説明

成体幹細胞分離フィルター及びその分離方法

【課題】骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの成体幹細胞を含む体液中から、付着性の成体幹細胞を選択的に分離、回収するための細胞分離フィルターを提供する。
【解決手段】骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液から付着性の成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材を体液流入部と体液流出部を有する容器に充填した時に、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が0.05以上1.0以下であることを特徴とする細胞分離フィルター、及び該フィルターを使用することにより、赤血球、白血球の混在比率が少なく、再生医療用の細胞ソースとして極めて有効であり、副作用を生じさせにくい細胞の提供が可能となった。また培養用バックを細胞分離フィルターと一体化することにより、目的細胞の採取から増幅まで、閉鎖系での調製が可能になり、安全性の高い治療用細胞の調製が可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液から付着性の成体幹細胞を選択的に捕捉・回収するための細胞分離フィルター、及び該フィルターを使用した成体幹細胞分離方法を提供する技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
骨髄液、臍帯血中には近年になって骨、軟骨、筋肉、脂肪など多様な細胞に分化し得る性質を持った付着性の成体幹細胞が存在することが明らかになってきており(特許文献1、非特許文献1、2、3)該細胞を効率良く分離・増幅させる方法は再生医療発展の見地から極めて重要である。また、付着性の成体幹細胞は骨髄液中に成人で104から106個に1つ程度の数という非常に存在頻度が少ないことが報告されており(非特許文献4)、該細胞画分を分離・濃縮後に回収する方法が種々検討されている。
【0003】
例えばPittengerらは、密度勾配分離方法であるフィコールパック分画法を用いた脂肪、軟骨、骨細胞への分化を(非特許文献4)、関谷らは、フィコールバック分画法およびデキストランを用いた軟骨への分化を試みている(非特許文献5、6)。
【0004】
しかしながら、上記フィコールは医薬品GMPに準拠して製造されておらず、デキストランを用いた自然沈降方法では赤血球層以外の画分に付着性の成体幹細胞が共存して分離されるため、必ずしも最善の方法ではない。
【0005】
また、これらの方法は、細胞分離液と細胞を分けるために遠心分離器を使用して細胞を数回洗浄する操作が必要であり、操作性が煩雑、遠心操作による細胞のダメージや、開放系での操作によるコンタミネーションの危険がともなう。
【0006】
このような理由から、実際に付着性の成体幹細胞を分離、回収する場合には、骨髄液や臍帯血をそのまま培養して、非付着性の細胞を洗浄し、付着性の細胞を得るという例が多数報告されている(例えば非特許文献7)。
【0007】
一方で最近、末梢血や臍帯血をフィルターに通液し、単核球や造血幹細胞(CD34陽性細胞)をフィルターに捕捉させ、高粘度の溶液を通液方向とは逆方向から流入し、捕捉細胞を回収するフィルター分離法が開示されている(特許文献2、3)。
【0008】
しかし、これらのフィルターは、末梢血、あるいは臍帯血中の白血球が全てフィルターに捕捉されることが特徴的であり、そのためフィルターの孔が細かく、血餅や細胞凝集塊、捕捉細胞などによりフィルターの目詰まりが生じやすい。また最近では、月経血の中に幹細胞が豊富に含まれているとの報告があり、月経血中から幹細胞を分離する際にもフィルターの目詰まりが生じやすいという問題点がある。
【0009】
目詰まりを回避する方法として、フィルターの孔を大きくすると必要な細胞がフィルターを通過して捕捉率が大幅に低下してしまうため、フィルターの厚みを厚くすると、捕捉細胞の回収液の剪断応力がフィルターの抵抗で低下してしまい、細胞回収率が大幅に低下するという問題がある。
【0010】
一方で、赤血球、白血球を実質的に通過させる細胞分離材を充填した幹細胞分離フィルターが開示されているが(特許文献4)、フィルター自体の濾過面積を抑えつつ、目詰りをなくし、夾雑細胞の除去、目的細胞の回収率を向上させるという課題を同時に満たすフィルター技術は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第01/83709号
【特許文献2】特開平10−313855号公報
【特許文献3】特表2007−530691号公報
【特許文献4】国際公開第07/046501号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Pliard A. et al.:Conversion of an Immortilized Mesodermal Progenitor Cell Towards Osteogenic, Chondrogenic,or Adipogenic Pathways. J. Cell Biol. 130(6):1461-72(1995)
