説明

抵抗溶接制御方法

【課題】抵抗溶接中の溶接部の温度を熱伝導計算によって推定し、この溶接部温度推定値に基づいて溶接電流値Iwを変化させて溶接する抵抗溶接において、1回の溶接中の溶接電流値Iwを変化させずに、かつ、電極が磨耗してもナゲット径の適正なチリの発生しない良好な溶接品質を得ることができる抵抗溶接制御方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、1回の溶接中は一定の溶接電流値Iwで溶接を行うと共に、溶接中の前記溶接部温度推定値の最高値Tcmを算出し、この溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた下限基準値Tta以下であったときは、溶接電流値Iwを増加させて次の溶接を行い、以後この動作を繰り返す抵抗溶接制御方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導計算によって抵抗溶接部の温度を推定することによって溶接部の品質を向上させるための抵抗溶接制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
複数枚重ねた被溶接材を1対の電極によって加圧・通電して溶接する抵抗溶接において、溶接部の良好な品質を得るためには、ナゲット径が適正範囲内で形成されることが重要である。一般的に、抵抗溶接には定電流の交流又は直流の溶接電流が使用させる。すなわち、少なくとも1回の溶接中の溶接電流値は一定値である。交流のときぼ溶接電流値は実効値である。ナゲット径は、溶接電流値、溶接時間、電極形状、加圧力等の溶接条件によって定まる。したがって、適正なナゲット径を形成するためには、被溶接材の材質、板厚、重ね枚数等の被溶接材条件に応じて上記の溶接条件を適正値に設定する必要がある。
【0003】
抵抗溶接では、自動車ボディのように1つのワークに数多くの溶接個所があり、そして次々と流れてくるワークを溶接するケースが多い。このときに、各溶接個所の被溶接材の材質、板厚、重ね枚数等の被溶接材条件が同一であれば、溶接電流値、溶接時間、電極形状、加圧力等の溶接条件も同一になる。そして、この状態で数百〜数千個所の溶接を行うことが多い。連続した溶接中において、電極の被溶接材接触面が次第に磨耗して接触面積が初期状態よりも広くなる。同一値の溶接電流を通電して接触面積が広くなると、被溶接材を通電する電流密度が低くなり溶接部の温度上昇が低くなるために、ナゲット径が小さくなる。電極の磨耗が著しく進行した場合には、電極の研磨又は交換を行う必要がある。この研磨又は交換を行う間隔は、溶接条件等によって異なるが数千回の溶接ごとである。この研磨又は交換後の溶接の繰り返しに伴って電極の磨耗は徐々に進行する。このために、予め定めた回数の溶接を行うと溶接電流値を増加させて、電極磨耗による電流密度の低下を補償する機能(ステッパー機能)を装備した抵抗溶接装置が従来から提供されている。
【0004】
図9は、上述したステッパー機能を示す溶接回数に対する溶接電流値Iwの変化パターン図である。溶接回数0〜500回をステップST1とし、501〜1000回をステップST2とし、1001〜1350回をステップST3とし、1351〜20000回をステップST4として設定する。そして、同図に示すように、ステップが新しくなる時点で、溶接電流値Iwを階段状に増加させる。上記の各ステップの溶接回数及び電流増加値は、被溶接材条件及び溶接条件に応じて予め試験等によって設定する。このようにすることによって、電極磨耗の進行によってナゲット径が訂正範囲よりも小さくなることを防止することができる。
【0005】
[従来技術1(特許文献1)]
上述したステッパー機能においては、図9で上述した溶接電流変化パターンを予め適正値に設定する必要がある。このために、数多くの被溶接材条件及び溶接条件に対応させて溶接電流変化パターンを試験等によって算出するには多くの時間とコストが必要になる。さらに、実施工においては電極磨耗の進行状態にはバラツキがあるために、予め定めた溶接電流変化パターンが常に適正であるとは言えない。これらの問題を解決する1つの方法として以下に説明する従来技術1が提案されている。
【0006】
