになった。
【0080】
一方、陽イオン交換膜と、カーボン粉末と陽イオン交換樹脂と触媒金属とを含む触媒層と、カーボン材料およびフッ素樹脂を含む撥水性導電層と、開口を設けた弾性体とを備える本発明の固体高分子形燃料電池では、撥水性導電層の外周は触媒層の外周よりも大きくし、撥水性導電層は外周部で陽イオン交換膜と接し、弾性体と撥水性導電層とは触媒層を囲む閉じた接点を形成していることによって、反応ガスと陽イオン交換膜とが直接的に接触することを回避できる。
【0081】
その結果、固体高分子形燃料電池の作動中においてもその触媒層に含まれる陽イオン樹脂と陽イオン交換膜との含水量の変動を減少できるので、触媒金属を被覆する陽イオン交換樹脂の含水量の変化に起因するその触媒金属の電気化学反応に対する活性が低下および陽イオン交換樹脂を含む電極と陽イオン交換膜との膨張と収縮とに起因する耐久性の低下を抑制することが可能になる。したがって、この発明の固体高分子形燃料電池では出力特性と寿命特性が向上する。
【実施例】
【0082】
[実施例1]
以下、好適な実施例を用いて、本発明を説明する。本発明の固体高分子形燃料電池を以下の方法で製作した。
【0083】
まず、カーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層をつぎの手順で製作した。カーボン材料として8gのデンカブラック(電気化学工業株社製)と増粘剤として3gのカルボキシメチルセルロース(ダイセル化学工業株社製)とをブレンダーを用いて混合した。その混合物に脱イオン水140gを加えたのちに、二軸回転式攪拌装置を用いて5分間攪拌した。
【0084】
つぎに、羽式攪拌器で攪拌しながら、その混合物にポリテトラフルオロエチレンのディスパージョン(固形分60質量%)3gを徐々に添加したのちに、5分間攪拌した。つづいて、隙間が250μmのアプリケータを用いて、その混合物をチタン箔(厚み50μm、縦54mm、横54mm)に塗布したのちに、室温で乾燥した。
【0085】
さらに、窒素雰囲気炉を用いて、その塗布物を380℃で30分間焼成することによって、本発明のカーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層を得た。その撥水性導電層の縦横の大きさおよび厚みは、それぞれ54mm、54mmおよび25μmであった。
【0086】
本発明のカーボン粉末、陽イオン交換樹脂および触媒金属を含む触媒層をつぎの手順で製作した。まず、陽イオン交換樹脂の溶液(アルドリッチ社製、ナフィオン5質量%溶液)80gを容器に採取した。その溶液に、カーボン粉末としてVulcan XC−72(キャボット社製)を6g添加したのちに、羽式攪拌器を用いて超音波を照射しながら1時間攪拌することによって分散物を調製した。
【0087】
つぎに、その容器を50℃の恒温水槽に設置したのちに、その分散物を羽式攪拌器で分散物を攪拌した。このとき、分散物の溶媒が蒸発するので、その分散物は濃縮される。この濃縮によって、分散物の重量に対する固形分重量(カーボンと陽イオン交換樹脂の固形分との和)を14%に調整した。
【0088】
つづいて、隙間が250μmのアプリケータと開口(縦50mm、横50mm)を設けたマスキングシートとを用いて、その分散物をチタン箔に形成された撥水性導電層の上に塗布したのちに、室温で乾燥することによって、本発明の撥水性導電層と触媒層の前駆体とを備える積層体を作製した。
【0089】
その前駆体の大きさは50mm×50mmの正方形、厚みは25μmであった。撥水性導電層の外周は触媒層の前駆体の外周よりも大きく、それらの外周の間には約2mmの間隔を設けた。一方で、50mmol/l濃度の[Pt(NH]Cl水溶液を調製した。その水溶液に前述の積層体を6時間以上浸漬することによって、その積層体中の陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路に[Pt(NH2+を吸着させた。そのあと、その積層体を脱イオン水で充分洗浄したのちに、乾燥した。
【0090】
つづいて、その積層体を還元器に設置したのちに、1気圧の水素を充填した。その還元器を180℃に昇温した状態で12時間保持することによって、陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路とカーボンの表面との接面に触媒金属を選択的に担持した本発明の燃料電池用電極を得た。その還元器を室温にクールダウンしたのちに、その電極を取り出した。最後に、その電極を0.5mol/lの硫酸に1時間浸漬することによって水素還元で還元されなかった[Pt(NH2+を溶出したのちに、その電極を脱イオン水で十分に洗浄した。この電極には、触媒金属としての白金が、0.05mg/cm担持されていた。
