説明

有機化合物分解材及びそれを用いた土壌または水の処理方法

【課題】低コストで、有機化合物の分解能力が高く、環境に影響を与え難い安定性に優れた有機化合物分解材を提供すること。
【解決手段】α-鉄・酸化鉄複合化物(1)及び鉄酸化物(2)を含み、該複合化物(1)のX線回折におけるFeOの(111)面、γ‐Feの(311)面及びFeの(311)面からの各回折線の合計回折強度I酸化鉄とα‐鉄の(110)面からの回折強度Iα-鉄との比Iα-鉄/I酸化鉄が0.1〜5.0の範囲にあることを特徴とする有機化合物分解材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境に有害な有機化合物を、低コストで効率良く処理でき、しかも環境への影響が小さい有機化合物分解材に関する。
【背景技術】
【0002】
トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン等のハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、キシレン、トルエン等の芳香族類、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド等のアルデヒド類等の高揮発性有機化合物は、溶媒、洗浄剤等として工業的に広く用いられており、有機塩素系、有機リン系等の有機農薬は殺虫剤、殺菌剤、除草剤等として、農業分野で使用されている。ところが、これらの有機化合物の中には人への毒性、発ガン性、動植物への生育障害、奇形誘発等を示すものがあり、製造、使用、廃棄が厳しく規制される方向にある。しかし、前記有機化合物の多くは難分解性であり、それまでの管理が厳重に行われずに投棄されたり漏洩したもの、あるいはDDTやBHCのように規制前に使用されたものが、環境中に残留している。これらが長期的に土壌や地下水を汚染し、更には大気中に放出された高揮発性成分が大気を汚染する等して深刻な社会問題を引き起こしている。また、近年、一部の有機化合物が動植物の生殖機能を阻害する所謂内分泌かく乱物質(あるいは環境ホルモン)として作用することが、報告されている。
【0003】
土壌中の有機化合物を処理する方法として、土壌を抜気し気体成分を捕集した後、水素を還元剤に用い、白金やパラジウム等を触媒として、還元分解する方法が知られている(非特許文献1参照)。また、汚染された土壌に直接還元剤や酸化剤を投入し、有機化合物を還元分解または酸化分解させる方法、所謂原位置浄化法も知られており、この方法では、例えば、還元剤として金属鉄(特許文献1参照)や酸化剤として過マンガン酸カリウムや過酸化水素(特許文献2参照)等が用いられている。更に、金属鉄とマグネタイトとの複合化物(特許文献3)や、金属鉄と酸化鉄の混合物(特許文献4)を有機化合物の分解材として用いる技術も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3079109号公報
【特許文献2】特開平7−75772号公報
【特許文献3】特開2002−317202号公報
【特許文献4】特開2004−211088号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】上甲 勲他著、「環境触媒ハンドブック」、初版、エヌ・ティー・エス社刊、2001年11月20日、P134−138
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、非特許文献1記載の水素還元法は貴金属を触媒に用いるので、コストが掛かり過ぎる。原位置浄化法は低コストであるが、特許文献1、3に記載の方法では、分解能力が不十分であり、分解材として用いる金属鉄や金属鉄−マグネタイト複合化物が、地下水を赤く着色する赤水と呼ばれる現象を引き起こす。特許文献2記載の酸化剤は酸化力が強過ぎ、土壌中の窒素化合物やミネラル類等も酸化するので、土壌の性質まで変えてしまうという問題がある。