従来技術1では、溶接部の抵抗値を電極間電圧値/溶接電流値によって算出し、この抵抗値の変化から溶接中のチリの発生の有無を判別して、チリ発生回数のカウントを行う。そして、カウントされたチリ発生回数を予め定めた最適チリ発生回数と比較し、前者>後者なら溶接電流値を低下させ、前者<後者なら溶接電流値を増大させるものである。1回の溶接においてチリが発生する溶接電流値の条件は、適正範囲のナゲット径を形成するための上限値ぎりぎり又は上限値を超えた条件である。したがって、複数回の溶接においてチリの発生した溶接の回数が予め定めた目標回数になるように溶接電流値を増減することによって、平均的なナゲット径を適正範囲の上限内に収めることができる。この従来技術1によれば、チリ発生回数によって溶接電流値は自動的に増減するので、上述した溶接電流変化パターンを予め設定する必要はない。また、電極磨耗の進行状態にバラツキが生じても、チリ発生回数によって溶接電流値は適正化される。
【0007】
[従来技術2(特許文献2及び非特許文献1)]
ナゲット径を適正範囲に形成するためには、抵抗溶接中の溶接部の温度変化を適正化することによって実現することができる。すなわち、1回の溶接の開始時点から終了時点までの溶接部の温度変化を、予め定めた温度変化目標パターンに沿うように溶接電流値を制御することによって、ナゲット径の適正な溶接品質を得ることができる。このような温度パターン追従電流制御では、抵抗溶接中の溶接部の温度変化を計測する必要があるが、溶接部は外部から見えないために直接その温度変化を計測することは困難である。このために、溶接部の温度変化を熱伝導計算によってリアルタイムに演算して溶接部温度推定値を求める方法が多く提案されている。
【0008】
上記の熱伝導計算方法には、微分方程式及び有限要素分析法を用いる方法、溶接部のエネルギーバランスモデルに基づく平均温度推定値を計算する方法(非特許文献1)等がある。これらの熱伝導計算方法では、溶接電流値、溶接電圧値並びに電極及び被溶接材の物理的定数を入力として、溶接部温度推定値を演算する。
【0009】
図10は、上述した温度パターン追従電流制御の一例を示す溶接部温度推定値Tc及び溶接電流Iwの変化図である。同図において、横軸は溶接開始時点からの経過時間tを慣例により商用電源の1周期(50Hz又は60Hzの逆数)=1サイクル(cyc)として表わしている。また、左の縦軸は溶接部温度推定値Tc[℃]及び温度変化目標パターンTp[℃]を表わし、右の縦軸は制御操作量である溶接電流Iw[A]を実効値で表わしたものである。温度パターン追従電流制御では、各経過時間における溶接部温度推定値Tcを演算し、温度変化目標パターンTpとの温度偏差ΔT=Gain・(Tp−Tc)を算出し、この算出値に応じて溶接電流Iwを増減させて、溶接部温度推定値Tcを温度変化目標パターンTpに沿わせる。このことによって、溶接部の温度変化が適正化されて、ナゲット径の適正な良好な溶接品質を得ることができる。この従来技術2においても、溶接部温度推定値Tcが目標値と略等しくなるように溶接電流値Iwが自動制御されるので、上述した溶接電流変化パターンを予め設定する必要はない。さらに、電極磨耗の進行状態のバラツクが生じても、溶接電流値Iwは自動的に適正値に制御される。
【0010】
【特許文献1】特開平6−71457号公報
【特許文献2】特開2004−188495号公報
【非特許文献1】中根,加治,森田,「抵抗溶接におけるリアルタイムエネルギー制御」,溶接技術,産報出版,平成16年3月号,第52巻第3号,p.93−98
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来技術1においては、複数回の溶接における平均チり発生回数を目標値に一致させるように溶接電流値を増減する。このために、チリが発生した溶接部が複数回含まれることが前提となっている。しかし、溶接部にチリが発生することは、溶接品質上好ましい状態ではない。すなわち、良好な溶接品質とは、ナガット径が適正範囲であり、かつ、チリが発生しないことである。従来技術1では、全ての溶接部においてチリが発生しないように制御することは原理的にできないという課題があった。
【0012】
従来技術2においては、1回の溶接中に溶接電流値が刻々と変化する。現在の抵抗溶接施工においては、その品質管理上の重要な項目として1回の溶接における溶接電流値がある。すなわち、1回の溶接中には溶接電流値が一定値であることが前提となっている。この前提の下で品質管理のための体系が構築されている。このために、従来技術2のように溶接電流値が変化する制御方法に対して、長年蓄積してきた品質管理データをすべてゼロから再構築することが要求される。これには多くの時間とコストが必要になる。すなわち、従来技術2によってナゲット径が適正値となりかつチリが発生しない良好な溶接品質が得られることを、品質管理上から保証する必要がある。この結果、従来技術2は優れた技術であるにも係わらず、品質管理体制が特に厳しい業種への普及が進まないという課題があった。
【0013】