【0091】
本発明の燃料電池用電極と陽イオン交換膜との接合体をつぎの手順で製作した。まず、陽イオン交換膜(デュポン社製、ナフィオン115膜)を0.5 mol/lの硫酸で1時間煮沸したのちに、その膜に脱イオン水で5回の洗浄および1時間煮沸を施した。その膜の大きさは80mm×80mmの正方形とした。つづいて、その膜のそれぞれの面に、本発明の電極を配したのちに加熱圧着(135℃、50kg/cm)することによって、その膜と電極とを一体に接合した。そのあと、その接合体からチタン箔を剥がし取ることによって、本発明の膜/電極接合体を得た。
【0092】
最後に、その膜/電極接合体のそれぞれの面に、撥水性を付与した導電性多孔質材のカーボンペーパー(縦51mm、横51mm)と、中央部に開口(縦52mm、横52mm)を設けた弾性体とを配したのちに一対のセパレータで挟持することによって、本発明の固体高分子形燃料電池(以後、この燃料電池を「実施例1の燃料電池A」と呼ぶことにする)を製作した。
【0093】
[比較例1]
実施例1と同様の手順で、カーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層と、カーボン粉末、陽イオン交換樹脂および触媒金属を含む触媒層とを備える電極を製作した。その導電層と触媒層との大きさは50mm×50mmの正方形、厚みは25μmであった。つぎに、実施例1と同様にして、この同じサイズの撥水性導電層と触媒層とからなる電極とナフィオン115膜との膜/電極接合体を製作したのちに、その接合体を備える固体高分子形燃料電池(以後、この燃料電池を「比較例1の燃料電池B」と呼ぶことにする)を製作した。
【0094】
本発明の実施例1の燃料電池Aと比較例1の燃料電池Bとを、セル温度が80℃、アノードガスが純水素、アノード利用率が80%、アノード加湿器の温度が80℃、カソードガスが空気、カソード利用率が40%、カソード加湿器の温度が90℃、電流密度が300mA/cmの条件で3時間作動した。つぎに、90℃から55℃の範囲で1時間ごとに2.5℃づつカソード加湿器の温度を下げて、300mA/cm2でのセル電圧をそれぞれ測定した。そのカソード加湿器の温度とセル電圧との関係を図7に示す。図7において、曲線Aは実施例1の燃料電池Aの、また、曲線Bは比較例1の燃料電池Bの、カソード加湿器の温度とセル電圧との関係を示す。
【0095】
実施例1の燃料電池のセル電圧値はカソード加湿器の温度が80℃以上の条件で比較例1の燃料電池の場合よりも高い値で安定することと、その値はその温度が80℃以下の条件で比較例1の燃料電池場合よりも高い値を維持することとがわかった。
【0096】
この結果は、本発明の燃料電池がカソードガスの含水量が少ない条件でも優れた出力特性を発揮することを示す。この特性の発揮は、撥水性導電層を配置することによって触媒層および陽イオン交換膜と反応ガスとの直接的な接触を回避できるので、その触媒層に含まれる陽イオン交換樹脂と陽イオン交換膜との含水量の変動が減少したことに起因する。つまり、その減少によって、触媒金属を被覆する陽イオン交換樹脂の含水量の変化に起因するその触媒金属の電気化学反応に対する活性が低下を抑制されたので、この発明の固体高分子形燃料電池の出力特性が向上したものと考えられる。
【0097】
本発明の実施例1の燃料電池と比較例1の燃料電池を、セル温度が80℃、アノードガスが純水素、アノード利用率が70%、アノード加湿器の温度が80℃、カソードガスが空気、カソード利用率が40%、カソード加湿器の温度が70℃の条件で、開回路状態で4時間と300mA/cmで20時間とを繰り返して作動したときのセル電圧の経時変化を測定した。そのセル電圧と経過時間との関係を表1にまとめて示す。
【0098】
【表1】

【0099】

本発明の実施例1の燃料電池と比較例1との燃料電池の開回路および300mA/cmでのセル電圧値は、それぞれ同程度の値であるので、運転開始の直後での出力特性には有意差はみられない。しかしながら、運転時間の経過にともなうその値の低下は比較例1の燃料電池よりも実施例1の燃料電池が小さいことと、比較例1の燃料電池では4000時間後に著しくセル電圧が低下することとがわかった。
【0100】
