説明

多層絶縁電線及びそれを用いた変圧器

【課題】耐熱性向上の要求を満たし、耐放電特性も兼ね備えた多層絶縁電線及びその絶縁電線を巻回してなる変圧器を提供する。
【解決手段】導体と前記導体を被覆する3層以上の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ポリフェニレンスルフィド樹脂であり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、(1)特定の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し架橋させた樹脂、または(2)側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を混和した樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする多層絶縁電線、及び該多層絶縁電線を有してなる変圧器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層が3層の押出被覆層からなる多層絶縁電線及びそれを用いた変圧器に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950等によって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていることまたは絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、等が規定されている。
【0003】
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器としては、図2の断面図に例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア(1)上のボビン(2)の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ(3)が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線(4)が巻回されたのち、この一次巻線(4)の上に、絶縁テープ(5)を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ(3)を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線(6)が巻回された構造である。
【0004】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ(3)や絶縁テープ層(5)を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は、図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できる等の利点を備えている。
【0005】
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線(4)及び2次巻線(6)では、いずれか一方もしくは両方の導体(4a)及び(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層(4b)及び(6b)、(4c)及び(6c)、並びに(4d)及び(6d)のいずれか一方もしくは両方が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0006】
このような巻線として、導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回しする作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。また、前記のフッ素樹脂押出しの場合では、絶縁層は、フッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質があるために製造スピードを上げることも困難で、絶縁テープ巻の場合と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0008】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2及び3参照。)。
【0009】
さらに、巻線加工後の変圧器を機器に取り付け、回路を形成する際には、変圧器から引き出した電線の先端で導体が露出され、はんだ付け処理が行われるが、本発明者らは、電気・電子機器の更なる小型化に伴い、変圧器から引き出した部分の被覆電線を折り曲げ等の加工を行った上、はんだ処理しても被覆層の割れ等を起こさず、また、はんだ処理後、被覆電線の折り曲げ等の加工を良好に行うことができる多層絶縁電線を提案している(特願2006−155402)。
【0010】
該絶縁電線を用いた変圧器は電気・電子機器の中で課電中に用いられる。常温において課電中に放電しにくいことはもちろんのこと、近年の電気・電子機器の更なる小型化に伴い変圧器からの発熱量も増大している状況において、高温課電中においても放電しにくい多層絶縁電線が求められている。
【0011】
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のような問題を解決するために、本発明は、耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される耐放電特性も兼ね備えた多層絶縁電線を提供することを目的とする。さらに本発明は、このような耐熱性と耐放電特性に優れた絶縁電線を巻回してなる、電気特性に優れ、信頼性の高い変圧器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の上記課題は、以下に示した多層絶縁電線及びこれを用いた変圧器によって達成された。
すなわち本発明は、以下の多層絶縁電線及び変圧器を提供するものである。
(1)導体と前記導体を被覆する3層の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ポリフェニレンスルフィド樹脂であり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させた樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする多層絶縁電線。