そこで、本発明では、電極磨耗の進行状態に影響されずにナガット径の適正なチリ発生のない良好な溶接品質を常に得ることができ、かつ、1回の溶接中の溶接電流値は一定値となり現行の品質管理体系を利用することができる抵抗溶接制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、抵抗溶接中の溶接部の温度を熱伝導計算によって推定し、この溶接部温度推定値に基づいて溶接電流値を変化させて溶接する抵抗溶接制御方法において、
1回の溶接中は一定の溶接電流値で溶接を行うと共に溶接中の前記溶接部温度推定値の最高値を算出し、この溶接部温度推定値の最高値が予め定めた下限基準値以下であったときは溶接電流値を増加させて次の溶接を行い、以後この動作を繰り返すことを特徴とする抵抗溶接制御方法である。
【0015】
また、第2の発明は、前記溶接部温度推定値の最高値が予め定めた上限基準値以上であったときは溶接電流値を減少させて次の溶接を行うことを特徴とする第1の発明記載の抵抗溶接制御方法である。
【0016】
また、第3の発明は、溶接電流値の変化が予め定めた上限電流値に達したときは、溶接電流値を前記上限電流値に制限するか及び/又は警報信号を発するかの動作を行うことを特徴とする第1又は第2の発明記載の抵抗溶接制御方法である。
【0017】
また、第4の発明は、第n回目の溶接から第n+m回目の溶接の期間中にあって、第1の発明記載の動作によって溶接電流値を増加させ、第1の発明記載の動作による溶接電流値の増加が1回もなかったときは第n+m回目の溶接電流値を増加させることを特徴とする抵抗溶接制御方法である。
【発明の効果】
【0018】
上記第1の発明によれば、溶接中の溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた下限基準値Tta以下になったときは、次の溶接の溶接電流値を増加させることによって、電極磨耗による電流密度の低下を防止し、ナゲット径の適正なチリの発生しない良好な溶接品質を得ることができる。さらに、第1の発明では、1回の溶接中の溶接電流値は一定であるので、現行の品質管理体系に基づいて蓄積した品質管理データを利用することができる。
【0019】
上記第2の発明によれば、上記の効果に加えて、溶接中の溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた上限基準値Ttb以上になったときは、次の溶接の溶接電流値を減少させることによって、溶接部温度推定値の最高値Tcmが高くなり過ぎてチリが発生しやすい状態になることを防止することができる。
【0020】
上記第3の発明によれば、上記の効果に加えて、溶接電流値の変化が予め定めた上限電流値Itmに達したときは、その値で制限することによって、電極磨耗が著しく進行して溶接電流値をこれ以上増加させるとかえって正常なナゲットを形成することができない状態になるのを防止することができる。また、このときに警報信号を発することによって、電極磨耗の著しい進行を作業者等に知らせることができる。
【0021】
上記第4の発明によれば、溶接回数に対して溶接電流の変化(溶接電流変化パターン)を予め設定するステッパー機能を使用したときに、上記第1の発明を併用することによって、電極磨耗の進行状態に応じて上記の溶接電流変化パターンを自動修正することができる。このために、第1の発明の効果を奏して常に良好な溶接品質を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0023】
[実施の形態1]
本発明の実施の形態1は、1回の溶接中は一定の溶接電流値で溶接を行うと共に、溶接中の溶接部温度推定値の最高値Tcmを算出し、この溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた下限基準値Tta以下であったときは、溶接電流値を増加させて次の溶接を行い、以後この動作を繰り返す抵抗溶接制御方法である。以下、実施の形態1について詳細に説明する。
【0024】
図10で上述した溶接部温度推定値Tcは、温度変化目標パターンTpに沿うように溶接電流値Iwを変化させた場合である。しかし、実施の形態1のように一定の溶接電流値Iwで溶接したときも、溶接部温度推定値Tcは経過時間tと共に上昇して最高値Tcmに達する。この溶接部温度推定値の最高値Tcmが適正値であれば、ナゲット径の適正なチリの発生しない良好な溶接品質を得ることができることが知られている。したがって、1回の溶接中の溶接電流値Iwが一定であっても、溶接部温度推定値の最高値Tcmが適正範囲にあれば、良好な溶接品質になる。
【0025】