特許文献4記載の分解材は、土壌、水質等にほとんど影響を与えること無く効率的に有機物を分解でき、金属鉄を用いているにもかかわらず赤水が生じ難いが、より一層の分解能力の改良が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、これらの問題点を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、特定量の酸化鉄を含むα-鉄・酸化鉄複合化物と鉄酸化物とからなる有機化合物分解材は、有機化合物の分解能力著しく高く、しかも赤水などの二次的な環境汚染を生じ難いことを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、α-鉄・酸化鉄複合化物(1)及び鉄酸化物(2)を含み、該複合化物(1)のX線回折におけるFeOの(111)面、γ‐Feの(311)面及びFeの(311)面からの各回折線の合計回折強度I酸化鉄とα‐鉄の(110)面からの回折強度Iα-鉄との比Iα-鉄/I酸化鉄が0.1〜5.0の範囲にあることを特徴とする有機化合物分解材である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の有機化合物分解材は、有害な有機化合物の分解能力が優れ、赤水などの二次的な環境汚染や土壌劣化が生じ難く、しかも原位置浄化法に適用できるので、低コストで実施できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は有機化合物分解材であって、α-鉄・酸化鉄複合化物(1)及び鉄酸化物(2)を含み、該複合化物(1)のX線回折におけるFeOの(111)面、γ‐Feの(311)面及びFeの(311)面からの各回折線の合計回折強度I酸化鉄とα‐鉄の(110)面からの回折強度Iα-鉄との比Iα-鉄/I酸化鉄が0.1〜5.0の範囲にあることを特徴とする。本発明で用いる複合化物(1)は、それ自体で有機化合物を還元分解する能力を有しているが、本発明では、更に鉄酸化物(2)を併用することで、鉄酸化物(2)がある種の触媒的な働きをして、複合化物(1)が有する有機化合物の分解能力が向上するものと推測される。また、本発明の分解材は、分解反応が緩やかに進行するので、土壌の性質や水質が変化し難いのではないかと考えられる。
【0011】
本発明の有機化合物分解材を構成するα-鉄・酸化鉄複合化合物(1)は、X線回折においてα-Feの回折線と酸化鉄の回折線を共に有するものであって、FeOの(111)面、γ‐Feの(311)面及びFeの(311)面からの各回折線の合計回折強度I酸化鉄とα‐鉄の(110)面からの回折強度Iα-鉄との比Iα-鉄/I酸化鉄が0.1〜5.0の範囲にある。FeOの(111)面、γ‐Feの(311)面、Feの(311)面からの回折線は互いに重なり合って実質的に分離することができない。このため、本発明では、これら3種類の酸化鉄の少なくとも一つに帰属される回折線からの回折強度I酸化鉄(積分強度)とα−Feの(110)面からの回折強度Iα-鉄(積分強度)との比Iα-鉄/I酸化鉄で、複合化物(1)の組成を表す。この強度比の好ましい範囲は0.1〜3.0である。複合化物(1)の形態は、微粉末状、粒状、小片状等、特に制限されないが、微粉末状は有機化合物との接触面積が広くなるため好ましく、BET法による比表面積が0.05〜5m/gの範囲であれば更に好ましい。複合化物(1)は、表面が酸化した金属鉄を用いてもよく、あるいは、金属鉄を大気中などの酸化性雰囲気で加熱焼成したり、酸化鉄を水素中などの還元性雰囲気で加熱還元して調製してもよい。加熱焼成若しくは加熱還元の温度、時間等の条件を適宜設定することにより上記強度比を制御することができる。
【0012】
また、本発明の有機化合物分解材を構成する鉄酸化物(2)は通常の酸化鉄の他、含水酸化鉄、水和酸化鉄、水酸化鉄を包含するものである。中でもFeOx(但し、1<x<1.5)で表わされる酸化鉄、より具体的には、マグネタイト(Fe)、過還元マグネタイト(FeO:1<x<1.33)、ベルトライド(FeO:1.33<x<1.5)は還元性を有するので、このものを鉄酸化物(2)として用いると、有機化合物の分解能力がより向上するため好ましい。鉄酸化物(2)の形態も制限を受けないが、微粉末状のものが好ましく、BET法による比表面積が10〜90のm/gの範囲であれば更に好ましい。鉄酸化物には、鉄材の酸洗浄工程で発生する鉄成分を含む硫酸を中和して得られたものを用いると、本発明を低コストで実施できる。なお、鉄酸化物(2)にはマンガン、ニッケル、クロム等の製法に由来する不純物が含まれていてもよい。
【0013】