(2)前記群から選択される少なくとも1種類の官能基がエポキシ基である前記(1)に記載の多層絶縁電線。
(3)導体と前記導体を被覆する3層の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ポリフェニレンスルフィド樹脂であり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を混和した樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする多層絶縁電線。
(4)前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。
【発明の効果】
【0014】
本発明の多層絶縁電線は、耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される耐放電特性も兼ね備える。さらに本発明の変圧器は、このような耐熱性と耐放電特性に優れた多層絶縁電線を巻回してなり、電気特性に優れ、信頼性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の多層絶縁電線において、絶縁層は3層からなる。近年の電気・電子機器の小型化に伴い、発熱による機器への影響が懸念され、より高い耐熱性を向上させた多層絶縁電線が要求されている。しかしながら、耐熱樹脂は汎用樹脂に比べ伸び特性に劣るため割れやすい。特に、はんだ処理時の熱履歴によって樹脂が熱劣化を起こしやすく、特性低下が著しい。そこで、本発明者らは、はんだ処理後の曲げ等の変形加工性に優れる多層絶縁電線を見出し、特許出願している(特願2006−155402)。しかしながら、最外層がポリアミド66等では、高温において課電すると放電が起こり、劣化が促進し、電気特性の低下を促す可能性がある。そこで、最内層と最外層の間の絶縁層にポリアミドを選択し、最外層にポリフェニレンスルフィド樹脂を用いることで耐熱性は保持しつつ、高温課電中においても放電の開始を抑えることが可能となり、結果的に電気特性の低下も引き起こさなくなることを見出した。
【0016】
本発明の好ましい実施態様においては、最内層(B)は、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させてなる押出被覆層である。
【0017】
前記脂肪族アルコール成分として、脂肪族ジオール等が挙げられる。
前記酸成分として、芳香族ジカルボン酸、脂肪族ジカルボン酸、芳香族ジカルボン酸の一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸等が挙げられる。
【0018】
このうち、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたものが好ましく用いられる。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリエチレンナフレート樹脂等が具体例として挙げられる。
【0019】
前記熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の合成時に用いる芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸等を挙げることができる。これらのうち、特にテレフタル酸は好適なものである。
【0020】
芳香族ジカルボン酸の一部を置換する脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸等を挙げることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換量は、芳香族ジカルボン酸の30モル%未満であることが好ましく、特に20モル%未満であることが好ましい。一方、エステル反応に用いる脂肪族ジオールとしては、例えば、エチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサンジオール、デカンジオール等を挙げることができる。これらのうち、エチレングリコール、テトラメチレングリコールは好適である。また、脂肪族ジオールとしては、その一部がポリエチレングリコールやポリテトラメチレングリコールのようなオキシグリコールになっていてもよい。
【0021】
本発明において好ましく用いることができる市販の樹脂として、ポリエチレンテレフタレート(PET)系樹脂は、バイロペット(東洋紡社製、商品名)、ベルペット(鐘紡社製、商品名)、帝人PET(帝人社製、商品名)等が挙げられる。ポリエチレンナフタレート(PEN)系樹脂は帝人PEN(帝人社製、商品名)、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)系樹脂はエクター(東レ社製、商品名)等が挙げられる。
【0022】
次に、最内層(B)を構成する樹脂混和物中の、前記エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する前記樹脂について説明する。上記の官能基は、前記ポリエステル系樹脂と反応性を有する官能基である。前記最内層(B)は、通常、押出被覆時に、この反応性官能基と前記ポリエステル系樹脂とが反応し架橋してなる。この反応性を有する樹脂としては、特にエポキシ基を含有することが好ましい。上記の官能基を含有する樹脂は、該官能基含有単量体成分を前記ポリエステル系樹脂100質量部に対して、1〜20質量部を混和し架橋させることが好ましく、2〜15質量部を混和し、架橋させることがより好ましい。このような樹脂としては、エポキシ基含有化合物成分を含む共重合体であることが好ましい。反応性を有するエポキシ基含有化合物としては、例えば、下記一般式(1)に示される不飽和カルボン酸のグリシジルエステル化合物が挙げられる。
【0023】
【化1】

[式中、Rは炭素数2〜18のアルケニル基を、Xはカルボニルオキシ基を表す。]
【0024】
不飽和カルボン酸グリシジルエステルの具体的な例としては、グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート、イタコン酸グリシジルエステル等が挙げられ、中でもグリシジルメタクリレートが好ましい。
【0025】
上記のポリエステル系樹脂と反応性を有する樹脂の代表的な例としては、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル共重合体、市販の樹脂では、例えば、ボンドファースト(住友化学工業社製、商品名)、ロタダー(アトフィナ社製、商品名)等が挙げられる。
