説明

打撃処理方法及び装置

【課題】ピーニング処理して溶接構造物に圧縮残留応力を導入して溶接継手の疲労強度を改善する。
【解決手段】溶接ビード5の止端部付近に、打撃ツール1を押し付けて溶接線方向に移動させてピーニング処理する打撃処理方法であって、打撃ツールは打撃処理装置本体に垂直方向にスライド可能なピーニングツール2に装着され、ピーニングツールは押しバネを介して打撃処理装置に装着され、打撃処理装置を垂直方向に押さえつけないときには押しバネによって打撃ツールの先端部分が打撃処理装置基部の移動用部材で形成される面から突出して打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料8表面から浮いた状態にあり、打撃処理操作時には打撃処理装置を垂直方向に押さえつけて打撃ツール先端が移動用部材で形成される面と同じ面にあるようにして打撃ツールが母材金属材料表面を押圧する状態として打撃処理装置を溶接線方向に移動させる打撃処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繰り返し荷重を受ける橋梁、船舶、海洋構造物等の大型鋼構造物や自動車、建設機械等の機械製品における溶接継手部の疲労性能を改善する方法及び鋼構造物、機械製品の補修・延命化する方法及びこれに用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁や船舶、海洋構造物などの鋼構造物、自動車などは多くの鋼部材を溶接によって接合することによって構成されているが、近年、鋼構造物や機械部品に加わる応力または熱が繰り返し作用することに起因する金属疲労による破損事故が多数発生している。
これは、橋梁などの鋼構造物の設計においては、大型化とそれに伴う軽量化の目的から使用鋼材の高強度化が進められているが、鋼材本体についてはその疲労強度は引張強さの増加と共に上昇するのに対して、溶接継手部においては鋼材の引張強さが増加しても疲労強度が向上しないため、この溶接継手部で金属疲労が起こることが原因である。
このため、大型溶接構造物が繰り返し荷重を受ける場合には、溶接部の疲労強度に対する安全性を充分に考慮する必要がある。
【0003】
溶接部の疲労強度は、溶接継手部の形状、残留応力、溶接欠陥などの影響を受ける。
図14は重ね合わされた母材金属材料8同士を隅肉溶接して溶接ビード(溶接継手)5を形成した状態を示す図である。母材金属材料8と溶接ビード5との境界部には溶接止端部9が形成される。この溶接止端部9近傍は、溶接時に急激な凝固が起こるために引張残留応力が存在し易い箇所であり、また、金属部材に外力が負荷された際に応力集中が起こり易い箇所でもある。この溶接継手部に繰り返し荷重が作用すると微小な溶接欠陥であっても、それが亀裂や割れにつながる可能性があり、この亀裂や割れは構造物全体の信頼性に重大な影響を及ぼすことになる。
このため、溶接継手部の疲労特性を向上させるために、溶接継手部における引張残留応力を低減するための方法や、応力集中を緩和するための方法として種々の方法が提案されている。
【0004】
溶接部における引張残留応力を低減する方法としては、溶接後に母材よりも高い引張強度を有する溶接材で化粧溶接を行う方法(特許文献1参照)、溶接後に塑性変形を与える方法(特許文献2参照)、溶接止端部をハンマー打撃装置でハンマー打撃処理(ハンマーピーニング)する方法(特許文献3)、レーザーピーニングを行う方法(特許文献4)、超音波振動子の打撃によってピーニングを行う方法(特許文献5)、溶接が完了する室温もしくはその付近でマルテンサイト変態膨張が終了する溶接材料を用いてアーク溶接を行い、溶接金属の変態膨張を利用する方法(特許文献6参照)などがある。
【0005】
また、溶接部の応力集中を緩和する方法としては、溶接ビードを研削する手法(特許文献7参照)、溶接金属の成分調整により溶接止端部半径と接触角度を大きくして応力集中を緩和する手法(特許文献8参照)が提案されている。
【0006】
溶接後に溶接部の引張残留応力を低減する方法のうち、ピーニングによる方法は操作が簡単であるためコスト的に有力な方法であるが、レーザーピーニングは装置が大きくなるためハンドリング性に劣るという問題がある。
【0007】
これに対し、ハンマーピーニングや超音波振動子によるピーニングは他のピーニング装置に比べるとハンドリング性が良好であり、コスト的にも好ましい方法である。
