説明

変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法、並びに狂犬病ワクチン製剤

【課題】構成タンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを安価かつ低労力で増殖する手段の提供。
【解決手段】狂犬病ウイルスの5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを細胞に共導入する変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法を提供する。この方法により、欠損させた構成タンパク質の恒常発現細胞を用いずに、構成タンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを合成できるため、恒常発現細胞の樹立などの労力を軽減できる。また、細胞への感染の手順とウイルスの回収の手順を繰り返すことにより、変異狂犬病ウイルスのスケールアップが可能であるため、変異狂犬病ウイルスを安価かつ低労力で大量増殖できる。この方法により得られた変異狂犬病ウイルス混合液は、免疫原性と安全性を備えており、狂犬病ワクチン製剤に適用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リバース・ジェネティクス法による変異狂犬病ウイルスの人工合成などの技術に関連する。より詳細には、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを共導入する手順を少なくとも含む変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法、該方法により増殖された2種類の変異狂犬病ウイルスを含有する狂犬病ワクチン製剤などに関連する。
【背景技術】
【0002】
狂犬病は、狂犬病ウイルスの咬傷などからの感染によって起こる人獣共通感染症である。治療法は未だに確立されておらず、発症した場合、重篤な神経症状を伴って、ほぼ100%死亡する。
【0003】
狂犬病ウイルスは非常に広い宿主域を有し、ヒトを含む全ての哺乳類に感染するとされている。発展途上国などでは犬が、先進国などではキツネ、アライグマ、スカンク、コウモリなどの野生動物が主な感染源となっており、現在でも、毎年50,000人以上が狂犬病で死亡していると推定されている。
【0004】
狂犬病は、ワクチン接種により予防できるとされ、現在、不活化狂犬病ワクチンが広く用いられている。しかし、不活化ワクチンの場合、充分な効果を得るためには多量の抗原が必要であり、ワクチンがコスト高になる。そのため、特に発展途上国などで、ワクチンが充分に普及していない。一方、弱毒生ワクチンは、不活化ワクチンよりも安価に製造できるが、安全性の懸念がある。
【0005】
狂犬病ウイルスはラブドウイルス科リッサウイルス属に分類される。ウイルス粒子は幅60〜110nm、長さ130〜250nmの弾丸状の形態を有し、Gタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つの構造タンパク質を含む。ウイルスゲノムは、全長約12,000塩基、マイナス鎖一本鎖のRNAで、上流(3’末端側)より、N、P、M、G、Lの順で、5つの構造タンパク質をコードする遺伝子を含む。
【0006】
近年、狂犬病ウイルスの病原性決定因子の研究、並びにクローンcDNAを用いて狂犬病ウイルスを人工合成する技術などの進展に伴い、種々の変異狂犬病ウイルスの人工合成及びそれらのワクチンへの応用への試みが報告されている。例えば、特許文献1には、Mタンパク質を欠損させた変異ウイルス及びその製造方法が、特許文献2には、Mタンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスの増殖・産生法として、Mタンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを、Mタンパク質を恒常的に発現する細胞に感染させる方法が、それぞれ記載されている。また、特許文献3には、狂犬病ウイルスからPタンパク質発現遺伝子機能を欠損させた増殖能欠損狂犬病ウイルス及びその製造方法が記載されている。
【0007】
その他、非特許文献1は、後述するリバース・ジェネティクス法による狂犬病ウイルス変異株の人工合成に関する文献である。
【特許文献1】特開平8−168381号公報
【特許文献2】特開2006−121948号公報
【特許文献3】特開2005−65596号公報
【非特許文献1】Naoto Ito et al, “Improved recovery of rabies virus from cloned cDNA using a vaccinia virus-free reverse genetics system.” Microbiol Immunol. 2003;47(8):613-7.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
狂犬病ウイルスの5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損させた場合、その変異狂犬病ウイルスは増殖能を失うため、免疫原性を保持できれば、安全性の高いワクチンとして適用できる。
【0009】
その場合、この変異狂犬病ウイルスを用いてワクチン製剤を製造するためには、その変異狂犬病ウイルスを増殖する必要がある。その手段として、欠損させた構成タンパク質を発現させた細胞に、変異狂犬病ウイルスを感染させる方法が検討されている。
【0010】