比較例1の燃料電池に見られる著しいセル電圧の低下は、電極に含まれる陽イオン交換樹脂および陽イオン交換膜の劣化にともなう触媒金属の活性の低下およびクロスオーバーの増大に起因するものと推察される。この結果は、カソードおよびアノードの加湿器の温度がセルの温度よりの10℃も低い条件、すなわちそれぞれのガスの含水量が少ない条件であるにもかかわらず、本発明の燃料電池の寿命特性が向上したことを示す。
【0101】
実施例1の燃料電池の特性の向上は、撥水性導電層を配置することによって触媒層および陽イオン交換膜と反応ガスとの直接的な接触を回避できたので、その触媒層に含まれる陽イオン樹脂と陽イオン交換膜との含水量の変動を減少したことに起因する。つまり、その減少によって、陽イオン交換樹脂を含む電極と陽イオン交換膜との膨張と収縮とに起因する耐久性の低下を抑制されたので、この発明の固体高分子形燃料電池の寿命特性が向上したものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明の固体高分子形燃料電池の断面を模式的に示した図。
【図2】本発明の固体高分子形燃料電池を上部から見た模式図。
【図3】撥水性導電層の内部構造を模式的に示した図。
【図4】触媒層の内部構造を模式的に示した図。
【図5】カーボンの表面と陽イオン交換樹脂との接面を模式的に示した図。
【図6】陽イオン交換樹脂と触媒を担持したカーボンの表面との接面を模式的に示した図。
【図7】カソード加湿器の温度とセル電圧との関係を示す図。
【符号の説明】
【0103】
10 固体高分子形燃料電池
11 撥水性導電層
12 陽イオン交換膜
13 触媒層
14 弾性体
15 導電性多孔質材
16 セパレータ
17 ガス流路
21 陽イオン交換膜12と弾性体14の外周
22 撥水性導電層11の外周
23 導電性多孔質材15の外周
24 触媒層13の外周
31 カーボン材料
32 フッ素樹脂
33 空隙
41 カーボン粉末
42 陽イオン交換樹脂
43 細孔
51 陽イオン交換樹脂の親水性領域(プロトン伝導経路)
52 陽イオン交換樹脂の疎水性領域
53、61 触媒金属
62 触媒金属が存在しない領域




























【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボン粉末、陽イオン交換樹脂および触媒金属を含む触媒層が接合された陽イオン交換膜と、カーボン材料およびフッ素樹脂を含む撥水性導電層と、導電性多孔質材と、セパレータとが順次に積層されており、その陽イオン交換膜の外周はその撥水性導電層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層の外周はその触媒層の外周を内方する位置にあることと、その撥水性導電層および陽イオン交換膜の周辺部分とセパレータとの間に開口を設けた弾性体シートを備えており、その開口の内周は触媒層の外周を内方される位置にあることとによって、陽イオン交換膜、撥水性導電層および弾性体シートで触媒層を包含することを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項2】
カーボンの表面と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接面に触媒金属が選択的に担持された粉末を含む触媒層が備わることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項3】
カーボン材料とフッ素樹脂とを含む撥水性導電層にカーボン粉末と陽イオン交換樹脂とを含む混合物の層を形成したのちに、その陽イオン交換樹脂の固定イオンに触媒金属の陽イオンを吸着し、つぎに、その吸着した陽イオンを化学的に還元することによって触媒層を形成し、さらに、その撥水性導電層上の触媒層を陽イオン交換膜に接合したのちに、その接合体に開口を設けた弾性体シートと、導電性多孔質材と、セパレータとを順次積層することを特徴とする請求項1および請求項2記載の固体高分子形燃料電池の製造方法。






















【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2006−59618(P2006−59618A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−239186(P2004−239186)
【出願日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【出願人】(000004282)日本電池株式会社 (48)
【Fターム(参考)】