図1は、実施の形態1に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。第n−3回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは下限基準値Tta以下ではないので、次の第n−2回目の溶接電流値Iwは第n−3回目の溶接時と変化しない。第n−2回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは下限基準値Tta以下ではないので、次の第n−1回目の溶接電流値Iwは第n−2回目の溶接時と変化しない。第n−1回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは下限基準値Tta以下となるので、次の第n回目の溶接電流値Iwは第n−1回目の溶接時よりも電流増加値Δaだけ増加して溶接が行われる。そして第n回目の溶接において電極磨耗の進行による電流密度の低下を溶接電流値Iwを増加させて補償しているので、この溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは再び下限基準値Tta以下ではない状態に復帰する。このために第n+1回目の溶接電流値Iwは第n回目の溶接時と変化しない。このように、1回の溶接中の溶接電流値Iwは一定にしたままで、溶接部温度推定値の最高値Tcmが適正範囲内に収まるように、溶接電流値Iwを制御することができる。電極磨耗の進行に伴って溶接部の電流密度が低下するために溶接部温度推定値の最高値Tcmは低くなる。したがって、下限基準値Ttaは、ナゲット径が適正でチリの発生しない下限条件近傍に設定する。このように設定すれば、第n−1回目の溶接における溶接部温度推定値の最高値Tcmが下限基準値Ttaよりも少し小さくなっても、ナゲット径は適正範囲の下限値内でチリも発生しない状態となる。したがって、全ての溶接部においてナゲット径の適正なチリの発生しない状態を実現することができる。ところで、上記の電流増加値Δaは、溶接電流値が大きくなり過ぎて溶接部温度推定値の最高値Tcmが高くなり過ぎてチリが発生しやすくなる値よりも小さく設定する。
【0026】
図2は、実施の形態1を実施するための抵抗溶接装置のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0027】
サイリスタSCRは、商用交流電源ACを入力として、後述する駆動信号Dvに従って溶接電流Iwの実効値が所定値になるように位相制御する。変圧器TRは、抵抗溶接に適した電圧値に降圧する。1対の電極1a、1bは、複数枚の被溶接材2を加圧し、電極を介して溶接電流Iwが通電し溶接電圧Vwが印加する。
【0028】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して電流検出信号Idを出力する。電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して電圧検出信号Vdを出力する。溶接部温度推定値演算回路TCは、上記の電流検出信号Id及び電圧検出信号Vdを入力として、予め定めた被溶接材及び電極の物理定数を使用して熱伝導計算によって演算して溶接部温度推定値信号Tcを出力する。溶接部温度推定最高値検出回路TCMは、上記の溶接部温度推定値信号Tcの最高値を検出して、溶接部温度推定最高値信号Tcmを出力する。下限基準値設定回路TTAは、予め定めた下限基準値信号Ttaを出力する。比較回路CMは、上記の溶接部温度推定最高値信号Tcmと上記の下限基準値信号Ttaとを比較して、Tcm≦TtaのときはHighレベルとなる比較信号Cmを出力する。
【0029】
電流設定修正回路DISは、1回の溶接が終了した時点で上記の比較信号CmがHighレベルであったときは電流設定修正信号ΔIsに電流増加値Δaを加算して出力する。初期電流設定回路ISは、予め定めた初期溶接電流設定信号Isを出力する。加算回路ADは、上記の初期溶接電流設定信号Isと上記の電流設定修正信号ΔIsとを加算して、電流制御設定信号Iscを出力する。したがって、この電流制御設定信号Iscは、第1回目の溶接時はIsc=Isとなり、以後は図1で上述したように、第n−1回目の溶接における溶接部温度推定最高値信号Tcmが下限基準値信号Tta以下であったときは、ΔIs(n)=ΔIs(n-1)+ΔaとなりIsc=Is+ΔIs(n)となり第n回目の溶接電流値は増加する。
【0030】
電流実効値演算回路IRMは、上記の電流検出信号Idを入力としてその実効値を演算して、電流実効値信号Irmを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Iscと上記の電流実効値信号Irmとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、この電流誤差増幅信号Eiに従って上記のサイリスタSCRを位相制御するための駆動信号Dvを出力する。