しかし、例えば、欠損させた構成タンパク質を、ベクターなどを用いて細胞に一過性に発現させる場合、その構成タンパク質を安定的に発現させることが難しく、遺伝子導入の手順を複数回行う必要がある。そのため、変異狂犬病ウイルスを工業レベルで安定的に増殖することは難しい。
【0011】
一方、例えば、欠損させた構成タンパク質を恒常的に発現させた細胞を用いる場合、恒常発現細胞の樹立自体に煩雑な手順や多大な労力が必要である。また、恒常発現細胞を樹立できても、欠損させた構成タンパク質の発現効率が低いことが多い。加えて、狂犬病ウイルスの構成タンパク質の中には細胞毒性の強いタンパク質もあるため、欠損させた構成タンパク質の種類によっては、恒常発現細胞を樹立しても、その細胞の継代・増殖を効率的に行うことが難しいという課題があった。
【0012】
そこで、本発明は、欠損させた構成タンパク質の恒常発現細胞を用いずに、構成タンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを簡易、低労力かつ効率的に合成・増殖する手段を提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを培養細胞に共導入することにより、変異狂犬病ウイルスの人工合成及び増殖に成功した。
【0014】
そこで、本発明では、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを培養細胞に共導入する手順を少なくとも含む変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法を提供する。
【0015】
上述の通り、変異狂犬病ウイルスのゲノムをそれぞれ単独で培養細胞に導入した場合、各変異狂犬病ウイルスは、1つの構成タンパク質を欠損しているため、再構成しない。それに対し、例えば、上記5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノムとを、ベクターなどを用いて培養細胞に共導入する。これにより、互いに、一方の変異狂犬病ウイルスの発現タンパク質が、他方の欠損タンパク質を補完するため、変異狂犬病ウイルスを再構成することができる。即ち、この方法により、簡易かつ比較的効率的に変異狂犬病ウイルスを人工合成することができる。
【0016】
同様に、変異狂犬病ウイルスをそれぞれ単独で培養細胞などに感染させた場合、各変異狂犬病ウイルスは、1つの構成タンパク質を欠損しているため、増殖しない。それに対し、例えば、上記5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスとを培養細胞などへ共感染させることにより、互いに、一方の変異狂犬病ウイルスの発現タンパク質が、他方の欠損タンパク質を補完するため、変異狂犬病ウイルスを再構成・増殖することができる。従って、例えば、上記の2種類の変異狂犬病ウイルスを培養細胞などへ共感染させる手順と、その手順により増殖したウイルスを回収する手順とを繰り返すことにより、変異狂犬病ウイルスのスケールアップが可能である。これにより、変異狂犬病ウイルスを簡易、低労力、安価かつ効率的に大量増殖することができる。
【0017】
その他、本発明には、構成タンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを、その構成タンパク質の恒常発現細胞を用いずに合成・増殖することができるため、恒常発現細胞の樹立などの労力を軽減できるという有利性がある。
【0018】
なお、この方法では、1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液が得られる。この2種類の変異狂犬病ウイルスはそれぞれ感染性を保持しており、両者の混合液は免疫原性を有する。一方、この2種類の変異狂犬病ウイルスは、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損しているため、複製能・増殖能を有しない。従って、この2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液は、免疫原性と安全性を備えており、狂犬病ワクチン製剤に適用できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、構成タンパク質を欠損させた変異狂犬病ウイルスを簡易、低労力かつ効率的に合成又は増殖することができる。これにより、有効かつ安価な狂犬病ワクチン製剤を工業レベルで製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
<本発明に係る変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法について>
本発明は、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを培養細胞内に共導入する手順を少なくとも含む変異狂犬病ウイルス合成又は増殖方法をすべて包含する。
【0021】
(1)変異狂犬病ウイルスの合成方法
例えば、上記5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス、及び、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドをそれぞれ作製し、それらのゲノム・プラスミドを培養細胞に共トランスフェクションすることにより、互いに、一方の変異狂犬病ウイルスの発現タンパク質が、他方の欠損タンパク質を補完するため、変異狂犬病ウイルスを人工合成することができる。上述の通り、この方法では、1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液が得られる。以下、手順を例示する。なお、本発明は、2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムを培養細胞に共導入する手順を含むものであればよく、以下の手段で行った場合のみに狭く限定されない。