【0026】
この実施態様の最内層(B)を構成する樹脂混和物において、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂と上記の官能基を有する樹脂との配合割合は、前者100質量部に対し、後者1〜20質量部の範囲に設定することが好ましい。後者の配合量が少なすぎると、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化抑制効果は小さくなり、そのため、曲げ加工等のコイル加工時に絶縁層の表面に微小クラックが発生する、いわゆるクレージング現象が多発する。また、絶縁層の経時劣化が進んで絶縁破壊電圧の著しい低下を引き起こすようになる。他方、後者の配合量が多すぎると、絶縁層の耐熱性が著しく低下してしまう。両者の配合割合は、前者100質量部に対し、後者は2〜15質量部であることがより好ましい。
【0027】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、最内層(B)は、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を配合してなる押出被覆層である。熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂としては、上記の実施態様におけるものと同様で好ましい範囲も同様である。
【0028】
本実施態様における最内層(B)を構成する樹脂混和物には、側鎖(例えば、ポリエチレンの側鎖)にカルボン酸もしくはカルボン酸の金属塩を結合させたエチレン系共重合体を含有させる。このエチレン系共重合体は、前記した熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化を抑制する働きをする。
【0029】
結合させるカルボン酸としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸のような不飽和モノカルボン酸や、マレイン酸、フマル酸、フタル酸のような不飽和ジカルボン酸を挙げることができ、またこれらの金属塩としては、Zn、Na、K、Mg等の塩を挙げることができる。このようなエチレン系共重合体としては、例えば、エチレン−メタアクリル酸共重合体のカルボン酸の一部を金属塩にし、一般にアイオノマーと呼ばれる樹脂(例えば、ハイミラン;商品名、三井ポリケミカル(株)製)、エチレン−アクリル酸共重合体(例えば、EAA;商品名、ダウケミカル社製)、側鎖にカルボン酸を有するエチレン系グラフト重合体(例えば、アドマー;商品名、三井石油化学工業(株)製)を挙げることができる。
【0030】
この実施態様の最内層(B)を構成する樹脂混和物において、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂とエチレン系共重合体との配合割合は、前者100質量部に対し、後者5〜40質量部の範囲に設定する。後者の配合量が少なすぎると、形成された絶縁層の耐熱性に問題はないが、熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂の結晶化抑制効果は小さくなり、そのため、曲げ加工等のコイル加工時に絶縁層の表面に微小クラックが発生する、いわゆるクレージング現象が多発する。また、絶縁層の経時劣化が進んで絶縁破壊電圧の著しい低下を引き起こすようになる。他方、配合量が多すぎると、絶縁層の耐熱性は著しく劣化してしまう。両者のより好ましい配合割合は、前者100質量部に対し、後者7〜25質量部である。
【0031】
最内層と最外層の間の絶縁層(C)には、ポリアミド樹脂、例えば、ポリアミド66樹脂PA66:FDK−1(ユニチカ社製、商品名)が用いられる。そのほか、絶縁層として好適に用いられるポリアミド樹脂としては、ナイロン6,6(ユニチカ(株)製A−125、東レ(株)製アミランCM−3001)、ナイロン4,6(ユニチカ(株)製F−5000、帝人(株)製C2000)、ナイロン6,T(三井石油化学(株)製アーレンAE−420)、ポリフタルアミド(ソルベイ(株)アモデルPXM04049)等を挙げることができる。
【0032】
本発明の好ましい実施態様においては、最外層(A)は、ポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましい。
例えば、代表例として、DICPPS FZ2200A8(大日本インキ化学工業社製、商品名)が挙げられる。
【0033】
ポリフェニレンスルフィド系樹脂は多層絶縁電線の被覆層として良好な押出性を得ることができる架橋度の低いポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましい。しかしながら、樹脂特性を阻害しない範囲で、架橋型ポリフェニレンスルフィド樹脂を組み合わせることや、ポリマー内部に架橋成分、分岐成分等を含有することは可能である。
【0034】
架橋度の低いポリフェニレンスルフィド樹脂として好ましいのは、窒素中、1rad/s、300℃における初期のtanδ(損失弾性率/貯蔵弾性率)の値が1.5以上であり、最も好ましいのは2以上の樹脂である。上限としての制限は特になく、上記tanδの値を400以下とするが、これより大きくてもよい。本発明に用いられるtanδは、窒素中、上記の一定周波数と一定温度における損失弾性率及び貯蔵弾性率の時間依存性測定から容易に評価でき、特に測定開始直後の初期の損失弾性率及び貯蔵弾性率から計算されたものである。測定には、直径24mm、厚さ1mmの試料を用いる。これらの測定が可能な装置の一例として、ティーエイ・インスツルメント・ジャパン社製ARES(Advanced Rheometric Expansion System、商品名)装置が挙げられる。上記tanδが架橋レベルの目安となり、tanδが1.5未満を示すポリフェニレンスルフィド樹脂では、十分な可とう性が得られにくく、また良好な外観を得ることが難しくなる。
【0035】
本発明における絶縁層には、求められる特性を損なわない範囲で、他の耐熱性樹脂、通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤等も添加することができる。
【0036】
本発明に用いられる導体としては、金属裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、線心(素線)の数が多い場合(例えば19−、37−素線)、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0037】