【0031】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、実施の形態1に加えて、溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた上限基準値Ttb以上であったときは溶接電流値を減少させて次の溶接を行う抵抗溶接制御方法である。第1回目の溶接時には予め定めた初期溶接電流値Isによって溶接を行う。この初期溶接電流値Isは、上述した被溶接材条件及び溶接条件に応じて予め設定されている。しかし、実施工時は、これらの条件に変動が生じて初期溶接電流値Isが過大になってしまう場合もあり得る。このような状態での溶接における溶接部温度推定値の最高値Tcmは過大となる。そこで、溶接部温度推定値の最高値Tcmが予め定めた上限基準値Ttb以上であるときには、次の溶接電流値を減少させる。これにより、溶接部温度推定値の最高値Tcmが過大となり溶接品質が悪くなるのを防止することができる。
【0032】
図3は、実施の形態2に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。第n−3回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは上限基準値Ttb以上ではないので、次の第n−2回目の溶接電流値Iwは第n−3回目の溶接時と変化しない。第n−2回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは上限基準値Ttb以上ではないので、次の第n−1回目の溶接電流値Iwは第n−2回目の溶接時と変化しない。第n−1回目の溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは上限基準値Ttb以上となるので、次の第n回目の溶接電流値Iwは第n−1回目の溶接時よりも電流減少値Δbだけ減少して溶接が行われる。そして第n回目の溶接において溶接電流値Iwを減少させるので、溶接中における溶接部温度推定値の最高値Tcmは再び上限基準値Ttb以上ではない状態に復帰し、、次の第n+1回目の溶接電流値Iwは第n回目の溶接時と変化しない。このように、1回の溶接中の溶接電流値Iwは一定にしたままで、溶接部温度推定値の最高値Tcmが適正範囲内に収まるように溶接電流値Iwを制御することができる。上述した溶接部温度推定値の最高値Tcmが上限基準値Ttb以上になることは、溶接回数が多くなった状態でも被溶接材条件等の変動によって生じる場合もあり、この場合にも溶接品質を良好に維持することができる。
【0033】
図4は、実施の形態2を実施するための抵抗溶接装置のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0034】
基準値設定回路TTは、予め定めた下限基準値Tta及び上限基準値Ttbの両値を有する基準値信号Ttを出力する。第2比較回路CM2は、溶接部温度推定最高値信号Tcmと基準値信号Ttとを比較して、Tcm≦Ttaのときはその値が1となり、Tcm≧Ttbのときはその値が2となる比較信号Cmを出力する。第2電流設定修正回路DIS2は、1回の溶接が終了した時点で上記の比較信号Cmが1であったときは電流設定修正信号ΔIsに電流増加値Δaを加算し、比較信号Cmが2であったときは電流設定修正信号ΔIsから電流減少値Δbを減算して出力する。すなわち、第n−1回目の溶接における溶接部温度推定最高値信号TcmがTcm≦TtaならばΔIs(n)=ΔIs(n-1)+Δaとなり、Tcm≧TtbならばΔIs(n)=ΔIs(n-1)−Δbとなる。Tta<Tcm<TtbのときはΔIs(n)=ΔIs(n-1)となる。なお、Δa>0かつΔb>0である。
【0035】
[実施の形態3]
本発明の実施の形態3は、実施の形態1に加えて、溶接電流値の変化が予め定めた上限電流値Itmに達したときは、溶接電流値を上限電流値Itmに制限すし、警報信号Arを発する抵抗溶接制御方法である。実施の形態1によって溶接部温度推定値の最高値Tcmが下限基準値Tta以下になると次の溶接の溶接電流値を増加させて電極磨耗の影響を補償する。この電流増加動作を多数回繰り返すと、溶接電流値はどんどん増加することになる。溶接電流値があまり過大になると、抵抗抵抗装置への負荷が大きくなり過ぎることになる。さらに、溶接電流値が多数回増加して過大になることは、電極磨耗が著しく進行した状態にあることであり、この状態になると溶接電流値を増加させるとかえって大量のチりが発生してナゲットが正常に形成されない。したがって、溶接電流値が予め定めた上限電流値Itmに達したときは、それ以上電流を増加させずに制限し、電極の研磨又は交換時期であることを知らせる警報信号Arを出力することが有益である。警報信号としては、警報用LEDを点灯させたり、警報音を鳴らしたりしてもよい。また、溶接ラインを管理する上位の制御装置に対してネットワーク等を介して警報信号を発信してもよい。