【0022】
変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドの作製において、例えば、ゲノム全長の配列が公知な狂犬病ウイルス株の塩基配列を鋳型として広く用いることができる。ゲノム全長の配列が公知な狂犬病ウイルス株として、例えば、CVS株、ERA株、西ヶ原株、HEP-Flury株、LEP-Flury株、SAD Bern株、SAD B19株などが挙げられる。なお、本発明は、欠損させた領域以外の塩基配列が、前記のいずれかの株のゲノムの塩基配列と同一又は実質的に同一なものを広く包含する。また、本発明は、例えば、ワクチン製剤などとして用いるために、前記のいずれかの株のゲノムの塩基配列のうち、一部の塩基配列を変異させたものと同一又は実質的に同一なものについても、前記と同様、広く包含する。ここで、「実質的に同一」とは、該当領域の塩基配列が、60〜100%、さらに好適には80〜100%の同一性を有するものをいう。
【0023】
例えば、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質のコード領域を、狂犬病ウイルスの親株のゲノム全長cDNAから欠損させ、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノムを合成する。PCR法など公知の手段を用いることにより、ゲノムから特定領域の塩基配列を欠損させることができる。
【0024】
特定領域の塩基配列を欠損させたcDNA断片を、制限酵素切断及びライゲーションなどにより、プラスミドベクターのマルチクローニングサイトに挿入し、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドを2種類作製する。その際、例えば、そのcDNA断片の上流域(3'末端側)にT7プロモーターの配列を、下流(5'末端)にD型肝炎ウイルスリボザイムをコードする塩基配列を配置することにより、T7 RNAポリメラーゼによって転写される人工プラス鎖ゲノムRNAの3'末端を本来のウイルスと同様の配列にすることができる。なお、プラスミドベクターには、公知のものを用いることができ、特に限定されない。
【0025】
続いて、例えば、その2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドを培養細胞に共トランスフェクションすることにより、2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムを培養細胞内に共導入する。これにより、2種類の変異狂犬病ウイルスがそれぞれ再構成し、培養上清に変異狂犬病ウイルスが発現する。
【0026】
培養細胞には、BHK細胞など、公知のものを広く用いることができる。例えば、上述の通り、ゲノム・プラスミドの所定領域にT7プロモーターの配列を挿入し、T7 RNAポリメラーゼによってウイルスを発現させる場合には、T7 RNAポリメラーゼ恒常発現している培養細胞を樹立し、そのT7 RNAポリメラーゼ恒常発現細胞にトランスフェクションすることにより、変異ウイルスの発現効率を向上できる。なお、トランスフェクションなどの遺伝子導入手段には、公知の方法を用いることができ、特に限定されない。
【0027】
用いる2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムについては、どの組合せの場合も広く採用でき、特定の組み合わせのみに狭く限定されない。
【0028】
狂犬病ウイルスの5つの構成タンパク質のうち、Mタンパク質は細胞毒性が高いため、Mタンパク質を欠損した方が、トランスフェクション時における培養細胞への損傷を少なくできる。また、Mタンパク質を欠損した変異ウイルスは、複製能・増殖能を失い、かつ細胞毒性も低いため、ワクチンとして用いる場合に安全性が高い。従って、用いる2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムのうち、一方はMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノムであることが好適である。
【0029】
狂犬病ウイルスの5つの構成タンパク質のうち、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質は、ウイルスゲノムの転写に関わるタンパク質であり、これらのいずれか又は複数のタンパク質を欠損した変異ウイルスは、複製能・増殖能を失う。また、これらのいずれか又は複数のタンパク質を欠損しても、ウイルスの免疫原性は比較的保持できる。従って、用いる2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムのうち、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノムであり、もう一方がNタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のいずれかを欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノムであることがより好適である。
【0030】
その中で、変異狂犬病ウイルスの増殖効率が高いという点から、用いる2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノムのうち、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノムであり、もう一方がPタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノムであることが最も好適である。