従来の手動によるピーニング処理では作業員の手が直接に振動を受けるという問題があり、また、衝撃反力により施工安定性が悪いという問題や、作業員によって打撃の位置や角度、打撃の際の押圧力、打撃の時間、打撃の効果にバラツキが生じ、このため施工部に均等に圧縮応力を付加することができず圧縮応力にばらつきが生じ、結果として溶接の疲労耐久性にバラツキが生じるという問題がある。更に、打撃位置や角度がふらつくと「折れ込み(打撃して盛り上がった周辺部を打撃することで盛り上がり部が入れ込んでしまう)」が生じ品質が落ちるという問題がある。
【0008】
また、特許文献9には溶接止端部近傍に連続的にハンマーピーニング処理する方法を行なうための自動化装置が記載されている。
図15(a)〜(c)は特許文献9に記載されているハンマーピーニング加工の方法および装置を示す図である。
図15(b)に示される打撃処理装置10において、支持押圧機構部20は、打撃ツール1の先端部を母材金属8の表面に適正な荷重で押し当てながら、打撃振動により狙った処理位置から打撃ツール1がずれないようにピーニングツール2を支持している。この打撃処理装置10では、溶接止端位置検知部21により検知された溶接ビード5の止端部の位置に基づいて、溶接ビード5の止端部9から措定の距離離れた母材金属材料8の表面に打撃ツール1を押し付けながら、移動機構部が溶接継手をスライド駆動することによって、溶接継手に対して打撃ツール1を溶接線方向に相対移動させ、これにより、打撃ツール1は溶接止端部を斜めから叩くことがなく連続的にハンマーピーニング処理を行うことが可能となっている。
【0009】
しかしながら、この装置では図15(c)に示すようなフィレット7を有するが回し溶接部を有しない直線的な溶接継手には効果的であるが、回し溶接部を有するような溶接継手においては、複雑な回し溶接部止端形状を正確に倣い定速度でピーニング処理を行うことが難しい。また、この自動化装置自体は大型で可搬性がなく、高価であり、施工までの準備時間が長くなり作業効率も悪いという問題がある。また、打撃ツールを母材に押圧した状態で施工するため、打撃ツールが母材金属材料に引っかかって移動が困難で施工できないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭52−98642号公報
【特許文献2】特開平5−253674号公報
【特許文献3】特開平4−21717号公報
【特許文献4】特開平7−246483号公報
【特許文献5】特開2004−130313号
【特許文献6】特開2000−84670号公報
【特許文献7】特開昭61−186611号公報
【特許文献8】特開平4−361876号公報
【特許文献9】特開2010−29897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、溶接後の溶接構造物に対して簡便な工具を用いてハンマーピーニング処理または超音波振動子によるピーニング処理により圧縮残留応力を導入して溶接継手の疲労強度を大幅に改善することができる溶接構造物のピーニング処理方法及びその装置を提供することを目的とする。
また、本発明は建設後の溶接構造物に補修工事として簡便な工具を用いてピーニング処理を施すことにより構造物を延命化することができる溶接構造物のピーニング処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、タガネ等の打撃ツールをピーニングツール(打撃工具)に装着し、このピーニングツールを打撃処理装置本体に垂直方向にのみスライド可能なように支持すると共に、ピーニングツール全体をバネによって押し下げ、打撃処理装置全体を垂直方向に押さえ付けて打撃ツールに荷重をかけながら溶接ビードの止端付近の母材金属材料表面を打撃ツールによって打撃することにより前記の課題を克服することができるとの知見を得て、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下に記載する通りのピーニング処理方法及び装置に係るものである。
【0013】
(1)溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施して溶接継手の疲労特性を改善する打撃処理方法であって、