【0036】
図5は、実施の形態3に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。第n1回目の溶接時にTcm≦Ttaとなったので、溶接電流値Iwは増加し。再びTcm>Ttaの適正範囲の中心値近傍に復帰する。その後の溶接の繰り返しに伴って、電極磨耗が進行して溶接部温度推定値の最高値Tcmは徐々に小さくなる。そして、第n2回目の溶接においてTcm≦Ttaとなったので、溶接電流値Iwを増加させる。第n3回目の溶接においてもTcm≦Ttaとなり、溶接電流値Iwを増加させる。第n4回目の溶接においてTcm≦Ttaとなるので、溶接電流値Iwを増加させようとするが、既に溶接電流値Iwは上限電流値Itmに達しているので溶接電流値Iwは増加しない。すなわち、Iw=Itmで制限される。この制限がかかった時点で警報信号を出力する。この動作によって、第n4回目以降の溶接においてTcm≦Ttaとなるが、溶接電流値Iwが過大になったときのように正常なナゲットが形成されない異常状態に陥ることはない。
【0037】
図6は、実施の形態3を実施するための抵抗溶接装置のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一の符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。電流設定制限回路ISMは、電流制御設定信号Iscの値が予め定めた上限電流値Itm以上になったときはItmに制限して、電流設定制限信号Ismを出力する。したがって、Isc<ItmのときはIsm=Iscとなり、Isc≧ItmのときはIsm=Itmとなる。また、同時に、電流設定制限回路ISMは、Isc≧Itmのときには警報信号Arを出力する。
【0038】
[実施の形態4]
本発明の実施の形態4は、第n回目の溶接から第n+m回目の溶接の期間中において、実施の形態1記載の動作によって溶接電流値を増加させ、実施の形態1記載の動作による溶接電流値の増加が1回もなかったときは第n+m回目の溶接電流値を増加させる抵抗溶接制御方法である。以下、図7を参照して説明する。
【0039】
図7は、実施の形態4に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。図9で上述したように、ステップST1〜ST4の4期間に分けて溶接電流変化パターンを予め設定している。ステップST1期間中は予め定めた溶接電流値Iwで溶接を行い、そのときの溶接部温度推定値の最高値Tcmが下限基準値Tta以下かを監視する(実施の形態1の動作)。ステップST1期間中に1回もTcm≦Ttaにならなかったので、ステップST2の開始時に溶接電流値Iwを増加させる。ステップST2期間中も溶接を繰り返すので電極磨耗が進行して、Tcmは次第に小さくなり、ついにはTcm≦Ttaとなる。この時点で、溶接電流値Iwを増加させる。そして、ステップST3の開始時点では、上述したようにすでに溶接電流値Iwは増加しているので、この時点では増加させない。すなわち、ステップST3の開始時点で予定していた溶接電流値Iwの増加を、Tcm≦Ttaの時点で前倒しして実施したことになる。ステップST3期間中もTcm≦Ttaの時点で溶接電流値Iwを増加させて、ステップST4開始時に予定していた増加を前倒ししている。これによって、溶接電流変化パターンを被溶接材条件等に応じて厳密に設定しなくてもラフな設定でも、溶接部温度推定値の最高値Tcmの監視によって適正なタイミングで溶接電流値Iwを増加させることができる。
【0040】
図8は、実施の形態4を実施するための抵抗溶接装置のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0041】