【0031】
変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドを共トランスフェクションする際には、例えば、Nタンパク質を発現するプラスミド、Pタンパク質を発現するプラスミド、及び、Lタンパク質を発現するプラスミドをヘルパー・プラスミドとして共トランスフェクションする。これにより、変異狂犬病ウイルスの初期転写を促進できるため、変異狂犬病ウイルスを効率的に合成できる。なお、これらのヘルパー・プラスミドは、例えば、公知の方法で、プラスミドベクターに各タンパク質のコード遺伝子を挿入することにより、作製できる。プラスミドベクターには、上記と同様、公知のものを用いることができ、特に限定されない。
【0032】
(2)変異狂犬病ウイルスの増殖方法
例えば、上記5つの構成タンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス、及び、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスを培養細胞などに共感染させることにより、互いに、一方の変異狂犬病ウイルスの発現タンパク質が、他方の欠損タンパク質を補完するため、変異狂犬病ウイルスを再構成・増殖することができる。上述の通り、この方法では、1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液が得られる。以下、手順を例示する。なお、本発明は、2種類の変異狂犬病ウイルスを培養細胞に共感染させる手順を含むものであればよく、以下の手段で行った場合のみに狭く限定されない。
【0033】
上述の通り、変異狂犬病ウイルスをそれぞれ単独で培養細胞などに感染した場合、各変異狂犬病ウイルスは、1つの構成タンパク質を欠損しているため、増殖しない。それに対し、例えば、上記の2種類の変異狂犬病ウイルスを培養細胞などに共感染させることにより、変異狂犬病ウイルスを再構成・増殖することができる。
【0034】
培養細胞には、例えば、マウス神経芽細胞腫由来NA細胞、Vero細胞などを用いることができる。変異狂犬病ウイルスを培養細胞に導入する手段には、公知の方法を用いることができ、特に限定されない。
【0035】
用いる2種類の変異狂犬病ウイルスについては、上記と同様、どの組合せの場合も広く採用でき、特定の組み合わせのみに狭く限定されない。例えば、上記と同様の理由から、用いる2種類の変異狂犬病ウイルスのうち、一方はMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであることが好適であり、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスで、もう一方がNタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のいずれかを欠損する変異狂犬病ウイルスであることがより好適であり、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスで、もう一方がPタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであることが最も好適である。
【0036】
例えば、上述の変異狂犬病ウイルスの合成方法により得られた2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液を用いることにより、ウイルス調製にかかる労力を大幅に軽減でき、簡易かつ高効率なウイルスの大量増殖が可能になる。また、2種類の変異狂犬病ウイルスを個別に合成し、その2つの変異狂犬病ウイルスを培養細胞などに共感染させることにより、変異狂犬病ウイルスを再構成・増殖してもよい。
【0037】
2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液を培養細胞などに共感染させることにより、培養上清に変異狂犬病ウイルスが発現する。培養上清に発現した変異狂犬病ウイルスを、例えば、遠心分離・膜ろ過など、公知の方法により回収(濃縮・不純物除去などを含む)してもよい。これらの変異狂犬病ウイルスは、変異狂犬病ウイルスの大量増殖や狂犬病ワクチンなどに用いることができる。
【0038】
上述の通り、例えば、2種類の変異狂犬病ウイルスを培養細胞などへ共感染させる手順と、その手順により増殖したウイルスを回収する手順とを繰り返すことにより、変異狂犬病ウイルスのスケールアップが可能である。これにより、変異狂犬病ウイルスを簡易、低労力、安価かつ効率的に大量増殖することができ、工業レベルでの変異ウイルスの増殖が可能となる。
【0039】
<本発明に係る狂犬病ワクチン製剤について>
本発明は、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のうち、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスを少なくとも含有する狂犬病ワクチン製剤を全て包含する。
【0040】