【非特許文献2】Mackay A. M.et al.:Chondrogenic differentiation of cultured human mesenchymal Stem Cells from Marrow,Tissue Engineering 4(4):415-428(1998)
【非特許文献3】Angele P.et al.:Engineering of Osteochondoral Tissue with Bone Marrow Mesenchymal Progenitor Cells in a Derivatived Hyaluronan Geration Composite Sponge, Tissue Engineering 5(6):545-553(1999)
【非特許文献4】Pittenger.et al. Multilineage Potential of Adult Human Mesenchymal Stem Cells,Science 284:143-147(1999)
【非特許文献5】Sekiya. et al. In vitro Cartilage Formation by human adult Stem Cells from Bone Marrow Stroma defines the sequence cellular and molecular events during chondrogenesis,Developmental Biology 7(99):4397-4402(2002)
【非特許文献6】Wakitani.et al. Human autologus culture expanded Bone Marrow Mesenchymal Cell Transplantation for repair of Cartilage defects in Osteoarthritic Knees,OsteoArthritis Reserch Society International (2002)10,199-206.
【非特許文献7】Tsutsumi.et al.Retention of Multilineage Differentiation Potential of Mesenchymal Cells During Proliferation in Response to FGF,Biochemical and Biophysical Reserch Communications 288,413-419(2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、成体幹細胞を含む体液(特に骨髄液)をフィルターで濾過する際に、目詰まりすることなく、また細胞回収液を注入して成体幹細胞を回収する際に、高収率で回収することが可能な成体幹細胞分離フィルター、及び該フィルターを使用した成体幹細胞分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、驚くべきことに骨髄液、末梢血、臍帯血、及び月経血などの成体幹細胞を含む体液中から成体幹細胞を回収する方法において、付着性の成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材の濾過面積と充填時の厚みが特定の比率にあると、従来フィルターより小さい面積でも目詰まりがなく、高収率で成体幹細胞の分離、回収が可能であることを見出した。したがって、本発明が提供するのは以下の通りである:
(1)骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液から付着性の成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材を体液流入部と体液流出部を有する容器に充填した時に、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が0.05以上1.0以下であることを特徴とする細胞分離フィルター、
(2)体液流入部あるいは、体液流入部以外の体液流入側に、細胞分離材内に留まっている体液を洗浄するための洗浄液流入部、及び細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための容器を備え、また体液流出部あるいは、体液流出部以外の体液流出部側に、細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための細胞回収液流入部を備えた(1)に記載の細胞分離フィルター、
(3)細胞分離材が不織布であることを特徴とする(1)または(2)に記載の細胞分離フィルター、
(4)細胞分離材が赤血球、白血球を実質的に通過させることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞分離フィルター、