前記打撃ツールは打撃処理装置本体に垂直方向にのみスライド可能に取り付けられたピーニングツールに装着されており、該ピーニングツールは押しバネを介して打撃処理装置本体に取り付けられており、打撃処理装置基部は打撃処理装置を移動させるための移動用部材を備えており、前記打撃処理装置は打撃処理装置を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態にあり、打撃処理操作時には作業者がこの打撃処理装置を垂直方向に押さえつけることによって打撃ツール先端が前記移動用部材によって形成される面と同じ面にあるようにして、前記押しバネの作用によって打撃ツールが母材金属材料表面を押圧する状態として、この打撃ツールが溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面を打撃するように打撃処理装置を前記溶接線方向に移動させることを特徴とする溶接継手の疲労特性を改善する打撃処理方法。
(2)溶接ビードの止端付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施す、溶接継手の疲労特性を改善するための打撃処理装置であって、
該打撃処理装置は、
打撃ツールを装着したピーニングツールと、
打撃処理装置基部と、
該打撃処理装置基部に立設されているフレーム部と、
前記打撃装置基部に設けられた打撃処理装置を移動させるための移動用部材と、
を含んでおり、
前記フレーム部には、
前記ピーニングツールを垂直方向にのみスライド可能に支持するピーニングツール支持部と、
前記ピーニングツールに設けられた押しバネを支持する押しバネ支持部と、
打撃処理装置を母材金属材料に押し付けるためのハンドル部と
が設けられており、
前記押しバネは、打撃処理装置のハンドル部を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態とするように作用し、打撃処理操作時に前記ハンドル部を作業者によって垂直方向に押さえつけた場合には、打撃ツール先端を前記移動用部材によって形成される面と同じ面とするように作用するバネである
ことを特徴とする打撃処理装置。
(3)溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施す、溶接継手の疲労特性を改善するための打撃処理装置であって、
該打撃処理装置は、
打撃ツールを装着したピーニングツールと
溶接線を挟むようにして配置することができるようにそれぞれが離間している二つの打撃処理装置基部と、
前記二つの打撃処理装置基部に跨って設けられたフレーム部と、
前記打撃装置基部に設けられた打撃処理装置を移動させるための移動用部材と、
を含んでおり、
前記フレーム部には、
前記ピーニングツールを垂直方向にのみスライド可能に支持するピーニングツール支持部と、
前記ピーニングツールに設けられた押しバネを支持する押しバネ支持部と、
打撃処理装置を母材金属材料に押し付けるためのハンドル部と
が設けられており、
前記押しバネは、打撃処理装置のハンドル部を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態とするように作用し、打撃処理操作時に前記ハンドル部を作業者によって垂直方向に押さえつけた場合には、打撃ツール先端を前記移動用部材によって形成される面と同じ面とするように作用するバネである
ことを特徴とする打撃処理装置。
(4)前記移動用部材がローラ及び/又はボールキャスターであることを特徴とする(2)又は(3)に記載の打撃処理装置。
(5)打撃ツールが、打撃部と打撃ツールをピーニングツールに取り付ける取付部とからなり、取付部の中心から打撃部の中心をオフセットしたことを特徴とする(2)〜(4)のいずれかに記載の打撃処理装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明のピーニング処理方法によれば、打撃処理装置を小型化することができ、作業効率がアップして処理時間を短縮することができ、バラツキのない安定した処理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】回し溶接部を有する溶接継手の例を示す図である。
【図2】回し溶接部を有する溶接継手についてピーニング処理を行う様子を示す図である。