上述の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法により変異狂犬病ウイルスを合成又は増殖した場合、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のうち、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液が得られる。この2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液は、感染性を保持しており、免疫原性を有する。一方、この2種類の変異狂犬病ウイルスは、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損しているため、複製能・増殖能を有しない。従って、この2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液は、免疫原性と安全性を備えており、狂犬病ワクチン製剤に適用できる。
【0041】
この狂犬病ワクチンに含有する2種類の変異狂犬病ウイルスは、どの組合せの場合も広く採用でき、特定の組み合わせのみに狭く限定されない。上記と同様の理由から、例えば、2種類の変異狂犬病ウイルスのうち、一方がMタンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスである狂犬病ワクチン製剤が好適であり、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであり、もう一方がNタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のいずれかを欠損する変異狂犬病ウイルスである狂犬病ワクチン製剤がより好適であり、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであり、もう一方がPタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスである狂犬病ワクチン製剤が最も好適である。
【0042】
狂犬病ワクチン製剤中に2種類の変異狂犬病ウイルスが含有しているかどうか、若しくはどの変異狂犬病ウイルスが含有しているかについては、公知の方法、例えば、変異狂犬病ウイルスのゲノムを抽出・調製した後、欠損させたタンパク質のコード遺伝子の有無をPCR法などで検出することにより、比較的簡易に判定できる。
【0043】
このワクチン製剤には、目的・用途などに応じて、緩衝剤、等張化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤などを適宜添加してもよい。
【0044】
緩衝剤の好適な例として、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液などを用いることができる。
【0045】
等張化剤の好適な例として、例えば、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトールなどを用いることができる。
【0046】
無痛化剤の好適な例として、例えば、ベンジルアルコールなどを用いることができる。
【0047】
防腐を目的とした薬剤の好適な例として、例えば、チメロサール、パラオキシ安息香酸エステル類、フェノキシエタノール、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸、その他、各種防腐剤、抗生物質、合成抗菌剤などを用いることができる。
【0048】
抗酸化剤の好適な例として、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸などを用いることができる。
【0049】
その他、このワクチン製剤には、補助成分、例えば、保存・効能の助剤となる光吸収色素(リボフラビン、アデニン、アデノシンなど)、安定化のためのキレート剤・還元剤(ビタミンC、クエン酸など)、炭水化物(ソルビトール、ラクトース、マンニトール、デンプン、シュークロース、グルコース、デキストランなど)、カゼイン消化物、各種ビタミンなどを含有させてもよい。
【0050】
ワクチン製剤の剤型などについては、公知のものを採用でき、特に限定されない。例えば、液体製剤として用いてもよいし、経口投与用に、凍結乾燥などの処置の後、餌などに混入させてもよい。
【0051】
その他、このワクチン製剤は、他の疾患に対する一又は複数のワクチンとの混合ワクチン製剤であってもよい。
【0052】
この変異狂犬病ウイルスの混合液は、弱毒生ワクチンと不活化ワクチンのいずれのワクチン製剤にも適用できるが、上述の通り、比較的安価に製造でき、かつワクチンとしての効果も高いという点から、弱毒生ワクチンの製剤として用いる方がより好適である。
【0053】
なお、不活化ワクチン製剤として用いる場合、公知の方法、例えば、変異狂犬病ウイルスの混合液に対し、物理的処理(紫外線照射、X線照射、熱処理、超音波処理など)、化学的処理(ホルマリン・クロロホルムなどによる有機溶媒処理、酢酸などの弱酸による酸処理、アルコール・塩素・水銀などによる処理)などにより、不活化を行うことができる。
【0054】
例えば、混合液にホルマリンを0.001〜2.0%、より好適には0.01〜1.0%の容量濃度で添加し、培養液を4〜30℃で、1〜3日間感作することにより、ホルマリンによる不活化を行うことができる。例えば、緩衝液などで不活化処理ウイルスを洗浄してホルマリンなどの不活化剤を除去したり、不活化処理ウイルスに中和剤を添加して中和したりしてもよい。また、膜ろ過や遠心分離などにより不活化処理ウイルスを回収してもよい。
【0055】
不活化ワクチン製剤に含まれる不活化ウイルスの量は、特に制限はないが、例えば、不活化前のウイルスの量が103〜1011FFUの範囲が好適で、104〜1011FFUの範囲がより好適である(FFUは、フォーカス形成単位(Focus forming unit)、以下同じ)。
【0056】