(5)細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための容器が、細胞培養可能な容器であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞分離フィルター、
(6)骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液を、体液流入部と体液流出部を有する容器に充填した時に、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が、0.05以上1.0以下であることを特徴とする細胞分離フィルターに通液し、除去対象細胞含有液を排出させた後に、該フィルター内に留まった除去対象細胞をさらに排出するための洗浄液を通液し、さらに該フィルターに捕捉された細胞を回収するため体液流出部あるいは、体液流出部以外の体液流出部側に備えた細胞回収液流入部より細胞回収液を流入し、体液流入部あるいは体液流入部以外の体液流入側に設置した細胞回収容器に該フィルターに捕捉された細胞を回収する成体幹細胞分離方法、
(7)細胞分離材が赤血球、白血球を実質的に通過させることを特徴とする(6)に記載の成体幹細胞分離方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により得られる細胞分離フィルターを使用することにより、骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの成体幹細胞を含む体液中から多種多様な細胞、臓器に分化し得る能力を有している成体幹細胞を選択的に分離・回収することが可能になる。
【0016】
また該細胞分離フィルターを使用した分離方法で回収した細胞は、増幅させずにそのまま、あるいは閉鎖系で増幅させることが可能となり、心筋再生や血管再生などの再生医療や細胞医療に用いる治療用細胞を調製するためのフィルターとして提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液中から多種多様な細胞、臓器に分化し得る能力を有している成体幹細胞を選択的に分離・回収し、必要に応じ、回収直後に閉鎖系で細胞増幅可能なバックを備えた細胞分離フィルターを提供できることにある。
【0018】
該細胞分離フィルターの使用方法の概略を次に記す。
【0019】
まず、該細胞分離フィルターに、体液入口側から体液を通液することにより、赤血球、白血球や血小板は実質的に捕捉されずに体液出口側より流出し、細胞分離フィルター内に目的細胞を捕捉することが可能である。次に、洗浄液を同方向から通液することにより、細胞分離フィルター内に溜まっている赤血球、白血球、血小板の大多数を洗浄除去することが可能である。さらに、体液出口側からすなわち、洗浄液を流した方向とは逆方向から、細胞回収液を流すことにより、上記目的細胞を高い効率で分離回収することが可能である。
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
本発明における体液とは血液、骨髄液、臍帯血、及び月経血など成体幹細胞を含むものを指す。またこれ以外に、該体液の稀釈液、あるいはフィコール、パーコール、ヒドロキシエチルスターチ(HES)、バクティナーチューブ、リンフォプレップ等を使用し、比重密度遠心分離法により前処理を施して調製された細胞懸濁液なども使用できる。
【0022】
本発明における付着性の成体幹細胞とは、培養皿に付着して増殖し、分化能を有することを特徴とする細胞をいう。具体的には、間葉系幹細胞、多能性体性幹細胞(Multipotent Adult Progenitor Cells:MAPCs)など多分化能を有する細胞等を指す。
【0023】
間葉系幹細胞とは、体液中から分離され、自己増殖を繰り返す能力を有し、下流の細胞系譜への分化が可能な細胞を指す。
【0024】
この間葉系幹細胞は、分化誘導因子により中胚葉系の細胞、例えば、骨芽細胞や軟骨細胞などへ分化する細胞である。多能性体性幹細胞とは、分化誘導因子により中胚葉系以外の細胞、例えば、神経細胞、肝細胞にも分化する可能性のある細胞をいうが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
ここでいう培養皿とは、一般的に細胞培養に使用されているポリスチレン製の細胞培養シャーレやフラスコ等が挙げられ、また、該シャーレやフラスコに、コラーゲンやフィブロネクチン、ラミニンなどの細胞外マトリックス成分のタンパク質や、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸やデルマタン硫酸などの多糖類をコーティングしたものでもよい。
【0026】
次に本発明における細胞分離材について説明する。
【0027】
本発明における成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材とは、連通孔構造の多孔質体形状でも、繊維の集合体、織物などでも良いが、不織布であることがより好ましい。