ステップ制御回路STは、溶接回数が次ステップの開始回数ご達した時点又は比較信号がHighレベルになった時点で、次のステップに対応したステップ信号Stを出力する。例えば、ステップST1期間中はステップ信号St=1とし、ステップST2期間中はステップ信号St=2とし、ステップST3期間中はステップ信号St=3とし、ステップST4期間中はステップ信号St=4とする。Tcm≦Ttaの時点で前倒ししてステップを次に移行させる動作を行う。溶接電流変化パターン設定回路ISPは、溶接電流変化パターンを予め記憶し、上記のステップ信号Stに応じた値の電流制御設定信号Iscを出力する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施の形態1に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。
【図2】実施の形態1に係る抵抗溶接装置のブロック図である。
【図3】実施の形態2に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。
【図4】実施の形態2に係る抵抗溶接装置のブロック図である。
【図5】実施の形態3に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。
【図6】実施の形態3に係る抵抗溶接装置のブロック図である。
【図7】実施の形態4に係る抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値の最高値Tcm及び溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。
【図8】実施の形態4に係る抵抗溶接装置のブロック図である。
【図9】従来技術における抵抗溶接制御方法を示す溶接電流値Iwの溶接回数変化図である。
【図10】従来技術2における抵抗溶接制御方法を示す溶接部温度推定値Tc及び溶接電流値Iwの時間経過図である。
【符号の説明】
【0043】
1a、1b 電極
2 被溶接材
AC 商用交流電源
AD 加算回路
Ar 警報信号
CM 比較回路
Cm 比較信号
CM2 第2比較回路
DIS 電流設定修正回路
DIS2 第2電流設定修正回路
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
IRM 電流実効値演算回路
Irm 電流実効値信号
IS 初期電流設定回路
Is 初期溶接電流設定(値/信号)
Isc 電流制御設定信号
ISM 電流設定制限回路
Ism 電流設定制限信号
ISP 溶接電流変化パターン設定回路
Itm 上限電流値
Iw 溶接電流
SCR サイリスタ
ST ステップ制御回路
St ステップ信号
ST1〜ST4 ステップ
TC 溶接部温度推定値演算回路
Tc 溶接部温度推定値(信号)
TCM 溶接部温度推定最高値検出回路
Tcm 溶接部温度推定値の最高値
Tcm 溶接部温度推定最高値信号
Tp 温度変化目標パターン
TR 変圧器
TT 基準値設定回路
Tt 基準値信号
TTA 下限基準値設定回路
Tta 下限基準値(信号)
Ttb 上限基準値
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
Vw 溶接電圧
Δa 電流増加値
Δb 電流減少値
ΔIs 電流設定修正信号
ΔT 温度偏差


【特許請求の範囲】
【請求項1】
抵抗溶接中の溶接部の温度を熱伝導計算によって推定し、この溶接部温度推定値に基づいて溶接電流値を変化させて溶接する抵抗溶接制御方法において、
1回の溶接中は一定の溶接電流値で溶接を行うと共に溶接中の前記溶接部温度推定値の最高値を算出し、この溶接部温度推定値の最高値が予め定めた下限基準値以下であったときは溶接電流値を増加させて次の溶接を行い、以後この動作を繰り返すことを特徴とする抵抗溶接制御方法。
【請求項2】
前記溶接部温度推定値の最高値が予め定めた上限基準値以上であったときは溶接電流値を減少させて次の溶接を行うことを特徴とする請求項1記載の抵抗溶接制御方法。
【請求項3】
溶接電流値の変化が予め定めた上限電流値に達したときは、溶接電流値を前記上限電流値に制限するか及び/又は警報信号を発するかの動作を行うことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の抵抗溶接制御方法。
【請求項4】
第n回目の溶接から第n+m回目の溶接の期間中にあって、請求項1記載の動作によって溶接電流値を増加させ、請求項1記載の動作による溶接電流値の増加が1回もなかったときは第n+m回目の溶接電流値を増加させることを特徴とする抵抗溶接制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−61962(P2006−61962A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−249422(P2004−249422)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)