不活化ワクチン製剤として用いる場合、公知のアジュバントを添加してもよい。公知のアジュバントとして、例えば、動物油(スクアレンなど)又はそれらの硬化油、植物油(パーム油、ヒマシ油など)又はそれらの硬化油、無水マンニトール・オレイン酸エステル、流動パラフィン、ポリブテン、カプリル酸、オレイン酸、高級脂肪酸エステルなどを含む油性アジュバント、PCPP、サポニン、グルコン酸マンガン、グルコン酸カルシウム、グリセロリン酸マンガン、可溶性酢酸アルミウム、サリチル酸アルミニウム、アクリル酸コポリマー、メタクリル酸コポリマー、無水マレイン酸コポリマー、アルケニル誘導体ポリマー、水中油型エマルジョン、第四級アンモニウム塩を含有するカチオン脂質などの水溶性アジュバント、水酸化アルミニウム(ミョウバン)、水酸化ナトリウムなどの沈降性アジュバント、コレラ毒素、大腸菌易熱性毒素などの微生物由来毒素成分、その他、ベントナイト、ムラミルジペプチド誘導体、インターロイキンなどが挙げられる。また、これらを混合したものでもよい。
【0057】
<本発明に係る狂犬病ワクチン製剤製造のためのウイルスの使用について>
本発明は、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のうち、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスの、狂犬病ワクチン製剤製造のための使用をすべて包含する。
【0058】
狂犬病ワクチン製剤製造のために、上述の2種類の変異狂犬病ウイルスの混合液を使用することにより、免疫原性と安全性を備えた狂犬病ワクチン製剤を、簡易、低労力、安価かつ効率的に大量製造することができる。
【0059】
<本発明に係る狂犬病予防・治療方法について>
本発明は、狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のうち、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスを少なくとも含有する狂犬病ワクチン製剤を投与する処置を少なくとも含む狂犬病予防・治療方法をすべて包含する。
【0060】
本発明は、狂犬病に感染しうる動物、例えば、ヒト、及び、犬、ネコ、キツネ、アライグマ、スカンク、コウモリ、ネズミなどの非ヒト動物などに適用できる。
【0061】
例えば、健常な個体にこの狂犬病ワクチン製剤を投与して免疫することにより、狂犬病罹患を予防してもよいし、咬傷による狂犬病ウイルスの暴露を受けた直後から集中的にこの狂犬病ワクチン製剤を投与し、免疫反応を惹起させて狂犬病を治療してもよい。
【0062】
この狂犬病ワクチン製剤は、液剤を皮下・皮内・筋肉注射などにより投与してもよいし、野生動物などの場合では、餌などに混入させて経口投与してもよい。弱毒生ワクチンの製剤を用いる場合、皮下・皮内・筋肉注射などでは、例えば、一回当たり、103〜1011FFU、経口投与では、例えば、一回当たり、104〜1011FFU投与する。不活化ワクチンの製剤を用いる場合、皮下・皮内・筋肉注射などでは、例えば、一回当たり、ウイルス数で103〜1011個、経口投与では、例えば、一回当たり、ウイルス数で104〜1011個投与する。投与回数は、特に限定されないが、1回又は1週間〜3カ月間隔で数回が好適である。また、1年に1回以上の投与が好適である。
【実施例1】
【0063】
実施例1では、2種類の変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドを用いて、変異狂犬病ウイルスの人工合成及び増殖を試みた。
【0064】
狂犬病ウイルスの強毒固定株の一つであるERA株のゲノム全長cDNAを鋳型とし、欠損させる構成タンパク質のコード領域の上流側のゲノムと下流側のゲノムをそれぞれPCR法により増幅させた後、オーバーラップPCR法により両ゲノムを連結させ、Pタンパク質のコード領域を欠損したゲノムcDNA断片(ERA-ΔP、配列番号1参照。)及びMタンパク質のコード領域を欠損したゲノムcDNA断片(ERA-ΔM、配列番号2参照。)を合成した。
【0065】
各ゲノムcDNA断片の上流域(3'末端側)にT7プロモーターの配列を、下流(5'末端)の直下にD型肝炎ウイルスリボザイムをコードする塩基配列をそれぞれ配置したcDNA断片をPCR法により増幅した。なお、D型肝炎ウイルスリボザイムのコード配列は、T7 RNAポリメラーゼによって転写される人工プラス鎖ゲノムRNAの3'末端を本来のウイルスと同様の配列にするために挿入した。
【0066】
制限酵素切断及びライゲーションにより、プラスミドベクターpUC19のマルチクローニングサイトにそのcDNA断片を挿入した。以上の手順で、Pタンパク質のコード領域を欠損したERA株のゲノム全長cDNAを保有するゲノム・プラスミド(以下、「ERA-ΔPゲノム・プラスミド」とする。)、及び、Mタンパク質のコード領域を欠損したERA株のゲノム全長cDNAを保有するゲノム・プラスミド(以下、「ERA-ΔMゲノム・プラスミド」とする。)を作製した。
【0067】
シークエンス解析を行った結果、各ゲノム・プラスミド上において、Pタンパク質又はMタンパク質のコード領域を欠損していることを確認した。
【0068】
続いて、これらのゲノム・プラスミドを用いて、ウイルスの人工合成を試みた。
【0069】
まず、ヘルパー・プラスミドとして、狂犬病ウイルスのNタンパク質を発現するプラスミド、同じくPタンパク質を発現するプラスミド、同じくLタンパク質を発現するプラスミドを準備した(非特許文献1参照)。
【0070】
前日、T7 RNAポリメラーゼ恒常発現BHK細胞(以下、「BHK/T7-9細胞」とする。)を、24穴組織培養プレートに播種した。当日、BHK/T7-9細胞に、ERA-ΔPゲノム・プラスミド(2μg/穴)、ERA-ΔMゲノム・プラスミド(2μg/穴)、及び、3種類のヘルパー・プラスミド(各0.4、0.1、0.2μg/穴)を共トランスフェクションし、4〜5日間培養した後、その培養上清を回収し、-80℃で保存した。