【0028】
細胞分離材が不織布である場合には、不織布の目開きは、目的細胞の捕捉性から短径が3μm以上で、長径が120μm以下であることが好ましい。3μmより小さいと、赤血球や白血球、血小板の詰りが生じやすくなる。また120μmより大きいと目的細胞の捕捉が困難となる。赤血球や白血球の除去率からより好ましくは、5μm〜80μm、赤血球や白血球の除去効率、及び目的細胞の回収率から、さらに好ましくは、5μm〜70μmである。
【0029】
不織布の目開きとは、例えば、下記方法により求めることができる。
【0030】
細胞分離材を走査型電子顕微鏡にて写真撮影し、異なる2本以上の繊維が交差することにより形成される実質的な孔の長径、および短径を画像解析装置にて50ポイント以上測定し、それぞれの平均値を求める。すなわち請求項記載の目開きの範囲とは、下限値が上記のようにして求めた短径の平均値を、上限値が長径の平均値を示す。
【0031】
また不織布の繊維径は、目的細胞の回収率から、3〜40μmが好ましい。3μmより細いと白血球との相互作用が高まり、赤血球や白血球の除去(通過)効率が低くなる。また40μmより太いと有効接触面積の低下やショートパスが起こりやすくなり、目的細胞の回収率の低下につながる。目的細胞と細胞分離材との相互作用を上げ、収率を上げるためには、5μm〜35μmがより好ましい。さらに好ましくは5μmから30μmである。
【0032】
また、赤血球や白血球の除去効率、及び目的細胞の回収率から、細胞分離フィルターの目付け(g/m2)/厚み(m)=K(g/m3)は、1.0×104≦K≦1.0×106であることが好ましく、赤血球や白血球の除去効率から2.5×104≦K≦7.5×105がより好ましく、さらに好ましくは5.0×104≦K≦5.0×105である。
【0033】
細胞分離材の材質は、ポリプロピレン、ポリエチレン、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレンなどのポリオレフィン、ポリエステル、塩化ビニル、ポリビニルアルコール、塩化ビニリデン、レーヨン、ビニロン、ポリスチレン、アクリル(ポリメチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、アクリロニトリル、アクリル酸、アクリル酸エステルなど)、ナイロン、ポリウレタン、ポリイミド、アラミド、ポリアミド、キュプラ、ケブラー、カーボン、ポリアクリレート、フェノール、テトロン、パルプ、麻、セルロース、ケナフ、キチン、キトサン、ガラス、綿などの少なくとも1種より選択される材質が好ましい。
【0034】
より好ましくは、ポリエステル、ポリスチレン、アクリル、レーヨン、ポリオレフィン、ビニロン、ナイロン、ポリウレタンなどの少なくとも1種より選択される合成高分子である。
【0035】
2種以上の合成高分子を組み合わせる場合は、その組み合わせに特に限定はないが、ポリエステルおよびポリプロピレン、またはレーヨンおよびポリオレフィン、またはポリエステル、レーヨンおよびビニロンなどからなる組み合わせが挙げられる。
【0036】
2種類以上の合成高分子を組み合わせる場合の繊維の形態としては、1本の繊維が異成分同士の合成高分子よりなる繊維、あるいは異成分同士が剥離分割した分割繊維でもよい。
【0037】
また、成分の異なる合成高分子単独よりなる繊維をそれぞれ複合化した形態でもよい。ここでいう複合化とは、特に限定はないが2種類以上の繊維が混在した状態より構成される形態、あるいは合成高分子単独よりなる形態をそれぞれ張り合わせたものなど挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0038】
本発明で言う濾過面積とは、細胞分離材を容器に充填したときに体液と接触可能な最表面の細胞分離材面積を言う。すなわち、容器に充填したときの細胞分離材のシール部は除く。また細胞分離材内部も含めた表面積とは異なる。
【0039】
細胞分離材の厚みとは、細胞分離材を容器に充填したときの厚みを言う。本発明においては、先に記した成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材を使用するが、同時に細胞分離材を容器に充填したときに、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が、0.05以上1.0以下になるように容器に充填することが好ましい。0.05より小さいと細胞分離材の厚みが薄すぎ、回収目的細胞である成体幹細胞が、フィルター出口側より漏れ出し捕捉率の低下に繋がる。逆に1.0より大きいと、細胞分離材が厚くなり過ぎ、フィルター内に捕捉された成体幹細胞を細胞回収液にて回収する際に、細胞分離材の抵抗により細胞を回収する際の剪断応力が低下し、細胞回収率の低下をきたす。
【0040】
フィルター内への捕捉率を上げ、かつ捕捉された成体幹細胞の回収率を上げるためには、より好ましくは0.07以上0.75以下、さらに好ましくは、0.09以上0.50以下である。