【図3】本発明のピーニング処理に用いるピーニングツールを示す図である。
【図4】本発明のピーニング処理方法を説明する図である。
【図5】本発明の打撃処理装置の全体の構成を示す図である。
【図6】本発明の打撃処理装置の一例を示す図である。
【図7】図6に示した打撃処理装置を用いてピーニング処理を行う様子を示す図である。
【図8】実施例1における打撃処理装置の評価結果を示す図である。
【図9】実施例1における打撃処理装置の評価結果を示す図である。
【図10】本発明の打撃処理装置の他の例を示す図である。
【図11】溶接部に近接してリブが設けられている溶接継手を示す図である。
【図12】図10に示した打撃処理装置を用いてピーニング処理を行う様子を示す図である。
【図13】本発明で用いる打撃ツールの一例を示す図である。
【図14】金属板を溶接継手で接合した状態を示す図である。
【図15】従来のハンマーピーニング加工方法の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、溶接ビードの止端付近の母材金属材料表面に、押しバネの作用で打撃ツールを押し付けながら溶接線の方向に移動させることにより効率的にハンマーピーニング処理または超音波振動子によるピーニング処理(本発明ではハンマーピーニング処理及び超音波振動子によるピーニング処理を総称して「ピーニング処理」という)を施して溶接継手の疲労特性を改善する打撃処理方法及びそのための装置を提供するものである。
【0017】
本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
本発明は、同一面内で一方の鋼板の端面と他方の鋼板の端面とを対向させて互いを溶接してなる突合せ溶接継手に適用できる他、図1に示されるような母材金属材料8の片面にフィレット7を回し溶接によって取り付けた溶接継手にも適用可能である。すなわち、この溶接継手についてピーニング処理を行なうには図2に示すように打撃ツール1を回し溶接部の溶接線に沿って180度回転させる必要があるが、本発明はこのような回し溶接部のピーニング処理にも好適である。
なお、本発明が適用される溶接継手は、上記の溶接継手に限定されるものではなく、溶接ビードが曲がっている場合も含め、一方の部材に他方の部材を溶接した溶接継手に対して本発明を幅広く適用することが可能である。
また、以下の実施形態では被処理材(母材金属材料8)に対する打撃方向が下向きであるが、本発明は被処理材の形態に応じて打撃方向が水平方向や上向きであっても同様に適用できる。
【0018】
図3は本発明のピーニング処理に用いるピーニングツールの一例を示したものである。
図3(a)は先端部に溶接母材よりも硬度が高い平坦な打撃面3が設けられたタガネ状の打撃ツール1を示す図であり、その上端部は図3(b)に示すピーニングツール2に固定可能なように加工されている。
図3(b)は打撃ツール1が取り付けられ、打撃ツール1を上下に往復運動させて母材に打撃を与えるためのピーニングツールを示す図である。
【0019】
打撃ツール1の先端形状は、いくつかの先端形状を試して、母材の表面に塑性変形を付与し易いものを決定することができ、コンプレッサーの空気圧や打撃を与える工具の性能によって最適な先端形状を決めればよい。ピーニングツールのパワーが大きければ打撃ツールの先端の面積を大きくしても良いが、打撃痕の幅を増やしても溶接ビード側に与える影響には変わりがないので、あまり打撃痕の幅を増やす必要はない。また、エアーハンマーのパワーが小さい場合には先端の面積を大きくすると母材に適正な塑性変形を与えることができない。図3(a)には先端が平坦な矩形形状であるものを示したが、先端が平坦な円形形状のものでもよい。
【0020】
本発明では、図4に示すように、溶接ビード5の溶接金属の表面が母材金属材料8の表面と交わる境界(溶接ビード5の止端部9という。)の母材金属材料8側の近傍に打撃ツール1を押し付けて溶接線方向に打撃ツール1を移動させながら、ピーニング処理を施し、これにより、溶接ビード5の止端部9付近の母材金属材料8の表面に打撃痕6を形成して圧縮残留応力を導入することにより溶接継手の疲労強度を大幅に改善する。