【0071】
トランスフェクションしたBHK/T7-9細胞を固定した後、抗狂犬病ウイルスNタンパク質モノクローナル抗体で蛍光染色した。そして、蛍光シグナルの拡大を指標として、変異ウイルスの存在を確認した。
【0072】
その結果、Pタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドとMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドを培養細胞に共トランスフェクションすることにより、Pタンパク質又はMタンパク質の恒常発現細胞を用いなくても、変異狂犬病ウイルスを再構成できることが確認された。なお、ここで人工合成された変異狂犬病ウイルスは、Pタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスとMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスの混合液であると推測する。
【0073】
狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルスのゲノム・プラスミドとを培養細胞に共トランスフェクションすることにより、変異狂犬病ウイルスを再構成できる理由は、2種類の変異狂犬病ウイルスの各構成タンパク質がそれぞれ発現するとともに、互いに、一方の変異狂犬病ウイルスの発現タンパク質が、他方の欠損タンパク質を補完するためであると考える。
【0074】
続いて、変異狂犬病ウイルスの増殖及びストック作製を試みた。
【0075】
マウス神経芽細胞腫由来NA細胞に、回収した培養上清を添加し、変異狂犬病ウイルスを感染させた。その細胞を培養し、細胞変性効果により約50%の細胞が脱落した時点でその培養上清を回収した。その培養上清を遠心分離し、その上清を再度NA細胞に添加して培養した後、その培養上清を遠心分離し、その上清をウイルス変異株のストックとして、-80℃で保存した。
【0076】
以上の手順で増殖・スケールアップした変異狂犬病ウイルスについて、ウイルス力価を測定した。
【0077】
24穴組織培養プレート上のNA細胞に、10倍段階希釈した各ウイルス液を100μL/穴接種した。37℃で1時間静置し、ウイルスを細胞に吸着させた後、細胞を洗浄した。0.5%メチルセルロースを含む培養液を細胞に加え、37℃で2日間培養した。感染細胞を固定した後、抗狂犬病ウイルスNタンパク質モノクローナル抗体で蛍光染色し、1穴当たりの蛍光フォーカス数をカウントした。ウイルス力価として、同一希釈の3穴に出現した平均フォーカス数に基づき、フォーカス形成単位を算出した。
【0078】
その結果、この変異狂犬病ウイルス混合液の培養上清中におけるウイルス力価は、2.3×107FFU/mLであった。
【実施例2】
【0079】
実施例2では、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液を脳内接種した場合の生存率を検討した。
【0080】
105FFUの変異狂犬病ウイルス混合液を1群5匹のddYマウス(4週齢、雌)に脳内接種した。各マウスを14日間観察し、その生存率の推移を調べた。対照として、ウイルスを投与しなかった場合(非感染)又はERA株を投与した場合についても、同様の実験を行った。
【0081】
結果を図1に示す。図1は、変異狂犬病ウイルス混合液を脳内接種した場合における生存率を表すグラフである。図1中、横軸はウイルス接種後日数を、縦軸は生存率(%)を、各グラフは、それぞれ、ウイルスを投与しなかった場合(非感染)、変異狂犬病ウイルス混合液を接種した場合(ΔP+ΔM)、ERA株を接種した場合(ERA)の結果を、それぞれ表す。
【0082】
図1に示す通り、変異狂犬病ウイルス混合液を脳内接種した場合、ウイルスを投与しなかった場合と同様、接種後14日まで生存率が100%であったのに対し、ERA株を接種した場合、接種後9日において生存率が0%となった。
【0083】
この結果は、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液に含有する2種類の変異狂犬病ウイルスがいずれも複製能・増殖能を失っていることを示唆する。また、この結果は、本発明に係る方法により調製された変異狂犬病ウイルス混合液が、病原性が低く安全性が高いことを示し、狂犬病ワクチン製剤として適用できることを示す。
【実施例3】
【0084】
実施例3では、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液の免疫原性を評価した。
【0085】
実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液105FFUを5匹のddYマウス(6週齢、雌)に筋肉内接種し、免疫した。また、対照として、狂犬病ウイルス強毒固定株であるERA株105FFU(対照)を、別の5匹のddYマウス(6週齢、雌)に筋肉内接種した。
【0086】
接種後4週目に各マウスから採血し、その血清を2倍希釈した後、56℃、30分間非働化した。次に、2倍階段希釈された血清(25μL)と、50%組織培養感染量の200倍に相当するCVS株を含むウイルス液(25μL)を混和させた。この混合液を4℃で一晩感作させることにより、希釈血清中の中和抗体をウイルスに感作させた。
【0087】
96穴組織培養プレート上にNA細胞浮遊液(3×105個/mL、0.1mL/穴)を播種し、血清とウイルス液の混合液を添加し、細胞を37℃で3日間培養した。感染細胞を固定した後、抗狂犬病ウイルスNタンパク質モノクローナル抗体で蛍光染色し、ウイルス中和抗体価をReed and Munch法により計算した。同時に、国際獣疫事務局(OIE)から入手した標準血清(0.5国際単位[IU/mL])についても同様の測定を行い、中和抗体価を国際単位[IU/mL]に換算した。