【0041】
細胞分離材の濾過面積は、前記比率の範囲内ならば特に限定はなく、体液処理量との関係から任意に設定できる。すなわち、体液処理量が少ない場合は、細胞のロス等の問題から、濾過面積を必要以上に大きくする必要はなく、また処理液量が多い場合には、濾過面積が小さすぎるとフィルターの詰まり等が生じるため、処理量に応じて適切な濾過面積のフィルターを選定することが出来る。例えば、体液処理量が0.1mlから200ml程度の場合、フィルターの濾過面積は、0.1cm2〜20cm2程度が好ましいが、これに限定されない。
【0042】
本発明で言う赤血球、白血球を実質的に通過させるとは、該細胞分離材により前記細胞がほとんど通過するが、若干捕捉されていてもよいことを意味する。細胞分離材による赤血球、白血球の除去率(通過率)は、赤血球が80%以上、白血球が50%以上であることが好ましい。細胞分離フィルターの性能面から、より好ましくは赤血球が85%以上、白血球が60%以上さらに好ましくは、赤血球が90%以上、白血球が70%以上である。
【0043】
細胞分離フィルターは、体液の入口および出口を有するもの、さらには細胞洗浄液や細胞回収液の入口および出口を有するもの、さらには回収した細胞をそのまま培養するための培養バックなどを備えた容器内に、細胞分離材が充填されてなるものが好ましい。
【0044】
具体的には、細胞分離フィルターに、体液を送液するための体液流入部、および細胞分離材を通過した体液を排出するための体液流出部を有しており、さらに体液流入部あるいは、体液流入側に独立して細胞分離材内に留まっている体液を洗浄するための洗浄液流入部を備え、また体液流出部あるいは、体液流出部側に独立して細胞分離材に捕捉された細胞を、体液の流れとは逆方向から細胞回収液を流して細胞を回収するための細胞回収液流入部を備えていてもよい。また回収された細胞を培養するための、培養バックを備えていてもよい。
【0045】
培養用バックは、細胞分離材に捕捉された細胞を含む細胞回収液を閉鎖系で回収できるように、体液流入部あるいは細胞洗浄液流入部、あるいは体液流入側に独立して備えることができる。細胞懸濁液を回収した後は、バックを細胞分離フィルターから切り離して培養することができる。
【0046】
つぎに成体幹細胞の分離回収方法について説明する。
【0047】
1)液送液工程;該細胞分離フィルターに体液を通液する際には、体液を入れた容器から送液回路を通じて自然落下で送液しても、ポンプにより通液しても良い。また体液を入れたシリンジを直接、該フィルターに接続し、手でシリンジを押して注入してもよい。ポンプにより通液する場合の流速は、0.1ml/min〜100ml/min程度が挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0048】
2)細胞洗浄工程;細胞洗浄液は、生理的食塩液、リンゲル液、細胞培養に使用する培地、リン酸緩衝液などの一般的な緩衝液が挙げられるが、安全面から生理的食塩液が好ましい。洗浄は、回路を通じて自然落下で送液しても、ポンプにより通液しても良い。ポンプにより通液する場合の流速は、0.1ml/min〜100ml/min程度が挙げられる。洗浄量は、細胞分離フィルター容量により異なるが、該フィルター容積の約1〜5倍程度の体積で洗浄することが好ましい。
【0049】
3)細胞回収工程;細胞回収液は体液を流した方向とは逆方向から入れ、細胞を回収する。細胞回収液は、等張液であれば特に限定はないが、生理的食塩液やリンゲル液など注射用剤として使用実績のあるものや、緩衝液、細胞培養用の培地などが挙げられる。また細胞分離フィルターに捕捉された細胞の回収率を上げるため、細胞回収液の粘張度を上げてもよい。
【0050】
そのために上記細胞回収液にアルブミン、フィブリノーゲン、グロブリン、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、ヒドロキシエチルセルロースなどを添加することができる。本発明はこれに限定されるものではない。
【0051】
バック内に回収した細胞を増幅させる場合は、細胞回収液に培養液(例えば、Dulbecco MEM(日水),α−MEM(GIBCO BRL社製),MEM(日水),IMEM(日水),RPMI−1640(日水)培地など)を使用し、フィルター付属の培養用バックに直接回収する方法などが挙げられる。この培養液には、必要に応じて血清を5〜20%程度添加しても良い。
【0052】
つぎにバックに細胞を回収後、必要量の培養液をバックに満たし、フィルターから取り外し、そのまま培養する。バック素材としては、酸素透過性が高く、細胞の付着性が高い素材が好ましい。
【0053】
酸素透過性が高い素材としては、ポリメチルペンテン、環状ポリオレフィン、オレフィン系熱可塑性エラストマー、スチレン系熱可塑性エラストマー、ポリアミド系熱可塑性エラストマーなどが挙げられる。
【0054】