ピーニング処理をするに際しては、図4に示すように、打撃ツールの先端部分が溶接ビードを打撃しないようにして、止端部9に沿って母材金属材料8に打撃を与えて母材を塑性変形させ、塑性変形部分が帯状の打撃痕6となるようにピーニング処理することが好ましい。
【0021】
図5は本発明のピーニング処理に用いるピーニング装置の一例を示したものであり、図5(a)はピーニング処理前の打撃処理装置の状態を示し、図5(b)はピーニング処理時の打撃処理装置の状態を示す。
打撃処理装置10は、打撃ツール1と、該打撃ツール1を装着したピーニングツール2と、該ピーニングツール2を垂直方向にのみスライド可能に支持するピーニングツール支持部11と、該ピーニングツール2に設けられた押しバネ12と、該押しバネ12を支持する押しバネ支持部13と、打撃処理装置10を被処理材に押し付けるためのハンドル部14と、打撃処理装置10を移動させるための打撃処理装置基部15に設けられた移動用部材17とを備えている。
前記ピーニングツール支持部11、押しバネ支持部13及びハンドル部14は打撃処理装置基部15に立設したフレーム16に取り付けるか、該フレーム16と一体化して設けてもよい。
【0022】
このような構成とすることにより、ピーニング処理を行なっていない時には、スライド可能な打撃ツール全体が押しバネによって押し下げられ、図5(a)に示すように押しバネ12の作用によって打撃ツールの先端部分が打撃処理装置の各移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態となっている(この状態を以下「状態A」という)となる。また、以下では前記「Δd」を「打撃ツール突き出し寸法」という。
ピーニング処理を行なう際には、作業者がハンドル部を持って打撃処理装置全体を押さえて打撃ツールに荷重をかけると、図5(b)に示すように打撃処理装置基部15に設けた全ての移動用部材17が母材金属材料表面に接触した状態となる(以下この状態を「状態B」という)。
この時、打撃ツール1にはおおよそ押しバネ12のたわみ△dに相当する荷重が付加され、この状態Bを維持すれば、母材金属材料表面に適切な押し付け荷重と打撃力が加わる。
なお、状態Aに調整後、打撃処理装置に錘を付加して作業者がハンドル部に加える押さえ力を軽減してもよい。
【0023】
打撃処理装置が状態Bにある時、打撃ツールを振動させない場合には打撃ツールが母材金属材料の表面に引っかかって打撃処理装置を移動することは困難であるが、打撃ルールを振動させると、ハンドル部材の押さえ加減で打撃ツールの移動が可能となる。
このような効果は、押しバネの弾性と打撃ツール突き出し寸法(Δd)を適切な値とすることによって、図5に示したように、打撃処理装置を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツール先端が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態として打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態になるようにし、打撃処理操作時にはこの打撃処理装置を垂直方向に押さえつけることによって打撃ツール先端が前記移動用部材によって形成される面と同じ面にあるようにして打撃ツールが母材金属材料表面を押圧する状態となるようにしたことによる効果である。
この効果は顕著であり、後述するように、本発明の打撃処理装置を用いると打撃処理装置は打撃ツールが振動しているときにはスムーズに打撃処理装置を金属材料表面にそって移動することができ、かつ、打撃位置を容易に制御することができる。
上記のように、本発明は、打撃ツールから生じる振動を利用して、打撃処理装置の移動をコントロールし易くするもので、作業員の技量によらないで、正確、安価かつ短時間に打撃処理できる。
【0024】
図1、2に示される溶接継手においては溶接線が直線である溶接部と溶接線が曲線である溶接部とがあり、また溶接線が直線であっても溶接止端部は微妙にうねっているので、直線部においても打撃ツールの打撃位置の微妙なコントロールが必要であり、回し部の溶接止端部にはうねりに加えて曲率(曲がり)もあるため打撃ツールの打撃位置の調整がより必要である。
打撃処理装置を溶接線方向に微妙な進路・位置調整を行なうためには打撃処理装置基部に移動用部材として3個または4個のローラ、ボールキャスターを設けて打撃処理装置を3点支持または4点支持することで、直線部や回し部での微妙な打撃位置のコントロールが可能になる。