【0088】
結果を図2に示す。図2は、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液でマウスに免疫した場合における接種後4週目のマウス血清の中和抗体価を示すグラフである。同図中、横軸の「ΔP+ΔM」は実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液でマウスに免疫した場合の結果を、「ERA」はERA株をマウスに投与した場合の結果(対照)をそれぞれ表わし、縦軸はマウス血清の中和抗体価(単位:IU/mL)を表す。
【0089】
図2に示す通り、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液105FFUを筋肉内接種することにより免疫した場合、接種後4週目には全ての個体でマウス血清の中和抗体価が0.5IU/mL以上であった。これにより、この変異狂犬病ウイルス混合液が高い免疫原性を有していることが示された。なお、対照としてERA株105FFUを筋肉内接種した場合、接種後2週目までに5匹中3匹が死亡し、残りの2匹については、接種後4週目におけるマウス血清の中和抗体価は0.5IU/mL以上であった。
【実施例4】
【0090】
実施例4では、実施例3で免疫したマウスの攻撃試験を行い、ワクチンとしての効力を検証した。
【0091】
実施例3で免疫したマウス5匹に、狂犬病ウイルス強毒固定株であるCVS株を100FFU脳内接種し、各マウスを18日間観察し、その生存率を調べた。対照として、免疫しない5匹のddYマウス(6週齢、雌)にも、同様にCVS株を脳内接種した。
【0092】
その結果、実施例1で調製した変異狂犬病ウイルス混合液で免疫したマウスについては、全ての個体が攻撃試験を耐過し、生存率は100%であった。なお、免疫していないマウスは全て観察期間内に死亡した。以上の通り、本発明に係る方法により調製された変異狂犬病ウイルス混合液が狂犬病に対するワクチンとして有効であることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】実施例2において、本発明に係る方法により調製された変異狂犬病ウイルス混合液を脳内接種した場合における生存率を表すグラフ。
【図2】実施例3において、本発明に係る方法により調製された変異狂犬病ウイルス混合液でマウスに免疫した場合におけるマウス血清の中和抗体価を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質の5つのタンパク質のうち、1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムと、他の1つの構成タンパク質を欠損した変異狂犬病ウイルス又はそのゲノムとを培養細胞内に共導入する手順を少なくとも含む変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項2】
前記2種類の変異狂犬病ウイルスのうち、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスである請求項1記載の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項3】
前記2種類の変異狂犬病ウイルスのうち、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであり、もう一方がNタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のいずれかを欠損する変異狂犬病ウイルスである請求項1記載の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項4】
前記2種類の変異狂犬病ウイルスのうち、一方がMタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスであり、もう一方がPタンパク質を欠損する変異狂犬病ウイルスである請求項1記載の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項5】
前記Nタンパク質を発現するプラスミド、前記Pタンパク質を発現するプラスミド、及び、前記Lタンパク質を発現するプラスミドをヘルパー・プラスミドとして共導入する手順を少なくとも含む請求項4記載の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項6】
T7 RNAポリメラーゼ恒常発現細胞に、前記変異狂犬病ウイルスのゲノムを導入する手順を少なくとも含む請求項5記載の変異狂犬病ウイルス合成・増殖方法。
【請求項7】
狂犬病ウイルスの構成タンパク質であるGタンパク質、Mタンパク質、Nタンパク質、Pタンパク質、Lタンパク質のうち、それぞれ1つの構成タンパク質を欠損した2種類の変異狂犬病ウイルスを少なくとも含有する狂犬病ワクチン製剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−106608(P2013−106608A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−229854(P2012−229854)
【出願日】平成24年10月17日(2012.10.17)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(591047970)共立製薬株式会社 (20)
【Fターム(参考)】