また細胞の付着性が高い素材としては、ポリスチレン、ポリプロピレン、塩化ビニルなどが挙げられる。上記酸素透過性が高いバックに細胞付着性が高い素材を固定化するなどの方法で、高い酸素透過性を維持したまま、細胞接着性を付与するなどの方法が挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
また該バックは、一般的に使用されている血液バックのような形状をしていてもよいが、平板状のカートリッジ方式でもよい。回収細胞を培養工程を経ずそのまま、患部などに注入する場合は、生理食塩液等点滴などに使用実績のある等張液など、安全性が保障されている細胞回収液を使用することが好ましい。
【0056】
細胞回収液を細胞分離フィルターに注入し、目的細胞を回収する時は、細胞回収液をシリンジなどに予め入れておき、シリンジのプランジャーを手などで勢いよく押し出すことにより実現できる。回収液量、および流速はフィルター容量により異なるが、フィルター容積の1〜3倍量程度の細胞回収液を、流速0.5ml/sec〜5ml/sec程度で注入することが好ましい。本発明はこれに限定されるものではない。
【0057】
バック内に回収された細胞をバックのまま培養する際の条件としては特に限定されないが、例えば、培地としてGIBCO BRL社製のαMEM培地に15〜20%の牛胎児血清を添加したものを用い、37℃にてCO2インキュベータ内で培養することが望ましい。
【0058】
培地交換は、培地を吸い取り新しい培地を等量加えてもよいが、培地を抜き取らずに、新しい培地を適宜加えていってもよい。特にバック培養の場合は、新しい培地を加えていくことにより、細胞の分離から増幅までの一連の工程を閉鎖系で実施することが出来、コンタミネーションの防止や作業効率の大幅な向上につながる。
【0059】
細胞を剥離する場合は、キレート剤やディスパーゼ、コラゲナーゼなどの細胞剥離剤、好ましくはトリプシンを用いて剥離、回収することができる。また上記培養にあたっては、分化誘導剤を添加し、各種細胞に分化させることができる。
【0060】
分化誘導剤としては特に限定されないが、軟骨への分化誘導剤としてはデキサメサゾン、TGFβ、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、プロリン、アスコルビン酸等が挙げられ、骨への分化誘導剤としてはデキサメサゾン、βグリセロリン酸、ビタミンC等が挙げられ、心筋への分化誘導剤としてはEGF、PDGF、5−アザシチジン等が挙げられ、神経への分化誘導剤としてはbHLH、EGF、FGF−2等が挙げられ、血管への分化誘導剤としてはbFGF、VEGF等が挙げられる。
【0061】
本細胞分離フィルターは、骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液から付着性の成体幹細胞を選択的に捕捉・回収することが可能であり、回収細胞をバック内に収納し、そのまま培養することにより、細胞の分離、回収から増幅まで一貫して閉鎖系で処理することが可能な細胞分離フィルターを提供するものである。
【実施例】
【0062】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)
細胞分離フィルターを使用した骨髄液中からの成体幹細胞分離:
細胞ソース:
体重約30Kgの家畜ブタに筋肉注射にてケタラール、セラクタールを注入し、その後ネンブタールを静脈注射にて追加することにより麻酔を行った。10mlのシリンジに約20IU/mlになるように予めヘパリンを入れておき、腸骨より15Gの穿刺針を用いて骨髄液を採取した。次に採取した骨髄プールにヘパリンを最終濃度で50IU/mlになるように添加して、十分に転倒混和を行った。
【0064】
<細胞分離性能評価>
出入口を供えた内径2.2cmの円筒状のハウジングに、レーヨンとポリエチレンからなる不織布K(目付け(g/m2)/厚み(m))=1.8×105(95/(5.2×10-4))、繊維径=15±10μm、目開き=5〜50μmを充填し、不織布の上下を外径2.2cm、内径1.8cmのリングにて挟み込む(充填時不織布厚み0.3cm)ことにより、不織布を充填した細胞分離フィルターを作製した。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=0.12(cm-1)であった。
【0065】
次に、該細胞分離フィルター体積の約10倍量の生理食塩液にて不織布の洗浄を行い、シリンジポンプにて骨髄液3(ml)を空筒線速度1.6(cm/min)で通液し、フィルター出口側血球数の測定を自動血球計測装置(シスメックスK−4500)にて実施した。血球の通過率は、フィルター通過前の血球数で、フィルター通過後の対応する細胞数を割ることにより求めた。その結果、赤血球の通過率は98%、白血球の通過率は72%、血小板の通過率は59%であった。
【0066】