【0025】
図13は本発明で用いる打撃ツールの一例を示す図であり、図13(a)は打撃ツールの側面図であり、図13(b)は打撃ツールの底面図である。
図示した打撃ツール1は打撃ツール1をピーニングツール2のチャック22に取り付けるための取付部23と打撃部24とからなっており、取付部23の側面部と打撃部24の側面部と長さLのラップ長さで重ね合わされて、このラップ部で溶接されている。この打撃ツールの特徴は打撃ツールが、打撃部と打撃ツールをピーニングツールに取り付ける取付部とからなり、取付部の中心から打撃部の中心をオフセットし、ピーニングツール2の中心から打撃ツール1の中心をオフセットした点にある。図2に示すような溶接継手において、通常の打撃ツール(オフセットしていない打撃ツール)を用いると回し溶接部の施工時にピーニングツール2がフィレット7にあたるような場合に、図13に示した構造の打撃ツールを用いることによりピーニングツール2がフィレット7にあたることなく、効果的に打撃を与えることができる。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明の実施例を示す。これらの実施例は例示であって、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
以下の実施例では図1に示されるような基板の片面にフィレットを回し溶接によって取り付けた溶接継手にハンマーピーニング処理によって本発明を適用した例について説明するが、超音波振動子によるピーニング処理によっても同様に処理できることは勿論である。
【0027】
[実施例1]
本実施例では図6に示す打撃処理装置を用いた。図6は打撃処理装置を上から見た図(平面図)である。この打撃処理ツールは打撃処理装置基部15に移動用部材17としてピーニングツール側に2個のローラ7−1を、ローラ7−1が転動して打撃処理ツール10がハンドル14の長手方向に移動可能なように設けられており、その反対側には、ボールキャスター17−2が設けられている。
また、溶接継手としては図7(a)に示すものを用いた。図7(a)は正面図である。この溶接継手は母材金属材料8にフィレット7を溶接したものであり、溶接ビード5が形成されている。
【0028】
図7(b)はピーニング処理時において打撃処理装置10が回し溶接部の溶接線に沿って移動する様子を示した平面図である。
直線部では図7(b)に示すようにローラを回転させてハンドル部の長手方向に打撃処理装置を移動させる。
回し溶接部19では打撃処理装置を方向転換(回転)させるのではなく、7図(b)の上下方向に平行移動させてピーニング処理を行った。回し溶接部においては打撃装置の構造上、溶接線の上部と下部とを連続して打撃することができないため、溶接線の上部と中間部との間及び下部と中間部との間をそれぞれ打撃処理し、上部の打撃痕と下部の打撃痕をラップさせることにより回し溶接部の止端部近傍の全体を打撃処理した。
具体的には、図5に示す打撃ツール突き出し寸法(Δd)の値を表1に示すように変化させてピーニング処理を行った。その結果を表1に示す。
また、突き出し寸法と片道ピーニング処理時に母材金属材料に形成される溝の深さとの関係を図8に示す。
更に、ピーニング処理の回数(往復回数)と母材金属材料に形成される溝の深さとの関係を図9に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すように、打撃ツールの突き出し寸法(Δd)が大きくなると平行移動性及び定速移動性は良好となるが処理時間は長くなり、押さえ易さは劣るようになる。
打撃ツール突き出し寸法は作業性と処理時間との兼ね合いで適宜決定する必要があるが、Δdを2mmとした場合に特に良好な結果が得られた。
また、図8に示すように、溝深さはΔdが0以上であれば大きさによらずほぼ一定のものとなり、良好な打撃効果が得られた。
更に、図9に示すように、処理回数が1往復と2往復とでは溝深さに特に差はなく、良好な圧縮応力の付加が行われる。
【0031】
回し溶接部ではローラが回転して移動する方向とは直角の方向に打撃処理装置を移動させることとなり、常識的には移動がスムーズに行かない筈であるが、本発明の打撃処理装置を用い振動を与えると打撃処理装置はスムーズに移動することができ、かつ、打撃位置を容易に制御することができた。