複合化物(1)と鉄酸化物(2)との配合(混合)割合(複合化物(1):鉄酸化物(2))は、重量比で、0.01:1〜9:1の範囲が好ましい。配合割合が前記範囲にあれば、分解能力が高いばかりでなく、複合化物(1)に金属鉄が含まれているにもかかわらず、赤水の発生が抑制される。より好ましい範囲は0.05:1〜4:1であり、更に好ましくは0.05:1〜0.8:1の範囲である。
【0014】
本発明の分解材に、更にニッケル化合物及び/又は金属ニッケル(3)が含まれていると、有機化合物の分解能力がいっそう向上するので好ましい。ニッケル化合物としては、ニッケルの酸化物、塩化物、硫酸塩、亜硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、シュウ酸塩等が挙げられ、これらから選ばれる1種または2種以上を用いることができる。中でも、酸化ニッケル及び/又は塩化ニッケルを用いると、分解能力を向上させる効果が大きいので好ましく、特に難溶性の酸化ニッケルを用いると、二次的な環境汚染が生じ難いので好ましい。酸化ニッケルとしては、通常のニッケルの酸化物(NiO)の他に、水酸化ニッケル(NiOH、Ni(OH)等)、オキシ水酸化ニッケルNiO(OH)、ニッケル含水酸化物(ニッケル水和酸化物)等が包含される。ニッケル化合物、金属ニッケルの形態にも制限は無く、複合化物(1)や鉄酸化物(2)と同様に、微粉末状が好ましい。ニッケル化合物及び/または金属ニッケル(3)の配合割合は、複合化物(1)と鉄酸化物(2)との合計量に対しNi換算の重量比((3):(1)+(2))で0.01:100〜50:100の範囲にあるのが好ましく、より好ましい範囲は0.1:100〜30:100である。特に、酸化ニッケル及び/又は金属ニッケルを用いる場合の好ましい範囲は、0.01:100〜8:100である。ニッケル化合物、金属ニッケルは、混合物として含まれても、複合化物(1)や鉄酸化物(2)の表面や内部に含まれてもよい。
【0015】
本発明では、複合化物(1)と鉄酸化物(2)を、単に粉体同士で混合するだけでもよいが、作業性を向上させるために、ベントナイト、タルク、クレー等の粘土鉱物をバインダーとして添加して粒状、ペレット状に成形してもよい。また、適宜分散剤を加えたりpHを調整するなどして水に分散させたりすることもできる。その他に、本発明の効果を高める目的で、活性炭、ゼオライト等の吸着材、亜硫酸ナトリウム等の還元剤を加えても、硫酸アルミニウム、硫酸鉄等の酸性化合物や、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム等の塩基性化合物を中和剤として加えてもよく、あるいは、本発明の効果を損ねない範囲で過酸化水素水等の酸化剤を加えることもできる。
【0016】
本発明で分解することのできる有機化合物には特に制限は無く、高揮発性有機化合物、有機農薬、ダイオキシン、PCB、ノニルフェノール、ビスフェノールA、4−ニトロトルエン等の難分解性化合物に広く用いることができる。高揮発性有機化合物としてはジクロロエチレン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロエタン、トリクロロエタン、テトラクロロエタン、クロロベンゼン、四塩化炭素、トリクロロメタン、ジクロロメタン、等のハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、キシレン、トルエン、アセトン等の芳香族類、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド等のアルデヒド類等が挙げられる。有機農薬としては、DDT、BHC、エンドリン、ディエルドリン、アルドリン、ヘプタクロール、クロールデン、ペンタクロロベンジルアルコール、アトラジン、ヘキサクロロベンゼン、ヘキサクロロシクロヘキサン、メトキシクロル、ペンタクロロフェノール等の有機塩素系、パラチオン、TEPP、マラチオン等の有機リン系、メソミル等のカーバメイト系、ペルメトリン等の合成ピレスロイド系、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、2,4,5−トリクロロフェノキシ酢酸等のフェノキシ系、あるいはジブロモクロロプロパン、塩化トリブチルスズ、2,4−D等が挙げられる。
【0017】