次に同方向から生理食塩液20mlを同流速にて流すことにより、赤血球や白血球、血小板の洗浄除去を行い、牛胎児血清10%を含む細胞培養液(α−MEM培地)30mlを骨髄液を流した方向と逆方向から勢いよく流すことにより、目的とする細胞画分を回収した。回収した細胞懸濁液10mlをポリスチレン製シャーレ(直径10cm、IWAKI社)に移し、37℃、CO2インキュベーター内で培養を行った。2〜3日ごとに培地交換し、培養開始9日後にクリスタルバイオレットでコロニーを染色して出現したコロニー数を測定した。また、フィルター通過後の骨髄液に関しても、通過液体積の1/3量を塩化アンモニウムにて溶血させ、その後生理食塩液にて1回洗浄後、回収液と同条件にて培養を行い、出現したコロニー数を測定した。その結果、回収液側の出現コロニー数は、220個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、23個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0067】
(実施例2)
ハウジングの内径を1.8cm、不織布の上下を外径1.8cm、内径1.4cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.6cm)フィルターを使用した以外は、実施例1と同様の方法で、細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=0.39(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が97%、白血球が67%、血小板が55%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、239個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、8個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0068】
<比較例1>
ハウジングの内径を2.6cm、不織布の上下を外径2.6cm、内径2.2cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.15cm)フィルターを使用した以外以外は、実施例1と同様の方法で、細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=0.04(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が99%、白血球が85%、血小板が68%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、154 個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、48個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0069】
<比較例2>
ハウジングの内径を1.4cm、不織布の上下を外径1.4cm、内径1.0cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.9cm)フィルターを使用した以外は、実施例1と同様の方法で、細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=1.15(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が96%、白血球が61%、血小板が51%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、175個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、2個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0070】
(実施例3)
ハウジングの内径を2.6cm、不織布の上下を外径2.6cm、内径2.2cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.6cm)フィルターを使用し、骨髄液を25ml処理した以外は、実施例1と同様の方法で細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=0.16(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が98%、白血球が78%、血小板が66%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、228個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、12個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0071】
(実施例4)