なお、移動用部材17の全てをボールキャスターとした場合には方向が定まらないため、打撃位置を正確にコントロールすることが難しくなった。
【0032】
[実施例2]
本実施例では図10に示す打撃処理装置を用いた。図10は打撃処理装置を上から見た図(平面図)である。
この打撃処理装置の基部は二つの打撃処理装置基部15a、15bからなっており、この二つの打撃処理装置基部15a、15bにまたがるフレームによってピーニングツール支持部(図示せず)、押しバネ支持部13及びハンドル部14が支持されている。
打撃処理装置基部15a及び打撃処理装置基部15bのピーニングツール側には移動用部材17としてローラ17aが、また、反対側にはローラ17bが、打撃処理ツール10をハンドル14の長手方向に移動可能にするように設けられている。
なお、本実施例ではローラを4つ設けて打撃処理装置を4点で支持するようにしたが、打撃処理装置の姿勢を保持することができるのであれば、ローラを3つ設けて打撃処理装置を3点で支持することもできる。
【0033】
溶接継手としては図11に示すものを用いた。図中の数値の単位はmmである。
図11(a)は溶接継手の側面図であり、図11(b)は溶接継手の平面図である。この溶接継手は母材金属材料8にフィレット7を溶接したものであり、溶接ビード5が形成されている。また、回し溶接部19に近接してリブ18が設けられている。
ピーニング処理は、打撃ツール1が溶接止端部9を打撃すると溶接止端部9にノッチが混入して疲労強度が低下する可能性があり、逆に打撃痕6と溶接支端部9との距離が3mmを超えると疲労強度向上の効果が得られなくなるので、溶接支端部9を打撃しないように打撃痕6と溶接止端部9との距離を0〜3mmとした。
【0034】
図12(a)は図11(a)と同様に溶接継手の側面図であり、図12(b)はピーニング処理時において打撃処理装置10が溶接線に沿って移動する様子を示した平面図である。
直線部では図12(b)に示すように打撃処理装置を打撃処理装置基部15aと打撃処理装置基部15bの間にフィレット7が位置するように配置し、ローラを回転させてハンドル部の長手方向に沿って打撃処理装置を移動させて打撃ツールによって止端部近傍を打撃する。
打撃処理装置10はフィレット7を跨ぐ構造となっているので、リブ18のような障害物があっても回し溶接部19では打撃処理装置を12図(b)の上下方向に平行移動させることにより、回し部の溶接線を連続して打撃することができる。
この構造の打撃処理装置ではローラとして、ピーニングツール側の2箇所にウレタンモールドのローラを用い、反対側の2箇所に金属製のローラを用いることによってコントロールを容易に行うことができた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のピーニング処理方法は、簡便な工具を手動で用いて溶接継手の疲労強度を大幅に改善することができるため、繰り返し荷重を受ける橋梁、船舶、海洋構造物等の大型鋼構造物や自動車、建設機械等の機械製品の疲労強度の改善及び補修・延命化に好適である。
【符号の説明】
【0036】
1 打撃ツール
2 ピーニングツール(打撃工具)
3 打撃ツール先端部
4 圧搾空気
5 溶接ビード(溶接継手)
6 打撃痕
7 フィレット
8 母材金属材料
9 溶接止端部
10 打撃処理装置
11 ピーニングツール支持部11
12 押しバネ
13 押しバネ支持部13
14 ハンドル部
15、15a、15b 打撃処理装置基部
16 フレーム
17 移動用部材
18 リブ
19 回し溶接部
20 支持押圧機構部
21 溶接止端位置検知部
22 ピーニングツールのチャック
23 打撃ツールの取付部
24 打撃ツールの打撃部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施して溶接継手の疲労特性を改善する打撃処理方法であって、