本発明の有機化合物分解材は、公知の方法により、水処理や土壌処理に用いることができる。例えば、水処理では、本発明の分解材を工業廃水、農業廃水、生活廃水等の各種排水や揚水した地下水中に投入し、攪拌して有機化合物を分解した後、分解材を濾別してもよく、あるいは活性炭、ゼオライト等の吸着材に担持させ、これを反応塔に充填して用いることもできる。処理後の処理水は海洋、河川、湖沼、地下水等の環境中へリサイクルする。地下水の浄化の場合、例えば、土壌中に本発明の分解材を含む層を形成し、地下水がこの層を透過する際に、地下水に含まれる有機化合物を分解する所謂透過障壁工法に適用できる。
【0018】
土壌処理では、有機化合物が高揮発性のものであれば、土壌を抜気し、揮発した有機化合物を含む気体成分を捕集した後、この分解材と接触させても良い。あるいは、原位置浄化方法に適用して、土壌中に投入することもできる。原位置浄化法は反応塔等の特別な施設を必要とせず、低コストで土壌を浄化でき、特に有機農薬、PCB、ダイオキシン等の低揮発性有機化合物の処理に用いることもできるので、特に好ましい。土壌に投入する方法には特に制限は無く、固体状の分解材であれば土壌を掘り起こし、分解材と土壌とを混合した後埋め戻したり、分解材をスラリー状にして土壌に注入する等、土壌の性状、地形等に応じて適宜選択できる。
【実施例】
【0019】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0020】
以下の実施例に用いたα-鉄・酸化鉄複合化物(1)、鉄酸化物(2)及び比較用の金属鉄粉各々のX線回折強度比(Iα-鉄/I酸化鉄)及び比表面積の測定結果を下記表1に示した。
なお、鉄酸化物(2)は鉄含有硫酸を中和・酸化して得たもので、FeO1.39の組成を有するベルトライド紛である。
【0021】
【表1】

【0022】
表1に示した各試料並びにニッケル種として酸化ニッケル(試料f:比表面積が5m/g程度)、塩化ニッケル(試料g)若しくは金属ニッケル粉末(試料h:比表面積が0.5m/g程度)を用い、下記表2に示した組成(重量比)で混合して本発明及び比較用の有機化合物分解材を得た。但し、ニッケル種に関しては、Ni換算の重量比で表わした。
【0023】
【表2】

【0024】
評価1
実施例1〜12、比較例1〜5の有機化合物分解材(試料A〜Q)を、トリクロロエチレン(TCE)、シス1,2‐ジクロロエチレン(cis1,2DCE)をそれぞれ2mg/リットル含む水溶液に、表3に示す量で添加した。分解材を添加後、バイヤル瓶に密栓し24時間振盪撹拌して処理した。処理してから1週間経過後の水溶液に含まれるこれらのハロゲン化炭化水素の濃度を、GC−MSヘッドスペース法にて測定した。また、処理後の水溶液の色を、目視で判定した。尚、有機化合物分解材を加えなかった水溶液についても、同様に処理して濃度を測定した。これを、比較例6とする。
【0025】
結果を表2に示す。本発明の有機化合物分解材は、優れた有機化合物の分解能を有する。また、本発明は、処理後も水溶液を着色しないこともわかった。
【0026】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、有害な有機化合物を含む地下水や土壌の浄化に有用であり、環境負荷が小さい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-鉄・酸化鉄複合化物(1)及び鉄酸化物(2)を含み、該複合化物(1)のX線回折におけるFeOの(111)面、γ‐Feの(311)面及びFeの(311)面からの各回折線の合計回折強度I酸化鉄とα‐鉄の(110)面からの回折強度Iα-鉄との比Iα-鉄/I酸化鉄が0.1〜5.0の範囲にあることを特徴とする有機化合物分解材。
【請求項2】
請求項1記載の分解材を土壌中に投入し土壌中の有機化合物を分解することを特徴とする土壌の処理方法。
【請求項3】
請求項1記載の分解材を水中に投入し水中の有機化合物を分解した後、該分解材を固液分離することを特徴とする水の処理方法。

【公開番号】特開2012−126905(P2012−126905A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−10598(P2012−10598)
【出願日】平成24年1月23日(2012.1.23)
【分割の表示】特願2006−141829(P2006−141829)の分割
【原出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(000000354)石原産業株式会社 (289)
【Fターム(参考)】