本発明の多層絶縁電線は、常法により、導体の外周に所望の厚みの1層目の絶縁層を押出被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に所望の厚みの2層目の絶縁層を押出被覆するという方法で、順次絶縁層を押出被覆することで製造される。このようにして形成される押出絶縁層の全体の厚みは3層では60〜180μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた耐熱多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になる等の場合があることによる。さらに好ましい範囲は70〜150μmである。また、上記の3層の各層の厚みは20〜60μmにすることが好ましい。
【実施例】
【0038】
次に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
実施例1〜4及び比較例1〜3
導体として線径1.0mmの軟銅線を用意した。表1に示した各層の押出被覆用樹脂の配合(組成の数値は質量部を示す)及び厚さで、導体上に順次押出し被覆して多層絶縁電線を製造した。得られた多層絶縁電線につき、下記の仕様で各種の特性を試験した。
【0040】
A.可とう性(電線外観)
電線自身の周囲に線と線が接触するように緊密に10回巻きつけ、顕微鏡にて観察を行い皮膜にクラックやクレージング等の異常が見られなければ合格とした。
【0041】
B.電気的耐熱性
IEC規格60950の2.9.4.4項の付属書U(電線)に準拠した下記の試験方法で評価した。
直径10mmのマンドレルに多層絶縁電線を、荷重118MPa(12kg/mm)をかけながら10ターン巻付け、B種:225℃30分加熱し、その後3000Vにて1分間電圧を印加し短絡しなければ、B種合格と判定した(判定はn=5にて評価。1つでもNGになれば不合格となる)。
【0042】
C.放電開始電圧
該絶縁電線を用いた変圧器は電気・電子機器の中で課電中に用いられる。認証機関Bsiの評価項目の一つに、課電圧500Vの課電中にヒートサイクルをかけて絶縁電線の劣化を評価する項目がある。ヒートサイクルの最高温度は、B種(130℃)の定格温度+10℃の140℃である。そこで、140℃における放電開始電圧を測定し、放電開始電圧が500V以上であれば課電中での劣化は抑制されるとの判断から合格とし、500V未満であれば放電が開始しているため劣化は促進されると判断し不合格と判定した。測定は菊水社製KPD2050を使用した。測定条件として、昇圧速度は50V/secとし10pC以上の電荷を検知した電圧を放電開始電圧とした。
【0043】
D.耐溶剤性
巻線加工として20D巻き付けを行った電線を、エタノール、及びイソプロピルアルコール溶媒に30秒間浸漬し、乾燥後試料表面の観察を行い、クレージング発生の有無を判定した。
【0044】
【表1】

【0045】
表1中、「−」は添加しないことを表す。また、合否の、○は好ましい、×は不適切を表す。
また、各樹脂を示す略号は以下の通りである。
PET:帝人PET(帝人社製、商品名)ポリエチレンテレフタレート樹脂、
エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル共重合体:ボンドファースト7M(住友化学工業社製、商品名)、
エチレン系共重合体:ハイミラン1855(三井デュポン社製、商品名)アイオノマー樹脂、
PPS:DICPPS FZ2200A8(大日本インキ化学工業社製、商品名)ポリフェ二レンスルフィド樹脂、
PA66:FDK−1(ユニチカ社製、商品名)ポリアミド66樹脂。
また、導体から順に第1層、第2層、第3層が被覆されたものであり、第3層が最外層である。
【0046】
表1で示した結果から以下のことが明らかになった。
比較例1、3では電気的耐熱性に乏しい。比較例2では電気的耐熱性は満足するが、140℃におけるコロナ開始電圧が460Vであり、500Vの課電では放電してしまうため劣化が促進される。一方、実施例1〜4は電気的耐熱性を満足しさらに140℃におけるコロナ開始電圧が520Vであり、500Vの課電では放電せず劣化も抑制される。さらに、実施例1〜4はともに電気的耐熱性は要求事項を満足するが、特に実施例1、2は実施例3、4に比べ電気的耐熱性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器の例を示す断面図である。
【図2】従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0048】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と前記導体を被覆する3層の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ポリフェニレンスルフィド樹脂であり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対して、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂1〜20質量部を混和し、架橋させた樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項2】
前記群から選択される少なくとも1種類の官能基がエポキシ基である請求項1に記載の多層絶縁電線。
【請求項3】
導体と前記導体を被覆する3層の押出絶縁層を有してなる多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最外層(A)を形成する樹脂が、ポリフェニレンスルフィド樹脂であり、前記絶縁層の最内層(B)を形成する樹脂が、全部または一部が脂肪族アルコール成分と酸成分とを結合して形成される熱可塑性直鎖ポリエステル樹脂100質量部に対し、側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体5〜40質量部を混和した樹脂からなり、最外層と最内層の間の絶縁層(C)が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。

【図1】
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【図2】
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