ハウジングの内径を2.2cm、不織布の上下を外径2.2cm、内径1.8cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.9cm)フィルターを使用し、骨髄液を25ml処理した以外は実施例1と同様の方法で、細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=0.35(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が97%、白血球が73%、血小板が61%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、226個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、4個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0072】
<比較例3>
ハウジングの内径を1.4cm、不織布の上下を外径1.4cm、内径1.0cmのリングにて挟み込んだ(充填時不織布厚み0.9cm)フィルターを使用し、骨髄液を25ml処理した以外は、実施例1と同様の方法で、細胞分離フィルターを作製し、細胞通過率、コロニー数を求めた。なお充填時不織布厚み(cm)/濾過面積(cm2)=1.15(cm-1)であった。その結果、血球の通過率は、それぞれ赤血球が97%、白血球が68%、血小板が57%であった。また細胞回収液から求めたコロニー数は、161個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。また通過液側のコロニー数は、7個/シャーレ(骨髄液1ml相当)であった。
【0073】
なお、実施例1〜4、及び比較例1〜3の白血球、赤血球、及び血小板の通過率を表1に示した。
【0074】
【表1】

【0075】
また、実施例1〜4、及び比較例1〜3の細胞回収液、及びフィルター通過液の幹細胞コロニー出現数を表2に示した。
【0076】
【表2】

【0077】
以上の結果から、本発明の細胞分離フィルター及び、該方法を使用することにより、夾雑細胞を除去しつつ、成体幹細胞をロスなく、安定的に回収できることがわかる。しかも本細胞分離フィルターは、体液中から成体幹細胞を分離、回収、増幅まで閉鎖系で処理することができ、コンタミネーションの防止という観点からも有用なフィルターであることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液から付着性の成体幹細胞を捕捉・回収が可能な細胞分離材を体液流入部と体液流出部を有する容器に充填した時に、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が0.05以上1.0以下であることを特徴とする細胞分離フィルター。
【請求項2】
体液流入部あるいは、体液流入部以外の体液流入側に、細胞分離材内に留まっている体液を洗浄するための洗浄液流入部、及び細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための容器を備え、また体液流出部あるいは、体液流出部以外の体液流出部側に、細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための細胞回収液流入部を備えた請求項1に記載の細胞分離フィルター。
【請求項3】
細胞分離材が不織布であることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞分離フィルター。
【請求項4】
細胞分離材が赤血球、白血球を実質的に通過させることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞分離フィルター。
【請求項5】
細胞分離材に捕捉された細胞を回収するための容器が、細胞培養可能な容器であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の細胞分離フィルター。
【請求項6】
骨髄、末梢血、臍帯血、及び月経血などの体液を、体液流入部と体液流出部を有する容器に充填した時に、細胞分離材の厚み(cm)を濾過面積(cm2)で割った値(cm-1)が、0.05以上1.0以下であることを特徴とする細胞分離フィルターに通液し、除去対象細胞含有液を排出させた後に、該フィルター内に留まった除去対象細胞をさらに排出するための洗浄液を通液し、さらに該フィルターに捕捉された細胞を回収するため体液流出部あるいは、体液流出部以外の体液流出部側に備えた細胞回収液流入部より細胞回収液を流入し、体液流入部あるいは体液流入部以外の体液流入側に設置した細胞回収容器に該フィルターに捕捉された細胞を回収する成体幹細胞分離方法。
【請求項7】
細胞分離材が赤血球、白血球を実質的に通過させることを特徴とする請求項6に記載の成体幹細胞分離方法。

【公開番号】特開2011−10582(P2011−10582A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−156381(P2009−156381)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】