前記打撃ツールは打撃処理装置本体に垂直方向にのみスライド可能に取り付けられたピーニングツールに装着されており、該ピーニングツールは押しバネを介して打撃処理装置本体に取り付けられており、打撃処理装置基部は打撃処理装置を移動させるための移動用部材を備えており、前記打撃処理装置は打撃処理装置を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態にあり、打撃処理操作時には作業者がこの打撃処理装置を垂直方向に押さえつけることによって打撃ツール先端が前記移動用部材によって形成される面と同じ面にあるようにして、前記押しバネの作用によって打撃ツールが母材金属材料表面を押圧する状態として、この打撃ツールが溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面を打撃するように打撃処理装置を前記溶接線方向に移動させることを特徴とする溶接継手の疲労特性を改善する打撃処理方法。
【請求項2】
溶接ビードの止端付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施す、溶接継手の疲労特性を改善するための打撃処理装置であって、
該打撃処理装置は、
打撃ツールを装着したピーニングツールと、
打撃処理装置基部と、
該打撃処理装置基部に立設されているフレーム部と、
前記打撃装置基部に設けられた打撃処理装置を移動させるための移動用部材と、
を含んでおり、
前記フレーム部には、
前記ピーニングツールを垂直方向にのみスライド可能に支持するピーニングツール支持部と、
前記ピーニングツールに設けられた押しバネを支持する押しバネ支持部と、
打撃処理装置を母材金属材料に押し付けるためのハンドル部と
が設けられており、
前記押しバネは、打撃処理装置のハンドル部を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態とするように作用し、打撃処理操作時に前記ハンドル部を作業者によって垂直方向に押さえつけた場合には、打撃ツール先端を前記移動用部材によって形成される面と同じ面とするように作用するバネである
ことを特徴とする打撃処理装置。
【請求項3】
溶接ビードの止端部付近の母材金属材料表面に、打撃ツールを押し付けながら溶接線方向に移動させてピーニング処理を施す、溶接継手の疲労特性を改善するための打撃処理装置であって、
該打撃処理装置は、
打撃ツールを装着したピーニングツールと
溶接線を挟むようにして配置することができるようにそれぞれが離間している二つの打撃処理装置基部と、
前記二つの打撃処理装置基部に跨って設けられたフレーム部と、
前記打撃装置基部に設けられた打撃処理装置を移動させるための移動用部材と、
を含んでおり、
前記フレーム部には、
前記ピーニングツールを垂直方向にのみスライド可能に支持するピーニングツール支持部と、
前記ピーニングツールに設けられた押しバネを支持する押しバネ支持部と、
打撃処理装置を母材金属材料に押し付けるためのハンドル部と
が設けられており、
前記押しバネは、打撃処理装置のハンドル部を垂直方向に押さえつけないときには押しバネの作用によって打撃ツールの先端部分が前記移動用部材によって形成される面から突出した状態となって打撃処理装置の打撃ツールを設けた側の移動用部材が母材金属材料表面から浮いた状態とするように作用し、打撃処理操作時に前記ハンドル部を作業者によって垂直方向に押さえつけた場合には、打撃ツール先端を前記移動用部材によって形成される面と同じ面とするように作用するバネである
ことを特徴とする打撃処理装置。
【請求項4】
前記移動用部材がローラ及び/又はボールキャスターであることを特徴とする請求項2又は3に記載の打撃処理装置。
【請求項5】
打撃ツールが、打撃部と打撃ツールをピーニングツールに取り付ける取付部とからなり、取付部の中心から打撃部の中心をオフセットしたことを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の打撃処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−22604(P2013−22604A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157872(P2011−157872)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【特許番号】特許第4952856号(P4952856)
【特許公報発行日】平成24年6月13日(2012.6.13)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)